「まさか、彼がヒーロー協会に入るとは……」
今回の通算55回目のヒーロー認定試験にて、ヒーロー協会は若干浮足立っていた。
しかし、それも無理もない。長い間監視し、そしてできれば自分たちの懐に入れたいと思っていた超大型戦力の一つ……ジェノスがヒーローになったのだから。
ジェノスは凄まじい力を持ったサイボーグであり、当然体力テストは満点。筆記試験も本人の元々の地頭の良さから──復讐の為にありとあらゆる情報を集めていたからかもしれないが──満点。結果、100点満点で認定試験に合格し、過去の実績と合わせてS級ヒーローへと任命した。
「嬉しい誤算、でしたね」
「ああ。あれだけの戦力が協会の仲間になったと思うと心強い。……それだけに惜しいな」
ジェノス同様監視している超大型戦力──金色の闇。彼女へのスカウトは未だに成功していない。
何故か、ある時期から活動が緩やかになり、そして怪人相手の仕事が増えて来た事から、ヒーローに興味を抱いたのでは? と期待したのだが……。
「勿体無いですね……」
「ああ。彼女がヒーローになってくれれば、人類は安泰だというのに……」
それでもまだ言葉の端々に諦めきれない感情が混じっていた。
それだけ、彼女に対する期待が大きいという事だ。
「そう言えば……ジェノス君の事で、
「……彼はなんて?」
じっとりと額から汗を流しながら聞くと、部下はこう答えた。
「『ボク自身が彼女を見極めてみよう』、と」
結局、彼女はこれまでと同様の生活をする事にした。キングの身の回りを守ったり、彼のヒーローとしての立場を確かなものにするには、やはり自由に行動できる現状が一番だと思ったからだ。
彼女もヒーローとなり、力を見せつけつつキングの許に下る姿勢を見せる事も考えたが……対処が難しい敵、状況になる可能性を考慮してこの案は破棄した。
その事を彼に伝えると、キングは分かったと言いつつも何処か納得していない様子だった。それでも、これから災害事件が増えるかもしれないと伝えると、それ以上何も言わなかったが。
さて、ここで彼女が普段何をしているのかを紹介しよう。
賞金首の情報収集。
キングの評価を上げる為に暗躍。
情報を基に賞金稼ぎ。
休日。
彼女の体調や世論、気分その他諸々によって変更される事があるが概ねこんな感じである。キングが誕生する前は、賞金稼ぎに出る頻度がもっと多かったのだが……ヒーロー協会からの給料がそこそこ良いので、以前のように狩る必要は無い。
ぶっちゃけ必要無かったりする。キングがいくら贅沢しようとヒーロー協会の給料が多い上に、金色の闇の貯金がちょっと公にできない程あるからだ。それでも続けるのは、ストレス発散だろうか。
そして、今日は賞金稼ぎに行く日。めぼしい標的を見繕った彼女は、相手の行動パターンを頭に叩き込み、最終目撃情報であるL市に来ていた。
……来ていた、のだが。
「……」
──尾行されている。
L市に入ると共に、何者かが彼女の後をつけ始めていた。しかも、かなりの手練れらしく相手の正体が分からない。
人間にしては強すぎる。怪人にしては特有の邪悪さが薄い。
ヒーローだろうか。それもトップクラス。
そうアタリをつけた金色の闇は人が居ない場所へと移動し、振り返る。
「此処なら話ができますよ」
「助かるよ。ボクが下手に女の子と話していると、騒ぎ立てる所が多くてね。……意外と配慮してくれるんだ」
「……! 貴方は」
A級一位イケメン仮面アマイマスク。
トップクラスの人間が来ていると予想していた彼女だったが、まさか本当にトップランカーが来ているとは思っていなかった。
金色の闇の驚愕した表情が気に入ったのか、もしくは余裕を見せつける為か、アマイマスクはただただ微笑を浮かべる。
何を考えているのか読めない。
金色の闇は強く警戒しながら問い掛ける。
「……一体何の用ですか?」
「いや、何。君の事は前々から興味があってね。機会があればこうして話してみたかったのさ」
「その割には、あまり穏やかなアプローチではありませんでしたが……」
「ふふ……それはお互い様だろう」
チリチリと緊迫した空気がチラつく。
互いに敵意は示していないが、それでも空間が張り詰める程に緊張していた。
そんな中、アマイマスクはさっさと本題に入る。
「今回、君を追いかけたのは見極める為さ」
「見極める?」
「ああ。君が──」
──正義側なのか。それとも悪側なのか。
この一瞬だけ、アマイマスクから一切の油断も余裕も無くなった。
コンマ一秒にも満たない時間だったが、金色の闇ならそれだけで十分。険しい表情をさらに険しくさせて、無言でアマイマスクの次の言葉を待つ。
「今日君が此処に来た目的は把握している。今回は、君の働きぶりを見て判断させて貰おうかな、と思って」
「いったい何様のつもりですか」
「何様って……アイドルでヒーロー……かな」
今はヒーローとしての比率が高いけど。
クスクスと微笑みながらそう宣うアマイマスクだが、その声には冗談のカケラもなく本当にそう思っているようであった。
相手が基本裏社会で生きる人間だから、メディアへの影響を心配していないのだろうか。そんな事を思ってしまう金色の闇だったが……。
「……ふぅ。せいぜい、ゴシップ記者の記事のネタにされないように」
「そんなヘマはしないさ」
これ以上の問答は無駄だと感じたのか、金色の闇は追及をやめた。アマイマスクに背を向けると歩き出し標的の許へと歩き出した。アマイマスクもまた、彼女の軽口に返しつつ後を追った。
流石はA級一位と言ったところか、アマイマスクの動きは他のヒーローとくらべて格段に違っていた。むしろ、S級クラスの実力があると見て良い。
目的地までの短い時間でそれを確認した金色の闇は、彼に気を配る必要が無いと判断し仕事に集中する事にした。
L市の中心部から離れた町外れ。そこにある廃工場の中から複数人の人間の気配を感じる。そして、その中でも一際大きな気配を持つ者が一人。
どうやら、この廃工場が今回の標的のアジトらしい。
パラリと持っていたチラシを見て、空いた穴から中を覗く。
「間違い無いですね。A級賞金首のクル・マスキング。頭にタイヤ痕の模様が見えます」
奪った車で轢き逃げを何度も続け、集った部下達と集団で暴走行為をする危険な集団。警察が何度も逮捕しようとするも、それすら蹴散らしパトカーを奪って街を混乱させた事も。
放っておけばこれからも沢山の人を傷付けるだろう。
しかし、今回彼女に狙われたのが運のツキ。彼らはこれから金色の闇に狩られ、警察に突き出される。
彼女はいつものように真正面から乗り込もうとするが……チラリと後ろを見る。
「……」
そこには腕を組み無言で佇むアマイマスクの姿が。どうやら本当に彼女の事を見極める為だけに来たようで、後から手出ししたり不意打ちをするような雰囲気は感じない。
ただ、廃工場に居るテロリストに対して冷たい視線を送っており、もし彼の当初の目的が無ければ或いは……。
とはいえ、彼の心情は彼女としてはどうでも良い。今は仕事が先だ。
足に力を込め、錆びついた鉄の扉を蹴り飛ばす。歪み、折れた扉が大きな音を立てて工場へと吹き飛び、その音に反応した幾多もの視線が彼女へと集う。
「何だテメェ!?」
「ガキが何のようだ?」
「いや……待て。あれは、まさか!?」
数は──全部で25。背後には改造された車が何台も置かれている。周囲に敵対者を葬るような設備はない。
つまり、唯一警戒すべきなのは賞金首であるクルのみ。
それを確認した彼女は一気に駆け出し。
「金色のや──」
「全員、しばらく寝てもらいます」
敵集団の中へと入ると同時に、クル以外のテロリストを気絶させた。突然の襲撃に慄いていた彼らは、自分が何をされたのか理解せず意識を飛ばした。
しかし、背後から見学していたアマイマスクだけは彼女が何をしたのかしっかりと把握していた。
(あれが噂に聞く
しかし驚くべきはその使い方。あの長い髪の先を超強力なスタンガンに変え、一瞬で心臓に打ち込み強制停止、そして再び強制稼働。それによって仮死状態から蘇生させて意識だけを奪った)
そして、そんな風にわざわざ回りくどいやり方をした理由は、アマイマスクに対する警戒の高さ。本当の手札を見せない事で、もしもの時に備えているという事。
その警戒心の高さに思わず笑みを浮かべるアマイマスク。
「さて。後は貴方だけです」
「くっ……うおおおおお!!」
後ろで意味深に笑っている男を無視してクルを追い詰める金色の闇。
諦め切れないのか拳を握り締めて彼女に殴りかかるクル。が、迫り来る拳を受け流し、逆に改造された車がある車庫へと投げ飛ばした。
ドガンッと大きな音を立てて頭から突っ込み、呻き声をあげるクル。その声からは覇気が無く、今の一撃で萎縮したらしい。
「終わりです。牢獄の中で例のオカマの彼氏にでもなっていてください」
「ぐっ……チクショー」
憎々しげに睨み付けてくるクルを冷たく見下ろす金色の闇。そんな彼女に拍手をしながらアマイマスクが近づいて来た。
「見事な体捌きだ。実力はA級以上……本来の力を使えばS級は確実だね」
「……どうも」
「ただ──」
ガッ! ガンッ!!
クルの目の前で衝撃が走る。
何故なら、目の前で金色の闇とアマイマスクが激突したからだ。
「何の真似ですか」
「それはこちらの台詞だ」
クルの首を刎ね飛ばそうとしたアマイマスクの手刀を、トランスで鋼鉄の盾に変えた右手で受け止めながら金色の闇は睨みつける。
「悪は根絶やしにしなくてはならない。存在してはいけないのだよ」
「その為なら人の命を奪う、と。それでもヒーローなのですか?」
「そういう君も随分と甘い。賞金稼ぎが、賞金首の首を獲らなくてどうする」
アマイマスクの力が、手から腕、そして頬まで広がる。血管のような、もしくはそれ以上のおぞましく、恐ろしい……それこそ彼が忌み嫌う悪……怪人と似た雰囲気を持つ力が金色の闇の細腕を押す。
「別に命を獲らなくても賞金は手に入りますの──でっ!」
「っ!」
盾から刃へと変えた腕でアマイマスクを振り解く。ガキンッと音が響き、金色の闇のトランスさせた刃に刃こぼれができ、アマイマスクの手から血が垂れ落ちる。
「……」
「……」
一触即発の空気。およそ人同士が出すものではなく、元々亀裂の入っていた地面にさらに亀裂が入る。
だが、その空気を打ち壊したのは金色の闇でもアマイマスクでも無く……たった今出現した怪人の産声だった。
「テメェら! オレ様を舐めるなぁ!!」
「っ!? 怪人、何処から?」
「いや違う……クルが怪人になったんだ」
命の危機に瀕したからか、それとも目の前の二人に対する怒りからか。もしくは怪しげな肉を今しがた食べたからか。
原因は定かではないが、クルは怪人となった。背中から伸びる触手が乱雑に置かれている車を巻き取り、引き寄せ、圧縮させながら吸収していく。音を立ててまるで捕食しているかのようなその光景に、二人は睨み合うのをやめて怪人に向き合う。
「──で、この場合はどうするんだ金色の闇」
「……そうですね。怪人になられた時点で、私の標的は既に居ません。つまり──」
アマイマスクの隣に居た金色の闇が再び駆ける。その表情は今までのどんな時よりも冷たいものだった。そして怪人の横を通り過ぎ……。
「ギャハハハハハハハハッ!!! 俺はもうただ車が好きなだけの賞金首じゃねえ! 車と一体化し、その力を十二分に発揮できる魔紳ドライバー様だ! この力さえあればテメェらなんて俺の敵じゃ──」
ザンッ!!
「仕事失敗です」
「……あへ?」
トランスして作った刃で怪人を真っ二つに斬り裂いた。クル……いや、魔神ドライバーと名乗る怪人は、身体中からガソリンや血を吹き出しながらその場に倒れた。
それを見届けたアマイマスクは満足そうに笑みを浮かべ──。
「良いね彼女。ボクは気に入ったよ」
『そ、そうなのですか……』
その日の夜。アマイマスクは自宅でヒーロー協会の役員と連絡を取り合っていた。
いつにも増して上機嫌な彼の声に役員は緊張しながらも言葉を返す。
『それで彼女は協会には……』
「ああ、うん……」
──私の答えは変わりません。
「このアマイマスク様が、女の子にフラれてしまったよ」
『アナタでもダメでしたか……』
「でもそれも時間の問題さ」
『?』
「だって、彼女──」
──このボクと似ているのだから。
不敵な笑みを浮かべるアマイマスクの横顔を、月の光が怪しく照らしつけていた。