「まだ連絡が付かない……」
キングは、金色の闇と連絡が取れず彼女の事を心配していた。
宇宙人襲来によるA市消滅事件。あの一件に彼女が参加していた事は知っている。そして、負けそうになった事も。
怪我を負った為、傷を癒しているのかもしれないが、それでも彼女の事が心配だ。
(またたい焼きばかり食べてなければ良いんだけど……)
主に食生活についてだった。
「それにしても一人になるのは久しぶりだな……」
あの日、彼女を助けて以来ずっと二人で暮らして来た。
年が離れている為妹のように接して来た美少女。もしこの事がバレたら如何にキングであろうとボコボコにされそうだ。もしくは通報。
最初はその辺の事をビクビクしながら過ごして来たが、最近は慣れたのか自然体で過ごすようになった。キングエンジンも鳴らない程に。
そしてそうなると色々と見えてくるのだ。
例えば彼女の弱さとか歪な所とか……。
「……新作ゲーム、買うか」
気分転換の為に、キングは立ち上がり外に出る。
その行動がキングの、そして金色の闇の運命を変える事になるとも知らず。
「礼を言います、ジーナス博士。まさかこの短期間で欠損した腕を治せるとは」
「仮にも元天才科学者だったからね。腕の一本や二本、復元する事なんて訳ないさ」
金色の闇はボロスとの戦闘から敗走した後、進化の家に向かい治療を受けていた。ジーナスを頼ったのは、金色の闇が考えられる中で、彼女の体を早期に回復させる事ができる存在が彼しかいなかったからだ。
加えて、どれだけ迷惑をかけても罪悪感を抱かない相手だからである。
手や足をトランスさせ、己の調子を確かめているとジーナスが口を開いた。
「ダークネスを使ったようだな」
「……」
「治療の際に、データを見せて貰った。おそらく隕石の時とA市の宇宙人相手に使ったのだろう」
実際にはタツマキとの戦いの際にも使用したのだが、あれは隕石時に使った際の余剰エネルギーを用いての使用の為ジーナスは気付いていない。
金色の闇は彼の問いに答えず、沈黙を続けた。
前回ダークネスの力を引き出すのはハレンチだと、通報されれば即逮捕されそうな事を宣ったジーナスだが……実は続きがある。
「やはり私が言っていた事は正しかった。君の力を引き出すのはハレンチ……いや、異性に対する強い感情だ」
「……」
「ダークネスの力は君の感情に強く反応を示す。隕石時には、何か強い羞恥心を抱いていた。その力は砕け散った隕石を一つ残らず消し飛ばす力があり、さらに数日間君の体に残留し続けていた。
それに対してA市の時は出力は弱い。隕石時の半分にも満たない。持続性も低く、爆発力も無い。無理矢理ダークネスを使った時とそう変わらないだろう」
金色の闇はそれを聞いて笑い飛ばしてやろうと思っていた。思っていたが……出来なかった。
「故に先ほどの『私の言葉が正しかった』ですか……」
「ああ、そうだ」
何故なら、それはつまり──。
「ふ、ふふふふ……そうなると、いよいよもって確信が持てます」
「……な、何がだ?」
たくさん人が死んでも、結局、彼女は……。
「ジーナス博士……私、気付きました。
私、貴方に負けないくらいロクデナシなようです」
心の奥底では、本当に怒ることも悲しむこともできないのかもしれない。
感情のない、殺戮マシーン。
あるのはたった一つ──主人であるキングを守ること。
それだけが唯一の救いであり、存在理由。
ならば、それ以外は捨てよう。
ただ、王の為に。
新作ゲームを買い、帰路の道中G4と名乗る戦闘マシンに決闘を申し込まれたキング。しかし何とか欺き家に帰ったところ、あるB級ヒーローに不法侵入を許してしまう。
流れでゲームをし、何故戦わなかったのか聞かれ、そこに怪鳥がいると突撃し、そして──。
「サイタマさんの手柄をいくつか取ってたと思います」
「いや、手柄とかそういう事じゃないって。キングはこのまま騙したままヒーロー続けていくのか?」
本当のキングに出会った。そして過去に自分を救ってくれたヒーローだという事も思い出した。
涙が止まらず、漏らした事も忘れて泣き続けた。
その後はサイタマの質問に力無く答え続け、己の不甲斐なさに体を小さくさせていた。目の前のサイタマが真剣にヒーローを目指していただけに。
偽りだらけのヒーロー。しかし、一つだけホンモノを持っていた。
「……辛い。しんどい。でも……」
「ん?」
今までただ言われるままだったキングの変化に、サイタマが眉を上げる。
彼の奥底にある何かにサイタマが興味を示したその時。
『ギャァアアアアアア!!』
奇声を上げて再び怪鳥がキングのマンションへと突撃して来た。先ほどの鳥よりも一回りもふた回りも大きく、スピードも速い。
こちらに向かってくる脅威にキングはビビリまくり、サイタマは静かに拳を握り締め──。
「おっ」
──ザンッ!
しかしその前に、上から振り下ろされた刃により怪鳥の首が落とされる。さらにいくつもの剣が細切れにし、大量の血が雨のように地上へと落ちる。
それを眺めていたサイタマとキングの前に、フワリと降り立つのは……金色の闇だ。
彼女はキングの無事を確認した後、部外者であるサイタマへと目を向ける。しかしすぐにキングへと視線を戻した。
「ただいま帰りました」
「お、お帰り……あの、この人は──」
「ここも引き払わないといけませんね。怪人が自宅にまで来るなんて、貴方の不幸体質にはもはや感心します」
「あ、あれ? 怒ってる?」
いつもと違って強引に話を進める彼女に、キングが違和感を覚える。それに様子が変だ。声に抑揚が無く、何かを抑え込んでいるかのように……。
恐る恐るキングが彼女に問いかけると、金色の闇は首をふるふると横に振った。
「いえ、ただ今までの自分に失望し、考えを改めただけです」
「え……?」
「私は貴方を守ると決めました。それを遂行する為なら、他者への感情が邪魔。故に──」
トランスさせた刃がサイタマの喉元を突き付ける。
あと1ミリ動けば、薄皮一枚切れる程の距離。
それを見たキングが慌てて止める。
「ま、待ってくれ! 彼は、サイタマ氏は俺を助けてくれたんだ。それに、俺の代わりに怪人を倒してたのも、そして本当のキングも彼なんだ!」
「……! そうですか。あなたが──ならば、尚更排除しないといけません」
「んな!?」
「貴方の平穏の為にはキングの名声は必要。それを脅かす存在は必要ありません。だから──殺します」
キングの心臓の音が煩く鳴り響く。
何があったのかは分からない。しかし、彼女はサイタマを害そうとしている。
どのような言葉を投げかければ止まってくれるのか。ぐるぐると思考が回り続け……。
「やる気無いのに、殺すとかいうなよ」
ヒョイッと刃を退かしてサイタマは気の抜けた声でそう言った。
「いきなり出てきたと思ったら良く分からないことをペラペラと……ちょっと落ち着けよ」
「私は冷静です。己のするべき事をただ全うしようと……」
「いやいや。人に刃物突き付けている時点で冷静じゃねーって。それは人を脅す道具じゃねーぞ」
「……脅す? 何を言っているのですか……脅すも何も、私はあなたを──」
「殺すつもりだったてか? さっきから聞いてれば……キング、教育なってねーぞ」
「──キングを愚弄するつもりですか」
サイタマと金色の闇の押し問答は止まらない。しかし徐々に金色の闇が顔を顰め、ついには睨みつけ始めた。彼女が求める殺戮マシーンとは反対に。
特にキングを貶されたと感じた瞬間の怒気は凄まじく、ヒビが入っていた床にさらにヒビが入るほどだ。
「愚弄も何も本当の事だろう」
「貴方に何が分かるのですか」
「いや、知らねーよ。今日初めて会ったんだから。だけどよ……。
今のやり方、キングがしんどくなるだけだ。一番追い詰めているのはお前だと思うぞ、金髪」
「──っ!」
ざわりと金色の頭髪が浮かび上がる。
彼女は本気でキレた。それに反応した彼女の力が顔を出す。
しかし、サイタマにとってはそんな事はどうでも良い。バッとキングの方へ向く。
「キング!」
「は、はい!」
「材料、見ておいてくれ!」
それだけを言うとサイタマは腕で金色の闇を引き寄せ、足に力を入れ──。
「八つ当たりは外で受けてやるよ」
一気に空へと跳んでいった。
自分で飛ぶよりも、タツマキの超能力で飛ばされるよりも速く、金色の闇は空を飛んでいた。
許容範囲を超える風圧に息を乱しながらも、ダークネスの発動は進めていた。ワープホールを形成し、空から地上へと戦場のステージを変える。
急に居場所が変わった事にサイタマが驚き、そのまま二人揃って地面に墜ちる。
しかしすぐに地中から抜け出し、彼らは対峙した。
「うお! いつの間に早着替え……てかその格好ヤバいだろ。キングの趣味か?」
「──殺します」
彼の問いかけには答えない金色の闇。
何故なら──相手は格上。それも天と地程の差がある。
空を飛んでいた時に振り解こうと腕を掴んだ時に感じたのだ。彼から底が見えないエネルギーを。
それこそ思わず過小評価し、別の要因を無理矢理持って来て現実逃避してしまいたいくらいに。
こうして相対している今も、自分が命を投げ出す気で闘えばあるいは……と考えてしまう。
常に最善を……否、もっと最適な答えを出し続けなければ、ダメージを与える事すら出来ない。
彼女の髪が牙を持つ竜の頭へとトランスする。さらにエネルギーの変換を行いバチバチと電撃を付与する。そしてその顎を目の前の男に喰らわせた。
ガブリと牙が肉に食い込む……しかしそれだけだ。服を破れども、肝心の肉体には突き刺さらない。
「噛み付くなよ」
だが捉える事は出来た。
──いや、違う。ダメージを負っていない為幸い動いていないだけだ。
思考を訂正する。サイタマの言葉を無視し、金色の闇は地面へと彼を投げ飛ばす。クレーターが出来上がるが、全く堪えていない。
(ならば……)
地面に降り立った金色の闇はトランスの力を大地に浸透させて操作する。すると地響きが起こり地割れが起きる。サイタマを落とすように。
無抵抗に地の底へ落ちるサイタマ。それを地面を無理矢理閉じて挟み込み、流砂のように地下へ地下へと運んでいく。地球の中心へ運び肉体を消滅させるつもりなようだ。
だが……
──バゴンッ!
「おい、服が燃えたじゃねーか」
サイタマが地中を蹴った結果、彼の体は地球の中心を通過した。そして今抜けた穴を曲がり再び戻ってきたようだ。その結果服が燃え、マントだけ体で庇い残ったらしい。裸にマントの状態で、金色の闇の前に出てきた。
「セクハラです訴えますよ」
この時点で、金色の闇の中で地球<サイタマの図が出来上がる。そうなると並みの攻撃では彼に通じない。
──いや、違う。どれも効かないと考えるべきだ。まだ倒せるつもりでいるのか。
思考の訂正を再び実行。
倒すという選択肢が取れないのなら、やる事は一つだ。
ワープゲートを作成。ゲート先に選ぶのは彼女の遥か頭上にある地……つまり宇宙だ。月の先にある遠い星。それが彼女がワープさせる事ができる限界距離。そしてその為には……。
「うわっ」
「すみません、キング。少し力を借ります」
別のワープゲートを作り、そこからキングを取り出した。驚いた表情を浮かべる彼を見ると、彼女は落ち着き……頭を振って思考を正す。
感情は不要だと決めた筈だ。
金色の闇はキングを抱き寄せた。彼の頭を自分の胸元に埋めるように。
「!?!?!?!?」
──ドッドッドッドッドッドッドッ!!
「──ハァッ……ありがとうございますっ」
体が熱くなり、顔が赤くなる。それを感じ取りながらも金色の闇はダークネスを使う。
「キング……お前」
キングに向けて不快な視線を送るサイタマを宇宙へと追放する為に。
彼の足元にワープゲートを作り、何処かの星へと送る。そしてすぐに接続を切った。
それだけで、かなりのエネルギーを使用した。人間一人のサイズを何処かの星に送るだけで。
「ハァ……ハァ……本物のキングだけはあります。存在がデタラメでした」
「……」
「でも、これで漸く貴方は」
「……イ──」
瞬間、背後に何かが着弾した。咄嗟にキングを庇い衝撃から身を守る。
暴風が止み、振り返ると……。
「……人って案外簡単に宇宙旅行できるんだな」
「──っ」
──倒せない。どんな手を使っても死なず、この星に帰ってくる。
ドロリと目、鼻、耳から血が垂れ落ちる。彼女は気付いていないが、サイタマをワープゲートで宇宙の彼方へ送るにはエネルギー消費が大き過ぎた。普通の人間が巨岩を持ち上げるような、そんな無茶をしたのだから。
マントを腰に巻き付け、サイタマは表情を変えずに言う。
「顔赤いぞ風邪か? 体調悪いならまた今度八つ当たりに付き合ってやるよ。血だって出てるし」
「……お構いなく。キングの平穏の為に倒れる訳にはいきません」
「……あのなぁ。キングキングって。そいつは大人だぞ。お前みたいなガキに養って貰わなくても生きていけるって」
背後で「いやちょっと怪しい」と呟いている声は当人達には届かず。
金色の闇は再びサイタマを睨みつけ始めた。
「それに、正直お前が何したいのかよく分からん。やっている事と言っている事が矛盾してるしな。そんなに傷付けたくないならヒーローやめさせればいい」
「黙りなさい」
「でもお前はヒーローとしてのキングも守ろうとしている。戦えないのに」
「戦いは全て私が引き受けます。何も問題ありません」
「……なんだ、本当は分かっているのか。
キングが大した奴じゃないって」
「……は?」
「いや、実際そうだろう。弱い怪人にビビってちびっちまうのは普通の人間の反応だ。お前の求める理想とは程遠いんだ」
「──」
「でも、そんなキングをヒーローにしておきたいから、こんな事しているだろう。そうしないとキングで居られないから」
「──」
「少し話し合えよお前ら。今後どうするのか」
金色の闇が飛ぶ。
「──取り消しなさい! 今の言葉!」
そしてトランスを用いないただの拳がサイタマに放たれる。それをサイタマは避ける。
「彼は確かに弱い!」
何度も何度も殴り続け、避けられ続ける。
それでも拳を止めないのは──譲れないから。
「でも!」
──脳裏に浮かぶあの日の光景。
「彼は……彼は、私の……!」
──死にかけていた時に差し出された一つのたい焼き。
──そして。
『だ、大丈夫?』
──ドッドッドッドッドッドッドッ!!
──情けない顔をした男とうるさい心臓の鼓動。
「──ヒーローなんだ!!!」
「──っ!」
サイタマの頬が打たれる。しかし痛みを与える事は出来ていない。
それを見た金色の闇は空に舞い上がり、手を刃に変えエネルギーを集中させる。星を一刀両断できる程のエネルギーを。
「ああああああああああっ!!!」
「ったく……漸く、やりたい事が分かったのに、錯乱してたら話せねーじゃねぇか。
──だから、これで頭冷やせ」
金色の闇が巨大な刃を振り下ろし──。
「必殺マジシリーズ──マジ殴り」
根元から殴り折られた。
ダークネスが解け、サイタマのマジ殴り(寸止め)で服を吹き飛ばされた金色の闇は、キングの服を着て地面に座っていた。
その顔は暗い。キングを守る事ができなかったからだ。傍らに座るキングが居なければ、そのまま自害しそうな程弱々しい。
「お前は……キングを本当にヒーローにしたかったんだな」
「え?」
「っ!」
しかしそれはサイタマの言葉で一変する。
まるで彼の言葉が図星かのように、顔が赤くなる。隣のキングはどういう事? と首を傾げる。
「だからキングの為に頑張った。凄く頑張った。色々と理由付けていた時はよく分からなかったが、最後のパンチでわかったよ。あぁ、こいつマジなんだって。それこそ、俺の趣味と同じくらいに」
「サイタマ氏……」
「マジでやっているんなら俺は何も言わねーよ。でも、その事を本人に伝えるくらいはした方が良いと思うぞ。キングもしんどいって言ってたし。……でも」
「サイタマ氏。そこからは俺が言うよ。……いや、俺が言わないとダメだ」
サイタマの言葉を遮って、キングは金色の闇を見据える。
「……イヴ」
キングが、彼女の名を呼んだ。殺し屋の二つ名ではなく、ジーナスが付けた番号では無く。
行く当てもなく、途方に暮れていた彼女に居場所と共に与えた大事な贈り物。
金色の闇……。否、イヴが赤く染まった顔を彼に向ける。
「正直、君が居ないと俺はヒーローをやっていけない。ちょっと君が居ない間に、ちょっと怖い目にあったり、酷い目にあったり、嫌な思いしたら……ヒーロー辞めたい。するんじゃなかったって思うくらいには」
「……」
「でもね、言うよ。勇気を持って言うよ。──俺、それ以上になりたい。イヴが憧れるヒーローに。イヴが無理して戦わないでも良い──本当のキングに」
イヴは、その言葉を聞いて──。
「なれますよ。だって、あなたは、私が初めてあった時から」
──ヒーローだったから。
彼女は、心の底からその言葉をキングに送った。
この日、彼らは漸く前へと歩き出した。
ヒーローになる為に。
次回、エピローグです。