ベルがいなくなり、リヴェリア達が出発した数時間後。『黄昏の館』の一室。今はレフィーヤが眠っているその場所に、ロキは憂いを感じながら向かっていた。その憂いの正体は、はたしてベルの結末を諦めたことなのか。それとも、リヴェリアを含めた全団員に伝えなかったことに対するものなのか。自分ですらわからなかったが、何かを求めるようにレフィーヤのもとに向かった。
目の前に行くと、妙に気分が重くなる。それもそうだろう。なんの見届けもなく、あっけなく死んでしまったのだから。それも、死に行く姿を誰にも見られず、それこそ遊ばれるように殺された
そのことが悔しくて、情けなかった。そして、再度実感したのだ。
地上に居る、神の無力さを。
ため息混じりに、ロキは扉に手を伸ばしかけて、やめた。
思い出すのは、2日前に自身を訪れてきたベルのことだった。
「あん時…ウチが止めとったら…何か変わってたんか…?」
ポソッと零したそれを最後に、ロキは踵を返して館を後に街へ足を運ぶ。
「────上手いこと、首輪はめられたっちゅー感じやわ…」
嫌だ嫌だと頭を振り、歩いていると、ロキはあるものを視界に入れた。
それはロキの嫌い…とまでは行かないが、気に食わない神物。黒い髪を2つに分けて、自分よりも小さなシルエットを、ジャガ丸くんの売店でせっせか動かしていた。思わず、ロキは声を出し、その人物も気づいて同じ様に声を上げた。
「げっ…ロキ…」
「うへ~…なんでこんな時にドチビと顔合わせなあかんねん…」
その神の名は、ヘスティア。ツインテールの幼神。そして、ロキにはない凶悪な
「なんで朝っぱらからこんなところに…あーあ、そうやったそうやった…お前は貧乏の残念女神やもんなぁー?まだ
「なんだと!?僕の家族を馬鹿にするなよ!なんてったって、改宗してすぐにレベルアップ間近なんだぞ!!」
「…あぁ〜…やめ、やめや…今はそんな気分やないねん…」
ガルルルル!とヘスティアが喉を鳴らしながら、威嚇。しかし、ロキの態度に首を傾げると、ヘスティアが思い出したような顔をする。
「そう言えば…君のところのベル君は、元気かい?」
「…なんでドチビがベルを知っとるんや…?」
その疑問も最もで、ロキの知るベルは、殆どをダンジョンに行き、食事をリューの所で取り、そしてホームで寝る。そんな感じの生活だったから、この神と親交があることに驚いた。
目を見開くロキに、ヘスティアは驚きながら訝しげに返した。
「…聞いてないのかい?彼、本当は僕の眷属になる筈だったんだぜ?それに、今の僕の眷属を連れてきたのも、彼だったし…」
「なんやと!?」
ロキの驚くさまに、ヘスティアは呆れたように語りだす。
「はぁ…彼、寡黙というか、抜けてるというか…ともかく、彼はオラリオに来て、初めて声をかけた神が、僕だったんだ。」
「…んじゃあ、なんでベルを眷属にしなかったんや?」
ロキは疑問だった。確かに、ベルは問題児ではあるがエルフのことでなければ基本的に無害で、どこにでも居る可愛い少年。言うことも聞くし、常識も…抜けている所はあるが、優しい子なのだ。そして、ロキにとって癪ではあるが、この女神があの孤児の少年を放っておくとは思えなかった。この神が司るものを考えれば尚更に。
ヘスティアは、顔色を暗くさせながら手をギュッと握った。
「…それこそ、恩恵を授ける寸前までことは進んでいたんだ。でも、念の為にと…彼にここに来た目的を聞いた…君も、知っているんだろう?」
ロキは、ドキリと肩を揺らした。
「…その反応は、知ってるんだね。」
「あ、あぁ…」
「それで…彼の話を聞いた。…なんて、寂しい子なんだろうと思った。」
ほんの少し狼狽えるロキを無視して、ヘスティアは続ける。
「…そこで、彼の奥を見た…見てしまったんだ。」
ヘスティア曰く、そのベルの奥はドス黒い何かで染まり、それ以外の色が見えなかったこと。
「…そこで、僕は…無責任だとわかってる…!わかってるけど…彼の背中に、恩恵を刻むことを戸惑ってしまった…聞けば、スキルや魔法は本人の感情や想いに左右されるそうだし……僕は、逃げてしまった。彼に恩恵を刻むことを恐れて…」
「……」
この女神は、直感的に見抜いていた。恩恵を刻むことで、あの少年の最後を決定してしまう事に。
「だから、僕は…神がよく集う店や場所を教えた。僕には、彼の命を背負える"権力"が無かったから。正直…君のところにいるって聞いて、安心したんだ。君の所なら…誰かに寄り添ってもらえるんじゃないかって。」
この女神は、様々な所でグータラ女神や、駄女神などと言われがちではあるが、本来の天界での地位はロキよりも上であり、自身の父親よりも地位は上。神格も比べるまでもなくヘスティアが上なのだ。ロキも入ることが叶わなかった【12神】にも名を連ねたことがある。言わば、神の中の神である。
その神性の高さ故に、ロキよりも明確に悟ったのだろう。
今まさに、その差を再認識したロキは、やはりと思いながら、口を開いた。
「なぁ、ドチビ…いや、ヘスティア。」
「な、なんだい?君に名前を呼ばれるのは気味が悪いんだけど…」
「…いや…もしかしたら、近いうちにお前ん所を頼るかもしれん…ウチに貸し1つって事にしてええ…だから、そん時は…どうか頼むわ。」
「き、君が僕を?一体何を言って…」
「頼む……はぁ……最初から、ウチや無かったんかなぁ……」
そのロキの言葉に、ヘスティアは首を傾げた。
薄暗く、赤い光が三人を照らす。
1人は迅雷の如く、雷が地を駆け。1人は疾風の如く。吹き荒れる嵐を存分に振るう。
「くぅっ!?小癪なぁっ!!」
「─────っらァッ!!!」
ベルは、大剣をオリヴァスに向かって投げる。それは、オリヴァスに飛んで躱され、大剣はオリヴァスの背後に飛んでいく。
【
オリヴァスは折れた天然武器の代わりに、もう一度腕を肉壁に突っ込んで、グロテスクな大剣を引き摺り出す。
盾を構えたまま突っ込んでくるベルに、その大剣を全力で叩き付ける。しかし、それは迂闊だった。
盾と大剣が触れた瞬間のコンマ0.数秒。そこで、ベルは盾を少し斜めに傾かせ、大剣の軌道をずらし地面に激突させる。それでも、その圧倒的な膂力に膝を着くが、何とか耐え抜き、素早くその大剣の刀身を踏みつけ更に深く地面に突き刺す。それだけならば、オリヴァスはベルに反撃が出来た。しかし、この戦場にはもう1人いる。
「!?」
ベルの影から、飛び出るリューが見えた。
リューが懐から2本の小太刀を瞬時に抜刀。オリヴァスの脇腹を切りつける。しかし、オリヴァスはギリギリのところで避け、横のリューに拳を放たんと、腕を振り上げた。しかし、次の瞬間には雷が降り注ぎ、体が強制的に硬直させられる。リューはオリヴァスに一瞥も向けず、すぐ様体を反転。オリヴァスの首元を一閃。
この戦闘で初めて血を流す。そして、リューがベルの横を通り過ぎた時、ベルが叫んだ。
「来いッッ!!!!!」
その声と共に、リューが地面に何かを投げると、ボフンッと広がる煙。リューが煙玉を投げ、視界を塞ぐ。
オリヴァスは、未だに痺れてまともに動けない体で、何かを察知していた。耳が、何かの音を捉える。風を切る様な────何かが飛んでくるような。そんな音が背後から聞こえる。
「────お、オオオオオオオオオ!!!!!!」
バチバチと雷が走る体を、無理矢理反転させて無造作に抜き取った剣を振り抜く。煙から飛び出して来る大剣が見えた。
ガキンッ!!!
鉄を叩く音が響いた。そのままオリヴァスは、ベルの身体があるであろう場所を、無造作に切り刻む。
「────」
しかし、ハズレ。目の前にあるのは、ベルの大剣のみ。オリヴァスの攻撃は文字通り空を斬った。
行動全てが、罠。
全ての挙動に次の手が有り、全てが即興で行われる。
瞬間、オリヴァスの左右が揺れる
ベルの踵が目の前に、リューの木刀が胴に
深く叩き込まれる。
しかし、オリヴァスはその人ならざる膂力と耐久力で、2人を弾き返さんと暴れ回る。
「クソどもォォがァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
めり込んだ踵と木刀が、鋼のような肉体に跳ね返され、2人の目の前に凶拳が迫る。
2人の視線が交わる
「手を!」
「はい!」
ベルが手を伸ばし、リューが自身の手を重ねる。そのままリューは身体を小さくしてベルの懐に入り込み、ベルが力強く抱き寄せた次の瞬間
「【
オリヴァスが振り回す拳の軌道を見切り、拳を足場として利用し、轍を残し抱き寄せたリューごと退避する。
「平気?」
「えぇ。問題ありません。しかし、回避が貴方頼みになってしまっている…これは、どうにかしなければなりませんか…」
「別にいい。回避のタイミングは君が合図してくれれば、いつでも構わない。」
今度こそ大剣を回収したベルは、目の前に意識を向ける。
煙が横に一閃。一気に煙が吹き飛び、オリヴァスが現れる。
「…ちょこまかと鬱陶しい…!
オリヴァスの一声で、大量の花がパントリーに咲く。
「リュー!」
「わかっています!」
2人は、魔剣を構えそれぞれが力を解放する。
「【雷入道】!!」
「【
翡翠の直剣から流れる暴風が、紅蓮の短剣から溢れ出す猛火を舞い上がらせ、その勢いを更に増し、向かい来る食人花を焼き尽くす。
燃え上がる業火に肌を焼かれながら、ベルは目を細めてその様を眺める。
そこで、ベルは気づいた。
「────っリュー!!!」
ベルが、リューを突き飛ばす。
視線が、交わる。
瞬間、とてつもない拳打音と共にベルが後方に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
猛火から、所々を焦がして飛び出して来た凶拳からリューを庇い、代わりにベルが叩き飛ばされた。
「…こうしてしまえば、他愛ない。」
一瞬。本当に一瞬の出来事で、リューでさえ理解する時間が必要だった。
「認めよう…貴様らの連携は目を見張るものだ。行動全ての先に、次の一手が張り巡らされている。…あぁ、認めよう。お前達2人は、強い。」
知っている。リューも実感していた。ベルとリューのコンビは相当に強い。ジャイアントキリングだって夢ではない。しかし、それはコンビであるからこそ。
絶対的な"1"に、0.5は勝てない
今現在、リューとベルの力はほぼ互角。駆け引きや思考スピードは経験の勝るリューが勝利する。手数や必殺の重さを感えるとベルが。そうして、様々な要因が重なり、2人はコンビとなって初めて"1"になる。
その0.5が欠けた。引かれてしまった。もう、足し算ができない。
「しかしだ!分断してしまえば、貴様らは取るに足らない今までの冒険者と何ら変わりはない!」
「────っ」
図星だ。
ベルとリューが分断された今。ただ為す術もなく殺されるのみ。それは誰もが思うこと。そして、誰もが考える結末。なんと残酷なことだろうか。二人は、ここでなんの目的も果たせぬまま死に絶える。
オリヴァスは自身の勝利を確信する。
リューに、天然武器が迫る。唇を弓形に曲げながら、オリヴァスは下劣な笑みを浮かべる。
しかし、リューは覆面越しに、薄っすらと笑った。
「────お前は彼を…いいや、私達をなめ過ぎている。」
その数瞬。たった瞬き一回分の刹那の時間。
オリヴァスの体感時間が引き伸ばされる。
(っ…この感覚は…!)
ビリビリと毛髪が逆立ち、肌が泡立つ。オリヴァスは、この感覚を既に知っている。
それは、飛来の前兆。
「【
まただ、この雷霆に邪魔される。
オリヴァスはイラつきを隠せないでいた。が、そのイラつきも吹き飛ばすように、全身に衝撃が奔る。
雷霆をその身に受け、強制的に停止させられるオリヴァスに、一瞬でリューが急接近。二本の小太刀を逆手に構え、縦横無尽に駆けながらオリヴァスを切り刻む。
吹き荒れる斬撃の暴風の中、オリヴァスは気づいたのだ。
斬撃が徐々に重く、鋭く、そして加速していることに。その速度に驚愕したと同時に、オリヴァスは疾風の叫びを耳にした
「────ベルッッ!」
その瞬間、遠い鐘の音と共に、駆ける足音が増える。
視線の隅、そこには確かに殴り飛ばしたベルがこちらに接近している。その様はすでに瀕死、受け止めたであろう右腕は、ひしゃげたように変な方向に曲がり、全身から血をボタボタと流している。
だが、その瞳に宿る"怒り"は、決して消えてなどいなかった。
黒い稲妻に包み込まれ、左手で大剣を引きずり火花を散らしながら、ベルが迅雷の如く駆ける。
そして【
リューがオリヴァスの脇腹を斬りつけて、そのまま正面に滑るように退避、リューが最高速度に至った瞬間、その隣に、迅雷は舞い降りる。
「「ハアァァァァァァァァァアッッッッッ!!!!!」」
そして、2人は最高速度で、雷の如き一閃を放ち、オリヴァスの胸を深く斬りつけた。
「────グボァッッッ!???!」
この戦闘で、初めてオリヴァスは深手を負った。
血を胸から噴き出しながら、斬りつけられた勢いに押され、靴底を摺りながら後退する。
しかし、鐘の音は鳴り響く。強く、強く。
まだ、受けたダメージのチャージは、使用されていない。
ベルが掌に魔力を込め、未だ後退し続けるオリヴァスに左手を向ける。しかし、ダメージをチャージに全て注ぎ込んだベルは、未だ瀕死状態。ギリギリの状態で立っている。
視界が、ブレる。狙いが定まらない。
必死に手を伸ばす中、ベルは確かに感じた。あの温もりを。見えない視界の中、風が知らせてくれる。
殺伐とした血の匂いと土煙を退けるように香る、ふわりとした風の香り。その香りが、ベルの胸を暖かくする。グッと左手を支えられ、全身に力が篭もる。
それは、1つの絶対的な信頼であった
彼女が、傍に居てくれる。
「大丈夫です、ベル」
「ありがとう、リュー」
彼が、笑った気がした。
【轟け、
ベル自身の唄を、
背中が燃えた様に熱を持ち、手から迸る雷撃に体が耐えられず、ベルとそれを支えるリューの皮膚を焼く。その痛みを無視して、詠唱を続ける。
【鳴り響く雷鳴の賛歌、天の勝鬨、即ち王の証明。霊王たる我が名は【
─────
約50秒のチャージ。全ダメージとマインドを全て投げ入れたそれは、渦巻く極光。
【────
その光の渦が、カラァン、カラァンと大鐘楼の音を伴って2人の目の前を白く染めあげる。
「くっ!!────図に、乗るなァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
それを、正面に両手を出して受け止めるオリヴァス。触れた一瞬で肌が熱を上げて焼けるが、超速的な治癒力と拮抗して、修復と崩壊を繰り返す。
「グゥゥッッッ!??」
その熱は、術者であるはずのベルでさえも悶える程の電圧。左手の皮膚が焼け、爛れ落ちる。その痛みに耐えながら、魔力の圧を上げる。
「────ッベル!」
(これ程の熱量…!?もはや前衛の魔法ではない…!まさか…彼の女王の一撃さえも凌いで…!?)
リューが想起したものは、自身の種族が誇る最強の女王。ベルが所属するファミリアの副団長である女傑だった。
そしてその余波は、必然的にピッタリと支えるリューにも、微弱ながらも流れている。極光が2人の肌を焼き、樹状の紋様を肌に刻み込む。
しかし、それでも決めきれない。ベルは、自身の魔力を絞るように吐き出し、叫んだ。
「────力を、貸してくれッ!!レフィーヤァァァァァァ!!!!!!!!」
ベルが吼えたその刹那
「────な、ナニィィィィィィッッッ!?」
オリヴァスの腕が、螺旋を描く雷撃に打ち負け、上に弾き飛ぶ。
『────貫けえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!』
雷霆は、二人の叫びに応えるように、その身を更に前に進ませた。
そのまま、雷霆は渦を巻きながらオリヴァスの体を、断末魔のような叫びと共に己の内に飲み込んだ。瞬間的に弾け飛ぶ極光は、二人の鼓膜を震わせ、ダンジョンの壁に大穴を開けて、爆風を残して消え去った。
倒れ込むベルを、リューは自身の胸で庇うように抱き寄せて、爆風から必死に庇う。
「くぅっ…!?」
力尽きたようにモソモソと動くベルを庇うリューは、思わず苦痛の呻きを漏らした。ベルは、そんなリューを見てもピクリとも動かせない体に歯噛みするだけだった。
「早く…これを…!」
爆風が収まった後、リューは急いでバックパックに手を伸ばし、その中から無造作にエリクサーを取り出し、栓を開け、振りかける。
見る見るうちに傷が治り、体力が体に満ちる。しかし、マインドを多く消費したベルは、膝を付きながら肩で息をしていた。二人は、警戒を解くこと無く、崩落する場所を射抜くように見ていた。
「…殺りましたか…?」
「…わからないけど…消し飛ばすつもりで、やったことは確か…」
そう呟いたが、ベルは確信していた。
まだ、終わっていない。
ヒタヒタと、足音が聞こえる。それを聞くと同時に、ベルは煽るように三本のマジックポーションを飲み込む。
「惜しかったな…いや…それすらも侮辱となる…あと、本当にあと一歩だった。」
爆煙から出でる影が、2人に語りかける。
炭化した片腕。顔の大半が溶け落ち、足取りもおぼつかない。その相貌はお伽噺に出てくる
「…何という、生命力…しかし…これではまるで…」
「あぁ…コイツは、本当に人なのか…?」
ベルの疑問も最もである。冒険者は、たしかに体の作りが普通の人よりも圧倒的に強くなる。レベルを上げればより強固なものに変わる。しかし、オリヴァスのそれは明らかに異常なのだ。
「そこです」
「え?」
リューは、端から疑問であった。この目の前の男という存在に。
「私は、たしかに聞きました。六年前、あの男は死んでいるはずなのです。」
「死んでいる…?じゃあ、僕らは幽霊とでも戦ってたの?」
「だから…ずっと疑問だった…貴様は、何者だ…?いいや…
問いかけるリューを尻目に、ベルはあるところに目が釘付けになっていた。
それは、オリヴァスの足。それはすでに人のものではない。
オリヴァスは、クククと笑った後に、ニヤリと笑った。
「私は2つ目の命を授かった…他ならない『彼女』に!」
手を広げ、最大の敬意を払うように、壮大に語るオリヴァス。そして、晒される胸元。その中心には、極彩色の魔石が埋まっていた。
「…魔石…モンスター…?」
「その通り…」
オリヴァスは手をモンスターの残骸に向け、すぐにベルたちを指した。
「人と、モンスター…2つの力を兼ね備えた史上の存在だ。」
「【
リューの言葉に、ベルは納得したように頷き、剣を振った。
「…目的は…聞くまでもないが…一応聞いておこう。」
ベルが冷酷に告げる中、オリヴァスはクツクツと笑った。まるで、その質問を待っていたかのように答えた。
「オラリオを、滅ぼす。」
ベルはその言葉を呆れたように聞き流した。
「…物語の噛ませのようなありきたりな野望を教えてくれて有難う…さて、もう動けないゴミにかける情けなんざ、僕にはないし、回復の時間稼ぎなんてさせない。せめて、最後に有益な情報の1つでも落としていけばよかったけど…お前が生きていることが不快だ。さっさと死ね。」
ベルは見抜いていた。オリヴァスのあれほどに速かった回復が、すでに機能していないことに。もう、決着が見えていることに。
「見抜かれていたか…流石だ…確かに、今の私はろくに動けん…
その瞬間、二人の肌が一斉に泡立った。
「────寄越せ、
その瞬間に、大主柱に巻き付いていた一体の巨大花が口を開き、何かをオリヴァスに射出。それと同時に、リューが駆け出す。ベルも後に続こうとするが、先程のダメージが抜けず膝をつく。
「リュー!待ってくれ!」
リューが思い描く最悪。モンスターは戦い続けた所で、冒険者のように強くなるわけではない。しかし、その身を強化する方法が、1つだけ存在する。
それが、魔石の摂取。
先程、射出された物
小さくて見えなかったが、巨大花が一匹灰に還ったことから、魔石であると予想する。それならば、男が魔石を摂取した場合。起きうることが、予想できた。
「させるか!!」
リューは、木剣を投げて射出されたものを阻止すべく動いた。しかし、それも一歩遅くオリヴァスの手にそれが収まる。
「遅い…」
口に、魔石が投じられると同時に、リューの二振りの小太刀がオリヴァスの首を捕らえた。
しかし、先程のようにその刃は肉に届くこと無く、弾かれる。
「…なっ!?」
「避けろッッ!!リュー!!!!」
ベルが叫ぶがもう遅い。瞬間的にオリヴァスの腕が再生、リューの腹に拳を叩きつけた。
「カァっ…!?」
肺の中の空気をすべて外に出し、内臓が傷つけられたのか、血が逆流する。
そのまま拳は振り抜かれ、貫くことはなかったものの、その威力を殺すこと無く弾き飛ばす。
吹き飛ばされたリューを、受け止めたベルは青ざめた。
「ぐっ…リュー!ゆっくり息を吸うんだ!」
「コヒュっ、ァァッ…ぁ…!?」
苦しそうに胸を抑え、必死に息を吸おうとするが、衝撃に体が絶叫を上げて、言うことを聞かない。
ベルに助けを求めるように手を伸ばし、血走った眼をベルに向けてる。
「ゆっくり、息を吸うんだ…!リュー!」
そうすると、数秒の間ビクビクと震えた後に、なんとか息を吹き返す。そのままなんとかポーションを口に含ませ、回復させる。しかし、痛みが引くわけではない。余りの痛みに気絶したリューを、腕の中でギュッと抱きしめる。
良かった、生きている。
ベルは安堵すると同時に、これ以上ないくらいに1つの感情の渦に呑まれた。
安堵、嬉しさ。渦巻いていたベルの感情を、黒く塗り潰すものがあった。
純然たる【怒り】
ベルの感情を飲み込む。
「そうだ…貴様は、私が殺す…その女も、共に葬ってやる。」
ベルは18階層の出来事を思い出す。
首を折られてからの記憶はほとんど無い。覚えているのは、逃げる2人の男女に手を伸ばす自分と、変わり果てた自身の手。そして、何よりも激しい怒り。憎悪に、怨念とも言える黒い感情。
僕から、また大切なものを奪うのか。
させない、させない。絶対に…今度は、
剣の柄を、握る。ベルの瞳が縦に伸びる。
「…来たか…」
ベルの眦が吊り上がる。純白の毛髪が逆立ち、全身に黒い雷が迸る。
剣から漆黒がベルの体に乗り移り、人の体を根本から作り替えていく。
奴は強化された────足りない
奴の皮膚を貫く────足りない
奴からリューを守る────足りない
ベル・クラネルでは、足りない。
ベルが吼える。
漆黒の鱗が全身に纏わり付き、骨が折れるような不快な音をたてて、黒い翼と鱗に覆われた尻尾を創り出す。そして、こめかみ付近に2本のねじ曲がった黒い角。
理性が、知性が、思考が、怒りに呑み込まれる。
しかし、ソレでは駄目なのだ。この男を殺すには、
この男には、知恵を持って、奇策を用いなければ、絶対に勝てない。今まで戦ってきた中で、一番の強者であるこの男は、ベル・クラネルが殺さなければいけない。
「ア”ア”ア”ア”ァァァァァァァァァ────!!!!!!」
故に、抵抗する。濁流のように流れ込んでくる負の感情を、なけなしの理性で必死に抑える。頭を掻き毟り、身を捩る。ガリガリと精神が削られる。持たない、でも、持たせなきゃ。必死の抵抗すら、黒竜は許さない。
────従え、力を貸せ
ベルが持っていた短剣で、手の平を突き刺し、痛みで理性を無理矢理現実世界に引き戻す。黒い鱗が、這い上がるようにベルの体を包んで行く
────頼む、この一時で良い…これで、終わってもいいから…!
リューを守ることだけを考えて、必死に理性を自身の内に留まらせる。
しかし、ベルの理性は、暗闇に呑まれた。
完全に身体中を黒い鱗が支配し、もはや人と言える外見ではなくなった。
怒りのままに、ベルは尻尾を地面に叩きつける。
その瞳には最早、ただ怒りだけが染み込んでいた。
オリヴァスは、武器を構えた。
「来い…!ベル・クラネルッ!!!ケリをつけてやるッッ!!!!」
その言葉に、ベルは反応を見せることなく。ただ大剣を肩に担ぎ、翼を広げた。
その刹那。
「⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴ッッッッッ!!!!!!」
怒りの咆哮を合図として、2人は同時に飛び出す。
剣戟の音が、響く。
「オラァッ!…終わりか…なかなかに時間を取られちまったな…」
「…あぁ、すぐに行くぞ。」
響く衝撃音と振動が、シャクティの耳を叩き身を震わせる。
その音は、二人を不安にかる。隕石でも降ってきたかのような衝撃が階層を揺らし、自身もまともに立っていられない程の衝撃を経験して居るのだ。不安にならない筈がない。
そうして、ベル達が進んだ道をなぞろうとした矢先。背後に複数の気配を感じたシャクティは、剣を構え警戒する。闇から出るのは、フードを被った怪しい集団。ヴェルフも、それに習い、剣を構える。
「…【
しかし、返ってきた声はよく知る物だった。その人物は、目深に被っていたフードを脱ぎ去り、その水色を顕にした。
「【
「へぇ…ヘルメス・ファミリアか…もしかして、ベルの言ってた後続部隊か…?」
ヴェルフは、物珍しそうに眺めた後にそう呟いた。
ヘルメス・ファミリア団長、アスフィ・アル・アンドロメダ。レベルは決して高くはないが、彼女が生み出すマジックアイテムは、強力無比にして万能。故に、レベルよりも能力を買われることが多い。そして、何かと苦労人である。
「まさか、後続部隊がお前たちとはな。」
「私も先行部隊に貴方が居ることを初めて知りました。貴方がいるならば心強い。情報を共有しましょう」
「それは移動しながらでいいな?先発した二人が気がかりだ。」
「たった二人を先に行かせたのですか…!?」
一通りの確認を終えて、パントリーに向かう道をなぞろうとしたときだった。
「────シャクティ!避けなさい!!」
シャクティの頭上から、食人花が突如出現する。
一直線に向かう食人花は、シャクティを噛み砕かんとその大口を広げる。
避けることを断念して、シャクティは多少の怪我を覚悟して、真正面から受ける構えを取る。しかし食人花は、突然シャクティの目の前で跡形もなく弾け飛んだ。全員が、何もなかったように感じた。しかし、ヴェルフだけはしっかりと感じ取っていた。
(高密度の魔力の固まりを砲弾代わりに…)
ヴェルフが眺める先には、ヘルメス・ファミリアの全員がフードを脱ぎ去って居るにも関わらず、未だに深く被ったフードに、身を隠すようなローブから、銀腕を伸ばしている、人物だった。
その衝撃は強力で、あたりに風が巻き起こり、フードが揺れる。
(…なんて、
食人花の頭部を吹き飛ばす程の密度の魔力を放出したにも関わらず、至って普通の様子を見せるその人物に下した評価だった。
その人物は、杖を持つ魔道士であり、後衛職にも関わらず一番前を進み、振り返ってその場に零した。
「…早くしてください…ベルが、この先に居るんですよね?」
その言葉をその人物が、鈴の鳴るような声を零した瞬間。
パントリーから轟く咆哮と、一際大きな剣戟の音が響いてきた。
フードの人物────少女がその方向を見つめる。
その刹那で、山吹色が咲き乱れた。
「……ベル…いま、行きますから…」
銀腕を撫でながら、無いはずの腕の痛みを振り払うように、少女は足を進めた。
感想、よろしくお願いします。