疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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第20話:英雄の灯火(フィン・ディムナ)

いつからだろうか。

 

【勇者】と謳われながら、胸中ではただ己を【人工の英雄】と、無意識のうちに卑下するようになったのは。

 

きっと、一族の復興を目指した瞬間に、人造の英雄として完成していたのかもしれない。

 

それから、その道を歩んで行き、とうとうLv6にまで上り詰めた。それからは、ただ英雄を演じた。皆が望む【英雄】を演じ続けた。それでいいと、己に言い聞かせていた。間違いじゃない、間違っていない。こんなにも名声が集まった。自分を慕う仲間も集まった。ここから、更に英雄の階段を上ってやる。そう、思っていた矢先。

 

フィンは、ベルに出会った。

 

初めて会った時、既視感を覚え、その正体が過去のアイズである事がわかった。

 

復讐に燃え、誰も寄せ付けない。貪欲に強さを求めるが、反対に限界を理解していて、過去のアイズよりは聞き分けが良かった。強かったが故に、団員に疎まれることもあった。そんな彼と親しくする者もいなかった訳では無い。1部の派閥幹部や、二軍のメンバーとは特に親しく見えた。彼には彼なりの人を惹きつける魅力があるのだろうと思っていた。子供のように柔らかく微笑むところを見て、まだまだ子供だと。そう思っていた。

 

そう、彼を侮っていたのだ。そして、いつしか思い知らされた。なるべくして生まれた存在との、圧倒的な迄の差を。

 

その片鱗を見せたベルは、新種のモンスターを討伐しレベルアップ。犠牲を出しながら、アイズが敵わなかった敵を撃退しレベルアップ。折れてしまったと思われた彼は、単身で弔い合戦に向かい、見事仇を撃破。3度目のレベルアップを成し遂げた。

 

これが、たったの数ヶ月の間に起こった。

 

そう、ベルはフィンの様に全てが作られた【人工の英雄】では無い。

 

彼は、【英雄】なのだ。

 

レフィーヤを殺され、絶望を目の当たりにしても、立ち上がった。心を、想いを燃やして、見事成し遂げた。

 

そして今も、ベルは自分達を信じ、想いを託してくれた。絶望から全員を引き上げてくれた。

 

暗い絶望の中に、一筋の稲妻を舞落としたのだ。

 

(ベル…認めよう…僕は────)

 

槍を薙ぐように振り抜き、目の前の敵をただ見据える。その様が、ベルのように見えて、ティオナ達は思わず2度見した。それほどまでに、フィンの背中にベルを感じた。

 

フィンは、ベルが羨ましかった。

 

まるで物語を直接見ている様な壮絶なまでの強さ。既に、オラリオに敵う者は居ないだろう。オッタルでさえ、あれ程早く、そして強く無い。

 

フィンは、ベルという英雄に、憧れたのだ。

 

彼は、全てを救える訳では無い。多くを失った。家族を、友人を。

 

悲しみに暮れ涙を流し、進むべき道を見失った。彼は、栄華を飾る英雄ではない。

 

苦しみ、悩み、時に折れそうになってしまう。

 

けれど、最後に想いを燃やし、誰かを守るために己を賭すことが出来る。不可能だと思われたことを成し遂げたのだ。

 

フィンは、胸に灯る闘志にも似た憧憬の炎を、しっかりと握りしめる。

 

「…腐っても、現代の英雄の端くれだ。此のくらい…成し遂げなきゃね…ベル。」

 

そうして、勇者は踏み出す。ただ勇ましく前に進む者ではなく、不可能を実現する、英雄への道を。

 

 

 

「総員、突撃ッ!!!」

 

 

『────ッッ!!!!』

 

 

その号令に、雄叫びで応える英雄達は、道を切り拓く為だけに、戦火に身を投じる。

 

「アイズ!全力の一撃で道を開け!他の者はアイズを守れ!レフィーヤ、リヴェリア!並行詠唱を開始!魔法の選択は任せる!ラウル、アリシア、ナルヴィ、椿!後ろは任せる!!」

 

目覚めよ(テンペスト)!」

 

「わかりました!」

 

「任せろ!!」

 

『了解!!』

 

その指示をもって、もはや指揮は不要と判断した。

 

再度出現した新種のモンスターを確認し、アイズが蹂躙する。

 

フィンはただ、魔力を槍に全て込めて、全力の砲撃で終わらせる。魔力を全て注ぎ込むため、魔法は使えない。だから、道を切り開いてくれる全員に全てが賭けられている。

 

フィンはこの場の全員に信頼以上のものを預けている。期待以上の働きをしてくれる。それが、彼らだから。

 

しかし、その進軍を嘲笑うかの様に、精霊は再び詠唱を開始した。

 

「【火ヨ、来タレ。紅蓮ノ壁ヨ、業火ノ咆哮ヨ、突風ノ力ヲ借リ世界ヲ閉ザセ】」

 

『ッ!?』

 

全員が、再び顔を青ざめさせた。あの砲撃が、また来る。

だが、止まれない。止まれば終わりだ。しかし、全員が理解しているからこそ、僅かな迷いが生じた。

 

「【───全テヲ焦土ト変エ怒リト嘆キノ号砲ヲ我ガ愛セシ英雄ノ命ノ代償ヲ──】」

 

詠唱が残り数節になった時、全員の背後から、緋色の焔が飛び出した。

 

 

 

「迷うんじゃねぇ───ッ!!!」

 

 

『────!?』

 

 

 

ヴェルフだ。

 

穴だらけになった着流しを引き千切り、血だらけのままに駆け出した。

 

ヴェルフは唇を噛み締め、痛みと戦った。それは、強い無念の現れ。

本来は自分の役割である魔法潰し。しかし、それすら出来ず、地に伏した。悔しい。ベルはその身を賭けて自分を守ってくれたのに。

 

強く握った左手は、唐紅(からくれない)の柄を握った。

 

本来なら使う筈のなかった、奥の手。

自身の魔剣と並び、最強を誇るスキル。

 

瀕死状態に陥る事でのみ発動するという、極めて危険な条件をもつ、特殊スキルでありながら、その効果故に使わぬ事が出来ずにいる。

 

Lv3の時、わざとこのスキルを発動させてゴライアスを一撃で屠り、自身の器を昇華させた。

 

その時から、彼の主神であるヘファイストスには、使うな。と厳命される程に危険。しかし、その危険に見合った効果は確かにあるのだ。

 

左腕の手首には、光る腕輪が連なるように揺れる。

 

【ヴェルンド】

・重傷状態により、全ステータスに対する大幅な強化。

・魔剣威力の昇華。

・自信が制作した武器装備時筋力の大幅な上昇。

・魔法に対する耐性。

・【ウィルオ・ウィスプ】の発動不可。

 

此のスキルをもって、勇者の道を切り開く。

 

「退けぇぇぇ────ッッ!!!!」

 

迫り来るヴィルガと触手の尽くを焼き払い、誰よりも前を進み、ヴェルフは目の前に焼け焦げた道を作り出す。

 

「うっそ!?アイツあんなに強かったっけ!?」

 

「なんだっていい!彼に続けッ!遅れをとるな!!」

 

フィン達は、ヴェルフの発破に負けじと彼の作り出す道を辿る。

 

「【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ火精霊炎ノ化身炎ノ女王──】」

 

未だ紡がれる詠唱に、皆が焦りを見せる中。ヴェルフは、己の血が騒ぐ感覚を覚えた。わかっている、此のスキルだけでは、足りない。

 

この精霊を見た時、己の血が反応した感覚。

 

アイズと初めて対面した時、この感覚を僅かに感じた。

 

ベルと出会った時にも感じた。

 

しかし、ベルに感じたそれは、上の二つとは比べ物にならないものだった。ゾクリと体が震え、血が跪いている感覚。

圧倒的な上位者に、無意識に血が跪いたのだ。

 

この感覚に共通があるとするのなら、きっとそう(・・)なのだろう。

ならば引鉄(トリガー)は、これでいい。

 

先祖返り(・・・・)程度の自分では、直系の濃い血には及ばない。そんなことは分かっている。

 

でも、それでも良い。守りたい、戦いたい、だから頼む。起きてくれ。

 

恨んでいた此の血筋に、敬愛する主神(ヘファイストス)が気づかせてくれた、この血筋の意味を。ヴェルフは噛みしめる

 

(都合がいいなんてのは百も承知だ…!だけど、一回…此の一回きりで構わねぇ…!だから───!!)

 

血が騒ぐ、燃えるように背中が熱い。願う、起きてくれ、と。恩恵が燃えているのがわかる。

 

「──スト─!」

 

守らせてくれ、(ベル)が信じた英雄達を。

 

 

「───ペスト…!」

 

 

その魂から、想いを叫べ。此の燃え滾る情熱の炎を、心の炉に灯せ。

 

 

「頼む…!俺に、力を寄越せッ!!!」

 

 

「【ファイア・ストーム】」

 

穢れた精霊の詠唱が完結した瞬間。ヴェルフの(想い)は、爆発する

 

 

 

 

「───【炎よ(テンペスト)】ッッ!!!」

 

 

 

 

迫る大瀑布に立ち向かうヴェルフに、紅蓮の炎が寄り添った。ヴェルフを爆心地にして炸裂した焔は、ゆっくりとヴェルフを包み込む。その魔力に、力に、ヴェルフは拳を握り、不敵に笑った。

 

「この魔力…アイズよりも…!?」

 

「二人と同じ詠唱!?」

 

魔力を感じ取ったエルフの師弟は、その強大さに驚き、その優しき焔に見入ってしまう。

 

「…これならっ…!」

 

止められる。その確信をもって、ヴェルフは己を一筋の炎弾に変え、大瀑布に挑む。

 

手に握る最初(始まり)と同じ名を持つ魔剣。己に血を託した精霊の焔。そして背中には、守るべき弟分。

 

なにを恐れることがあろうか。あの精霊よりも、(コイツ)の扱いは慣れている。

魂から叫ぶ。その咆哮が、彼に英雄の階段を登らせた。

 

「俺はっ、英雄(おまえ)と共に歩む者!!なぁ!そうだろ!ベルッ!!!」

 

大瀑布がヴェルフを焦がす中、ヴェルフは尚不敵に笑うのだ。此の程度の熱で音を上げる等、笑止千万。英雄と共に歩む覚悟を刻み込んだヴェルフには、此の熱は生温い。

 

振り上げた紅蓮を、焔が抱きしめる。それは、消滅を約束された、ただ一度きりの奇跡の魔剣。

 

 

 

 

「始高─【炎帝・煌月】ィィィィ───!!!」

 

 

 

 

ヴェルフが放ったその豪火は、大瀑布との一瞬の拮抗を見せる。

その数瞬後、爆音にかき消されるヴェルフの雄叫びに、炎が共鳴するように燃え上がった。

 

横薙ぎに振ったその軌跡が、日輪となって瀑布を、絶望を覆す。

その日輪が大瀑布を弾き返し、上書きするように紅蓮で染め上げた。

 

「───っイヤぁァァァあぁ!?!」

 

その日輪は精霊の半身を炭化したようにボロボロに焼き切った。同時に、ヴェルフの体も限界を迎え、威力に押し出されるように、進軍するフィンたちとは反対の方向に崩れ落ちた。

 

誰も、そのヴェルフを支えることはない。この進軍を、意味有るものにしなければならないから。彼の一撃を、無駄にしてはいけない。

 

ただ敵を見据えるフィンが、大の字に倒れるヴェルフの横を通り過ぎた時、確かに聞こえた。彼の、精一杯の声援が。

 

 

 

「止まるんじゃねぇぞ…英雄共(ロキ・ファミリア)…」

 

「────あぁ。」

 

 

 

ヴェルフはその言葉を聞いて、兄御の様に笑って見せた。

 

「なぁ…ベル…一矢報いてやったぜ…」

 

ヴェルフに宿った精霊の焔。それは、火種ほどに弱々しくなっても尚、強く、燃え盛るようにヴェルフの手に残っていた。

 

「すまねぇ…」

 

その謝罪は、過去に己の祖先に血を分けた精霊に向けて。初めて、此の血に感謝した。抱きしめるように胸に添えた焔は、微笑むように燃え尽きた。それはまるで、精霊が齎した、たった一度の奇跡のように、魔剣のように、儚く花のように散っていった。

 

「ウルス─────!!邪魔ヲ…!!」

 

穢れた精霊はヴェルフの倒れる姿をみて、忌々しげに睨んだ後、炭化した半身を急速に修復。

新たな魔法を紡ぎ出す。

 

「【突キ進メ雷鳴ノ槍代行者タル我ガ名ハ雷精霊雷ノ化身雷ノ女王──】」

 

その魔法は速攻魔法。たった一節の詠唱をもって、魔法を打ち出す。

 

しかし、ヴェルフが稼いだ時間は、決して無駄ではない。

このオラリオにおける、最強の魔道士、リヴェリアとその弟子、レフィーヤの詠唱の時間を稼いでみせたのだ。

 

「【円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪。どうか――力を貸し与えてほしい】!!」

 

「【吹雪け、三度の厳冬――我が名はアールヴ】!!」

 

並行詠唱を完結させ、飛び出したリヴェリアは、最前列で杖を振るう。

 

「レフィーヤ!合わせろ!!」

 

「分かってますッ!!」

 

いつになく不遜に叫んだレフィーヤは、リヴェリアに続く。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

「【サンダー・レイ】!」

 

迸る稲妻を、目の前に放った猛吹雪によって壁を作り出し、稲妻の槍を一瞬防ぎ切る。

 

「ぐっ…!?──オオオォォォォォッッ!!!」

 

規格外の威力に、リヴェリアは奥歯を噛み締め、外聞なんぞもかなぐり捨てて、ベルのように吠えた。

自分の物よりも強力で、詠唱は短文、極め付きに高速詠唱までついているのに、この威力。生み出した氷の壁は、壊されては生み出しを繰り返している。

 

魔法使いとして、圧倒的な格差を叩きつけられた。しかし、リヴェリアは屈しない。自分を信じた英雄の期待に応えるために、なにくそと踏ん張った。

 

「この感じ…ベル…!」

 

通常よりも強く、より猛烈に吹雪いたリヴェリアの魔法を見て、レフィーヤは確信した。

 

 

ベルが、まだ一緒に戦ってくれている。

 

 

ボロボロになったベルを思い浮かべ、レフィーヤはどこからか、ブチッ、と何かがキレる音を聞いた。

 

きっと、痛かっただろう。苦しかっただろう。酷い火傷、白く燃え尽きたように煤けた、漆黒だったはずの鱗。優しい弟を傷つけた、あの精霊に心の底からムカついている。

 

「燃やし尽くしてやりますッ!!このクソ精霊ッ!!」

 

レフィーヤは、ぶちキレた。

プッツン行ってしまったのだ。可愛い弟分を傷つけられて、今までにないほどにキレている。

 

その怒りの炎は、レフィーヤの新たなスキルを発動させる。

 

妖精激怒(ネライダ・シィモス)

・怒り状態により発動。

・発動時魔力値の超上昇。

・怒りの丈により魔法威力増幅。

・マインド消費を倍にし、【アルクス・レイ】【ヒュゼレイド・ファラーリカ】の詠唱破棄。

・【エルフ・リング】発動後の魔法詠唱破棄、【エルフ・リング】のマインド消費破棄。

 

家族を傷つけた敵への、弱い己への怒りが、彼女にこの反則レベルのスキルを発現させた。

 

「【エルフ・リング】───【レア・ラーヴァテイン】ッ!!」

 

ノータイムで放たれる全方位の殲滅魔法は、レフィーヤ達の背後に迫るヴィルガの群れを、稲妻の槍を、氷の障壁諸共焼き尽くす。己が知る最強の広範囲魔法、魔法において最強のエルフ。リヴェリア・リヨス・アールヴのみに許された、権能。それを本人以外で唯一振るうことのできるレフィーヤは、自身の成長とともに、ベルの暖かな温もりを隣に感じた気がした。

 

「──アアアアアアッ!?」

 

その爆撃は、精霊を守る触手すらも焼き払い、完全な無防備の状態を作り出す。レフィーヤは、此の瞬間を待っていた。

 

杖を突き出せば、花のような魔法陣が咲き誇り、一瞬のうちに魔法が放たれる。

 

「【アルクス・レイ】!!」

 

「っ…【突キ進メ雷鳴ノ槍代行者タル我ガ名ハ雷精霊雷ノ化身雷ノ女王─【サンダー・レイ】!」

 

しかし、その隙きも、高速詠唱で埋められる。

 

だからなんだ。こっちは、最強の雷霆を知っている。最強の雷を知っている。その程度の雷が、いきがるな。

激突した炎の極光と稲妻の槍は、果たして拮抗する。

 

「ぐッ…!ぬぁ、アアアアアア!!!こんな物…!!ベルの魔法にくら、べたら…!!」

 

ギリッと食いしばったレフィーヤは、蹈鞴(たたら)を踏んでその脚を前に進めた。

弟が頑張ったのだ。自分も、彼と同じ場所に上がらねばならない。

 

私も、英雄の舞台に。止まれない、進むって決めたから。止まりたくないと、この心が叫んでいる。

 

だから、叫ぼう。道を作ろう。

 

レフィーヤは、心のままに叫んだ。

 

「こんな、物ぉぉぉぉぉぉ───!!」

 

稲妻と極光は混ざり合い、大爆発を巻き起こす。

 

しかし、相殺。

 

それが限界だった。ベルと自身のスキルで強化されていても、尚届かなかった。

 

(でも…)

 

それで良い。皆が前に進めれば。それで良い。もう、あの精霊に魔法を唱える時間はない。接敵は数瞬後。決着は、もうすぐそこに見えている。

 

魔法の爆発に吹き飛ばされたレフィーヤを、リヴェリアが抱きとめる。

 

「よくやった…レフィーヤ…」

 

「へ、えへへ…やって、やりました…」

 

そうして拳を握ったレフィーヤは、マインドを全て無くし、気絶するように眠りについた。

その様子を見遂げたリヴェリアは、フィンの背中に小さく投げかけた。

 

「…後は、任せるぞ。」

 

巻き上がる爆煙を目隠しに、フィンたちは進む。もう、目標は目の前にいる。

煙幕からまず飛び出したのは、ベートだった。

 

「アイズ!風寄越せ!」

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

アイズの風を特殊武装フロスヴィルトに纏ったベートは、獣の如き咆哮を上げながら、未だ怯む精霊の首元に、噛み付かんと肉薄した。

 

ベートの気迫は、正に餓狼が如く苛烈なもの。初めて感じる、身の危険に、精霊は体を硬直させた。

好機と見たベートは、続くアイズと共に風に押され、襲いかかった。

 

しかし、ここで予想外が起きた。

 

唐突に真下から出現した、厚い触手の壁。その壁は、ベートとアイズの一撃をもってしても、びくともしなかった。

 

(突撃が…!)

 

止まってしまった。

 

アイズは、奥歯を噛み締めた。

皆が作ってくれた唯一のチャンスが、ベルが命がけで守ってくれたのに、自分は、何もできていない。その悔しさに滲ませる表情を、ベートは見ていた。

 

そして、吠える。

 

「───諦めてんじゃねぇぞッ!!」

 

「っ!?」

 

ベートは、ベルに守られた事実が、気に食わなかった。ベルを仲間だと、本物だとベートは認めていたのに。自分が守られる対象であったことが、ベートに怒りの感情を湧き上がらせた。

 

仲間だろう?背中を預け合う筈だろう?

 

なぜ、お前(ベート)はベルに守られている?

 

雑魚と同じ真似を晒し、何故吠えずにいられる?

 

食いしばった口から、血が滴った。

脚を振り抜き、未だ動かぬ壁を蹴り続ける。脚に激痛が走り、足の骨に罅が入ったことを知覚するが、どれも無視。

 

ただひたすらに、自分への怒りを触手の壁に叩きつける。俺が、守られてどうするんだ。そう叫ぶように。

 

「いいかアイズ!テメェが諦めてんじゃねぇ!アイツの想いを無駄にするつもりかッ!?」

 

「っ!」

 

「雑魚と同じ真似してんじゃねぇ!!お前は、雑魚じゃねぇだろッ!!」

 

アイズは、その言葉に目を見開きながら、確かに敵を見据えた。

その瞬間、槍のように飛び出した触手群がベートを貫いた。突然の出来事に、停止したアイズだったが、ベートは尚も止まらない。

 

「───っ舐めんじゃねぇぇぇッッ!!」

 

硬い触手を引きちぎり、また壁に立ち向かった。

その突撃に、三人の戦士が追従する。

 

『オォォォラアァァァッッ!!』

 

ティオナ、ティオネ、ガレスが雄叫びを上げながら、壁を殴りつける。

 

「なろぉぉぉぉぉ!!」

 

「ジジイ!もっと力上げやがれ!!」

 

「黙れ小娘が!やっとるわぁ!!」

 

斧で、ハルバートで、大剣で殴りかかった3人は、ひたすらに壁を壊す為に、止まることなく殴り続ける。

 

「ベルが守ってくれたから!私、頑張るよ!難しい事わかんないけど、ベルが私達に託してくれた!私たちを、英雄って言ってくれた!だから、戦う!」

 

ティオナは、ただベルの期待に応えたかった。姉のように慕ってくれる弟が、どこか自分の憧憬(アルゴノゥト)に重なって見えたから。

 

「こいつを倒して、私は笑う!皆も、ベルも!私は、私のなりたい英雄になるから!」

 

ティオナは、自分ではない誰かの笑顔のために、ベルの為に剣を振るう。

 

「口より手ぇ動かせ!バカティオナァ!んなのったり前だろうがァッ!!」

 

「ガハハハハ!!その通り!英雄に挑むも、戦士の誉れよなぁッ!!」

 

「行っくぞー!ガレス!ティオネ!せーっのっ!」

 

『どりゃァァァァァァッッ!!!』

 

重なる攻撃が、壁に綻びを作った。ガレスは、その瞬間を見逃さず、剛力無双の怪力をもって、道をこじ開ける。

 

そこに再度殺到する触手の槍をまともに受け止めて、身体中を穿たれる。ティオナ、ティオネは吹き飛ばされ、一撃で再起不能に陥った。

 

「────温いわァァァァッ!!!」

 

しかし、ガレスは怯まぬ。自身が一瞬でも恐怖した大瀑布に、立ち向かった英雄の背を見ていたから。

 

(ベル)に出来て、儂にできんと思ったかぁッ!?」

 

全ての触手を鷲掴み、引き千切る。

 

「行けェッ!アイズ!フィン!」

 

全ては、この瞬間の為に。全員が命を賭けた。

 

壁を抜けた先、もう目標は目の前にいる。

 

しかし、まだそこには槍の雨が殺到する。2人を貫かんが為に、主を守るように。

 

その時、開いた穴から、ベートが飛び上がった。

 

「やれッ!アイズ!!!」

 

「ッ!【吹き荒れろ(テンペスト)】ッ!!」

 

ただ一言、その一言だけで、アイズは理解した。自身の最強を持って、槍の雨を振り払えと。

 

振り抜かれたベートの足、そこを足場にして、アイズはいつかの必殺を思い浮かべた。

 

アイズの魔法【エアリアル】最大出力。

 

その風は嵐の如く、全てを飲み込み引き潰す。

主神(ロキ)に言われた【技に名をつければ強くなる】という言葉を真に受けて、名をつけた必殺の嵐。

 

 

「【リル・ラファーガ】────ッ!!」

 

 

ベートの足が、反動で砕け、空中を錐揉み回転しながら地面に叩きつけられる。

 

それすらも、今は見ない。目の前の障害を、フィンのために排除する。

 

死の雨と嵐は激突する。

突き進む嵐を必死に止める死の雨は、徐々に嵐の強さを削ぎとっていく。切り裂かれる体に鞭を打って、ただひたすらに前に突き進む。

 

「────ああああぁぁぁ!!!!!!」

 

叫ぶ、想いを乗せて。穿(つらぬ)けと。

 

「【穿ち抜け(テンペスト)】────ッ!」

 

嵐は雨に飲み込まれ、嘘のように静寂を残し消えていく。

 

黄金の風が揺れ、死の雨が晴れる。そこにあるのは、勇者との邂逅。

 

アイズは、死の雨を払って見せた。

 

「…行って、フィン…」

 

脱力したアイズは、地面に向けて落下していく。

 

ギュッと握り締められた槍は、稲妻の如き輝きを放つ。

 

勇者の螺旋が煌めいた。フィンは、辿り着いたのだ。

 

「終わりだ────ッ!?」

 

その時、誰もが勝利を確信した。

しかし、誰よりも臆病で、英雄から程遠かった筈の凡兵だけが見ていた。臆病が故に、最後までその目に焼き付けていたが故に。

 

見ていたのだ、フィンの目の前に出現した、氷の槍に。

 

「────ッ!?」

 

「ラウル!?」

 

「ナルヴィ、アリシア!そのまま椿さんと後方で支援!俺は────行くっす!」

 

ラウルは簡素な銀の槍を掴み、駆け出していた。

 

ロキ・ファミリアにおける二軍のリーダー。臆病で、ひたすらに平凡。故に与えられた2つ名は【ハイ・ノービス】。それ程に平凡であった。

 

いくら努力しても、フィンやベルの様に戦えるビジョンが浮かばない。誰かを引っ張って行く英雄になんて、なれっこない。わかっている。彼は身の程と言うものを、嫌という程にわかっているのだ。

 

金魚のフン。

 

今の自分を表すのに、最も適した言葉だと。彼はそう卑下する。

 

それでも、彼は言われたのだ。誰よりも英雄に見えた少年に。

 

ほんのちょっぴりでも、勇気を貰ったのだ。その言葉に。

 

(この場の最善…!団長の邪魔をせず、アレを止める!導き出した答えに自信を持て!ベルだって言ってくれただろ…っ!震えるんじゃないッ…震えるな!)

 

怖い、もし通じなかったら?殺されたら?負の感情が巻き起こって、支配される。走りながら、駆け抜けながら、震えが止まらない。恐怖を支配できない。

 

『後は、任せる。』

 

「────ッ!」

 

それでも、ラウルを動かしたのは、白い光だった。

 

フィンでも、リヴェリアでも、ガレスでも、他の英雄候補でもなく、端役の自分に、任せると言ったのだ。その期待と信頼を、少しでも返したかった。

 

物語の英雄。それは、ベルのような、フィンのような人のことを言うのだろう。自分は所詮端役。英雄と共に歩み、その影でひっそりと死んで行く。それが定められたものだと思っていた。

 

それでも、子どもの頃に描いた、淡い夢に、白い少年はたった一言で、また火を灯したのだ。

 

(俺だって…俺だって────ッ!!)

 

泥だらけになって、擦りむいて、みっともなく涙を流して。追いつけない夢に縋る自分が、情けなかった。でも、それでも、心に灯ったその炎は、強く揺らいだのだ。

 

臆病で、平凡だった青年は、英雄の舞台に飛び乗った。

 

 

 

 

「俺だって────英雄にッ…なりたいんだぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

一直線に投げられた銀槍は、フィンの横スレスレを通り抜け、精霊の額に突き刺さり。魔力暴走を起こす。

 

「アアァァァァァッッッ!?」

 

意識の埒外。彼が弱者であり、精霊の意識の外にいたからこその不意打ち。弱者の一撃は、英雄の道を最後に切り開いた。

 

「でかしたっ!ラウルッ!!」

 

フィンですら想定していなかったラウルの介入に、改めてラウルの価値を認識した。彼は、最後にやってくれる男なのだと。

 

「イヤァァァッ!!?」

 

グチャグチャに爆発した半身を再生させながら、精霊は最後の抵抗と言わんばかりに、フィンを上空に打ち上げる。

 

意識を飛ばされかねない衝撃の攻撃に、フィンは歯を食いしばって耐える。叩き付けられた天井を踏み締め、輝く槍を握りしめた。

 

(ずっと昔に……置いてきてしまった…)

 

いつしか忘れていた情熱。一族の象徴になれれば、それでいい。そんな風に、諦観をしていた。

作られ、作ったこの身なれど、白い雷霆に触発されて、いつしか燃え尽きたはずの火が、心に灯った。

 

もう、手離したくないのだ。この想いを。

 

「この灯火を…僕はもう、生涯絶やすことは無い!君がくれた、この想い()をッ!」

 

握る槍の光が、さらに輝きを増す。

 

フィンのこの槍に、銘はない。ヴェルフが、お前がつけてやれと、そう言っていた。譲り受けてから今まで、名前など考えてもいなかった。だが、1つ、つけたい名ができた。

 

「…名乗らせてくれ、君の雷霆を…!」

 

槍に纏う光の螺旋は稲妻に変化し、憧憬が熱を孕む。

 

「【閃光ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ切リ裂ケ代行者タル我ガ名ハ光精霊光ノ化身光ノ女王──】!」

 

「───ッ!!」

 

天井を蹴ったフィンは、一直線に精霊に向かう。迸る稲妻に、最後を見届ける全ての者が想起したのは、雷霆を掲げる、一人の英雄だった。

 

「フィン…」

 

「やれぃ」

 

『いけぇ──!!』

 

「ぶちかませ」

 

「フィン!」

 

奔る雷光は、真なる英雄の胎動を祝福する。

 

「【ライト・バースト】!」

 

最後の抵抗。精霊の放つ閃光がフィンに伸び、握りつぶすように迫る。

フィンは、その閃光を見て微笑んだ。

 

嗚呼、きっと。もう無くすことはない。この想いが、心地いい。誰よりも憧れた筈の本物に、今からなろう。

 

「ベル、君は言った…【英雄よ、人であれ】と。あぁ…僕は、存外(英雄)に憧れていたみたいだ…君のように…誇り高く、一途に、無邪気に…目指してみるのも、悪くない…」

 

想い起こすは、過去の憧憬。山を穿ち、地を割いた光の螺旋。勇猛を誇ったケルト(故郷)の王、その螺旋の槍。そして、ベル(今の憧憬)を冠する雷霆の名。

 

全ての魔力を込めた、最大最高の一撃。それは、地をも穿つ虹の螺旋。稲妻を意味する、光の楔。

 

 

 

 

 

 

「───【カラド・ボルグ】ッッ!!!!」

 

 

 

 

 

集約した鋒から放ったれた雷霆()は、瞬く間に精霊の閃光を呑み込み、光柱を地下世界(ダンジョン)に穿つ。

 

眩い光の中、フィンが見たものは、精霊の最後。涙を浮かべ、その表情に交じる悲しみを、確かに見ていた。

 

(君も…そうなのか…)

 

求めていた物は、同じだったのかもしれない。精霊も、誰もが求める物に、フィンは手を伸ばした。

 

着地したフィンは、槍を支えに、勝利を掲げたと同時に、込み上がる想いを、無意識に零した。

 

 

「…共になろう…英雄に…」

 

 

歩む道に、共に並ぶものがいる。遅れてしまったが、必ずすぐに追いついてみせる。

なりたい、とは言わない。この憧憬を思い出させてくれた少年と共になるために。並んで、彼の道を行くために。

 

「フィーン!!」

 

駆け寄る仲間達を見て、苦笑する。さぁ、凱旋だ。そう思った時に、フィンの脳裏を違和感が掠めた。

 

 

報告にあった精霊の胎児。それは、いくつあった?

 

 

一つは、18階層で回収されたもの。そして、もう一つは、24階層で回収されたもの。考えて、その結果に、親指が疼いた。

 

もし、もしも。もしかして。

 

そんな、言葉と共に、聡いが故に、フィンは気がついた。

 

 

(あの精霊は…どっちだ…!?)

 

 

疼く親指が、痛みを伴い、フィンの思考を鈍らせる。破れた手袋から覗く親指は、紫色に変色し、迫る危機を静かにフィンに警告した。

 

そして、聞いた。【死】の足音を。

 

その元は、未知の領域である60階層から。

 

僅かに響くその音は、一定の間隔で響く。足音の様なその音は、余計に恐怖を煽る。

 

そして、その【死】が姿を現す。

 

「────嘘だ…まさかっ…!?」

 

『ソレ』は、まるで獅子を髣髴とさせる、偉丈夫。3m近い長身、黄金の長髪に、巌のような屈強な四肢。吐き出される息吹は、蒸気のように熱を孕んでいる。

 

アイズでも、ヴェルフでも無く。真っ先にフィンが理解し、全員が戦慄する。

 

「────総員撤退ッ!!この場から直ちに撤退しろッ!!」

 

「────っ!?」

 

勝てない。

 

アレはダメだ、桁が違う。今の自分達では勝負にもならない。

 

フィンの心が、初めて屈した。

 

アレは、あの精霊よりも『完成されている』。

 

しかし、危機はフィン達を逃さない。

 

 

 

『オオォォォォォォ────ッ!!』

 

 

 

(つんざ)く雄叫びに、大地が答えるように胎動し、58階層に続く連絡路が、落石により封じられる。

 

「なっ…!?」

 

「入口が…!そんな!」

 

先行していたリヴェリアとアリシアが絶望に顔を歪めた。

 

「…退路は…もう無い…!」

 

もう、やるしかない。回復薬はポーチに1本。今この場で、誰が戦うべきか。

 

決まっている。

 

「…リヴェリア、ガレス。そこで、全員を守れ。」

 

「待て…どうするつもりだ…!」

 

「やるなら儂らも…!」

 

「そんな状態の君たちが、なんの役に立つ?僕の方が、まだ勝算がある。」

 

リヴェリアは、完全に魔力を回復しきれず、ガレスは瀕死1歩手前。回復薬は底を尽きている。アイズ、ベート、ティオナ、ティオネは半死半生。レフィーヤとベルは目を覚まさない。

 

やれるのは、己である。

 

手元にあるマジックポーションを煽り、悠然と立ち向かう。

 

「さぁ…第2ラウンドだ…」

 

『………』

 

槍を薙いだフィンは、親指を額に突きつける。理性はいらない、必要なのは狂者。そして、獣の衝動。

 

フィンは、理を捨てる。

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】────【ヘル・フィネガス】ッ!」

 

そこに現れる男は、勇者ではない。

 

荒れ狂う、狂戦士(バーサーカー)

凶暴に構えたフィンは、獅子に突貫した。

 

 

 

 

 

 

精霊は血を呼び起こし、白竜は微睡みから覚醒する。

 

その時は、すぐ傍まで迫っている。

 

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