疾風に想いを乗せて   作:イベリ

25 / 56
第24話:撤退戦線

「まだかリヴェリアッ!儂はもう我慢ならんぞ!」

 

「待てガレス!内臓まで貫かれているんだ!あと少しで魔力が回復する!アリシア!何としてもレフィーヤを叩き起こせ!即席だが妖精部隊を編成する!」

 

「はっ、はい!」

 

檄を飛ばしたリヴェリアは、急ぎ呼吸を整え、マインドの回復に勤しむ。しかし、その回復すらもままならず、リヴェリアはただ震えていた。

 

目の前で、自分達を守るように戦うフィンの背中を見つめながら、尚も震える手を押さえつけた。

 

(嗚呼っ…怖い!逃げ出してしまいたい!あんな化け物に立ち向かわなければならないなんて…!さっきの精霊など赤子同然じゃないか…!ダメだ、ダメだっ…!震えが止まらない…!)

 

副団長としての責務、先達としての威厳。しかし、精霊を身近に感じる事が多いハイエルフであるが故に、誰よりも強く感じる恐怖。その感情に板挟みになったリヴェリアの体は、恐怖に打ち負けそうになっていた。

 

久しく感じなくなっていた、死の恐怖。今のリヴェリアの態度は、虚勢に過ぎなかった。

 

何故、あれ程強大な敵に迎えるのか。リヴェリアには理解できなかった。そして、リヴェリアの傍らに眠る、ボロボロのベルに視線を送った。

 

「ベル…お前なら…お前だったなら…」

 

家族を守り抜き、たった一言で折れた戦士たちを再起させた、英雄の背中が脳裏に焼き付いていた。

 

庇われた。守るべきは私の方だったのに。再生するとは言え、指を失い一部を炭化させる程の威力だった。自分には、到底真似ができると思えなかった。

 

「お前は凄いやつだ…それに比べて、私は…私は…」

 

「リヴェリア…」

 

それは、ガレスとて同じだった。

凡そ初めての経験だった。敵を前に、逃走の2文字が最初に浮かんだのは。

巌のような身体は最早神に近しい程に完成され、その膂力は想像を遥かに超えていた。

 

万全の状態であったとしても、ガレスの取れる選択肢は逃走のみだろう。

 

主戦力は満身創痍。ベート、ティオナにティオネ、レフィーヤも最早戦える状態ではなかった。

 

指揮を執る精神的余裕も皆無。部隊の生存は、絶望的。

 

そんな時だった。

 

「────リヴェリアさん、回復は待って欲しいっす。」

 

「ラウ、ル?」

 

ラウルが、不意に声を上げた。

 

第一位階(ウィン・フィンブルヴェトル)を使用後、スキルで回収した魔素で回復魔法は使えますか。」

 

「…できる…2分あれば。」

 

「分かりました。全員、今から言う事を聞いて欲しいっす。」

 

冷静に、状況を俯瞰するラウルは、ただ静かに告げた。

 

「今、俺たちが取る選択はひとつ。撤退です。」

 

人差し指を1本、ピンと立てて語る。普段の軟弱とも言える彼の人格は、何処かに消えた様に凛々しさを纏い、変わった。

 

果てしなく似合わないのは、わかっている。ラウル自身、苦笑してしまう程に似合わないと思ってしまった。

 

けれど、今この場には選択する者こそが必要であると判断した。

 

だから、似合わぬとわかっている真似までして、自分を鼓舞したのだ。己が憧れた、傍で見続けたいと願った勇者の姿を模倣した。

 

震えが止まらない。今だけは、食い縛って耐えろ。

 

自分がこんな事を言って、みんなが従ってくれるのだろうか。いいや、納得させてみせる。

 

知っているだろう、あのフィン・ディムナがなんの思惑もなく、1人殿をするはずがない。

 

フィンは、既に託していたのだ。

 

己の意図を汲み取り、ファミリアを立ち上がらせるのは、リヴェリアでもガレスでも、他の幹部でもなく、平凡である己と似通った、ラウルだけだと。

 

ラウルの頭の中では、ベルの言葉が響き続けていた。

 

「今の状況で、あの怪物に勝つ事は不可能。補給もなく、物資も尽きかけてる。けど、第2部隊を残してきた50階層に到達すれば、全員の治療、マインドの回復も可能です。俺達がしなければならないことは、何としても九階層分を迅速に駆け上がる事。」

 

「だが、58階層の入口は岩盤で塞がれているのに、どうやって…!」

 

「椿さん、魔剣は何本ですか。」

 

「5本だ!全てウチの副団長が鍛えた物、魔力さえあれば特大の威力を吐き出してくれる。あの岩盤くらいなら吹き飛ばせるであろう。」

 

「上等!魔剣を使って岩盤を吹き飛ばし、団長と合流後、迅速にこの階層を離脱。そのタイミングでリヴェリアさんの魔法と魔剣で道を塞ぎながら、セーフルームである50階層に向かって撤退…これしかない。」

 

ラウルの策は、間違ってはいない。実際それ以外の行動はできないし、フィンですらそれを考えていた。

 

しかし

 

「…ラウル、お前の言う事は、正しい。この状況の解決策としては満点だろう。だが…アレからは、逃げられない…上手く行ったとしても…どこで全滅するかの差でしかない…!」

 

「リヴェリア!やめんか!」

 

「ッ…すまない、取り乱した…」

 

そう、相手が悪過ぎる。

あの精霊は、完成され過ぎている。恐らくその力は、過去に存在したLv8に匹敵する程に。実際にそのレベルがいた時代を見てきたリヴェリアとガレスは、肌でその事実を感じていた。

 

リヴェリアのその弱音は、部隊の士気を著しく下げてしまった。

 

しかし、ラウルは苦笑しながら首を縦に振った。

 

「その通りっす。俺が言ったのは、ただの時間稼ぎ。アレから逃げたとして、行けるのはせいぜい5階層程度だと思います。」

 

それを肯定したラウルに、リヴェリアが叫んだ。

 

「…ならば…ならばどうするというのだ!?」

 

「団長がいつまで戦えるのか分からない現状…逃げの一手しかない俺たちには……俺は、賭けます、ベルに。」

 

ラウルは、この絶望の中で、希望を見いだしていた。

 

ベルが起き上がり、再び戦うことを。

 

「こんなにもボロボロのベルを動かすというのか!?」

 

「そうです。その可能性も、0じゃない。ベルの体は、数分前を境にして一気に回復しました。」

 

確かに、その通りだ。数分前を境に、ベルの傷は塞がりつつある。心拍も安定し、血色も良くなった。

 

ラウルは、ベルに希望を見出した。

 

「ベルはジャイアントキリングの専門と言っても過言じゃない。彼が相手にしてきた敵は全て格上だった。アレだって例外じゃないはずです…それに……ベルはアレで、抑えてるんですよ。」

 

思考を止めてはならない。それは、即ち死に直結する。駆け引きだってしなければならない。

 

けれど、その全てが無駄になる状況下で、ラウルは賭けに出たのだ。

 

「俺は、ベルが帰ってくると、信じています。」

 

ラウルは賭けた。己の期待に、信頼に答えてくれるのが、ベル・クラネルと言う男なのだと。

 

「……っしかし…!」

 

「────手なら…っあります…!」

 

「レフィーヤ…!?」

 

リヴェリアが待ったをかける寸前。杖を支えに、フラフラとレフィーヤが声を上げた。

 

「皆さんが、58階層に来る前…ベルは試したいことがあるって、ワイバーンを4匹テイムしているはずです…!私の言うことだって聞いてくれました…!」

 

先刻、ベルとレフィーヤが59階層にて隊を待っている際に、ベルは自身のスキルの効果を試すと言って、本当にワイバーンを4匹テイムしていたのだ。これを見越してのことではないが、帰り楽になる。なんて思っていたことが功を奏した。

 

「本当っすか、レフィーヤ!」

 

「はい!」

 

「しかし、それだけでは…」

 

そう、確かにソレだけであの怪物から逃げることは不可能だ。結局の結末は同じでしかない。だが、レフィーヤは強く語った。

 

「開けます…52階層までとは言わずとも…55、54階層までの穴を、私がっ、開けます!」

 

レフィーヤの瞳は確かな熱を孕み、確信と共に、絶対の自信を見せた。弟子とも言えるレフィーヤのその瞳に、リヴェリアは心を震わせた。

 

「───っ…ラウル、指示を!」

 

生き汚くていい。だから、少しでも可能性のある行動を。考えを止めるな、少しでも状況を見極めろ。

 

ラウルは、指揮官として最高の上司を、穴が開くほどに見てきたのだ。やるしかないのだ。

 

「…ベル、俺たちの英雄…!今度は、俺達が助ける番っす!」

 

ラウルの背中は、もはや頼りない青年の姿を失い、ただ1人の漢としての背中に変わっていた。それは、自身を守った英雄に対する敬意の表れ。

 

「全員、俺の指揮下に!撤退準備開始ッ!」

 

『了解ッ!』

 

英雄候補は、英雄の背中に追い縋る。

 

 

 

 

降り注ぐ拳を全て躱し、鉄より固い皮膚に幾度も刃を滑らせる。けれども、どれも効果はなく、唯一傷つけることが出来た傷すらも、一瞬で治ってしまった。

 

イラつきを感じ始めた精霊は、幾度も腕を振るって小さな小人を叩き潰さんと暴れ回る。

 

(ほとんどの攻撃が有効打にならない…魔法で上がったステータスですら通用しない、か。)

 

全てが緩やかに流れる様に見える。

 

状況は最悪。しかし、思った程焦りも諦めの感情も湧いてこなかった。あるのはただ英雄的な戦いへの高揚感。

 

(隊は恐らくラウルが指揮を執る。リヴェリアはダメだ。真っ先にこの精霊への恐怖心を植え付けられてしまった。)

 

あの場において、フィンが求める答えを導き出せるのは、あの青年ただ1人しかいない。だから、その答えが出るまではと思っていたが、どうやらその考えも急に終わりそうだ。

 

背後に控える隊の士気が上がった。おそらくは、ラウルが撤退を指示したのだろう。これで、考えを捨てて、この精霊の相手をできる。

 

幸いなことに、未だ肉体のみの攻撃しかない。あの人語を喋った精霊よりも、この精霊は知能が低いのか話す素振りも、知性を感じさせる行動もない。つまり、動きを見ていれば、攻撃に当たることはほぼ無い。

 

「ならば、攻撃に転じる…!」

 

この精霊の体に傷がつくことはない、ならばあからさまな弱点を狙うほかない。

 

そう考え、一気に駆け出したフィンは、巨大な腕の振り下ろしを回避すると一気に飛び上がり、宙に躍り出た。次々繰り出される拳の連撃を体を捻り躱し、腰のナイフを抜き放ち、精霊の髪を毟るように掴み、頭に張り付いたと同時に、黃昏のような瞳をナイフで突き刺した。

 

「──ガアァァアァアアアアアアッッ!!?」

 

響く絶叫。それだけで大地が揺れる程の大きさ。

フィンの思惑通り、ダメージを通すことが出来た。しかしその痛みに驚いたのか、精霊はのたうち回るように暴れ、回避に徹していたフィンに向かって、音速の域に達した拳を見舞う。

 

「くっ…!ガッ!?」

 

スレスレで避けたフィンだが、避けた拳が地面に炸裂。散弾のように砕けた石礫が、フィンの体を捉え大きく吹き飛ばした。

 

それに追撃を加えるように、精霊は力任せな拳で、フィンを捉えた。

 

(しまっ────!?)

 

しかし、直撃の寸前。横から来る衝撃にフィンは救われた。

 

「────団長っ!」

 

「ラウル!?」

 

爆撃の中をラウルが決死の飛びつきで回避。かろうじて受け身をとったが、次の行動は一歩精霊が早かった。

 

「ラウル!逃げ──」

 

「ヴェルフさん!今っす!!」

 

「任せろォォォッ!!」

 

フィンの叫びをかき消すように、雪崩のような冷気が精霊を襲い、一瞬にしてその場を銀世界に変えてみせた。

 

雪崩の先を見れば、赤い髪を掻き上げた漢が、純白の大剣を肩に担いでいた。

 

「よう、大将!間一髪だぜ!」

 

「何でもいいっす!団長、今のうちに!」

 

「…あぁ!!」

 

ラウルの手をとったフィンは、彼の成長にゾクリと鳥肌が立った。今まで彼の臆病さは目に余るときがあった。しかし、ソレが今はどうだ。命がけの行動、タイミング。魔剣の範囲ギリギリまで逃げて、敵をひきつける。全てヴェルフを信頼していなければ、あそこ迄上手く行きやしない。ラウルはそれをやってみせたのだ。

 

何が彼をそうさせたのか、嫌でもわかる。彼の背に宿る勇気が。

 

思わず、フィンの中に熱いものが滾った。

 

「へっ!精霊の奇跡に届く俺の魔剣は効くだろ!?」

 

「推測通りならあと数十秒も持ちません!抱えるっすよヴェルフさん!」

 

「…っ…すまねぇ…」

 

悔しそうに顔を歪めたヴェルフの腕には、未だ連なる光の輪が輝いていた。敢えてヴェルフを回復させず、スキルを発動させたまま移動砲台として運用することで、最大威力の魔剣砲撃を実現している。これもラウルの指示だ。

 

フィンは、その状況を俯瞰する姿勢に口角を上げた

 

「お手柄だラウル!これで君が遠征費をちょろまかしたことはチャラだ!」

 

「今その話するんすか!?」

 

「ああするさ!帰ったら、いい娼館を教えてくれよ!」

 

「ティオネさんに殺されるから絶対にしないっす!」

 

「ハハッ!それは確かに怖い!俺もやめておこう!」

 

らしくない言葉を口にするが、こうまで団員の成長を間近で見て、高揚しない団長はいないだろう。今くらいは、皮肉交じりの戯言(ジョーク)も言いたくなるという物だ。

 

「皆は?」

 

「意識も全員戻ってます。今は58階層でベルがテイムしたワイバーンと一緒に待機してる筈です!」

 

「なるほど、完全な撤退を選んだか…ここは…いや…」

 

ラウルの指示に修正を入れようとしたフィンだったが、実質あの精霊と戦いながらの撤退戦になる。さっきの言いようからして、殿は必須。現状戦えるのは己だけ。となれば、フィンは決断した。

 

「ラウル、君に指揮の全権を委ねる。」

 

「なっ!?団長!俺には…!」

 

「君も、彼に触発された一人だろう?なら、やるんだ。俺を、使ってみせろ。」

 

その言葉に、ラウルは一瞬の怯えを見せた後、不格好に笑った。

 

「上等っす!!」

 

「よし、行くぞ!」

 

58階層につながる連絡路を登る途中、フィン達は背後から響く轟音を耳にした。

 

「チッ…ふざけろ!もう抜け出しやがった…どいつもこいつも…!」

 

「相手が悪すぎる。推定Lv8の化け物だ、もう常識は通用しない。用心に重ねた用心はした方がいいだろう。」

 

「58階層、目視!総員、撤退開始!ヴェルフさん、魔道士部隊!抜けたタイミングで蓋をしてください!」

 

その指令の後、背後に迫る爆音に向かって先程の比にならない雪崩が現れた。

 

『【ウィン・フィンブルヴェトル】!』

 

「オラァッ!!こっち来んじゃねぇ!!」

 

エルフの師弟、リヴェリアとレフィーヤによる魔法とヴェルフによる魔剣の威力は、瞬時にその場を氷河に変えて迫る精霊と通路を氷の壁で塞ぐ。その直後、その氷の蓋を途轍もない力で叩く轟音が響いた。

 

脅威は、すぐそこに迫っている。

 

「総員撤退!魔道士部隊…それとアイズさんは後方に!58階層中央にて、レフィーヤの砲撃で穴を開けて即時撤退っす!」

 

ラウルの指示通りに全員が動き周囲の警戒を行うが、58階層は不気味な程に静かだった。それこそ、モンスターはベルのテイムしたワイバーンのみ。本来もうリポップしている筈である他のモンスターの姿は、かけらもなかった。

 

「ダンジョンの、異常…それにしてもこんなこと…」

 

「逆のことは良くあるが、こうまで静かなのは…何かの意志を感じるな…」

 

「ダンジョンは生きている…か…」

 

フィンはそう呟いて、まるでお膳立てされたようなこの静寂に、以前の報告を思い出していた。

 

24階層パントリーでの出来事。ベルが階層をぶち抜いて起きた『ダンジョンの悲鳴』。ソレは、止められない圧倒的な力を持っていたという。アストレア・ファミリア最後の生き残り、リュー・リオンが語ったその厄災は、階層崩壊の原因であったベルを執着に狙っていたそうだ。

 

その話をしている間、リューはガタガタと震えながら必死に体を押さえつけて語っていた。実際、特定条件下でだが、第一級並の戦闘力を持っていたベルですら不意を突かれ死にかけていた。それほどの相手ということだ。

 

しかし、今回の事象は全く当てはまらない。フィンのカラド・ボルグは確実に階層を貫いた。なのに、ダンジョンの悲鳴どころか、その厄災は現れるどころか、ダンジョンの悲鳴すら聞こえなかった。あの程度では足りない可能性もあるが、現状判断することはできない。

 

聞けば、ダンジョンに大きな損傷を与えると起きる現象らしいが、その前兆すら見えない。

 

それは、ダンジョンすらどうすることもできなかったイレギュラーが起きたのか。はたまた、ダンジョンが過剰戦力である(・・・・・・・)と判断して、厄災を放たなかったのか。

 

思考が巡る中、迫る怒号を耳にしてフィンは頭を振って考えを吹き飛ばした。

 

「レフィーヤ、ここで!砲撃を頼みます!団長、殿を!」

 

「はい!」

 

「了解!」

 

その返事と共にワイバーンから飛び降りたレフィーヤは、大きく息を吸って思考の海に飛び込んだ。

 

己の、最大の力を引き出すには、想いがいる。激しい怒りがいるのだ。

 

『レフィーヤ…それは、大きな力になる…けど、感情に任せてその力を使おうとすれば、きっと本当の力を発揮できない。だから、握るんだ。怒りの手綱を…って、これも受け売りなんだけどね。でも、怒りに呑まれた人は、多くの場合戻ってこれない。だから…気をつけて。』

 

「僕は上手くできないんだけどね」と自嘲気味に語ったベルは、自身の二の舞になって欲しくなかったからか、普段よりも饒舌に話してくれた。

 

「怒りの手綱を…握る。」

 

思えば、このスキルの元はあの男だった。けれど、今の引き金は違う。

 

『───君を、皆を守る。』

 

守られた。何度、彼に守られただろうか。彼はいつも自分が傷ついて、誰かを守っている。命がけで、仲間を守った。宣言の通り、自分を守ってボロボロになった。

 

(私は…何も…っ!)

 

何もできなかった。ただベルに守られ傷ついていく彼の背中を見ているだけだった。

 

倒れたベルを見ているだけだった。同じレベルなのに彼はずっと、自分なんかよりも凄かった。

 

本当に、英雄を幻視してしまう程に、格好良かったのだ。

 

だからこそ、悔しかった。

 

一瞬でも諦めてしまった自分が。一瞬でも、恐怖に屈した自分が。悔しかった。情けなかった。

 

熱が湧き上がる。体が熱くなる。

 

後一歩が、いつも足りない。

 

そうだ、私は───────弱い。

 

その瞬間、レフィーヤの中で、ブチッと何かが切れた。

 

「───来た。」

 

レフィーヤの内から溢れる弱い己への激しい怒り。この土壇場で、彼女は制御の難しい『妖精激怒』(感情起因型のスキル)を、故意に発動した。

 

体に流れる魔力が一気に膨れ上がる感覚。杖を握った右腕を天に掲げ、左手を添えるように右腕を掴んだ。

 

溢れる魔力の中にあった、見知った影が背中を押した。

 

「ベル…力を貸してっ!」

 

体内に存在する魔力すべてを、この一撃に注ぐ。穿け、彼の雷霆のように。穿け、この想いを。

 

 

 

「『アルクス・レイ』ッッ!!!」

 

 

 

咲き誇る一輪の円環。溢れる魔力の奔流は、容易にダンジョンの天井を貫いた。

 

「よしッ!」

 

「いいや、ここからだ!」

 

沸くラウルにリヴェリアは、まだだと厳しい顔をした。問題は、どこまで行くことができるか。それが、彼らの命運を握っている。この場にいる全員の命が、レフィーヤの背に重くのしかかっているのだ。

 

だが、そのプレッシャーすらも跳ね除け、彼女はひたすらに魔力を絞り出す。

 

今まで培ってきた経験、知識を総動員する。

 

「ぐぅっ…!負けない…負けない…っ!」

 

レフィーヤは魔法の威力に押され、屈しそうになる膝に、心に鞭を打って食い縛る。

 

「貫け…っ…貫け────ッ!」

 

言葉と共に、想いと共に強くなる威力は、レフィーヤを地面に沈め、罅を入れる程に強くなる。

 

階層を破壊する音が響き、遂に魔法は威力を弱め、消えていった。

 

 

「────」

 

 

静寂の中、荒れた息をそのままにフラフラと杖に縋ったレフィーヤは、皆に見えるように、力強くグッと親指を立てた。

 

それは、階層を完全に貫き、52階層までの道を拓いた合図だった。

 

レフィーヤは無理だと思われた階層の破壊。しかも6階層分を貫いた。それは、彼女自身への弱さの怒りがもたらした一撃であった。

 

その偉業に、部隊が湧き上がる瞬間、レフィーヤの真隣で爆音が響いた。

 

「っ!」

 

誰にも止められることが出来ぬ脅威。フィンが、レフィーヤの真横に派手に着地した。

 

フィンは既に疲労の色を隠すことができていなかった。集中力が限界を迎えたのか、鼻血がどろりととめどなく流れている。

 

「くっ…!」

 

疲労した思考が、真っ白に染まった。しかし、体が無意識のうちに動いていた。

 

背後に迫っていた精霊に向かい、杖を向ける。

 

「『アルクス────」

 

レフィーヤの詠唱はそこで止まった。ぐにゃりと曲がる視界。レフィーヤの魔力は、既に底を尽きていた。

 

歪んだ視界から、フィンが守ろうと前に入ったが、きっと意味は無い。閉じていく視界の中、レフィーヤは2度目の走馬灯を見た。

 

あらゆる思い出が駆け巡り、死を予感した。ただ、最後に考えたのは、どちらも同じ。もっと己に力があればと言う後悔だけだった。

 

そんな諦めを宿したレフィーヤの目の前を、紅蓮が覆い尽くした。

 

レフィーヤは、忘れていただけなのだ。この場にいる誰もが、あの英雄に感化されている事を。この場にいる誰もが、諦めの悪い冒険者であることを。

 

「やっちまえぇぇぇッ!」

 

ヴェルフの掛け声と共に、紅蓮から2つの影が飛び出した。それは、朱い蒸気を纏った狂戦士(バーサーカー)

 

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

「汚ぇ手で団長に触ってんじゃねぇ!」

 

衣服の端々を燃やし爆炎の中を突っ込んで、突き出される巨拳に2つの拳を叩きつけた。

 

ティオナとティオネは、スキルの効果を出すために敢えて魔剣の爆炎の中を突き進んだ。それは、二人に共通する、起死回生のスキル。

 

片方は痛みを、片方は怒りをその拳に乗せて。

 

皆を守った彼の痛みを、家族の痛みは分かち合うものだと言うように、自らを傷つけて、その痛みを分かち合う。それがティオナの原動力。

 

守られた。己が弱いから、一瞬でも恐怖を覚えて動けなくなってしまった己が恥ずかしい。その弱い己への怒りが、ティオネの原動力。

 

『ぐっ…アァァァあァァァッッ!!』

 

ぶつかった拳は二人分でようやく止められる程度。雄叫びを上げて踏ん張るが、圧倒的な力の前に二人の力など意味をなさない。初めこそ拮抗していたが、徐々に押される形になる。

 

もう、押し潰される。その時

 

「ベートさん!ガレスさん!」

 

ラウルの叫びが、微かに聞こえた。

 

「ジジイッ!」

 

「ブチかまして来い!!ベートォッ!!」

 

空中に躍り出たガレスは、ハンマー投げのようにベートを振り回し、そのまま精霊目掛けて射出。猛スピードで回転したベートは、負傷した左脚を無視して体勢を整え、右脚を突き出した。その右脚には、彼の特殊武装に宿ったアイズの風。更に加速したベートは、そのまま精霊に突撃した。

 

「力入れろバカゾネス共ッッ!!!」

 

ベートの罵倒に触発され、ティオネは怒りに燃えながら拳を振り上げた。

 

「───バカ犬が…ッ…吠えてんじゃねェェェッ!!」

 

そのまま、拳を幾度も叩きつける。

 

耐えきれず破れる皮膚も無視。今まで経験したこともない硬さに骨が軋む、それも無視。ただ怒りのままに、拳を叩きつける。

 

「っ、言ったなぁァァァッ!!!」

 

ティオナも負けじと拳を叩き込み、二人の一撃が重なったとき。巨拳が僅かに押された。その瞬間、二人は一気に精霊に肉薄。完璧に懐に入り込み、渾身の拳を叩き込んだ。

 

チャンスを掴んだ三人は一気に力を開放し、雄叫びを上げた。

 

 

『ブッ飛べぇぇぇぇぇぇッ!!!』

 

 

重なった一撃は精霊を大きく吹き飛ばし、千載一遇のチャンスの切っ掛けを生み出した。

 

「総員、負傷者を回収後直ちにワイバーンに騎乗!このまま穴を通って50階層を目指す!総員、撤退っす!」

 

ラウルの叫びとともに、全員が騎乗し飛び立つ。拭えぬ不安を振り払いながら、ラウルは遠くに見える精霊を見つめる。

 

「────」

 

「…っ…今…?」

 

ただ見上げる精霊の口元が、意味のある言葉を呟いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 




遅くなりました。ごめんなさい。
感想、評価よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。