疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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こんにちは。
今回でパントリー編[完]です。

1000人記念はダンメモになります。




第13話:知らない感情()

ダンジョンは生きている。

 

これは、全ての冒険者の共通認識であり、冒険者でなくとも耳にすることはある。そういうレベルの話であり、もはや常識となりつつある事実だ。

 

モンスターは、そのダンジョンと言う体に入ってくる人間(病原菌)を排除するために産み落とされる、強力な白血球。

 

しかし、それだけでは足りない程の損害を受けたダンジョンは、悲鳴を上げて助けを乞う。自身が生み出す、我が子に。

 

「なんですか此の地鳴りは…!?」

 

「この…地鳴りは…まさか!?」

 

「ちょ、どこに行くんですか!?」

 

ベルが轟音を響かせ、オリヴァスを討ったその直後、24階層では、マインドダウンで数秒気絶していたリューとレフィーヤが目を覚まし、この状況に瞠目していた。そして、初めてであろう程の地鳴り。しかし、リューだけは知っていた。この災厄の予兆(・・・・・)を。

 

 

「あ…ぁぁ…駄目だ…そんな…そんな…!」

 

「同胞の方…?って、待ってください!その体でベルを追う気ですか!?」

 

「ベル…ベル…!駄目だ、速くっ、彼を…っ!!離せっっ!!!」

 

「離しませんっ、貴方も、私だって、ぼろぼろなんです!ティオナさん達に任せるべきです!」

 

酷く動揺するリューは、必死にポッカリと開いた大穴に飛び込もうとするが、自分よりもレベルが下のレフィーヤにすら押さえつけられるほどに消耗していた。

 

「くっ…!せめてこれだけでも!」

 

回復薬の詰まったカバンに自身のローブを詰め込んで、緩衝材代わりにして、それを投げ入れる。

何が起こるのかはわからない、しかし、腕の中で項垂れ、今も震え続けるリューを見て、ただベルの無事を祈るしかなかった。

 

 

 

 

「─────なんだ、この、地鳴り…?」

 

今までに、こんなことはなかった。此の地鳴りが、この肌を刺すような殺気が。何に向けられているのかさえもわからない。そんな中、バサッと音が鳴る。何かと目を向ければ、カバンが振ってきた。

 

ただ一人、暗い洞窟の中に取り残されたベルは、上から降ってきたカバンに、最後の力を振り絞り、這って行くと、中にはエリクサーとマジック・ポーションが入っている。恐らく、誰かが投げてくれたのだろうと、ベルは感謝しながら回復薬を飲み干す。

 

「…よし、動ける…」

 

動くようになった体を再確認しながら、上に戻る道を探そうとした時。

 

 

「─────負けたか…役立たずめ…まぁ、私も人の事は言えんがな。」

 

「ッ!?」

 

 

そこには、オリヴァスの灰溜まりから、極彩色の魔石を取り出す、ボロボロのレヴィスがいた。

 

「…アイズをどうした…!」

 

何故かここにいる敵に、ベルは睨みを効かせ武器を構えるが、自嘲したように笑うだけ。

 

「負けたよ。完膚なきまでにな。こうして無様に逃げてきたわけだ。ルームを破壊する真似までしてな。種は、ギリギリで回収できたがな。エニュオも奴も、ないよりはマシだろう」

 

「くっ…!」

 

嫌な気配を放つ宝玉を持ったまま、目だけをベルに向けた。

警戒するベルに対して、別段気にする様子もなく、その極彩色の魔石を口に運ぶ。

喉を通る音が響いたと同時に、レヴィスの傷が修復していく。警戒心を更に増幅させるベルだったが、次のレヴィスの言葉に体を固めた。

 

「お前…ベル・クラネルだったな。」

 

「……っ!?」

 

近づいてくるレヴィスに斬りかかるが、簡単に止められ、顔を覗き込まれるようにして、レヴィスはベルの耳元で囁いた。

 

「力が欲しいんだろう?」

 

「─────っ」

 

「わかるぞ。貴様の瞳は、力を欲し、渇望する瞳…嗚呼…私と同じだ(・・・・・)。」

 

覗き込まれる瞳、翡翠に濁りが混じるどこかいびつな発色の瞳は、ベルの奥底を覗き込む。

 

「私と共に来い。力を与えてやる。こっちの目的が果たされれば、お前はお前自身の目的を果たせばいい。」

 

ベルの心が、揺れた。奥底にある、黒い炎が、燃え上がる。

 

誰かも知らない囁きが、ベルの頭に響く。

お前の目的はなんだ。お前がここ(オラリオ)に来た本当の目的はなんだ。

 

そうだ、復讐だ。皆を殺した、あの冒険者を、殺すこと。

 

憎しみが、湧き上がる。レヴィスの言葉が、酷く甘く聞こえる。

正常な判断が出来ない。冷静さを欠く程に、動揺しているのがわかる。

 

其の手に、その言葉に、その力に、手を伸ばそうとして─────

 

 

「……違う…」

 

「…何だと?」

 

 

やめた。

 

「確かに…僕は、力が欲しい。欲しい。憎い。」

 

ベルは、力を欲している。しかし、頭を過ぎった。

 

彼女達の顔が。

 

一人にはしないと言った、少女が。

 

帰ってきてくれた、少女が。

 

家族だと言ってくれた、女が。

 

必死になって探しに来てくれた、姉達の顔が。

 

「でも、お前についていくのは…違う。それだけは、違う。」

 

「…………」

 

レヴィスは、真っ直ぐと見詰めるベルを見て、ゆっくりと離れていく。

 

「…残念だ。」

 

「……」

 

警戒し、睨みつけるベルを見て、ニヤリと笑った。

 

「安心しろ、私は手を出さん。─────私はな。」

 

「なに…?」

 

其の不穏な発言の後に、ベルは、確かに聞いた。

 

パラパラと降り注ぐ小石の音。そして、今までに聞いたことの無い、死の足音。

 

「─────ッッ!?」

 

自身の頭上から聞こえた、死の足音。顔を振り上げ、柄に手を掛ける。が、遅い。

 

バゴッ、と天井が爆ぜたかと思えば、すでにベルの視界は奪われていた。

視線に走る一直線の紅い線。次に、目の前が闇に包まれた。

 

自身の瞳が斬られたと気づいたのは、数秒後だった。

 

「あがッッ─────!?」

 

真横から聞こえる風を切る音を敏感に察知し、ベルは我武者羅に剣を振るう。

しかし、一度弾いただけで、それからベルの体はズタズタに切り裂かれる。

 

「生きていたなら…次は、殺す。」

 

レヴィスの言葉を消えかける意識と共に聞き流し、壁に激突。気配からして、レヴィスは消えた。

 

しかし、絶体絶命。

 

襲い来るナニカ。

 

回復した体力はすぐさま削られ、あっと言う間にさっきよりも酷い怪我を負う。スキルを使用する暇もない。魔法を使う暇すら無い。どこから何が来るかもわからない。

 

(このままじゃ…死ぬ…)

 

ベルが、立ち上がった時。死の足音が、目の前で鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

─────右に避けなさい。

 

 

 

「ッッッッッ!!!!」

 

 

右に転身。自分の頭の上を、何かがとてつもないスピードで過ぎていく。

 

感じ取った。いいや、教えてもらった(・・・・・・・)

 

感じた強烈な視線。それは、オラリオに来たときから(・・・・・・・・・・・)感じていた。どこにいても感じていた、ただ自分を眺める視線。しかし、今までにこれ程に強いものは感じたことがなかった。

 

(誰かが…助けてくれた…?)

 

ギリギリ保っていた意識を覚醒させ、壁を背にして前からの攻撃に備える。

地面に突き刺した大剣を、果てしない衝撃が襲う。それは、徐々にベルの体力を削り、生への欲求すらも奪っていく。

 

「─────ッッ……ヵ、ぁ…」

 

支えていた大剣が吹き飛ばされ、何かが腹を貫く。同時に、ベチャッと崩れ落ちる。

 

もう…無理だ…死ぬ…

 

ベルが諦め、死の足音が一際大きくなった瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

『オオオオオオオオオオッッッッ!!!!!』 

 

 

 

 

 

 

特大の咆哮とともに、死の足音が吹き飛ばされる。

 

目の前を突風が過ぎ去り、骨が砕けるような音が数度響き、消え去った。

 

「……だ、誰か…いる、の?」

 

沈黙が流れる虚空に話しかけると、何かがこちらに向かってくる。

重い足音を響かせながら、ベルに向かう足音は、目の前で止まり、語りかけてくる。

 

『無事か、少年。』

 

その声は、体の大きさを象徴する様な低音の男の声。声だけで、大きさが想像出来る。

 

見えないベルは、掠れた声で差し出された手に縋る。

 

「あ…う…だ、れ…?」

 

『…目をやられたか…腹に穴も…喋らない方がいい。仲間はいるのか?』

 

質問に、震える指を上にさす。

 

「…はし、ら…の…とこ…」

 

『柱…あぁ…食事処か。上に送る。と言っても、25階層から仲間の元に投げるしかないか…』

 

「…?」

 

男の発言に疑問を覚えるが、とにかく喋る事が億劫なベルは、その太い腕に大人しく抱き抱えられ、運ばれる。

次に来たのは、浮遊感。

階層を飛んでいる事が分かり、自分を救ったこの男の規格外の行動に驚愕した。

 

そうすると、瞬く間に階層を飛び上がり、25階層に到達した事がわかった。

 

「…あ…の…」

 

『む?なんだ、あまり無理はするな。』

 

「…ど、して……」

 

『む?』

 

「ど、して…助けて…くれ、た…の…?」

 

そう言うと、納得したのか、男は武骨な手をベルの頭に置いた。

 

『…そうだな。君が、私の会いたい男に似ていたから…だろうか。』

 

「…あい、た、い…?」

 

ベルが疑問を返すと、男は嬉しそうに笑う。

 

『…まぁ、これはまた今度にしよう。』

 

男は、話を伏せるように口を噤んだ。

 

『…ただ…私は、ある者と、友になりたいのだ。』

 

「…そっ、か…」

 

ベルは、痛みを我慢してクシャリと笑った。男も、フッと笑った。

 

『さて…そろそろ君も辛いだろう。この振動…上は破壊されているか…よし、君の仲間はいるようだ。体を丸めて、じっとしているんだ。このまま上の階に投げる。』

 

ベルは頷き、痛みを押さえ込みながら丸まった。そして、最後に男に尋ねる。

 

「な…まえ…おし、えて…?」

 

男は、スゥッと息を吸った。雰囲気を悟るに、どこか驚いている様な。そんな感じがしたが、男は笑って続けた。

 

『ハハハハッッ!!名前か、そうだな…雷…雷光……うむ、これにしよう。いいや、これがいい。」

 

男は考え込むように納得して、自身の名前を口にした。

 

『アステリオス…うむ【アステリオス】と呼んでくれ。君の名は、なんと言うのだ?』

 

「僕、は…ベル…ベル・クラネル…ありがとう…アス、テリオス…必ず…おれ、い…するね…」

 

男は、笑ったベルの頭をまた撫でた。

 

『そうか…ベル…ベルか…覚えた。では、ベル。礼がしたいというのなら…1人で、20階層の大樹の元に行ってくれ。そこに、私の知り合いがいる。その者に聞けば、私の元まで案内してくれる。私は、そこで君とまた話をしたい。』

 

出来れば、私にあったことも内緒にして欲しいと付け加えて。

 

「はは…変、なの…う、ん…わかっ、た…あり、がとう…また、ね…」

 

そこで途切れた会話に、男は満足した様に笑い、ベルを投げ飛ばした。

 

『…そうか、君は、そんな名前だったのだな…ベル…ベルか…嗚呼、いい響きだ…』

 

男はベルを眺めながら、異形の口端を釣り上げた。

 

『また…会おう。』

 

男は、地を揺らしながら、約束の場所に向かう。ベルとまた、言葉を交わすために。

 

 

 

 

「ダメです!早く避難しないと、私たちまで死んでしまいます!!」

 

「黙れ!離せぇっ!!ベル!ベル!!」

 

最後っ屁の様に、パントリーの主柱を破壊して、最後の抵抗を見せたレヴィスにより、パントリーは、崩壊の一途を辿る。崩壊する中、リヴェリア達は急ぎ撤退する。

 

「急げ!怪我人には手を貸して、優先的に非難させろ!」

 

「リヴェリア!ベルが!ベルが!!」

 

「────ッッ!アイズ!私と共に下に向かう!別ルートから帰還するぞ!ティオナ、ティオネ!レフィーヤ!フィンに報告して応援を頼む!急げよ!」

 

リヴェリアの指示に全員が動く中、リューだけが見ていた。

 

「────っっベル!!!」

 

下から飛んでくるベルの姿が。

リューは、レフィーヤの拘束を振りほどき、無い体力を振り絞ってベルを追いかけ、飛びついてキャッチする。

 

自分が緩衝材となり、地面と擦れ、背中が削れるが、そんな事は気にならない。

ただ、腕の中でか細く息を震わせるベルを抱きしめた。

 

「ベル…よかったっ…ベル…」

 

「あ…りゅー…?」

 

「はい…私は、ここです…ここにいます…」

 

弱々しく上げられたベルの手を、リューはギュッと握って応える。

 

「嗚呼…無事…なんだね…よか、った…」

 

「はい…!私は無事です!」

 

「……────」

 

「寝てはダメです!すぐに回復します!────ベル!起きなさい!ベ────」

 

 

 

 

 

 

「────知らない、天井…」

 

次にベルが目覚めたのは、自分の知らない場所。薬品の匂いが少し強いことから、医療系のファミリアにいることがわかる。よく見ると、隣のベッドにリューが寝ている。

点滴に繋がれて、体は包帯でぐるぐる巻きにされて。自身の方が酷い有様ではあるのだが。

暫くぼーっとしていると、外から足音が聞こえてきた。

 

ガチャりとドアが開く。

 

「────ベル!目が覚めたんですね!」

 

レフィーヤが入って来て、ベルが硬直する。

 

「全く…もう3日も寝てたんですよ?リヴェリア様も、アイズさん達も毎日来てくれてたんですから。帰ったらお説教は────」

 

レフィーヤの言葉は、そこで途切れる。ベルが、ベッド脇まで来たレフィーヤに、抱きついたから。

 

「────ベル?」

 

「ごめっ…ごめん、なさっ…ごめん、なさい…っ!」

 

その謝罪は、嗚咽混じりに繰り返される。

レフィーヤは、首元に感じる涙の熱を確かに感じながら、ベルの頭を抱えるように、抱き返した。

 

「…いいんです…貴方とこうして触れ合えて、名前を呼んで貰えるなら…片腕くらい安いもんです…」

 

そのまま、レフィーヤの腕の中で静かに泣いたベルは、泣き疲れてそのまま眠ってしまった。

 

レフィーヤは、抱きつく力の弱まったベルをそっとベッドに寝かせ、頭を撫でた。

 

「…ちょっとだけ…あの男に感謝しなきゃいけませんね…なんて…そんなこと絶対しませんけど。」

 

冗談めかして笑ったレフィーヤは、眠るベルの手を握る。白磁のような手と、輝く銀腕で。

 

 

それから、ベルは回復の一途を辿る。

 

そして、今ベルは────

 

 

 

 

 

「ベル〜、お仕置は…うわっ、すっごい虚無の顔してる〜…」

 

リヴェリアにしこたま怒られ、丸1日近くリヴェリアの部屋の前で正座している。

しかもご丁寧に、首には【僕は、勝手に下層に行って死にかけた大馬鹿者です】とボードが下げられている。

そして、捨てられた子犬のような瞳で、ティオナに助けを求めた。

 

「ティオナ…」

 

「うっ…そ、そんな顔してもダメだよ!自分がどんだけ危ないことしてたか分かってる!?」

 

「……リヴェリアに、8回くらいゲンコツされた……」

 

ガクガク震えるベルを見て、あちゃー…とティオナは唸った。完全にトラウマになっている。

 

リヴェリア曰く

 

『この馬鹿に付ける薬は無い。体でわからせる以外意味はないだろう。下手に力を持った分、アイズよりタチが悪い。』

 

との事。

母は強し…いや、強すぎである。

この発言で、関係ない1名までも恐怖に震えた。

 

「反省したか、ベル。」

 

扉を少し開けて顔だけ見せるリヴェリアは、鬼の形相でベルに問いかけた。頼りの綱だったティオナは、「あ、あはは〜!」と言ってどこかに行ってしまった。

 

「りっ、リヴェリア…し、した!しました…!」

 

すっかり怯え切ったベルは、もう平伏するしかなかった。

そして、この正座もそろそろ辛い。リヴェリアはその様子を見て溜息をこぼした。

 

「着いてこい。ロキの部屋に行くぞ。」

 

そうして、立ち上がる間もなく、ベルはリヴェリアに首根っこを掴まれ、子うさぎの如く運ばれた。

 

ロキの部屋に放り投げられると、そこには首脳陣…つまり、ファミリアの幹部全員がいた。

 

また説教が始まるのかと震えたベルは、必死に頭の中で言い訳をぐるぐる回す。そんな雰囲気を察したのか、フィンとガレスが笑いながら口を開いた。

 

「安心してくれ、ベル。別にお説教なわけじゃない。」

 

「若い時に経験は積んでおくもんじゃ!儂個人としては褒めてやりたい所だ!」

 

「あ…えっと…」

 

「ホッとしたか?今?」

 

ホッとしたのもつかの間、後ろに立つリヴェリアの圧にまた体を固める。

 

「まぁまぁ!ええやないか、生きて帰ってきとるんやから。」

 

ロキが「なぁ!ベル!」と語りかけるが、ベルは反応しない。下手に頷けばゲンコツが飛んでくるのがお約束だ。

 

「さって、話っちゅうんは…まぁ…せやな…」

 

「…オリヴァスの事?」

 

「あー、ちゃうちゃう。あそこであったことは、リューちゃんが事細かに語ってくれたからええんや。」

 

「…?」

 

イマイチ話が掴めないでいるベルに、ロキは変化球は余計分かりにくいとして、ストレートに告げる。

 

「すまんかった。ベル。ウチは…なーんもベルのこと理解してへんかった。こんなんじゃ、主神失格や…」

 

「そんな事…!」

 

拙い言葉で必死に違うと訴えるが、ロキは笑った。

 

「ええんや…実際、ベルの為と思ってた事が、逆にベルも苦しめとったんや。」

 

「…そんなこと…ない…僕は、確かにあそこで…死ぬつもりだった…それで、満足だった…!」

 

息が詰まるような時間だった。誰もが怒っていることがわかった。居心地が悪かった。次はゲンコツか、平手が飛んでくると思ったベルは、ギュッと目を瞑る。しかし、ベルを襲った次の感覚は、柔らかな抱擁だった。

 

「────あ…」

 

「ホンマに…ごめんな…そこまで、追い詰めてもうてたなんて…全然わからんかったわ…」

 

涙を浮かべながらのロキの告白は、どこか母を連想させるものであり、暖かかった。

 

「頼って欲しい、相談して欲しいんや…ウチらを…ベルの家族(・・)にして欲しい…」

 

懇願じみたその願いは、ベルが言わなければいけないはずなのに、言いづらいことをわかっていて、ロキは自分から歩み寄った。

 

嗚呼、狡い。

 

そんなことを言われて、首を横に振れるわけがない。ベルはコクコクと首を連続で縦に振って、湧き出る何かを堪えながら、ロキにしがみつくように抱きついた。

 

ベルは、暖かな気持ちを持ったまま、ロキに抱き締められる。母の抱擁を、受け入れた。

 

その後、ロキの提案でせっかくだから、ステータスの更新をしようと提案され、それを受諾。

 

「さーて…多分レベル上がってるで?期待してええと思うわ!」

 

「うん…よろしく…」

 

ロキがイコルを指につけて、ベルの背中をなぞる。

 

ベル・クラネル

ヒューマン

 

Lv4

 

力 :I0

耐久:I0

器用:I0

俊敏:I0

魔力:I0

 

【狩人:A】

【憤怒:EX】

【連射:C】

 

《スキル》

 

無慈悲な復讐(グリム・リベンジ)

・能動的なダメージ・チャージorマジック・チャージ実行権

・溜め込んだダメージを魔力に転換し、身体能力を向上させる

・ダメージを倍にして任意の方向に跳ね返す

 

復讐者(クリフトー)

・ケ譫懊

・復讐心を辟。縺上☆縺ィ蜉ケ譫懊r螟ア縺

・復隶舌r驕ゅ£繧九→

 

【孤軍奮闘】

・単独での戦闘時ステータス昇華

・敵の能力が自身よりも上である場合、上昇値を能力差分上昇。

・スキル使用後、1人の味方の介入によりステータス上昇値を1段階解除、3人の介入により完全解除。次使用時まで8時間のインターバル。

・人型を保つ敵性存在に対してのダメージ上昇。

 

破邪の竜王(ジャヴァウォック)

・竜の因子を引き出す

・【俊敏・力・魔力】のステータス昇華

・精神汚染耐性上昇

・生物に対する威圧

・竜種に対し特攻・特防付与

・竜種を確率で従属(テイム)する

 

妖精縁由(エルフ・リンク)

・エルフとの共闘時、共闘状態のエルフと自身の魔法威力上昇

・1人以上のエルフとの共闘で発動

・繋がりの強さにより効果上昇

 

《魔法》

 

雷霆(ケラウノス)

・雷撃魔法

・追加詠唱・強化詠唱により能力開放

 

【ルミノス・ウィンド】

・攻撃魔法

・風・闇属性

・通常精神状態での使用不可

・怒りの丈によって威力増大

 

【アルケイデス】

・付加魔法

・雷属性付与

・詠唱式【英雄よ(テンペスト)

・強化詠唱式【人へと至れ(ハキュリス)

 

 

この日を境に、ベルはよく笑うようになった。顔の表情が、無気力な真顔ではなく、ちゃんとした歳相応の表情や反応を見せるようになった。

 

そして、あの日からパッタリと剣を握ることはなくなり、無気力に中庭で昼寝をして、ボーッとしている事が多くなった。反面、人間関係は良好な物になり、ファミリアのエルフともモジモジしながら話しているのをよく見かけられた。

 

しかし、ベルの心の穴は、ぽっかりと開いたまま。

 

大きな虚脱感。命を失ってもいいと思っていた事も助長して、その虚脱感は計り知れない。

 

「燃え尽き症候群…まさか、本当にあるとはね…」

 

「仕方無いだろう…あれ程の事があったのだ…しかも、悪い事ばかりではない。あの子には、今まで休みがなかった。」

 

フィンとリヴェリアは団長室で雑務をこなしながら、ベルについて話していた。

 

「彼のステータス…見たかい?」

 

「あぁ、成長促進スキル…完全になくなってはいないが…何かに迷っているのか…まだ…相談はしてくれていないがな。」

 

「きっと、色々と困惑しているんだろう…そう言えば、今日は中庭にいなかったね?どこに行ったんだい?」

 

「あぁ…なんでも、彼女に会いに行くそうだぞ?」

 

「彼女?…あぁ、なる程ね。」

 

 

 

「いらっしゃいませ────やはり、ベルでしたか。今日も来てくれたのですね。」

 

「あ、うん。お、おはよう…リュー…」

 

微笑むリューと、どこかオドオドするベル。

 

「えぇ、おはようございます。席は…いつもの所に。」

 

「う、うん…」

 

そそくさとカウンターに座り、頻りにリューをチラ見する。そんなベルに、シルが声をかけた。

 

「ベ〜ルさん?」

 

「ひょっ」

 

物理的に跳ねたベルは、顔を赤くして振り返って、シルをちょっと睨んだ。

 

「お、脅かさないで…シル…ラウルよりも気配消すの上手いんだから…」

 

「あははっ、すみません。でも、ベルさんがリューにあつーい視線を送ってるのが気になっちゃって。」

 

「熱い…視線…?」

 

首を傾げ、何を言っているんだこの女?と言う顔でシルを見る。

シルは、笑顔のまま固まる。

 

「えっと…気づいていないんですか?」

 

「…何が?」

 

思わずシルは溜息をこぼす。ベルは、それを不思議そうに眺める。

 

「すみません、ベル。遅くなりました…シル、居ましたか。では私は…」

 

小走りで来たリューは、シルを見て、ほんの少しだけ残念そうな顔をした。シルは見抜いている、それが無意識の反応であることに。

 

「あー!あっちで注文取らなきゃ!というわけで、リュー、後はお願いね!」

 

「えっ?あ、はい…わかりました…?」

 

故に、シルは2人っきりにするために、離れて接客をしているフリまでして、2人を眺める。

 

「…変なシルですね…それで、今日は何を食べますか?」

 

「えっと…んっと…野菜、食べたい。」

 

「わかりました、サラダですね。」

 

注文をとったリューは、ミアにそれを出してから、水を出してベルの隣に座る。

 

「…レベルが、上がったそうですね。おめでとうございます。」

 

「あっ、ありがとう…僕も…君のおかげで、今も生きてる…」

 

少しの沈黙の後に、リューが切り出した。

 

「…恐らく…もう私では、貴方に敵いませんね。とうとう…お役御免というわけだ。」

 

「そっ、そんな事ないっ!」

 

立ち上がり、珍しく声を上げるベルに、全員が目を見開く。

 

「ちょ、なんニャなんニャ!少年とリューは、いつからあんな関係になったのニャ!?」

 

「ちょっとちょっと!嘘でしょ!あのリューに春が?」

 

「2人ともアホだニャ〜…ミャーは最初からわかってたのにゃ。…で、何を見ているのニャ?」

 

「アホはちょっと黙っててくれない?今いいところだから。」

 

シルが辛辣だにゃ!?と言うアーニャの言葉を無視して、シル、ルノア、クロエは2人の動向を見守る。

 

「…ベル?」

 

「も、もっと…一緒が、いい…」

 

ベルは俯き気味に、弱々しく呟いた。

 

「もっと、話したい…一緒にいたい…!ひ、ひとりに、しないで…欲しい…」

 

尻すぼみに小さくなる声に、誰もが聞き入っていた。邪魔をしないように、ミアでさえも配慮したくらいだ。

頬を赤く染め、しかし真っ直ぐと見つめてくる少年に、リューは目を瞑ったままに口を開く。

 

「…ベル、私は言ったはずです。」

 

「あっ…」

 

リューが徐にベルの手を取り、目の前で手を握った。そして、誰もが見蕩れるほどの微笑みを返す。

 

 

リューの熱が、ベルの体に移る。

 

 

「────貴方は、1人ではない。私がいます。それを、忘れないでください。貴方が必要とするのなら…いつでも話し相手に、鍛錬の相手にもなりましょう。貴方の傍に居なくとも…私の心は…常に貴方に寄り添っています。」

 

 

「───────」

 

 

移った熱が、雷のように伝播して、ベルの全身に、その熱を巡らせる。

 

その熱が、その柔らかさが、その瞳が、その微笑みが、全て、全てベルの体温を上げる。

 

その時、トクンッ、と胸が鳴る。その音が、やけに大きく聞こえた。

 

────知らない。

 

「ベル?」

 

顔の熱が、消えない。リューを、直視できない。

 

鼓動が、早い。

 

────こんな感情(こころ)、知らない。

 

言葉が、上手く紡げない。

なんだろう、湧き上がってくる、この感情は。

 

握られる自身の手を、少し握り、リューの体温を感じる。

 

それを感じたのか、リューはまた微笑んだ。

 

なにかを、失った。でも、得た物も多くて、尊くて。昔から、ずっと欲しかった物で。

 

でも、この女性(リュー)に感じる胸の高鳴りは、誰にも感じた事がない。

 

心にずっと燻っていた、黒い炎が、消えかけている事に、ベルはまだ気づかない。

 

これは、偶然?いいや、運命だ。

 

いま、この瞬間に──────いいや、もう、ずっと前から植えられていた種が

 

 

 

 

 

 

今、芽を出した。

 

 

 

 

 

ただ、それだけの事。

 

いいや

 

それだけじゃない、彼の芽生えなのだ。

 




はい、これにてパントリー編完結です。

アンケート取ります。投票よろしくお願いします。

そして、感想もよろしくお願いします。

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