東方幽波紋 〜STAND in GENSOKYO! 作:みかんでない
霧雨魔理沙はいつも通り紅魔館に飛んでいった。
「じゃまするぜー」
これまたいつも通り寝ている門番を素通りし、彼女は地下の大図書館へと向かう。周囲の余りの静けさが、普段とは違った異変の雰囲気を演出していた。恐らく、紅魔館の連中もこれに気づいていて、何か行動を起こし始めているのだろう。
「パチュリーなら、この異変について既に調査を始めているかもしれんな」
そんな軽い理由でここを訪れた彼女だったが、来る道中の時間を最大限利用して、しっかり自分のスタンドが出来ることについてはくまなく調べ済みであった。好奇心の塊のような彼女にとって、それは素晴らしく楽しい事だったのである。
「へっへっへ、こんな能力が発現したのも、ひとえに私が強いからだぜ!」
魔理沙は開け放たれていた図書館の入り口を通過して背の高い本棚の渓谷を進んでいった。図書館の司書であり、警備員でもある小悪魔が居ないことをしっかりと確認する。
「ふう、侵入の邪魔はされずに済みそうだぜ」
「あら、邪魔なんかしないわよ」
とそこで、図書館の下の方から声がした。
見ると、動かない大図書館ことパチュリー・ノーレッジが本を懐に抱えながら、図書館の中心付近にやって来ていた。
「面白い異変が起きているみたいね……」
魔理沙は一瞬冷や汗をかくが、今日は別に泥棒しに来ている訳では無いことを思い出し、安心して堂々としている事に決めた。
「おっ、パチュリー。実はそうなんだぜ。ちょっと手と本を貸してくれんか」
パチュリーは微かに微笑んで、彼女の方に来るよう手招きして言った。
「まずは下に降りてきて頂戴。お茶を淹れるわ」
魔理沙はそれを聞いて、両目を大きく見開いた。それはまるで、パチュリーの言ったことが信じられないといったような顔だった。そして彼女は、帽子を被り直しぼそりと呟いた。
「そうか…………やっぱりな」
彼女に背を向けて、机の方に歩き出していたパチュリーは彼女の方を見ずに聞き返す。
「やっぱりって、何が『やっぱり』なのよ」
「…………いつものパチュリーは私を客人扱いしないぜ」
「!!」
もし小悪魔がその場に居たなら、感じたことのない異様な空気を体感したことだったろう。図書館の床から高度を上げていた魔理沙にすら、周りの温度が数度は低下したように思えた。そして、滅多に動揺しないパチュリーの額に汗が一筋つたう。その瞳は険しかった。
「いつもパチュリーは、私が来ると泥棒帰れだとか館内を箒で飛ぶなとかいろいろ言う…………それを、お茶を出してもてなす、だって!?やれやれやれやれ……。こうなる覚悟はしていたはずなんだが…………」
「魔理沙、貴女…………!」
パチュリーはくるりといきなり振り向いて魔理沙を恐ろしい目で睨む。普段の彼女からは一度たりとも、あの紅霧異変の時ですらみせなかった冷酷な圧力が魔理沙を襲った。彼女はその眼力に気圧されそうになるが、覚悟を決めて高度を下げて箒から降り、今や完全に敵となったかつての友人と正面から向かい合った。
「あんたはおかしくなっちまってる……!紫の情報は間違ってなかったのか!なら…………」
パチュリーから放出される、妖怪としての冷たい殺気を全身で受け、恐ろしいという感情が彼女を支配してしまいそうになるが、魔理沙はびしっと相手に指を突き付けた。恐れに飲み込まれぬよう、やればできると自分を励ました。
「あんたを
数秒の沈黙の中、静寂を破ったのはパチュリーの笑い声だった。
「ウフフフ……」
パチュリーの口元がきゅっと上がる。
「スタンドを用いた決闘は精神力の勝負……。人間如き、妖怪としての私の殺気で一撃だと思ったのだけれど…………見当違いだったようね。流石魔理沙と言ったところかしら」
「…………。」
周囲を纏っていた殺気がふっと消え、魔理沙は解放されると同時に疑問に思う。パチュリーは一体、この異変についてどこまで知っているのだろう、と。紫ですら、スタンドバトルの本質については、何も語ってくれなかった……というより、知らなかったのだろう。それをこの、紅魔の魔女は知っていた。
「まずは、おめでとうと言わせてもらうわ。よく見破ったわねぇ。この私を出し抜くなんて、やるじゃない」
「霧雨魔理沙様を出し抜こうなんて、あんさんには二千年早いぜ。さあ、大人しく勝負しろ!」
パチュリーは突然、狂ったように笑いだした。魔理沙はそれをぎょっとした顔で見つめる。これも普段は見せぬ、大魔法使いの表情。正に異形の妖怪に相応しい姿がそこにあった。
「あははは、ふふふ……………ああ可笑しい、その程度のことで勝ち誇った気でいるなんて」
「何?」
「ばれたからなんだっていうのよ…………たとえ正面からぶつかりあおうと、貴女程度が私に敵うと思っているのか!!」
そして、パチュリーと世界の境界がぶれた。空気が揺らめいていた。彼女の2メートル以内に入っていた者がいたなら、きっと思っただろう。「熱い」と。そう、それは温度だった。余りの高温に、周囲に陽炎が出来ていたのだ。そして彼女の影が二重に重なる。その内側から飛び出して来たのは、人型のボディに鳥のような頭部を持つ、燃え盛る炎のスタンドだった。
「私は七曜を操る、大魔法使い……!そんな私に相応しいスタンド、マジシャンズ・レッドよ!!」
その怪物は、キェェエエと雄叫びをあげる。魔理沙はこんな一大事だというのに、これを見て興奮していた。
「かっこいい……!」
パチュリーはその冷徹な眼に熱い炎を灯して叫ぶ。
「あの白黒を焼き殺せッ!!」
それを聞いて、YES SIRとでも言ったかのように鳥男は頷くと、火炎を纏ったパンチを繰り出した。魔理沙は慌てて、後ろにすごい勢いで下がるが、鈍重なパンチが一瞬掠め、ふわりと広がったスカートの裾を切り裂いた。彼女は少し裂けて焦げた服の端をはたきながら考える。
「あの恐ろしいパワー…………奴の幽波紋は恐らく、近距離でしか活動出来ない……霊夢の奴と同じタイプのものだろう。なら、取り敢えずやることは一つ、離れて戦う!」
ああでも、パチュリーが仮にも、(そんな事はないだろうと思うが)射程距離を知らなかったら不公平だろうな、と彼女は思う。それはスペルカードルールでボムが撃てることを知らないことに等しい。魔理沙はそういう、根本的な知識で差がついて、決着を別けてしまうのが嫌いだった。やるなら正々堂々公平に。それが霧雨魔理沙の信条だった。
「知ってると思うが」
「射程距離、でしょう?そうよ、私のはスピードも##程にはないし、あまり遠くにはいけないわ」
不要な心配だったかと彼女は思った。が、新たな疑問が会話の中で彼女に生まれ、魔理沙は聞き返した。
「今、なんて言った?」
パチュリーはまたクスクスと笑う。人を小馬鹿にしたような笑いに、魔理沙は腹が立ってきた。
「貴女は関係ない、知らなくていい情報よ。貴女にして欲しいのは、黙って私に焼き殺される事よっ!」
瞬間、彼女のスタンドがすごい勢いで炎を投球した。魔理沙はあわてて身を屈めるが、その炎は彼女の頭ぎりぎりを掠め、彼女の帽子を燃やし尽くして灰に変えた。
「私達風に言うと、火符『C・F・H』…………どう、超高温の味は」
魔理沙はゆっくりと立ち上がる。さらさらと降りかかるかつて帽子だったものをぱっぱっと払った。これで彼女が、魔理沙を殺す事に躊躇いが無い事がはっきりとした。もう彼女に、友に対する情けは無い。心して全力で立ち向かう覚悟を決めた。
「あーあ、いいんだな、そんなことして。私の幽波紋は止められんぜ?」
彼女の内側からまるで機械のエンジンを動かすような鈍い重低音が響きわたり、次の瞬間ドヒュンと何かが飛び出した。いや、正確には飛び立った。空気を割く音とともに、図書館上空を旋回したそれは、魔理沙の横でプロペラをうならせ静止した。そのスタンドはミニチュア戦闘機のような形で、その色は奇しくもパチュリーと同じ赤色だった。
「これが私の遠距離型スタンド、エアロスミスだぜ!!」
パチュリーはそれを一瞥して鼻で笑った。
「それ戦闘機……?外で似たようなのを見た事あるわ。何倍も大きいのをね。私のと比べてもちっぽけね」
魔理沙はくくくと笑った。
「外のもんがどうだか知らんが大きさは関係ないぜ。喰らえ!私の鉄の弾幕!!」
その瞬間、機体の両翼についた機関銃が回転し、恐ろしい勢いで弾丸をバリバリと掃射した。
「その威力、喰らって思い知れェーッ!」
物凄い勢いで、何十発もの弾丸がパチュリーの元へ向かっていく。
「やっぱりね。そんな程度だと思ったわ」
彼女はそう言ったきり動かない。後僅か一瞬で、彼女に弾丸が着弾するだろうと思われたその時。
「熔かしつくせッ!マジシャンズ・レッド!」
スタンドの両手から超高温の火炎が放射され、エアロスミスの弾丸は全て蒸発してしまった。
「何いいーッ!」
魔理沙は改めて、その異様なほどの火力に驚いた。パチュリーは笑みを浮かべる。
「これが私の幽波紋。超々高温の炎を扱える!ちょっと貴女、分が悪いんじゃあないかしら!?!?」
先程の光景を見て、内心魔理沙はかなり焦っていた。
エアロスミスが如何に弾丸を撃っても、マジシャンズ・レッドの両手が全て、それを防いでしまうのであれば、彼女は必ず、そうコーラを飲んだときげっぷが出るのと同じぐらい確実に、敗北する。何とかして彼女の炎を攻略しなければならない。取り敢えず、今できることは……と彼女は思案し、僅か3秒後一つの結論に辿り着く。
彼女は黙って落ちていた自身の箒を掴み、不敵に笑った。
「勝ち誇った気で居るのはまだ早いぜ。霧雨家には伝統的な戦いの発想法があってだな……」
魔理沙は箒に飛び乗った。パチュリーはこの後、魔理沙が何をするのかを悟った。
「魔理沙……あんたね……」
「それはな…………逃げるんだよォォーッ!!」
魔理沙は箒を反対方向に回転させ、急発進して図書館内の奥深くへと逃走した。パチュリーは炎の精霊を内へとしまって溜息をついた。
「はあ、やっぱりね」
そして、彼女は魔理沙を着実に追い詰める為、ゆっくりと歩き出した。
「『逃げる』ということは即ち、分が悪いってことを悟っているということ。さあ、見せてもらいましょうか。貴女が最期の瞬間にどう足掻くのかをね!!」