疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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夏休み入ったから余裕が生まれた。


幕間Ⅱ:探す者(リュー・リオン)

朝霧が立ち込め若干冷える早朝。

 

オラリオの片隅にある、真新しい大きな教会。そこの主は、不滅の聖火を担っている善神。

 

炎を宿したステンドグラスが、朝日に照らされ、ゴウゴウと燃えるように光を内陣に届けた。

 

その中央、祭壇には神像の代わりに優しく揺らめく聖火が祀られている。なんでも主神の意向だそうだ。畏れられてはいけない、崇められてもいけない。ボクは全ての子の母であるのだから。

 

そう言って、神像はやめにしたそうだ。

 

そんな聖火の目の前に跪き、ただ祈りを捧げるシスターがいた。

 

着慣れない*1トゥニカに悪戦苦闘していたが、4日もすればもう慣れた。

 

「……」

 

無言の祈りの中行うのは、罪の告白。なんの罪もなかった彼の家族を皆殺しにし、あまつさえその罪から逃げた事。のうのうと幸せを享受し、その甘さにつけ込み意地汚く生きようとしていること。

 

上げていけばキリがないが、概ねこんなものだ。

 

誰にも知られることのなかった告白は、物言わぬその聖火が薪と共に燃やしていく。

 

それで罪は消えやしない。けれど、ほんの少しずつ、覚悟が出来上がる。

 

ここに来て1週間と少し。リリルカに連れられてこの場に来たリューは、ファミリアの拠点兼孤児院として作られたこの【竈火の家】でシスターとして居着かせてもらっている。

 

洗濯や掃除は割とできるようになったが、料理はやはりダメだ。暗黒物質を作らなくなっただけマシになったが、いつも微妙な仕上がりになってしまう。子供達からも評判は良くない。

 

もう日課になった罪の告白は、いつもこの時間に1時間程行う。今この環境はリューにとって随分と暖かい。その暖かさに溺れ、己の罪を忘れぬように。

 

「敬虔なのですね、シスターリュー。」

 

「…マリアさん。」

 

リリルカがこの孤児院を作ると決めた理由であった、スラム孤児院の院長であったマリア。妙齢の女性だが、抱擁力があり孤児達の母代わりの存在。

 

そんな彼女に、リューは頭が上がらない。シスターとしての仕事も全て彼女に教わったものだ。邪険になどできるわけが無い。

 

「私は…ただ、シスターらしい事もできませんから。」

 

「ふふ、そうはいっても…そんな敬虔な方は今の通りに貴女くらいでしょう?」

 

この教会は、ダイダロスにあった孤児院を移転。ここにいるシスターも全員がその孤児院で活動していたものだ。

 

「敬虔な訳ではありません…私は、私の罪を忘れぬようにしているだけだ。」

 

「…リューさん…貴女の罪は…」

 

「…忘れてください。貴女には関係のない話だった…私の過去など、聞くに絶えない話だ。」

 

「…待っています…私達は、いくらでも。」

 

その言葉に、リューはつくづくこの女性の善性が伺えた。

 

苦笑したリューは、前々から気になっていた、この教会の所々にある稲妻の彫刻を見渡す。

 

「神ヘスティアは、聖火の他に雷も司っているのですか?」

 

四方を守るように刻まれたそのエンブレムは、魔除のような意味でもあるのだろうかと、そう尋ねればマリアは少し微笑んでから思い出す様に語った。

 

「あれは、この教会を建てるにあたって多くの出資をしてくださった、ある方の象徴…のようなものです。これがあれば、そうそう誰かが手を出すことはないだろうと。」

 

「そのような方が…立派な方ですね。」

 

「はい…その方もまだ子供と言える年齢なのですが…今はもう時の人になってしまいました。」

 

「有名、なのですか?」

 

「えぇ、それはもう────」

 

「君もよく知る、ベル君だよ。」

 

欠伸をしながら2人の会話に割り込んだのは、この場を仕切る主神。神ヘスティアだった。

 

「ベル…が…?」

 

「あぁ、リリ君がこの話をしたら少しだけ出資してあげるって、この教会と孤児院の建築費ほとんど一括で払っちゃったんだぜ?やっぱり大派閥期待のルーキーは違うよねぇ。」

 

やれやれと首を振ったヘスティアは、リューの隣まで移動して、ポンと肩に手を置いて力を抜くようにへにゃりと笑った。

 

「…君とベル君のことは、何となくわかる。だけどね、そう常に張ってる必用はないんじゃないかな。勿論君の罪は許されるものじゃないし、彼に裁かれるべきだとは思う。けど、僕に懺悔されても困っちゃうからさ。」

 

そう困ったように笑ったヘスティアに、リューはまた、繰り返すように告げた。

 

「……私のコレは…懺悔ではありません。罪を忘れぬ為…私には、赦しも情けも向けられてはいけない……ただ、逃げぬように見ていて欲しいのです…」

 

仕事を、始めます。そう言ってリューは2人から離れた。どうせすぐにいなくなる自分に、心を砕かせる訳にはいかない

 

「────とか思ってるんだろうなぁ。」

 

「…さすがは神、なのでしょうか?」

 

「何言ってんだい、君だってそう思ってるだろう?マリア君。」

 

「ふふっ、えぇ。そうですね…」

 

ヘスティアは、ベルに聞いていただけあって、察するのが早かった。二人の関係は酷く歪で、どうして成り立っているのか分からないほどに不安定だ。

 

「…けどま、これも下界の醍醐味って奴なのかな。こうやって不完全なのが、子供たちの可愛いとこでもあるんだけどね。」

 

「……ヘスティア様は、もう少し完全になってもよろしいのですよ?」

 

「君結構言うな!?」

 

 

 

 

昼頃、リューとその他に働いているシスター数人が洗濯物を取り込んでいると、呼び鈴が鳴り響いた。それに気がついたのはリューのみ。それもそのはず、ここから玄関は相当な距離がある。

 

仕方あるまいと、少し外れると伝えて、玄関に小走りで向かう。

 

扉を開けると、大箱を抱えた少女がたっていた。

 

「あっ!こんにちは、注文のお花を届けに来ました!」

 

「…あぁ、子供たちが頼んだ物ですね。ありがとうございます。」

 

重そうに抱える箱を片手で受け取り、リューは注文書にサインを書く。

 

「わっ、新しく入ったシスターさんは力持ちなんですね!」

 

「えっ、あ…えぇ、少し居座らせてもらっているだけですが。」

 

「そうなんですか。私は、ここのお庭の花選びとその売買を行ってます。アンナ・リーゼです。」

 

「……これはご丁寧に、私はリュー…ただのリューです。」

 

よろしくと元気に挨拶をしたアンナに、少し見とれる。豊饒の女主人にいると感覚がおかしくなるが、これ程の美少女を見るのは久々だと思った。

 

そう言えば、酒場で彼女の噂を耳にしたことがあった。なんでも相当な美少女で、器量良し愛想よしと嫁にしたい町娘ナンバーワンとか何とか。裏表というか、見透かすような所を悪く捉えるならば、シルよりも良質町娘という言葉が似合う少女だった。

 

そう考えていると、アンナが聞きにくそうに尋ねた。

 

「…あの〜、ベルちゃんいます?」

 

「…べ、ベルですか?」

 

この娘の口からベルの名が出ると思わなかったリューは、若干狼狽えるがすぐにいつもの調子を取り戻し咳払いをひとつ。

 

「…ベルは、今ファミリアの遠征に同行しています。つい1週間前に…」

 

「あ〜、そっかぁ…この間会った時少し悩んでたみたいだから…たまにここのお庭でお昼寝してるんです。」

 

そうすると、彼女は残念そうに肩を落とした。

リューは、一市民の彼女が、今は時の人であるベルとどうやって知り合ったのか、知りたくなった。

 

「…彼とは、長いのですか…?」

 

「ベルちゃんと?」

 

「いっ、いえ…その…」

 

「…ふふ、そうですね…少しお話しませんか?」

 

ワタワタ慌てるリューがおかしかったのか、アンナは笑ってから、優しく誘った。

 

すぐ様リューは自信に宛てがわれた部屋に案内して、お茶を出す。

何故かずっとニコニコしているアンナは、リューの顔をみてニマニマと笑顔の質を変えた。

 

なんだか、どこか下世話な勘ぐりをされている気がする。

 

そんなことを思っていると、アンナが切り出した。

 

「私とベルちゃんの関係が気になりますか?」

 

「…その、貴女とベルは接点がないように思う…どこで、知り合ったのだろうか…と…」

 

「そうですね。ロキ・ファミリアに入るまで、彼は私の家に下宿してたんです。行き倒れていたところを私が拾って、お店を手伝ってもらいながら、所属先を探していたんです。」

 

「…そうなのですか。」

 

「えぇ…その時からなんて言うんでしょう…あの子、弟力?が物凄い強いものだからすっかり新しい弟ができた気分になっちゃって。」

 

「ふふ…えぇ、確かにそういうところはあるかもしれません。」

 

「それから────」

 

それからは、アンナの話が続いた。ファミリアに所属してからは全然会えない。一時期幽鬼のような格好で街を歩いていたとか。病気は治ったのかとか。エルフの恋人がいるらしいとか。

 

 

最近は、よく笑ってくれるようになったとか。

 

 

彼の知らない話が、それはもう沢山出てきた。

そうやって話す彼女の顔は、どうにも乙女のそれで、経験のないリューから見ればそう見えてしまうのは当然だった。

 

「────リーゼさんは…ベルを、好いているのですか。」

 

「…えっ?」

 

どうしてか、胸がチクチクする。この質問はしたくて、したくない。どんな答えが返ってくるのだろうか。彼女のような人に思われているのなら、私はいらないだろうかとか。負の感情が、少しばかり漏れだした。

 

その感情を見破ったのか、それともまた別物なのか。アンナはクスッと笑った。

 

「ベルちゃんは勿論好きですよ?けど、それは弟と言うか、なんと言うか…見てられないようなそんな感情…恋とは、きっと違うんです。」

 

「…そう、ですか…」

 

ほんの少し、ほっとしたように感じて嫌悪感が体を駆け巡った。けれど、けれど。そうしてウジウジしてしまう自分にどうにも言えない感覚を感じていると、アンナは察した様に笑った。

 

「だから、安心してください。私は取りませんよ?」

 

「なっ、何を…わ、私は…」

 

「やっぱり、貴女なんですね。ベルちゃんが言ってた酒場のエルフさん。」

 

「えっ…?」

 

そうして呆けて、彼女の話を聞けば随分前から自分の事を話していたらしい。

 

「エルフ嫌いのベルちゃんが、お世話になってるエルフがいる。なんて言うからびっくりしちゃいました…笑えるようになったのも、貴女のお陰だって、あの子は言ってましたから。」

 

「ベル…が…」

 

胸の痛みがスっと消えて、ほんの少しだけ暖かい物がリューを包む。

そうやって胸を抑えると、アンナは顔色を変えて真剣な物にした。

 

「けどね、リューさん。ベルちゃんは真剣に貴女と向き合っているはずです。だから、どうか貴女も彼に真剣であって欲しいんです。」

 

「……」

 

「貴女があの子にどんな負い目があるのかは、わかりませんし聞きません。けど、けれど…どうか、ちゃんと自分自身と、あの子に向き合ってあげてください。」

 

そうやって、最初の少女然とした彼女はもう居なかった。弟を想う姉のような彼女は、柔くしっかりと言って、出て行った。

 

その場に取り残されたリューは、今一度己の気持ちに向き合わねばならなかった。

 

与えられるものは全て与えた。技も、知識も、魔法さえも彼に渡した。もう出涸らしの自分に差し出せるものは無い。精々が己の体くらいだ。

 

そもそも、彼に会って何を語る?

 

己の生い立ちを語り、彼に許しを乞う?ありえない。それだけは、絶対に。

 

胸に芽生えた甘い感情を叫ぶか、愛していますと?ありえない。そんな身勝手が許されるものか。

 

彼がその場で死ねと言うのなら、首を掻っ切ったって。それも受け入れられる。

 

結局彼女は、まだ答えが得られないでいる。

 

「貴女は、どうしたいんですか。」

 

「────リリルカ…」

 

そんな彼女に、いつの間にか目の前に座っていたリリルカが紅茶を入れながら声を掛けた。

 

「私は、貴女の道を決めるつもりはありません。彼の前で自刃するも勝手、彼に許しを乞うならどうぞご自由に。それも1つの結末だと思います。」

 

「…貴女は、それで納得できるのですか。」

 

「彼が、貴女が納得して選んだ道ならば。」

 

つくづく淡白な少女ではあるが、言っていることは間違ってはいない。けれど、正解でもない。いつかの問答を思い出す、正解のない正解。

 

正義とは、悪とは。己が選ぶべき道とはなんなのだろうか。

 

背中に刻まれた罪の烙印がズキリと傷んだ。

その表情の歪みに気がついたのか、リリルカが尋ねた。

 

「…難儀ですね。死ぬつもりなのに、愛してしまうなんて。」

 

「……ここまで、自分が器用に生きられないとは、思ってもいませんでした。」

 

「なぁに言ってんですか。正義なんて理想を掲げていた人間が器用なわけないでしょう?」

 

「…ふふっ、違いない。」

 

よっこいしょ、と席を立ったリリルカはそろそろですね。と呟いた。

 

「いい加減、貴方は答えを出さなければ行けません。」

 

「……はい。」

 

「探しなさい、彼に会って。探しなさい、貴方達だけの答えを。アンナが言ったように、貴方も、彼も…向き合う時です。今に、過去に…未来に。」

 

「…はい。」

 

リューのその瞳に嘘の色はなかった。未だに心の葛藤はあるのだろう。しかし、その瞳にはベルと向き合う勇気が宿っていた。

 

「…行かねば、なりません。」

 

「どこに?」

 

「18階層……そこに、彼がいる気がする…いいや、そこに、彼がいる。」

 

その確信を持ったような言葉に、リリルカはニッと笑った。

 

「勘ですか?」

 

「えぇ、勘です。」

 

「乗りかかった船からは降りない主義でして…ついて行きますよ。」

 

「…私の勘は良くハズレる…それでも来ますか?」

 

「…えぇ、私は貴方と彼の行く末が見たい。どんな悲劇であろうと、どんな喜劇になろうとも。私は見届けます。」

 

ふっ、と笑ったリューは豪快にトゥニカを脱ぎ捨て、ダンジョン用の装備に着替え、部屋の奥にしまい込んでいた木刀と小太刀を腰に刺した。

 

「私の物語に…終止符を。」

 

答えなんて、まだわからない。ずぅっと、探し続けることになるだろう。それこそ、彼女が息絶えるまで。

 

けれど、今向き合うべき事だけは理解出来ている。

 

そうして、正義を追い求めたエルフ。リュー・リオンは終わりを探し、歩き出した。

 

*1
修道女が身に纏うワンピース




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