「ナメてやがるな」
眉を顰めながら、ホスト崩れのような格好の少年はそう口にする。
「ご大層な事を言ってたくせにこの程度か? あ?」
垣根帝督。
学園都市にしか七人しか存在しない『
まさに完璧超人。天は二物を与えずという言葉があるが、彼は三物以上有しているためセーフ扱い。まさしく常識の通用しない天才である。
そしてそんな彼は現在、完全に激怒していた。
「中途半端がすぎんだよ。この街の闇に関わるってのが、どういう報いを受けることになるのかすら理解してねえようだしよ」
「ひ、ひぃぃぃ」
──
学園都市の人間であれば、一度は耳に入れたフレーズである。元々は「第三位以外の」という言葉が初めに付いていたのだが、ツンツン頭の無能力者に対して雷撃を放ち、挙げ句の果てには必殺技たる『
そんな超能力者を怒らせるという事がどういう結末を招くのか、学園都市の人間ならば簡単に想像がつくだろう。
まともとされていた第三位でさえキレたら必殺技を放つという事実。これは他の超能力者だって簡単に必殺技を放ってしまうという決定的証拠に他ならない。第三位でさえビルやら何やら貫通する必殺技を無能力者に向けて放つのだ。第二位だってビルやら何やら両断する翼で人体切断程度を半ギレで無能力者にやってもおかしくない。
なお第三位がヤベーやつ扱いされて以降、第一位への襲撃が鳴りを潜めたらしいというのは完全に余談である。
「ムカついた。テメェは死刑だクソ野郎」
◆◆◆
(アホくせえ。あんなことで一々俺を使ってんじゃねえよ。こちとら第二位だぞ、第二位。偉いんだぞ。超能力者動かすなら第四位で十分だろうが)
そんな事を考えつつ首を鳴らしながら、垣根帝督はソファに腰を下ろした。そのまま天井を仰いでボーッとしていると、扉が開いて一人のドレス姿の少女が現れる。
「あら、戻ったのね」
「ああ。心底くだらねえ仕事だった。これ以上こんな仕事が続くなら、仲介役を殺しても良いかもな」
「やめてよね。その結果学園都市に追われるなんてアホくさいもの……」
垣根がリーダーを務める暗部組織『スクール』の構成員であり、実質的なナンバーツーの少女である。いつも赤いドレスを着ている彼女の姿を視界の端に入れ、垣根は再度口を開いた。
「俺って第二位だよな」
「……急にどうしたのかしら」
「いや、なんで第二位の俺が雑用みたいに雑魚の掃除をするんだか、って思ったんだよ。んなもん下っ端にやらせりゃ良いだろうが」
「貴方にとって雑魚でも、
「テメェの能力なら最悪格上でも殺れんだろ」
「一対一ならギリギリ。複数相手だと面倒よ」
「そういうもんかね」
実際問題、彼女の能力は中々に凶悪だ。
自分と相手との心の距離を計り、自由自在に操作する。彼女の能力を利用すれば赤の他人であろうと友達になれるし、なんなら恋人にもなれる。その逆に好意を抱いてきた相手の心を突き放す事も可能。暗部の人間として、ある意味最高の人材と言えるだろう。
「ところで下っ端と言えば……」
「あん?」
どうやったら俺は楽を出来るんだろうか、と考えていた垣根の思考が一旦中断させられる。声の方向へ顔を向ければ、ネイルの手入れをしていたはずの心理定規が、かなりどうでも良さげにこちらに視線を送っている。
「知ってる? 私と貴方が付き合ってるとかなんとかそういう噂……」
垣根帝督と心理定規。
両者共に
ゆえに、
「くだらねえな」
ゆえに、垣根はそう口にした。やれやれとばかりに息を吐いて、ジト目で床を見やる。
「ほんとくだらねえ。浮つくのも大概にしろって感じだ。暗部組織の名が泣くぞ」
「同意ね。私と貴方が付き合ってるだなんて……根も葉もない噂を立てる暗部組織なんて……」
心理定規も全くの同意見だ、とばかりに頷いていることだろう。垣根は彼女の姿を見てはいないが、そンな姿が脳裏に容易く浮かぶ。ため息をつき、内心でほんとくだらねえなと連呼しながら垣根は瞼を閉じた。
(くだらねえ。俺は学園都市の第二位だ。顔面戦闘能力なら第一位だし、財力も奨学金に暗部で稼いだ金も含めたら学園都市の第一位に違いねえ。つまり総合力で世界でも頂点に位置する男だぞ)
瞼を閉じて。
(そんな俺が、心理定規と付き合ってる? バッカじゃねえの。格が違うんだよ、格が。俺が心理定規と付き合うわけねえだろうが)
瞼を閉じて。
(───まあ、心理定規の方から頭を下げて嘆願してくるなら付き合ってやらんでもないがな!!)
カッと目を見開き、垣根帝督は内心で断言した。口角は彼の内心の自信と傲岸不遜さを物語るかのように吊り上がっている。
(学園都市の第二位にして高身長イケメン。全てを物にしたに等しい俺を、好きにならない女がいるわけねえ。……俺に彼女がいないのは、俺に釣り合う女がいねえのが問題なわけだ。他の
仮にも同じ超能力者が嘆かわしいなオイ、と当人達に知れたら死体決定な事を考えながら垣根は思考を続ける。
(その点心理定規は最低条件を満たしているし、俺を最も間近で見ている。確実に俺に気があるに違いねえ。それはあんなくだらねえ噂話を振ったことからも明白。であるならば相応の態度を取れば付き合ってやらねえこともない。勿論、俺に相応しくなるよう鍛え上げる必要はあるがな)
クックック、と暗い笑みを浮かべる垣根。彼の脳内では普段と一変してしおらしい態度の心理定規が瞳を潤わせ、頰を染めながら告白してくる様が明瞭に映し出されていた。
(私とあの人が付き合っている、ね)
一方で心理定規。
彼女は彼女でその優れた頭脳を回転させていた。
(まあ確かにあの人は私のことが大好きだもの、そんな噂が立つのも仕方ないわ。それは能力を使うまでもなく明らか。……まあ、そもそもあの人の心の距離は『
だがしかし、能力が効かない程度なんでもないと心理定規は薄く笑う。
(私を甘く見てもらっては困るわ。こと人と人との心の機微……絆や恋愛感情の類に関して、私の右に出るものはいない。何気ない仕草や視線の動き、会話の最中の声の抑揚や話題選びで、私に対する好嫌程度手に取るように分かる)
垣根の事は文字通り全て把握している。これまでの彼との会話を一語一句違う事なく口にするなど造作もない。そんな彼女は、垣根が自分に気があると確信していた。
(あなたが素直になれば、まあ、交際してあげないこともないわ)
フフフ、と酷薄な笑みを浮かべる心理定規。彼女の脳内では、片膝をついた状態でこちらを真摯に見据え、花束を手にした垣根がその美声をもって告白してくる様が鮮明に映し出されていた。
───半年後。
「……」
「……」
二人の間には、特に何もなかった。
(……どういうことだクソったれ。なんで心理定規の野郎は俺に告白をしてこない。どれだけの時間があったと思っている……!?)
何もなかった。
本当に何もなかった。
びっくりするくらい何もなかった。
常識が通用しない垣根をして、常識が通用しないレベルで半年間何もなかったという事実は、垣根の精神に大きな揺らぎを与えていた。
この半年で垣根がしたことといえば、某ツンツン頭の少年を日本刀でしばき回す常識の通用しないファッションの女性を見てドン引きして思わず能力で吹き飛ばしたり、『魔術結社』を名乗る宗教団体を丁重にお引き取り願ったり、大覇星祭で某第一位と一緒に絶対能力者に片足突っ込んだり、後方のアックアなるゴリラを相手に某第一位とドリームタッグを組んで死闘を繰り広げたり、第三次世界大戦なんてものに巻き込まれたり、野郎四人とロリ一人でハワイ旅行に行ったりしたくらいだ。
(ほんと意味わかんねえよ。なんであいつらとハワイなんだよ。どっかの時空の第三位みたいに心理定規も無理やりついてこいよ)
おかしい、と垣根は思う。なんて華のない半年間であろうか、と垣根は思う。
何もない。びっくりするくらい何もない。学生……と呼んで良いのか微妙な垣根だが、しかしこんなにも虚しい学生生活を送るなんてあって良いはずがない。
(……どうやって心理定規に告白させる)
彼の中で、もはや告白してきたら付き合ってやろうという思考の余裕はない。とっとと告白させてやる、という認識だ。完全に余裕のない第二位の姿が、そこにはあった。
(これだから素直になれないツンデレ系は困るのよ)
そして同時に、心理定規も垣根と同じ思考に至っていた。
(私にだって、色々と予定というものがあるのよ。全く、もう夏は終わってるし……ていうか、ハワイ旅行……? 私を置いてハワイ……? 私と行きなさいよ)
◆◆◆
一端覧祭。
大覇星祭と並ぶ学園都市の二大イベントも言えるそれは、ありきたりに言えば文化祭のようなものである。大覇星祭との大きな違いは、外部の人間を招き入れない点だろうか。いずれにせよ、学生生活を送る上で欠かせない行事である事に変わりはない。
「そ、そそそそそういえば、もう直ぐ一端覧祭ですね!」
「ああ、そうだな」
「あら、もうそんな時期なのね」
如何に暗部組織であろうと、学園都市の人間である以上一端覧祭という行事は当然認知している。故に、会話の話題として上がるのも不思議ではないだろう。
「その……一端覧祭ですね!」
「……あのな、お前」
「……弓箭さん、それはさっきも言ってたわよ」
「ふ、ふぁい! ええっとその、色々と凄いらしいですよ今年は! と、特に常盤台中学が……」
弓箭猟虎。
スクールのメンバーであり、スナイパーの役割を担っている少女だ。スクールのメンバーであり、コミュ症であり、友達がいない。
そしてそれ故に、彼女は友達を作ろうと日々努力している。素直に自分の気持ちを出そうと、毎日イメージトレーニングを欠かさないのだ。スクールのメンバー相手に、こうして世間話しをしようと話題提供しているあたり、彼女の努力の結晶が垣間見えるというもの。どこぞの二人とは大違いである。
「ハッ。一端覧祭か、んなもんもあったな」
「一端覧祭、ねえ……」
そんな猟虎が提供してくれた話題に対して、どこか斜めに構えた様子の二人。垣根は興味なさげにソファで頬杖をついているし、心理定規に至ってはネイルの手入れをしていた。
が。
(ナイスだ猟虎……!)
(素晴らしいわ弓箭さん)
内心では大喝采を猟虎に送っていたりする。
(俺みたいな奴が一端覧祭なんて単語を口にできるわけがねえ。明らかに不自然だ。似合わねえにもほどがある)
垣根帝督が一端覧祭を世間話のネタとして提供するなど、明らかにおかしい。それは自明の理であり、この場における共通認識だろう。
それこそ、第一位が年上の女性の魅力を熱く語る程度の違和感を相手に与えてしまう。
(ここで俺が一端覧祭を話題として提供していれば──)
『あら、貴方が
(提供、していれば……)
『……しかも、私を相手にそんな話を持ってくるなんて……常盤台中学が凄い……? そんな事、私が一番知っているわよ? それを私に話して……」
(ていきょうしていれば……)
『ああもしかして、私を見たい……もしくは私と一緒に行きたいのかしら? ───お可愛いことね』
(お、俺が心理定規と……で、デートに行きたいみたいじゃねえかああぁぁぁぁぁぁ!!!!!???)
「……」
一方で、心理定規。
(……私が一端覧祭の話題を提供する以上、私の学校についての話にも当然なってしまう。なんせこの人だけは私の学校を知っているもの)
『あ? 一端覧祭か、んなもんもあったな。そういやテメェは常盤台だっけか?』
(それはつまり……)
『そういや、常盤台は毎年バカみてえな事してるらしいじゃねえか。今年もなんかやんのか?』
(……つま、り)
『でもあれだよな。テメェがわざわざ俺にそんな話題を振るなんてのは妙だ。なんせ、テメェは自分の素性を語るのが嫌いだ。俺が一端覧祭なんてもんに毛ほども興味がないのは理解してるだろうに、わざわざテメェ自身をだしにしてまで俺の興味を引こうってのは……』
(………………)
『……ああ、成る程な。つまりテメェは俺に来て欲しいわけか。自分の制服姿やらなんやらを見て欲しいってか? ハッ───お可愛いことだな』
(ほああああああああああああああああああ!!!!!???)
心理定規の脳内は爆発した。
(異性に学祭での様子を見て欲しいだなんて、それはもう告白同然じゃない!!)
そう。自分から一端覧祭に関する話題を提供する事は即ち、告白を意味してしまう。だからこそ、
例え一端覧祭を回る際のベストコースを夜な夜な考えていようが、食べ歩きで半分ことか妄想してようが、一端覧祭の終わりには……とか夢に見ていようが、決して口にする事はなかったし、出来なかった。
だからこそ、彼女達にとって猟虎の言葉はまさしく神の啓示であった。彼女の言葉に乗っかる形で一端覧祭に関して会話をする事は、なんの問題もないからである。
表面上は渋々といった様子で、垣根と心理定規は一端覧祭に関する雑談に興じる。
「ほう、常盤台か。そういや猟虎もお嬢様学校だっけか」
「は、はひっ! せ、僭越ながらわたくしは『学び舎の園』の学園に通っております!」
「あら、それは凄いわ猟虎さん。あなた自身も何かやるのかしら? 一端覧祭には興味ないけれど、あなたには興味があるわ」
「ああ、確かに少し興味があるな。一端覧祭はどうでもいいが」
大義名分。
如何に雑談の話題として一端覧祭が出たとはいえ、実際に足を運ぶか、運べるか……となると話は変わる。垣根帝督と心理定規は表向きには一端覧祭に関して一切興味がないという事になっている。なればこそ、ここで話になったところで「まあ行きはしないけど」ということになってしまうのだ。
だがしかし、弓箭猟虎の様子を見に行ってもいいかな、程度の大義名分があれば話は変わる。
弓箭猟虎が愉快な人間であるというのはスクールの共通認識だ。心理定規や垣根は勿論、あの誉望でさえ時折猟虎をからかう。であれば『猟虎をからかうために一端覧祭に行く』というのはある意味自然な流れだ。
「んじゃまあ予定空けとくか。猟虎が出るんだしな」
「そうね。猟虎さんが出るんだもの。それだけは興味があるわ」
「本当にな、ああでもわざわざ外に出るのに猟虎だけ見るのもアレだな」
「そうね。アレだわ。服とかわざわざ着替えるのに、数分で帰宅っていうのは色々とアレだわ」
「ほんとアレだよな。……暇だしな。お花畑みたいな連中がどんな事してるのか見てみるのも一興か」
「そうね。私もせっかくだから見て回ろうかしら」
ここで、垣根と心理定規は互いに目を細める。
(……後はどうやって心理定規と一緒に回るかだが)
(いえ、これは問題ないわ。猟虎さんの出し物を一緒に顔を出す以上、その後も一緒に行動出来るはず。わざわざ別れるとなると逆に意識しているように捉えられるもの)
(だからこそ、残り考えるのは猟虎の出し物だな。……待て、演劇系とかじゃなかったらどうするべきだ。いや、昼飯をここで食おうぜって事にすりゃいけるな)
(そうすると──)
(んじゃあれをこうして──)
(そしてこうなるから──)
垣根帝督と心理定規。
二人の頭脳は学園都市でも屈指のものだ。とはいえ、超能力者と大能力者では演算能力に差がある事が多い。ならば何故心理定規が垣根の頭脳と互角に競り合えるかと言うと、分野が『恋愛ごと』である点が大きい。彼女自身も言っていた事だが、こと心と心の機微という点において彼女の右に出るものはいない。それは最強の精神系能力者が相手でも同様だ。
だからこそ、彼女は垣根と頭脳戦を繰り広げる事が出来ている。これが戦争などの類ならば、垣根が早々に勝利していたであろう。
そして───
「じゃ、当日。学び舎の園の前で落ち合うとしよう」
「そうね。精一杯猟虎さんをからかいましょうか」
とてもいい笑顔だった。これ以上ないレベルで曇りなき笑顔だった。二人の脳内では、仲睦まじく手を取り合って一端覧祭を回る光景が───
「その……わたくしは一端覧祭ではなにもしません」
二人の脳内の自分自身が、突如ひび割れた大地に落下する。
「いや、わたくしは出たかったんですが……クラスメイトの方が『いえ、弓箭さま! そんな恐れ多いことを仰らないでください! 弓箭さまのお手を借りずとも、一端覧祭を成功させてみせます! 弓箭さまはどうか、ごゆっくりとおくつろぎ、当日も一端覧祭を楽しんで下さい!』と言われまして……」
もはや、二人の耳には何も聞こえてなかった。いい笑顔のまま、その場で停止している。
「で、ですが! お二人のお気持ちは嬉しく思います……! あっ、時間ですのでこれで失礼しますね!」
大きく頭を下げて、猟虎は退室した。彼女の心は、これ以上なく晴れやかだった。まさかあのお二人が、自分なんかの為にスケジュールを空けようとしてくれるとは思ってもみなかったからだ。もしかすると、友人になれるかもしれない! と彼女は張り切っていた。
「……」
「……」
そして残されたのは、石像のように固まった垣根と心理定規の二人だけ。後に入ってきた誉望が「何見つめ合ってるんですか?」と口にしてしまい、愉快なオブジェに変わるまで、二人が動きだすことは無かったという。
───本日の勝敗、弓箭猟虎の勝利。
没ネタ
心理定規(本当に無能な人しかいないのね。私があの人と付き合っているわけがないじゃない。アニメで出番が減ったあの人よりさらに出番が少ない私の方が人気投票の中間発表で上位なのよ? 私が四位で、あの人は五位。つまり私の方が偉い。……まあ、あの人が土下座して何もかも私に(ry)