疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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これを見る前に、ダンまちザルフィアのエクストラストーリー見るといいです。まぁ、見なくても問題はありませんが、ネタバレが嫌な人はそれを見てから見てください。


第21話:英雄よ黄昏(こうこん)に果てろ

「────んぅ……ぅ…?」

 

ふんわりとしたシーツを抱きしめて、ベルは煩わしげに黄昏の光を右手で遮った。

 

『起きて、ベル。』

 

そして、確かに聞こえた自分を呼ぶ声に、目を覚ます。

 

寝ぼけ眼を擦りながら、体を起こす。ゆったりとしたシャツの下に手を突っ込み、体と頭をコリコリと掻く。

周りを見渡すと、見慣れぬ寝室を視界に収めて、首を傾げた。

 

「……どこだ、ここ…?僕…確か…」

 

目覚める直前の記憶を思い出し、体を確認しても、傷一つない。夢だったのかと思ったが、それはありえない。

 

初めて見る部屋なのに、何故か温かさを感じる。そして、どこか懐かしさを感じる間取りに、ベルは首を傾げる。

 

『こっちに来て』

 

「……!」

 

その自分を呼ぶ声に、やけに聞き慣れた感覚を覚える。暖かくて、心が舞い上がる様な気がして、ベルの頬が少し赤くなる。

 

どこかの妖精に向ける感情に似ているようで、それとは対極の位置にある様に感じた。

 

声に従って部屋を出ると、暖炉にキッチン。そして、壁に飾られている絵画。そこには、意外な人物が描かれていた。

 

「叔母さん…?」

 

数ヶ月見ていない、自分を5年間育ててくれた親のような人。そして、その横には、赤ん坊を抱えた真っ白な女性と、その女性にそっくりな銀髪の女性。何故かこの絵画に既視感を覚え、頭に鈍痛が走った。

 

「い、った…なんで…僕…────!」

 

その時、窓の外を影が通った。視界の端に映ったのは、白く長い髪。ここがどこか知っているかもしれないと後を追う。謎の既知感に、ベルは頭をひねった。なにか、やらねばならないことがあるのに、あの人影が気になって仕方ない。

 

 

(今の…どこかで…)

 

 

小屋を出ると、辺り一面の草原。周りには何もなく、ただ地平線が伸びているだけ。その地平の端に、大きな月桂樹の大木が一本、寂しく佇んでいる。そしてその元にある人影を見て、ベルは目を見開く。

 

気づけば、走り出していた。

 

頭の中に、見知らぬ記憶が駆け抜ける。

 

自分を抱き上げる誰か。その優しい温もりと、心から安心できる空の香り。

 

直感が叫んだ。風が運ぶ香りが、知らぬ記憶を蘇らせた。

 

本能が理解した。あそこに、誰がいるのか。

 

息を切らし、汗を流して、縋るようにそびえ立つ月桂樹の大木に走る。

 

いつもより足が重い気がする。こんなにも、自分の足は遅かったか。こんなにも自分は体力がなかっただろうか。

 

そんな疑問も吹き飛ばして、想いに押されるように走った。

 

そして、その目の前に辿り着く。荒れる息を整えながら、目の前の女性に目を向ける。

 

身長は自分よりも、少し低いだろうか。髪は自分のように真っ白で長い。風に吹かれて靡く姿は絵画の様だ。そして、懐かしい匂い。安心する、母の香り(・・・・)

 

「────あっ、あの…!」

 

何をいえばいいのだろうか。わかっている、目の前の人物は己の願望が作り出した幻影なんかの類じゃない。けれど、記憶にある限り初めて接する類の人に、ベルは困惑する。

 

声が上擦って、うまく話せない。

 

言葉を選んでいると、女性がクルリと振り返った。

 

「─────ぁっ…」

 

その顔は、ずっと待っていたと言うような喜びの微笑み。眦に薄らと涙を溜めて、精一杯に微笑んでいた。

 

灰と翡翠の瞳が特徴的なオッドアイ。顔つきは、ベルによくにているけれど、目付きや顔の輪郭は、幾分か柔らかい印象を受けた。そこまで年も離れていないように見えるし、どこか幼さが残っている。

 

そうして観察していると、目の前の女性は柔らかく、雲のような儚い微笑みを浮かべた。

 

「……会うのは二度目…ううん、こう言わせて……大きく、なったのね。」

 

「────っ…」

 

ザァッと吹き抜ける風に揺られ、顔にかかった髪の毛を彼女が慣れた手つきで丁寧に掻き分ける。

 

なんと声を掛ければいいのか。喉に声がつっかえるように、言いたい言葉が出ない。ただ、一言。確信できるその言葉を、優しく零した。

 

「────お母、さん…」

 

「はい……貴方のお母さん────メーテリア・アルクメネです。」

 

無意識に出た言葉に、なんでもないように肯定を示されて。果たしてベルの心に、母の名が深く、深く刻まれた。

 

────メーテリア・アルクメネ

 

全部、大切な気がしている約束も全部吹き飛んで、ただ目の前の大きな温もりに縋り付いた。

 

「っ────ぁっ、おかっ…お母、さん…っ!お、母さんっ…!」

 

飛びついたベルを、痛いくらいに抱き締めて、メーテリアも同じように泣いた。

 

「ごめんね…ごめんねぇ…1人にしてっ、ごめんね…ベルっ…」

 

ずっと、探していた。ずっと求めていた当たり前が、手を伸ばせばすぐそこにあった。

どこにも行かないように強く抱きしめて、子供のように大泣きした。そのベルを受け止め、背中を撫でながら、メーテリアも、静かに泣いた。

 

ああ、この優しい旋律の様な、安心する声だ。

 

危機にある時、自分を優しく連れ戻してくれた、母の声。

 

撫でられる温もりが、抱き締められる感触が、メーテリアがもたらす全てが、知らぬ母を思い出させた。

この唐突な再会を、誰も邪魔せず、黄昏(こうこん)の平原だけが、静かに見届けた。

 

 

 

 

 

「あの時、僕を引っ張りあげてくれたのは、お母さんなんだよね…?」

 

「あの時は本当にまずい状態だったから…出る気はなかったのだけれど、つい…ね。」

 

しばらく抱き合った2人は、冷静になってからは月桂樹の大樹に背中を預け、色々なことを話した。ベルのこれまでの事を中心に。メーテリアがあまりのベルの人生の悲惨さに号泣したことを除けば、ありふれた母子の日常の1幕に過ぎない。

 

「アルクメネって、お母さんのファミリーネームだったんだ。名前だと思って、友達に教えちゃった…」

 

「あっ、んー…ちょっと特殊な事情で私しかこの名前を名乗ってないんだけど、概ねその通りよ!」

 

そして、ベルは気になっていた事を尋ねた。

 

「……ねぇ、どうして僕に、その名前をくれなかったの?」

 

別に、その事について責めている訳では無い。純粋な疑問。普通、子にはそのファミリーネームを継がせるのが普通だ。

それをしなかったのには、何かしら意味があるのか。それとも、事情があったのか。

 

愛されていなくて、この名を継がせたくなかった。などと言う思考は、既に無かった。

会って数時間だがこの母親。とんでもなく猫可愛がりしてくるのだ。今も、頭を撫でられてるし、隙あらば抱き着いてくる。どこか、ティオナを連想させる奔放さがある。きっと、彼女のように誰からも愛されるような人だったのだろうと、容易に想像ができた。

 

だからこそ、疑問だった。この母が、自分に名を送らない理由がわからなかった。

 

メーテリアは一瞬、表情を暗くしたあと、真っ直ぐにベルを見据えた。

 

「それを話すには、まず私の話……ううん、私達の話をしなきゃね…」

 

「私達……?」

 

「そう……私にはね、双子の姉がいたの。」

 

「もしかして…それってあの絵画の……?」

 

「そうよ、貴方の叔母…あっ、間違っても「オバサン」なんて呼んじゃダメよ?拳骨が飛んでくるだろうから。お姉ちゃんLv7だし、とっても痛いわよ?」

 

「7!?フィンより、高い…?」

 

「私は1止まりだったけど…お姉ちゃんなら…本当ならもっと上だって行けたわ、絶対に……私が、血を奪わなければ……ね。」

 

「血を……?」

 

そう零すと、メーテリアは酷く、苦しそうな表情を見せる。その表情を、ベルは見たことがあった。

 

初めて出会った頃の、リューと同じ表情だった。

 

懺悔するような、罪を認めているような。しかし、メーテリアは笑った。

 

「……貴方にも関係があることだもの、話さなくちゃね。姉の事を……私達の血のことを。」

 

佇まいを正したメーテリアに習うように、ベルは彼女の正面に向き合った。

深呼吸をしたメーテリアは、どこから話したものかと、両の人差し指で、こめかみをグリグリと抑えて、うんうんと唸る。

 

「そうね……まずは、私のお姉ちゃんの話をしましょう。」

 

そこから語られたのは、メーテリアの姉の話だった。

 

生まれつき身体が弱く、いつも死にかけだったこと。藁にもすがる思いで刻んだ神の恩恵ですら、姉妹に呪いを刻んでしまったこと。それでも、姉が女傑として名を残していたこと。

 

ベルは、母の言葉を聞き逃さないように真剣に聞いていた。

 

「────才能に愛された女。そんな風に呼ばれていたし、本人もそれを認めていたわ。あぁ、私はなんっにも出来なかったのよ?私ってぽやっとしてるし、お姉ちゃんより体が弱かったからね。」

 

「そんなに、強かったんだ。」

 

「そうよ?『私は腹の中にいるお前の才能まで奪ってしまった。お前は私の絞りカスだ』なんて…あぁもぉ、ほら怒らないで?事実だし、私は気にしてないし…ね?こんなこと言ってたけど、お姉ちゃんも、私には優しかったし。お母さんは、貴方が笑ってる顔が見たいのよ?」

 

「でも……わかった…。」

 

言葉にムッとしたベルの頭を撫でて宥め、上品に笑う。

 

「でもね、ベル。お姉ちゃんの体を苦しめていたのは、私なの。」

 

「…それ、おかしい。だって、病気だったんでしょ?」

 

「そう…けれどね?私とベルの体に流れている血が、お姉ちゃんにも分け与えられていたなら…きっと、お姉ちゃんだけはどうにか…」

 

「僕の、血?」

 

要領を得ない言葉に、ベルは首を傾げる。そんなベルの頭を撫でたメーテリアは、遠くの空を眺めた。

 

「遠い、遠い祖先。神がこの地に降臨するよりも、ずうっと昔。人類史全ての英雄含めて、最強の英雄。その血を、私達は受け継いでいる。人類は英雄の血を受け継いでいるけれど、私達は全くの別物。神に造られ、人類に畏れられ、祀り上げられた……神造の英雄。その直系の血筋───それが、私達【英雄の子孫(アルケイダイ)】。その最後の末裔が貴方なの。」

 

「アル、ケイダイ…それって…!」

 

人類史上の三大英雄に数えられるアルケイデス。その物語は三大英雄と言われているものの、誰もが知る英雄譚というわけではない。元々は実在すら疑われていたが、世界の各地にその痕跡を残していることから、事実であると最近証明された。しかし、一般にはその曖昧さから、未だに疑問視する声が多く、すべての人々に伝わるような英雄ではない。人気さや、知名度で言えば三大英雄の1人【アルバート】の方がよく知られている。英雄譚好き(ベルやティオナ)や、知識人(リヴェリア)は知っているが、一般には名前程度しか知られていない。

 

天空の神に造られた、神造の英雄。

 

メーテリアが語ったのは、本来ベルが知るはずのなかった事実。知ってしまった。荒唐無稽に過ぎて、信じられない自分がいる反面。妙に納得してしまった自分もいたのだ。

 

「その身は天の精霊に祝福され、無双の力を振るう器となる。貴方の体にはその血が流れているの。勿論、私の体にもね。」

 

「僕が、アルケイデスの……じゃあ、なんでお母さんと…叔母さんは病弱だったの?」

 

実際、ベルには当てはまるこの話も、聞く限りではメーテリアには当て嵌まらず、病弱に過ぎる。その疑問に、メーテリアは思い出して?と促すように続ける。

 

「貴方が聞いたアルケイデスの、試練の最後の敵は何だったかしら?」

 

アルケイデスの成した偉業は数あるが、特に有名なのは【6つの試練】。天空の貴婦人に言い渡された6つの無理難題。あらゆる怪物を薙ぎ倒し、困難を打ち砕いたアルケイデスでも、最も苦戦した6つ目の試練。

 

「試練の最後の敵…?確か…九頭の毒竜(ヒュドラ)、だよね?」

 

精霊をも殺す毒を持つ九頭の毒竜は、アルケイデスを最も苦しめた。討伐に成功したものの、共に戦った幽谷の精霊もヒュドラの毒によって死に至った。初めて、アルケイデスが悲しみに暮れ、自身の無力を嘆いた、あの物語で描かれる、唯一の悲劇。

 

「それで…確か、幽谷の精霊が残した最後の言葉に従って、竜の心臓を口にして…それで永遠の命と竜の力を得て…天空の貴婦人に認められたアルケイデスは天の聖女と結ばれた…」

 

「そうね。けれど、これには続きがある。」

 

「続き…?」

 

ベルが知らない後日譚。後世に語られることのなかった、英雄の血と共に受け継がれてきた、呪いの言い伝え。

 

「そう…それは全てが終わったあとのこと…彼の子に、竜の呪いが現れた。彼自身はその竜の呪いをものともせずに、逆に乗っ取るくらい強かったからよかったのだけど…彼の子達は、そうはいかなかった。」

 

「呪い……そんなの聞いたことない…!」

 

倒した竜の怨念が呪いを生み、アルケイデスの血脈を穢した。天の聖女が身籠った最初の子は、死んだ。毒に溶かされたように、ドロドロに溶けて跡形もなくなくなった。それに悲しんだアルケイデスは、自分の永遠の命と引換えに、大神に呪いの解呪を願った。それでも、圧倒的な強さの怨念は解かれること無く、子々孫々に渡り、呪いは続いている。

 

「──これが、あの物語の真実。そして、あの英雄の成した最後の偉業【自己犠牲】による怨嗟の解呪。それでも、大神の力をもってしても、完全な解呪は出来なかった。その呪いが、後世に巡って、病という形で子孫を苦しめ続けた。」

 

「…じゃあ、お母さんの病気って…」

 

「…姉は、私を絞りカスと言ったけれど…本当は私が英雄の血を全て奪ってしまった。それ故に、呪いも、力も色濃く受け継いでしまった。私は呪いが強すぎて、魔法なんて1回も使えなかったけれど。」

 

数千年以上子孫を縛り続けてきた毒竜の怨嗟の鎖。それが近代の母の代まで続いていたのだ。しかし、ここでベルに疑問が生じる。

 

「…じゃあ、僕は…?別に、病弱じゃないし…」

 

当然、この疑問が出てくる。メーテリアはその質問に目を瞑った。

 

「サッパリわからないわ!」

 

「……へ?」

 

堂々と発言したメーテリアに、ベルはポカンと口を開けて目をパチクリ。焦ったメーテリアは、若干早口に続ける。

 

「いや、私も最初は病弱に産んじゃってごめんねって泣いて謝ったのだけど…呪いも病気もな〜んにもなく育ったから…嬉しいのだけれど、困惑もしたのよ!?とっ、とにかく!言えることは…貴方が選ばれたという事よ。」

 

「選ばれた…僕が…?」

 

「他に挙げるなら…例えば…強い意志が、呪いを弾いた。とかね?」

 

「強い、意志…」

 

そう言われて思い当たるものは、たった一つ。

ずっと心にあった、深い憎しみ。そしてそれを覆っていた悲しみ。

 

思えば自分の傍には、いつも悲しみがあった。けれど、それ以上に、誰かの温かさがあった事を思い出す。そうして、ベルはリューの顔を思い浮かべ、そっと胸元に手を置いて───やはり微笑んだ。

 

そうして笑うベルを見て、メーテリアは同じように柔らかく微笑んだ。

 

「……貴方に、そんな顔をさせる人がいるのね…ふふふ…初恋かしら?」

 

「えっ…い、いや…ちがく、ない、けど…」

 

「貴方が強くなろうとした理由も、その人にあるのね? 」

 

「えっと、それは……複雑な事情があるというか……そんな感じ。」

 

「ベルはおませさんなのねぇ…どんな子なの?お母さんに教えて?」

 

「えっと…言わなきゃ、ダメ?」

 

「そんな可愛く聞いてもダメよ?言ってくれるまで離さないんだから!」

 

「むぎゅ」

 

予想外にグイグイ来るメーテリアに、ベルは根負けして、恥ずかしげに零し始める。

 

自分にとって、彼女がどういう存在なのか。

 

「…真面目で、潔癖で…死ぬ程憎い……今でも、殺してやりたいと思ってる。」

 

恨みは、憎しみは消えない。けれど、それ以上にある愛しさは、決して喪わない。喪いたくは無いのだ。

 

 

 

「でもね、でも……誠実で、優しくて…愛を教えてくれて────夢を、思い出させてくれた人なんだ……英雄に、なりたい……って────」

 

 

 

そう、ベルが零した瞬間。今まで柔らかく微笑んでいたメーテリアの空気が凍り付き、大きな瞳は再び閉じられた。

 

「おかあ、さん…?」

 

不安から溢れ出たその言葉は、メーテリアの笑顔に掻き消された。

 

「────さっ、そろそろお腹が減ったでしょう?ご飯にしましょう、ベル。」

 

差し出された手。当たり前のように握ろうとして、ベルは大きく仰け反り、母親から距離を取った。最早反射的に動いた体に、本能が後から告げる。

 

────戻れなくなると。

 

「どうしたの、ベル?さぁ、お母さんの手を取って────」

 

「嫌だ…」

 

「……何が、嫌なの?」

 

「今の、お母さんは……怖い…!」

 

悪意があるわけじゃない。敵意とか、そういう感覚は一切ない。ただ、漠然とここからどこにも行けなくなる感覚があった。メーテリアから離れるのが嫌というわけじゃない。でも、不思議な恐怖が、ベルを襲った。

 

「────雑音が…」

 

「…え…?」

 

聞いた事もないほどの低い声音に、ベルは背筋を凍らせる。

 

「ベル。貴方の夢は、何かしら?」

 

「えっ…」

 

「貴方は、何になりたいのかしら。」

 

本能が悟った。ここで選択を間違えれば、確実に地雷を踏む。

 

嘘でもいい。思い浮かべている物と違うものを言え。そう本能が囁く。それでも、ベルは自分に、何よりもメーテリアに嘘をつきたく無かった。

 

「…えい、ゆうに…英雄に、なりたい…!」

 

自分の嘘偽りの無い想いを零した。何が母の琴線に触れるのかわからない。だからせめて、誠実にあろうとした。

 

その返答に、凍り付いた母の顔は柔らかな笑顔を浮かべた。

 

「いい子ね、ベル…私に嘘をつきたく無かったのね…本当に、貴方は真っ白で…とってもいい子よ。」

 

あぁ、良かった。母の地雷を踏まずに済んだ。これであってたんだ。そう、思った矢先。また、声の温度が一気に落ちた。

 

「────だからこそ。私は貴方をこの世界から出すわけには行かなくなった。」

 

「……え?」

 

わけがわからないと言うように疑問の言葉が出たベルを他所に、メーテリアは独白のように続けた。

 

「ここは黄昏の平原。全てを貴方に渡しきった私の、終わりかけの世界。私達の血に由来する大神の胎内にいるからこそ、貴方をここに呼ぶことが出来た。えぇ、奇跡も奇跡だったわ。けれど、運が良かった…貴方の本心を聞くことが出来たのだから。」

 

「何を言って…」

 

「真実を知った貴方は、更に強くなる。血が英雄の…彼の記憶を呼び覚まし、その能力は留まるところを知らずに上がり続ける。貴方は確実に、英雄になる────なってしまう。」

 

悲しげに、涙を堪えるように、ふつふつと湧き上がる想いを吐き出すメーテリアは、強く拳を握った。

 

「雑音…雑音雑音雑音っ!貴方以外、全てがどうでもいい!滅び行く世界の命運も!死に絶える人々も!最後の英雄(ラストヒーロー)…?勝手な事言わせない…ベルは…ベルは兵器なんかじゃないッ!優しい優しい…私の坊や…!」

 

「お、お母さん…!」

 

「貴方は私が守る…!今まで出来なかった分、ずっと!私が、守るのッ…!」

 

ヒステリックに叫ぶメーテリアは、ただベルだけを見ていた。

 

「英雄は悲しみを産む!優しい貴方は、きっと苦しんでしまう…!だからッ!貴方の想いを踏み躙ってでも、私は貴方を英雄になんてしない!最後の兵器になんてさせない!」

 

我が子に降かかる呪いとも言える宿命を、悲しみを背負わせないために。

 

母は、雷を振り翳す。心を鬼へと変えて、真なる愛を示すのだ。

 

「貴方がそんな物に憧れを持た無くなるまで…私はあなたを殺し続ける。心が折れて、そんな物を夢みなくなるまで!」

 

「なっ、なんで…!」

 

「ごめんなさい…許してなんて言わないわ…本当なら応援してあげるのが母親として正しい物なのでしょう…けれど、私は知っている。英雄がどれほど孤独か!どれだけ惨めに死んで、その最後の時まで孤高であったか!ただの子供の貴方には耐えられない…っ!そんな貴方を見ることが!私には耐えられないっ!」

 

メーテリアの体に、白銀の稲妻が落ちた。

 

知らぬ誰かに願われた。小さな少年が、英雄なんてものにならぬ事を。数多の英雄が、少年の前に立ちはだかることを。

 

けれど、英雄はいなかった。だって、この世界で、誰よりも英雄だったのは、この少年だったのだから。

 

ならば、この英雄の前に立ちはだかる、最高の壁になろう。母として、人としてベルを生かすために、英雄であるベルを殺す。

 

「……それでも、貴方が想いを貫くのなら──────私を殺して、進みなさい。」

 

「ッ!?」

 

「【黄昏よ(テンペスト)】」

 

銀雷は、その歌に応えるように迸り、穏やかな平原を一瞬にして焼け原に変貌させた。

 

(この威力…ッ!僕と同等…いや、それ以上!?)

 

同じ言葉を紡ぐ魔法。脈々と受け継がれて来た血の奇跡とも言える魔法を、メーテリアが使えぬ道理などありはしない。

 

初めて、ベルの前に愛する人が立ちはだかった。そこにいるのは英雄なんかじゃない。ただの、我が子の幸せを願う、ありきたりで、どこにでもいる、愛しき母であった。

 

 

 

「だから、貴方の為に……お願いよ……ここで果てなさい、英雄(ベル)。」

 

 

 

黄昏の空を渦雲が閉じ込め、雷霆が2人の想いに哭いた。




当初の構想ではベルくんの母親は赤髪の設定で書いてました。いつかの時点で少しだけ出ているのですが、変更を余儀なくされました。探してみるとわかります。

ベル君の母親が判明したからねじ込んだとかではなく、当初の構想からここで母親は出す予定だったのです…信じてください…

ベル君がステータスを更新せずに魔法発現させて使ってたり、謎の竜の力の大元のお話でした。


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