東方幽波紋 〜STAND in GENSOKYO!   作:みかんでない

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妖夢編 庭師のレイピアは迷いを断つのか? 上

葉も散りかけた淋しい桜が、等間隔で生えているのを尻目に、少女とその半身は上へ、上へと進み続けた。

「ハッ、ハッ、ハッ……」

長い長い階段に、少女の軽やかな足音がこだました。並の人間からすると一日かかりきって漸く登れる程の長さだが、彼女は春雪異変後はなんやかんやで毎日往復する生活を送っていたので、驚異的なスピードで冥界まで駆け上がる事が出来た。今日の彼女は特に急いでいたが、その呼吸のリズムは乱れるところを知らない。

「幽々子様、大丈夫かな……?空腹で周りのもの壊したりしてないかな」

今回悪いのは酔い潰れるまで呑み明かした自分だ。妖夢はよく解っていた。その一方で、このへんてこな異変が起きた事のせいに何とか出来ないだろうかとその若き頭脳を巡らせてもいた。主人の怒りは世界で最も恐ろしい。

「お前はどう思う?半霊」

走る妖夢の周りをふわりとついてくる半霊は、ふるふると体をふった。

「諦めて自首しろって?つれないね。罰で三食を六食にしろとか言われたら、どうするつもりなの?」

半霊の色が心なしか青ざめた。

「そうでしょ?なら、せめて急がないと」

妖夢の輪郭がぼやけ、何かが猛スピードで飛び出す。そいつは数段上の階段にメタリックな、しかし柔らかい剣を突き立て、棒高跳びの要領で彼女達をぐんぐんと加速させた。銀色のマスクの中で、鋭い目が笑っていた。

「私達にぴったりのスタンドだと思わない?今日から、私達三人で頑張るわよ!」

銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)。それが、彼女のスタンドの名前だった。

 

 

 

 

 

 

 

幽々子は妖夢が想像していた程は怒っていなかった。妖夢が白玉楼に飛び込むなり、スライディング土下座で額から出血したことが功を奏したのだろうか。尚も言い訳と謝罪を並べ立てる彼女に対し、「あらあら」「まあまあ」としか言わず、にこにこと笑っている幽々子は少し気味が悪かったが、その後妖夢はすっからかんになった冷蔵庫を見つけ全てを悟ったのであった。

「毎度ながら恐ろしや、幽々子様」

 

 

午後3時を過ぎ、妖夢が積み重なる事務処理をこなしていると、幽々子が労いと称してお茶とお茶菓子を運んできた。

「日頃から有難うね、妖夢ちゃん♡」

「ふ、ふおおおおお~!!!」

なんの変哲もない、人里で売られている饅頭と淹れたばかりの緑茶。しかし、そこには我々が考える以上の意味があった。

「幽々子様が仕事中の私に差し入れなんて……!それも半人半霊生、初めて!!!」

「あらあら。まあ、たまには休憩も必要よ」

思えば、この時点で気づくべきだったのかもしれない。いつも通り笑っている幽々子がまだ、一度も自身のスタンドを見せていないことに。

「美味しい……!うへ、うへへへへへ」

余りの感動に妖夢はそれを飲み干した。

よもやその中に睡眠薬が入っているとは欠片も思わずに。

「落ち着いたら急に眠気が……。あれ、でもおかしいな。今日は昼まで寝ていた筈な…の……に…………」

彼女はゆっくりと薄れ行く意識の中で考えた。そういえば紫様がなんか言ってたっけ。異変の影響で、おかしくなった人が居るとか、何とか……。

 

 

 

 

 

 

ひら、ひらひら。

桜の花びらが眠っている妖夢の頬に落ちた。彼女はゆっくりと目を開け、辺りを見回す。そこには、いつもの白玉楼の姿があった。広大な庭の選定中に疲れて眠ってしまったのかと思い、真上に咲く桜の大樹をぼうっと見つめた。

その刹那、妖夢に悪寒が走る。

白玉楼が、この世界が、もといた場所とは似て非なる空間であることに気づいたからだ。

今は、秋。桜が、咲くはずがない。第一、そんなことになったら、真っ先に彼女の主人が記念で宴会をしよう、と言い出すはずだ、と彼女は思う。いつの間にか、額の傷も消えていた。

そうそう、幽々子様は何処だ?そもそも、彼女はこの場所に存在しているのか?

 

 

瞬間。大樹の枝が、しなるムチのように彼女に向かって振り抜かれた。

 

 

「!!」

とっさに振り返るも、時既に遅し。この、得体のしれない桜の枝が、がっしりと彼女の足に食い込んでいた。そのまま枝は彼女を持ち上げて、妖夢は逆さの状態で宙吊りにされる。

「ぐっ、私の刀でーー」

背中に手をやるが、ついさっきまで背負っていたはずの二本の刀が、無い。嘘のように消えていた。彼女は唇を噛みしめる。

 

 

 

「流石ねぇ」

 

 

突然、聞き覚えのある笑い声がし、何かがふわりと中庭に降り立った。妖夢も無理矢理自分を回転させて、その人物を睨み据える。

「すると、これは私に課せられた試練…………。違いますか、幽々子様」

笑い声の主で、彼女の主人でもある西行寺幽々子は普段の笑顔を崩さないまま答えた。

「試練なんてなまっちょろいものじゃ無いのよ、スタンドバトルは。死ぬ覚悟は出来ているかしら」

スタンド、という彼女の言葉で、妖夢はチャリオッツの事を思い出す。

「そうだッ!シルバー・チャリオッツ!!」

己のスタンドに、ぎりぎりと足首を締め付ける桜の枝を斬らせようとした。

しかし、いくら待とうと、何度叫ぼうと、チャリオッツは現れない。この世界にやって来る前は、当たり前のようにチャリオッツを出せたので、妖夢は困惑した。そんな彼女を見ながら、幽々子は意地の悪い笑みを浮かべる。

「ここは夢の世界……。ここでは貴女は、自分のスタンドを出すことは出来ないのよ」

「夢の世界……?すると、私の肉体は」

「そうねぇ。現実世界で眠りこけてるわよ。置き忘れてきたスタンドと一緒にね」

また彼女は笑う。

「何にせよ、此処で貴女が私に敵うと思わないことね。全ては私の思い通り……。さあ、大人しく蹂躙されなさいな」

彼女はやりきれない思いで一杯だった。つい先刻まで、頼れる主人として、また友として暮らしてきた人が、無情にもそこに薙刀を構えていた。

「こんなのは異変のせいだ……。私のご主人は、こんな卑怯な真似はなさらない!いつも、私の手本となってきた人なんだ」

「あらあらあらあら。自分の落ち度を棚に上げて都合の悪いことは異変に押し付けるの?私、貴女をそんな娘に育てた覚えはないんだけどねぇ」

「っっ…………」

ぎりぎりの精神力で耐えていた彼女にも、今の幽々子の言葉は流石に堪えた。心が闇に堕ちていくのをじわじわと感じる。

 

妖夢は崖っぷちだった。絶望という名の深い谷が、背後に迫っていた。

 

「ねえ……?今、貴女、私が何かに操られていて、今の西行寺幽々子の下にはいつもの優しいご主人様が眠っていて……とか、本当は幽々子様だって私の事を嫌ったりしていないんだ、とか考えているでしょう??」

「…………………。」

図星だった。

 

一歩後ろに下がってしまったのが自分でもわかった。闇は今にも彼女を喰わんとしている。

 

幽々子の言葉責めは続いた。

「…………あんたみたいな奴、本気で私が愛していると思っていたの?」

彼女はふっと嘲りにも似た笑いを浮かべる。

「そうね、強いて言うなら、貴女のお祖父様は尊敬していたわ。並々ならぬ才能を感じた」

「でも、貴女は何?直系だか何だか知らないけれど、才能が全く無いじゃない。霊夢はともかく魔理沙にすら…負けてるじゃない」

「ねえ、教えてよ。あんたには何の強さがあるっていうの?私が貴女を愛する理由は、……何??」

何も主人からというだけでなく、此処まで辛辣に妖夢が批評を受けたのは初めてだった。彼女はこぼれ落ちそうになる涙を必死に抑えた。

 

遂に後ろに下がった足が虚空をきり、彼女はバランスを崩して深い谷底へと転落していった。

 

「だからね、」

幽々子がゆっくりと息を吸うのが彼女にもわかった。

 

いくつもの水滴と共に落ちていくのがわかり、彼女は眼を閉じた。此処で諦められればどんなに楽だろうか。もう、いいか…………。

「貴女なんか…………、今までずっと、ずっと……嫌いだった…わ!!………………」

涙の滴が頬を伝って地面に落ちた。

 

突然、落下していた妖夢の手が、がしりと何かを掴んだ。それはとても細い、今にも折れそうな一本の枝。ぶら下がりながら、妖夢は崖の上を必死に見上げた。何故なら彼女は見つけてしまったから。見てしまったから。この絶望という闇の中で淡く、微かに光っている希望を。

 

 

泣いたのは彼女ではない。

 

 

それは、彼女の主人の流した涙だった。

 

 

妖夢は幽々子の濁った眼をじっと、深く見つめる。上辺の冷酷さに騙されて、見えなかった奥の光が見えてくる。迷いという名の微かな光だ。

「やっぱり、迷っている…………自分の行いに、正義が在るのかわかっていないんだ。私を可愛がってくれた幽々子様は、まだ生きている!」

今の彼女がそれを聞けば、何て自分勝手な考えだと一笑に付すだろう。それでも、妖夢はその一滴の雫に賭けた。決してその僅かな希望を手放さないと庭師の威信にかけて誓った。

彼女を必ずや、元の優しい幽々子様に戻すと。

 

そして、妖夢は小枝をバネにして、崖の上へと飛び上がった。

 

「うがっ……!」

幽々子が突然崩れ落ち、膝をついた。頭を抱える。呻き声が漏れた。明らかに異様な苦しみ方をしている。

「幽々子様!」

粗い息をつきながら、とても彼女のものとは思えぬ声が、この世界に響き渡った。

「生意気なァァ……。この肉体とあのお方を縛る鎖、そう簡単に切らせてなるものか!この反逆者がァァ」

きっと妖夢を睨み付けるその顔から、無いはずの血管が浮き出る。見たこともない鬼の形相が、彼女を圧倒した。

それでも、彼女は諦めない。未だしなる枝に吊り下げられたままでも、斬るべき迷いを見失わないように、眼だけは見開いていた。

「……何故貴女がそのようになってしまったのかは図りかねますが、人の迷いを断ちきることは私の十八番です。例え対象が貴女だろうと、そのような迷いを私に晒し続けるなら、斬る」

「斬る??馬鹿な事を。従者の貴女に、主人である私が斬れるとでも思っているのか?それこそ愚の骨頂ッ!!」

幽々子が遂に動いた。大きく薙刀を振りかぶり、前へと飛ぶ。流れるような動きで、妖夢を一太刀で叩き斬らんとする。

「そもそもこの世界で、刀もスタンドも失ったお前に何が出来る!!夢における神に逆らうなど、無意味な行為だッ!」

 

 

彼女めがけて刃が振り下ろされようとした、その瞬間だった。

 

 

幽々子の肩が、足が、肘が、膝が、何箇所も何箇所も、突然血を吹いた。

 

 

奈落から飛び上がった妖夢の手にいつの間にか握られているのは、一振りの剣。どこからともなく、全身を覆う甲冑のパーツが飛来した。

 

「な……!?」

幽々子がそれに気を取られていた僅かの時間、妖夢は身体を捻り、彼女の突きをかわした。

「……確かに私では、この世界では何も出来ないかも知れない。だが、現実世界なら、本体を容易く攻撃できます」

幽々子の美しい顔が歪む。

「馬鹿な事を!協力者でも居なければそんな芸当は……」

妖夢がここにきて、初めて笑った。

 

アーマーが完全に装着されると、剣から血を払って、中世の騎士のように美しく、それを顔前に構えた。

 

「お忘れですか。私が何者か。そして、何を向こうに置いて来たのか」

幽々子は慌てて、現実世界に意識を集中させた。起き上がると数ヵ所の刺したような傷が痛み、そして彼女の目の前には銀色の刀身がその刃を未だ震わせていた。

「こ、こいつはァッ!!」

 

 

 

 

 

「ーー私達三人で頑張るわよ!ーー」

 

 

 

 

 

いまだ揺れるレイピアを幽々子に突きつけて、ファイティングポーズを決めた銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)。その横には、ふわふわと彼女の半霊が浮かんでいた。

 


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