疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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第34話:約束の地(エルソス)

『君にしかできない。アレは、君じゃなければどうにもできないんだ。』

 

昼頃に訪れたヘルメスの言葉を、ずっと頭の中で響かせていた。

 

今の自分に、果たして何が出来るのだろうか。全力の半分も力が出ない今、薬があるとはいえ、安易に力を使えばそのしっぺ返しを食らうことになるだろう。

 

しかし、ヘルメスの最後の言葉がずっと引っかかっていた

 

『ネメアの事はアルテミスが感じたらしい。けど、彼は…自ら望んでそこにいたんじゃない。何者かに移されたと言っていた…────4日後の明朝…市壁の上で君を待っている』

 

精霊を利用する、ましてやあのネメアをだ。そんな命知らずベルが考えつく限りは闇派閥くらいしかないのだが、戦力比がどうにも釣り合わない。

 

(ネメアを封じ込める程のやつがいた…いやありえない、それならとっくにオラリオは陥落してるはず…なにか、特別な力が…?)

 

考えてもキリがないと、深くため息を吐く。やはり、行かねばならないか。そう考えた時、一気に咳が込み上げて、少なくない血を吐き膝を着く。

 

「ごホッ…ぐっ…」

 

「────っベル!?」

 

お茶を入れていたリューがその音に気づき、傍によってベルの背中を懸命に摩る。

 

「…ごめん、リュー…床、汚しちゃった…」

 

「そんなことどうだっていい!薬を持ってきます!」

 

急ぎ薬を持ってきて、リューはゆっくりと薬を飲ませ、肩を抱えてベッドまで運ぶ。

 

「…ありがとう、だいぶ良くなったよ。」

 

「いえ…」

 

やはり、薬を飲めばだいぶ苦しみが緩和されるようだ。これも、大英雄の血の濃さ故なのだろうか。

 

「…ベル。今回の依頼は、見送りましょう。」

 

「………」

 

「わかっているはずです…貴方のコンデションは最悪だ、その時ではないのです……今は、治すことに専念しなければ…」

 

「でも…」

 

「貴方が、ネメアの名を聞いてから穏やかでないのはわかっています。貴方の血筋を考えれば、彼の精霊と浅からぬ関係があることも。けれど、貴方は今全力の半分も力を出せないでいる。神ヘルメスの話が本当であったなら、ネメア以上の存在が敵としているという事です…今の貴方に何が出来る。」

 

厳しく、諭すように語るリューの言葉は、酷く正論だった。今、ベルがそんな敵と相対したとして、ネメア戦のように全力を出せるかは分からない。

 

だから、リューの言葉は誰から見ても正しい物なのだ。

 

けれど、ベルとしてはそうもいかない。

 

「…今、僕の体は精霊と人の境にいる。体は人だけど、もっと中身…魂の根底は精霊により近い。もしかしたら僕はもう…人から逸脱している存在なのかもしれない。」

 

「…ベル!」

 

「だから!…だから、知らなきゃいけないんだ。探さなきゃいけないんだ!人と、精霊の境界を!人とは、なんなのか…見つけなきゃいけないんだ!だからこそ、精霊と縁深いあの地に行きたい!確かめなきゃいけないんだ!僕が、人であるのかどうか!」

 

ベルのその言葉は、リューには理解できないものだった。ベルの口から語られる精霊と、リューの知っている精霊には決定的な違いがあった。

 

『精霊は、人が思うほど優しくないよ。寧ろ、ずっと残酷に映ると思う。』

 

ベル曰く、最高位・上位の精霊は、英雄候補を生かす機構であるという。自我、感情が薄く、取捨選択において英雄を捨てることが無い。つまり、選択に迫られた時、何よりも英雄を取るということ。

 

それは、リューの知るものとは大きく違い、衝撃を受けたものだ。

 

最高位となれば感情は薄い程度で、ベルの母曰く、大切な何かが圧倒的に足りない人。という認識らしい。

 

リューから見て、ベルは確実に人だ。愛を知り、笑い、悩む。人臭いほどに人だ。

 

元々、感情の機微が薄いベルだが、もしやそれが原因では。とフィンは語っていた。

 

「…もう、嫌なんだ。何も失いたくない…この心が、想いが無くなるなんて…考えたくもない…!」

 

この時にして、確かな感情を得たベルはそれを失うのが怖かった。

 

人は、1度手にしたものを手放すという事に恐怖を覚える。権力、栄光、それは心も同じ。

 

ベルの何かを失う予感は間違っていないのだろう。けれど、それが何を失うのかが分からない。

 

怒りか?悲しみか?それとも全て?

 

もしかすると、今ある愛と呼ばれるものかもしれない。

 

ベルは、それは、それだけは失いたくなかった。

 

「君を想うこの感情も、もしかすると消えるかもしれない!!君といて嬉しい感情も、2人で苦しみを分かち合うことも、できなくなるかもしれない…!」

 

悲痛なその叫びは、紛れもない英雄の苦悩だった。力を得る代わりに、何かを失う。ありがちな零落物の英雄譚。しかし、これは物語ではない、ベルの人生なのだ。

 

ならば、自分はどうするべきだろう。最強を誇る強さを持つとは言え、まだベルは14歳だ。少し前まで戦闘とは無縁で、本来自分の命を勘定に何かを考える年齢ではない。自分の時が少々特殊だっただけだ。今、急ぐ必要は無い。

 

だからこそ、ベルよりも長く生きてきた物の後押しが必要なのだろう。

 

そう結論付けたリューは、ベルの頭を抱きしめて、ゆっくりと撫でる。

 

「……ベル、行きましょう。私もついて行きます。どこまでも…貴方の傍に。」

 

「……ごめん、また勝手に……」

 

「いいえ、貴方の苦悩は誰にも理解できないもの…貴方を1人で悩ませてしまった…」

 

「ごめん…ごめんよ…心配、させる…」

 

「えぇ、良く言葉を選べました。『迷惑をかける』など口にしたら、1週間は口を聞かなかったでしょう。」

 

「…ふふっ…それは、嫌だな…」

 

「ならばこれから気をつけなさい。そして、私を頼ってください。貴方とは、これからの人生を歩む。どうしようもなくても、話すだけで、人は気が楽になるものです。だから、話しましょう…色んな事を。」

 

ベルよりも長く生きる者としての使命に思い至ったリュー。しかし、この役割はベルが全幅の信頼と愛情を注ぐリューであったからできるものであり、彼女にしかできない役割と言える。

 

抱かれるだけであったベルも、リューの背に手を回し、体いっぱいに甘えるように抱きついた。

 

「…うん。大好き、リュー…」

 

「そっ、その、私も…貴方が好きだ、ベル…」

 

ベルのストレートな言葉は、リューにとってあまり得意なものでは無い。けれど、その想いに応えないのは、やはり違う。

 

ひとしきり済んだ後は、2日後の準備をしなければならない。都市外への出向申請はヘルメス側でやってくれるとの事なので、ポーション類もいつでも出られるようにベルが整理していたものがある。

 

となると、と、さしあたっての課題をリューは整理した。

 

「────何よりも先に、【戦場の聖女(デア・セイント)】を説得しなければ…骨が折れます。」

 

「……それ1番難しくない?」

 

「…2人で頭を下げる…では確実に無理なので…彼女を納得させる理由が必要です。」

 

「んー…最後に行きたい…とか?」

 

「……貴方は彼女の神経を逆撫ですることだけに関しては第1級です…私が彼女と話すので、ベルは黙っていてください。」

 

「うぐっ…で、でも」

 

「いいですね?」

 

「あっ、はい。」

 

リューの圧力に負けたベルは、思わず敬語が飛び出した。

 

 

 

 

 

「────許しません。許されません。その状態で都市外への遠征?いつ帰ってくるか分からない?そんなことを仰って、許されるとでも思っていたのですか?それに…最後に行きたい?貴方の最後を決めるのは貴方ではなく私です諦めたような発言は今後一切許しません次そのような口をきけばこの治療院に縛り付けて二度とそんな口を利けないように教育を施しますのでわ か り ま し た ね ?」

 

銀髪の聖女、アミッド・テアサナーレは激怒した。

 

次の日、ディアンケト・ファミリアを訪ねアミッドの許可を得ようとした2人を待っていたのは怒り狂う聖女だった。

 

「……り、リュー…タッチ……」

 

「はぁ…やはりこうなりましたか…」

 

先日の出来事で、どうしてもやると言い出したベルがアミッド説得に乗り出し、まぁこれも経験だろうと、リューはやらせては見たが、余りにもあんまりな結果になった。

 

(わかってはいましたが…一言二言…いや、全て足りないし余計だ…)

 

ベルの性格的に、若干内向的でコミュニケーションがボディーランゲージや、足りない言葉から相手に読み取って貰う事が多い、と言うよりも察しが良すぎる人間がベルの周りには多いため、喋るのがそれ程得意ではなくなった。

 

しかし、決める所は決める、と言う【勇者】(フィン)も認める天性の英雄気質(主人公属性)のせいで、周囲はあまりその印象を抱かないのだ。

 

リューとの決着と、日常のギャップがその証拠だ。

 

気づいているのは、主神ロキに三幹部。そしてレフィーヤ、アナキティにアリシアくらいだろう。同じ気質をもつティオナはそんな事はわかるはずがないし気にもしていない。

 

仕方ないとバトンタッチ。リューが話すことに。とぼとぼとその場から離れ、扉の前で体育座りをし始めた。

 

リューの前では男であろうとしているベルだが、所々ボロが出て年相応の姿が顔を出す。

 

「【戦場の聖女】少しだけ話を聞いていただきたい。彼は、少し…言葉が足りない。」

 

「……クラネル夫人、貴方も彼を止める立場だと認識していましたが?」

 

「えぇ、本来ならば家でゆっくりしてもらいたい。治るまで無駄な戦闘も、移動もさせたくはありません。けれど、彼の精神は今非常に弱っている。貴方も知るように、彼の血は精霊と人の混血。治療時に精神状態が体にどのような影響を及ぼすかは、貴方も知るところでしょう。」

 

主治医であるアミッドにのみ共有された、ベルの血筋と、その呪詛の深刻さ。その悩みは常人に図り知ることが出来ないの通り。それは、全てを癒すヒーラーであるアミッドでもそればかりはどうしようもない。だから、それが出来るリューに一任している。

 

「…えぇ、ですので彼の精神的・身体的療養の為、貴方と2人で暮らしていると聞き及んでいます。私も、ロキ・ファミリアのホームよりも近所にあるため、あの場所での生活を許可しました。ですが、都市外への遠征を許可した覚えはありません。」

 

「今、彼は揺れています。人と精霊の狭間で…自分は人なのか、それとも人という枠組みから外れたナニカなのか。今回の遠征は、それを知るチャンスかもしれない。あの場所は、精霊に縁が深い、そしてベルと関係のある精霊の逸話も存在する場所です。」

 

「…彼の治療に繋がると?」

 

「はい、その通りです。」

 

ふむ、と考え込んだアミッドに、リューはやったか?と半ば確信めいたものを感じた。

 

「……分かりました、許可しましょう。」

 

「では…!」

 

「しかし、条件付きです。」

 

流石リュー!と後ろから猛烈な視線が注がれているが、今はそれを無視して条件を飲む事にした。

 

「それで、条件とは。」

 

「私の護衛です。」

 

 

 

 

「まさか、【戦場の聖女】まで同行してもらえるとは。これは吉兆だなぁ〜!」

 

「【黎明】は私の患者ですので…それに、既にロキ・ファミリアから依頼されていますから。」

 

(無茶したら殺される…)

 

「…どうして【黎明】はあんなにビクついているのですか?」

 

「以前……その、とんでもなく怒られたことがありまして…治療院でお菓子を食べたとか…」

 

「…あぁ……彼、まだ子供ですから…ね…」

 

市壁の上で内心ビクつくベルは、すっかりこの少女が苦手だった。

 

治療院に運び込まれた時、ティオナがお見舞いとして持ち込んだ菓子がバレて、2人揃って滅茶滅茶に怒られた。

 

彼女の怒りは、リヴェリアと同じくらいに怖かった。思わず、2人から敬語が飛び出るくらいには。

 

「そういえば、なぜ市壁の上で?」

 

「ま、それは待ってれば分かるさ────おっ、来たな!」

 

すると、上空に影が現れ上機嫌な高笑いが響いた。

 

「ハーッハッハッハッ!トウッ!!」

 

シュタッ!と降り立った男は、奇声をあげて半裸に象の仮面を被っている。初めて見る部類の人間に、ベルは慄いた。

 

「へ、変態…!?」

 

「変態ではない!ガネーシャだッッ!!」

 

「ガネーシャ…シャクティの主神…!?」

 

なんで!?という表情でリューを見れば、やはり彼女も呆れたように苦笑い。善神ではあるのだが、癖が些か強すぎる。

 

冷静で優しく、時に微笑みながら頭を撫でてくれたシャクティのお姉さんというイメージからかけ離れた主神に、辟易した。

 

「俺がっ、ガネーシャだッ!」

 

「嫌だっ…凄く知りたくなかった…!」

 

『気持ちは痛い程わかります。』

 

「ガネーシャ、超ショック〜!!」

 

美女3人の声の揃った肯定にも、わははは!と笑いながら上機嫌に飛竜を手懐けている。

 

すると、突然ベルの傍に近寄り目線に合わせるように屈んだ。

 

「少年、君がベル・クラネルか。成程、成程…」

 

「な、なに…?」

 

「うむ…シャクティやハシャーナが言った通りに、お前はどこか、あの子に似ている。」

 

「あの、子?」

 

「…正義を疑わず、その優しさ故に、この世を去った。私の愛しい眷属だ。」

 

「……僕は、正義なんて持ち合わせてない。」

 

「そこではないよ、少年。その英雄を疑わぬ眼は、きっとあの子が願った未来を呼び寄せる。頑張れ少年、幼きその身に宿命を宿す英雄よ。迷え、悩め、葛藤しろ。人とは、英雄とは、そういうものだ。」

 

「────!」

 

突然、ガネーシャはベルの瞳を見て、さっきの様子からは想像もできない程にまともな事を言った。

それも、今正にベルが悩みを抱えている問題を的確に。

 

すこし、この神への認識を改めた。

 

「…シャクティが、貴方を主神と仰ぐ理由が、少しわかった気がする。」

 

「俺はガネーシャだからなっ!!」

 

さっきまでの威厳ある姿はどこへ行ったのやら、呆れたように苦笑して、ベルは飛竜に目をやった。

 

「ん…エルソスまで、よろしくね。」

 

その後も、飛竜の鳴き声に答えるように、微笑んだり、困ったりするベルを見て、リュー以外が目を剥いた。

 

「ベル君…喋れるのかい?」

 

「うん。喋るって言うか、思ってる事を直接読み取ってるみたいな。ほら、僕のスキルにある竜の因子とか。」

 

ベルの体に流れる全ての竜の始祖とも言える血脈は、そんな事も可能にさせるのかと、一同は驚きながらも、ベルなら喋れそうだな。と思い、3匹の飛竜を見て足りなく無い?とガネーシャを見た。

 

「ぶっちゃけ揃えられなかったから、2人乗りで行ってくれ!」

 

「1人あぶれるのかぁ…仕方ないここは────」

 

「【戦場の聖女】共に乗りましょう。」

 

「えぇ、お願いします。」

 

「リュー、手を。」

「ありがとう、ベル。」

 

「俺でいいよ〜…ははは…最初から決まってたかぁ…」

 

ガックシと項垂れるヘルメスをよそに、4人はさっさと飛び乗った。

 

ベルの後ろに乗ったリューだけが、少し震えるベルの手を見ていた。

 

「…行こう、エルソスに。」

 

上り始めた朝日に向かって、3匹の飛竜は飛び立った。

 

少年は、己を知る為に、約束の地へと旅立つ。

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