疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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第26話:英雄の回帰

開戦の合図は、重傑の戦士が放つ咆哮だった。

 

大斧を振りかぶり、後の事など考えず今出せる全力の一撃を。もはや災害とも形容できるその一撃すらも頼りないと思えた。

 

現都市最強と対峙したときですらこの威圧はなかった。あるとすれば七年前の『礎になった漢』か、或いは『静寂を愛した女』だったろうか。目の前の出来事がやけに鮮明にスローに流れた。

 

走馬灯であるのかと考える余裕を投げ捨て、迫る巨拳に大斧を叩きつけた。

 

激しい鉄の悲鳴に、ガレスの苦悶の声がかき消された

 

(なんと重いッ…ただの殴打が最早魔法と遜色ないのか!?)

 

ガレスのステータスは、力と耐久に特化している。ほぼカンストしたステータスは、何なら都市で一番堅い自身があるし、力もオッタルに劣っているとは微塵も思っていない。

 

蓄積されてきた武はこのファミリアでも随一とも言える。だが、それを嘲笑うように圧倒的な力でねじ伏せられた。ただの無造作に振るった拳が、ガレスの人生を軽く凌駕した。

 

「グヌゥッ…カアアァァァァァアッッ!!!」

 

それでも、意地と根性だけで跳ね返す。たった一発を跳ね返すのに、殆どの体力を持って行かれた。

スキルもすべてが発動状態。およそ万全であった状態が、一気に削られた。

 

「なんの…ッ!!」

 

しかし、続けざまに振るわれる拳に大斧を叩きつける。一度、二度。繰り返すたびに挫けそうになる膝を、狂喜でかき消す。

 

平和に過ごし、およそ好敵手と呼べるものがいなくなったガレスは、本来求めていた闘争の喜びを思い出した。

 

(これだ…これだ…!!儂が求めた闘争は!儂が求めた冒険は!!)

 

嗚呼、こんなに楽しいのは何時ぶりだ。これだ、これが欲しかったのだ!血沸き肉踊る生死を賭けた闘争が!

 

「ヌウゥオアァァァァァァッッ!!!」

 

盾で逸らし、斧で弾き、時には躱し、また盾で逸らす。

 

真正面からのぶつかり合いは、決して誰にでも真似できるものではない。

このガレスという男だからこそ、成立する殴り合い(タイマン)

 

しかし、その勢いも徐々に失われていく。それもそうだ、リヴェリアの魔法と同程度の威力をもった拳をもう数分間一人で捌き、現状を維持し続けている。

 

「【吹雪け、三度の厳冬、我が名はアールヴ】───ガレス!!」

 

「構うなァッ!撃てぇ!!」

 

背後で詠唱を完結させたリヴェリアが、災害級の吹雪をガレス諸共凍らせる。

 

その瞬間、ガレスは精霊の拳打を真正面から盾で受け止め、吹っ飛ばされることで吹雪から逃れ、リヴェリアの真隣に着地する。

 

「無茶をする…!」

 

「今はいいっこなしじゃ。しかし…クソッ、ここまでか。たった一撃正面から受けただけでお釈迦じゃ…」

 

「ガレスさん、盾とポーションっす。」

 

ラウルから2つを受け取り、ガレスは己の力の限界を垣間見た。

 

「フィン、まだか?」

 

「…少なくとも、あと10分は欲しい。」

 

「フン、簡単に言ってくれるわ…」

 

そう語るフィンの右手には、光を纏う魔槍が握られていた。三人の見解として、アレにはどうやっても傷を付けることは難しい。そこで、階層をも貫いたフィンの魔槍の限界を超えたチャージの威力に賭けた。

 

そのため、フィンは戦闘に参加することなく後方に控えてチャージに専念していた。

 

「ガレス、無理はするな。最悪私も前線に上がる。回避程度なら問題ない。」

 

「抜かせ、必要ないわい。」

 

そう肩を回したガレスは、何度目かの力任せに氷を砕く精霊の前に立ち塞がった。

 

「ここから一歩でも進めると思うなッ、儂は誇り高きドワーフの戦士!誓いは違えん、仲間も守る、貴様も倒す!」

 

斧を向けたガレスは、尚不敵に笑う。

 

「来い、化け物め。冒険者の意地を見せてくれる。」

 

そして、再びの激突。

 

咆哮すらも掻き消す轟音が響く中、経験したこともない威力の拳をまた弾く。

 

しかしその中で、ガレスは違和感を感じた。

 

(なんだ…何が……?)

 

感じる違和感、何一つ変わってはいない。この圧倒的な暴力を全霊を持って弾くだけ。斧を拳の側面に滑らせ、力の方向を最小限の力で変えてやる。怒りによるものなのか、理性を感じさせない直線的で力任せな攻撃は、ガレスにとってもわかりやすいものだった。

 

弾き、流し、また弾く。

 

それだけでこの攻撃は凌げる。

 

そのはずなのに。気味の悪い感覚、すぐ先に何かが待っているかのような。潜在的な恐怖。

 

そして、その攻防を数回繰り返した時、変化が訪れた。

それは本当に些細な変化だった。

 

「───っ!?」

 

それは、神経を限界まで研ぎ澄ませ、直接対峙していたガレスだけが理解できた。

 

ほんの少しの、力の変化。

 

本当に些細な変化だった。

 

初めに、速度に緩急がついた。

 

次に、力の緩急が着いた。

 

インパクトの瞬間に急激に攻撃が重くなった

 

攻撃のバリエーションが、1種、2種と増えていく。

 

急激に感じ取った嫌な予感。

 

「────ッ!?」

 

次の瞬間、ガレスの弾いた拳が意志を持って、技を持って曲がり、横っ腹に激突した。

 

「ガレスッ!!」

 

小石が水面を跳ねる様に弾け飛んだガレスは、たったそれだけで死に体に陥った。

 

数十回バウンドを繰り返して壁に激突。ピクリとも動くこと無く項垂れた。

 

たったの一撃で血だらけになったガレスは、既に動けまいと、精霊は視線をリヴェリアに向けた。

 

「っ『焼きつくせ、スルトの剣────我が名はアールヴ』」

 

「『レア・ラーヴァテイン』ッ!!」

 

やるしかないと力んだリヴェリアは詠唱を完結。最大火力を叩き込む。

 

しかし、その一撃は

 

 

 

 

「────────────はっ?」

 

 

 

 

拳を払う突風に掻き消された。

 

あまりにも信じられない光景に、リヴェリアは素っ頓狂な声を上げて、呆然と立ち尽くした。

 

長い冒険者人生の中で、魔法を打ち消された事など、あの女がいた時だけだ。

 

しかし、リヴェリアも歴戦の冒険者。すぐに迎撃の体勢をとって襲い来る拳を回避する。

 

その回避も、散弾のように飛んでくる石礫は避けきれず、体の至ところに激突し、苦悶の表情を浮かべる。

 

(速いッ…とにかく速い!アイズよりも、ベートよりもずっと…!こんな速度の拳を、ガレスは受けていたのか…!)

 

ほんの少し気を抜いただけで、恐らくリヴェリアは拳にあたり、全身の骨を砕かれるだろう。その予想が過大ではないと理解しているからこそ、集中力は極限を超えていた。

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け】!!」

 

「あの回避をしながら、並行詠唱!?どんな集中力っすか!?」

 

上位の冒険者は比較的習得している技術である並行詠唱だが、高度な魔力操作と集中力が要求される。非公式ではあるが、最高位の魔法使いであるリヴェリアは、この都市で3番目に並行詠唱が上手いと自負している。

 

しかし、大局を左右するこの状況で、リヴェリアは所謂ゾーンに突入していた。

 

その練度は、己が1番だろうと思っていた人物を越え、他の追随を許さぬ程に洗礼された。

 

もう、恐怖はない。守らなければ、ここで死力を尽くさなければ。

 

(────ベルに合わせる顔が無いだろうッ!!!)

 

ベルが死力を尽くして防いだあの魔法は、まともに受けていたら確実に全滅していた。

それを防ぎ、仲間を信じたベルの想いを無下にするようなことは、できなかった。

 

時速数百キロで体に激突する礫は、着実にリヴェリアの体に傷を残していく。

 

知ったことか。ただ歌え。それしか能がないのだから、それだけは全うしなければならない。

 

「【閉ざされざる光り、凍てつく大地。吹雪け三度の厳冬】!」

 

大ぶりの一撃をスレスレで避け、精霊の真上で詠唱を完結させる。

 

「【我が名はアールヴ───ウィン・フィンブルヴェトル】ッ!!!」

 

真上から襲いかかる猛吹雪は、一瞬で精霊を凍らせ、凍土に閉じ込める。反動をモロに食らったリヴェリアは大きく吹き飛び、地面に叩きつけられた。

 

「リヴェリアさん!」

 

「…フィン…!」

 

そう呟いた視線の先で、光の螺旋が現れた。

 

「…君達の稼いだ時間は、無駄にはしない。」

 

光の螺旋を握ったフィンは、ヴェルフに手渡された、純白の直剣を添えた。

 

『これは…ベルの魔法を封じ込めた魔剣だ…一撃でぶっ壊れる…外すなよ…ッ!』

 

ヴェルフの独自技術である、他者の魔力を封じ込め剣にする技術によって造られた、世界最強の魔剣。それを握り締め、精霊に対峙する。

 

駆け出したフィンは一息に飛び上がり、その2つを大きく振りかぶった。

 

氷を突き破りフィンに目を向けた精霊は、何かを感じたのか、目を見開いた。

 

その顔は、今までの怒りに染まり本能に飲まれた物ではなく、何かを思い出したような表情だった。

 

(────迷うな。ここで殺さなければ、確実に誰かが死ぬ。この精霊は生きていてはいけないんだ。)

 

ガレスとリヴェリアが稼いだたった数秒は、勝敗を左右するものだった。

 

言い聞かせるように迷いを振り切って、螺旋に重ねた雷霆を解き放つ。

 

「────」

 

瞬間、階層を閃光が包み込む。先の一撃とは比べ物にならない魔力の柱は59階層をも貫き、50階層に爆風が巻き起こる。

 

「ぐぁっ…!?アキ、皆を!」

 

「っわかってる!」

 

後方に未だ気絶しているアイズ達にも余波は当然のように襲いかかる。団員総出でアイズ達を抑えながら、突風が消えるのを待つ。

 

数分の突風を凌ぎ、漸く顔を上げれば汗だくのフィンが片膝をつき純白の剣を眺めていた。

 

「…ははっ…なんて威力…流石だ…」

 

極光は消えたにも関わらず、交わらせていた槍に稲妻が居座っている。

塵のように砕け散った白磁の剣に、圧倒的な差を自覚したフィンは、やはり追い縋らねばならないと、苦笑した。

 

舞う土煙が漸く晴れ、精霊が姿を現した。

 

 

「…その状態で、まだ生きているのか…」

 

 

そこには、半身を吹き飛ばされ膝を着く精霊が。大量の出血からもう立ち上がることは無いだろうと予想できるが、その威圧は死の淵で尚健在であった。

 

(…この様子なら、もうこちらに手を出すことは不可能だろう。)

 

半身から突き出たように見える極彩色の魔石が頼りなく欠け落ちていく。それを合図にしたように四肢の先から崩壊が始まる。精霊は俯いたままに己の崩壊を待っていた。

 

勝敗は決した。

 

しかし、フィンの中に残る不安が緊張を保っていた。

 

(止めを…刺すべきか…?)

 

このまま見ていれば崩壊は止まることなく消え去るだろう。しかし、疼く。フィンの第六感が警告する。

 

 

止めを、今刺すのだと。

 

 

数秒の黙考、フィンは槍を手に近寄った。

 

「…悪く、思わないでくれ。名もなき精霊よ。」

 

魔力はスッカラカン、力だって一滴分すら残っちゃいない。けれど、フィンは槍を振り上げて、魔石に振り下ろした。

 

パキンっ、と乾いた音と同時に稲妻が迸り、魔石が砕け散る。

 

その瞬間、フィンは己の行動が間違っていた事を悟った。

 

 

「────」

 

 

一瞬で再生する半身。何事もなかったかのように精霊は仁王立ちした。

 

フィンは、何もすべきでなかった。そのまま崩壊を見届けるべきだったのだ。

 

フィンの槍に居座っていた稲妻は、もとを辿ればベルのもの。その稲妻が、精霊の奥底に眠る後悔と怒りの記憶を呼び覚ましてしまった。

 

 

固まる体に即座に命令して、体を反転。どうしようもない未来を視た。

 

 

「──【天に座する15の軌跡。その名は獅子、その身は獅子、その心は獅子。】」

 

初めて耳にする明瞭な言葉。そうして思い知ったこの精霊の規格外さ。

 

「何だこの魔力は…!何なんだこれは…!?」

 

「リヴェリアさん…?」

 

「は、ハハハハッ…済まない…お前たちを…守れそうに、ない…」

 

高位の魔法使いであるからこそ、リヴェリアはわかってしまった。あの魔法を止めることは出来やしないし、発動すれば確実に全滅する。

 

異質な魔力には、どこか神力を彷彿とさせる透明さがあった。混じりっけなく、人の魔力とは大きく違う。

 

「【賜う権能、果を射抜き、宇宙(ハテ)を貫く必中の楔。】」

 

「逃げろっっ───!!!」

 

フィンの絶叫が響くも、この魔力の威圧に体は縫い付けられ動けるものは誰一人としていなかった。

 

「【神の月光に、我が願いは踏み躙られたのだ。友を救えぬこの無力、我を謀った月女神───この恨み、忘れはしない。】」

 

「【貴様は獅子の尾を踏み抜いた!小さき王よ、我が心臓を捧げよう!】」

 

淡く光る精霊の右腕に、形を作り出していく。それは、友との戦いの記憶。友への懺悔。

 

「【我は天の精霊に非ず。月に牙向く獅子(ネメア)なりッ!!】」

 

「───【カタストロフ・ルナ】」

 

そうして、完全に完結したその場には、月光と、精霊の声だけが残っていた。

精霊の右手には、3メドルを超える、淡く月光のように透ける大弓が握られていた。

 

その大弓に矢を番えることもなく精霊──ネメア──は、ただ弦を引き絞った。

 

キリキリと限界まで撓らせれば、月光が意思を持ったように群がり、矢を形作った。

 

その弓が狙う先には、フィンが立っていた。

 

逃げることも出来ない、躱すことも出来ない。受けることはもってのほか。もう、差し出すしかなかった。

 

「お手上げだ…僕の物語も…此処でおしまいかな…」

 

そう言い切った眼前の戦士に、ネメアは感傷もなく矢を放った。

 

光の速さで放たれた矢は、フィンに過去を思い出させる隙きもなく目の前に迫った。しかし、気づけばフィンの視界から矢が消え去り、体がふわりと浮いていた。

 

何事か、これが死の感覚なのかと考えたが目に写った光景が、フィンの導いた答えを否定した。

 

 

───ラウルだった。

 

 

いま、死んでいいのはフィンではない。皆を導き、この窮地を脱するのは、フィンしかいないと確信していた。

 

だから、死ぬなんて怖くなかった。

 

清々しく笑うラウルに手を伸ばしても、もう届きやしない。

 

ラウル。そう名を呼ぶこともなく、フィンはラウルに突き飛ばされていた。

 

 

 

後は、任せたっす。

 

 

 

彼はそう笑って、月光に飲み込まれた。

 

 

 

 

けれど、フィンは、フィンだけは見ていた。その月光に飲み込まれる瞬間。ラウルの前に、白い光が飛び降りたのを。

 

月光は先程の威力が嘘だったかのように霧散。呆然と座り込むラウルと、フィンが白い光を見上げていた。

 

 

 

 

「───君の怒りは、僕にはわからない。わかるつもりもない。怒りは、君だけのものだから。」

 

 

 

 

突き刺さった純白の大剣を引き抜いて、淀みなくネメアに向けた。

 

「────アル、ケイ…デス……」

 

目を見開く精霊は、重なったその姿に涙を流す。

 

「…君も、神の被害者…同情するよ。」

 

コートが、風に靡き音をたてて揺れる。それは、物語に描かれる英雄の凱旋のようで、二人の胸を熱くさせた。

 

「でも…君が僕の仲間を傷つけるなら。僕は君を殺さなければならない。」

 

ただその言葉をもって、純白の雷を全身から迸らせた。

 

信じていた。きっと、彼は立ち上がると。そう信じて待った甲斐があったのだ。

ラウルは、涙を流しながら泥臭く笑って見せた。

 

 

 

 

「遅いんすよッ…────ベルッ!!」

 

 

 

 

そう叫べば、ベルは笑顔で振り返る。

 

フィンと目を合わせれば、頷く。フィンとベルの間に、言葉はもういらない。

 

「ありがとう、僕の英雄たち───後は、任せて。」

 

そう力強く宣言して、ベルは因縁に向かい合う。

 

「アルケイデス…アルケイデスッ…アルケイデスッッ!!!!」

 

嘆くように、ずっと求めていたものに手を伸ばすように、ネメアは歓喜したのだ。この手で彼を解放できる。己がかけてしまった不治の呪いの精算ができると。

 

彼の血筋を消さなければ。苦しみ続ける彼を、彼らを解放しなければ。

 

ネメアは、そうして矢を番えるのだ。

 

そのネメアを見て、ベルは静かに闘志を滾らせる。

 

「…先祖から続く怒りの楔…君の嘆きと絶望はこの僕が断ち切る…!」

 

 

 

英雄は、ここに回帰する。

 

 

 




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