GOD・A・LIVE 〜雷神と宇宙の欠片達〜 作:青空と自然
黒板にチョークが当たる音が教室中に響き渡る。士道は授業に集中しようと必死に努めていた。そうでもしないとこの空気に耐えられそうになかったからである。
先程から両側から突き刺さる鋭い視線。十香と折紙が士道を挟んで睨み合っているため、その間にいる彼は必然的にその視線に晒されることになる。
(考えるな、考えるな、授業に集中しろ)
それを誤魔化すために黒板を凝視してノートにペンを走らせる。これだけ真面目に授業を受けていれば次の定期テストの点数は少し期待できそうだ。
そうやって必死に授業に集中していると、突然首筋を生暖かい風がなぞった。
「ひっ…………」
恐る恐る後ろに視線をやるとそこには妖艶な笑みを浮かべた狂三がいた。
「く、狂三? 何してるんだ?」
「ふふっ、だってお2人共、睨み合いで忙しいようですし、わたくしも退屈でしたので、士道さんを独り占めしようかと」
「な、なにを……」
士道が狂三と少し会話をした直後だった。両サイドの視線が一気に狂三の方へと集中した。
「貴様、なにをしているのだ」
「時崎狂三。一体どういうつもり?」
「あらあら、2人共怖いお顔ですわ。士道さん、助けてくださいまし」
「え、ええ……」
十香と折紙は絶え間なく視線をぶつけ合い、時々狂三が士道にちょっかいを出して、それに2人が突っかかる。それを狂三が流しながら2人を弄ぶ。そんなトライアングルの真ん中に常にいる士道は精神的なダメージをくらい続けていた。
「一体どうすれば……」
教室の後方で静かに繰り広げられる争いの中で、少年はポツリと呟いた。
五河家の隣には最近、精霊マンションという建物が建てられた。ここでは〈ラタトスク〉機関によって保護された精霊が生活している。現在は十香と四糸乃がここで生活している。
今は平日の昼で、十香は学校へ行っているため、ここにいるのは四糸乃だけである。そんな彼女だが、昼は士道が作ってくれたご飯を食べるために五河家の方へとやって来る。
四糸乃は家に入ると、リビングへと向かう。テーブルの上にはお昼ご飯が置いてあった。
『いやー、しっかし、士道君も大変だよねぇ。この家の家事を請け負ってるんだもの。四糸乃も何か手伝ってみたら? 2人で家事をするとか、夫婦みたいじゃない?』
「よ、よしのん……それは……」
よしのんの軽い冗談に四糸乃は顔を真っ赤にして俯く。
『別にいいじゃなあい。学校では十香ちゃんに独り占めされちゃってるわけだしさ。四糸乃も頑張らないと!』
「う、うん」
四糸乃は学校には通っていないため昼間は基本1人である。ご飯の時だけはもう1人やってくるのだが。
四糸乃はテレビの電源を入れるとお昼の番組を見始める。これが彼女の1日の楽しみである。
四糸乃がご飯を食べながらテレビを見ていると、外で大きな風の音がした。どうやらもう1人がやって来たようだ。
ガチャリとリビングの扉が開き、ソーが中に入ってくる。彼もまた昼は士道の作ったご飯を食べに、家に帰ってくるのだ。
彼は椅子にどっかりと座り込むとグデーンと背もたれに体を預ける。
「ふあ──、疲れた。飯はどこだ?」
「こ、ここに、あり……ます」
四糸乃がビクビクと怯えながらもソーの方に用意してあった昼食を差し出す。彼はそれを受け取るとものすごい速さで食べ始めた。
『相変わらず、すっごい食べっぷりだねー』
「食わなきゃ行動出来んからな。飯は大事だぞ。それに士道の作る飯はうまい。最高だな」
ソーは手を止めることなく食べ続ける。
そんな彼を他所に、四糸乃はテレビの昼ドラに見入っていた。ここに来て初めて見た番組がこれだった。最初はただなんとなく見ていただけなのだが、いつしかこの作品の世界に魅入られていた。誰もいない昼間はこうして時間を潰している。
「あー、うまかった。よし、行ってくる」
『えぇー? もう行っちゃうの?』
短時間で昼食を食べ終えたソーが席を立つが、それをよしのんが引き止めようとする。
「ああ、自分に出来ることはできるだけやっておきたいからな」
『その探してる子ってのはどんな子なの?」
単純な興味から、よしのんはソーが探しているという少女のことを聞いた。ソーは少し遠くを見ながら説明を始める。
「名前はステラ、リアの姉妹にあたる奴だ。見た目はそうだな……お前と同じような髪の色をしている」
ソーは四糸乃を指差してそう言う。
「性格は……少し子供っぽいところがある。でも普段はちゃんとした奴だ。何故かたまにおかしくなるが。そして俺に優しい。よく飯を作ってくれるしな。いい奴だ。まだあるぞ、あいつは──」
彼はしばらくの間喋り続けた。いつの間にか四糸乃も昼食を食べ終えている。
『ねえ、ねえ、ソーはさ、そのステラちゃんって子のこと、好きなの?』
彼の長話をウンウンと頷きながら聞いていたよしのんが単刀直入にそう問いかける。
「……そんなことを言った覚えは一つも無いが」
『またまたぁー。それだけ嬉しそうに話してくれれば嫌でも分かっちゃうよー。ねえ、四糸乃』
「あ、あうあう」
楽しげに四糸乃へと話を振るよしのんだが、四糸乃は顔を真っ赤にしてショートしている。
「ふんっ……とにかく、あいつは急に行方不明になった。もし誰かに襲われてそうなったのならそいつを見つけ出して二度と立ち直れないようにしてやらなければいけない」
『ふーん、そっかあ。じゃあ、最後に恋愛マスターのよしのんから一つアドバイス!』
「何だ?」
『いつまでも意地を張らずに真っ直ぐ突き進んじゃえ!』
「……ふっ。そうか、覚えておく」
彼はそう言い残すと斧を手にリビングを出て行った。その背中に行ってらっしゃーい、とよしのんが声をかけている。
「あうあう、…………はっ!」
彼が出て行ってしばらくしてから、ようやく四糸乃が正気に戻った。
『もおー、四糸乃ったら、あれくらいでショートしてたら士道君にアタックできないよ? いいの? それでも』
「で、でも、……恥ずかしいよ」
純情な少女に他人の恋話は刺激が強すぎたようである。
『これは訓練が必要だね!』
「訓練?」
『そう、訓練だよ! 今からよしのんが士道君になりきっちゃうからねぇ、四糸乃は思いっきりアタックしてちょうだい!』
突然始まった訓練に四糸乃は困惑を隠しきれない。
「で、でも、アタックって、何すればいいのか……」
『だいじょーぶだよ! 四糸乃の素直な気持ちをぶつけてやれば、士道君も一撃でコロリよ! さあ、よしのんを士道君だと思って!』
「う、うう……」
1人の精霊しかいない午後の五河家。だがこちらはこちらでとても賑やかな時間を過ごしているようである。
学校では午後の授業が終わりを迎え、生徒たちは部活、遊び、帰宅などそれぞれが思い思いの行動を取り始めていた。士道も下校の準備を済ませ、教室を後にする。いつも通り、同じ道を通って自宅へと向かうが、その時路地の一本から1人の少女が出てきた。
こんなところから少女が出てくるなんて、珍しいななどと考えていると、その少女は士道の姿を見て驚愕の表情を浮かべていた。
「に、兄様?」
「は?」
突然の兄様発言に士道は思考がフリーズする。だが少女は感激に瞳を潤ませ、士道にものすごい勢いで抱きついてきた。
「兄様ぁぁぁぁぁっ‼︎」
「えっ⁉︎ はあぁぁぁぁっ⁉︎」
最近は衝撃的な出来事が多い。今年は厄年なのだろうか、などと考えながら士道は家へと向かう。隣には士道より年下であろうポニーテールの少女。路地から出てきたところでバッタリと遭遇し、そのまま付いてきている。そうしているうちに自宅の影が見えてきた。
「ほうほう、こちらが今の兄様の家でいやがりますか」
士道の妹を名乗る少女、崇宮真那は五河家の建物を興味深げに見上げながらそう言った。
士道は玄関のドアに手をかけると、扉を開いて中に入る。
「ただいまー、うおっ⁉︎」
「お、か、え、り、おにいちゃん」
扉を開けるとそこには仁王立ちで妹の琴里がいた。なぜかおにいちゃんの部分だけ強調されていたような気もするが、今は気にしないでおこう。
「それで、そちらの方はどなた?」
琴里は〈フラクシナス〉から真那を観察していたので知ってはいるが知らないふりをする。
「おお、兄様のご家族の方でいやがりますか。私は兄様の妹をやっております、崇宮真那と申します。兄様がいつもお世話になっています」
「兄様?」
先程から真那が言っている「兄様」という言葉に琴里が反応する。
「ええ! 真那は兄様の妹でいやがりますから」
「へえ、そう」
「こ、琴里?」
琴里の雰囲気が変わったことに気づいた士道が声を掛けようとする。とその時、玄関の扉がガチャリという音を立てて開かれた。
入ってきたのはたまたまそこで出会ったのであろうソーとリアの2人。2人とも玄関で立ち話をしている3人を見て不思議そうな顔をしている。
「あんたたち、玄関で何してるの? あら、そちらは?」
リアが3人の中に見知らぬ顔がいることに気づく。後ろからソーが入ってこようとするが、玄関に3人もいるため入れない様子。
「取り敢えず、上がるか?」
「はい!」
それを見た士道が真那にそう言うと、真那は元気よく返事をした。士道と真那に続き、リアとソーも家に入る。
「それで、あなたは士道の妹だと言っているけど、どうなの士道?」
琴里は話の真偽を士道に問う。話を振られた士道は慌てて自分の記憶を掘り起こすが自分に琴里以外の妹がいたという記憶は無い。
「これを見てください」
そう言って真那が取り出したのはロケットの首飾り。それを開くと、中に写真があることが分かった。
「これは……俺か?」
「どういうこと?」
写真に写っていたのは小さい頃の士道らしき人物と真那。
「これは間違いなく兄様でいやがります」
「でもこのくらいの年の頃には士道はもうウチにいたはずよ」
「た、たしかに」
「他人の空似よ」
琴里はありえないといった様子で手を振る。だが真那はそうは思っていないようで、ロケットをしまうと再び話し始めた。
「いえ、でも真那には分かります。先程兄様に会った時も、こう、運命のようなものを感じやがりましたから」
「何よそれ」
「これはもう、きっと運命なのでいやがります。まるで結ばれるはずのなかった2人が結ばれるように」
真那は憧れるような表情で語り続ける。
「そ、そんなこと言ったって、ウチの士道はやらないわよ!」
「琴里⁉︎」
「分かってますよ」
「え?」
今の今までまるで士道を貰っていくかのような勢いで話続けていた真那が、ここに来てそう答えたことでその場が一旦硬直する。
「真那は兄様が幸せに暮らせているのなら、それでいいのです。今はこんなに可愛い妹さんもいやがるようですし」
素直に褒められた琴里は顔を赤くしてもじもじし始める。
「そ、そんなこと言っても、何も出ないわよ」
「まあ、実の妹には敵わないでいやがりますけど」
その瞬間、リビングの空気が凍り付いた。妹合戦、ここに開幕。
「何やってるんだあいつらは……」
妹合戦でギャーギャーと騒ぎ始めた2人をローテーブルの方から見ていたソーは呟く。
「さあ、あの子たちにとっては大切なことなんじゃない?」
「兄弟か……」
向こうでどっちがより士道の妹に相応しいかを言い争っている2人を見てソーは自分の姉と弟を思い出す。
「ロクな奴が居なかったな……」
「私たちは、そもそも会うことが無かったわね」
リアは今もどこにいるのか分からない他の5人を思い浮かべる。
「姉妹もロクなものじゃ無いわよ。特に私たちは」
「はあ、探すだけで手を焼いているというのに、まだ上があるとはな」
「悪いわね。それが私たちだから、諦めることね。それで、この後話がしたいんだけど、ちょっといいかしら?」
ここでリアの纏う空気が変わる。それを感じ取ったソーは向こうの騒ぎから視線を外し、リアの方を見た。
「公園でいいか?」
「ええ、では9時に」
リアはそう言うと未だに言い争っている妹2人組の仲裁へと向かっていった。
「結局なんだったの?」
あの後言い争いを繰り広げていた琴里と真那だが、士道のふとした一言でそれは終わりを告げた。
士道が真那の住んでいる所を聞き、学校はどうしているのか、などと問いかけたのだ。するとそれを聞いた真那は様子がおかしくなり、明らかに挙動不審になった。そしてその場から逃げるように走り去って行ったのだ。
「また今度聞いてみないとな」
そのうちどこかで会うだろうと士道はひとまずその件を置いておく。次に会うのが戦場とは、この時点ではとても想像できなかったであろう。
「さて、夕飯作らないとな。今日は十香にハンバーグ作るって言っちまったし。早く準備に取り掛かるか」
士道は夕飯の準備をしにキッチンへと向かう。
そして琴里は、自称士道の妹を名乗る崇宮真那の正体を探るべく、〈フラクシナス〉へと連絡を取るのだった。
夕飯はハンバーグ──上に目玉焼き乗せ──だった。十香は目を輝かせてそれを頬張り、同じようにソーももの凄い速さでご飯を食べていく。そんな2人を士道がもっとゆっくり食べたらどうだと心配し、どうせ無駄よ、とリアが止めるのを諦めさせていた。そうして皆が食べ終え、十香と四糸乃は精霊マンションへ帰り、士道はキッチンで片付け、琴里は一番風呂へと突入。リビングにはカチャカチャと食器を洗う音だけが響く。ソーはしばらくソファに座ってくつろいでいたが、リアとの約束を思い出し、その場から立ち上がると士道に一声かけて外へと出た。
夜の住宅街へと出る。すでに明かりの消えている家もあり、静かな街は独特の雰囲気を醸し出している。
ソーは近場の公園へと足を踏み入れると、自動販売機で適当に飲み物を買ってベンチに腰掛けた。それを一口飲んで空を見上げる。明日は雨だろうか、とそんなことを思っていると、砂を踏みしめる音がした。振り返ると遅れてやって来たリアがいる。
「ごめん、待たせた?」
「いいや。それで、話というのはステラのことか?」
夕方のリアの雰囲気からして話は大方この事だろうと予想はついていた。
「少し、気になることがあるの」
リアは最近の出来事を一つずつ話し始めた。