GOD・A・LIVE 〜雷神と宇宙の欠片達〜 作:青空と自然
来禅高校。
影に包まれた校舎の屋上で2人は相対する。
「狂三、一体何のつもりだ」
「うふふ、美しいでしょう? わたくしの〈時喰みの城〉は」
狂三はそう言って前髪で隠れた自分の左目を露わにする。
「なっ……」
一言で言えばそれは異様だった。彼女の左目には、黄金の文字盤が描かれ、その中で時を刻むかのように針が回っていた。
「これはわたくしの時間。寿命と言ってもいいでしょう。わたくしの天使は唯一無二にして強大な力を持つのですが、その代償として膨大な時間を消費してしまいますの。ですから時々こうして外から補充しているのですわ」
「寿命……まさか!」
「ええ、このまま〈時喰みの城〉を展開し続けていれば、中にいる人達の寿命はどんどん吸い上げられていきますわ」
「くっ……」
「そうそう、それと士道さん。あなたは本気でわたくしを救うなどと考えていまして? 本気でそう思っていらっしゃるようでしたら、……非常に不愉快ですわ」
狂三の声が鋭いトゲのように士道に突き刺さる。
「狂三、お前はどうしてそこまで救われることを嫌うんだ?」
「あなたに教える必要はありませんわ。……さて、わたくしを助けるなどという幻想は捨て去り、ここで大人しく投降することをお勧めしますが、いかがでして?」
このままではまずい。この校舎には今動けない人が沢山いる。ここで狂三がこれ以上行動を起こせばその人達の命が危険に晒される。士道が行動を起こせば狂三の機嫌を損ねる可能性もある。だがここで狂三を見捨てる訳にもいかない。
「……それは、出来ない。俺は絶対にお前を救うと決めた。ここで諦める訳にはいかない」
「あら、そうですの……ではわたくしも対策を考えなければいけませんわね。知ってますか? 士道さん。 空間震は自分の意思でも引き起こす事が出来るんですわよ」
狂三かニヤリと嫌な笑みを浮かべて士道に語りかけてくる。
こんな場所で空間震なんて引き起こされたらこの校舎にいる人達はは全員……。
「さあ、どういたしますの? 士道さんが大人しく投降しなかったせいで、ここにいる生徒達は全員死んでしまいますわよ」
「これは俺とお前の問題だ。この学校の生徒が巻き込まれる道理は無いはずだ」
「面白い事をおっしゃいますのね。でも、そんなわがままが通じるとでも思いまして?」
今は狂三が行動を起こさないよう時間を稼ぐしかない。この近くには恐らくソーが居るはずだ。自分1人では何も出来ないことに士道は苛立ちを感じるが、今それを思ってもどうしようもない。
「お前は、本当に人を殺しても何も思わないのか?」
「当たり前ですわ。わたくしの悲願の前には人間の命など儚い犠牲の1つに過ぎない。そこに躊躇いがあるとでも?」
士道はくっと歯をくいしばる。
「お前の悲願が何かは知らないが、お前の心はそこまで壊れていないはずだ!」
「知ったようなことを仰らないでください。そういう所が非常に不愉快であると先程も申し上げたばかりだと言うのに。心配なさらずとも、わたくしの悲願はその内無事成就されますわ。あの、素晴らしい力と共に」
「……それでステラを攫ったのか?」
「どこでそれを……」
今まで余裕の笑みを浮かべていた狂三の顔が固まる。
「気づいてないとでも思ってたのか? あいつは特殊な力の持ち主。同じような力を持つ者だけがそれに気付くことが出来る。お前はあいつらを甘く見過ぎたんじゃないか?」
「ふざけないでくださいまし。わたくしがいつ彼らを甘く見たと?」
「悪いことは言わない。ステラを解放しろ」
「お断りしますわ」
「違う。俺が心配してるのはお前だ」
「わた、くし?」
狂三が何を言っているのか分からないといったような顔をしている。
「あいつらはもうお前がステラを攫った犯人だと目星を付けている。あいつらの怒りは凄まじい。恐らくお前を見つけたらすぐに殺しに掛かってくるだろう。そうなったらもう止められない」
「そ、そのような脅しがわたくしに通用するとでも?」
「頼む。俺はお前にこれ以上傷ついて欲しくない」
狂三の瞳が動揺のためか揺れているのが分かる。士道はもうあと一押しだと、狂三を説得しにかかった。
一方、リアは器用に地面を動かし、校舎に倒れていた生徒及び教員を近くの公民館に移動させていた。
「もう、全員さっさと帰ればこんなに増えなくて済んだのに」
意外と多くの生徒が学校に残っていた為移動させなければならない人数も増え、彼女は文句たらたらである。
「よし、これで最後。……ちょっと休憩」
それでも何とか全員を運び終え、後はどこかに通報するだけである。
入口の所に腰掛け、一息ついているとソーから連絡が。
「もしもし、どうしたの?」
『この黒い結界だが、物凄く気分が悪い』
どうやら結界の中を進んで行くことに苦しんでいるようだ。
「私は何ともなかったけど」
『それはお前がおかしいだけだ』
「どういう意味よ!」
『まあそれはいい。なるべく早く来てくれ』
「あっ、ちょっと!」
もう少し休みたかったが、今は早く学校に戻らなければならない。リアは急いで靴を履き直すと学校へと向かって走り出した。
屋上では狂三が士道の言葉に動揺を隠すことが出来なくなっていた。彼女はステラの存在はいずれソー達にバレるとは分かっていたが、まさかこんなに早い段階でバレるとは思っていなかった。初日に『わたくし』が直接士道を見たいとわがままを言い出し少しだけ行かせたのが仇となったのだろうか。
狂三は指を鳴らして〈時喰みの城〉を解除すると、険しい表情をしながら士道の方を向く。
ステラの存在の事に加え、士道の言葉の数々に狂三の心は大きく揺らいでいた。
「なあ、狂三。お前は命を狙い、狙われる日々を過ごして来たんだろうと思う。お前は、それらを感じずに毎日を過ごせる日常を知ってるか?」
「なに、を……」
「お前が毎日何を考えて生きているのかなんて俺には分からねえ。でも、何もかも1人で抱え込む必要は無いんじゃないのか⁉︎」
「そんな、わたくしは……」
「ダァメですわよぉ。そんな言葉に騙されては」
「ぃぎっ⁉︎」
「なっ⁉︎」
士道は目の前の光景を疑った。狂三の、彼女の胸から、真っ白な手が生えていた。その正体は……。
「狂、三?」
「きっひひひひ。やはりこの頃のわたくしでは若過ぎたようですわね。あのような言葉で簡単に堕ちてしまうんですもの」
「わた、く、し、は……」
「もういいですわ。ゆっくりお休みなさい」
そうして狂三は狂三から手を引き抜く。胸に穴の開いた狂三は小さく痙攣したかと思うと、それきり動かなくなり、影の中に吸い込まれていった。
「さあさあ、茶番は終わりですわ。ねえ、士道さぁん」
士道は咄嗟に新たに現れた狂三から距離を取ろうとするが、足が動かない。恐る恐る自分の足元を見てみると、地面から生えた真っ白な手が自分の足をがっちりと掴んでいた。
「さあ、あなたの力、頂きますわよ」
狂三の手が士道に迫る。
士道は思わず目を瞑った。
「うっ……」
だがその時、嫌な音と共に風が顔の横を通り過ぎた。
ゆっくりと目を開けてみると、狂三が腕を抑えて距離を取っている。狂三の左腕が綺麗に切断されていた。
「またあぶねー所でしたね、兄様」
「真、那?」
そこにはワイヤリングスーツを纏った真那が立っていた。
「今回は随分と派手にやってくれやがりましたね、〈ナイトメア〉」
「それだけわたくしの目的のために士道さんが重要だということですわ。さて、今まであなたには随分と沢山お世話になりましたが、今日はもう終わりにしましょう」
「そのうるさい口、すぐに閉じさせてやります」
「きひひひひ、あなたはもう用済みですわぁ」
狂三はそう言うとある方の腕を高く掲げ、盛大にその名を呼んだ。
「さあさあ、おいでなさい──〈
すると、その呼びかけに応じるように、狂三の背後に巨大なそれは現れた。
精霊の持つ究極の武器、天使。狂三の背後に現れた巨大な文字盤はまさに時計のそれであった。
「〈
狂三がそう唱えると文字盤のⅣから影が動き、銃口に吸い込まれる。そして狂三はその銃口を自分の顎に突きつけると引き金を引いた。
「「なっ⁉︎」」
その光景に士道と真那、2人の声が重なる。それもそうだろう。何しろ、狂三が引き金を引いた瞬間、地面に転がっていた腕がまるでその時間を巻き戻すかのように持ち主の元の場所へと戻っていったのだから。
「兄様は下がってて下さい。すぐに終わらせてやります」
「まぁだ分かりませんの。あなたがわたくしを殺すことなど、絶ぇぇぇ対に出来ないということを!」
「はあっ!」
剣を構えた真那が狂三に突撃する。
「〈
狂三がそう唱えると今度は文字盤のⅠから影が現れ銃口に吸い込まれる。そして真那が狂三に斬りかかる瞬間、狂三の姿が掻き消えた。
「どこへ……うぐっ⁉︎」
狂三を見失った真那は辺りを見回す。がその直後、後頭部に衝撃が加わった。
「……このっ」
「あらあら、その程度でしたの? 真那さん」
「舐めんじゃねーです!」
再び狂三の姿が掻き消えるが、真那は即座に対応し、狂三の攻撃を受け止める。そこから真那は反撃をしようとするが、狂三が再び銃口を構えていた。
「力の差というものを見せて差し上げましょう」
「はあああっ‼︎」
「〈
「こんなもの……」
狂三が放った銃弾は真っ直ぐに真那の方へと飛んで行く。真那はそれを剣で斬ろうとするが。
真那の持つ剣がその銃弾に触れた瞬間、真那の時が止まった。
「は?」
思わず士道は間抜けな声を出してしまう。だが目の前で、真那は不自然に止まっているのだ。
「きっひひひひ、傑作ですわね。さようなら、真那さん!」
狂三が動かない真那に向かって引き金を引く。何発も、何発も。それらは寸分たがわず真那の体に直撃した。
「…………うあっ」
しばらくして真那の時間が戻る。当然止まっている間に受けたダメージは蓄積されて。
真那は身体中から血を流しながらも、懸命に立ち上がろうとしていた。
「あらあら、まぁだ生きておりましたの。しぶといですわね。まあでも、それも直ぐに終わりますわ」
狂三は再び銃口を真那に向ける。そしてその引き金を引こうとして、咄嗟に後ろに飛んだ。
その直後、狂三が立っていた場所に斧が突き刺さる。
「っ⁉︎ 誰ですの?」
「ふん、ようやくあの気味の悪い空間が消えたと思ったら今度はピンチか?」
雷神、ここに降臨。
「あなたは……」
「久しぶりだな。性悪女」
ソーは狂三の前に立つ。
「ソー!」
「どうやらお前の護衛に付いていて正解だったようだ」
倒れる真那とその後ろにいる士道を見てソーは言う。
「琴里に感謝しておけよ」
「くっ、でもまだ狂三は……」
「諦めろ。これ以上は無理だ。取り敢えずお前を逃すことを……っ⁉︎」
危険を感じ取ったソーは士道を掴んで横に飛び退く。狂三の銃弾がそこを通り過ぎて行った。
「させるとでも思っていますの?」
「悪いがやらせてもらう」
その時バンという音が鳴り、今度は屋上の扉が開いてそこから同時に十香と折紙がやって来た。
「十香、折紙!」
「シドー! 無事か!」
「士道は私が守る」
そうやって入ってきた2人を狂三は楽しそうに見つめる。
「随分と賑やかになって参りましたわね」
「狂三! ここにいたのか」
「時崎狂三。ここで仕留める」
そこで十香と折紙は2人して顔を見合わせた。
「何? 狂三は私と戦っていたのだぞ!」
「おかしい。時崎狂三は私と戦っていた」
「どういうことだ⁉︎」
訳の分からない現象に十香が絶叫していると、そこに大怪我を負った真那がゆっくりと近付いていた。
「鳶一一曹。ケホッ……無事でいやがりましたか」
「士道の妹二号! その姿は何だ⁉︎」
「今は精霊との交戦に集中するべき」
真那、十香、折紙の3人は揃って狂三の方を見る。ソーは士道の側で文字通りの護衛に当たっていた。
「皆さん揃いも揃ってか弱いわたくしを虐めようと言うのですね」
「どの口がほざきやがりますか」
「では、そろそろ終わりに致しましょう」
狂三がそう言い、両手を広げる。すると影が屋上に広がっていき、そこから真っ白な手が、足が、体が、頭が、それぞれが意思を持って現れる。それはまるで地獄絵図。
その場にいる全員が目の前の光景に目を疑っていた。
「おいおい、ロキの真似ごとか? 気味が悪い」
「士道に手を出そうと言うのなら、容赦はしないぞ」
「士道だけは、絶対に守る」
「息の根を止めてやります」
4人は大量の狂三にも怯むことなく立ち向かう。だが倒しても倒しても、次から次へと新しい狂三が現れる。万全な状態ではない十香や怪我を負った真那では押されるのも時間の問題であった。正に数の暴力。
十香と折紙は士道を守るのだと懸命に戦っていたが、やがて狂三達に取り押さえられ、無数の攻撃が襲いかかる。
「真那! 十香! 折紙!」
狂三に拘束されて動けない士道は倒れる3人を目にし、悲痛な叫びを上げる。
そんな中、未だにくたばっていない男が1人。
「──うらっ!」
雷撃が狂三達を吹き飛ばし、回転する斧がその身体を引き裂く。
「しつこいですわね。いい加減諦めては?」
「はあ、はあ、そういう訳にはいかん。コイツを守ることに特に大義は無いが、この任務、というより罰を放り出したら後が怖いからな」
「俺を守る理由それかよ⁉︎」
「仕方ないだろう! お前の妹が一番怖いんだよ!」
こんな事態だというのに突っ込まずにはいられなかった士道。狂三は2人が騒いでいる間に次の弾を込める。
「〈
そして狂三はその銃口をソーの方へと向けた。
「ちっ……」
「ダメだ! その弾を受けるな!」
士道が叫ぶが一足遅い。真っ黒な銃弾が防御をしたストームブレイカーに当たる。その瞬間、時が止まった。
「ソー!」
「きっひひひ、終わりですわぁ!」
影から現れた狂三の分身体2人がソーを蹴り飛ばした。
その細い身体から放たれたとは思えない威力でソーの体は飛んでいき、屋上のフェンスを軽々と突き破って下へと落ちて行った。
「くっ……」
「さあ、士道さん。邪魔者はいなくなりましたわ」
狂三は狂気的な笑みを浮かべると片手を空に掲げる。すると再び街に空間震警報が鳴り響く。
「っ! 何をする気だ!」
「ここにいる、動けない可哀想な人達を楽にして差し上げるだけですわ」
「なっ、やめろ!」
「ああ、ああ、いい顔ですわよ士道さん。これが終わったら、あなたも美味しくいただいて差し上げますわぁ」
「やめろおおおおぉぉぉ」
士道が叫んだ時だった。
突然狂三は何かを感じ取り、咄嗟に周囲を警戒し始めた。
「な、何ですの? この膨大なエネルギーは……」
それはゆっくりとこちらに近づいて来る。狂三はその出所を探り、それがここへと続く階段であることに気付く。
カツン、カツンと、階段を一段ずつ登る音がやけに大きく聞こえる。士道もその音がする方向を見る。徐々に、屋上の扉の隙間から赤い光が漏れ出し、やがて扉はキィ、という音を立ててゆっくりと開かれた。
「やっぱりあんただったのね……時崎狂三」
真っ赤な髪の少女が、屋上に姿を現わす。全身に、途轍もないエネルギーを纏って。
「──無残に殺される覚悟は出来てるんでしょうね」
凍り付くような、冷ややかな声が屋上に響き渡った。