「……」
隕石落下事件から三日が経った。
それでも彼女の体の火照りと貧血は治らなかった。体に力が入らず、ずっと布団の中でゴロゴロとしている。
そして、やる事もないので必然的にあの日の事を思い出す。
最初は、隕石を押し出し海へ落下させようとしていた。その為に、彼女は右腕をサイボーグのようにトランスさせて砲台を作り上げた。
全ての体内エネルギーをそこから出すために。
その為には、彼女は奥の手を使う必要があった。
その奥の手こそが──ダークネス。
ジーナス博士が作り上げた最高傑作。ダークネスの力は通常のトランス能力と違い、その力は対人から対惑星へと変化する。
しかし、それでも足りないと感じた金色の闇はキングの力を借りた。
「……っ」
キングがしたのはたった一つの行動のみ。金色の闇を背後から強く抱き締めただけだ。
しかし、それで当人達は十分だった。
美少女を抱き寄せたキングは、かつてないほど心臓の鼓動が煩く鳴り響き、鼻腔を満たす柔らかな香りや温かな体温は、美少女ゲームでは決して味わえない至高の感触。思わず鼻から一筋血が垂れてしまったくらいだ。
興奮したし緊張したが……それ以上に心地良かったとの事。
そして、金色の闇だが……キング以上に興奮して緊張してオーバーヒートした。
キングの心音が聞こえる度に体がビクつき、時折かかる吐息が足をガクガクと震わせた。
どうやらアダムを……男性を感じるには、精神的に未熟だったらしい。
まるで少年誌では掲載できない事をされたかのように、彼女はイヴとしての自分を強く実感した。
結果、ジーナス博士の考察通りに力を増した金色の闇は、体内エネルギーを放出し隕石を破壊。しかしその直前に隕石が自壊したかのように見えたが……興奮で視界が回っていた彼女は気付かなかった。キングも同様である。
放出が終わった金色の闇は力が抜けて鼻血を大量に噴出させた。キング同様かなり無理してたようだ。そして、ダークネスの力でワープしキングの家へ離脱。しかし肝心の彼を回収し忘れ、後に残ったのは血塗れのキングだった。
「はぁ……流石に純情過ぎでしょう私」
加えてキングをその場に残してしまうという失敗を犯してしまった。
顔を合わせ辛く、気恥ずかしい彼らはこの三日間上手く話せなかった。それも含めて自分の事を顧みてため息を吐く金色の闇。
「今日こそは、ちゃんと話し合いましょう」
そう言葉にする金色の闇だが……
キングの体温。
キングの鼓動。
キングの吐息。
それらを思い出し──彼女は再び布団の中へと沈んだ。
──なお。
ジーナス博士の無駄に天才な脳味噌による演算によると。
これ以上に刺激的な行為が行われ、彼らの今後の生活に劇的な変化が現れる可能性がかなり高い確率であったらしい。
しかしそれは、この世界では関係の無い話なのかもしれない。
「あぁ……恥ずかしいです……」
さて。隕石落下を防いだ事でヒーロー協会は民衆からの支持がうなぎ登りとなった。
それに伴い、今回の事件に貢献したヒーローのランキングに変動が起きた。
先ず、シルバーファング。彼は自ら協会に、今回自分は何もしていない事を伝えた。その結果という訳ではないがS級4位へと下がった。
そしてそれと入れ替わるかのようにキングがS級3位へとランクアップ。どうやら、隕石のカケラを消滅させ、街に出る被害をゼロにした事が評価されたらしい。
そしてジェノス、メタルナイト、とあるC級ヒーローも隕石破壊の補助としてそれぞれ順位を上げた。
「キングのお零れ貰ってるんじゃねーぞ!」
「は? なんだそれ?」
……一部納得していない者も居るが、まぁそれは良しとして。
S級3位となったキングの評価は以前よりもさらに高くなった。
これにより協会によく頼られるようになり依頼殺到! ……とはならなかった。
何故か逆に滅多な事ではキングに頼らなくなってしまった。むしろしっかりと休んでくださいと言われる始末。しかし、裏で金色の闇が怪人を狩ってキングの手柄にしたり、キングが倒された怪人の近くを偶然通る事により、協会からはストイックに戦いに生きる男と思われてしまっている。さらに非常時には命を賭ける男と見られており……。
結果、評価が勝手に上がっていき、協会内では【タツマキやブラスト以上の最高戦力】【実質S級1位】【ヒーローの中のヒーロー】と呼ばれていた。
故に、彼女に目を付けられるのは当然の事だった。
さらに数日後。
「此処がキングの家ね」
とある高層ビルを見上げる一人の少女がいた。
しかし、ただの少女ではない。
「ママー。あれなにー?」
「んー。ビル」
「じゃなくて、何で雨が避けてるの?」
「それは傘を使ってるからよ」
スマホに夢中な母親を持つ幼き子どもは見た。
空から降り注ぐ雨が、少女の周りだけを迂回している光景を。
そして子どもは知らない。
それを為しているのがヒーロー協会最高戦力の一つ、S級2位戦慄のタツマキである事を。
そして、その戦慄のタツマキがS級3位であるキングの下へやってきた事を。
彼女にしては珍しい行動だった。全ての事象が自己完結している彼女は一部の例外を除き、他者に興味を示すことはない。
シルバーファングがS級3位になった時も「あっ、そう」と気にも留めなかった。
だが、今回は違った。
キングの偉業を無視するには、彼は強過ぎる。
先日の隕石事件の際には、たかがその程度で死に掛けたのか? と若干落胆したが、街に被害を全く出さずに解決したと聞き評価を改めさせられた。
加えて、協会が長年指名手配してきた災害レベル竜の怪人をヒーローになる前からいくつも倒して来たという事実もでかい。
故にこうして、わざわざ出向いてキングという男を見極めに来たのだが……。
「おかしいわね。キングの気配を感じないわ」
何故かそれっぽいエネルギーを感じない。超能力を使えない人間にも生体エネルギーはある。エスパーである彼女は、それを探知、操作する事が可能だ。
「……妙な奴は居るみたいだけど」
「それはこちらのセリフです。戦慄のタツマキ」
そして、この町で感じる強い気配は目の前に降り立つ一人の少女のみ。
白く透き通る白い肌。金色に輝く長髪。闇を思わせる黒い衣服。
ヒーロー協会側が躍起になって招き入れようとしていた為、タツマキはすぐに少女の正体に気が付いた。
「何でアンタが此処に居るのよ金色の闇」
「あら。私の事をご存知なのですか?」
「別に。ほとんど興味ないわ──だから、その鬱陶しい視線止めてくれる? 私が何したって言うのよ」
ビリビリと殺気を叩きつけてくる金色の闇を、タツマキは眉を顰める。
プライドが高い彼女はよく他者と衝突し、また恨みを買いやすい。
しかし、目の前の少女とはこれが初対面であり、正直ここまで敵意を抱かれる心当たりがない。故に、苛立ちよりも困惑の方が大きかった。
対して金色の闇は焦っていた。タツマキの力の強大さに。
(タツマキの目的がキングなのは確実。それが好奇心であれ、ライバルへの対抗心であれ関係ない。彼女を彼に会わせるのは危険だ。最悪、全てバレてしまうかもしれない)
雑魚相手なら武力行使で追い払えば良い。それができないからこそ金色の闇はかつてないほど警戒を露わにしている。
故に、彼女は自分の今の立場を使う事を決意した。
「いえ──長年追い続けていたターゲットを仕留める前に、厄介な存在が現れたものだと思いましてね」
「ターゲット? ……あぁ、なるほど。賞金稼ぎ。でもキングはヒーローよ? あなたが求めるジャンルとは違うと思うわよ?」
「いえ。キングの名は裏表関係無く轟いていましてね。彼を狩る事が出来れば大きなメリットを得る事ができます。……まぁ、私含めて成功した者は居ませんが」
「……」
タツマキの視線に色が入り始める。
ヒーローとしての、怪人や悪人を倒す者としての彼女自身が現れる。
「で、何が言いたいわけ?」
「分かりませんか? 邪魔だから帰って下さいと言っているのです。貴女の相手の後だと、流石にキングを倒す事は不可能ですから」
「……つまり、私を邪魔者扱いしているってわけね。それも、キングがメインディッシュで、私が前菜」
「……はっきりと言う必要がありますか?」
安い挑発だ。しかしタツマキ相手には十分だったらしい。
彼女の全身からとてつもないエネルギーが放出され、力場の変動が起きる。小石や砂利、埃が浮かび上がり、空間が震える。
──此処からが本番だ。
「トランス──」
背中から白い翼を作り出し、一気にタツマキへと突撃する。右手を刃に変えて振り下ろすが、硬い音が響きタツマキに届く前に腕が止まった。
超能力で作ったバリアだ。
「珍しい力を使っているのね」
タツマキが指先を金色の闇に向ける。次の瞬間、彼女の体内が掻き回される感覚が起こり視界が揺れる。
「……っ」
超能力で生体エネルギーをめちゃくちゃに弄んでいる。それを理解した金色の闇は、髪の毛の一部を己の脳天へと突き刺し、トランスのエネルギーを体内へと注入、そして操作。
それにより無理矢理タツマキの支配から抜け出すことに成功。そしてすぐさま、反撃の蹴りを放つ。
「なるほど、協会が欲しがるだけはあるわね」
──でも、それだけね。
そう呟くと、タツマキは金色の闇を空へと吹き飛ばした。少しだけ力を出す気になったらしい。場所を空へと変え、被害をなるべく出さないようにするつもりだ。
金色の闇の体が分厚い雲を突き抜け、青空の下へと突き出る。空気が薄く少し寒い。一瞬で空高く打ち上げられてしまったらしい。衝撃で服の其処彼処が破れてしまっているが──気にしている余裕はない。
既にタツマキは彼女の上にいる。
そして念動力を金色の闇の片翼に集中させて、ピタリと動きを止める。
「ぐ……」
「私の力を振り解く力があるみたいだけど、それでも隙が生じるならサンドバッグと一緒よ」
金色の闇が拘束を解くのと吹き飛ばされるのは同時だった。下の雨雲と平行に吹き飛んで行き、高速度により呼吸ができなくなり苦悶の表情を浮かべる。
「深海王が暴れているこのうちに、しっかりと鍛えておけよ息子たち! へ? どうしたお前ら? 後ろ? ──あばー!?」
道中何かとぶつかり、錐揉み回転するが、すぐに態勢を立て直す。
このままでは弄ばれて終わりだ。
金色の闇は翼を広げて再びタツマキへと突撃。しかし、今回はそれだけではない。
全身を己の長髪が包み込み、自分という存在を作り変える。そして、金色の繭から出た時、彼女はトランスした。
ダークネスへと。
「やっと本気に──って、なんて格好してるのよー!?」
──貴女には言われたくない。
その言葉を飲み込んで、金色の闇はトランスによる空間干渉によりワープゲートを発動。タツマキの背中、正確には服から飛び出してゼロタイムで拳を叩き込む。
「っ!」
すんでのところでバリアで塞がれたが、衝撃は殺せなかったようだ。地上へと落下していくタツマキを金色の闇も追おうとして……。
ドッドッドッドッドッドッ
「……っ」
脳裏に響く音に、体が熱くなり呼吸が荒くなる。
しかしそれを耐えて彼女は地上へと降りた。
そこには、かなりキているタツマキがあり、普通の雨が荒れ狂う嵐へと変化していた。
「アンタ……もう許さないからっ!」
超能力により、雨雲の中から水の龍が旋風を伴って出現する。眼下にいる住民達は怪人だと騒ぎ出し逃げ出して行く。
「そう言っていられるのも今のうちです!」
地面に降り、手を突いた彼女の足元から男の姿を模る巨人が現れる。
そして巨人はタツマキの水龍と激突し、互いに雨と土塊に戻る。
それをタツマキが利用し、金色の闇へと吹き飛ばす。しかしこれを全て切り刻み、タツマキへ一気に接近する金色の闇。
激突する二人。高エネルギーのぶつかり合いにより、まるで地上で落雷が起きているかのように光が断続的に続く。
その光景を現場に居合わせたA級ヒーローはこう語る。
「いや、スティンガーが相手にしていた怪人と同種の奴が、他の町に出たと聞いて来てみたら、タツマキが何かと戦っていたんだ。
それで怪人達は町諸共メチャクチャ。災害レベル竜はあったね。巻き込まれていたら死んでたよ」
しかし、戦いは永遠に続かない。先に金色の闇がダウンしてしまったからだ。
戦いの最中、いきなり金色の闇が己の顔を押さえて動きを止める。そしてそのままタツマキに吹き飛ばされた。タツマキはその事に一瞬訳がわからず呆然とするが、すぐに猛スピードで追いかけ……。
「ちょっと! いきなり気を抜くってどういう訳……!」
しかし、言葉は最後まで続かなかった。
金色の闇が押さえた手から血がポタポタと垂れ落ちていたからだ。よくよく見れば体内のエネルギーが荒れ狂っており、とてもではないが……タツマキと全力で戦える状態ではない。
「……」
その光景に何を思ったのか、それは彼女自身にしか分からない。 だが、タツマキは能力の行使を止めて腕を組む。
「私も舐められたものね……いや、もっと舐められたのはキングかしら」
「……」
「アンタ、私ほどじゃないけどまぁまぁやるじゃない。もしそのキングとの傷が無かったら良いとこまで行ったんじゃないの?」
どうやら、タツマキはキングとの戦いの際の古傷が開いたと思っているらしい。
実際は、キングとのハレンチな思い出がダークネスによって頭の中で花開いただけだが。
「そんなにキングは強いの?」
「……私が逃げる程度には」
「……そう」
先ほどの戦闘を思い出し、金色の闇の言葉を加味してキングの実力を図るが……未知数。
全開バトルで苦戦しそうな相手を倒すキングの実力に、彼女は初めて畏怖を感じたのかもしれない。頬に一筋の汗が垂れる。
「……私、帰るわ」
「そうですか……」
「一応忠告するけど、キングにちょっかい出すなら場所から変えなさい。怪人と間違えて私が巻き込まれるなんて嫌だから」
「……」
それだけ伝えると、タツマキはさっさと帰って行った。
それを見送った金色の闇は、ダークネスを解いて一息つく。
これまでで一番の修羅場だった。タツマキは、今まで戦って来た相手と比べ物にならないほど強かった。ダークネスが無ければ負けるほどに。
「今日のこと、話さないとなー」
しかし……実は、金色の闇は。
「……どうしよう」
隕石の一件以来、まだ一度もキングと会話をしていなかったりする。
これからの事を思い、彼女は肩を落とした。