GOD・A・LIVE 〜雷神と宇宙の欠片達〜 作:青空と自然
午後7時。
ソーは玄関へと向かう。
「あまり遠くへ行きすぎるなよ」
その背中に声を掛けたのは士道だ。
「分かってる」
ソーは夜に散歩をすることをここに来てからの日課としていた。
フラフラと歩きながら、一日の出来事を振り返るのだ。
今日は日曜日。学校が休みなので、皆が思い思いの事をしていた。
士道は十香と街へ出掛け、リアは窓際で本を読み、琴里は〈フラクシナス〉へ。
そしてステラなのだが。
「……近くないか?」
「気のせいじゃないかな?」
ソファに座ってテレビを見ていたソー。隣にステラも座っているのだが、妙に距離が近い。
この世界に来てからというもの、何度かこうやってステラが近くにいることはあった。
最初は彼も何とも思っていなかった。だが最近は明らかに彼女の距離が近い。
それに最近、彼は自分の調子がおかしいことに気付いていた。
ステラが近くにいると、妙に落ち着くのだ。
温かいような、安心できるような。それは昔、優しい母に抱きしめられている時の感覚に似ていた。
彼はまさか、と自分に言い聞かせながらもその真偽を確かめようとその姿勢を保っていた。
だがこの妙な温かさが無くなることはない。
「……何かあったのか?」
そして我慢できなくなった彼はこの空気を打ち破るためステラに声をかける。
「な、何でもないよ」
2人の間に流れる沈黙。
テレビの音声がやけに大きく聞こえる。
「……はぁ、ステラ、ちょっとこっち来なさい」
その時、窓辺で本を読んでいたリアが、パタンとそれを閉じたかと思うと、ステラを引っ張って何処かへ消えていった。
「…………はあ、まさかな」
彼は2人が消えていった方を見ながら、自分の気持ちが何なのかを考えるのだった。
リアはステラを引っ張って客間へと入る。
そして扉をピシャリと閉めると、ステラを畳に座らせた。
「それで、さっきのは何?」
「え、ええっと、リアがソーにアピールしろって言うからそれっぽい事を……」
「はあ……。あなた、あれじゃいつもと調子の違うおかしな子よ。もっと喋りなさいよ」
「で、でも……」
ステラの声はだんだんと萎んでいく。
「いい? まず今日の昼食はあなたが作るのよ。士道に許可は貰ってあるから。まずは彼の胃袋を掴んじゃいなさい」
「……うん」
コクコクと頷きながら真剣にリアの話を聞くステラ。
「そして、昼からは2人で出かけて来なさい。さりげなく距離を詰めるのよ」
「え? ……2人で?」
「当たり前でしょ。私がいたら意味ないじゃない」
「うう……」
どんどん小さくなっていくステラを見てリアは溜め息を吐く。
「はぁ……、しっかりしなさい。何? あなたは彼のこと、どう思ってるの?」
「…………ええと、その、……好き、です」
そう言いながらだんだんと顔から湯気が上がり始めるステラ。
「やれやれ……。百億年も生きてるのに、まだまだ純情ちゃんね」
「そ、それだったら、リアだってそんな経験無いじゃない」
「なっ⁉︎」
その言葉に、リアがピクリと反応した。ステラはしまった、という表情を浮かべるが時すでに遅し。リアの周囲の空気が暗く落ち込んでいた。
「……そうよね、私はそんな経験ないものね……。仕方ないじゃない。私の所に来る奴なんて、ロクな奴じゃ無かったんだから……。おまけに封印されるし……。私はいつまで経ってもこのままなのよ……」
「リ、リア?」
彼女の周辺の空気は更に暗くなっていく。
「あなたはもっと頑張りなさい……。ちゃんと昼は一緒に出掛けるのよ……。私は邪魔だろうし、1人で何処かに行ってくるから…………」
そう言うと、リアは暗い空気を漂わせながら客間から出て行った。
ステラはその後ろ姿を呆然と眺める。やがて玄関の扉が閉まる音が聞こえ、彼女は1人で何処かへと行ってしまった。
「今日のお昼は野菜炒めと豚の生姜焼きだよ」
「おお、いい匂いだ」
12時を過ぎたので、ステラはリアに言われた通りに昼食を作り、ソーと2人並んで椅子に座っていた。
「そういえば、リアの奴はどこへ行った?」
「あー、リアはね、ちょっと出かけたよ。そのうち戻ってくるんじゃないかな」
「そうか……お、美味い」
「えへへ、良かった」
ソーは野菜炒めを頬張ってグッと親指を立てる。
料理で胃袋を掴め作戦は成功。彼も満足そうである。
ステラの料理の腕はどんどん上がっており、今では士道も認めるほどにまでなっている。
これも毎日彼のためにと頑張った成果だ。
「美味い飯が食えるというのは幸せなことだ……。俺は幸せ者だな」
ソーは椅子にもたれかかりながらそう呟く。
「あ、あなたの食事は、私が毎日…………」
「ん?」
「や、やっぱり何でもない!」
真っ赤になって下を向いてしまったステラをソーはじっと見ていた。
「…………ふむ」
何か思い付いたのか、彼は椅子から立ち上がるとソファの方へと歩いて行き、そこに腰掛けるとステラに手招きをした。
「え?」
「いいから、こっちへ」
ステラは少し動揺しつつも、彼の方へと歩いて行く。
そして彼女がやって来ると、ソーはトントンと自分の膝を叩き、そこに座るよう促して来た。
「えっと……お邪魔します」
彼女は一瞬戸惑ったが、おずおずと彼の膝の上に座った。
「あっ……」
そうして膝の上に乗った彼女の髪を、ソーはゆっくりと梳いてやる。
「どうだ? 気持ちいいか?」
「うん…………」
ステラは膝の上で縮こまりながら大人しくしている。
「小さい頃、俺が落ち着かない時、母上はいつもこうしてくれた。そして言うんだ。俺もいつか、誰かにこうしてあげる日が来るのだ、と」
今度はステラの頭を撫でながら、ソーは話を続ける。
「俺はその言葉がよく分からず、母上に聞いた。その誰かとは一体誰なのかってな。母上は俺の質問にこう答えた。それは俺が自分で見つけなければならない、とな」
ソーは1人話をしている。
一方のステラは大人しくしているように見えているが、内心はパニックに陥っていた。
(どどど、どうしよう! 何でこんな事に⁉︎何かあったかいし、気持ちいし、もう何が何だか……)
だんだん頭から湯気が上がり始める。
「おーい、ステラ? 聞いてるか?」
「ううう、うっひゃぁぁぁ────‼︎」
「あ、おい!」
ステラはついに耐えられなくなったのか、その場で発狂するとリビングを三周ほど回り、終いには家を飛び出して行った。
ポツンと1人取り残されたソー。
彼は先ほどまでステラに触れていた手を見る。まだその温かさが残っていた。
やはり、彼女に触れている時の自分はおかしい。
「参ったな……」
彼はソファから立ち上がると、外の空気を吸いにベランダへと出て行った。
「シドー、あのカステラというのは堪らんな! いくらでも食べれそうだぞ」
隣を歩く十香が幸せそうな顔で士道に語りかけてくる。
今日は2人で朝から出かけ、また街で食べ歩きをしていた。
十香は目に付いた美味しそうなものを次々と食べていき、士道もその後に付いていくのだが、そのペースの速いこと。
士道はもうお腹いっぱいである。
「そ、そうだな。でもこれ以上食ったら、夕飯が食べられなくなるぞ」
「安心しろ。私はまだまだいけるぞ!」
「う、嘘だろ……」
恐るべし、十香の胃袋。まるでその華奢な体の中にブラックホールでも入っているのではないかと疑うレベルである。
「それで、今日の夕餉はなんなのだ?」
「そうだな、今日は肉じゃがでも作るか」
「くぅーっ、楽しみだ!」
「はははっ……」
今日一日、あれだけ食べたというのにこの調子だ。
士道はそんな十香を横目に、夕飯食べられるだろうか、と1人不安になるのだった。
そうやって2人で歩いていると、前方から誰かが走って来る。
「ん?」
「あれは……」
十香もそれに気が付いたようだ。
「うわああああああぁぁぁぁ‼︎」
青い髪の少女が、その長髪を風で靡かせながら走っている。なぜ叫んでいるのかは謎だが。
「おお、ステラではないか」
「うわああああっ⁉︎ 十香ちゃん⁉︎」
十香が声を掛けると、ステラは踵で急ブレーキをかけ、2人の前で停止した。
一体どれだけ走っていたのだろうか。爽やかな汗を沢山かいている。顔が赤いのは走ったせいなのだろうか。
「どうしたんだ? こんな所を走って。家に3人で居たんじゃないのか?」
「はあ、はあ、ええっと、その、何といいますか……」
「何かあったのか?」
「いや、何も! それより、2人はもう帰り?」
「あ、ああ、そうだぞ」
「今日は楽しかったのだ!」
「じ、じゃあ、一緒に帰ろう!」
ステラは声を張り上げると、1人先頭を歩き始めた。
「……何だったんだ?」
士道はその後ろ姿を見ながら呟く。今も彼女は1人前でううとかああとかどうしようとか言っているが、士道には何があったのかは分からなかった。
午後6時。
今日は少し早めの夕飯だ。
「いただきますなのだ!」
十香が元気よく手を合わせ、早速ご飯を食べ始める。
「さっきまであれだけ食べていたのに、すごいな」
士道はそんな十香を見て感心している。
「相変わらずすごい食欲ね」
その十香の隣に座っているのはリアだ。
彼女は士道達が帰った十分後くらいに帰って来た。
どこか雰囲気が暗かったが、士道がいくら聞いても彼女は教えてくれなかった。
「それで、あの2人は何があったんだ?」
士道はステラの方を気にかけているソーと、黙々とご飯を食べているステラの方を見る。さっきからなんとも言えない空気が2人の間を流れていた。
「さあね。今は放っておきましょう」
リアが素っ気なく答える。
「そうは言ってもだな……」
士道は困った顔をする。
たしかに放っておくことが出来るのならそうしたいのだが、何というか、この空間にい辛いのだ。
「いいから、今は放っておくのよ」
「分かった……」
「シドー! おかわりだ!」
「と、十香⁉︎ まだ食べるのか?」
「もちろんだ!」
士道はこの時ばかりは、何も気にせずにご飯を食べられる十香を羨ましいと思った。
そして現在、ソーは1人日の沈んだ街を歩いている。今日一日の出来事を振り返りながらぼんやりと前を見る。
この気持ちが何なのか分かるかもしれないと、昼はあんな行動をとってしまった。今考えると、随分と大胆なことをしてしまった。
結果彼女は逃げてしまい、それで午後は少し気分が落ち込んでいたのだ。
「らしくない……」
彼は自分の手の平を見ながらそう呟く。
すると、その手の平にポツポツと水滴が。
雨が降り始めたのだ。
「……傘がない」
生憎、彼は今傘を持っていない。だが雨はどんどん強くなっていく。
彼は走って近くの公園に駆け込むと、休憩所の屋根の下に入って雨を凌ぐことにした。
「ついてない。今日は雨だったか?」
彼は肩に付いた水滴を払いながら悪態をつく。
「くすくす、たしかに天気予報は晴れでしたわね」
「だろう? 気分は優れないし、この気持ちはよく分からないし、最近は調子が悪い」
「その気持ちとは?」
「あいつと一緒にいると落ち着くんだ。温かく感じる」
「その方とはやはり女性の方ですの?」
「ああ、そうだ。あいつは近づいて来たり、逃げて行ったりとよく分からんがな」
「そうですの。でも、意外と脈ありかもしれませんわよ」
「そうか。…………で、お前は誰だ?」
「あら、ようやく気が付きましたの?」
ソーはいつの間にか隣に座っていた少女を見て自分の目を疑う。
彼女の左目が動いていたのだ。よく見ると、それは時計の文字盤である。カチカチと、時を刻む針がその上で回っているのだ。
「ただの人間という訳ではなさそうだな…………精霊か?」
「これはこれは、精霊のことをご存知とは」
彼女は不敵な笑みを浮かべると、立ち上がりくるりと一回転する。それに合わせて真っ赤なドレスがフワリと舞った。
「何の用だ?」
「いえ、特に用などありませんわ。ただ少し、この世界の異分子というものを一目見ておきたかっただけですわ」
彼女の左目が怪しく輝いて見える。
「ふん、その顔は何か企んでいる奴の顔だ。弟がそうだったからな、今ではよく分かる」
「あら、表情から分かってしまうとは、わたくしもまだまだ未熟ですわね」
「何を企んでるのかは知らんが、俺の邪魔をするようなら喜んで敵対するぞ」
「それは状況次第ですわね。でも、そうならないことを祈っておりますわ。貴方たちの力はとても魅力的ですもの」
彼女は何かに惚れ込んだような、恍惚な表情を浮かべる。
「おっと、いけませんわね。わたくしはそろそろ失礼しますわ」
彼女はそう言って休憩所から出て行く。そして最後に彼の方を振り向いた。
「ところで、この雨が何だかお分かりで?」
「雨? この雨に何かあるのか?」
言われてソーは降りしきる雨を見る。
「精霊、ですわよ」
「……精霊、か」
彼は真っ暗な空を見上げる。
少女の姿は、いつの間にか消え去っていた。