──駆ける。
太陽が沈み、月が夜空に浮かぶこの時間。彼女は、暗闇に金色の長髪を靡かせながら、森の中を走っていた。
……いや、正確には追いかけている、が正しい。
「クソ……ニゲキレネェ!」
「当然です、アナタを逃すつもりはありませんから」
彼女の目線の先には、土色の肌を持ち岩石で形作られた顔を持つ【地底人】……の実験体。
なんでも、地底王なる者に従う種族だったらしいが、先日地上人(人間)によって彼らの王が倒され、辺境の地へ逃げたとの事。しかし、その逃げた先で捕まりモルモットにされ──こうして金色の闇を討つ為の駒と成り果てていた。
「ふんっ!」
逃げるのは無理だと悟ったのか、立ち止まった地底人は拳を握り締めて背後へと振り抜く。
その衝撃は凄まじく、周囲にある木々を削る程の威力だった。
だが、それも当たらなければ意味が無い。
彼女にとっては止まって見えるほどの拳速。チラリと一瞥すると、そのまま拳を置き去りに地底人の懐に入り込み、剣へと変身させた左腕で地底人の片腕を斬り飛ばした。
「はっ!」
「チィ……岩盤の如く硬い我の肌をこうもアッサリ……!」
地底人は弱くない。災害レベルで言うと鬼だろう。だが、相手が悪かった。彼女もまたこの地底人と同じようにモルモットだった存在。そして、その中でも一二を争う程の成功体だ。
だからこそ分かってしまう。彼女がこの世界に生まれ、そして捻じ曲がってしまった──根幹の闇の部分がまだ生きていると。
目の前のハリボテのように作られた実験体から。
「アナタに恨みはありません。しかし、アナタの裏に居る人物は別です」
彼女を作った人物は、己の夢の実現の為に執拗に、執念深く、彼女を追い続ける。
そして彼女もまた、自分自身と決着を付ける為に迎え撃つ。
それでようやく彼女は前に進める。胸を張ってキングに恩を返せる。己を追い続ける諸悪の根源──進化の家のジーナス博士を打ち滅ぼして。
金色の闇の長髪が枝分かれし、その先が鋭い刃へと変わる。
「さよなら──」
「ち、ちくしょおおおおおお!!」
断末魔を残し地底人……いや、元地底人は細切れとなり、土へと還った。
「次はアナタの番です──ジーナス博士」
空に浮かぶ月を睨みつけて彼女はそう呟き──。
「……へ?」
それから数日後。綺麗さっぱり無くなった進化の家と、自分と一二を争う程に成功体だった実験体【阿修羅カブト】の残骸を見つけ──自分の根幹の闇の部分がもう既に存在しない事を知った。
それを理解した彼女は──。
「たい焼き買って帰ろう」
キングの許へと帰り、そのまま不貞寝した。
「桃源団、ですか?」
『ああ。街中で働かなくても生活したいと言っていた』
「アナタと気が合いそうですね」
『勘弁してくれ……』
新刊のライトノベルを買いに出掛けたキングからの電話に出ると、街にテロリストが現れたと伝えられる。
思わずため息が出そうだった。彼の厄介事の遭遇率はやはり異常だ。もう家から出ない方が良いのでは? と思ってしまう。
そんな事を考えつつ、金色の闇は桃源団という言葉に聞き覚えがある事を思い出す。彼女はA級以上の賞金首を標的とした賞金稼ぎだ。その標的の中に桃源団の名前は無いが、先日仕事の際にある情報を手に入れた。
「確か、首領はハンマーヘッドというB級賞金首です。先日、何処かの組織のパワードスーツを手に入れた……というよりも、性能テストの為に敢えて奪わせたみたいですね」
『なんでそんなに詳しいの……?』
「いえ。そのパワードスーツを作った組織。少し別件での調査の際に知ったのですが、かなり危険な集団なので覚えていただけです」
ちなみに別件とは進化の家の事である。その進化の家もすでに滅ぼされているようだが……。
さて、彼女が得た情報通りならキングが見つけたその桃源団。危険度は災害レベル虎から鬼の間くらいになる。
聞く限り馬鹿な集団の馬鹿な訴えに見えるが……その馬鹿が得た力は無視できない。
「あなたはすぐにその場から離れてください。巻き込まれる前に」
『わ、分かった』
「私はちょっとストレス発散します」
標的外だし金にもならないが、追い求めていた組織が無くなり今までの苦労が空振りしたこのストレス。晴らすには丁度良いだろう。
電話を切った金色の闇は窓から外へ出ると、背中から白い翼をはためかせて件の下へと向かった。
彼女がF市に着いた時には、桃源団は既に居なくなっていた。その代わり、怪我人や倒壊した建物が視界に映る。
警察やヒーローも薙ぎ倒されたのか、怪我人の中にはそれらしき人らが混ざっている。
「さて、この破壊の痕を辿れば桃源団の下へ辿り着けますかね」
冷静にそう分析し歩き出す彼女だが──。
「……」
つい、足を止めてしまう。
彼女の視界に映る苦しんでいる人々。頭から血を流して痛みに顔を歪ませている人もいる。
建物の崩壊に親しい人が巻き込まれたのか、瓦礫の前で泣き叫んでいる人がいる。
そして、それを必死にどうにかしようとする人々……。
それを見た彼女は──。
「ありがとう! お陰で助かったよ!」
「天使じゃ……天使様が救ってくださった……!」
「お姉ちゃん! パパを助けてくれてありがとう!」
「同僚の怪我を治してくれてありがとう……もう、助からないと思って……!」
「いえ、もうお礼は良いですから! 怪我をしている人は早く病院に行ってください。私はもう行きますのでっ」
感謝の言葉を述べる人々から必死に顔を逸らしながら、彼女は口早にそう伝えて桃源団が居るであろう場所へと向かった。
寄り道に時間を掛けてしまい、もう破壊音は聞こえない。
その事に妙だと思いつつも彼女は駆け出し──。
「これは……」
いくつもの、首無しの全裸の死体と無数の頭が転がっている現場に辿り着いた。
おそらく彼らが桃源団だろう。テロ行為を行なっていたが、何らかの敵対者と遭遇して全滅したと見て良い。
しかし、首領であるハンマーヘッドの死体が無い。一人だけ難を逃れたのだろうか。
「た、助けてくれぇ!」
そう思っていると、助けを求める声が聞こえた。
彼女はすぐに森の中を駆け抜け、声がした方向へと向かう。するとそこには……。
「あ、謝るから! だから命だけは……!」
『オマエノ意見ナド知ラン』
二体のロボットが、全裸のスキンヘッドの男を襲っていた。そして会話から察するに、スキンヘッドの男がハンマーヘッドで、ロボット達は組織の手の者だろう。
どうやら、利用し尽くしてこれから処分するつもりなようだ。
「……」
金色の闇は一瞬考える。自分はどうしようか、と。
自分の当初の目的は既に達成できない状況なうえ、今となってはどうでも良い。なので、ハンマーヘッドが殺されようと彼女には関係無く、このままキングの下へ帰るべきだ。
帰るべき、だが……。
彼女は、先ほどの苦しんでいる人々の顔を思い浮かべ──次の瞬間、ハンマーヘッドとロボットの間に割り込んで鋼鉄の拳を受け止めていた。
「へ、はへ……?」
『キサマハ……データニアルゾ。金色ノ闇ダナ』
「ヤ、ヤミちゃん!?」
「鳥肌立つので二度とそう呼ばないでください」
「あ、はい」
背後のハンマーヘッドを冷たく睨みつけ、彼女は目の前のロボットを見る。正確には、カメラの向こうの製作者だろうか。
「申し訳ありませんが、この男の身柄は私に預けてくれませんか?」
『ナンダト……?』
「元々泳がせる程度には、彼自身に興味は無いはず。なら、もう用無しなら私に譲ってください」
『……フン。確カニ貴様ノ言ウ通リダナ。変ニ事ヲ荒ゲテ、貴様ニ狩ラレルクライナラ』
本当にデータだけが欲しかったのだろう。ロボット達はあっさりと金色の闇の要望を受け入れると転身させて闇の中へと消えていく。
『……シカシ意外ダナ。アノ冷酷無比ナ金色ノ闇ガ……下ラナイ正義ニデモ目覚メタカ?』
「……」
最後にその言葉を残して。
それを見送った金色の闇は何も答えず、気配が完全に離れたのを確認すると視線をハンマーヘッドへと向ける。
「あ、ありがとう! アンタは命の恩人だぁ!」
「勘違いしないでください」
「へ?」
「貴方がこのまま死ぬよりも、警察に突き出して罪を償わせる方が、彼らの為……じゃなくて。貴方にとって不幸だと思ったからです」
間抜け面だったハンマーヘッドの顔が青く染まる。彼女の言葉を聞いて、彼女の意図を理解したというのもある。
だが、それ以上に……。
「これから楽に生きていけると思わない事です」
「は、はい……!」
彼女の全身から溢れ出すオーラが凄く怖かったからだ。
冷や汗をダラダラと流しながら、ハンマーヘッドは地面に頭を減り込ませた。
「私、どうしたんでしょう……」
「何が?」
キングと格闘ゲームをしながら、金色の闇が思わずそう呟いた。
指を動かしながらキングが尋ねると、先日F市での事を話す。
「進化の家が滅んでからですかね。それまで何とも思っていなかったモノが見えてしまったというか……。
前までの私なら、見捨てた命に時間を掛けたというか……」
「ああ。賞金稼ぎだけだと命は取るけど、命を助ける事はないからね」
「……なんでズバッと当てるんですか」
漫画の知識で色々と知っているからである。
「でもおかしいと思いません? キッカケも無くいきなり、他者の命に気にかけるなんて……」
「いや。君は元々そういう人間だよ。現に俺の事助けているし」
「……」
画面に映る筋肉キャラの動きが鈍る。そこに畳み掛けるバニー姿のキャラ。
「ネットでも助けられたって書き込みあるし、気が付いて無いだけで他人の事を思いやっていたと思うよ。
ただ、その事に気付いていなかっただけで……」
「とても信じられないのですが……」
「あと。協会にバレないようにしているけど、一応ヒーロー活動しているし。前もトランスで俺の姿になって戦って、感謝されて偉くドギマギしてたじゃないか」
「……」
「キッカケはあったと思うよ……君は賞金稼ぎよりも、ヒーローの方が似合っているんじゃないかな?」
──君は優しすぎるから。
テレビには、KOの文字が浮かび上がっている。
しかし、彼女はそれをボーッと眺めていた。それだけ、キングの言葉に衝撃を受けているのだろう。
「……しかし、私はヒーロー協会のスカウトを断り続けていましたし……」
「それは……うーん。だからこそ、だと思う」
「え?」
「君はいつも協会の存在自体には難色を示したけど、一言も「ヒーローなんてくだらない」とは言っていない。つまり、その行動原理には惹かれていたんだと思う。でも、それを商売にしている協会には否定的だった」
「……私は、どうすれば」
俯く彼女に、キングは言った。
お土産に買っておいたたい焼きを渡しながら。
「それを決めるのは君自身だよ」
「……はぁ。いつもは情けないのに、こういう時は頼りになりますね。流石は29歳」
「うっ。歳のことは言わないでくれ……」
「でも、ありがとうございます」
彼が差し出したたい焼きを受け取り、パクリと一口。
(──決めました。私は、ヒーローに」
金色の闇は、ヒーローに……
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なる。
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ならない。