疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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第17話:竜の滝壷

「ベルぅ〜!いつの間にあんな美人捕まえたっすか!?」

 

「べ、別に捕まえてない!ただ、彼女とは縁があっただけ、で…」

 

「ここでも格差見せつけられたっす!あの反応は脈アリに決まってるっす!!そうじゃなきゃエルフがハグなんてするはずないっす!?」

 

「ラウル…貴方ね…」

 

現在16階層。第1部隊は既に合流地点である18階層の目前まで到達していた。

先程のベルとリューのやり取りで、ベルは絶賛イジられていた。レベルが同じということでこの2人、ラウル・ノールドとアナキティ・オータムとは関わりが多かった。

 

「ベルはラウルと違って遠征のお金ちょろまかして娼婦に現を抜かしてないからじゃない?」

 

「ちょっ!?アキ!その話はダメっす!ベルにはまだ知られてなかったのに!」

 

「うわぁ…」

 

「ほらぁ!!ゴミを見る目でこっちみてるじゃないっすかぁ!先輩としての威厳がぁ!」

 

「自業自得…あと先輩の威厳なんて、もとから無いから…」

 

呆れ気味にため息を吐いたアナキティも、ベルの変わり様には驚いていた。

 

「それにしても、本当に変わったわね…ベル。あの人のおかげ?」

 

「…リューのおかげもある、けど…皆のおかげ…だから、ありがとう。」

 

少し耳を赤くしながら、ベルは微笑んだ。

 

可愛い、何だこの生物は。

よく見なくとも顔良し、性格は一物抱えてはいるものの総合的に見れば可愛いものだ。頻度は少ないが綺麗に笑うし、人のことを思いやれる。冒険者らしくない少年。まだ子供ではあるが将来性はこのファミリアの中でダントツだろう。今考えればなぜ人気が出ないのか疑問でしかない。

 

「いいのよ、頑張ったのはあなただし…ね?」

 

「…撫でないで。」

 

「ふふっ、ごめんごめん。」

 

入り始めから幹部に目を掛けられ、それを気にもしない態度が周囲の風当たりを強くしたし、なまじ強すぎた彼に対する僻みも多かった。それを気の毒に思った者が気にかけ始め、アナキティもその頃からベルに関わり始めた口だ。

 

(私の場合は逆効果になるって反対してたけど…まぁ、本人が感謝してるならいいかな…)

 

ベルの姉貴分であるティオナに無理やり連れられ、気がつけばこうして普通に話す関係になっていた。それは、ラウルも同じ。ベルは、人を惹きつける魅力を持っていた。それはフィンやアイズ達とはまた別物。冒険という非日常に過ごす冒険者にとって、ベルは普通すぎた。その非日常を過ごす冒険者にとって、ベルという日常が、暖かく見えたのだ。

 

囲まれたベルは、リューとの関係性などをしつこく聞かれた。別に、誰もが期待するような恋物語(ラブストーリー)は別にない。ただ、共に過ごす日々で互いに惹かれ合っていただけ。ベルも純粋ではあるが、向こうの好意に気が付かないほど鈍感ではない。ベルの話を聞いていた女性陣はキャッキャしていた。ベルは居辛そうに囲まれていて、なかなか逃げ出せない。その場に熱心に話を聞くティオネがいるのはそっと見なかったことにした。ベルは、空気も読める様になった。

 

「何だありゃ…」

 

「さっきのエルフさんの話聞いてるんだってさ~。」

 

「ありゃ地獄だな…」

 

「…想像以上にくだらねぇ…」

 

後方で中衛の塊を見て、ベートとティオナ、ヴェルフが眺めていた。何度か救いの眼差しで見つめられたが、ベートは無視を決め込み、ティオナに関してはただこっちを見ているだけと思って手を振る始末。ヴェルフに至っては、巻き込まれたら溜まったものではない。ベルと同じ末路を辿ることは必至だ。

 

そうして、自分の恋路を語らされる地獄は17階層目前に着くまで続いた。見かねたフィンが、ベルに救いの手を差し伸べる。

 

「さて…そろそろベルを開放してくれないかい?彼も困ってるし、何よりそろそろゴライアスだ。」

 

「…助かった、フィン…」

 

「さっきまでの顔が嘘のように疲れ切ってるね…」

 

「地獄だった…」

 

死んだ目をするベルに、フィンは乾いた笑いを零した後に咳払いをする。

 

「ラウル」

 

「はいっす!どうも街の連中もウチらに倒してもらおうと放置しているみたいで…」

 

「はぁ…流石にゴライアスは無視できない…包囲網を敷いて一気に叩く───と、言いたいところだけど…ベル、いけるかい?」

 

『はぁ!?』

 

「ん、わかった。」

 

『えぇ!?』

 

ラウル一同がフィンの言葉に驚き、次に即答してみせたベルに驚いた。ゴライアスの等級はレベル4、つまりはベルのレベルと変わらない。普通ならば同じレベルといえど一人はかなりきつい。しかし、ベルはなんのこともなく答えてみせた。

 

「ベル、さっきの誓いを果たしてくれ───僕を、失望させないでくれよ?」

 

「了解。」

 

17階層、そこは巨人の住処。ダンジョンの最初の試練。

 

佇む巨人に視線を向けながら、ベルは大剣を抜き、その場に突き刺す。

 

「…まだ、使うまでもない。」

 

ベルに気づいたゴライアスの瞳が、白き竜を収める。強大な咆哮(ハウル)が響き、突風にコートが靡く。

 

そこで、一つ思い出した祖父に聞いた話。巨人と神々の戦争。何処かに幽閉された、女神と不死の巨人の話。

 

まぁ、しかし。目の前の巨人には、そんな不死性はないわけで。ベルは少し苦笑して、巨人を見つめた。

 

 

「そんなやつよりは楽、だね。」

 

 

巨人が、手を伸ばす。

 

 

 

 

「─────」

 

 

 

 

瞬間、弾けるような音と共に、巨人の首が吹き飛ぶ。黒混じりの瞳が最後に見たものは、脚を振り抜く純白の竜。

錐揉みに回転する首が壁に突き刺さったと同時、フィンの隣に竜は舞い降りた。

 

「これでいい?」

 

「流石だ、ベル。」

 

その言葉と共に、フィンは口元に笑みを浮かべた。

 

「ベート、何点?」

 

「80だな…角度が甘ぇ。」

 

「むぅ…」

 

ベートに教わった蹴りの点数に不満げにするベルを見て、各団員はやはりベルという少年が異常であることを理解した。

 

 

 

「第二陣が来るまで待機。各自自由に行動してくれ。集合し次第狼煙を上げる。それを合図に19階層入り口に集合だ。」

 

18階層。第二陣が来るまで待機とのこと。ティオナは、暇つぶしにベルから英雄譚を聞こうと思って探していたが、どこにもいない、何かに打ちひしがれているラウルに聞いたところ、ついさっきふらりとどこかに行ってしまったらしい。

 

少しの恐怖が、ティオナを覆った。

 

また、いなくなってしまったのではないか。

 

ティオナにとってもベルにとっても、ここは敗北の場所。仲間を失い、無力を痛感し、悲しみだけが生まれた場所なのだ。

 

ティオナは、あの場所に走った。

 

 

ベルがこの階層に来て、先ず訪れた場所。そこは岩場地帯。切り立った崖に囲まれた場所。ダンジョンの修復能力によって、あの惨状は既にない。

 

そこに立ち尽くすベルは、剣を地面に突き刺し拳を握りしめる。

 

「……」

 

あの時とは違う。自分にそう言い聞かせる。だがこの場所が、鮮明にあの場面をフラッシュバックさせる。

 

いいや、彼女は生きているのだ。正確には、"生き返った"なのだが。とにかく。彼女は生きて、誰かとともにいることが出来るようになったのだ。

でも、まだある恐怖。

 

守ると決めたのに…彼女も…なのに、どうして────

 

「…あれ、ベル?」

 

「えっ…リリ?」

 

そんな時、たまたまその場を通ったリリルカが、立ち尽くす後ろ姿に見覚えを感じ声をかければ、やはり自身の恩人であるベルだった。リリルカは、パーティーを組んでいる少女2人に断りを入れて、ベルの隣に立つ。

 

「…もう、ここまで来たんだね。」

 

「えぇ、公にはレベル1ですけど、実際はLv2ですし。この辺までなら余裕です。不測の事態でもなければ、と言う条件付きですけどね。」

 

「今の人達は、君のパーティー?」

 

「えぇ…この私が、どうしてかあの二人は、信じることが出来たんです。境遇が似てるからでしょうかね?」

 

少し前まで、彼女は自分のサポーターだった。どこか、寂しさを感じる声音が特徴的で、諦観と疑惑が入り混じる瞳で世界を『眺めていた』。でも、今はしっかりとその顔が笑っている。笑ってくれている。

 

「…変わったね。前は、そんな風に笑ってくれなかった。」

 

「はい…ベルが変えてくれました。無価値な私に、価値をつけてくれました。」

 

「君の努力した結果…僕は、特に何もしてない。」

 

「ふふっ…貴方がそれを言いますかねぇ?…いえ、それもベルのいい所、という事ですか。」

 

暫く、無言が包み込む。この沈黙も、彼女といる時は苦ではない。元々、会話が多いパーティーではなかったから。

 

「────僕は、ここで、色んな物を無くして…捨てたつもりだった。」

 

「……」

 

「仲間も、信念も…今まで歩いて来た、道も…自分の、命も。」

 

「……そう」

 

「でも、違くて…みんなちゃんとこの手にあって…全部、ちゃんと持ってた…でも…決心した筈なのに…何も無くさないって…全部守るって…でも…ここに来ると…自信が、無くなっていく…覚悟が…揺らいでしまう…」

 

俯きながらの独白は、敗北の経験から来る『(トラウマ)』だった。その傷は深く、固く誓った事でさえ、覆い隠してしまう程の深い傷。

 

彼女の中で最強の英雄である少年の弱った姿を初めて見て苦笑したリリは、偽りの無い瞳で、ベルの瞳を下から覗き込んだ。

彼女は手を取らない。その役目は、自分ではない。この迷子の少年の手を取るのは、私では無いのだ。

だから、ほんの少し、背中を押すだけ。

 

「私は、ここで貴方が何を失ったのか、今のその迷いも…私にはどうすることも出来ないのでしょう。だから…悔しいけれど、それを聞く気はありません。でも────私は貴方に救われました。他ならない、ベル・クラネルに。」

 

驚くベルを他所に、リリはイタズラが成功した子供のように、にひひっと笑って、ベルの額を指で突いた。

 

「胸を張りなさい。その選択を、自分を信じてあげなさい。貴方には何かを想い、慈しむ心があります。大丈夫、自分を誇りなさい。ベル・クラネル…貴方の迷いを、決意を知る人が、取り敢えず1人は、ここにいますから。」

 

彼女は気付いていた。前々から、彼の中にある悩み、葛藤も。しつこいくらいの自責の念。それは、彼らしいといえば彼らしい。全てを背負ってしまった少年は、きっとこう考えているだろうと。

 

少し前までの彼女であれば、こんな言葉は出てこなかった。それを変えたのは、確かにベルなのだ。

それだけ言って、リリはパーティーの元に帰っていく。

 

「私も、すぐ、そこに行きます。」

 

そう言って、彼女は走って行ってしまった

なんとも言い表せない感情を抱いたベルの胴体を、とてつもない衝撃が貫いた。

 

「ベルぅぅぅぅぅぅぅうう!!!!?」

 

「ぎゅぶっ…ティ、ティオナ?どうしたの?」

 

「ぎゅうにどっがいくがらぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

「い、え?何言ってるの?」

 

涙と鼻水でくしゃくしゃの顔を、優しく撫でて、ゆっくりと話を聞く。すると、この場所に来て、ティオナも怖くなったらしい。

 

「ごめんね、心配かけて。」

 

「…ううん、勝手に私がもーそーしただけだから…」

 

「そっか…さぁ、そろそろ来る頃だと思うから、皆のところに戻ろう。」

 

「うん…あっ、さっき誰と話してたの?邪魔しちゃった?」

 

ベルは、リリが去った方向を眺めながら、少し微笑んだ。

 

「…誰より弱くて、誰より強い人と話してた。」

 

「弱いのに、強いの?」

 

「うん。きっとすぐ…ここまで来る。」

 

含みが有るベルの言葉に、頸を傾げるだけのティオナは、すぐに切り替えていつもの笑顔でベルをファミリアの元に引っ張った。

 

すると、ちょうど第二陣が到着していたようで、レフィーヤがベルに駆け寄った。

 

「ベル!」

 

「レフィーヤ。何も無かったみたいだね。」

 

「Lv4の私たちが居て何かあったらとんでもないことじゃないですか。」

 

「言われればそうかも。」

 

レフィーヤはあの一件の後に、魔力の値が上限に達したことで器を昇華させた。彼女も、この遠征に向けて仕上げてきたのだ。

クスッと笑ったベルは、レフィーヤの輝く左手を握る。

 

「…今度は、ちゃんと守るから。」

 

「…頼みます。代わりに、背中は任せてください!」

 

含みのある言い方に、レフィーヤは儚げに笑う。彼女も、この階層に思うところがあるのだろう。しかし、花のように笑い合った2人は、団の列に続く。

 

ベルにとって、話にしか聞いたことのない未知。その未知に、ベルは拍動すら変えずに、頑然と立ち向かう。仲間がいる。それだけでいい。

 

リリの激励を無駄にしないためにも。自分は前に進まねばならない。何も零すことなく一歩ずつ。

 

 

 

 

 

「良い暴れっぷりだったな。技も前とは比較にならねぇ程冴えてる。」

 

「…ありがと」

 

「おいおい、まぁだ拗ねてんのか?言っただろ、この遠征でここぞっ!てときに渡してやるって。」

 

「むぅ…」

 

現在50層。予定の時間よりも随分と早く到着した。それも、ベルが初めてとは思えないほどの活躍を見せたことと、それに感化された幹部たちが暴れまわったことも大きく起因している。

今現在は、最後のミーティングが終わり、ベルは最後の整備と武器をヴェルフに出していた。拗ねているのは、幹部にヴェルフと椿の合作である武器を配っておいて、専属である自分に武器をくれなかったからだ。まぁ、驚く程に拗ねていることに、ヴェルフが若干の嬉しさを感じないといえば、それは嘘になる。

 

刃を研ぎながら、ヴェルフは「変わらないか」。そう零した。

 

「ベル、俺は前に言ったよな。この剣は持ち主の負の感情を感じ取り、宿主を選んでるって。」

 

「うん」

 

「…捨てきれて無いんだな。」

 

「うん。」

 

いつも傍にあった。言えば何より身近にあった感情。それは未だ燻っている。なのに、ベルは微笑んだ。

 

「この感情は、きっと死ぬまで消えない。でもね…それ以上に…愛しさを感じるんだ。」

 

ヴェルフには、全て話していた。自身の復讐のことも、全て、全てを。

 

それだと言うのに、少し頬を赤らめるものだから、ヴェルフは拍子抜けしてしまった。

 

「おーおー、惚気けてくれるぜ全くよ。」

 

「いつも顔すら見たこと無い主神の話しされるこっちの身にもなってほしい。」

 

本当に、言うようになった。ヴェルフは小生意気になった弟分に嬉しさ半分、少しの寂しさを覚えた。

 

「…俺はなぁ、ベル。魔剣鍛冶師だ。壊れて行く魔剣を腐るほど見てきた。それが嫌で嫌で…仕方なかった。だけどなぁ、いつからかそれがあるべき姿だと受け入れるようになった。」

 

いつからだろうか、その様が美しいと感じ始めたのは。その美しさが、人と似通っていると感じるようになったのは。

 

「俺は、唯一壊れない魔剣を打てる。だから、お前の事も…俺が不壊の剣にしてやらなきゃって思ったんだがなぁ…俺じゃあ、力不足だったわけだ。全く、滑稽だぜ。」

 

「そんなこと、ない!」

 

ずいっと迫ったベルは、いつになく興奮した様子で、ふんすっ、と息巻いた。

 

「確かに…彼女と出会った事は、大きかった。でも、その…オラリオで、初めて会ったのが、ヴェルフで良かったって思ってる。死ぬだけだった僕に…武器と言う力をくれた…僕は…それだけで、どこか支えられた気がしたんだ…」

 

本当に、嘘じゃないんだと。ベルは締めくくる。

 

思わぬベルの言葉に、ヴェルフはキョトンとしてしまう。まさか、口下手のベルが、ここまで言うとは思わなかったのだ。ヴェルフは、どこか弟の成長を見た兄の心境で、ツンとする鼻を擦って、ヘヘッと兄御の様に笑う。

 

「…ほんっと言ってくれるぜ、ったくよォ!」

 

「へぶっ」

 

思い切り背中を叩き、照れくさい気持ちを誤魔化す。咳き込むベルの頭を乱暴に撫でて、また豪快に笑った。

 

「ベル。武器は任せろ、ついでに背中も預けろ!きっちり守ってやる。お前は目の前の敵をぶっ飛ばせ!」

 

「────うん、任せた。」

 

突き出されたヴェルフの拳に、ベルがコツンと拳をぶつける。

 

男の友情は、これだけで十分に証明ができるのだ。

 

 

 

 

 

翌日、50層からポッカリと口を開ける幽谷への入り口。その入口に、勇者の一団は立ち向かう。怪物の慟哭にも似た叫びが反響する。

 

「ここからは無駄口は厳禁。戦闘準備だ、ベル。」

 

この階層まで素手を貫いてきたベルが、初めて柄を握り、重心を前に傾ける。

 

「行けッ、ベル!!!」

 

何よりも疾く飛び出したベルは、生まれ出たモンスターが顔を出した瞬間に頭を叩き潰し、殲滅する。

 

「予定通り正規ルートを進む!新種の接近には警戒しろ!モンスターはすべてベルが殺す!何があっても前に進め!!」

 

「ベル!前方進路と左通路から生まれるぞ!」

 

一番に先行するベルは、リヴェリアの声を聞き、前と左通路から生まれるモンスターを確認。それと同時に、前方に剣を投げて立ちふさがった怪物を尽く貫く。それを見届けることもなく、稲妻を伴ってリヴェリアの隣に舞い降り、真横まで迫っていた怪物に手を翳す。

 

「【雷霆(ケラウノス)】」

 

十匹はいたであろう集団のモンスターを飲み込み、雷霆が爆ぜる。大地を更地にする程の威力を持った稲妻は、瞬く間に怪物を灰に変えた。

 

リヴェリアと視線を交叉させたベルは、何も言うことなく其の場から分隊の先頭に一気に駆け抜け、未だ流星の如く速さで突き進んでいた剣に追いつき、その柄を捕まえる。

 

「ハァァァッ!!!」

 

剣を握った瞬間、迫った怪物を両断し、また駆け出す。ここまでの動きが、ほんの数秒の内に行われる。未だ団員はモンスターと戦闘することなく、ただ走っているだけ。そのことに、フィンは複雑な顔をする。

 

「うーん…遠征ってこんなに楽だったかなぁ。」

 

「あぁ…ベルとの格差が開いていくっす…」

 

「いや、アレと比べるのはお主が馬鹿だろう。Lv5の手前で影も見えんとか、どんな速度だ。」

 

「ハッハッ!!景気が良いなぁベル!」

 

「ほんと、絶好調です!」

 

「ベルはやーい!!」

 

弟分の活躍にはしゃぐレフィーヤ、ヴェルフとティオナに、呆れが孕んだ視線が向けられるが、3人は気にしない。

しかし、突き進む分隊の眼前に極彩色が広がった。フィンが周囲の音を掻き消すように叫ぶ。

 

「新種だ!ベル!!」

 

その言葉に、ベルは剣を肩に担ぎ右手を突き出す。リンッ、リンッ、と鳴り響く鈴の音すら置き去りに、ベルは迫るヴィルガと激突する。

 

雷霆(ケラウノス)ッッッ!!!」

 

激突した瞬間。空気が爆ぜる程の爆音が響き、白い閃光が弾ける。

 

 

 

「────みんな、52階層の入口だよ。」

 

 

 

その場には、何も残らなかった。怪物達の灰すらも消し飛ばし、ベルは道を切り開いた。

 

「いやはや凄まじい…この威力の魔法が魔剣で出せれば…」

 

「アホ抜かせ。俺の魔剣2本使って勝負にならなかったんだぞ。ありゃ別物だ。」

 

「おい、まて。アレは精霊の力を真っ向から捩じ伏せるという事か?」

 

「まぁ、そーゆーことだ。」

 

驚く椿を他所に、隣でその話に耳を傾けていたフィンは1人納得した。

 

ヴェルフの魔剣は、ただの魔剣ではない。詳細は省くが、クロッゾの魔剣と呼ばれる精霊の加護を授かった伝説的な魔剣である。それは今のところヴェルフにしか鍛つ事は出来ない。そしてその威力は、都市最強の魔法使いである、リヴェリアとも匹敵するのだ。その魔剣2本とぶつかっても尚勝負にならないと言うでは無いか。ベルの魔法がどれほど巫山戯た威力か伺える。

 

(明らかに精霊…それも、最上位の精霊アリアより上位の存在からの恩恵を受けている…か。いやはや、つくづく精霊とは縁がある…)

 

苦笑したフィンは、頭を振って余計な思考を排除する。

ここからは、ベルがいるとはいえ、その思考すら邪魔になる。

 

「さて…ここからは補給はできないと思ってくれ。」

 

無言でフィンの言葉を聞きいれた全員は、緊張の面持ちを浮かべる。天真爛漫を擬人化したようなティオナでさえ、汗を流している。その様子を見て、ベルも気を引き締める。

 

「行くぞ!」

 

その掛け声と共に、全員が駆け出す。

 

「モンスターは弾き返すだけでいい!決して狙撃(・・)されるな!」

 

ラウルは、50階層で皆に語った『52階層からは地獄であると。』

 

「もっと急ぐっすよ!」

 

追従する椿に、ラウルが焦るように急かす。

 

「手前はここまで深い階層に降りたことはないのだが!本当なのか!狙撃(・・)とは────」

 

そこまで声を上げて、竜の咆哮に掻き消された。

 

「来るっ!」

 

ベルの声に、フィンが指示を出した。

 

「ベート!転身しろ!」

 

ベートがその場から転身する寸前、地面が爆ぜる。ギリギリで避けたベートは、苦い表情のまま体勢を整え、無理矢理に進む。

 

続けざまに複数の熱線が階層を無視して地面から生えるように貫いてくる。

レフィーヤは聞いていた以上の状況に歯噛みをするも、なにくそ!と気合を入れて、キッ!と眉を吊り上げる。だからだろうか。目の前を走るラウルに迫る、攻撃に気づいたのは。

 

「ラウルさん!」

 

「ッレフィーヤ!!!」

 

ラウルを突き飛ばし、デフォルメススパイダーの糸を体で阻止。ものすごい力で引き寄せられ、ラウルの代わりに、その毒牙が向けられる。

しかし、レフィーヤは瞬時に体を捻り反転。銀腕を突き出し魔力の塊をぶち当てる。殺すまでは行かないものの、吹き飛ばすことには成功した。しかし、まだ終わらない。

 

「────」

 

レフィーヤに毒牙を剥いたモンスターは無差別に放たれる砲撃に晒され、溶けるように絶命する。そして、未だ宙を漂うレフィーヤは、砲撃によってポッカリと口を開けた大穴に吸い込まれるように落ちて行く。

 

「クソッ…!!レフィーヤッッ!!」

 

救出に入ろうとしたベルだったが、邪魔をするように襲い来るモンスターを、怒りのままに粉砕する。しかし、その一瞬の足止めが、ベルの判断を早めた。

 

「フィン!先に59階層でレフィーヤとこの砲撃を潰す!援軍はいらない!」

 

「───わかった!」

 

フィンの言葉を聞き届けるよりも先に、ベルはレフィーヤが落ちる大穴に飛び込み、レフィーヤの元に翼を生やし、一直線に飛ぶ。

先の見えない大穴に放り込まれたレフィーヤは、迫り来る大砲撃を前に、覚悟を決めていた。

 

しかし、バサッ、と翔く音が響くと同時。自身の真横を漆黒の竜が横切った。

 

「────お返しだッ!」

 

迫る熱線の大砲撃に、黒剣を振り下ろしたベルは一瞬の拮抗の後、背に生えた竜の翼を強く羽ばたかせ、競り合うその砲撃を押し出す様に弾き返す。

 

ベクトルを反転させた砲撃は、はるか下へと消えて行き、竜の断末魔と共に完全に消え去った。

 

「レフィーヤ!」

 

「ベル!」

 

文字通り飛びながら、ベルはレフィーヤを抱き寄せ、迫る翼竜の攻撃をヒラリヒラリと躱し、成すべきことを告げる。

 

「レフィーヤ!このまま下に降りて、この砲撃を止める!僕達2人で(・・・)!!」

 

「!」

 

ベルは、強い。誰にも頼ること無く、自分を守りながらでも、きっとこの場を乗り切れるだろう。だが、彼は自分を信じて、力を貸してくれと言っている。

 

ならば、その期待に応えたい。その一心で、彼女は杖を握り締める。

 

「────任せなさい!」

 

いつになく勝気なレフィーヤは好戦的な笑みを浮かべ、声を張り上げた。

 

「ベルより強い竜なんて居るもんですか!」

 

「当然!行こう、レフィーヤ!」

 

「ぶちかましてやります!」

 

白き竜と千の妖精は、竜の滝壺に挑む。

 

 




感想お待ちしておりますー。

区切るところがめっちゃ難しい。

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