「ここが、相応しいでしょう。」
そう言って、ベルの手を引きながらリューが連れ出したのは、大きな剣塚だった。
「ここは…」
「私の、仲間たちが眠っている場所です。遺体はありませんが…これが彼女達の遺品です。」
「リューの、仲間が…」
剣塚に柔く触れたリューは、目尻に涙を浮かべながら呟いた。
「…みんな、私の、大切な人です…」
そんな、初めて見るリューに、ベルは何も言えずにそのさまを眺めていた。水晶の光に照らされる彼女の横顔はベルが今まで見た物の中で、1番美しかった。
「…私が野営地に居なかったこと、ダンジョンに赴く時顔を隠していること…私を知っている者が少ないとは言え、遠くない内に知る事になる…その前に、貴方には…ベルには、私の口で言えなかったことを後悔したくない。」
どくん、どくん、心拍がやけに早く、大きい。柄にもなく緊張しているのだろうか。けど、もう覚悟は決めた。彼の選択に委ねる。
「……わたし、は……ある派閥で治安維持の活動を行っていた…その時期は、あまりに酷く、敵が多い派閥だった。」
「…知ってる、暗黒期ってやつ…ラウルに聞いた。毎日が地獄みたいだったって…」
「えぇ、その通り。本当に、絶望に満ちていた。けれど、希望もあったのです。『正義』私たちの派閥が掲げていた理想であり、希望…しかし、5年前その全てが崩壊した。」
淡々と、時々大きく息を吸って、リューは続けた。あの惨劇を。
「貴方も対峙したあのモンスター…『ジャガーノート』に遭遇し、私は…たった1人、生き残ってしまった……そこからは…貴方と同じでした。」
「……」
「主神を外に逃がし、ただ只管にあの事件の関係者、疑わしきを殺した。ギルド、ファミリア、神を問わず…そして────その手はオラリオの外にも伸びた。」
ベルは、黙ったままその話を聞き続けた。その悲しそうな瞳を射抜くように見つめて。
「…情報に踊らされたと言えれば、どれほど良かったか…けれど、違う。私は、あの時考える事を放棄していた。ただ、殺戮の限りを尽くし、老若男女問わず殺した。」
「……」
「復讐を果たし…路地裏で死にかけていたところをシルに救われ…そして、貴方と出会った。」
「…うん。」
そのまま、瞳を閉じたベルは、未だに鮮明に思い出せるあの記憶を引っ張り出した。
燃える家々、暗雲が空を支配していた、その真下には、復讐に燃えた血塗れた妖精の姿。
「────わたし、なのです…!私が、貴方の家族を殺した…!」
罪の告白。
懺悔の時だと冷酷に雰囲気が告げていた。
両の瞳を開いたベルは、冷たい翡翠でリューを射抜いた。
「……リューは、後悔してるの?」
「……。」
「苦しい?」
「…貴方の苦しみに比べれば…私のこんなものなど、比較に、なりはしない…」
「違う、違うよリュー。」
そっと、リューの肩に手を置いた。
「苦しみも悲しみも、怒りも喜びも…全て君だけのものだ。何かと比べられるものじゃない。仲間を失った悲しみを、怒りを…こんなものなんて言ってはダメだ。」
それは、実感として篭もっているもので、ベルも経験したからこその言葉だった。
そっと頬に触れて、柔く微笑む。子供を諭す様に語りかけるベルは、どこか今までの子供らしさが抜けきっていた。
「…君と約束を交わして、遠征をして…本当に色々なことが起きた。悲しいことが沢山あった。不安も増えた。けど、それ以上に僕は君に逢いたかった。君は、違う?」
「…っ……」
そうして苦しげな顔をしたリューに、ベルは柔く笑いかけた。
「君って、結構顔に出るよね。照れたら可愛いし、ただの女の子だ。」
「…っ、何故!何故笑っていられるのですか!貴方の目的が、貴方の仇が目の前にいるのにっ…!」
「知ってたから。だから、驚きも特に無いよ。」
「────」
さらりと言ってのけたベルに、リューは声が出なかった。
いつからなのか、なぜ知っているのか。
グルグルと考えが回るなか、ベルは思い出してと指をこめかみあたりに添えた。
「君が教えてくれたんだよ?あの、オリヴァスとの戦闘の時に、ね。」
「………あの、時…」
確かに、言った。最後だと思っていたあの瞬間に、告白したのだ。
「耳は、最後まで残ってるらしくてね。死にかけてたけど、君の声だけは聞こえてたんだ。」
「……なら、どうして私を殺さなかったのですか…幾らでもチャンスはあったはずだ…あの後のベル、貴方ならいつだって私を殺せたはずだ!」
「無理に決まってるだろう。気がついたのは、少し後だけど……その時には、僕はもう君を愛していた。」
その言葉に、一気に顔に熱が篭もる。
「……っ、なぜ…私を…私なんかを…」
「君だからだ。君だからこそ、僕は好きになった。君だって、そうだろう?」
「……貴方は、意地悪だ…」
見透かすようなその言葉が、また鼓動を早めた。
すこし変わった彼に、微笑みを零して、彼女なりの答えを口にした。
「…貴方が遠征に行ってから、考えた。色々なことを、貴方にどう告白しようか…どう…この罪を償うか…。」
「……」
「けれど、私は死なねばならない。そうして罪を…精算しなければならない。私の罰は、貴方に殺されること。」
「それは逃げだ…罰なんかじゃない。」
「えぇ…そうでしょう。卑怯者でしょう。私は、罪から逃れる為に貴方に殺される。あぁ…それは、どれ程楽な事だろう…」
うっとりした声音とは裏腹に、リューは唇を噛みちぎる程に苦い顔をしていた。その顔をみて、ベルは一瞬目を伏せた。まるで、そんな顔見たくないと言外に表す。
「する訳ない、今更君を殺すなんて。」
「そう…優しい貴方は、無抵抗の私を殺せない。だから────剣を抜きなさい、ベル。」
リューの答えは、再び彼に憎しみを抱かせること。再び彼が自身を殺したくなれば、そうすれば、彼の呪縛を解き放てるような気がして。
この罪から、逃げたい。許して欲しい。けれど、己の矜持がそれを許さない。我ながら身勝手だとわかっている。だから、彼女は、結局死を選んだ。
彼の中で、永遠の悪でいよう。私は、悪でいい。彼にとっての悪にしかなれない。
これが、最善の道だと信じて。
「…剣をぬけぇッ!!ベル・クラネル!」
その慟哭にも似た叫びが響き、一瞬の静寂が訪れた。
両目を開けたベルはくつくつと笑って、口を開いた。
「本当に、君らしい…実直で融通が効かなくて、誠実であろうとする…さっきも言ったけど、君は案外顔に出る。だから魂胆も見え見え…けど、君がそれ程の覚悟をした。だから────」
このエルフらしい振る舞いに、ベルは抑えきれずに笑った後、間髪入れずにリオンを抜いた。
「いいだろう、リュー。君の怒りも悲しみも、君が抱える理不尽すら捩じ伏せて……君を
「────ッ舐めるなぁ!!」
甲高い音が響き、周囲の低レベルのモンスターが顔を出し、次に来た衝撃によって、一斉に逃げ出す。
一気に飛び出したリューの小太刀を余裕の表情で受け止め、そのまま高速の連撃を弾き返す。スキルが発動しても尚、ベルには遠く及ばない。
(やはり速い…!私の斬撃など、微風程度ということか…!)
「どうしたの、リュー…手が止まってるよ。」
「ッ…!」
その場を1歩も動いていないのに、ベルからものすごい圧力が襲いかかる。それは、スキルの威圧。その血に流れるヒュドラの系譜が、人間の本能を刺激する。
しかし、その恐怖にも似た感情を押さえ込み、リューは駆ける。
「────やるね、ステイタスは更新してないはずだけど。」
「伊達に貴方に戦い方を教えていたわけではないということです。」
「そうだね…少しギアをあげよう。」
その一瞬、リューの小太刀の軌跡を完全に見切り、インパクトに重ねるように峰で叩きリューの手に強い痺れを起こさせた。
その時、リューの手からポトリと小太刀がこぼれ落ちた。
落とされた小太刀を、ベルはバキリと踏み砕いた。
「続けよう。」
冷酷に告げられたその言葉で、幸か不幸か意識を再び集中させたリューは、残り1本を携え駆けた。
空中で体勢を変え、いつかベルに教えた居合の構えを取る。
それを見たベルは、同じように腰を据えて目を瞑った。
「ハアァァァァッ!!!」
リューの渾身の一撃。身体をひねり、遠心力と力を小太刀に乗せた。しかし、空振りに終わった。気がつけば背後にいたベルに振り向いた瞬間。小太刀が根元からへし折れた。
『大切に使ってくれるなよ。』
「────輝夜っ……」
再生される最後の瞬間。彼女は、そう言い残してこの小太刀をリューに託した。
過去のライバル、そう言える彼女の形見が、無惨にも砕け散った。
「────アァァァァァァッ!!!」
「それでいい。来い、リュー。」
怒りか、悲しみか。もう感情がぐちゃぐちゃだった。ただ獣のように吼えてベルに木刀を叩きつけていた。
仲間の形見を砕かれて尚も、彼女の心にはベルへの想いが燻っていた。
嗚呼、怒りじゃない。憎しみなんかじゃない。これは、もっと、もっと────
「私は…私は!こんな気持ち────知りたくなかった!!」
「…!」
叩きつけられた木刀は、今までよりもずっと重くて、複数の感情が入り交じっていた。
「間違いだった!あの時、私が死んでいれば!!貴方がこんな思いをすることもなかった!!」
「巫山戯るなリュー!それは、命懸けで君を助けた仲間への侮辱だ!君が辛くなるだけだ!」
「やめろぉッ!優しい言葉をかけないで!お願い…私を裁いて…ベル……っ私を、殺せぇッ!!」
「するものかッ!!
その言葉が、どれ程嬉しいか。リューは泣きながら木刀を叩きつけ、行き場のない感情諸共ぶつけた。
「貴方と、出逢わなければ…!アリーゼ…貴方は、生かす人間を間違えたっ!私は、私は…っ!」
「僕と君の出会いは間違いなんかじゃない!神だろうと精霊だろうと、誰だろうと間違いだなんて言わせない!言わせるものか!!」
そのまま鍔迫り合いの形のまま2人は睨み合った。
「君じゃなきゃダメなんだ!」
「そんな事ない!貴方の周りには、あなたを想う人が沢山いる!気づいていないだけだ!」
「誰が決めた!誰が言った!!隣にいて欲しい人を決めるのは僕だッ!僕は君に隣にいて欲しい!!」
真っ直ぐな瞳でリューを見つめるベル。リューに正面から向き合って、全てを救う目をしている。それは、あの時の自分を見ているようだった。
「────何故!何故だ!どうしてわかってくれないのです!私は、貴方の傍にいてはいけないんだ!」
そう叫ぶリューの想いを理解しながらも、ベルは己の意志を曲げなかった。
「君が、僕に夢を思い出させてくれた。」
「それは────」
「そうだ。君じゃなくても良かった。何かが違ったら、レフィーヤとかアイズだったのかもしれない。けど、そんなもしもに興味はない。」
鍔迫り合った剣を押し込み、リューを後退させる。弾けるように飛んだリューは、確かに見たのだ。
英雄の姿を。
「確かに君は…君が、僕を英雄にした。君じゃなきゃ、僕は英雄になれなかった。」
「……そんな事は、ない…貴方は、元からその器だっただけだ…」
「確かに、それはある。僕の体に流れる血は、僕を英雄たらしめるものだ。けど、英雄とは血によるものじゃない。」
確かに、ベルの体に流れる血は、ベルを英雄にするために必要な力を与えてくれた。しかし、ただそれだけ。英雄になりたいと、過去の憧憬を思い出させたリューの存在が、大きな支えとなっていたのだ。
けれど、リューはわかっていても否定する。否定するしかないのだ。
「違う…違うっ…違うっ、違うッ!貴方のその気持ちは間違いだ!気の迷いだ!私などさっさと殺して忘れるべきだった!」
「間違いなんかじゃない!君を想うこの気持ちは!間違いなんかじゃない!!」
苛烈になるリューの攻撃をいなしながら、木刀を下から掬うように蹴り上げ、木刀ごとリューを弾きあげる。
「君の仲間は、最後に言ったはずだッ!君に、生きろとっ!!」
「──────っ」
防御の姿勢のまま、落下するリューはその攻撃を躱せるはずも無く、風の刃がリューの頬を掠り、木刀を切り裂いた。その刃はダンジョンの天井に大きな傷跡を残し、消えた。
『正義は、巡るよ。』
「────アーディ…私には、遂に…」
思い出される、地獄を生き延びれなかった友の声。それは、戒めのようにリューの脳裏に響き、最後は消えていった。
落下するリューを抱き留めたベルは、すこしバランスを崩したように倒れ込んだ。
数分か、あるいは数十分か、そのまま2人は抱き、抱かれたまま互いの温もりを感じて、沈黙を貫いていた。この時間が心地よすぎて、動く気になれなかったのだ。
しかし、決着をつけねばならないと、ベルが口を開く。
「……約束を、して欲しい。」
「…………はい。」
ベルは、リューに約束という楔を付けた。
「二度と、剣を握るな。」
「……はい」
「二度と、死にたいなんて言うな。」
「…っ、は、い…」
「僕の傍から、離れるな。」
「…それではっ、罰に…ならない…っ…」
「いいさ、ただ僕が君の顔をみたいだけだから。」
「…はい、はいっ…」
「そして…君に……罰を与える」
「……はい。」
次の言葉で、リューを全てから解放する。
憎しみは、消えやしない。けれど、それ以上に彼女が愛おしかった。
だから、彼女を救う。理由なんて、それでいい。これくらいの身勝手さが僕らしい。
「────全て、捨てろ。」
それは、彼女へ与える最大の
「名も、過去も、信念も…過去の友も。全て捨てろ。それが、君に与える罰だ。」
「……はい、ベル。」
過去と切り離せない罪。友を殺した後悔。全てを背負い、押し潰されていた妖精の全てを、英雄は簡単に切り捨てた。それは愛ゆえに、それは彼女を思うが故に。
ベルは、全てを救う英雄ではない。救いたいと、心から思ったものだけを救う。だから、過去が彼女を縛り苦しめているのなら、どんな手段を使っても、過去を切り捨てさせる。
それが、どれほど残酷でも、救いであるのなら。
「あぁ……みんな……」
思い出す友の顔、声音に、熱。そして、彼女たちの最後。
『お前は……生きるんだぞ!』
「ライラ…」
『どうか、強くあらんことを。私の初めての好敵手。』
「輝夜…っ」
『じゃあね、リオン。』
「アリーゼ……っぁ…ぁぁっ…」
私は、最後の最後まで間違いしか選ぶことができなかった。やはり、アリーゼが生きるべきだった。
「…泣くがいいさ……女の涙を受け止めてやるのも、男の仕事らしいから。」
抱きしめられるこの熱が、離れがたく愛おしい。
ただ、アリーゼが言っていた言葉を、今更になって理解した。
『離しちゃだめよ───リュー。』
妖精を長年捕らえていた千の闇は、星々が道を指し示すのではなく、星の光も霞む稲妻によって切り裂かれ、未来を示した。
断罪がほしい
贖罪がほしい
仲間のもとに行きたかった
過去を越えるのが怖かった
過去を忘れるのが怖かった
忘れたら己の罪まで忘れてしまいそうで。
けれど、残酷な忘却が彼女を救う道の一つだった。
未来がほしい、今はその想いだけでいい。これが正しいだなんて思わない。けれど、これが罰なら、これが贖罪なら、これでいい。
「さようなら、私のすべて…さようなら…我が友よ…」
無くなっても、追いかけ続けた3つの背中は、一人の英雄の背に変わる。
あの三人なら、あの世で存分に笑ってくれることだろう。7つも下の少年に堕とされた、糞雑魚エルフと。
「人は、過去を忘れ道を歩む。どれほど親しかった人間でも、いつかは忘却が訪れる。残酷だろう、哀れだろう…けれど、人はそうやって己の道を歩む。君も、ただその時が来ただけなんだ。僕のせいにしていい。だからすべてを忘れろ。」
嗚呼、なんと泥臭く残酷な生き物だ。
けれど、それが人だ。
この不器用さがいいんじゃないか。
「リュー・リオンは死んだ…ここにいるのは、ただのリューだ。」
「……不思議な、感覚ですね。」
完璧とは程遠く、全能なんて以ての外。
それでいい、それが人なのだから。
「これから、なんと名乗りましょうか…」
「僕の名を使えばいい。どうせ変わるんだ。」
「それも、そうですね…で、では今日から…クラネルと…リュー・クラネルと…」
「赤くなってる。」
「か、誂わないでください…!」
「ふふ、ごめん。」
そうやって笑ったベルの胸に擦り寄って、また離さないように腕を回して抱きしめた。
「───ありがとう、ベル…私を、
「……あぁ、やっぱり君は、笑っている方がいい。」
笑ったリューは、やはり美しかった。
木陰からその様子を見つめていたリリルカは、やれやれと首を振って、呆れたように笑った。
「……最初から決めていたくせに…彼もつくづく不器用ですね。」
その終わりを見届けたリリルカは、その場からそっと離れる。
いい女とは、空気が読めるものなのだ。
自分の役目も終わったと、リリルカはパントリーに向かって歩き出した。
少年の復讐は、少女の罪は、これにて閉幕。
少年は、過去を殺し、未来を救った。
少女は、過去を殺され、未来に生きる。
「私が見届けました。貴方たちの軌跡を、物語を────どうか、貴方たちの行く末に、幸が多からんことを。」
こんな、喜劇にも取れる最後が、この二人には、人らしい二人には丁度いいのだろう。
「あーあ、どっかにいい男いませんかねぇ…」
らしくないことを呟いてから、リリルカは唇を尖らせた。
第一章、最終回になりました。
とりあえず、この回でベル君とリューさんの関係を巡る話は終わりになります。
あと1話、2章に続くエピローグを投稿後、番外:アストレアレコードに突入します。