疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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第36話:尻拭い

『遺跡攻略は3日後だ。それまではこの自然で英気を養ってくれ。ここは穢れなき精霊の地、お前のその症状にも緩和が期待できるだろう。』

 

アルテミスのその言葉で解散したベルとリューは、自由に過ごす事に。

 

アスフィは遺跡に向かい、闇派閥の痕跡が無いかを調査に。ヘルメスの我儘を聞くよりも余程建設的だと早々に逃げていた。

 

ベルは湖畔で精神統一を行い、体内の魔力を循環させ体の機能を活性させる。これは、リヴェリアに教わった整体術。これをやるとやらないでは体の調子が違うのだ。

 

そして、この地に満ちている精霊の気配は、ベルの体によく馴染み、幾らか体調は良くなりつつある。

 

前で釣りをしているリューを眺めながら、ベルはこうしてゆったりとした時間を過ごすのも悪くないと思っていた。もし、少し時間が貰えるのなら、外で何事も無く過ごしたい。

 

「────わっ、わっ…!つ、釣れました…!」

 

「ふふっ…やったね、リュー。」

 

目の前で魚に悪戦苦闘していたリューも、早朝から4時間の苦戦の末に、どうにか1匹目を釣り上げた。

 

どうも彼女は力加減が阿呆みたいに下手くそなため、繊細な行為が苦手だ。几帳面な性格をしているため、料理も材料や調味料を間違えることは無いのだが、如何せん火力が豪快すぎる。それを直せば、いい線行くと思うのだが。

 

そんな事を考えながら二人の時間を過ごしていると、背後から1人分の足音が聞こえてきた。

 

「…なんの用、アルテミス。」

 

「あれ程世話をしてやったのに、随分な対応ではないか。」

 

「あれが世話?僕をイラつかせてただけだろう。」

 

「ひねくれ小僧め。彼とは似ても似つかないな。」

 

「当たり前。僕は、僕だから。」

 

どこか刺々しいやり取りは、慣れた関係であることをリューに想像させ、やりづらそうにベルを眺めた。

 

それに気がついたのは、ベルではなくアルテミス。苦笑した彼女は、改めてと胸に手を当てた。

 

「改めて自己紹介を。私はアルテミス。彼とは…そうだな、先祖から続く腐れ縁だ。」

 

「そんなの会った時は知らなかった。」

 

「…リュー・クラネルです。まだ正式に契りを結んだ訳ではありませんが。彼の姓を頂きました。」

 

「……そうか、あぁ……そうか。」

 

アルテミスは、どこか感慨深そうに微笑んだ。その微笑みは、どこか母の顔のような安堵に満ちたもの。

 

それは、事前に聞いていたアルテミスの印象とは大きく違うものを感じ、リューはどこか不思議な感覚を覚えた。

 

「憎しみに溺れていたお前が、よもや数ヶ月でここまで変わるか。」

 

「…人は、変わる。神と違って、前にしか進むことができない。変わることが、人の唯一の権利だ。」

 

「ふっ…それを謳うお前が、己が何者かを探しに来たのか?」

 

「境界線は…どこにある?神と人の境界は?精霊と人は?怪物と人は?誰にも、わかりやしない。僕が、僕自身が決めるしかない。」

 

「……そういう所は、彼によく似ている。」

 

「見ていただけのくせに。」

 

少し睨むようなベルの視線を、さらりと流してアルテミスは笑う。

 

「見ていたからこそ…アルケイデス…オリオンの事は、よく知っているさ。」

 

「どうだか。」

 

「…べ、ベル?どうしたのです…?」

 

珍しくイラつきを隠すこと無く、拗ねたようにリューを抱きしめたベルは、アルテミスに向かってシッシと手を払った。その様子に両手を上げて苦笑したアルテミスは、踵を返して去っていった。

 

「なんだか、聞いていた印象とは随分と違いますね。」

 

「……彼女も、責任を感じてるんだと思うよ。」

 

「責任…」

 

「守れなかったこと。彼を、結果的に裏切ってしまったこと。」

 

「裏切った…あの誠実そうな神が?」

 

「…リューは、知らなくていいよ。きっと、僕も知るべきじゃないんだ。」

 

メーテリアによれば、ネメアは神託によって、アルケイデスに心臓を食わせたらしい。

 

何があって、アルテミスがネメアを通じてアルケイデスに竜の心臓を食わせたのか。あれは、アルケイデスの死因に直結する。

 

神の如き力を持っていたアルケイデスを何かが恐れたのか、それともアルテミス自身が恐れたのか。それとも、それとも────

 

 

神になってしまう前に、アルケイデス自身が望んだのか。

 

 

それは、もういない先祖に聞くことはできないし、アルテミスも口を割らないだろう。ベルの言葉を甘んじて受けている事から、何らかの関わりがあるのは間違いない。だけど、それがどんな理由なのかは、聞く必要は無いだろう。数千年前の話を蒸し返し、一方的に関係を悪化させるのも良くないだろう。

 

そうして、またリューを抱き寄せる。ベルの言葉に、追求すべきではないと悟ったリューは、そのままベルに体を委ね、胸に頭を預ける。

 

「…きっと、見つけてみせるから。」

 

「…私も、傍に…」

 

昼下がりの湖畔、静かで平穏な時間。この時間がいつまで続くのか、漠然とした不安が二人を包んだ。

 

 

 

 

そのまま、何事もなくアタックの日。遺跡攻略隊が編成。その中には、当然ベルとリューが編成された。

 

「【黎明】準備はよろしいですか?」

 

「問題ない。発作もないし、コンディションは最高だから。」

 

「ベルさん、くれぐれも───」

 

「わかってる。無茶はしない。」

 

アミッドの言葉を遮り、言葉を続けた。

 

ベルの集中力は、今最高の値を叩き出している。

 

この扉の向こうに感じる歪に混ざりあった精霊の気配。

 

ベルは既に、この中で何が起きているのかを誰よりも理解していた。

 

「わかってるさ…君の友は、必ず…」

 

腰に下げた麻袋に手を翳し、優しくつぶやいた。

 

「……開門する!」

 

アルテミスの号令とともに、重い扉が開き中に充満していたカビ臭い匂いと、ある種の瘴気とも言える魔力が溢れ出た。

 

そして、その暗闇から激しい地鳴りの音と共に、破壊の触手が現れる。

 

「やはり…来たぞ!アンタレスの触手だ!」

 

「弓を構えろ!!」

 

「待って、僕がやるから。」

 

「ベル…わかった。」

 

遺跡の奥から雪崩のように迫る、大きなサソリ型のモンスター。確かに、見たことがないモンスターだ。リューも同じような顔で初見のモンスターを見極めようとした。

 

しかし次の瞬間には、大群が爆ぜた。

 

 

「────フンッ!!」

 

 

サソリを鷲掴み握り潰し、その死骸を投げ飛ばせば他の蠍が吹き飛ぶ。殴り、潰し。蹴って潰し、叩きつけて潰し、また握り潰す。

 

その様子を眺めているリューには、戦う姿にどこか既視感があった。

 

「…ルノアですね…この荒々しい戦い方は…」

 

まったく、性格まで荒々しくなったらどうする。と愚痴をこぼしている。そんなリューを見てレトゥーサはより驚愕した。

 

「…これ程が当たり前、なのか…オラリオのLv4は…!?あの硬い殻をいとも容易く握り潰すなど…」

 

「いえ、彼が特別なだけです。同じレベルですが、逆立ちしても不可能ですから。」

 

レトゥーサ達アルテミス・ファミリアのメンバーの驚愕にアスフィが付け足す。

 

目の前にいた大群は尽くが灰に還り、全員の思考が停止した。

 

「……この感じ…もう…」

 

コートを靡かせ、何も無かったように拳に付いた灰を払うベルが呟いた。

 

ベルの本当の力を知っているリューとアスフィ以外の全員が、驚愕を顔に張りつけた。

 

本来であれば、ダンジョンの深層で出現するモンスター程度の力を持っているアンタレスの触手は、レベル3や4の冒険者では大群で来られると手に余る。

 

しかしベルは剣を抜くことすらなく、拳1つでその大軍を文字通り殴り潰した。

 

それ即ち、一騎当千。質より量。量より質、質と量を併せ持ってもなお、根本からひっくり返す圧倒的な個。

 

呆然とする周囲を無視して、アミッドが声を上げる寸前、リューが呟いた。

 

「……相当抑えてますね…それとも、出せないのか…1割も出ていない。」

 

ベルの全力を知る数少ないファミリア外の人間であるリューは、自分との戦いを思い出し、ベルの力はこんなもんじゃないと強調した。

 

「ま、待つんだリューちゃん!?こ、これで1割もでてない…?冗談きついぜ!彼はLv4だろ?あれが普通全力じゃあ…」

 

「あれがベルの全力など、片腹痛い。魔法も使っていなければ、スキルも使っていない。なにより、まだギリギリ目で追える。」

 

「…これで、1割。抗争の噂はほとんど誇張なしという事ですか。」

 

「あぁ、アレですか…ベルは今でも余裕と言っていましたから…相当差があるのでしょう。オラリオ最強…いいえ、人類最強は間違いなくベルです。」

 

自信満々に語るリューの顔に嘘はなく、誇張の類は一切ないことが見れた。事実、ベルも余裕を持っているようで激しい戦闘の後も汗一つかいていない。

 

ヘルメスは、乾いた笑いとともに悲願の終焉を見た。

 

「は、ハハハッ!これが…これが現代の最強…!これなら…彼なら…!」

 

一人異様なまでに喜びを顕にするヘルメスに、リューは一段この神に対する警戒心を引き上げた。この依頼然り、ベルが悩んでいるところに完璧なタイミングでこの話を滑り込ませてきた。確実に、この神はベルをマークしている。

 

(……神を、信用すべきではありませんね。)

 

アルテミスに関してもそうだが、いまいち信用ができない。善神ではあるのだろうが、ベルの血筋について詳しく知っているようだ。それに、アルケイデスとの関係も気になる。今一度、文献を漁ってみるべきか。

 

思案するリューの隣に戻ってきたベルは、最悪の事態を予感していた。

 

「ここから先は僕とリュー、アミッドだけで行く。」

 

「どういう事だベル!?」

 

「想像通りなら、みんなを守りながらなんて戦えない。」

 

「いくらなんでもそれは…!」

 

「わかった、言う通りにしよう。」

 

レトゥーサが異を唱える寸前、アルテミスがベルの言葉を飲んだ。

 

「悪いな、レトゥーサ。すぐにここを離れるんだ。彼が言うのなら…もう手遅れなのだろう。だが、私は連れていってもらう。」

 

「アルテミス様!?」

 

「…守らないよ。そこまで余裕があるか分からない。」

 

「構わない。何かがあれば見捨てろ。もとより私には、お前に助けを乞う資格はないからな。」

 

「……なら、いい。」

 

不満気にその提案を飲んだベルは、アルテミスから視線を外す。

 

「ランテ、まだ君が1番脚は早いの?」

 

「えっ?うーん、さっきのベルみたいと言われると自信なくすけど…直線距離ならファミリア最速だよ!」

 

「そう、なら来て。最悪の時はアルテミスを抱えて逃げてもらうから。」

 

「えっ、あわ、うん!わかった!」

 

最悪の予想は、往々にして外れない。ある種のジンクスのようなものは、フィンに教わった。最悪を想定し、次の策とその次くらいは用意しておくべきだと。

 

もちろん、ベルにフィンのような策をいくつも用意できるわけがない。力はあっても、経験が圧倒的に足りないベルには、最悪を想定はしてもそれを回避する方法しか思い浮かばない。

 

「最悪は、避けるべき……」

 

フィンが居れば、なんて無い物ねだりも意味をなさない。ならば、できることをするしかないのだ。

 

「アスフィ、俺は──」

 

「わかっています。行くのでしょう?貴方に振り回されるのは慣れてますから。」

 

「愛してるぜ、アスフィ。」

 

「ほんと、調子いいですね…」

 

どうやらヘルメスも来るようだが、アスフィが居れば十分だろう。問題ないとして、最小の人数でのアタックとなる。

 

奥に行くに連れ、触手の攻勢が激しさを増すが、ベルは事も無げにそれをあしらう。

 

「…ここには精霊…精遺物が安置されているそうですが、どういったものなのですか?」

 

「パンディアの鏡とヘルセの瓶、そしてネメアの鏃だったが…ネメアのものはもうない。」

 

「それは、ベルが戦った精霊と関係が?」

 

「あぁ…精遺物は精霊そのものと言ってもいい。ネメアがダンジョンに居たのなら…何者かが持ち去ったのだろう。この三人の力によってアンタレスを封じていた。しかし、触手が遺跡外にまで出現しているのは、封印が解けかけていることに他ならない。」

 

「これから戦うのは、古の怪物。先祖から続く因縁が、こんなところにも転がってた。」

 

失敗したっていうのは間違っているけど。と付け加えたベルは、自嘲気味に呟いた。

 

「さて…そろそろ最奥…でいいんだよね、アルテミス。」

 

「あぁ、間違いない。この奥にアンタレスが封印されている。」

 

緊張が一同を支配する中、ベルはその扉を手を置いて、剣に手をかけた。この中だ、この中が一番精霊の気配が濃い。それを示すように右目が疼き、鼓動が早まった瞬間。

 

「────避けろッッ!!」

 

ベルのその言葉の直後扉が吹き飛び、黒く穢れた巨大なサソリの鋏が顔を出した。

 

全員が突然の強襲に体を固めたが、そこは歴戦の冒険者たち。直様神を抱えて回避、大鋏を回避する。

 

獲物を仕留められなかったのを理解したのか、一同を招くようにズルリと鋏が扉の奥に消えた。

 

「クソ…!」

 

苛ついたようにベルが突入、続くように入った一同はその空間の異質さに言葉を失った。

 

赤黒く脈打つ血管のような管が、その土地の精気を吸い上げ、本体をより完成された個体に仕上げる。遺跡の壁にビッシリと張り付く触手の卵は孵化を今か今かと待っている。

 

その管を辿れば見える、漆黒の巨大な蠍。その大きさはゴライアスを優に超え、リューですら見たことのない大きさと威圧感を孕んでいた。

 

「これが…!?こんなものを、恩恵もなしに相手にしていたというのか!?」

 

「この瘴気は…ッ呪いと言われても大差ない…!?」

 

「くッ…!?これが、物語に名を連ねる怪物…!ここまで、化け物じみてるものですか!?」

 

「こんなの…勝てるわけない…!!?」

 

この中では最も強いリューですら、ここまでの威圧を感じることは初めての経験だった。リューにとってトラウマになっているあの怪物が可愛く見えるほど。

 

アミッドはその瘴気に当てられ膝を付き、アスフィは慄き、ランテは戦意を喪失。もはやベルの手助けを考える余裕はなかった。

 

しかし、問題はそこではない。

 

「そんな…こんな…!パンディア…ヘルセ…!?」

 

「こんなことが…本当に現実なのか…!?」

 

「……これか、この混ざりあった気配は…」

 

精霊の気配を感知できるベルと、神であるアルテミスとヘルメスは理解できた。してしまった。

 

外からでも感じ取れた混ざりあった歪な気配。

 

 

 

二人の精霊が、食われている。

 

 

 

目の前の事実にアルテミスは膝を付き、絶望の涙を流す。

 

けれど、ベルはただ真っ直ぐその事実を受け止める。

 

ただ、脈々と続くその血筋に刻まれた、古の約束を果たす為に。

 

「『膝を付くな、涙を流すな、足を止めるな。汝、絶望の刻は今に非ず。』」

 

その姿は、アルテミスが天上から見下ろした、英雄の背中。

 

「───オリ、オン…?」

 

「君は…まさか…!?」

 

「『約束を果たそう、友よ。』」

 

初めて剣を抜いたベルは、その鋒をアンタレスに向ける。

 

「こっちを見ろ、宿敵よ。私は、ここにいる。」

 

黒く澱んだ眼球をベルに向けたアンタレスは、狂ったように嘶いた。

 

────お前は、お前は、お前は!あの時、あの日、この場所で!私を封じたあの男!その魔力、その気配!忘れるものか、忘れるはずが無い!

 

ひと目でわかる、彼の気配。アンタレスに刻み込まれた屈辱は、数千年経ったこの時まで熟成されていたのだ。

 

その嘶きは、怨敵との再会を喜ぶ様な響きを齎し、全ての敵意をベルに集中させた。

 

「先祖の尻拭いだ────ケリをつけてやる。」




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