疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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第25話:冒険者の回帰

翼が空を叩く音と、時折疲れたように聞こえるワイバーンの声が大きく響いた。一行は、レフィーヤが作り出した大穴の中を撤退していた。

 

「ナルヴィ!今は何回層っすか!」

 

「こんな直通するの初めてだけど…感覚的に多分54階層くらいだと思う!」

 

それだけ聞けば、順調そのもの。しかし、ラウルは不安を拭いきれない。あの精霊が相手ということもある、その強さが未だ嘗て見たことがないLv8の領域であることも相まってなのか、不安の出どころが判断ができなかった。

 

四匹のワイバーンの最後方に位置するラウルは、団員の状態を見ながら、どこか落ち着かない様子のリヴェリアに声をかけた

 

「…大丈夫っすか、リヴェリアさん。」

 

「…大丈夫、とは言い難い…緊張感も、恐怖も何も拭えていない…私に比べれば、お前やレフィーヤの方が余程…」

 

「な、何言ってるっすか!リヴェリアさんがいなきゃ、誰も守れてないっす!…それに、自分も…レフィーヤだってきっと、恐怖なんか拭えてないっす。」

 

「……そうだな、皆同じように不安を、恐怖を抱えている…」

 

その事実だけが共通していた。いや、それだけが全員の支えになっていた。誰もが不安を抱えているからこそ、全員の心が重なる、酷く歪な状況を生み出していた。

 

ここからは、もう本格的に手はない。後は、神のみぞ知るというやつだ。彼らの命は、そんな薄氷のような物に委ねられてしまっている。

 

ラウルが考えを巡らせたとき、リヴェリアが同乗しているアイズの様子に気がついた。

 

「平気か、アイズ……?」

 

「────空の、香り。なら、あの精霊は───」

 

「アイズ…?」

 

俯いたまま、ブツブツと何かしらを呟いているアイズに、リヴェリアはどこか奇妙な感覚を覚えた。

 

何かを感じ取っているような。

 

その時

 

「ラウル、皆を壁際から離して。」

 

「アイズ…さん?」

 

「早く!」

 

「……っわかりました!皆、壁際から離れてください!」

 

突如声を上げたと思えば、皆を壁際から離し切羽詰まったように指示を出した。

 

鋭い視線を下に向けたまま、アイズは抜刀した。

 

「来る。」

 

その一言の数秒後、何かが激しく壁を叩くような音と、怒号が鳴り響いた。

 

死神の足音、いいや。死神そのものがすぐそこまで来ている。その事実が、全員の心を折りに掛かった。

 

「嘘だ…まさか…!」

 

「今は、54階層だぞ…!?58階層からは軽くバベルの高さを超えているのに…!?」

 

「…ここまで、常識が通用しないか…!」

 

下から響く音は徐々に大きくなり、遂にその正体を晒した。

 

『オオオォォォォォォォ───ッッ!!!』

 

怒れる精霊は、強靭な手足を四足獣の様に使って壁を駆け上ってきた。突然の襲来に隊の動揺は激しくなる。

 

「魔剣は!?」

 

「ダメだ!ワイバーンが耐えられない!」

 

「ラウル!もう無理!53階層に退避するしかない!」

 

「ダメっす!この状況で狭い道に退避したらそれこそ終わりだ!」

 

「じゃあどうするんだ!?」

 

「今考えてるっ!」

 

此処で戦闘を仕掛けることも考えた。しかし、戦闘力の差を理解できないラウルではない。此処で戦っても、逃げても。どちらにしても、負ける。

 

最高戦力は未だ目覚めない。

 

だが、確実にベルの目覚めは近い。ラウルには、不思議な確信があった。

 

(ベル…っ…しっかりしろ俺!託されただろう!それまで、俺が…俺がなんとしてでも…!)

 

そう焦ったとき、不意にアイズが呟いた。

 

「このまま…52階層まで逃げる。その間、私がアレを相手する。」

 

「アイズさん!?」

 

「お願い、ラウル。任せた。」

 

そう言って、アイズはワイバーンから飛び降りた。後ろから聞こえるリヴェリアの叫びを無視して、ただ目の前の同族に視線を投げた。

 

「…酷い。貴方の尊厳も無視して、目覚めさせられて…でも、ごめん────斬るね。」

 

フィンとの戦闘も見ていた。ある程度のパターンや癖、精霊の本来の在り方に近いその行動に、アイズは無意識のうちに胸を痛めていた。

 

けれど、アレは斬らなければならない。この世界にいてはいけないのだ。

 

生半可な攻撃ではダメ、今までよりも更に強く、ベルの魔法のように鮮烈なまでに強力でなければ、この精霊を穿(つらぬ)くことはできない。

 

丁度一週間前。ベルとの手合わせでつい本気を出してしまったあのとき。初めて魔法を使って、押し負けた。その後の慣れていないという言葉から、アレが本気の半分も出していないことは容易に想像できた。

 

汗だくのアイズに対し涼しい顔をしていたベルの間には、すぐには埋められない差があった。自信のあった剣技ですら、すでに同じか少し上をいかれている。都市最強の男と比べても、どちらか判断に迷うレベルの誤差。それほどに、強かった。

 

なぜ、そんなに強くなれたのか、ベルに聞いたときのことを思い出していた。

 

『多分、アイズと僕の魔法は…同じルーツなんだと思う。けどアイズは、この魔法を使うことを…いや、自分の血を避けてるように感じる。』

 

ベルの言葉は当たっていた。母と同じ血を持つことを嬉しく思う反面、人の血が流れていない自分の正体を隠している。誰かに怪物のように見られるのが怖いのだ。

 

きっと、皆受け入れてくれるだろう。いつもと変わらぬ態度で接してくれるだろう。けれど、それでもほんの少しの不安が残っているのだ。

 

そんなアイズに、ベルは苦笑して言った。

 

『僕も、少し考えた…特に僕なんて変身しちゃうからさ…でも、皆変わらない。見た目じゃないんだ、生まれじゃないんだ。想いだよ。僕と君の差は、本当にそれだけ。怖がらなくていい、なんか言われるときは僕も一緒だからさ。』

 

その言葉で、どれほど安堵しただろうか。己の出自を知っても恐れない者がいるのはリヴェリアたちで知ってはいるが、同じ境遇を共有できる者は、今まで誰一人としていなかった。強いてあげるならば、ヴェルフであったが、彼は成り立ちからも全くの別物になる。

 

それほど親しいわけでもないしファミリアも違うから、そうした感情を放出できる存在は、アイズにとっては救いでもあった。

 

「今度は、私が守るから。」

 

だから、今だけは───いいや、これからは。この血を恐れたくない。母が残した贈り物に、誇りを抱けるように。

 

だから、今出せるありったけを。この瞬間に吐き出す。

 

(それでも…足りない、もっと。もっと力がいる。)

 

これだけでは足りない。ベルの稲妻はこんなものではない。だから、久しく使うことのなかったスキルのトリガーに、指をかけた。

 

「もう、貴方は精霊じゃない……誰かを傷つける怪物(モンスター)。」

 

グニャリと曲がる像。目の前の人形を保った精霊の姿が異形に変わる。これは、怪物だと言うように、本能が叫ぶ。

 

 

 

起動(テンペスト)───『復讐姫(アヴェンジャー)』」

 

 

 

己の最強の『力』と、精霊の『魔法』を接続する一度は封じた禁断の祝詞。

 

瞬間、アイズの纏う風が黒に染まり、黄金の瞳に黒い光片が散った。虹彩が漆黒の真円に縁取られる。

 

美しい風の旋律は、猛る憎しみの嵐に飲み込まれた。

 

けれど、今この時だけは憎しみではなく、運命に踊らされたこの精霊に哀れみを。

 

その一瞬。狂気に呑まれたアイズと同じ色を持つ瞳が、僅かにソレ以外の感情を宿した。

 

「アレは…!」

 

「な、なんて威力…!?」

 

強風に煽られ、制御の効かなくなったワイバーンを上手くコントロールしながら、ラウルは驚愕したと同時に、ベルの物に似たその威力に、僅かに希望を見出した。

 

「行けッ!この期を逃すな!52階層まで突っ切れ!!」

 

「待て!アイズを見捨てる気か!?」

 

「いいや!もう手は打ってる!団長が(・・・)!」

 

リヴェリアの言葉を吐き捨てるように、ラウルはただ叫んだ。

 

その声が全員に届いたかは定かではないが、信じるしかない。この一瞬の隙間を、針の穴を通す様な運命に賭けるしかない。

 

「『暴れ吼えろ(ニゼル)』」

 

それと同時に、アイズの嵐は更に苛烈さを増した。

 

その嵐の勢いで空中に固定されていたアイズは、体をグッと屈め、真下に鋒を向けた。

あとのことは、もう構いやしない。

 

此処でありったけを。

 

脚を吹き飛ばす様に、アイズは空中を蹴り飛ばした。

 

「───っ!!」

 

その速度は音速に迫る程に疾く。その、一撃は今までのどの攻撃よりも鋭かった。

 

本能的に受け止める体勢に入った精霊は、その巨拳を構わずに激突させた。

 

響くのは風の轟音と、それと混じる様に聞こえる精霊の咆哮だけ。

 

アイズは、これでもダメかと負荷に耐えきれず、血を吐きながら歯を食いしばった。ここで止めねば、確実に全員嬲り殺されて終わる。それだけは許容できない。したくない。

 

この憎しみが、この哀れみが。無駄なものではないと信じるために。ここで、少しでも時間を稼ぐ。

 

 

「アアアアアアアッッッ!!!!!」

 

 

皆と共に帰りたい。それだけがアイズの想いだった。

 

黒い嵐に耐えきれず、アイズのデスペレートに罅が入った瞬間。精霊が四肢を食い込ませて体勢を保っていた壁が、根こそぎ崩れる。その瞬間を見逃さなかった。

 

限界、出力

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】ッ!!」

 

瞬間、嵐が剣に収束、光を曲げる程の密度を持った嵐が、精霊を押し返した。

 

そのとき、精霊の拳に血が迸った。

 

アイズの咆哮を纏った風は、アイズの主武装であるデスペレートの破壊という代償をもって時間を稼いでみせた。

アイズの手足はボロボロ、風の威力に体がまだ耐えることができない。けれど、あの風でも精霊に傷を負わせることはできなかった。ただ、押し返しただけ。あんなもの傷とも呼べやしない。

 

「……まだ、強くならなきゃ…」

 

君に、追いつくために。私が、皆を信じれるくらい強くなりたい。

そう心で呟いたら、体の力がふっと抜けた。

 

ようやく自由落下を開始したアイズの体は、グンっと引っ張られた。

 

「【リスト・イオルム】──よっしゃぁ!!成功しました!団長!!」

 

「よくやったティオネ!帰ったらハグだ!」

 

「うおっしゃぁぁあ!!!」

 

さっきまでのシリアスはどこに行ったのか、ベルの時は皆して顔色を変えてたくせに。

 

どうやら、自分の命がけの特攻はお笑い草で締めくくられるようだ。なんだか、納得の行かないアイズは宙ぶらりんの中、不満顔で頬を膨れさせていた。

 

 

 

「……みんな、戦闘態勢。」

 

50階層、テントの見張りをしていたアナキティは、51階層から響く振動を感じ取り、臨戦態勢を取る。全員を叩き起こし、できる限りの準備をしていた。

響くのは竜の声、そして聞き慣れない人の雄叫び。

 

まさか、異常か。

 

二軍の半分もいないこのメンバーで、まして以前の51階層のようなモンスターが出てきたときのことを考えていたところ、空を切る音がアナキティの耳に届いた。

 

「───アキ!?」

 

「ラウル!?」

 

51階層の連絡路から現れたのは、ワイバーンに騎乗したラウル達1軍のメンバーだった。予想外の展開にアキは目を回したが、ラウルたちの満身創痍の状態を即座に判断して、回復の指示を出そうとした瞬間。

 

「総員今すぐにここから撤退しろ!50階層中央に固まれ!ヴェルフさん、蓋を!」

 

「任せろ!」

 

50階層に残っていた全員がラウルの指示に固まるが、その気迫に押されて各々が即座に行動を始める。

 

「何があったのラウル!?」

 

「話は後っす!とにかく、エリクサーとマジックポーションをありったけ!」

 

「あぁ、もう!後で説明しなさい!」

 

話ができる状況ではないと判断したアキは、とにかくポーションを集め中央に向かった。そこで見たのは、信じられないほどにボロボロになった一軍のメンバー。思わず絶句したが、アキはポーションを配り回った。

 

「一体何があったのラウル!ベルもボロボロだし…何と戦ってたの?」

 

「精霊に追われてる。それも、Lv8級の化け物っす。回復が尽きた俺達はここまで撤退してきた。ここで、そいつを迎え撃つ。」

 

「なっ、そんな……勝てるの?」

 

「…勝つっす。」

 

ただ、アキの不安を一蹴するように、ラウルは鋭い視線を向けた。アキには、下で何があったのかわからなかったが、ラウルが冒険者として成長した姿に、少し微笑んだ。

 

「私、貴方のこと情けないなんて思ったことないのよ?」

 

「な、なんっすか、急に?」

 

「ふふ、ううん。なんでも、ただ随分と変わったなぁって。」

 

「…諦めることは、簡単っす…でも、諦めたくなくなった。ベルのせいっすけどね。」

 

自分に呆れたように笑ったラウルに、アキも柔らかく笑った。

 

全員に回復薬が回った時、51階層の蓋が大きく叩かれる音が響いた。

 

「…来るか。」

 

「団長…ベルは…」

 

「…まだだ。」

 

「…やるしか、ないっすね…」

 

覚悟を決めた二人は、ただその方向だけを見つめた。

 

よく見れば、フィンの片手には、見慣れぬ直剣が握られていた。

 

「その剣は?」

 

「あぁ…『赤匠』に託されてね…なんでも、今まで作った中で最強の魔剣らしい。彼は血を失いすぎた。今は寝てるが、すぐに起きると伝えられたよ。」

 

「はは、そりゃ頼もしいっすね……皆さんは…」

 

「…ダメだ、体力を消耗しすぎている。全員気絶した。動けるのは首脳陣と…君かな。」

 

「…そうっすか…来ますね。」

 

「あぁ、頼りにしてるよラウル。」

 

そうして、ヴェルフの作った氷の蓋が破壊され、精霊は姿を表す。その威容、体躯、放つ魔力。すべてが本能的に危険を上げさせるほどに強大だった。

 

第2軍のメンバーは既に邂逅していた者たちを除いて、殆どが戦意を喪失してしまった。

 

けれど、ラウルに不思議と恐怖はなかった。それはフィンも同様のようで、背後に控えるメンバーに、軽く笑いかけた。

 

「さて…リヴェリア、ガレス。君たちはそこで見ているだけかな?」

 

『────っ!!』

 

その一言は、明確な挑発だった。お前たちは、そこで見ている腰抜けになるかと。言外に、フィンの瞳はそう語っていた。

 

「…言ってくれるわ、この小人族め…!」

 

完全に回復したドワーフの戦士は、大斧と大盾を担いだ。熱き戦いを求めて、戦士は快活に、好戦的に笑う。

 

「なに…振り回されるのはいつものことだろう!」

 

エルフの女王は、マジックポーションを飲み干して、野蛮に、冒険者の如く雑に口元を拭って、いつもの上品さと恐怖をかなぐり捨てた。

 

「おや、休憩はもういいのかい?なんなら終わるまで休憩していても構わないよ?」

 

『ほざけ、生意気な小人族(パルゥム)め!』

 

いつかのように、互いを鼓舞するように。ただ好戦的に、冒険者は笑うのだ。

 

「それだけ大口を叩けるなら上等!ラウル、君は完全に補給に回れ。団員を殴ってでも動かして物資を集めろ。」

 

「はい!」

 

「久しぶりじゃな!こうして三人揃ってというのは!」

 

「何を言う、昔のほうがこうすることは少なかったろうに。」

 

「それもそうだ…昔はこんなに冷静に話せた記憶が無い。」

 

空気を揺らす咆哮を合図に、3人は構えた。

 

「…今更な気がするけど、精霊に挑むなんて、まるで英雄譚だ。」

 

「ガハハッ!なに、それも戦士の誉よ!滾ってきたわ!」

 

「誰もがお前のように単純ならどれほど良かったか……だが、少しでも共感してしまう私も、相当に毒されているようだ。」

 

嘗てない脅威を前に、首脳陣は懐かしむように笑った。

 

守られるように背後に位置したラウルはどこか誇らしげに前線に立った3人の後ろ姿に、確かに英雄を幻視した。

 

「景気付けだ、やっておこう。」

 

徐に、フィンは槍を突き出し2人に笑いかけた。意図が伝わった2人は、呆れながらにフィンに倣う。

 

槍を、杖を、斧を合わせた3人は過去ロキに言われたように、各々の夢を、想いを口にした。

 

「一族の再興を。」

 

「まだ見ぬ世界を。」

 

「熱き戦いを。」

 

この誓を、忘れぬようにしっかりと胸に仕舞い込んだ。

 

ここに、英雄譚を刻もう。

 

強く、想いを貫こう。

 

それがきっと、力になると信じて。

 

ここに冒険者の回帰を。

 

 

 

冒険を、しよう。

 

 

 

「───さて、やろうか。」

 

 

 

 

 

 

 

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