「・・・ん、あれ?」
目を覚まして、最初に見えたのは白だった。
その色を天井に張られたタイルの色だと認識できたのは、女性の声がかかってからだった。
「あら、目が覚めたのね。体はもう大丈夫?」
その声は澄んだアルトで、聞いた者をリラックスさせるような優しい口調だった。
全身に走る筋肉痛のような痛みを堪えて、体を起こす。
「起きても大丈夫なの? もう少し寝てなさい?」
俺に声をかけてきた女性は、少し茶色みがかった長い髪の毛をしていて、どこか懐かしい感じがした。
だが、それは勘違いだろう。この人を俺は見たことないからな。
「いえ、大丈夫です。……不躾ですが、あなたは?」
俺の質問に、その女性は首からかけてるネックレスタイプの名札を俺に見えるように指で軽く持ち上げた。
「あぁ、私は
「は、はぁ。自分は、三条・C・燎士です。こちらこそよろしくお願いします・・・」
多少、たじろぎながらベッドの上で頭を下げる。
俺にもこんな純朴な面があったとは。久しぶりに発見だな、これは。
「えっと、自分は何故、ここにいるのでしょうか?」
「んーと、それはね。遠山君が昇降口でいきなり倒れたって君を担いできたのよ? あとでお礼を言っておきなさい?」
全く、キンジの野郎は。本当にお人好しだ。
「そんなことよりも、何か必要な物は無いかしら? 私はあなたのことをまだ良く知らないから」
「それなら、銘柄は何でも構わないのでお酒を頂けないでしょうか?
できればアルコール度数は高い方が良いですが」
俺の言葉に山城女史は、それはなぜ?と言いたげな懐疑の視線を俺に向けている。
まあ、当たり前の反応だろう。
いきなり高校の生徒が酒を寄越せだなんて言うんだ。懐疑的にもなる。
俺が教員の立場なら同じ反応をするかもしれない。
だが、俺の場合は理由が理由だ。
俺が鞄を今、持っていたら状況は違うのだが、無い物ねだりをしても仕方ない。
しかし、どうしても引くことは出来ない。俺の命に係わるからな。
「……口外しないのであれば、お話しますが」
ベッドの上で山城のいる方に身体の方向を変える。
俺がそう言ったのはこの人を信用しないとか、そういうことじゃない。一応保険のためだ。
今から話そうとしていることは万が一漏洩してしまったならば、俺が自身で武偵法9条を破りかねないことになるからだ。
「わかったわ。カウンセリングの情報と同じように扱うわ」
「はい。お願いします。……自分は
――第I種超能力者。
それは、超能力を行使した後に、何か特定の物品を体内に補給しなければならない超能力者の分類のことをさす名称だ。
特定の物品は人それぞれで、その摂取量も個人差があるはずだ。
俺の場合がアルコール――いわゆる酒類というだけだ。
そして、この第I種超能力者は一定時間内の補給を怠ってしまうと、高確率で死亡してしまう。
死因としては、心筋梗塞に近い症状で突発的に息を引き取る。
だが、火力の面では他に分類される超能力者とは発現する超能力の地力や成長率が段違いだと言われている。
要するに、自分の命を燃やして高い能力を使う、いわゆる代償型だな。
余談だが、人類で初めて確認されたタイプだと確認もされている。
そんなメリットもデメリットもデカいタイプの超能力者だ。
「ッ! え、えぇ。分かったわ。今すぐ用意するわ」
そういうと今がどれだけ危険な状況なのか分かってもらえたようで、山城女史は携帯を使って誰かに連絡をとり始めた。
「……分かったわ、ありがとうね。 ――三条君、今すぐ来るそうよ。それまで、持ちこたえられる?」
「あ、はい、多分。体内時計での換算ですけど、死に直結するような意識レベル低下までは10分以上の猶予があると思います」
「そう、良かったわ。それまでには間に合うと思うから、ベッドで横になってなさい?」
「分かりました」
そう言った山城女史の声を聴いて、俺は再びベッドに横になった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「ハァ~……よしッ、大丈夫だ」
俺がこれからお世話になる2-A組の教室の前で、深呼吸を一つして軽く自分を鼓舞する。
今の俺は朝着ていた焼けた制服ではなく真新しいものに変わっているし、重武装セグウェイが爆破された時の怪我も
その理由は、山城女史の言う通りに安静にしていた時に第三保健室に蘭豹が乗り込んできてゴリラもかくやというほどの腕力で体を揺さぶられ、色々な意味で死にかけの状態でやっとアルコールを摂取できた。それから、少し安静にして蘭豹が持ってきていた新しい制服を買って更衣室で着替えてから教室に向かい、今この状態になっている。その時にあの
・・・絶対、行きたくねぇ。
そして、俺の怪我が消えている理由は、俺の持つもう一つのステルスに起因する。
その名を『
ある期間以内に付いた怪我を治す、というステルスだ。
その期間は三時間。今の俺では、傷跡も綺麗サッパリ治せるのはそれが限界だ。
他にも生物に有害になる毒物を解析し、抗体を生成したり、逆に解析した毒物を生成することもできる。
……でもまあ、それをするには多大な集中力と毒物を解析した膨大なデータが必要になるから余りしたくないけど。
――閑話休題。
今の時間は午前10時30分。時間割りで言えば二時限の途中だろうか。
どうにも、今、この教室の中に入りたくない。
事件に巻き込まれたとはいえこんなにも遅れるなんて、昔は言語道断だったのにな。
今日の俺は厄日と言うか、本当に何なんだろうな。
「失礼します」
ドアを軽くノックして扉を開け、浅く礼をする。
「すいません、諸事情があって遅れてしまいました」
「「「キャーッ!!」」」
俺が入った時に、女子の黄色い声が教室内に反響するが、全無視だ。それにいちいち反応していたらきりがないし、その所為で俺の声もかき消された。
俺の顔立ちは一般の物差しで言えば、格好良いとは言い難いものだろう。良くて中の上辺りのはずだ。
和風かと思えば見る角度によってラテン系の面持ちもある、と昔に中途半端なことも言われたこともあるのだが、それはイタリアの血が入っているから仕方ない。俺としては男らしい精悍な顔つきでもないから少し不満だけど。
女子の歓声に、またかと内心溜め息をついて立っていると、事務服を着た女性が近寄ってくる。言うまでもなく、高天原女史だ。
「三条君、大丈夫でしたか?」
高天原女史はさも心配そうに――本当に心配しているんだろうが――問いかけてきた。
「ええ、何とか無事です」
「そうですか、無事で本当に良かったです」
「ええ、後に響かないので良かったですよ」
俺の答えに安心したように胸を撫で下ろす高天原女史。
そして、教卓の前に立って手を数回叩いて声を上げる。
「ハイハイ、皆さん落ち着いて下さい! 先ほど言っていたもう一人のカッコイイ方の転入生を紹介します!」
高天原女史に手で促され、教卓の横に立って黒板に俺の名前を楷書体で大きく書く。
「ご紹介に上がりました、三条・C・燎士と言います。昨年度までは福岡武偵高校に在籍していました。選択学科は狙撃科ですが、過去にいくつかの学科も経験しています。
流儀の違いで戸惑うこともあると思いますが今後一年間、どうかよろしくお願いします」
簡潔にまとめた自己紹介の最後に一礼をするとまた女子の甲高い歓声と、まばらだが拍手が鳴った。もう一度軽く頭を下げると、高天原女史にアイコンタクトを送った。
「はい、三条君ありがとうございました。皆さん、仲良くして上げて下さいね?
質問のある人は、手を挙げてから質問して下さいね?」
高天原女史の一言で、教室内にいる生徒の殆どの手が挙がった。
俺は一時限分の時間を目一杯使って、質問に答えていった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「はぁぁ~、疲れた」
質問の奔流に応答を返しに返して、やっと昼休みとなった。
俺は自分の席――廊下側一列目の前から三番目――で凝った身体を伸ばしていた。
既に昼食は摂った。あとは、春の陽気に唆された睡魔をどう対応するかだ。
・・・よし、寝よう。
俺は抗えなさそうな睡魔に身を委ねてしまおうと机に突っ伏した時、机の横に誰かが立ち止った。
「おい、転校生。ちょっといいか?」
上から掛けられた声に顔を上げると、そこには二人の男がいた。
一人は長身でガタイは良いが、ブレザーやワイシャツのボタンを全て外していたり、黒い短髪を無造作にしたままなのでガサツな印象を受ける、表情が快活な青年だ。
もう一人は、中肉中背で栗色の髪を首の辺りで切りそろえた、笑顔の映える爽やかな優男だ。
何か男として負けたような気分が起きるが、それはただの勘違いだろう。
「寝ようとしてた所、悪いとは思うけどちょっといいかな?」
「ん? えぇ、構いませんが。君たちは?」
「俺は武藤剛毅ってんだ。専攻科目は
人は見かけによらないものだ、と久しぶりに思ってしまった。
ガサツそうな――いや、実際そうなんだろうが、手先の器用さや乗り物の操縦技術は相当な自信があるのだろう、ニカッという笑顔には、言い切ったことに迷いがない。
「僕は不知火亮。専攻は
こちらは見た目通りの爽やかな自己紹介だった。
逆に言ってしまえば、それだけか。武偵高らしい破天荒さの欠片もないし、粗野さもない。
ただただ、高天原女史と同じでここにいるのが疑問だ。
「先程も自己紹介しましたが、僕は三条燎士と言います。こちらこそよろしくお願いします。
・・・それで二人は自分に何か御用が?」
俺がそう言うと、武藤は何か困った顔になった。
今の言葉で、俺は何かしたんだろうか?
「ああ、それはそうなんだが、三条。俺らは同学年なんだ、タメ口で構わないぜ、なあ不知火?」
「そうだね、クラスメイトに敬語を使われるのは背中がむず痒くなって仕方ないからね」
ああ、そういうことか。
「了解、分かった。なら、気楽に行かせてもらうよ。それで、二人とも。俺になにかあったんだろ?」
「ううん、そんな大層なことじゃないよ。朝のHRに来てなかったから、ちょっとした自己紹介をしておこうかな、と思ってね」
「そうか、ありがとうな。武藤、不知火」
「礼なんか必要ねぇよ。俺たちの興味心だったからな」
「おいおい、『好奇心猫を殺す』って知らないのか?」
「何言ってんだ、俺たちのは興味心だって言っただろ?」
「それもそうだな」
その後、俺たち三人は自分の趣味やら地元の良い所やら、他愛もないことを雑談していた。
そして、会話が一区切りしたところで、誰とも違う声が俺に問いかけてきた。
「……ねぇ、アンタ。ちょっといいかしら?」
そっちを向くといたのは、腰まで届くピンクブロンドの髪をツインテールに結った小柄な女の子だった。俺はその特徴的な声と髪の色で思い出した。
「朝の女じゃないか!? ……一体、何の用ですか?」
いきなり立ち上がって、その後、徐に座り直す。
途中、声が尻すぼみになったのは、周囲の視線を慮ったからだ。
流石に大声に驚いて教室内のほとんどの視線がはこちらに向いていたが、すぐに何でもないように注意が他に移ってくれたようだ。
「どうしたんだよ、神崎さん。コイツがどうかしたのか?」
「別に。ちょっと聞きたいことがあっただけよ。
……それに取って食べようなんて思ってないわ、ちょっと話があるのよ。あと敬語じゃなくていいわよ。面倒だから」
朝の体育倉庫での挙動からみるにで拳銃ぐらい抜きそうだと思ったんだが。
武偵である以上、状況の分別ぐらいは判断できるか。
「じゃあ、僕たちは話も無くなったし戻るとするよ。またね三条くん」
神崎某に気を利かせたのか、それとも話に首を突っ込んで飛び火するのを嫌ったのかタイミングよく――俺としては悪く――不知火が切り出した。
「ああ、ありがとうな二人とも」
「おうよ、なんか聞きたいことがあれば何でも答えてやるぜ。じゃあな」
「じゃあな、武藤、不知火」
去っていく二人に軽く手を振り、神崎さんに向き直る。
「……それでその話とやらは何だよ?」
勝気な語調の少女の話とやらを訝しみ、先を促す。
「アンタの経験した学科とそのランクを教えなさい」
「どうしてだ?」
「アンタの能力がアタシの役に立つのかもしれないのよ」
彼女が聞いていることは至極尤もなんだが、如何せん付いて行けない。
「へぇ、それはそれは。俺としては構わないけど、俺に利点は?」
武偵は報酬で動く。
探偵の必須技術でもある、提示された報酬よりも価値の高い報酬を相手から引き出す取引をする巧みな話術を普段通りに使えることが強く求められる。
それは武偵の卵である俺たち高校生も同じだ。
だから、俺がこういった話を切りだすのはタブーじゃない。
「強猥罪、逃走幇助の二つを水に流すのでどうかしら?」
「あれは俺の仕業じゃないって。遠山キンジの勝手だ」
俺はその提案にノータイムで返して、身の潔白を重ねて進言する。
「アンタ、仮にも自分の友人をあっさりと売るのね…」
「実際そうじゃないか、俺は何もやってないし、逆に体育倉庫の扉を開けたのは俺だぞ?」
俺が肩を竦めながら言うと、彼女は呆れた顔をした。
そんなこと言ったらきりがないが、俺にとっちゃこんなの日常茶飯事だぞ?
どうやら俺とキンジの関係性までも調べているようだ。
だからと言って冤罪を被ろうと思わないが。
「それに、対処法は武偵として間違ってないし、俺はあんなお人好しなんかじゃない。
『やったことには責任を持て』。それが
あれは俺のやったことじゃないから責任はないはずだけど?」
「そうよ、だから逃走幇助なの、分かったかしら?」
お前も一緒に逃げたのだから同罪だ、とでも言いたいのだろう。この女は。
「言葉を返すようで悪いんだが、えーと、君は……?」
「言ってなかったわね、神崎・H・アリアよ。よろしく」
「そうかい、神崎さんね「アリアで良いわよ」……了解。
あの時、アリアは濃密な殺気を放っていたから、俺からは近寄りたくなかったんだ。
それに、自分から餓えた
「レオーネ、オリーチェって……。随分ネイティブな発音だけどアンタ、イタリア語でも話せるの?」
「ん? ああ、俺はイタリアと日本のハーフだからな母国語が二つなんだ。
それを言ったらアリアも同じだろうけど? 名前からして俺と同じみたいだけど」
「まあ、そうだけど。
・・・それで、話してくれるの? アンタのことは」
「やっぱりか、話題をすり替えられると思ったんだけどなぁ」
「ムダよ、そんな強引な手に引っかかるわけないに決まってるじゃない」
「分かった、悪用しないならっていう条件は付けるけども、約束できるかな?」
俺は細やかな反撃としてわざと、子どもをあやすときのように言ってみる。
まあ、どうせ聞き耳立ててる奴が居るだろうから、言った意味はないが。
「分かったわよ。それ位私にも出来るわ、バカにしないで」
「了解、今までに経験したのは4つ。
福岡武偵高時代に強襲科B、
そんで
「そう。それなら、アンタは
「いや、俺は
「どうしてよ、学科の適性は完全に
「別にランクが高ければいいってもんじゃないだろ、ランクが高いと無駄に注目されしちまうし、色々調べられるのは面倒なんだ」
俺には隠しておかなきゃならない事情がある。主に家系的にだが、俺の命が危なくなる。
だから、あまり表だって調べられる
特に、近接戦闘に関しての適性や特徴が露呈するのだけは勘弁だ。それだけで死に直結する攻撃を貰いやすくなる。いや、もうSランクを取った時点で無駄に近いか。過去に何度か誘拐やら暗殺されかけたし。その時は父さんがが助けてくれたけど。親戚に家の情報機密性を一度、聞いてみるしかないか。
「へぇ、なら『能ある鷹は爪を隠す』って諺通りって訳ね、アンタは」
「まあ、そこまで有能ってわけじゃないが。そんな感じだろうかな」
「
あたかもまだ聞きたいことがあるような言い方だ。
だが、それは今聞くべきじゃないしな。
「ああ、ご希望に添えたなら御の字だ。今後もよろしく」
そう言いながら席から立ち上がり、右手を出して握手を求める。
「そうね、機会があったらね」
すると、アリアはそう言って応じてくれた。
その手は小さく可愛らしいもので、アリアには悪いがおよそ強いとは微塵も思えなかった。
だが、この手が今朝キンジを助け、あの重武装セグウェイを臆せず迎撃したことは事実だ。
それを思うと感慨深くなってしまうし、もう少しやり方があったんじゃないかと自分のことが情けなく思えてしまう。
「そうだな、じゃあまたな」
握手を終え、一言アリアに返してから俺は教室を出た。
みなさんどうもこんばんわ、橘柚子です。
離しの遂行に時間が掛かり、投稿が遅れてしまって申し訳ありませんでした。
批評や感想、誤字脱字等々何かありましたらメッセージをよろしくお願いします。
最後に、この拙い文章を楽しんでお読み頂ければ、こちらとも幸いです。