疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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第35話:月女神の眷属(アルテミス・ファミリア)

「かれこれ1週間…天気も崩れませんし、飛んでいる分には心地いいですね。」

 

「ベル、疲れていませんか?」

 

「平気だよ、リュー。君も、落ちないようにしっかり掴まっててね。」

 

「えぇ、しっかりと。」

 

「……そして、この2人の距離感にももう慣れました。」

 

向こう側では、ふわふわ、甘々な空間が出来上がっていることに対し、もう何も言うことは無いとアスフィがため息を零す。

 

「…事実婚とは言え、ご夫婦ならば健全ではないかと。」

 

「いやまぁそうなんですけどね?その、昔を知っていると…と言いますか…」

 

「それは、何となく分かります。」

 

お互い、既に居ない『リュー・リオン』を知っている身としては、どうにも納得がいかないのだ。

 

沈む夕暮れを眺めて、ベルが全員にハンドシグナルで、この下で野営することを告げて、一向は広場に降りて野営を始める。

 

テントを建てて落ち着いた頃、アミッドがベルの体温を測り、採血を行う。

 

「オラリオを出てから、体調の変化は?」

 

「少し寒いけど…上空だからかな?」

 

「それは、ご自分で対策してください。くれぐれも、体調を崩す真似はなさらぬ様に。」

 

「わ、わかった…」

 

すっかりと立場が決定されたベルは、ただアミッドの言うことを聞くしか無かった。

 

小瓶に入ったベルの血液成分を確認し、やはりか。と小さく零した。

 

(やはり、彼の血は精霊にほど近い…この少量の血液に含まれた膨大な魔力は、彼が精霊の血を色濃く受け継いでいることの証左…彼の症状を見るに、拒絶反応に近いもの…やはり器の問題、でしょうか。)

 

未だ器が至っていないというのが、彼の見解だがあながち間違いでも無いのだろう。

 

医者としては、早急に器を昇華させたいが、本人が懸念することもある。それに、自信が信頼を置く医者神が、ベルと同じ事を言っていたことが大きいだろう。

 

アミッドとベルは、そのまま何も言うことなく火の傍に寄る。

 

「そう言えば…神アルテミスとはどのような人物なのでしょう。」

 

「それは私も気になります。なんでも貞淑で厳格だとか…」

 

「ああ〜…処女神だね。みんなが知ってるのは……性質は、星乙女に近い。」

 

「星乙女……誰?」

 

「えっ、ベル君知らないのかい?リューちゃんからは何も聞いてないの?」

 

「何も。」

 

「私には、もう関係ありませんので。彼には、何も語っていません。」

 

毅然とした態度で語る彼女に、ヘルメスすら茶化すことなく、帽子のつばを摘み、そうかと呟くだけ。

 

「確か、ベル君はアルテミスには会ったことがあるんだろう?」

 

「…けど、よく知ってるわけじゃない。」

 

「その時の印象を教えてあげればいいさ。」

 

ヘルメスの言葉に、数秒悩んだベルはある言葉を思い出した。

 

「おばさんの受け売りだけど……拗らせ過ぎて鉄みたいな女。」

 

「て、鉄みたい…」

 

「う、うーん…あながち間違ってない…」

 

「善神であることは間違いないけど、ヘスティア様と違って融通があんまり効かないし、正義感と責任感が強すぎて面倒臭い。おばさんは『どうしてあの下半神(ゼウス)からあの子が産まれたのか理解に苦しむ』ってよく言ってた。」

 

「ベルのおば様は、神々と関係が?」

 

「知らない。あんまり何かを教えてくれる人じゃなかったし。でも、アルテミスとは割と仲良さげだったと思う。」

 

「謎の人物…ですね。」

 

話がアルテミスではなくベルのおばさんとやらに脱線したが、話を戻す。

 

「でも、アルテミスは悪い神じゃないから、みんな平気。昔沐浴を覗いたヘルメス以外は。」

 

「いや〜…あったなぁそんなことも。」

 

「ヘルメス様…」

 

「『沐浴を覗くような男になるな。ヘルメスの豚の言うことは大抵間違いだ。』彼女がよく言ってたからさすがに覚えてる。」

 

「…あの、クラネルさん。」

 

「なに?」「なんでしょう。」

 

「あ、ああ、ベルさんの方です…沐浴の時は、監視をお願いします。」

 

「りょ。」

 

「【黎明】その時はついでにヘルメス様への折檻もお願いします。いっそ天に返してやってください。」

 

「りょ。」

 

「待ってベル君!?そんな殺害予告を簡単に請け負わないでくれ!?」

 

「覗くことは確定事項なのですか…」

 

そう叫ぶヘルメスに向かって、ベルは一層冷めた瞳で一言放った。

 

「皆のは別にいいけど、リューのを見たら神核すら分解して消滅させるから────覚えておけ。」

 

「あっ、はい。」

 

神ゆえに、嘘を見抜けるが故に、ヘルメスは敬語を使った。

 

「愛されてますね、クラネル。」

 

「……茶化さないでください、アンドロメダ…」

 

満更でもないように顔を伏せたリューを、アスフィとアミッドは苦笑で締めくくった。

 

 

 

そして、3日後。到着予定日時には、既にエルソス遺跡が見えていた。

 

「ん、見えた……あれが、エルソスの遺跡…」

 

「…あれが…しかし、精霊が関わっている場にしては、どこか物々しい気が…」

 

「まぁ、とりあえずこの空の旅もあと数分でおしまいだ。先遣隊の野営地に行こう。」

 

ヘルメスの先導で先遣隊の野営地に降り立ち、漸くあの窮屈な空の旅から開放されると、4人は大地に足を下ろした。

 

「やっと着きました…【戦場の聖女】手を。」

 

「ありがとうございます【万能者】。」

 

「……ぁ………」

 

スタイルがよく、長身であるアスフィが小柄なアミッドに手を差し出すその様は、聖女と騎士のワンシーンの様な清廉さがあった。

 

その光景に、少し憧れを抱いたリュー。

 

この妖精、全てが終わったあとから自身の少女趣味を割とさらけ出すようになった。愛読書も恋愛ものが増え、少なからず影響を受けるように。物語のような恋愛をリアルでしているため、感覚が多少麻痺しているのだ。

 

けれど、そんな事をこの歳で求めるのも……と、その考えを振り払った。

 

しかし、ベルはその望みを見透かしたように下で手を広げる。

 

「リュー、おいで。」

 

「はい……ベル…?な、何をしているのですか?」

 

「何って…ほら、おいで、リュー。」

 

察した様に微笑んだベルが両手を広げ、正にリューが望んだシチュエーションを再現しようとしている。もしや、顔に出ていたかとも思ったが、ベルの顔にからかい等の感情が見えないことから、素でやっている。

 

最近、二人でいる時に良く読んでいる本が恋愛ものであることをベルは見ていた。その内容は大体が白馬の王子様や、身分違いの恋のようなものだった。

 

きっと、リューはこうしたら喜ぶだろう。という、100%の善意と好きな子の前ではカッコつけたい男の子の性がこの状況を生み出した。

 

周りを見渡したリューはアスフィ、アミッド、ヘルメス、アルテミス・ファミリアを含め全ての団員がこちらを見ている。そんな中で、「Lv4だから私には不要です」なんて空気の読めない発言は出来なかった。

 

「あ、あの…いいえ…行きます。」

 

「うん、おいで。」

 

どうにでもなれとベルに飛び込めば、しっかりと抱くように受け止められる。それを見た先遣隊の女性陣の黄色の歓声と、男性陣の怨嗟の声が聞こえたが、そんなものは気にもとめず、ベルは微笑んだ。

 

「お疲れ様、リュー。」

 

「い、いえ…その…そろそろ…」

 

「寒いんだ…もう少しこうさせて。」

 

「……なら、仕方ありませんね。」

 

一瞬で端の方に移動したベルとリューは、隠れることも無く温もりを分け合った。

 

元々本営では何もしなくていいと言われていたこともあり、ベルはそれまで体力を温存する事にした。今回の戦闘の要は、確実にベルだ。今体力を温存しなければならない。

 

そうして休んでいると、前方から数人の足音が聞こえ、その足音に聞きなれたものを感じた。

 

「…わっ、ホントに…ベル?」

 

「…見違えた…まさか嫁まで連れての再会になるなんてな。」

 

「ランテに、レトゥーサ…3年ぶり、かな。変わらないね。」

 

淡い緑髪と碧眼の少女に、錆色の目と同色の髪の女性、ランテとレトゥーサはベルにとって久々の相手だ。

 

「ああ……お前は、変わったな。それも、いい方向に。」

 

「……色々、あったんだ。」

 

「……そうか。」

 

昔のベルを知っているレトゥーサにとって、ここまで年相応に顔を弛める所を見て、安心した心もあるのだ。

 

復讐1色に染った彼は、正しく修羅だったのだから。

 

「うわー!ベルだぁ!いやーもういい男になっちゃって!お姉さん一瞬わからなかったよ!」

 

「…ランテも相変わらずみたいだね。」

 

バシバシ背中を叩くランテに、呆れながらベルは呟いた。

 

「他のみんなは?」

 

「いま、調査予定地の遺跡までの整地を行っている。調査も撤退も、道が整っていた方が利便性は高いからな。」

 

「そう。こう言う調査系のクエストは初めてだから、そっちのやり方に任せる。戦闘になったら…まぁ、僕に任せてくれればいいよ。」

 

「ふっ、言うでは無いか。お手並み拝見するとしよう。」

 

どこか懐かしい風を感じながら、ベルは奥の遺跡を見遣った。

 

「依頼内容は…遺跡調査時のモンスターの討伐…だよね。」

 

「あぁ…元々この遺跡はアルテミス様が関連している精霊が、あるモンスターを封印したそうなのだが…どうやら私達だけではどうにもならないらしく、オラリオに救援を送ったのだ。」

 

「…なるほどね。」

 

「後でアルテミス様から詳しい説明があるだろう。それまでは休んでいてくれ。」

 

「わかった。」

 

離れていく2人の背中を見ながら、苦い記憶のある女神を思い浮かべて、顔を顰めながらただその時を待った。

 

 

 

 

しばらくして、整地が終わったのか呼び出しがかかり、本営のテントに呼び出されたベルとリューは、どうにも居心地が悪かった。それもそのはず。アルテミス・ファミリアでは全面的に恋愛禁止という事と、顔見知りのベルの恋人という事でジロジロ見られるのだ。

 

「…ごめん、リュー。」

 

「い、いえ……それに、もう慣れました。随分と、古風な考えをお持ちなんですね彼女達は。」

 

「あー、いや…アルテミスが恋愛禁止にしてるんだ。」

 

「……貴方の鉄のようと言う比喩が、少しわかった気がします。」

 

正直なにか言われるだろうなーと内心面倒くさがってるベルは、億劫になってきた感情を抑えて、テントに入った。

 

そこには、水色髪の麗人が中央に座していた。

 

「……本当に、お前が来るとはな……ベル。」

 

「僕が何者なのかを探すため…そして、友の弔いの為ここに参上した。ネメアの墓は……ここがいいだろう。」

 

腰に下げられたネメアの遺灰と、纏うロングコートがネメアとの出会いを顕著に示していた。

 

ベルが纏う獅子革のコートは、ネメアのドロップアイテムである革から作り出されたコート。ヴェルフは素材をそのまま使う装備を嫌うが、ベルの頼みとあらば断るわけにはいかないと旅の前に急ごしらえで作り上げてくれた。

 

「…お前が、彼を止めてくれたのだな…これも、血の運命か。」

 

「友として、苦しむ彼を解放させられた。それだけで、離別は悲しむものじゃない。」

 

そう言い切ったベルに、アルテミスは悲しげな眼をしてお前もか、と呟いた。

 

暫くの静寂のあと、アルテミスが切り出す。

 

「…では、今回の依頼について詳しく話そう。発端は1か月前。エルソスの遺跡周辺で未確認のモンスターが確認された事にある。私と縁深いこの地は常に気にかけていたが、いつの間にかあの遺跡に施された封印の一部が破壊されていた。」

 

「犯人は?」

 

「わからない。だが、ネメアがダンジョンにて穢されていた事から、闇派閥に属する何かだと推測している。」

 

「また、アイツらか…!」

 

『────っ!?』

 

ヘルメスの言葉に怒りを滲ませるベルは、殺意を抑えることなく溢れさせる。それは、神やその周囲にいた者を容易に竦ませることが出来るほどの威圧だった。

 

しかし、隣で話を聞いていたリューだけが、臆すること無くベルの手を取った。

 

「落ち着いてください。最高戦力である貴方が心を乱せば、士気に関わる。言ったはずです、感情の手網を握りなさいと。」

 

ピシャリと言ったリューの言葉は、ベルを落ち着かせるには十分な効果を発揮した。

 

先程までこの一帯を支配していた威圧が消え去り、先程の静寂が訪れた。

 

「……ごめん、みんな。落ち着いた。」

 

「…いや、お前の怒りもわかる。私も、あの子を穢された恨みは忘れていない。この報いはいずれ受けさせる。」

 

「あぁ、わかってる。」

 

落ち着いた所を見計らったアルテミスは、話を続ける。

 

「未確認のモンスターに関してだが、これらはあそこに封印されたモンスターの触手のような物だと判断している。」

 

「…その、封印されたモンスターって?」

 

瞼を閉じたアルテミスは、意を決したように語る。

 

「過去、お前の祖先が3人の精霊と手を取っても尚、封印することしか出来なかった。」

 

「…そう、やっぱり…」

 

「破壊の先触れ、地を喰らう大蠍。名をアンタレス。アルケイデスが成した偉業の中で、唯一彼が、自ら失敗したと語る太古の怪物だ。」

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