メモフレのお話はグランド・デイに決まりました。
正直クソきついです。でも、何とか本編と並行して、終わらせます。
あと、暫しこの作品を離れます。
他の作品も書きたいのと、書き溜めをしようかなと。
青い空、白い雲、早朝の少し涼しい大気。
頬を撫でる風が、気持ちいい。
木陰の下に腰を下ろし、空を見つめて頭を空っぽにする。少年の中で、あらゆることが起こりすぎた。其の中で起きた少年の心境は、理解できないものばかり。何もやる気が起きない。ここのところ、毎日をこの樹の下で寝たり、空を眺めて雲の形が犬に似ている、とか考えている日々。やらなければならないことは絶対的に多いはずなのに。何も手につかない。剣を握っても、以前のように苛烈なまでの炎がどうしてか燃え上がらない。
自分の雑事も、なぜか他の団員がやってくれるし、レフィーヤなんて「貴方は十分すぎる働きをしたんです。今はただ休みましょう。」なんて言って、ベルの昼寝や空を眺めることを一緒にしていたりする。偶にリヴェリアがやって来て、起きたら膝枕をされていたり…なんだか、ペットの様な扱いになっていた。
しかし、今日は『他の神様』が来ているらしく、其のお供にレフィーヤがロキについているらしい。リヴェリアは、忙しそうにしている。
だから、今は一人で空を眺めている。ティオナ達も、なんだか最近忙しそうにナニカの準備をしている。
自分は、こんなことをしていて良いのだろうか。そんなことを思いながら、ベルは立ち上がり、ある場所を目指した。
「あぁ、それは遠征ですね。」
「遠征…?」
目の前で足を組み、小さい体とつぶらな瞳を目の前の料理にぶつける少女。ベルが以前から世話…もとい。稽古をしている人物。
「えぇ、ファミリアは、一定のランクに到達すると、ギルドからある義務を課せられます。それが、『遠征』です。目的は到達階層の更新。そして、派閥の力を上げて、都市に貢献させること。言ってみれば、ギルドの犬になれってことです。」
「犬…それは、僕も行かなきゃいけないのかな…?」
「…さぁ?それは派閥の方針によります。…もっとも、私は面倒なのでレベルが上っても報告なんて絶対しませんけどね。」
「…派閥のランクが上がると、税金も増えるんだっけ…?」
「えぇ…これ以上ヘスティア様の負担を増やすのも嫌ですしね…でも、ベルには感謝してますよ。モブもいいとこのリリに、こんな一級の武器を譲ってくれましたし、戦いの指導も…ホント、感謝してもしきれません。」
そう言って、リリは自身の腰から長剣を抜き放ち、柔らかく笑う。それは、ベルの大剣『報復』と瓜二つの見た目。
そう、これも黒竜の鱗から作られた物。ベルがヴェルフに教えた黒竜の鱗は、非常に大きかった。ベルの背丈をゆうに超え、ヴェルフですらも運べず、落ちていたその場で急遽武器を制作することになった。そして、それから武器を作り出したのだが、其の素材は当然のごとく余った。もったいないからとヴェルフがついでに余った素材を使って色々なものを作っていたのだ。ちょうど其の頃、サポーターであったリリと知り合っていたベルは、リリが自身の剣を持てることに気が付き、リリをヴェルフのもとに引っ張っていき、剣を譲ったのだ。
「…でも、そこからは君の頑張りだよ…」
「イチかバチかでステイタス更新してよかったです。それまでは、ベルが守ってくれましたし。でも、最後のあの男達の泣きっ面にはホントに涙が出るほど笑いました!」
そう言って、リリはニヤリと笑い、クックックッ…と悪い笑みを浮かべる。そんなリリを見て、ベルはフフっと笑う。
「…僕も、見てみたかったな。リリを虐めてた人たちの泣きっ面。」
微笑むベルに、リリはやはり動揺していた。
リリは、下手をすればロキ・ファミリアの面々よりもベルとの付き合いは長い。オラリオに来て、おそらく一番関わりが続いている人間だろう。だから、出会った当時のことを誰よりも知っている。
(あんなに笑わなかったのに…)
リリは、ベルの変化に動揺を隠せないでいた。出会った頃は…こう、なんというか。世界を恨んでいるような感じだったが、今はどこか穏やかな雰囲気を放ち、優しげな表情を浮かべ、よく微笑む。まぁ、顔が幼いこともあり、庇護欲に訴えかけてくるというか。とにかく、顔がいい。
「ベル、変わりましたね。」
「え?」
「よく笑うようになったなーって。」
「…僕、笑ってるの…?」
ベルは不思議そうに顔をペタペタと触った後に、嬉しそうに頬を緩めた。
「…気づいてなかったんですか?」
「うん…でも…そっか…僕、笑えてるんだね…」
リリは、この変化を嬉しく思っている。自身を救ってくれた少年だ。流石に恋心までは無いが、尊敬しているし、できることならば、楽しく過ごしていて欲しい。
リリは、ベルに合わせるように微笑んだ。
「…えぇ…とっても綺麗に笑ってます。」
楽しそうだから、なんでもいっか…なんて、そんな事を考えていた。
「最近は、ダンジョン探索はかどってる?」
「えぇ…最近はヘスティア様の紹介で、他派閥と潜ってます…あとは、個人的に仲良くなったお二人と…ベルが最近一緒に潜ってくれないから結構苦労してますよ〜?」
「ご、ごめん…なんだか…最近動く気になれなくて…」
「あー…冗談なのでそんなに落ち込まないでください…」
「…そう、なの?」
「はぁ…私は心配です…この純粋さが…」
「…?」
二人は、店を出て街を歩いていた。時折ベルの戦闘の指南が入ったり、最近何をしているのか。なんて、他愛のない話をしていた。
そうしていると、ベルは複数の
「…!」
「どうしまし…っ!」
どうやら、リリも感じ取ったらしく、ベルとリリは周囲に気を配りながら、なんでも無い風を装い、ただ歩く。
「…落ち着いて…前を見て歩いて…念の為に魔法をお願い。」
「……了解…【貴方の刻印は私のもの。私の刻印は私のもの】」
「【シンダー・エラ】」
小声で短い歌を歌ったと同時に、リリの体に変化が訪れる。フード内の栗色の毛髪の頭頂部に、ピョコッと獣の耳が生える。これは、リリが持つ魔法の一つである、変身魔法。体の一部を、恩恵を除いた身体的特徴や能力を自身に投影する魔法。リリに与えられた、1つ目の武器である。
リリは常に長剣に手を掛け、耳を済ませる。ベルは念の為に持ってきていた、『終炎』をいつでも抜けるよう、握りしめる。
「…右…屋根の上…三人」
「背後に二人…ですね。どれも、音が少ない…プロですが、敵わない相手じゃありません…
「……」
暗い殺気を燻ぶらせるリリに、押し黙ったベルは、周囲に目線だけを向けて街を歩く市民を見渡す。
まだ昼時、人は多い。流石にここで叩くわけにも行かない。ソレに何より、感じ取っている。相当な手練の気配。ベルは、リリに視線を渡すことなく告げる。
「…ごめんリリ、僕のせいかも…」
「いえ、残念ながら数日前からこの視線は感じています。正直、大した相手でもなさそうだったので、無視していましたが…いますよね、二人ほど。
「うん…しかも、レベルだけなら、僕より上だと思う。」
それを聞いたリリは、苦い顔をした。そこでリリは、「ゲッ…」と声を上げる。まるで、なんて間が悪いんだ此の駄女神。とでも言わんばかりの声で。
「…ん?おぉ!可愛い愛娘にベル君じゃないか!」
「こんにちは、ヘスティア様。」
「あぁ、こんにちはベル君。」
「ヘスティア様…なんでこんな時に…いや、バイト帰りですね?」
目の前には、リリの主神であるヘスティアがバイト終わりに帰路に着いている最中だった。
ベルの中で、戦闘という選択肢が消えた。恩神を巻き込むわけには行かないだけでなく、リリも危険に晒される可能性がある以上、行動に移ることは諦めるほかない。しかも、自身の武器はない。呼べば来るとは言え、ホームを壊しかねないから。
ベルは、行動に移ることにした。
「…リリ…合図したら、ヘスティア様を頼む。」
「…わかりました。任せます。」
「んお?何の話だい?」
「おバカを司る神様は黙ってればいいんですよ〜?」
「なんだとぉ!?」
そんな漫才で誤魔化した瞬間。
「リリッ!」
「はいっ!」
「おっ!?ちょっ、何して────」
「【
ベルが紡ぐ英雄賛歌。そして、全力の魔力放出、大量の雷を放電しながら、リリがヘスティアを抱え、それをベルが抱えてロキ・ファミリアのホームに向かって雷が如く駆け抜ける。
「──────ッ!?」
「ええっ!?なんですって?!聞こえません!それより口閉じてください!!舌噛んで送還とか笑い話にもなりません!!」
瞬く間に移り変わる景色に、ヘスティアが驚愕する中、リリも同様の感想を抱いていた。いくら自身よりも上のレベルを持っているからと言って、2人を抱えながら、走るだけで突風を巻き起こすのは反則すぎる。ベル本来の能力か、それとも魔法が破格に過ぎるのか。まぁ、どっちでもいいか。リリは、考えることをやめ、主神をこの突風から守護する事に専念した。
本当に、ものの数秒で視線は消え、辺りの気配も消えた。撒けた様ではあるが、このままリリ達をホームに返すべきではないと判断したベルは、二人をホームに避難させる選択を選んだ。
「ロキ、話しがあるんだけど。」
ファミリアの会談中に、ベルが突如乱入する。
「おや、ベル?…と、お客さんかい?」
「なんや、ベル。話なんて珍し…こりゃ…ちっさいお客さん連れて来よったな…」
「ちっさい言うな!無乳め!」
「ロキ、フィン…そっか…お話してるよね…後でいいや。」
そう言って、ベルは自身の部屋に2人を案内しようとする。が、それをロキが止める。
「ちょちょちょ!何してんのや!」
「…?ロキ達の話が終わるまで、部屋で2人に待ってもらおうかなって…」
「あー…これは、私が説明した方がいいですね…ロキ様、フィン様。はじめまして。前からパーティを組ませてもらっている、リリルカ・アーデという者です。見ての通り、ヘスティア様の眷族です。」
「おぉ、よろしゅうな。ウチはロキや。そんで、こっちがウチの団長のフィン。」
「ベルが世話になっているね、同族の少女。そう固くならなくて構わないよ。」
「こちらこそ、英雄様にお会い出来て光栄です。」
リリはニッコリと笑って、握手を交わす。
フィンはリリの仮面に気付き、内心で苦笑した。
(ここまで僕に興味が無いと言うのは…少し傷つくね。)
そんなことを考えながらも、フィンはリリに切り出した。
「それで…主神そろってここに来たというのは…ベルが何かしたのかい?」
その言葉で、リリの纏う雰囲気が変化する。
「ベルが、何か問題を起こすと思っているんですか?」
鋭い視線を向け、少しの怒気を隠そうともせずにさらけ出す。フィンは小さく笑い、両手を上げた。
「…失礼した、ベルが問題を起こす心配はしていないよ。となると…何かに巻き込まれたかな?」
リリは、フィンの言葉に、内心で舌打ちをする。
それをわかっていて、ベルとの関係性が良好なのを測り、自分の人柄を見抜きに来やがった。リリは目を細め、言葉の節々に注意する様に自身を戒める。
これだから、高位の冒険者は。
再度舌打ちを心の中でしたリリは、少し睨みながら、続けた。
「…はい、今日は彼と食事をしていました。そして、店を出た時に複数の視線を
「なるほど…」
事実9割、そして、ちょっとの嘘。
ロキは混じる嘘に気付きはしたものの、大したことではないと感じ、それを無視。フィンは嘘が混じることには気づいたが、大半が事実である事を理解し、些末な事だと捨ておいた。
「ベル、心当たりは?」
「…フィンも知ってると思うけど、最近はご飯を食べに行く以外に、外に出てないし…あると言えばある、ないと言えばない。」
「…まぁ、君はアレを倒したんだし、あちら側に狙われていてもおかしくはないか…」
フィンは数瞬考えた後に、ヘスティアとリリに向かって微笑んだ。
「…もしかすると、こちら側の問題に巻き込んでしまったかもしれない。暫く様子を見たいから、ウチに泊まっていって欲しい。団員達には僕から伝えておく。困った事があったら、ベルに聞いてくれ。部屋もベルと同じで構わないかい?」
「えぇ、構いません。何から何までありがとうございます。」
「いやいや。同胞に何も無くて良かった。」
団長室を出たあと、リリはどっと息を吐き出した。
「ふぅ…全く、取り敢えずの誤魔化しは出来たみたいで安心しました…」
「そんな、隠す必要あるの?」
「言っておきますが…私は、例外を除いて冒険者が嫌いです。なるべく私の事は知って欲しくないんです。」
「…ときに、ベル君。君は派閥のしきたりとかわかってるのかい?本来、ここまで大派閥の団員と、新興派閥が仲良いのは異例なんだよ?」
「…なんで?」
ベルには、ヘスティアの言っていることが全く理解できなかった。仲良くするのが悪いことの様に聞こえる。
「…仲良くちゃ、いけないの?」
「いけないわけじゃないんだけど…ほら、君は大派閥の子だろう?しかも、Lvもそれなりに高い。それが、新興に関わっているとしたら。どう思う?」
「……なにが?」
ヘスティアは、ベルの返答にガクッと転けた。
うがー!と唸ったヘスティアは、ベルに指を突き付けて言い放つ。
「だーかーらー!利用されることだってあるんだ!」
「…リリは、僕を利用しようとしてるの?」
「いえ、今は微塵も考えてません。」
「だって。」
「ちっがーう!!そうじゃないんだ!」
むむむ…と唸るヘスティアを無視して、ベルはリリに質問を投げかけた。
「…リリは、フィンが好きじゃない?」
「……いいえ、これと言って好き嫌いの感情はありません。でも、一族の復興と言う、途方も無い夢物語を語れるだけで…あの方には尊敬を抱かざるを得ません。」
やっぱりそうなんだ〜、なんて間延びしたベルの声を聞いてリリは、ですが…と続ける。
「私は、あの人を【英雄】とは思っていません。」
「え?」
リリは、前を見たまま続ける。
「あの人は、ただ【捨てられる】だけです。目的のために、その他全てを【捨てられる】。【人工の英雄】であろうとする程、【英雄】から離れて行く。」
だってそうでしょう?と、ベルに向いたリリは、優しく微笑んでいた。
「【
その後に、リリが悪戯っぽく笑って言った一言が、誰かの姿とダブった。
「────【完全な英雄】なんて…つまらないでしょう?」
リリは、目をぱちくりさせるベルの顔を見て、可笑しそうに笑ってから、ベルの前を進んだ。
「ベルの部屋ってなんかありますか?」
「…あっ、えっと…UNOあるよ。」
「やりましょうか。」
「よーし!僕もやろうかな!天界じゃその手の遊びで負けたことはないんだ!」
「…絶対、嘘。」
「ですね。」
「ちょおっ!?2人とも辛辣すぎるぞぉ!?」
あれから、3日。リリは今日も他派閥とダンジョンに。ベルはと言えば、いつもの様に晴天を仰ぎ、ぼーっとしていた。
すると、ベルの耳が小さな足音を捉え、嗅覚がよく知る匂いを嗅ぎ分けた。前回のレベルアップから、五感が異常なまでの進化をした。レベルアップの恩恵なのか…竜の因子とやらが関係しているのかはわからなかったが、ベルは特に気にしていなかった。
「…リヴェリア…だよね?」
「む…起きてたのか…というか足音でわかるのか…?」
ゆっくりと近づいたリヴェリアが、気づかれたことに少し驚く。
「地面から伝わる振動と、歩幅の間隔、後は…匂いかな…?」
「に、匂い…か…」
「…うん。レフィーヤとか、アリシアとか、似た匂い…ちなみに今日のリヴェリアの朝ごはんは、ハムエッグ。バターとはちみつのトースト。」
「なんで分かるんだ…」
「服に匂いが付いてる。」
「…洗濯するか」という呟きを放ってから、リヴェリアはベルの隣に腰を下ろした。二人揃って空を仰ぐ。
ただ流れる雲を眺め、ベルはいつだったかの言葉を思い出して、口元を緩める。
「ん?どうかしたのか?」
「ううん…あの、さ…あの時言ってくれたこと…嬉しかった、んだ…」
リヴェリアは、少し足りないそのたどたどしい言葉からその意味を探り、悟った。
「家族って…言ってくれて…嬉しかった…」
「そうか…」
そうやって、もじもじとしながら俯きがちにボソッと零した。
「私達は家族だ…お前にばかり、責任を押し付けるわけには行かないからな。」
「それでも…嬉しかった。リヴェリアは、怖いけど、怒るときは…その、僕のために怒ってくれてるから…」
気恥ずかしくなったリヴェリアは、ベルの頭をクシャッと撫でる。そうすると、撫でられた兎のように、ベルはニヘラッと笑った。
「お爺ちゃんが言ってたとおりだった…」
「何がだ?」
「エルフは、仲良くなると、良くしてくれるって…リューとかもそうだし…リヴェリアも…」
「ふふっ、エルフの知り合いがいたのか?」
「んっと…『かこい』って言ってた。」
その瞬間に、ピシッと時間が止まり、リヴェリアは微笑みのまま、固まる。ベルの言葉が、彼女の聡明な頭脳を持ってしても、理解が及ばなかった。
「………ん?すまない、もう一回言ってくれ。」
「…?えっと、『かこい』ってお爺ちゃんは呼んでたかな。」
リヴェリアは、眉間を抑えて難しい顔をする。ソレもそのはず。ベルの言っていることは、所謂『愛人』のことだ。リヴェリアは、頭が痛くなった。この少年の祖父は、一体どんな教育をしていたのか。
その後も、ベルは思い出したかのように辿々しく語りだす。それがなんと不純なものだったか。極めつけには
「英雄を目指すなら『はーれむ』っていうのを作れって言ってた。『男のろまん』だって。」
「ベル」
「んえ…?リヴェリア…?」
リヴェリアは、風に揺蕩う新緑を眺めながら、天を仰いだ。
見ず知らずのベルの祖父よ…この純粋な子になんて事を教えているんだ。もし、生きているのなら殴っていただろう。遠慮なく、グーで。
その瞬間、リヴェリアの脳内に『それはそれで…』と言う謎の言葉が入り込んできたが、脳内を
煩悩死すべし慈悲はない。
もう疲れた。少し休みたい。
「…今日は、私も寝ようかな…」
「ホント?じゃあ、ここの草が丁度いいんだよ…特別に、使わせてあげる。」
「そうなのか?じゃあ、ありがたく使わせてもらうとしよう。」
「これ、タオルケット。」
「用意がいいな…」
「元々…今日は寝るつもりだったし…いつも持ってきてはいる。」
そっかー。とリヴェリアにしては間の抜けた返事を零してから。ベルの偏った知識の矯正は、絶対にしなければならない。と、リヴェリアは固く誓った。
「随分と、心は開いてくれるようになった。」
「本当に随分と仲良くなったじゃないか。気持ち良さそうに2人でお昼寝までしていたしね?」
「あの歳であそこまで退廃的に過ごせるのはある意味では悟りじゃけどな。」
「…娯楽なのだろうが…ベルには、ちょっとそれが少な過ぎる。だれか、人並みの娯楽を教えてやれる奴がいなければ…いつか押しつぶされてしまうぞ。」
フィンとリヴェリア、ガレスはベルのことについて話すのが日課になっていた。
「いっそカジノにでも放り込んでみるか?ハマるかもしれんぞ?」
「ガレス…お前…」
「じょ、冗談じゃ…わかっておるわ。」
そんな事を言うガレスを、キツく睨んだ後に、リヴェリアは頭を抱える。
「ベルの偏った知識は、もうレフィーヤに丸投げした。今頃顔を赤くしながら怒っているだろう…ベルの事になると、少し過保護になるからな。あの子は。それに…悩みを打ち明けるのは、きっと私では駄目なんだろう。あの子に近い目線を持てるような者でなければ届かないんだろう。」
「ちょっと前まで、あれだったこと考えると…感慨深いね。」
「そうじゃのう…儂らとは普通に話しとったが、エルフとはどうしても話さんかったからな。十分な進歩じゃろう。」
「まぁ…そうだな…」
今頃おどおどしながら、レフィーヤの話を聞いているだろうベルに、静かな黙祷を捧げた三人だった。
「だーかーらー!『ハーレム』なんて作らなくていいんです!一体どんな教育をしたんですか貴方のお爺さんは!?」
「…こんな教育?」
ベルの天然に振り回されるレフィーヤは、安請け合いした己を恨んだ。
「ここまでベルの天然が酷いなんて思いもしませんでしたぁ!リヴェリア様はなんて仕事を押し付けてくれたんですかぁ!!?ベルの倫理観はもう限界です!もう手遅れなんです!!」
「…レフィーヤ、今日はいい天気だから、寝よ?」
「…もうねるぅ…」
結局、いじけにいじけたレフィーヤは、ベルの隣で地面に寝っ転がっていつものように晴天を眺める。
「あー…疲れましたぁ…」
「おつかれ。」
「元を正せば、ベルの…やめです、これ以上は不毛過ぎます。」
「…そっか…?」
何を言っても無駄なので、また今度ということにした。ベルが純粋すぎるのがいけない。途中で自分が悪いみたいな空気になったし、もうこのままでいいかな。なんて思っていたりもした。
そんな時に、ベルが突然切り出した。
「…ねぇ、レフィーヤ。」
「なんですか~?」
「あの、さ…あの時から…わかんないんだ。」
「…ソレは、どういう意味、ですか?」
レフィーヤは、なんとなく真剣な空気を感じ取り、佇まいを直した。
「その…僕が、オラリオに来た目的は、知ってる?」
「詳しく知ってるわけじゃありませんけど…復讐ですよね。」
「うん、そう。お爺ちゃん達を殺した、冒険者を探しに来た。憎くて、憎くて…たまらない。今でも、そうなんだ。」
自分の手のひらを眺め、ベルはポツリポツリと心の内を零していく。
「今も…憎い…でも、わかんないんだ…そうして憎いのに、殺したいのか、わからない…剣を握っても、前みたいな感情が湧き出ない…戦う意志が…出てこなくって…」
悩み続けるベル。初めての憎しみ意外の感情、それに困惑し、戸惑い、迷っていた。
ここで、その場しのぎの言葉なんて簡単に出るだろう。だけど、レフィーヤはそれではいけないと、偽りの言葉を封じ込めた。
「いいじゃないですか、わからなくって。戦わなくっても、いいじゃないですか。」
「…え…いいの…?」
呆気に取られ、ポカンとするベルに、レフィーヤは続けた。
「良いと思いますよ、結局はそれも、貴方が選んだ道ですから。…私は、勿論貴方に死んでほしくありません。だから、復讐なんてやめて欲しいです。でも、貴方が選んだ道を、否定する権利は私にはありません。結局は、自分で決めるしか無いんです。きっと、前までの私なら、止めてたと思いますけどね。」
自分に呆れたように笑ったレフィーヤは、そのままベルの手を握った。
冷たい感触と、柔らかな温もりが、ふわりと覆った。
「今まで、貴方が抱えていた何かを、私は知りませんでした。何だこの子って、思ってましたから。でも、貴方のことを知って…死んで…なんだか、考えが変わったんです。」
死という絶対に経験しない体験が、レフィーヤの中にある、固定観念を大きく変えた。
ベルの胸に指先を当て、レフィーヤは微笑んだ。
「人って、とっても不完全なんです。ベルみたいに、矛盾した気持ちを抱いたり、小さなことで悩んで、押し潰されそうになったり。でも、それはきっと…とても尊いことなんです。」
「不完全なのに…?」
「そうです。ベルみたいに、大きな悩みを持っていなくたって、私は押しつぶされそうですもん。」
たまに情けない自分が嫌になりますから。と、舌をペロッと出して、戯けてみせた。
「不完全を、尊ぶ…」
「そうです。完璧であるならば、それはもう、人じゃありません。神様です。」
ベルは、その言葉に、酷く聞き覚えがあった。
「不完全でいいんです、人を頼ってください。決定を委ねるのもいいと思います。不完全を恐れてはいけません。不完全のままで良いんです。」
大英雄が残した言葉のその意味が、重なった気がした。
「人が人である条件が、きっと不完全であることなんです。私達は、人であるからこそ、神様たちですら届き得ない、『未知』に到達できるんだと思います。」
ベルは、目の前の少女の言葉に、静かに動揺して、何故か安心した。
僕が、どんな道を選ぶのか…全然わからないし、予想もできない。
でも、それで良い。それが良いんだ。
ベルは、小さくつぶやいた。
「
その言葉が、一番にピッタリと来る。
きっと、リヴェリアが言っても、ベルには届かない言葉だった。フィンでも、ガレスでも、アイズでも。アマゾネスの姉妹でさえ、きっと駄目だったろう。同じ
ベルは、微笑みを称えて、立ち上がった。見上げる空が、青い。
嗚呼…こんなに、広かったっけ…
そんな感想が漏れた。別に、悩みが消えたとか、そんなことはない。心に広がった曇りは、未だ晴れない。でも、ベルはレフィーヤに声を投げた。
「…きっと、僕は、これからもずっと迷ったままなんだと思う。」
「はい。」
「誰かに、支えてもらわないと、きっと倒れてしまう。」
「それが人です。」
「このまま、ずっと…何かに脅えたままかもしれない。」
「それもいいと思います。」
「でも…頑張って…いつになるか分からないけど、ちゃんと…向き合いたい…できるかな、僕に…」
「…えぇ、出来ます。絶対に。」
微笑んだレフィーヤの回答に、振り返り木陰に座るレフィーヤに向かって、ベルは笑顔を見せた。
「────一個だけ、やりたいことが出来た。」
「なんですか?」
「次の遠征、僕も行く。それで…君を、皆を守る。」
憎悪に濡れていたベルの心が、ほんの少しだけ、違う色を見せた。酷く脆くて、不完全な色だったけど、それで良い。目の前の少女が、大英雄が、お爺ちゃんが言っているのだ。
なら。少し、それを信じてみたって、きっと損はない筈だ。
感想、よろしくお願いします。