「急げ!あの馬鹿者を探せッ!」
「あぁ!もう!どうしてウチには馬鹿ばっかなの!?」
4人は、破竹の勢いで下層へ進む。
その強行軍の中、リヴェリアは考え続ける。
(どこへ向かった…!?一体どこに!下層なのは確か!18階層で情報収集を行った後にすぐ様行動に移すしかない…!)
リヴェリアは、奥歯を噛み締める。
ベルが他人と距離を置き続けたあの意味が、覚悟の上だった事、アイズとそれほど変わらぬ少年が、背負っている運命を呪った。
「どけぇぇえぇぇ!!!!!」
荒れるティオナは、ベルの手紙の最後の文が、許せなかった
「誰が誰を嫌いだって!?絶対許さない!!私の気も知らないで!勝手に思いこんで!一発殴ってやる!」
「やめなさい!あの子死ぬわよ!?」
「…でも、皆怒ってるのは事実!お説教はする!無茶したら…リヴェリアも…私も」
「やけに実感籠もってるわね…その発言…!」
三人もリヴェリア同様、キレていた。
「あぁ!私も同感だ!このまま18階層に強行する!全員急げよッ!」
「「「了解!!!」」」
四人は、ダンジョンを駆け抜ける。
「まさか、貴女が来てくれるとは…しかし、頼もしい限りだ。」
「私も、お前が来るとは思っていなかったよ『
「シャクティ、リューと知り合いなの?」
24階層の入口、そこでベルは協力者に尋ねた。それに答えるのは、ハシャーナと同ファミリア、そしてその団長。
シャクティ・ヴァルマ。Lv5の第1級冒険者。称号を【
「…あぁ、まぁな。付き合いは6年を超えている。あと…ハシャーナの件だが…ありがとう。アイツは…いつもお前を気にかけていた。」
「シャクティ…ううん。僕こそ、ごめんなさい。結局、ハシャーナの遺品しか持っていけなかった…」
「十分だ。冒険者はなにも残らないことだってある。」
「仇だって…まだ取れてない…」
「……」
シャクティは、この少年の事が前から気にかかっていた。出会ったのは、偶然検問にいたベルを対応した事だ。初めは、どこにでもいる少年だと思った。少し内気で、何かを秘めているのはわかっていたが、それだけ。しかし、悪い子ではない。それが最初の印象。しかし、蓋を開けてみれば、見る見るうちにLv3まで上り詰め、超新星として話題を攫った。
そのベルに、シャクティは危うさを感じていた。歪な程に復讐に燃え、恐怖を覚えるほどに執着している。
この少年は、どこに向かっているのだろうか?
シャクティは、そんなことを考えるが、頭を振って思考を切り替える。
「…24階層のパントリーか…」
「シャクティ。貴女は今回の事件どう見ますか…?」
リューに問われたシャクティは、顎に手を当てて考え始める。
まず、このモンスターの大量発生は偶発的に起きた事なのか、という事だ。しかし、それは有り得ない。偶発的にこんなことがか起きているとしたら、ダンジョンは今頃誰も入れていない。
「…まず、偶発的に起きたと言うことは有り得ない。何かが起きているのは確かだ。」
「えぇ、私も同感です。…それの正体が、パントリーにある…そういう事でしょう。」
2人が考察をしていると、先頭のベルが立ち止まる。
「クラネルさん…?どうしました。」
「…すごい数…」
24階層、渓谷が広がるその階層。ベルが覗くその渓谷に広がっていたのは、無数のモンスター達の
「これは…問題になるのは確かですね…しかし、邪魔ですので、片付けるしかありません。」
リューが立ち上がり、木刀に手をかける。しかし、それをベルがリューの手首を掴む。
「僕に、やらせてくれ。」
リューが目を見開き、ベルに聞き返す。
「…一人でやると?さすがに無茶です!」
「平気…新しいスキルも試したい。」
そう言って、ベルは崖下に飛び降りる。
「待ちなさいっ!クラネルさんッ!!」
「やらせてやれよ。」
すぐ様飛び降りようとするリューを、ヴェルフが止める。キツく睨むリューに、ヴェルフはおどけたように肩を竦める。
「…何故止める【赤匠】…!」
「いいから、見てろよ。」
「一体何を言って────」
そう言って、ベルの方向を見やる。そこで、リューは驚愕した。
大剣を最小限の動きで振り抜き、三体同時にモンスターを仕留め、速攻魔法で複数を仕留め続けるベルがいた。
その動き、判断力は以前とは断然に違い、既に
ベルがモンスターを仕留める。
モンスターに振るわれる自然武器ですら、無造作に腕で受け止め、握り潰す。
「なるほど…中々に上がる。」
昇華したステータス。そして、新たなスキル。
それは、今の状況で使うにはうってつけ。試しの機会には丁度よかった。
ただ1人、ベルは戦った。あの男────オリヴァス・アクト、レヴィスとの戦闘でも。ただ一人、ベルはあの二人を本気で殺しに行っていた。
ベルは、失った。だから、孤独に戦い、死ぬ道を選んだ。もう、悲しまないように。
その姿、正に孤高にして孤独。
その偉業に、その未知に、運命が与えたスキルは、強力にして残酷なものだった。
【孤軍奮闘】
・単独での戦闘時、ステータスを昇華、及び自身のスキル効果を上昇
・味方の戦闘介入時、1段階強化が解除され、味方の人数により強化制限
・自身よりも強力な敵との戦闘時、その力量に応じてステータス、スキル効果を上昇
・スキル使用時、被ダメージ増
このスキルを用いて、モンスター共を蹂躙する。
そんな蹂躙劇のさなか。あるものが目に入る。
「……」
それは、下半身・上半身を失った冒険者達の亡骸。モンスターの大群から逃げ遅れたのだろう。ベルは、亡骸に貪りつくモンスターを叩き殺し、2つの死体をそのままに詠唱を始める。
「【轟け、
それは、その冒険者たちに対する、せめてもの弔い。
ベルの右手に黒い光が溜まり、チリン、チリン、と鈴の音を鳴らす。
「【其は、
約20秒のチャージ。ベルのスキル【
「【雷鳴の賛歌、天の勝鬨、即ち王の証明。霊王たる我が名は【
このまま魔法を放ち、雷を落とすのは簡単な事だ。しかし、ベルは考えた。
雷の落ちる方向を決めることは出来ないのか?
指定した場所に落ちるのなら、指定した方向にだって出来るはず。
ベルは、渓谷に挟まれた崖を進むモンスターの大群に向けて、その指先を向ける。
「【
瞬間、ベルの指先から、極光が一閃した。音の壁を突き破り、ただ光の線を残し、渦巻く雷霆が全てを飲み込む。冒険者の死体すらも灰に変え、モンスターを、地形を瞬く間にその熱量で溶かし、一瞬の合間に消し飛ばしていく。
その雷霆が過ぎ去った後には、もはや生物は存在せず、広がっていた渓谷地帯も漏れなく吹き飛び、ベルの目の前にはドロドロに溶けた更地が広がっていて、ただベル1人が立っていた。
「……死体は持って帰れない…モンスターの餌になるよりも…いいや、言い訳だ。ごめんなさい…恨むのなら……」
ベルは、目を閉じて祈祷を捧げた。
その様子を見ていたリューは、違和感を感じる。
彼は、あそこまで他人の死に興味があっただろうか?ダンジョンに共に潜った時、死体を見た時の憐憫の感情はあった。しかし、あんなにも慈しむように祈った事があっただろうか?
何かが、違った。ベルの目が、ベルの瞳に宿る光が
あれは────あの目は、まるで…
「強いだろ。アイツ。」
そこまで考えていたところに、ヴェルフが言葉を差し込む。
「…えぇ、見違える程だ。少し見ていない間に…しかし、あれでは…!」
「壊れに行っている────だろ?」
そこまで分かっているのに、何故…!
リューの口からでかかった言葉は、ヴェルフの次の言葉で掻き消された。
「俺はなぁ、鍛冶師だ。特に、魔剣に関しちゃその辺の鍛冶師にゃ負けねぇ。」
「…えぇ、そうでしょう。貴方はクロッゾの血を持っている。」
何を言っているんだ。当たり前の事を。
目の前のヴェルフを睨む。しかし、ヴェルフはそれも気にせずに続けた。
「アイツはな────魔剣なんだ。」
「…は?」
「もちろん、あいつ自身が魔剣って意味じゃねぇぞ?存在が似てるって事さ。アイツは、このまま行けば必ず死ぬ。誰の忠告も聞かず、ただ砕け散る。」
ヴェルフが見ていたベルの在り方。それは、正に魔剣そのもの。使えば使う程摩耗していき、いつかは砕けてしまう。
「そう…俺は鍛冶師だ、誇りがある。武器を治すことは出来る。どんなに消耗していても、元があればまた輝かせてやれる。だが、
ヴェルフは、諦観したその目をベルに向けてから、リューに視線を移した。
「だから、って訳じゃねぇが…俺は、お前みたいなエルフが居ることが嬉しかった。アイツが心を許せて、側にいて、こんな頼みまでするほど信用したエルフ…ちょっぴり、悔しいが…お前さんはベルの特別なんだろう。」
「それは…どういう…?」
リューの言葉に返事をせずに、ヴェルフはベルの元に行った。一体なんだったのだろうか。
近くに寄ってきたベルが、リューに質問を投げかけた。
「リュー、僕は…強くなった?」
「…え、えぇ…もしかしたら、もう私よりも強いかもしれない。」
「…本当?」
そして、ベルの感情のない真顔が、まるで最後の、死ぬ間際に見せる様な顔で、悲しくて、辛かった。
「…これで…僕は、1人でも────」
その言葉が、心に刺さった。
リューは、思わずベルの手を取った。その事に、シャクティもヴェルフも一様に目を丸くした。
「貴方は、決して1人ではない。もし…1人になったのなら、思い出しなさい。貴方には、
リューの懇願に、ベルはただ無感情に頷いた。
「……わかった…なるべく…君の事を考えるよ、リュー。」
「えぇ、約束です。」
そう言って、リューも微笑んだ。
その笑顔を見て、ベルは鼓動が跳ねた事を感じた。
「…リューは、もっと笑った方がいいね。」
「え…?」
「────君の笑顔は、綺麗だから。」
そう言って、今日初めて微笑んだベルの顔は、優しくて、暖かい微笑みだった。
リューは、自身の顔に熱が篭もることを感じた。
普段、仏頂面のリューの口元が、ほんの少しだけだらしなく歪む。それをフードとマスクで隠して。どうしてか、必死に少年から目を逸らしてしまう。鼓動が速かった。
「…リュー、なんで顔隠すの?」
「な、なんでもありません。えぇ、なんでも。」
「……?」
わからなそうに首を傾けたベル。その後ろで、口元を押えて肩をヒクヒクと揺らす、ヴェルフとシャクティの姿。リューは、また頭に血が上ったが、やはりやめた。
こんなに赤い顔を、この少年に見せないように。
「ボールス!ボールスはいるかッ!!」
リヴェリアが、18階層の大衆酒場に入り、怒鳴るように声を上げながらボールスを呼び出したのは、ベルが18階層を発ってから、数時間後。
「おぉおぉ、なんだよ…って、またおめぇらかよ!?今度はなんだってんだ!」
「ベルだ。」
「は?」
「ベルを見たかと聞いているんだ!」
その鬼気迫る表情に、何か違和感を感じたが、ボールスは思い浮かべた。
「な、なんだよ…ベル…【迅雷】の事か?」
【迅雷】それは、ベルの称号。ロキが前回の神の集会で勝ち取った称号。
突如舞落ちた雷の様に衝撃を与え、神々の未知を刺激したベルに対して、面白みをもって付けられた称号。
しかし、今そんな事はリヴェリア達にはどうでも良くて、ベルの足取りだけが気掛かりだった。
ボールスがこの街を仕切っているからと言って、全てを知っている訳では無い。
「…わからねぇなぁ…見ちゃいねぇぜ。」
「くっ…そうか…」
「ほんっとにこういう時に使えない男ねッ!」
「んだとコノヤロウ!────あ、でも変な連中は見たぜ?フード付けた集団でよ…1人は義手なんか付けてやがっ!?」
その言葉をボールスが言った瞬間に、リヴェリアがボールスの胸倉を掴み、睨みながら淡々と語った。
「言え」
「ひ、ヒィ!?」
「言えと、言っている。」
ボールスは、Lv6の殺気とも取れる威圧を受けて、完全に腰を抜かしていた。
「あ、アッチだ!リヴィラの街外れだ!た、多分あの方向は…そうだ!【黄金の穴蔵亭】がある!多分そこなら何か知っているかもしれない!」
ご苦労。そう言わんばかりに、リヴェリアは雑にボールスを放り投げると、すぐ様ボールスが指した方向に向かって走り出す。3人もそれに続き、酒場を目指した。
「────もう契約外だから構わんか…あぁ、来たぜ。」
「本当!?」
【黄金の穴蔵亭】の寡黙な店主は答えた。ティオナが乗り上げるように前のめりに店主に迫る。それを鬱陶しそうに見た店主は、ティオナから避けるように酒棚の整理を始める。
「いつここを出た?」
「……4時間くらい前だな。」
「1人か?」
「いいや?エルフの女が1人、あとは赤髪の…ありゃ【赤匠】だな。後は【象神の杖】と24階層に向かうと言っていた。」
「…24階層…まさか、パントリーか?」
リヴェリアは、最近起きていたモンスターの大移動についての情報を思い浮かべた。
(あの赤髪の女に、レフィーヤを殺した男…偶然では片付けられないか…)
リヴェリアは、粗方を頭の中で整理して、行動に移す。
「24階層のパントリーに向かう!恐らくそこに、ベルがいる。私達なら、急げば2時間────いいや、場所を絞れれば1時間で着く!急ぐぞ!」
「「「わかった!」」」
4人が急ぐ中、店主がリヴェリアを止めた。
「おい。お前さんは、あの坊主と親しいのか?」
「…ある程度はな。それがなんだ?」
「んじゃあ、
「義手をつけた娘…?」
ベルとは、親交関係の話を度々していた。しかし、その中で「義手を付けている」人間の話は出て来なかった。
「『その少年がどこに行ったかわかるか?』そう聞かれた。」
「種族は?」
「さぁな。フードを深く被っていたんでわからん。しかし、だいぶ若く感じたな。…それに、どうも気にかかってな…」
名前で呼んでいることから、ある程度の親しさが窺えるが、そんな人物は1人も聞いたことがなかったリヴェリアは、思案を停止させる。
「…とにかく、頭の隅に置いておく。協力感謝する。」
それだけ言って、リヴェリアは急ぎ店を発った。
「なんだこれ…シャクティ、この先にパントリーがあるんだよね?」
「ああ…だが、こんなものは無かった…」
いま、ベル達の目の前にある通路を塞ぐように、肉の壁の様な物が聳えていた。ベルは、それに手を当てると、ドクンッと言う、鼓動にも似た脈動を感じ取る。そして、確信した。
「……この先に…奴がいる。」
確かに、感じ取っていた。奴が────オリヴァス・アクトがいる。憎き怨敵が、すぐ向こうにいる。
ベルの体に、稲妻がパチッと迸った。
そんなベルに、リューが背中に手を当てて。優しく語りかける。
「落ち着きなさい…クラネルさん。逸ってはなりません。冷静に、貴方の怒りの手綱を握りなさい。」
「怒りの、手綱を…?」
「えぇ、貴方にとって怒りとは原動力だ。その怒りは正しい。だから、正しく使いなさい。決して飲まれてはいけません。」
リューの言葉に、ベルは肺いっぱいに息を吸った。
「………わかった。」
迸る雷を奥の奥にしまい込み、ベルは懐から緑色の結晶を取り出し、それに声をなげる。
「フェルズ、聞こえる?」
『────あぁ、ベル・クラネルか。聞こえている。現在の状況を報告してくれ。』
(この声は…)
リューは、結晶から流れる音声を聞いて、ある人物を思い浮かべた。過去、自身が復讐を行っていた最中。
「パントリーに向かう正規ルート上に、シャクティですら見覚えのない障壁がある。」
『了解した。後発隊にも伝えておく。先に突入してくれ。』
「了解、これより突入する。」
通信を切り、ベルが障壁の目の前に立つ。
ダンジョンに突如現れた巨壁。この中の誰もが息を殺し、この先に潜む闇に、固唾を飲んだ。
ベルの手から伝わる鼓動。ただそれだけが、やけに大きくベルの耳朶を叩き、煩わしさを加速させる。
その心さえ、命取りになりかねない。この先は、きっとそういう場所。
ゆっくりと、ベルの中で燃え上がる黒い炎が、火の粉を巻き上げ薪を欲する。
────あぁ、すぐに焚べてやる。
復讐を達成すること。ベルが生きる意味は、最早それのみ。
自身の復讐を捨て、誰かの為に剣を振るう。
────僕の命で、奴を殺す。
その決意だけで、ベルはこの場に立っている。
いいや、立たなければならなかった。
「準備は?」
「平気だ…いつでも構わない。」
「問題ありません。私が背中を守ります。」
「遊撃は任せとけ!とっておきもあるしな。」
全員が全員、何かに特化している。
このパーティーなら…もしかしたら…
ベルはそっと微笑んだ。
「…行こう」
ベルが、その巨壁に指先を向けた。
「────【