疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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理想の憧憬。

それを見つけた者と、見つけられなかった者の差はなんなのだろうか。


幕間:【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

「…ここに来るのは、何年ぶりでしょうか…ミア母さんも…これを見越して…」

 

幾らか感慨深い気持ちが湧き出る中、今朝のミアの発言に思考を傾けた。

 

リューに突如言い渡された『借金返済』。正確には、行くべき場所に行けと、半ば追い出される様に出てきた。

 

そして、リューがその言葉を聞いて最初に訪れた場所は、己の過去そのものと言える場所。

 

『星屑の庭』

 

未だ残っているその場所は、過去───アストレア・ファミリアがまだ活動していた時の残り滓。リューの心残りの1つというところだろう。

 

7年経った今も残っているのは、撤去しようとしたギルドに、周辺住民が反対行動をしたからなのだが────リューにとっては、ありがたい話であった。

 

「本当に…私は…」

 

懐かしくも感じるドアノブを撫でる。

 

すっかりと(さび)れてしまっているが、館は未だ帰らぬ主を待つように、その場にひっそりと残っていた。

 

「少し前までは、管理も行き届いてたんだが…市民の間での募金が底をついてよ…悪ぃな…」

 

「いえ、残してくれただけで、私は救われています…もう、どこにも寄る辺のない私にとって…最後の居場所です…感謝します、ボウガンさん。」

 

リューの背後に立っている中年の男性────ボウガンは、やるせないような顔をして、鍵を放り投げた。

 

「やるよ…元々は、アンタがいるべき場所だろ。」

 

「……私の居場所など…もう、どこにだって……」

 

無言で受け取ったリューは、その鍵をジッと見つめ、やはり気力なく呟いた。

その横顔を視界に収めたボウガンは、苦虫を噛み潰したように吐き捨てる。

 

「あの時の気高さはどこに行きやがった…平和を掴んだはずなのに…これじゃ、あの嬢ちゃんだって…報われねぇぜ。」

 

「……」

 

道半ばにして、終ぞ平和を見ることは叶わなかったかつての友。その友が繋げてくれた、ボウガンとの縁は、未だに続いている。

 

『────正義は、巡るよ。』

 

彼女を殺した優しさは、彼女の美徳だった。

 

懐にある、二振りの小太刀を撫でて、自嘲するように呟いた。

 

「私は…やはり弱い…あなたの言う通りだ、輝夜…」

 

その言葉に耐えきれなくなったボウガンは、叫び詰め寄った。

 

「お前の翼と剣はどこに行きやがった…!お前の『正義』はどこに行った!?」

 

「──正義など、今の私が持ちえるはずがないだろうっ!?無辜の民を滅ぼし、罪もない少年を修羅に堕とした罪人の手に、正義などあるものかッ!!」

 

ありもしない正義になど、もう縋りはしない。

 

────もう、己が信じた正義すら、わからないのだから。

 

その諦めるような瞳に、ボウガンは掴みかかろうとして、辞めた。

 

「…お前さん…死ぬ気かい…」

 

「……えぇ…」

 

「…この館は、残しておいてやる。」

 

「…ふふっ…止めないのですね…」

 

「…死にに行くアホの止め方なんざ、俺は知らねぇよ…」

 

過去の輝かしく、気高く、希望であったリューを知るボウガンは、今の彼女を見ていられなかった。

 

もとよりボウガンは、己が人の選択を止められるほど高尚な人間ではないとわかっている。

その気遣いとも言えない投げやりさが、今のリューには心地よかった。

 

「…ボウガンさん…ひとつ、頼みがあります。」

 

「…ついでだ、聞いてやる。」

 

思い残すことは、たったひとつ。

 

ベルの事だ。

 

随分と、仲を深めてしまった。1人にしないと言ってしまった。

 

けれど、その約束は守れない。だから、せめて。この想いだけは伝えては行けない。

 

優しい彼は、今の彼は、きっとリューを殺せないだろうから。

 

「もし、【迅雷】…ベル・クラネルが、ここを訪れ、何か聞いてきたら…その鍵を渡してほしい。」

 

「ベル・クラネルっていやぁ、ロキ・ファミリアの超新星じゃねぇか。一体なんの関係が────」

 

そこまで言って、ボウガンは見た。諦観に、覚悟と恐怖。そして、熱を持った女の微笑み。

 

リューの顔を見て、二人の関係を悟ったボウガンは、尚更に顔を歪ませる。

 

「まさか…お前…」

 

「…えぇ。私は、許されてはならない。それが、彼がこの都市に来た目的ですから。」

 

その突きつけられた事実に、ボウガンは失望も呆れも見せず、ただ無言で頷いて、去って行く。

 

「────さようなら、優しい人。」

 

リューは、昔から変わらぬぶっきらぼうなようで、優しい彼の中に、まだ友が息づいていることを嬉しく思いながら、その背中に聞こえないように呟いた。

 

彼の背中が見えなくなると、リューはもう一度館の全貌をまじまじと目に焼き付けて、目を閉じる。

 

思い出される日々の数々、辛くもあったが、何より楽しかった。

 

友が言っていた言葉を思い返し、また、自嘲の笑みを浮かべた。

 

 

「────アーディ…私に、正義は…巡っては来なかった…」

 

 

なにも成せなかった。意味を見失った過去。後悔の連続に、重くのしかかる罪。

 

それでも、降り積もったベルとの記憶だけが、やけに鮮明に通り抜けた。

 

「────」

 

途端に間欠泉の様に湧き上がる、熱を持った想いと、失いたくないと縋る恐怖に囚われた。

 

気がつけば、涙を流していた。

 

 

 

「───ごめん、なさいっ…ベルっ、ごめんなさいっ…みんな…私っ…私は…っ!」

 

 

 

リューは、泣き崩れた。幸い、周囲に人影は無く、誰にも見られることは無かったが、それはリューが知ることではない。ただ、ずっと泣いた。

 

着ていたベルのコートを掻き抱いて、あの時の抱擁を思い出す。そうして罪の意識に押し潰される事が、己の枷であると言うように、より一層に強く抱いた。

 

それから、どれ程泣いただろうか。

寂れた扉に背を預けて静かに泣いていると、誰かが目の前に立っていることに気がついた。

 

「エルフがこんなところで泣いてたら、悪い冒険者に連れてかれますよ。」

 

「……どうでも、いい…穢れきった私がどうなろうと、関係ないでしょう。小人族(パルゥム)の少女。」

 

「うわ~…めんどくさいタイプ…」

 

栗色のふわっとした髪を揺らしながら、心底ウンザリしたように視線を横に流した小人族の少女は、言い淀んでからとりあえずと言った具合に隣に腰を下ろした。

 

「…めんどくさいのでしょう。私など無視して行ってしまえばいい。」

 

「自分から声をかけた手前、はいそうですかじゃ気分が悪いんです。」

 

ぶっきらぼうなその言葉と共に、少女はブー垂れた様に唇を尖らせた。それに、とどうにもいたたまれないような目を向けて、それに、と小さく零した。

 

「恩人のコートを着た女が泣いてたら、いやでも気になります。」

 

そう言って彼女は、自身の剣を見せつけた。

 

「…ベルの…剣…?」

 

やはりと、ため息を吐き出して少女は視線を流す。

 

「…やっぱりベルの……酒場のエルフの話、聞いてました…リュー・リオン。この場所にも納得…『正義の残り滓』…死んだと思っていたのに、名前すら変えてないなんて、不用心にも程がある。」

 

己の名を知っている。

それだけでリューは腰に差した小太刀に手を伸ばした。しかし、その手は剛力によって止められる。

 

「────やめてください。ベルの友人を傷つけるつもりはありません。あと、私は貴方の事なんて狙ってませんので。」

 

「…っ?!」

 

有り得ないほどの力で手首を捕まれ、行動全てが止まる。ピクリとも動かない、圧倒的な力。

腐ってもレベル4の己が、為す術もなく止められた。見たことも無い目の前の少女に、リューは警戒心をグンと引き上げた。

 

しかし、とうの少女はダルそうに溜息をこぼすだけ。

 

「…敵対するつもりはありません。だから、その物騒なものをしまってください。」

 

「……何者だ…私は、貴方のような小人族を知らない…!」

 

「そりゃそうです。未だ眷属1人の貧乏神派閥ですから。」

 

「貴方ほどの実力者が、そんなわけっ!」

 

「ヘスティア・ファミリア。聞いたことないでしょう?」

 

確かに、リューには聞き覚えのないファミリアだった。

漸く警戒を少し解いたリューは、小太刀を収め目の前の少女の話を聞くことにした。

 

「私はリリルカ・アーデ。ただの小人族の冒険者。彼に救われた…ただの冒険者です。とりあえず、ここじゃなんです。うちに来ませんか?」

 

そう言って彼女、リリはニヒルに笑ってリューに手を差し出した。

 

リューは、いい意味でも悪い意味でもエルフらしいエルフだ。潔癖で非道を嫌う、それ故に他者との物理的な接触を拒んでしまう欠点があり、彼女自身その性質を忌み嫌っていた。

 

いままでの人生の中で、彼女に触れる、触れられる事が出来た人物は数少ない。過去所属していたファミリアの団長に、シル。そして、初めて触れることが出来た異性である、ベルだけ。リリの差し出してくれる手と瞳には優しい暖かさが見える。

 

けれど、それを払ってしまうのが己だった。

 

「…身も知らぬ私に、そうしてくれるのはとても嬉しい…けれど、私は……救われてはいけない…」

 

「……」

 

「私は…彼の優しさを利用して…彼の優しさに甘え続け、告げるべきことすらも告げられない…穢れたエルフだ…貴女に救われる資格は…私には無い…貴女の恩人を利用する女を、救ってはいけない。」

 

誰の目から見ても、リューは生きる事をやめたがっているように見えた。リリからみたって、それは変わらない。けれど彼女は、それでも手を伸ばし続けた。

 

「勘違いしないでください。私は、貴女に手を差し伸べるだけ。何かのキッカケになるだけ。救うつもりもありません。貴女を救うのは、私では出来ません。私は、英雄ではないから。」

 

突き放すように告げたリリは、それから思い出したように笑って、続けた。

 

「それに…あんなに嬉しそうに貴女の話をするベルを見たら、貴女を放って置けません。」

 

「────っ…ベルが……」

 

「償うのも、後悔するのも勝手です。でも今、貴女を見過ごせるほど、私はもうクズじゃない。クズになれない。私が憧れたベルは、絶対に見過ごさないから。」

 

そう言ったリリが、どうにも眩しく見えた。その瞳に、面影が重なる。希望があり、過去があり、いつの日か追い求めた物の光があった。

 

 

そこには──────理想があった。

 

 

「────行きましょう…リオン。」

 

リューはその差し出される手を、縋るように握った。

 

 




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