GOD・A・LIVE 〜雷神と宇宙の欠片達〜   作:青空と自然

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第34話 災厄の跡

 その光景を見た時から、頭の中にはこの世界にいた十香達のことでいっぱいだった。街が半壊し、燃え上がる中で彼女たちは無事だったのだろうか。あまりに衝撃的過ぎて、精神に余裕が無くなっていたため令音に抱きしめられるまで軽い錯乱状態に陥っていた。

 士道がようやく落ち着きを取り戻したことを確認した令音は皆を連れて〈フラクシナス〉の医務室へと向かう。

 

 医務室にはベッドが並んでおり、そこには怪我を負った耶倶矢と夕弦がいた。彼女たちはベッドに腰掛けて2人で会話をしていたようである。

 

「お、士道ではないか」

「歓迎。戻ってきたのですね」

「耶倶矢! 夕弦!」

 

 士道は2人が無事であることを認識すると安堵のあまり2人を抱きしめていた。

 

「ふにゃあっ⁉︎ ちょっ、士道⁉︎」

「謝罪。ご心配をお掛けしました」

 

 抱きしめていた腕を解くと2人は名残惜しそうに手を離してくれた。

 

「躊躇。士道、十香のことなのですが……」

「あの男、無類の強さだった。我が眷属十香は果敢にも挑んだが酷い仕打ちにあったのだ」

 

 2人の言葉に士道は最悪の事態を思い浮かべる。一体少しこの世界を離れていた間に何があったというのだろうか。

 

「令音さん」

「安心したまえ。十香も無事だ。今は別室で眠っている。その内目が覚めるだろう。それより、シン。君に伝えておかなければならないことがある」

 

 令音は士道の目を見るとそう言ってきた。ひとまず十香が無事であることを確認し安堵した士道であるが、令音の言葉に不安を覚える。彼にも心当たりはあった。

 そう、この緊急事態だというのに艦橋に司令官の姿が無かったのだ。彼女は、士道の最愛の妹である琴里は、どこへ行ったのだ? 

 

 

 

 

「琴里が、精霊……?」

 

 士道は目の前のモニターに映る画像が信じられ無かった。いや、信じたくなかった。そしてその中に写っていたのは、巨大な斧を持ち、和服のようなものを纏った精霊。それは間違いなく彼の妹、五河琴里であった。

 とてつもない虚脱感に襲われる士道。

 

「そんな……、今までそんな素振りは一度も……」

「シン、落ち着きたまえ。思うところはたくさんあるだろうが、今は先に話しておかなければならないことがある」

 

 ベッドに腰掛け頭を抱え出した士道を令音は諫める。

 

「士道さん……」

 

 心配そうな顔でこちらを見つめて来る四糸乃に軽く手をあげて大丈夫だと意思表示をし、令音の方を見る。

 

「すみません、令音さん。取り乱してしまいました。それで、琴里は今どこにいるんですか」

「これから君に見せるのは現実だ。それは分かってくれるかな」

 

 精霊であろうと妹であることに変わりはない。そして相手が精霊だというのなら自分がやることはただ1つ。

 

「お願いします。琴里に、会わせてください」

「そうか。では、付いてきたまえ」

 

 令音はそう言うと医務室の扉の方へと向かった。

 

「耶倶矢、夕弦、ちょっと行ってくる。四糸乃、2人と一緒に居てくれるか?」

「は、はい! ……士道さん。琴里さんを、よろしくお願いします」

「ああ、任せろ」

 

 四糸乃の願いに士道は強く頷くと、令音に続いて医務室を後にするのだった。

 

 

 

 廊下を歩き続け、何度か突き当たりを曲がってようやく1つの部屋の前へと辿り着いた。今まで一度も来たことが無い部屋だ。

 令音が扉の前で認証を済ませると鍵が開く音がし、やがて扉が音をたてて開いた。

 

「っ、これは……」

 

 目の前にあったのはいかにも頑強そうな金属の箱。まるで凶暴な猛獣を閉じ込めるかのような、そんな箱があった。

 令音はその箱の前にある操作板に腰掛けるとパネルを操作し始めた。すると箱の側面が透明になり、中の様子が窺えるようになる。

 

「なっ、琴里⁉︎」

 

 金属の箱の中にいたのは琴里だった。一見いつもと変わらないように見えるが何故このような所にいるのか。

 

「令音さん! 琴里は何でこんな所に……」

「これは彼女自身が望んだことだ。話は彼女から聞くといい」

 

 重い金属の扉が開かれる。士道は令音に促されて中へと足を踏み入れた。

 

 琴里は椅子に腰掛けてココアを飲んでいた。士道が入ってくるとチラと視線を向けたが直ぐに視線を戻してしまう。

 

「……失望したわよね」

 

 コト、とカップをテーブルに置くとテーブルの上に視線を下げる。いつものハキハキとした口調はどこかへ、完全に沈み込んでいる。

 

「琴里……」

 

 士道は何て声を掛ければ良いのか分からず、ただ彼女の姿を見ることしか出来ない。

 

「もう映像は見たのよね。そう、私は精霊よ」

「お前、いつから……」

「5年前のことよ──」

 

 それからの話はとても士道には信じられるものだはなかった。5年前の大火災。たしかにその出来事は資料にも残っている事件だ。しかし彼にはその時自分と琴里がどこで何をしていたのかが分からない。記憶が曖昧なのだ。

 

「悪い、思い出せねえ」

「ほんと、とんだ愚兄ね」

 

 琴里にそう言われても仕方がない。

 

「私たちが〈ファントム〉と呼ぶ存在。これが精霊に関する1つのキーワードよ」

「〈ファントム〉……。そいつが琴里を精霊に……。待てよ? じゃあ俺のこの再生の力は?」

「ええ、私のものよ」

 

 知らぬ間に自分の中に琴里の力が宿っていた。士道は以前或美島にて十香の〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を顕現させている。それは彼の中に十香の力を封印したために出来たことであった。だが再生の力は十香と出会った時点で既に持っていたもの。

 

「俺は、琴里の力を封印した……?」

「うっ……、まあ、そうなるわね」

 

 琴里は顔を赤くして目を逸らす。

 士道がやっているのは精霊と会話をすることで相手の心を開き、その状態でキスをすることでその力を封印すると言うものだ。

 琴里の力が自分の中にあったということはつまり琴里とも知らないうちにそういうことをしていたということである。

 

「コホン、そこはいいのよ。とにかく5年前、私は精霊になった。そして今までそのことはあなたには話さなかった。本当はずっと隠して置きたかったんだけどね……そういう訳にもいかなかったのよ」

「一体何があったんだ?」

 

 琴里が精霊だったということも衝撃的だったが、今まで隠してきたそれを曝け出さなければならない程の事が起こったということを、士道は受け入れきれずにいた。

 

「そうね……、うっ⁉︎」

 

 琴里は数時間前に起こった事を話そうとした。だがその時、頭が割れんばかりの痛みが彼女を襲う。

 

「琴里⁉︎ 大丈夫か⁉︎」

「私は、はぁ、大丈夫、だから……。もう行きなさい」

『シン、少し琴里の調子が悪いようだ。すまないが一度退出してもらってもいいかな』

 

 スピーカーから令音の声が聞こえてくる。

 士道は苦しそうな顔をしている琴里が心配だったが、令音に促されて部屋を退出した。

 

 

 

「はぁ、はぁ、危なかった」

 

 何とか落ち着きを取り戻した琴里は、誰もいなくなった部屋でベッドに倒れ込む。急に襲ってきた痛みで意識が飛びかけていた。気が付けば士道は居なくなっており、手元のカップにはヒビが入っていた。

 最近衝動が襲ってくる周期が短くなっている。この先がもう長くはないことを、琴里は感じ取っていた。

 天井を眺めていると士道が部屋を出て行く直前の出来事が頭に蘇ってくる。

 士道は部屋を出る前、急に琴里の名前を呼んだかと思うとギュウと抱きしめてきた。

 

『困ったらちゃんと言うんだぞ』

 

 揺らぐ意識の中でもつい嬉しくなって抱きしめ返してしまったが、その事が今になって恥ずかしく思えてしまう。

 

「カッコつけてんじゃないわよ……」

 

 そう呟きながらも、枕を抱きしめる琴里の顔は赤く染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方で艦橋に残っていたソーとステラはこの世界で起こった事を映像を通して確認していた。

 

 突然現れた1人の男と騒ぎになる街。そして警察が動き出し男を取り囲んだが、次の瞬間にはその場が殺戮の現場と化していた。崩れ落ちるビルに吹き飛ぶ街路樹。宙を舞う自動車が逃げ惑う人々に襲い掛かった。

 

「あの野郎……」

 

 握りしめる拳に力が入る。映像に映る男は、もはや動くことなどできぬ程に叩きのめされたと、確かにそう聞いていた男だった。

 

「サノス……」

 

 ステラの呟いた言葉に艦橋にいる面々が興味を示した。

 

「あの男を知っているのですか?」

 

 空席の艦長席の隣に立つ神無月がステラに問う。

 

「知っているも何も、あいつが全ての根源だ。俺はあいつに全てを奪われた。いや、俺たちの世界の多くの者が全てを失った」

 

 画面の向こうでは逃げ遅れた市民を逃そうと八舞姉妹が走り回っていた。そんな2人にも容赦なく奴の攻撃が飛んで行く。

 ついに動けなくなった2人に、破壊のエネルギーが容赦なくぶつけられた。

 

 そして、動画の中で空間震警報が鳴り響く。

 

「琴里ちゃん……」

 

 燃え盛る炎を纏った琴里がサノスの前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

「結局奴は何処へ?」

「分かりません。こちらとしても、居場所を突き止めたかったのですが、余りにも一瞬の出来事であったため解析が追いつかず……」

 

 奴がこのまま大人しくしているとは思えない。去り際に残していった言葉。

 

『運命は変えられない』

 

 何故、あんな事を言ったのか。我々が失った命を戻そうとしていることがバレているとでも言うのか。一体何を見て、自分たちがここにいるという事が分かったと言うのか。

 いつ襲いくるかも分からない脅威に、その場の空気は固まってしまった。

 

「何はともあれ、ここまでの被害を出されてこちらも黙っている訳には行きません。もしまた彼がここにやってくると言うのなら、全力で叩き潰してやりましょう。司令の仇はこの神無月恭平が必ず取って見せますよ!」

 

 やたらと張り切っている神無月を無視してソーは考える。

 

「残りのストーンは3つだ。どれくらいで見つけられると思う?」

「うーん、この星にいるのなら私が協力すれば見つけるのは簡単だと思う。大人しく付いてきてくれるかは前も言ったように微妙なところなんだけど……」

「分かった。お前の力を借りられるよう琴里に頼んでみよう。後はアベンジャーズがこちらに来られるかどうかだな」

 

 その時、艦橋の扉が開かれ先程向こうの世界に置き去りにしてきたマイとリアが走ってやって来る。

 

「ちょっと、ちょっとー、私を置いて先に戻るとは酷いことしてくれるじゃないかー」

「静かにしなさい。また何か事情かあったんでしょ?」

 

 騒ぎ立てるマイを静かにさせ、何があったのかをリアは聞き出す。

 

「成る程、余り悠長なこともしてられ無さそうね」

「コトリンは大丈夫なの?」

 

 この世界で起きた惨状を知った2人の表情が暗くなる。

 

「だが何故奴が現れた? ダンヴァースとか言う女が潰したと聞いたぞ」

「もしあれが異なる時間を生きるサノスだったとしたら……」

「どういうことだ?」

 

 ステラの呟いた言葉にリアは思い当たる節があるのか、映像を再び見始めた。

 

「そこ! ストップ!」

 

 一時停止をかけた所は、丁度サノスが琴里に向かってストーンの力を行使した所である。彼の左腕には金色のガントレットが嵌められており、そこには5つの石が光輝いている。

 

「あいつ、もう5つも集めたってこと?」

 

 マイは光石を確認して驚いたような声を上げた。赤、青、黄、緑、紫。それぞれの石は彼の手中へと渡り、この世界に脅威をもたらした。

 

「どうやらソウルストーンだけは見つけていないようだな」

「でもこの調子だと時間の問題でしょうね」

 

 幸いなことにソウルストーンだけはまだ見つかっていないのか、奴の手に渡ったのは5つで済んでいる。もし6つの石が渡ってしまえば、この世界はとうに滅んでいただろう。

 

「奴がソウルストーンを見つける前に叩き潰す」

「でも何処にいるかも分からないよ?」

「こっちはこっちの準備を進めればいい。まずは残りの3つのストーンを見つける」

 

 ソーは立ち上がると艦橋を出ていった。後には三姉妹が残されている。

 

「マイ、後で十香ちゃんと琴里ちゃんを診てくれる? 大分酷くやられたみたいだからさ」

「まあ、初見であれはきついかもねー。アゴしわの大男だもん」

 

 ステラのお願いをマイは快く承諾すると早速様子を見に2人の元へと向かってくれた。

 

「それで、あんたはどうするの」

「私からも琴里ちゃんにお願いして他の3人の捜索にある程度協力出来る様にしてもらわないと」

「そう。私は……特に出来そうな事がないのよね」

 

 自分だけ何も出来ることがないと落胆するリア。これから忙しくなるというのに、自分だけのんのんと生きている訳にもいかない。こういう所で変に真面目なリアは少し落ち込んでいた。

 

「じゃあリアは一旦向こうへ戻ってスタークさんたちに報告してきたくれる?」

「分かったわ」

 

 各自、自分のやるべき事を見つけ行動を開始する。サノスがソウルストーンを見つける前に、対策を立てるため。

 

 

 

 

 

 真っ白なベッドの上で十香が寝息を立てている。彼女は突然現れた脅威にも、果敢に立ち向かってくれた。

 闇色の髪を撫でてやると気持ちが良いのか彼女の頬が緩む。

 

「ありがとな」

 

 そう言って、士道はベッドに上半身を預ける。

 今日は色々な事があり過ぎて、知らぬ間に疲れが溜まってしまったようだ。精霊はまだこの世界にいるのだろうし、何より自分の妹がそうであったことに驚きを禁じ得なかった。おまけに別の世界からの新たな脅威が現れた。

 もう何処にいようと安全な場所などありはしないのだろう。だが士道にはやるべき事がある。目の前で眠る十香もそうだし、不安定になっている琴里のことも考えてやらないといけない。

 

「何か眠いな……このまま寝るか。おやすみ」

 

 士道は十香のそばで眠りにつく。

 その様子を部屋の扉を開けて元気に入ろうとしていた所で目撃したマイはそっと部屋を後にした。

 

「邪魔しちゃ悪いしねー。先にコトリンの所行こっと」

 

 なんだかんだで気の利く彼女である。普段の余計な行動が無ければリアにしばかれることも無いのだろう。彼女は止める気配が一向に無いが。

 廊下をスキップしながら進み、琴里がいると言われた部屋へとやってくる。

 

「な、なんじゃこりゃ!」

 

 それもそうだろう。彼女の前には部屋というより危険物収容の巨大な金属の箱があるのだから。

 

「やあマイ。琴里に会いに来たのかい? だったらもう少し待って欲しいのだが」

「コトリンはどうかしたの? 何でこんな所に?」

「それは会ってみれば分かると思うよ。特に君ならね」

「?」

 

 令音の言っていることがイマイチ掴めない。だが少し待って欲しいと言われているということは、何か準備でもするのだろう。

 

 しばらくして入っても良いといわれたマイは重い金属の扉を開けて中に入った。

 

「何だ。中は案外普通、というか可愛らしい部屋じゃん。コトリンの趣味がよく分かっちゃったりして?」

「私の趣味で悪かったわね」

 

 声のした方を見ると、ベッドの上で枕を抱えて横になっている琴里がいた。

 

「デカブツに結構酷い目に遭わされたって聞いてたけど、案外元気そうじゃん。ん? ふむふむ、おー、そっかそっか、コトリンは禁断の愛とかそういう系なのね」

 

 何を読み取ったのか1人で納得し始めたマイに琴里は嫌な予感が止まらない。

 

「ちょっと! あなた今何をしたの⁉︎」

「い、いやー、コトリンはお兄ちゃん大好きっ娘なんだなぁって思って。しかもloveの方で。まさかここまでとは……」

「よし、潰す。その記憶、忘れさせてあげるわ」

 

 ガバッと勢いよくベッドから起き上がった琴里はマイに襲い掛かる。

 

「な、何でさ! 別にシドー君のことが大好きでも何も問題なんて無いじゃないか! 何だったら私が伝えてあげても……」

「絶対にさせないわ!」

「うぎゃっ⁉︎ い、痛い」

 

 頭に拳骨が降ってきたマイは涙目でその場に蹲る。

 

「はあ、はあ、全く、油断も隙もあったもんじゃ無いわ。……うっ⁉︎」

「コトリン?」

 

 急に苦しそうな表情になったかと思うと無表情で俯く琴里。先程までの勢いは感じられず、ただ無を醸し出している。

 そして呻き出したかと思うと全身が震え始めた。まるで何かに取り憑かれたかのような豹変ぶりにマイは戦慄する。

 その状態に危険を察したマイは右手に黄金の光を集めるとそれを琴里の頭に目掛けて打ち込んだ。

 

 その場で糸が切れたかのように崩れ落ちる琴里。

 マイはそれを受け止めるとそっとベッドの上まで運んでやった。精神に干渉すると一旦落ち着いたことが確認できる。

 

「今は辛いかもしれないけど。必ず、楽にさせてあげるから」

 

 せめて彼女の目が覚めるまではそばにいてやろうと、マイは椅子に腰掛けると、紙に情報を書き並べる作業を始めた。その内やってくる、琴里と、彼女の中にいる何かとの戦いにそなえて。


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