GOD・A・LIVE 〜雷神と宇宙の欠片達〜 作:青空と自然
──ニューヨーク州北部アベンジャーズ施設。
ラウンジのテーブルを囲うように、アベンジャーズのメンバー達はソファに腰掛けていた。
彼らの表情は揃って皆、重い。
ワカンダの闘いから1週間が経った。
いくつもの星を滅ぼしてきた最強の敵との闘い。敵の大軍を前に彼らは懸命に闘った。敵の幹部も全員討ち破った。
だがたった1人、敵の大将に全てを奪われた。
目の前で、仲間が、家族が、そして愛する人が消えて行ったのだ。
そんな沈黙した空気の中、壁際に座っていた男が立ち上がる。
「ソー、何処へ?」
立ち上がった男に、チームのリーダー的存在であるスティーブ・ロジャースことキャプテン・アメリカが声を掛ける。
「少し1人になりたい」
彼は一言残すと、ラウンジを後にし、ロビーを通り過ぎ、そのまま施設の外へと出て行った。
ソーが出て行き、ラウンジには再び沈黙が訪れる。
そんな重い空気の中、スティーブは深い溜息を吐くのだった。
一方、1人外へとやって来たソーは大きな湖のほとりで地面に腰を下ろした。
爽やかな風が彼の頰を撫でるが、今は何も感じる事が出来ない。
生き残ったメンバーの中でも、彼は人一倍後悔していた。
事実、敵の大将、サノスに最も対抗できたのはソーだけだった。インフィニティ・ストーンの力に打ち勝ち、サノスを瀕死にまで追い込んだ。だがそれでも……。
「ぬぅあああ──ー‼︎」
湧き上がって来た怒りを発散するかのように、地面に拳を叩きつける。
地面には大きなヒビが入り、木に止まっていた鳥達が一斉に羽ばたく。
ソーは立ち上がり、歩き出すと同時に手を突き出し、手を開く。
数秒後、彼の呼び掛けに応じるように、一本の巨大な斧が彼の元へと飛びその手に収まる。
──ストームブレイカー。彼が持つのはアスガルド最強の武器。彼の強大な力をコントロールし、その一撃は空を裂き、地を割る。
また
ソーは手に持ったストームブレイカーを振りかざすと、大空へと飛び立って行った。
ニューヨークを飛び立ってどれくらい経っただろうか。遥か上空を飛行し続けていたソーだが、一度地上に降りようと思い、減速を始めた時だった。
突如視界が青白い光に包まれ、方向感覚を失う。
「……っ⁉︎何だ⁉︎何が起きてる‼︎」
体勢を立て直そうともがくがそんな行動も虚しく、光が消え去った時、彼の姿はそこには無かった。
「……うぅ、……ぐぅ、……はっ‼︎」
次に目が覚めた時の気分は最悪だった。
目眩のする体を叩き起こし、何とか立ち上がる。
「はぁっ、はぁっ、……どこだここは」
彼は周囲を見回し、自分が全く知らない場所にいることに気づく。
と同時に、自分の側にあったベンチに1人の少女がいることに気がついた。
「あ、気がついた?」
側にいた少女はフラついているソーを見て、ベンチに座りながら手を振る。
「貴様、何者だ。俺に何をした! 訳によってはお前を……なっ」
ソーは少女に掴みかかろうとしたが、彼の手が少女に触れる寸前、彼は体ごと下へと落下して行った。
次の瞬間、空に空いた穴からソーが落ちてくる。
「ぐわっ‼︎」
突然のことに対応出来ず、そのまま頭から地面に激突するソー。
「ぐっ、貴様ぁ!」
地に這いつくばったまま少女を睨みつける。
「いきなり人に掴みかかろうとしてはいけませんよ、とお母様から習わなかった?」
彼のそばまでやって来た少女は膝を折って姿勢を低くし、彼の頭を指先で突きながら言う。
「くっ……。お前に母上の何が分かる」
ソーは立ち上がりながら少女を睨みつける。少女の方もまた、彼の瞳をじっと見つめる。
「私は色々なことを知ってる。なんせ、あなたよりも長生きだからね」
少女の言葉に彼は耳を疑う。
「お前が、俺より長生きだと?」
「うん、そうだよ」
少女は彼の手を取りながら、その手に自分の手を重ね合わせる。
「私は、宇宙そのものだからね。そして、ここ最近はあなたの近くにいることが多かったかな。最後は一番行きたくない奴の所に渡っちゃったけど」
ソーは少女の言葉に驚きを表す。
彼女の言うことが本当だとしたら、にわかに信じられないことだ。だが、見たところ特徴が一致しすぎている。
宇宙の絶大な力を持ち、ここ数年彼の側にあったもの。先ほど見せた彼女の力。
そして、この透き通る様な蒼い髪と瞳。
「お前は……、お前は、キューブ……、スペースストーンなのか?」
ソーは目の前の少女を、信じられないものを見るかの様な目で見ていた。
「正解。ようやく答えに辿り着けましたー」
少女は子供を褒めるような調子で拍手をしている。
「と、まあ、私が誰だか分かってもらえたところで、あなたには話しておかないといけないことがあるの」
彼女はそこでソーをベンチに座るよう促す。
「それで、話ってのは何だ? 俺も聞きたいことがたくさんある」
ベンチに座ったソーは少女の方を見る。
「そうね。まずは、ソー・オーディンソン。私に、私達に力を貸してください」
少女は彼の前に跪くと、深く頭を下げた。
彼女の急な行動にソーは戸惑う。
「お、おい。いきなりどうした」
「王にお願い事を申し上げる時はこうするものだと」
ソーが言葉を返せずにいると、少女は顔を上げてあっけらかんと答えた。
「やめろ。俺はもう王ではない。王に相応しくもない」
ソーは過去を思い出しながら、遠くを見る。まるで、彼がアスガルドの王だったのが、遠い過去であるかのように。
「あなたは王として、民達のリーダーとして、アイツに立ち向かった」
「でも守れなかった。結局は同じだ」
相当思い詰めていたのだろう。彼の顔はひどくやつれて見える。
「だから今、こうして1人になったのも、当然の報いなんだろうな……。母を失い、父を失い、姉に殺されかけ、弟をも失った。全部、俺が王に相応しく無かったからだ。終いには、国も、民達も……くっ」
目から涙が溢れ、言葉が紡げなくなる。
その時、彼の体を優しく包むものがあった。
少女が彼の頭を抱え、そっと、優しく包み込んでいた。
「ごめんなさい。私達の力が、あらゆる人々を傷つけてしまった。あなたもその1人、だから、今回の事もきちんと終わらせないといけない。それが、私達の使命」
少女は1つ1つ、言葉を組み上げていった。1つ1つが、聴く者の心に響くように。
そこには彼女の強い意志が、しっかりと現れていた。
しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したソーは、少女と今後の話をしていた。
「つまり、この世界に残りの5つのストーンがいると」
「そう、全員確かにこの世界に転移させたはず。……それは確かなんだけど」
「どこにいるかまでは分からないということか……」
「そう。力及ばずといった感じで申し訳ないのだけれど……」
「いや、アイツの所からストーンが離れただけで十分だ。それで、俺は何をすればいい?」
ソーはこの青い少女のことをいつしか受け入れていた。彼女の強い決意に共感したのか、自分の心が弱っていただけなのか、はたまたその両方か。
それは分からないが、今の彼にとっては、ただ側に居てくれる人がいる。それだけで十分だった。
「みんなを一緒に探して欲しいの。それで、見つけたら元の世界に戻りたいんだけど、その……」
少女が言いづらそうにしているのを見てソーが最悪の事態を想定する。
「まさかとは思うが……」
「多分そのまさかだと思うんだけど……」
ソーが苦笑しながら言うのに、少女はバツの悪そうな表情を浮かべる。
「……帰れないのか?」
「はい……」
しばらくの沈黙。
ソーはベンチの上に倒れこんだ。
「俺はさっさと元の世界に戻ってアイツのしたことにケリをつけさせたいんだぞ! 戻れなかったら意味がない!」
ソーは天に向かって大声で叫ぶ。
「ごごご、ごめんなさい! あの時は本当に必死だったから、送るだけ送って帰りのことを何も考えて無かったの!」
少女は言葉をまくし立てながら何度も頭を下げる。
「はあ……。どうにもならないことを責めても仕方がない。取り敢えず、他の奴らを探すしかないか」
「この世界の生活に上手く溶け込めると探すのも楽なんだろうけど」
「まずはこの街を見て回ろう。意外と誰かいるかもしれん」
ソーは立ち上がると、少女に手を差し出した。
「これからよろしく頼む。ええっと、……」
ソーは自分がこの少女のことを何と呼べばいいのか分からないことに気がついた。
「ステラでいいよ」
「じゃあ、ステラ、よろしく」
2人は固い握手を交わした。
「よし、下に降りるぞ。ここの景色は中々良いものだが、今はやらなければならないことがあるからな。また後で見に来よう」
「降りるのはいいけど、あれはその辺に隠して置いていってね」
ステラは柵のところに置いてあるストームブレイカーを指差して言った。
「……分かった」
「まさか、本気で持って行くつもりだったの? あんな大きなもの持ってたら、目立って仕方がないよ」
どうやら持って行くつもりだったソーを、テスラは呆れたように諭す。
「じゃ、まずはこの世界のことを調べよう」
2人並んで山の中腹にある公園から降りて行く。
「にしても、随分と不思議なところに街があるんだな」
先ほど公園が山の中腹にあると言ったが、その山はこの街をぐるりと囲んでいる。まるで隕石が衝突してできたクレーターのような所に街があるのだ。
ここは天宮市。
かつて、南関東大空災という巨大な空間震が起こり、東京都南部から神奈川県北部にかけての一帯が消滅した場所。
そんな街に、別の世界から迷い込んできた者達がいた。
彼らはまだ知らない。この世界で、どんな出会いがあり、またどんな闘いがあるのかを。