疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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年明けギリギリ滑り込みで投稿します。

遅くなってごめんなさい。
どうぞ。

今回は異端児が早々に出てきます。


第15話:異端

緑溢れるダンジョン20階層。そこに、黒い大剣を担いだ白い影が、黒い外套を靡かせキョロキョロと辺りを見回す。

 

「…大樹…地図通りなら、この辺りなはず…」

 

ベルは、遠征に行く決意の翌日。早速幹部にその旨を伝えると、フィンとガレスは了承。リヴェリアは渋々といった具合ではあったが、なんとか了承を取り付けた。遠征は一週間後。準備を怠るなとのことだったが、ベルには行く前にやらなければならないことがあった。

 

「アステリオス…本当にこんなところに案内役が居るの…?」

 

いつかの恩人に会うべく、ベルは約束の場所に来た。あの屈強な戦士の眼を見て、お礼を言いたい。ベルはファミリアに内緒でこの場に来ている。彼のお願いであった『一人で来る』という約束を反故にするべきではないと考えてのことだ。一日くらい居なくても、きっと誰も心配しないだろう。という浅い考えが、既にリヴェリア激怒案件なのだが

 

しかし、ベルが大樹に到着したというのに、辺りには誰も居ない。それどころか、モンスターすら居ない始末だ。その中で、ベルは大樹の下に腰掛ける。

 

「…暇だな…」

 

その案内人が来るのか、それとも彼が直接ここに来るのかは知らないが、ボウっとしていると、いつもの癖で眠くなってくる。周りにモンスターは居ないし、丁度いい。昼寝と洒落込むことにした。

 

そして瞼が落ちる寸前、手元に何かがひらりひらりと落ちてきた。

 

「…羽…?」

 

ベルの手元に落ちてきたものは色鮮やかな羽。暖色を基調とした鮮やかな羽毛だった。それを手に持つと手触りがよく、地上の高級なものと大差ないように感じた。

こんな羽を持つモンスターなんて居るんだなぁ。なんて思っていると、何かの音が耳に入った。

 

「ん…え、これって…歌?」

 

微かに聞こえる歌声。ランクアップと共に異常な進化を見せた五感が、敏感に捉えた。そして、はたと思い出す。ギルドに掲示されていたあるクエストを。

 

【ダンジョンに響く歌の調査】

 

偶然目に入ったそのクエストはどこかの冒険者が依頼を出していたが、正直なところ信憑性が無いし、興味もなかった。しかし、実際にこの歌を聞いて、その冒険者に謝罪する。

 

「…本当に聞こえる…」

 

段々と気になりだしたベルは、その声の正体を突き止めることにし、歌声を辿る。

 

モンスターがベルに寄り付くことはなく、戦闘もないままに、足場に張り巡らされた根を越え、坂をのぼり、鬱蒼とした植物を掻き分ける。やがて、ベルは長方形の広間(ルーム)に出る。幅は数十メドル以上。天井の高さも同様である。これまで通りに樹皮で形作られており、壁や天井は発光する青光苔(ヒカリゴケ)に覆われているためか、日中くらいの明るさを感じ取れる。

 

またも幻想的な風景を見せつけるダンジョンだが、それよりも眼を引くものがあった。

 

「石英…」

 

数週間前に死闘を繰り広げたあの食料庫。それがここは近いのだ。うっすらとした淡い光は、ベルに思い出したくも無い顔を浮かばせる。

振り払うように頭を振ったベルは、徐々に大きく聞こえる歌声に意識を向けた。

 

通路口の前に立ち、なにもないルームを見渡した。そして、ベルの目線はある一点に釘付けになった。

 

それは出入り口とは真逆にある、階層の奥を瞑目する。

 

「あっち…もしかして、呼んでるの…?」

 

偶然見つけた石英に隠された奥の空間を発見。見つかるわけがないその場所を見つけることが出来たのは、明らかに歌のおかげであることから、歌声の主の目的を悟る。その石英を破壊し奥を通ると、みるみるうちにダンジョンは修復を開始して、来た道はすぐさま見えなくなった。

 

奥に進めば進むほどに、大きくなっていく歌声が。透き通るような旋律が、今まで一度も耳にしたことがない歌が、どうにもベルの好奇心をくすぐった。それは、子供が未知の物に手を伸ばしたくなるような稚拙な好奇心。

荒々しい歌では断じてなく、穏やかな水面を思わせる程に洗礼されていた。

 

ベルは歌に従いずんずんと奥に進む。こんな死が蔓延するようなダンジョンで歌の練習なんぞをやっている酔狂な人物の顔を拝みたくなった。

しかし、ベルが通路を進むと、その歌声はパッと途絶えてしまう。まるで、この先が目的地であることを告げるように。

 

ベルが出た先は、ただのルーム。しかし、その中央部分には泉があった。見たところ透明度が高いため水深を測れたが、さほど深くはない。池と呼んでも良い小ささだ。ベルは、そこに顔を突っ込み、水中を見る。

 

(…!あれは…横穴…探検してみよう。)

 

水中の横穴は男の子のロマンなのだ。探検せずには居られない。ベルは装備もそのままに、水に飛び込んだ。ベルの水中での視力は陸の状態とさして変わらない。それは、竜の因子(スキル)とやらの影響なのかは知らないが、夜目も効くようになった。電灯いらずである。

 

横穴に入り奥に続く道を進んだ。10メドルほど進むと、柔らかい光が差し込む真上を仰いだ。

 

「…ビチョビチョ…」

 

服やカバンがビショビショになったことに、少し嫌な顔をするベルはあることを思い出す。

 

「【英雄よ(テンペスト)】」

 

全身に迸る雷撃が、水を一瞬で分解。全身の水気を吹き飛ばす。祖父がいつか言っていた。水は電気を流すとなくなるのだと。原理なんぞは知るところではないが、ベルはとりあえず成功したことに機嫌を良くした。

 

魔法を解いたベルは、ファミリアで持っている地図を照らし合わせた。すると、あることに気づく。

 

「…ここは、未開拓領域ってやつ…?」

 

辺りを見回すと、暗闇の中にもしっかりと美しい外観が保たれている。人の手が1度も入っていないことを理解させる。帰ったらみんなに教えてあげよう。なんて思っていた。

 

そこは特大のルーム。夜目が爬虫類並に効くようになったベルでさえ、目の届かない場所がある程に広大だった。どこかリヴィラを彷彿とさせる外観を有しているようで、それよりも自然に近いように感じる。そして、ルームに入った時から感じる複数の視線(・・・・・)

 

(…人の匂い…?いや、薄すぎる…鉄臭い匂いが混じってるから…装備…?)

 

ベルが背の大剣を地面に突き刺し、敵意が無いことを両手を上げて示したその瞬間。

 

 

視線に混じる『殺意』が膨れ上がった。

 

 

「────見えてるよ」

 

「っ!?」

 

背後から疾駆した影が、ベルに刃を振るう。何かがいることを知っていたベルは、油断なく腰から『終炎』を引き抜き、剣を弾く。そこそこの速さを持った奇襲を、いとも簡単に振り払い、距離をとる。そして、ベルは奇襲を仕掛けた下手人を目にした。

 

蜥蜴人(リザードマン)…?」

 

正体はモンスター、人ではない。しかし、そのモンスターは武装していた。冒険者の鎧を纏い、剣を振りかざしている。微かに香った人の匂いは、装備に残った冒険者の匂いだった事に気づき、ベルは目を細める。

 

「19階層にいたリザードマンとは全然違うね。君は、強化種なのかな…?」

 

「────ルオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

その咆哮を皮切りに、周囲にあった匂い全てが動いた。闇の中に見える全てのモンスターが武装している。

 

地にはゴブリン、アルミラージにフォモール、ラミア。頭上には見覚えのある羽をしたハーピーにガーゴイル間でもが勢揃い。

 

上層、中層、下層、深層。全ての階層のモンスターが集結している。完全に囲まれた。

 

「君達の家だったのか…不用意に入るのはやめた方が良かったかな…」

 

「グルギャギャギャギャ!!!!」

 

リザードマンの歓声に反応して、モンスターが総出でベルに襲いかかった。

 

四方八方から襲い来る凶刃を、ベルは短刀1つで凌ぐ。その技術は疾風を思い起こさせるほどに速く、より速く、加速する。それは、同時に降りかかる刃すらも弾き、仰け反らせる。

同時に襲いかかった武器が全て弾かれ、怪物たちは血走った瞳に一瞬の理性を宿した。

 

瞬間、ベルは雷撃を纏った蹴りを高速で放ち、吹き飛ばす。

蹴りの理想形は、ファミリアにいる銀狼なのだが、見様見真似の部分が多く、納得が行くような蹴りではなかった。

 

「…やっぱり、今度ベートに教えてもらおう。」

 

あの烈火の如き蹴りは、物にしておいて損は無いはずだ。鍛錬の間に盗むとすることにした。

そんなことを考えていると、頭上から凶弾が舞い落ちる。

 

強靭なモンスターの革で作られたロングコートを靡かせ、巻き取り、威力を殺し、久々にスキルを発動する。

 

 

 

「飛べるのは、君だけじゃないよ。」

 

「────キャッ!?」

 

「えっ…?」

 

飛び上がったベルは、背に雷で形作られた翼を生み出し飛翔。凶弾を撃ったハーピーに高速で肉薄。頭上を支配するはずであったハーピーは、予想外の攻撃に体を固め、空中で羽交い締めにされる。その時に漏れた声を聞いて、ベルは反射的に手を離してしまう。

 

「いま…キャって…」

 

「…しゃ、シャー!!」

 

なんだか焦りながら、眼の前の美しいセイレーンはいかにもモンスターらしい鳴き声を出した。

 

「…何だ、気のせいか。」

 

「……」

 

ぽかんとしているセイレーンを放って、再び地上に降り立つと、モンスターがベルを囲む。

 

「困ったな…別に、殺したいわけじゃないんだけど…仕方ない…」

 

すると、ベルの体に変化が現れる。頬に夜のような鱗が登り、瞳が縦に引き伸ばされる。その小さな変化故に、モンスターたちはその変化には気づかない。だが、ベルの纏う気配の変化を敏感に感じ取り、本能的な恐怖から後ずさる。その時

 

ズン、ズン

 

なにか、重い足音が聞こた。ベルがそちらに振り向くと、一気にベルは緊張に体を凍らせた。

 

「黒い…ミノタウロス…」

 

本来の個体よりも体表が黒く、真っ暗な夜空の様に汚れがない。そして、目につくのが体表とは対に映える純白の鬣。そして、ベルの黒刀と似通った黒刀。

ベルは一目見て、このモンスターが自分を囲んでいる者たちとは格が違うことを悟った。

 

「…なるほど、君が…」

 

ベルは漸く、地面に突き立てた黒刀を引き抜き構える。今までは殺さぬ様に加減をする為に、終炎と体術で応戦していたが、この者に手加減が必要の無いことを理解する。

 

「────おいで」

 

「ヴオォォォォォォォォォォオオ!!!!!」

 

ベルの言葉に返す様に開戦の咆哮を轟かせ、ミノタウロスはベルに突進。スピード、威圧、全てがこの場のモンスターを越えている。突出した強さなのは明らかである。

 

「ハァッ!!!」

 

「オォォォォッッ!!!」

 

突進の推進力をそのまま乗せた振り下ろしの一撃、ベルの下から掬う様に繰り出される振り上げと激突。

衝撃波は大気を突き破り、けたたましい唸りを響かせる。たったの一撃で嵐とも形容出来る風が巻き起こり、周囲にいたわりと小さめのモンスターは吹き飛びそうになっていた。

 

「…やっぱり、君だけは桁違いだね。」

 

涼しい顔をしたままのベルは、土砂降りの様に降り注ぐ刃の雨を掻い潜り距離をとり、当たり前の様に話しかけた(・・・・・・・・・・・・)

 

「────満足した…?アステリオス(・・・・・・)。」

 

剣を鞘に収め、戦闘モードを解いた瞬間に、ミノタウロスも溜息をつくように息を吐き、大剣を肩に担いでベルに歩み寄った。

 

「…まったく、こんなに早く気づかれるとはな…」

 

「恩人の声だもん、朧気でも覚えてる。」

 

「これは、芝居を打った意味がなかったか。」

 

ふふっと笑ったミノタウロスは、右手を差し出した。

 

「改めてこの里の…長を任されてしまった。アステリオスだ。」

 

「君に助けられたベル。ベルって呼んで欲しい。あの時はありがとう、アステリオス。」

 

「────なに、気にする事はないさ。ベル。」

 

迷うこと無く、ベルは差し出された手を握り微笑んだ。その瞬間に、ワッ!と割れんばかりの歓声に包まれた。さっきまで囲んでいたモンスターがワラワラとベルに群がり、次々に握手を求められる。地上では絶対にない経験に目を白黒させながら握手していると、一番最初に奇襲をしかけてきたリザードマンが声をかけてきた。

 

「あんなに迷いなく、モンスターの手を握ったベルっちが珍しいんだ。あ、オレっちはリドだ。これからベルっちって呼ばせてもらうぜ!よろしくな!」

 

「ベルっち…?よろしくね…でもみんな強くてびっくりした。普通の強化種よりも全然強いや。」

 

リドの呼び方に疑問符を浮かべたが、ベルは気にせずに会話をすることにした。

 

「そりゃ、そうでもしなきゃ生きていけないからなぁ。それにしても、よく案内もなしにここに来れたな?言われてたんだが、来れるか不安だったんだぜ?」

 

「えっと…この羽根と、歌が聞こえて…」

 

「私がアステリオスに頼まレ、貴方ヲ案内させて頂きましタ。」

 

ばさっ、と降り立った金色の羽根をもつセイレーンの女性は、端麗な容姿を持ち、足と羽を隠せば人の中でも美しい部類に入る程だった。

 

「私は歌人鳥(セイレーン)のレイです。よろしくお願いしまス。」

 

「…あの綺麗な歌は、君だったんだね。よろしく、レイ。今度は、ちゃんと歌を聞かせて欲しいな…」

 

「お気に召しましたカ?では、後で歌いますので聞いて言ってくだサイ!」

 

「うん。わかった、後で行くね。」

 

 

「よし!お前ら!宴の準備だ!魔石灯をつけろ!」

 

リドの音頭でパァッと周囲が明るくなり、ベルでもあまり見えなかった部分が顕になり、ベルは瞠目した。

 

「────」

 

目の前に現れたのは、木竜(グリーンドラゴン)。それは正に老竜が故か、静謐で優しげな瞳を細め、ベルを見ていた。その姿は、どこかベルに懐かしさを過ぎらせた。

 

「ベル…?」

 

「どうした、ベルっち?」

 

走り出すベルを追いかけて、モンスターの殆どが奥に鎮座する木龍の目の前に移動した。

ベルはググッと首を下げ、目の前に来る大きな顔に、震える手を翳した。

 

深い緑の鱗で覆われたその体表は、硬く鋭い。人肌を感じることはない。しかし、何故か、祖父の手を思い出した。ゴツゴツして、節くれだった、あの男らしい手を。今思えば、ハシャーナに懐いたのだって、きっとその手が祖父に似ていたからなのだろう。

 

「…君の…名前はなんて言うの?」

 

『────』

 

「…そう…君はグリューって言うんだね…とっても、いい名前…」

 

優しく鳴くように喉を鳴らした木竜の言葉を、ベルは心の中に留めて、ゆっくりと吐き出した。

リドは、まるで会話でもするかのようなふたりを見て、目を剥いて驚いていた。

 

「ベルっち…言ってることがわかるのか!?」

 

「うん…なんとなくだけど…きっと、スキルのお陰かな…」

 

そう言ってベルは、何度か顔を撫でた後に、額をつけて名残惜しそうに離れる。

 

「ごめんね、急に…」

 

「────」

 

「そう言ってくれると、ちょっとは気が楽かな…」

 

笑うベルと、硬い表情をギチッと歪めて笑ってみせるギオスの顔に、ベルは頬擦りをするようにしてから、微笑んだ。

 

「…もしかして、こいつらが何言ってるかもわかるのか?」

 

「キュー!」

 

そう言ってリドが抱えたのは、真っ白なアルミラージのアルル。しかし、ベルは首を横に振った。

 

「…ううん、全然わかんない。多分、竜種だけだと思う。それも、君たちのような…言語が分かるんじゃなくて…その、何となくわかるって言うか…」

 

「なるほど…心を読み取っているに近いという事か?」

 

「そう、多分、だけど…ごめんね、アルル。」

 

「キュー…」と残念そうに鳴いたアルミラージをリドから受け取り、代わりとばかりに肩に乗せ、彼らの歓待を受けた。

 

 

 

「よっしゃあ!久々の客人だ!飯でも酒でもどんどん持ってこい!」

 

リドの音頭で更にボルテージを上げる彼らを見て、ベルはいつかのファミリアでの宴を思い出した。差し出された大きな葉に乗せられた果実に、安酒ではあるがコップに注がれたそれを見て、やはりこのモンスター達を怪物には思えなかった。仕草ひとつをとっても、人臭すぎるのだ。

 

「これは肉果実(ミルーツ)と言うものらしい。味は相当に美味い。ベルも食べるといい。」

 

「ありがとう、アステリオス。あっ、美味しい…」

 

齧るととてもジューシー。鶏肉、豚肉、牛肉のいい所を詰め込んだような味をしている。ベルは微笑みながら噛み締めた。

 

「いや〜!それにしてもベルっち強いなぁ!アステリオスが手を抜いてたとは言え、片手でコイツの斬撃と張っちまうんだもんなぁ!」

 

「いや、手は抜いていない。あれは私の全力だ。」

 

「…は?」

 

「じゃあ、アステリオスはアイズ達より強いかも。」

 

「…達?」

 

リドは語られる事実から驚愕を禁じえなかった。この中で恐らく最強のアステリオスが、ベルの言葉から察するに手を抜かれていたのだ。しかも、アステリオスレベルが地上には数多くいることを知り、更に目を回す。

 

そして、ベルは思い出したかのようにこぼした。

 

「そう言えば…なんで喋れるの?」

 

そう言うと、全員がコテっとコケた。

 

「べ、ベルっち今更かよ!?」

 

「まさか…こんなにもベルが天然だとは…迂闊だったか…」

 

「こ、これ程変わって…お、おおらかでなければ私達のことを受け入れられないでしょうし…」

 

何だかバカにされている気がしたが、なんだか自分が悪いらしいので黙った。

 

何だか言いにくそうに、アステリオスは口を開いた。

 

「私達は────『異端児(ゼノス)』理知を備え、人と対話を…ある日の憧憬を夢見る…正真正銘、迷宮の異端児だ。」

 

「人と…対話?それに、憧憬?」

 

疑問符を浮かばせるベルに、それぞれが苦笑し、簡単な説明を挟んだ。

 

曰く、ゼノスに安住の地は無いのだと。

 

曰く、誰も抱き締められぬ自分の()の代わりに、誰かに強く抱きしめて欲しいのだと。

 

曰く、夢を見るらしい。大きな炎が、岩山に沈んでいく様を。

曰く、何故産まれてしまったのか、分からないのだと。

 

それぞれが地上に、人に憧憬を抱き、夢を見るのだと。その過程で仲間を失い、人を嫌悪する者もいるのだと。

 

先程から、少ないながらにも敵意を飛ばしながら、自分を遠巻きに眺めていたガーゴイルに、アラクネ。その他にも数名は、厳しい目線を向けていた。

 

「アイツらも…色々あったんだ…」

 

「…っ……」

 

ベルは、言えなかった。人は素晴らしいなんて無責任な事を。その言葉を発するに、ベルはあまりにも人を知らな過ぎたし、何よりも、人の汚い部分を見過ぎた。

 

美しい部分は勿論知っている。どんな困難にも打ち勝ってみせる可能性を。その勇気を。そして、愛を知っている。でも、そんな陳腐な言葉はきっと彼らには届かない。

 

少し、前の自分を思い出した。

 

「いいんだ…ベルっち。そう思ってくれるのは、素直に嬉しいんだ。人間にも、俺らに嫌な顔一つしない、そんな奴がいるってことが、俺っち達は嬉しいんだ。」

 

ベルの心情を汲み取ったのか、リドは口端をギチッと鳴らして、弓形に曲げた。

ベルは、それに笑顔を見せるしかなかった。

 

 

「もう行ってしまうのか?もう一日位いても…」

 

「…流石に帰る。もっと皆と話したいけど、これからもっと下に潜る為に遠征をしなくちゃいけなくて…」

 

一日が経ち、遠征が3日後に迫ったベルは、流石にホームに戻らなければと、その日の夕方に漸くゼノスの村を発つ事にした。

 

「ここから魔法を全開で飛ばせば3時間で着くから…夜にはホームに帰れる…」

 

「むぅ…それならば仕方が無い…」

 

「行けませんヨ、アステリオス。ベルさんにも予定ガあるのですかラ。」

 

「そーだぜ、アステリオス。どーせまた会えるんだし…だ、よな?」

 

「うん、勿論…あ、そうだ…これあげる。」

 

ベルが差し出したのはここまで来る時に集めた魔石。彼らゼノスはモンスターという所は変わらない。モンスターは稀に、魔石を摂取することで強化される。冒険者のレベルアップのような物で、強くなる方法はこれしかない。

 

「いいのか!ベルっち!」

 

「うん、これじゃ大した金額にならないし…まだ強化できてない子達…アルルとかに食べさせてあげて。これで、生き残って…またみんなに会いたいから。」

 

どっさりと溜まった魔石袋をリドに渡し、ベルは微笑んだ。

ゼノス達は、その微笑みに笑顔を零す。およそ初めて人間の優しさに触れるアステリオスは、不思議な温かさを感じていた。

 

「ベル…感謝する、我が友よ。」

 

「うん。友達なら、当然。」

 

互いに軽く微笑み、固く握手を交わした。

順に握手を求めるゼノス達と握手をして、名残惜しそうにその場を去った。

 

 

 

 

夕方。ベルはホームに帰ってきて、守衛に挨拶。いつもの様に扉を開ける。

 

「ただい──── 」

 

「べ、ベル!?」

 

「えっ、ラウル…?」

 

そこには、焦った様に立っているラウル・ノールドが、帰ってきたベルを見て驚愕の表情を浮かべる。そして、ベルに飛んできて肩を掴んで揺さぶった。

 

「い、今までどこいってたっすか!?」

 

「えっ、ダンジョンに行くってロキに言った…1日くらい開けるって…」

 

「じゃあそれ全然伝わってないっす!リヴェリア様がカンカンっすよ!?」

 

「ぇ…」

 

その瞬間に、血の気が引いた。全身から温度が消えた。そして、思い出されるお説教(拷問)。ベルが選んだ選択は、たったひとつ。

 

「────ラウル、僕はここには帰ってきてない。」

 

「…え?」

 

「…きっと、ロキが思い出す。あと、ロキに伝えて。『覚えてろ』って。」

 

「ちょっ、ベル!?」

 

「退散…!」

 

どこかで聞いた事がある。

 

三十六計逃げるに如かず。逃げるが勝ち。なんて言葉があるそうだ。情報元(ソース)はリリである。

 

逃げに逃げたベルは、結局『豊饒の女主人』に行き着いた。今日はあまり客がいないらしく、リュー達もそれほど忙しそうにはしていなかった。そのため、今現在ベルの隣にはリューがいる。

 

「それで逃げてきたと…リヴェリア様ならば、聞き入れてくれるでしょうに…」

 

「…今思えばそうだった…逃げたから余計怒られる気がする…」

 

しょぼくれるベルに呆れながら、リューは肩に手を置いてドンマイの意を示した。

 

「それ程に行きにくいならば…私も一緒に頭を下げましょう。」

 

「…あ、ありがと…」

 

机に突っ伏したまま、目だけをリューに流して恥ずかしそうに呟いた。

 

「貴方は、変な所で手がかかりますね。」

 

そう微笑むリューの顔から、プイッと視線をそらし、耳を赤くするベル。

 

「…ベル、最近私と目を合わせてくれませんが、何か…あったのですか?」

 

「ち、違う…なんでもない…うん…僕、平気。」

 

「…ベルさん、完全に堕ちたね。」

 

「堕ちたニャ」

 

「堕ちたねぇ…あの冒険者くんがなぁ…」

 

「何の話にゃ?」

 

『アホは黙ってて。』

 

「みんな揃ってなんなのニャ〜!?」

 

「ぶつくさ言ってないで働くんだよッ!!バカ娘共!」

 

ベルに詰め寄るリューを、面白そうに眺めているシルたちを怒鳴りつけ、ベルとリューを眺めてため息を吐く。

 

「リュー!買い出しに行ってきな。で?毎回リューの働く時間を奪ってる坊主も、もちろん手伝ってくれるんだろうね?」

 

「えっ、あ、はい…行きます…行くからそのゲンコツ下ろして…」

 

「み、ミア母さん…ベルは何故かゲンコツに対して異常な恐怖心を持っています。あまり脅さないであげてください…」

 

後ろにビクビクしながら隠れるベルを庇うように、リューは焦りながらミアに進言する。

 

顔は幾らかマシになった。

 

あの頃の様な緊張した表情は再び消え、どこか安らぎを感じているような。変わった。いいや、この少年に変わらされた。と言ったところか。

 

フンっ、と手を払いながら、さっさと行くように促し、そそくさと出て行こうとするベルの背中に、いつかの言葉を叩きつけた。

 

「坊主!言っただろう…うちの娘は、高くつくよ?」

 

「────ッ!?」

 

暫く惚けたベルは、漸くこの言葉の意味を悟り、茹で上がった。

 

「ベル?」

 

「────な、なんでも無い!!」

 

「えっ?あっ、ちょっと、引っ張らないでください!」

 

そんな様子を酒場の面々は眺め、ニヤニヤしていた。

 

 

 

「すみません、ベル…付き合わせてしまって…」

 

「ううん。良いんだ…女の子の、荷物を持ちは男の甲斐性だって…おじ……フィンが言ってたから…」

 

「…そうですか…?」

 

リューは、罪悪感に押しつぶされそうになるのを、必死に堪えていた。

ベルを孤独にしてしまった自分が、傍に居て良いのか。いや、いて良い訳がない。

 

リューは、改めて確かめることにした。

 

「…ベル…貴方は…貴方の家族を殺した人に対して、どう思っていますか…?」

 

「どう…?」

 

「はい、貴方は変わりました。仲間を持ち、家族を知り、貴方は笑顔をよく見せてくれるようになりました。でも…貴方の目的は変わっていないはずだ。」

 

「……」

 

押し黙るベルに、リューは続けた。

 

「…貴方の瞳には依然暗い感情が渦巻いています…もう一度問います。貴方は、復讐を遂げたいですか。」

 

ベルのベルベットの瞳を射抜くように見つめる。真剣な眼差しに、ベルは意外にも微笑んだ。

 

「…確かに、僕はまだ憎しみを持ってる…捨てきれない、多分、一生。その人を、殺したい。」

 

「……」

 

「でも、君が言うように、変われたんだ…君のおかげで変わることができた。」

 

「私の…」

 

苦しげな顔をするリューに近づいて、そっとリューの手を取った。

 

「わからない…が正解かな…ただ、僕は君と一緒に居たいだけだから…」

 

「…ベル…私は…!」

 

声を上げたリューの手をしっかりと握り、言葉を遮る。

 

「君の温もりが、人の温かさを誰よりも教えてくれた。君の言葉が、孤独にいた僕に手を差し伸べてくれた…この温かさが、君を…君という人を教えてくれた。」

 

「…っ…私、は…」

 

いっそ、その手に縋ってしまえれば楽だったのに、でも振り払うことなんてできなくて、ジッと次の言葉を待つだけだった。

真剣な眼差しのベルに、釘付けになった。甘美で、尊く、愛おしい。何か、魅了されているような。しかし、この愛しい熱に溺れたかった。ベルに抱き寄せられる。駄目だとわかっているのに、そんな資格が自分にはないと頭では理解しているのに。どうしても彼の熱を求めてしまう。彼の熱だけが愛おしい。リューは、自身の腕を、ベルの背中に回した。

 

胸に納まったリューを、ベルはさらに強く抱き締めた。

 

 

 

「リュー…僕は、君のことが…

 

 

 

 

 

 

────ッ!!」

 

 

 

 

そこまでベルが言った瞬間、ベルの直感が、危険信号を鳴らした。

瞬時に剣をリューの目の前で両断。銀線を弾く。

 

「シッ!!」

 

ベルの瞳に宿った朱い光が轍を残し、残像となって宙を舞う。

 

「なっ…!?」

 

そこからの剣戟は、リューの視界に捉えられるものではなかった。

目の前で鉄の悲鳴が聞こえたと思えば、次には自身の真上で、真横で、ベルの姿すら希薄に、残像が消えては現れる。

 

ただの衝撃だけで、暴風が巻き起こる。

 

ベルは、ただ目の前の男が放つ槍撃を捌き、弾き、斬り結ぶ。

 

壁を蹴り、縦横無尽に駆け巡り、リューを付け狙う目の前の戦車を弾き返す。

くるりと回転しながら、身軽に着地した男は、舌打ちを一つして、漸く口を開く。

 

「────化け物が…本当にLv4か…?」

 

猫耳に、灰色の尻尾。黒い軽装に、黒いバイザー。顔を隠した男。いいや────黒い戦車は、忌々しそうに口を開き、乱暴な口調を吐き出す。

其の姿を漸く視界に収め、リューは瞠目した。

 

「…っ【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】!?」

 

「……」

 

ベルは、その名を聞いても顔色一つ変えずに、リューの前に立ち、剣を構えて男を睨む。

 

「…何度も、リューを狙いやがって…この人は恩恵を受けてはいるけど、今は一般人だ…何故手を出す…主神の命令か…!」

 

「…フン…わざわざお荷物のお守りしてるテメェの責任だろう。嫌なら見捨てるんだな。」

 

「……」

 

その言葉の後に、戦車が前進。ベルに向かって不可視の槍をまた突き出す。しかし、韋駄竜は事も無げに、刀身で槍の切っ先を受け止め、当たり前のように弾き返す。

 

「…大丈夫、リュー。君は、守るから。」

 

「っ…ベル!」

 

瞬間、火花が弾き飛び、鉄身が悲鳴を上げリューの鼓膜が揺れる。

 

横薙ぎを防ぎ、そのまま槍の柄に体を当て、剣を槍に沿うように擦り合わせ前進、間合いに滑り込んだ瞬間に、剣を投げつける。スレスレで避けられた剣の影から、ベルが肉薄。バイザーごと顔面を拳が撃ち抜く。

 

「────ッ!?」

 

深く突き刺さった拳を避けるように、無意識のうちに背後に飛び威力を逃がすが、ベルは逃がさなかった。

 

「逃がすかッ!!【雷霆(ケラウノス)】!!」

 

「────ア"ア"ッ!?」

 

苦悶の声を上げ、後方に弾き飛び壁に激突。しかし、瞬時に立て直し、猛スピードで接近。槍をベルに突き出し、そこから猛撃が繰り出され、其のうちの一発が、ベルの頬肉を抉った。

 

(素のスピードだとまだ少し僕が遅いか…!)

 

「ベル!」

 

「大丈夫!」

 

飛び散る鮮血に、リューが叫ぶ。リューは今、動けずにいた。自身が行った所で、足手まとい。良くて肉壁。しかし、この高速の戦闘を目で追うことが限界のリューには、壁になるどころか、余波で肉片になってもおかしくはなかった。

 

(速すぎる…!!どちらが速いのかすら、分からない…!?)

守られている

 

ここまで、無力を痛感したのは、いつ以来か。あの災害の時を連想する。前も、今も、守られる。拳を、ぐっと握った。

 

繰り広げられる超高速の戦闘。切り払われた槍を遠心力とともに振るい、鍔迫り合いに持ち込む。顔を寄せた瞬間に、戦車は舌打ちをした。

 

「ヘドが出る…」

 

「……」

 

「わかってるくせになぁ…?」

 

「…」

 

「あぁ……くっだらねぇ…テメェのその眼が…!気に食わねぇんだよ!!」

 

更に、加速する。それは怒りを伴った一撃に変わり、ベルを襲う。しかし、ベルも負けじとスピードを上げる。ある種、互角の『追いかけっこ』が続く。

 

全部知ってる(・・・・・・)くせになぁ?」

 

「────」

 

ベルの様子が、変化する。

 

「…反吐が出んだよ。テメェの迷いが…剣に乗って伝わる。」

 

吐き捨てる様に、銀猫は槍を振るう。

 

「うざってぇ。鬱陶しいったらありゃしねぇ…テメェにイラつく、この俺にも…!」

 

「────るさい」

 

「どっちつかず。拮抗するその心に、心底イラつく。」

 

次の瞬間、ベルの感情が許容限界(キャパオーバー)に達した。

 

 

 

 

「────テメェの目的は、何だ?」

 

 

 

 

ピタッと、感情が消える。

 

その瞬間に、空気が死んだ。あらゆる音が消え、戦車の言葉だけが劈く悲鳴のように、ベルの耳に届いた。それが、限界への合図。

 

有り余る膂力で猫を弾き飛ばし、燻る暗い感情を発露させる。

 

止まったベルは、小さく、リューの目の前で呟いた。

 

「────いい…」

 

「え…?」

 

「もう、いい…なるべく、人には使いたくなかった…けど」

 

ベルは、俯いたまま大剣を構える。

 

「お前は…いい…もう、消えろ。死んでくれ。────死ね。」

 

その宣告は、竜の逆鱗に触れたことを意味した。たった一言に、極大の殺意を込めて、投げた。

 

気づきたく、なかった。

 

黒い柄を砕かんばかりに握った。

 

知らないふりをしていれば、幸せだった。

 

踏みしめた石畳は、クラッカーのように容易に砕けた。

 

知りたくなかったよ────僕だって。

 

唇から、血が滴った。

 

でも、お前は、お前が

 

「────【英雄よ(テンペスト)】」

 

悪いんだ。

 

迸る白雷。リューの視界を白く染めたソレは、更に勢いを増す。

 

「【人へと至れ(ハキュリス)】」

 

瞬間、ベルの立っていた地面が抉れ飛び、リューは突風に吹き飛ばされる。

 

「グッ…!?一体、何が…!?」

 

そして、リューが顔を振り上げ、最初に目に入った光景は

 

 

 

 

戦車の胴から弾け飛ぶ鮮血と、折れた銀槍。そして

 

 

 

 

戦車の背後で、白雷を纏ったベルが、剣を振り上げていた。

 

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