疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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誰かの想いは、いつも誰かの中に刻まれる。






第22話:英雄になりたい(なりたかった)

狂った咆哮すら置き去りに、精霊に突貫したフィンは、沸騰した狂気の衝動に身を任せてなお、常にギリギリを渡っていた。

 

精霊に傷をつけることは叶わず。対するフィンは常に自身の身長程もある拳スレスレを避けねばならない、人体の急所という急所を突いても意味はなし。

 

 

 

「ウオオォォォォォォォッッ!!」

 

 

 

一向に自身の攻撃が当たらぬ事を煩わしく思ったのか、精霊は腕をフィンに向かって振り下ろす。

 

その攻撃を、股下を通って背後に回り、一気に飛び上がる。小柄なフィンだからこそできる戦法で、果敢に攻めるしかない。

 

背後をとったフィンは魔槍による高速の連撃を見舞い、精霊の裏拳に合わせ、穂先で薙ぎ払いながら距離を取る。

 

「…あのタイミングでも、完全に回避は出来ないか。」

 

頬に掠った拳が肌を焦がし、僅かながらに出血させる。

 

この修羅場、フィンは確かに狂っていた。このフィンの魔法。【ヘル・フィネガス】は能力の超域強化を代償に、フィンの最大の武器である、理性を犠牲にしている。

 

いつも狂気に苛まれ、怒りの炎に身を焦がし、理性を手放していた。しかし、それが覆った時が、2度あった。

 

それはどちらも、怒りが突き抜けた時(・・・・・・・・・)

 

「真なる狂気は静寂の中に潜んでいる、か…。」

 

暖炉で燃え盛る火のように、静かに、しかして轟々と熱を上げる、フィンの中にある荒れ狂う狂気。

 

それを、完全に制御した。

 

それでも、握り締めた拳からは、血が滴る。

 

あの日、あの時から、この魔法のトリガーは全て同じだった。

 

「なぁ……誰かに憧れた僕なんて……君は笑うかい……?」

 

色んな人を、物を、想いを見捨ててきた。

 

手に入れて来た物ばかりを見つめすぎた。

 

だから、この魔法を使うと、いつも亡くした者ばかりが脳裏にチラついた。

 

一度目は、多く仲間を失ったその時、初めて怒りが突き抜けた。闇派閥が、あの女(・・・)が息をしていることすらも許せなかった。

 

高ぶる狂気を抑え込み、荒れる息遣いを正し、目の前の巨漢を仰ぐ。

 

二度目は、自らの無力さに。救えなかった───いいや、救わなかった。それをしてしまえば、全て変わってしまうから。得るものだけを見て、亡くしたものに、蓋をした。

 

予感があった。いなくなってしまう予感が。あの時だって、親指が疼いた。報せを聞いて、嗚呼この事だったのかと、淡々と頭に情報を落とし込んだ。

 

そうしなければ、邪神を殺しそうだったから。

 

得た名声。亡くした君。大切なものは、いつも取りこぼしてきた。勇者なんて仰々しい二つ名を掲げた、滑稽な道化でしかない。無様にも程がある。

 

けれど、それでも

 

「それでも、憧れたのさ……生き汚く、狡く生きてきた僕達とは、違った……真っ直ぐ、本当に真っ直ぐなんだよ、彼は……だから、俺は憧れた────あの英雄に。」

 

そして、今は、暴れる憤怒をも上回る、強き想いで、理性を取り戻した。

 

代わりに湧き出る、過日に手放した理想。その思い出に振り返る。

 

そうして、苦笑する。この土壇場で思い出すのが、母でも父でもなく、ただの同族であったことを。

 

「ここで思い出すのが君とはね…本当に───愛していたよ。」

 

ただ憧憬と愛を。あの日から見て見ぬ振りをしていた想いに、今向き合おう。

 

フィンは、矛先を向けて、らしく笑った。

 

生き汚くとも、狡くとも、これが己の正道であると。歩んで来た道に、失った物に、守るべき者達を、全て取りこぼさぬ様に、熱き想いで包んで抱き締めた。

 

 

 

「────────勝負だッ!」

 

 

 

俺は、英雄になりたかった。

君を救える様な────君の英雄に、なりたかった。

 

 

 

 

 

 

 

雷鳴が、母の懇願と共に響く。

 

「お願いよ、ベル。ここで果てなさい。」

 

「────グゥッ!?」

 

白銀の雷によって右腕が消し飛んだ。

 

今まで、怪物よりも人と戦う為に鍛錬を積んできたベルにとって、母の攻撃は直線的でわかりやすい。言ってしまえば、素人の攻撃。だからこそ、右腕だけで済んだ。

 

しかし、わかっていても、体が反応できる速度をあまりにも超えている雷は、避ける術をベルに与えなかった。

 

(早すぎるッ!?────いや、僕が……遅くなった…!?)

 

体に感じる違和感。それは、あまりにも大きなものだった。メーテリアと出会ったことによって、忘れていた身体能力の低下(・・・・・・・)

 

悲愴の眼差しで母を見つめれば、母は涙を静かに流していた。

 

「…そう、貴方はそんな怪我をしても立ち上がってしまうまで……強くなってしまったのね……尚更、貴方を外に出す気は無くなった。」

 

「お母さん…っ!」

 

「本当に…あの狒々爺は余計なことしかしない。貴方に、英雄(あんなもの)を刷り込ませて…最初から叔母様に預けていれば…貴方はあんな物に……いいえ、貴方のそれは血が呼び起こすもの…どうしようもなかったのね……」

 

「なんで…!僕が嫌いなの!?僕、悪いことしてないのに…!いい子にしてたのにっ!なんでっ!」

 

「いいえ、誰よりも愛しているわ。この世界のことなんかよりずっと……貴方は何も悪くない…悪いのは…貴方のその血……私も辛いわ…けれど、これが貴方のためのなよ…英雄なんて忘れてしまいなさい。そうして、私とずっと一緒にいましょう?世界の終末もすべて忘れて…仲間のことも全部忘れて。」

 

「嫌だッッ!!みんなのことだけは、忘れたくない!夢も、この想いだって……!捨てたくない!」

 

「なら……私を殺して行きなさい。」

 

その言葉に、その理不尽に、ベルはいい加減頭にきた。

 

「このっ…!【英雄よ(テンペスト)】っ!!───な、なんで…?」

 

「……そう…貴方は、こうまでされても……」

 

魔法が、自身の最強が使えない。一番に動揺するベルをよそに、メーテリアはさもわかっていた風に零した。

 

「なんで…!なんでっ…!!」

 

「貴方が、拒んでいるのよ。無意識のうちに。私を傷つけないように…本当に愚かで…優しい子…その程度の想いでは…私を止めることはできない。」

 

ゆっくりと歩み寄ってくるメーテリアに、ベルは疑問しかなかった。

 

痛い、怖い。なんで、なんで、なんで。

 

「来ないで…!来るなっ!来るなぁッ!」

 

「いいえ。私の覚悟は……想いはもう決まっている。」

 

そうしてまた、銀雷はベルを襲う。今度は右足が吹き飛んで、次に左腕、左足が消し炭になった。痛みに意識が飛びそうになるその瞬間、そこをメーテリアが抱きしめた。

 

彼女は、ただ謝り続けた。

 

ごめんなさい、ごめんなさい。貴方を救うには、これしかないの。

 

どうか、この地獄が早く終わりますように、心を完璧にへし折って。英雄なんてものを夢みなくなるまで。だって、この子を守れるのは、自分にしかできない。だから、この子をずっと閉じ込めて守る。この子だって、この子の意思さえあれば、2人はずっと一緒にいられる。この子を甘やかすことが出来なかった分、目一杯甘やかして、抱き締めて、失った親子の時間を取り戻したい。これが最後のチャンス。これが、きっと最後になるから。

 

今はわかってくれなくても、時間をかければ、優しいこの子なら理解してくれる。

 

そうして自分を納得させる。この兇行に、意味があると信じている。誰よりも、ベルを愛しているのは自分であると、狂った微笑みを浮かべた。

 

メーテリアは、英雄の末路を知っている。何よりも残酷で、凄惨だった。怪物に恐怖する事も、怪物から逃げることも許されない。背を向けた途端に、英雄は堕ちる。だから、逃げれない。

 

メーテリアは、そんな事を想像して、ゾッとした。

 

優しい我が子は、誰かの為に命を賭けることが出来る。できてしまう。

 

「…私と…あの人の子だもの…貴方はきっと、危険な場面で誰かの為に命を投げ出すことができてしまう…だから、逃げられない恐怖を知れば(・・・・・・・・・・・・)、きっとわかってくれる…そうよね、ベル…」

 

「────ぁっ…おかっ……さ……」

 

そうして、四肢を失ったベルを抱き締めて、メーテリアはまた血に濡れた笑顔を浮かべた。

 

なくなりかける意識に、また死を知覚した。

 

狂ってる、こんな事、なんで僕が。

 

そう思っていても、ベルは抵抗が出来なかった。

 

母を、嫌いになれない。母を傷つけたくなかった。だって、そこには自分を思った愛があるから。

 

そして、時が戻った。

 

既にこの感覚も7度目。逃げたくても逃げられない。この恐怖に、ベルはもう心が折れかけている。

 

感じる四肢の感覚に、遠のいた死の気配。安堵も束の間、ベルを抱き締めるメーテリアから、もう幾度も問われた言葉が繰り返された。

 

「ベル…お母さんと、一緒にいましょう?英雄なんて…苦しい事なんて、貴方が背負う必要は無いの…お願いよ…辛くて、苦しい現実なんて見なくていいの…」

 

その言葉に、思わずベルは頷きそうになった。

 

現実は辛い。いつも誰かが死ぬかもしれない恐怖と戦って、誰もが命懸けの日々を過ごしている。ベル自身も、不幸自慢をする気は無いが、この齢で相当に過酷な人生を歩んでいる。

 

祖父が死んだ。隣人たちが死んだ。レフィーヤが殺された。自分には、誰もいなくって、1人きりだった。

 

なら、そんな辛い物から逃げて、何が悪いのだろうか?自分を待つ人は、本当にいるのだろうか?

 

元々内向的だったベルは、この状況に後押しされ、ネガティブな方向に思考を変えていく。待つ人がいる。約束をしたのに、その約束すらも朧気になるほど、母の言葉は大きかった。

 

 

けれど、誰かの言葉が、ベルを引き止めた。

 

 

 

 

『貴方は、1人ではない────私がいます』

 

 

 

 

ノイズ混じりに、遠くの方で聞こえた声。初めて家族でもない誰かを愛しく思い、共にいたいと切に願った。

 

だから

 

ベルは、母を優しく引き離した。

 

 

「────ベル…!」

 

「…お爺ちゃんが死んで、仲間が、殺されて…辛いことがいっぱいあった…でも…それでも…!」

 

母の気持ちはわからない。ベル自身、英雄というものがどういうものか、漠然としたものしか見えていない。けれど、けれども。確かに、自分の世界はいつだって大切な人達との日々(未来)を見ている。

 

けれど、初めに手を伸ばした憧憬は、尊く、どこまでも透き通っていた。それだけは、忘れていない。

 

母は自分をずっとこの場所で待ち続けていた。何年も、何年も。そして、ベルよりも英雄の、その末路を知っていた。

 

正解がわからない。ずっと、母と一緒にいたい。

 

それと同時に、夢も約束も、全部取りこぼしたくなかった。

 

想い(雷霆)が、体に迸る

 

「…辛くても、苦しくても…それでも、僕は夢を取り戻したから…!」

 

だけど、やらねばならない事だけは、理解出来た。

優しいが故に狂ったこの人を、どうしても助けたい。

 

この優しい人を狂わせたのは、この現世に残った自分自身。この人をこの黄昏に縛り付けたのは、他でもない自分。

 

ならば

 

「僕は……貴方をその狂気から解放する…貴女を縫い付けるこの黄昏から…ッ!貴女を解き放つッ!!」

 

正解を見つけるのは、その後でいい。

だから今、英雄の様に、この人を救いたいと思った。

 

母を永劫の狂気(黄昏)から解き放ち、巡る朝日を見せる為に。

 

「だから……貴女を殺す(救う)。」

 

体に奔る稲妻は、想いにつられて、産声をあげるように嘶いた。

 

 

 

僕は、英雄になりたい。

貴女を救う、英雄になりたい。

 




男が救いたかった者は過去に。
少年が救いたい者は今に。

誰かを救いたいと願う、2人の男の魂の叫び。

理想を追って未来を見る子供であるベルと、現実を追って過去を振り返る大人であるフィンの対比みたいな、こんな感じになりました。

今回短くてごめんなさい。

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