疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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第2話:探される者

「僕を貴女のファミリアに入れて欲しい。迷惑はかけない。」

 

突然、目の前に少年が現れた。

若干面食らいながらも、神威を隠して街をふらついていたロキを神と見抜いた事に感心した。

 

「ウチが神ってようわかったな。なんでわかったん?」

 

「不自然だった。」

 

「不自然?なにがや。」

 

「佇まい。その場の空気が張り詰めてるみたいに…なんだか普通の人じゃないと思った。あとは勘。」

 

この時、ロキは面白いと思った。こんな見抜き方をして、神でなかった時どうするつもりだったのか。そう訪ねると少年は

 

「神っぽい人に声をかけ続けるつもりだった。」

 

と、中々に面白いことを言う。ロキは既にこの少年を気に入っていた。さて、しかしこれだけの事では幾ら主神と言えど入団を勝手に決められる訳では無い。

 

「動機はなんや?ウチのファミリアに入りたい動機は?」

 

「ある、人物を探してる。それを探すにあたって、貴女のファミリアは情報を集められると思った。」

 

「ほぉ、なるほどなぁ。それでウチにな…」

 

嘘をついてる訳では無い。それはわかる。正直、この少年を入れてもいいと思えた。理由はわからないが、この少年は面白い何かを引き起こしてくれる予感があった。

 

「んで、目的としては何なん?」

 

少年は何も答えない。これを教えてもらわなければ、入れるに入れられない。

しかし、少年は何も語らずに、沈黙を貫いた。

 

「何や、やましい理由なんか?」

 

「…考え方による。」

 

「まぁ、考え方なんて人それぞれや。でも、何となくわかったで。復讐(・・)やな?」

 

ロキの眼は正確に射抜いていた。身近にそんな人物がいるからすぐにわかった。

ロキは一般論の様な考えをしてはいない。しかし、なぜ復讐する事になったのか。誰にするのか。

 

ロキは興味本位で訪ねる。

 

「誰に、なんで復讐するんや。」

 

「…ありがちなやつ。家族の仇討ち。誰にするのかは…知らない。でも、エルフなのは分かってる。」

 

なるほどなぁ…とロキは予想の斜め上を行く重さだった復讐に、若干顔をひきつらせる。だが、その瞳には優しさがあった。

 

 

迷惑はかけない(・・・・・・・)。それは約束する。寝る場所と…恩恵をくれれば、あとは勝手にやるし、貴女達のファミリアに迷惑はかけない。」

 

半ば、突き放して見放してくれと言わんばかりの言葉に、ロキは呆れのため息をこぼす。

しかし、恐らくヤケになるような子ではないと判断したロキは、少年の入団をこの時既に決心していた。

 

「わかった。恩恵刻んだる。でもや、条件付きで…な?」

 

それが、一週間前のこと。

 

 

「よっしゃあ!ダンジョン遠征ご苦労さん!それと、ベルの入団祝や!!今日は宴や!飲めぇ!!」

 

「「「「「乾っ杯ーーーー!」」」」」

 

ここは【豊穣の女主人】冒険者に人気の酒場。

 

ロキの合図でみんなが一斉にジョッキをガシャンっと叩き合う。

ベルは、そこの端の席にちょこんと座っていた。

 

正直なところ、早々に明日の準備をして眠りたかったのだが、ロキに行かないと迷惑がかかる(・・・・・・)と言われ、ただでご飯も食べれると言うので、お腹も減っていたベルはフラフラとついてきた。

 

だが、仲のいい団員がいるわけでもないベルは、淡々と食事をしながら、ボウっと団員たちを眺めていた。

 

「団長つぎます、どうぞ」

 

そう言って、ジョッキに酒を注ぐのはティオネ・ヒリュテ。アマゾネスで豊満な胸を持つ彼女もLv5の第一級冒険者。ベルが聞いたイメージは、暴走馬車。ギルドでお喋りなもうひとりのアドバイザーが語ったことだ。

 

「さっきから僕は尋常じゃないペースで酒を飲まされてるんだけど…酔い潰した後にどうするつもりだい?」

 

酒を延々と注がれるフィンは、顔をひきつらせながら苦い顔を続ける。

 

それを見ながら、ベルが肉に手をつけた時、目の前に影が落ちる。

 

「君がベル?私ティオナ!よろしくね!」

 

「改めて…よろしく…アイズ、だよ。」

 

「…よろしく。ティオナ…英雄譚が好きって聞いた。」

 

「おっ!君も好きなの?誰が好き?」

 

「昔、読んでた…アルケイデス。」

 

「おー!結構ハードなのが好きだね!」

 

「彼は最強だ。竜の力を御し、精霊の力をも己のものとした。正しく、彼は原書を名乗るにふさわしい英雄。」

 

「おー!読み込んでるね!」

 

元気な挨拶をしながらベルの隣に来たのは、ティオネの妹。ティオナ、そして、ベルからサイコ認定されたアイズの二人だ。ティオナは姉とは違い、活発な印象があり特に害のない人物という感想を、ベルは心の中で呟いた。

 

「ところでさー、なんでこんな端っこにいるの?半分主役なんだからもっと皆と一緒に居なよ!」

 

ご尤もだ。ベルもそう思ってはいる。しかし、あの円の中にはいるのだ。ベルの唯一恐怖する者達が。

 

「…あれ。あれがいるから嫌だ。」

 

ベルの指さした方向を見て、2人は首をかしげる。

 

「リヴェリア…?」

 

「…リヴェリア達?え?エルフ?エルフが嫌いなの?ウッソなんで!男の子には人気なはずなのに!」

 

「この世で一番嫌いで、一番怖いもの。」

 

「それって…どうして?」

 

その疑問が浮かんでくるのは当然のことで、ティオナが聞いたこともさして変ではない。

が聞いたこともさして変ではない。

だが、それが地雷であることを、二人はすぐに知った。

 

 

 

 

 

「──────村の皆を殺した種族を、どうして好きになるの?」

 

 

 

 

 

その一言で、さすがのティオナも察した。これは聞いてはいけない事だったのだ、と。

ベルの瞳は、憎悪と恐怖が混じったような感情が渦巻いていて、とてもティオナより年下の少年がする瞳ではなかった。

 

「あ、そ、そうなんだ…ごめんね…」

 

反射的に謝った。初めて会った時のアイズよりも明確な殺意が籠もっていて、荒んでいた頃のティオネよりも修羅に落ちていた。このままでは、この子は死ぬまでこのままだ。そう考えて、落ち込んだ。しかし、そんな二人を見て、ベルは意外にも少しだけ微笑んだ。

 

「…でも、無条件で嫌いなわけじゃない。いい人がいるのも知ってる。リヴェリアとかはその筆頭。ただ怖いだけ。他の種族は平気だから…仲良くしてくれると、嬉しいかな…ロキにも友達作れって言われたし…」

 

その言葉で、ティオナは表情をパッと明るくさせて、ベルの手を握りブンブンと縦に振りまくる。

 

「うん!仲良くしようね!!」

 

何だ、意外といい子じゃないか。そんなことをティオナが思っていると、ベルの前にズンズンと進んでくるエルフを視界に捉えた。

 

「そこの貴方!」

 

「……なに、エルフ。」

 

ほんの少し表情の柔らかかったベルの表情筋が急速に固くなり、無表情に固定される。何時もならこんな事思はないが、その時だけは『しまった』と思った。

 

ベルの目の前にいるエルフは、レフィーヤ・ウィリディス,Lv3の冒険者。リヴェリアの愛弟子と言う立ち位置のエルフである。という事を、ベルは聞いていた。しかし、ベルは全く興味が無さそうに目の前のエルフを…いや、それがいる空間を眺める。

 

「貴方、昨日アイズさんに担がれていた人ですよね。」

 

「…それが、なに。」

 

あまりにも表情の無いベルに、レフィーヤはほんの少しだけ恐怖を覚える。だが、負けじと子犬のように吠えた。

 

「ちょ、調子に乗らないでください!アイズさんとティオナさんは、私達みたいな下の人間が触れちゃいけないような人なんです!」

 

レフィーヤのその発言に、ベルはロキをほんの少し睨むが、ロキが首を横に振ったことで、ただこのエルフが騒いでいるだけだと気づく。

 

「…エルフ。お前の勝手な考えを僕に押し付けるな。それに、ここは身分差がないと聞いていたが?」

 

「なっ!?どういう意味ですか!!それに、私にはレフィーヤという名前があります!そ、それは暗黙の了解というやつです!」

 

「煩い。だからお前達はいろんな所から嫌われるんだ、閉鎖主義者共。お前のような偏った考えのエルフがいるから、嫌いになる。」

 

「貴方…!こうなったら「みっともねぇぞ。」

 

そこに、待ったをかけた人物が居た。それは、誰が予想しただろうか。

 

「ベートさん…?」

 

ウェアウルフの男。

ベート・ローガ。アイズやティオナと同じ第一級冒険者。棘のある言葉が目立ち、疎まれることもあるが実力者には違い無い。そんな彼が、口論を止めていた。普段ならどうでもいいと放置しているはずなのだが、この日だけは何故かベートは止めた。

 

「おい、兎野郎。」

 

「…何、ベート・ローガ。」

 

「テメェの目的は何だ。」

 

単純な疑問だったのか。尋ねるベートに、ベルは淡々と口にする。

 

「────────奴を殺す。命なんて惜しくない。それに、終わればどうせ死ぬ(・・・・・)。奴を殺せるくらいに、強くなる。僕の復讐は、それで────漸く終わる。」

 

狂気、憎悪、負の感情の全てが混じった様な瞳でベートの眼を見つめ返した。

そのベルを見て、ベートは口端を釣り上げるようにして笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────テメェは、それで良い。」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言ったベートは、ベルに背を向けて店を出ていった。

 

その場の全員が驚いた。

完全実力主義のベートが、他人を激励したのだ。そんな事は、今までアイズにしたくらいだろう。

 

全員が『あのベートが…』と思ったのは言うまでもない。

 

「僕は…間違ってないんだ…」

 

ベルは、ほんの少しだけ嬉しそうな顔をしてから、ロキに顔を向けた。

 

「…ロキ、もう帰っていい? 」

 

「なんや、もうお腹いっぱいになったんか?」

 

「美味しかったから、1人でまた来る。明日ダンジョンだから、帰る。」

 

「ちょい待ち、行くのはええけど1人は厳禁や!迷惑かかる(・・・・・)からな。誰か…」

 

「はいはーい!私行くよ!」

 

「OK!よろしくなぁ!」

 

「ありがと、ティオナ。」

 

また柔らかい表情になったベルに、ティオナは笑顔で返した。

 

ベルは、傍にあったクレイモアを片手で掴み背中に収め、店を出た。

 

 

その背中を見つめる1人の女がいた事に、ベルが気づくはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

これは、ある少女の過去。

家族を奪われ、復讐に燃え、正義を捨てた1人の冒険者の話だ。

 

復讐を執行した少女の唯一の罪。情報に踊らされ、無辜の民を手にかけたこと。その中にいた、白い少年の瞳を、5年経った今も、未だに覚えていた。

 

なぜ?どうしてこんな事をするの?なんで皆を殺したの?

 

少女は、自身が誤った情報に踊らされたことに気づき、酷く後悔し、懺悔した。

 

だが、

 

少女は縋るように手を伸ばす少年から逃げた。

自身の罪から逃れるように。

 

 

その罪が、5年を越して少女に重くのしかかった。

 

 

まさか、あの少年は。

 

 

最初はまさかと言う疑いがあった。給仕の際に、アマゾネスと少年の話を盗み聞き確信した。

 

あの少年だ。

 

彼は己の様に復讐に燃えている。

自分が、彼の人生を狂わしてしまった。

 

嗚呼なんと愚かなことをしてしまったのだろうか。事前調査もせずに、感情に任せて殺戮の限りを尽くした自分が、なんとも浅ましく思えた。

 

ギュッと握る掌からは、既に血が滴り、地面は血に濡れていた。

 

「ねぇ?ちょっといい……どうしたの!?その血!」

 

「……シル…」

 

このオラリオで、今は唯一気の許せる少女。シル・フローヴァがその光景を見て駆け寄ってくる。

 

女は、その場で涙を流して崩れ落ちる。

 

彼女に言われた。

助かった人もいるのだと。

 

だから、女は見ない振りをした。意味もなく、理不尽に殺された無実の人、疑わしきは全て罰していた己の行為が、どれほど愚かだったか。

 

見て見ぬ振りをしていた。

 

だが、現実が女の顔を鷲掴み、現実へ強制的に目を向かせる。

 

────あれが、お前が奪ったものだ。

 

現実が女の耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

「──────私はっ…何も、正しくなどなかった…ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

これが、女の────嘗て『疾風』と呼ばれた冒険者。

 

 

リュー・リオンの、拭えぬ罪だ。

 

 

 

 

 

今日も朝が来た。ベルはいつものように窓の外の太陽を眩しげに仰ぎ、呟く。

 

 

「……おはよう、じいちゃん…」

 

 

共同の洗面台で顔を洗い、強制的に目を覚ます。

部屋に戻り、装備を付けて直ぐ様部屋を出て集合場所に向かう。

 

「ベル!ゴメンね、遅れた!」

 

「集合時間ぴったりだから、平気。」

 

手をブンブンと振りながらベルのもとに走るのは、ティオナ。

決して無茶はしないだろうという評価はもらっているが、念の為のお目付け役だ。

 

「じゃ、行こー!」

 

「……おー。」

 

元気なティオナと、テンションの低いベルの凸凹コンビが誕生した。

 

 

 

 

「───132…」

 

モンスターと共に地面を砕いた大剣をすぐさま引き抜き、三匹のダンジョンリザードを横薙ぎに払い、絶命させた瞬間に、壁から生まれたキラーアントを叩き潰し、距離のある所にいる五匹のコボルトの群れに大剣を投擲。三匹をすり潰し、驚き固まった残りの二匹の内1匹は首の骨を蹴り砕かれ、もう一匹を取り戻した大剣で一刀両断。それを数秒のうちに行った

 

「────141…」

 

ティオナの感想としては、上手い。この一言に尽きた。

 

長所である大剣のリーチ、重さ、硬さ。逆に短所でもある取り回しにくさをよく理解しているし、それを良く活かせている。正直なところ、大剣の扱いならばティオナよりも上手い。それに、この膂力は目を見張る物があった。

 

「ねぇ、ベルってさ誰かに戦い方とか教わってた?素人の動きじゃないよ!扱いとかなら私より上手いんじゃないかな?」

 

ティオナがそう言うと、ベルは特に間も置かずに答える。

 

「これは、この大剣を作ってくれた鍛冶師に特性を教わって、それを活かせるように立ち回ってるだけ。」

 

餅は餅屋、ということなのだろうか。鍛冶師に戦い方を聞くというのは斬新で新しいかもしれない。そんなことを思いながら、ティオナは素直に称賛する。

 

「それってすごくない?きっとすごいことだよ!」

 

「…ありがとう。」

 

ふわりとベルが一瞬笑う。ベルは、エルフが居なければ結構笑う。それは無意識なものなのかは知らないが、少なくともティオナ以外は見たことがない筈である。普段は兎のごとく無表情だ。

 

新しくできた後輩に、ティオナは気分が良かった。他の冒険者のように下心は見えないし、言葉も粗暴ではない。なんと言っても見た目が可愛いのがポイントが高い理由でもある。

 

何よりも、笑顔を自分以外にあまり見せないのは少し嬉しかった。可愛い兎が自分にだけ懐いているような。そんな感じだ。

 

「ティオナ?」

 

「ううん!なんでも!それより…その大剣ってさ、ベルのなんだよね?すごく良いやつに見るんだけど…なんでそんなの持ってるの?」

 

ティオナは会ったときから気になっていた。

漆黒に染まった、片刃のクレイモア。それの切れ味と、重さは並の素材ではないことがわかる。

この大剣、上等にすぎる。Lv1が持つにはしっかりした物だし、言ってしまえば自分たち(第一級)が使っていても何ら不思議ではない。しかし、ベルが武器に頼った戦いをしているかと言えば、答えはNOだ。だから、さして気にすることでもないのだが、どこで手に入れたのかは気になった。

 

「これ…僕の村にあった…僕よりも大きな黒い龍のウロコ。それでここに来てから…作ってもらった。」

 

「黒い…龍…?」

 

「何だっけ…あの…むかし強かった…ぜうす?ファミリアが失敗したクエストのなんちゃらって…」

 

「ちょっと待った!!も、もしかしてそれって…『隻眼の黒竜』?」

 

「あ、それ。」

 

ティオナは仰天した。まさかこんな所で伝説級の武器をお目にかかれるとは思はなかったからというのもあるし、何よりまったく興味なさげなベルにも驚いていた。

 

『隻眼の黒竜』といえば、ほとんどの人間が知っているはずなのだが、ベルは興味がなかった。ただ、昔から復讐することだけを考えていたから、年相応の知識は少なかったりする。

 

「ちょっとさ…持たせてもらっても良い?」

 

「良いけど…これ、人を選んでる。」

 

「どういう事…?」

 

「体験したほうが早い。」

 

そう言われて、差し出された大剣をもたせてもらう。しかし、ティオナには持ち上げることすらできなかった。

重いなんてレベルではなく、まるで地面と綱引きをしている気分だった。

 

「おッッも!?なんでっ、ベルは持てるの!?」

 

「…作った人が言うには、意志に反応しているらしい。その意志が強ければ強いほど…もっと言えばそれが負の感情…恨みとかならより強くなる。持つ資格があるのは、強い魂と意志を持つ者…らしい。」

 

「へぇー…じゃあ、これに名前とかあるの?私のウルガみたいに!」

 

ベルは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「…ないけど、つけるなら…僕の『報復』そのものだ。」

 

 

 

そう呟くベルの背中を、ティオナは見ていた。自身に背を向ける少年のその後ろ姿、それが、狂気に染った英雄の背に、少しだけ重なった。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

リューは、ずっと考えていた。どうすれば償える?どうすれば少年に謝れるのだろうか。

 

いいや、謝るなど烏滸がましい。きっと問答無用で殺される。

 

「嗚呼…私は…なんと愚かしい…」

 

その呟きは、自室に反響しただけ。朝からこんなにも沈んだのは…正直なところあの事件以来だ。

 

(誰かの為と…そう志していた頃が懐かしい…私はもう────善良な少年にすら恨まれる存在となってしまったのに…何たる皮肉か…)

 

過去の栄光と語るには、余りにも血濡れていて、愚かだった己の所業。

幸せを享受するだけだった自分が、どうやって償うのか。

 

(彼はきっと…私を自分の手で殺す事を望んでいる。当然だ、私が奪った平凡は、彼にとって余りに大きく、尊い物なのだから…)

 

死んで償う。その結論は揺るがない。誰になんと言われようと、自分が死んで…いや、殺されて償わなければならない。

 

「…今考えても仕方が無い。仕事をしなくては…」

 

そう呟いて、休憩の時間を終えてホールに戻る。

すると、そこには

 

「へぇー!ベルさん冒険者なんですね!」

 

「…恰好でわかる。普通。」

 

シルと談笑するあの少年の姿があった。

瞬間、リューの体が硬直し、思考すらも止まった。

 

なぜ彼が、シルと談笑しているのだ。

隠れなければならない。

 

しかし、現実はリューを逃さなかった。

 

「あっ、リュー!この方ね、昨日仲良くなったの!ベル・クラネルさん!」

 

「…仲良くなった、は間違い…」

 

ベルはエルフが傍に来たことで、若干警戒の色を強め、声色が低くなる。

リューは落ち込むが、態度には出さないように対応する。

 

「…はじめましてクラネルさん。リュー・リオンです。」

 

「ベル。…リオン、突然だけど、一つ聞かせて。」

 

質問。リューには既にその内容がわかっていた。

 

「強い、エルフの冒険者を探している。知らないか。」

 

その瞬間、リューは自身のやるべき償いを思いついた。

それは、殺されてやることではない。死んでやることでもない。

 

リューを、自身を殺せる…その段階まで引きあげ、己の手で鍛え上げる。自身を殺す復讐者を作り上げること。

 

リューは、漸く思いついた。

 

「…私は昨日。貴方とティオナ・ヒリュテの話を少し聞いてしまいました。まずはそのことに謝罪を。しかし、その事で思い当たる人物が、1人います。」

 

 

「本当かっ!?」

 

 

「あっ!待って!ベルさ────!」

 

ベルが久々に声を張り上げて、席を立ちリューに詰め寄り、リューの肩を掴む(・・・・)

それを見て、シルは顔を青ざめさせる。

リューは、他人に触れられる事を良しとしない典型的なエルフだ。男女関係なく触れたものは、にべもなく投げ飛ばされてきた。だから、今回もそうなってしまう。そう思って、目を瞑った。

 

「はい、恐らくその人物だと思われます。」

 

「────あ、あれ?」

 

しかし、シルの心配は杞憂に終わった。

リューは、触れたベルを投げ飛ばすことは無かった。

 

「誰だ!誰なんだ!みんなを殺った奴は!」

 

「教えましょう。しかし、今の貴方には教えられない。」

 

「なんで────!」

 

「今の貴方では勝てない。無謀な挑戦をさせるほど、私も愚かでは無い。復讐が果たせなくても構わないと?」

 

「…っ!……────どうすればいい。」

乗った。これで、この子を鍛え上げる口実ができた。

 

「…幸いにも、私は元冒険者…今も恩恵は持っています。レベルは4です。貴方が探す相手も、私と同じレベルです。私も…奴の所業には思うところがあります。」

 

恰も他人の事を語るように話すのは、自分のこと。謀が苦手なリューではあるが、この時ばかりは、表情を殺して話し続けた。

 

「私が貴方を鍛えましょう。私も少なからず、義理を通さねばならない理由(ワケ)がある。なに、貴方にとって不足となるような条件は提示しない。これは交渉です。ブランクのある私よりも、現役の貴方の方が勝算はまだある。それに、あの凶狼(ヴァナルガンド)に認められる程だ。スグにその域に届く可能性もある。」

 

「………」

 

ベルは、リューの瞳をジッと見つめた。

この女は、果たして本当の事を言っているのか?なぜ、自分で殺らない?おかしい所は山程あるし、疑うなという方が無理な相談だ。だが、話としては美味しいものだった。あまりロキ・ファミリアに迷惑をかけたくない(・・・・・・・・・)ベルとしては、渡りに船だった。

 

ベルは、目を伏せてから深く頷いた。

 

「……いいだろう。その話に乗ろう。」

 

「交渉は成立…ですね。では、いつ何時でもここに来なさい。貴方の準備が整い次第、始められるようにしておきます。」

 

「わかった。よろしく頼む、リュー・リオン。」

 

「私の代わりに…頼みますよ、ベル・クラネル。」

 

 

ここに、壮大なリューの自殺計画が開始した。

ベルに背を向け、厨房に戻るとこの店の主であるミア・グランドが、リューに声をかけた。

 

「…リュー。アンタ、自殺でもするつもりかい?」

 

「半分そのようなものです。」

 

そういうと、ミアはフンっと不機嫌そうにした後に、背を向けながらリューに告げた。

 

「あの坊主に…アンタと同じ道を歩ませるつもりかい?」

 

その言葉は、リューに深く突き刺さる。だが、リューにはそれを止める資格もなければ、権利もない。

 

「…私に、彼を止める権利はありません。今でこそ後悔はしています…だが、それは無辜の民も手にかけたと知っていたから。けど、彼は違う。明確な敵がいて、明確な復讐がある。私とは違う……」

 

ただ、リューとの決定的な差は、悪いのが全部リューという事だ。派閥や人間の争いに関係なく巻き込まれたことによる恨み。復讐心は、真っ当なもので、正当な物だ。だからこそ、リューはベルの手助けをすることを決めた。

 

リューの顔は、シルと約束したあの頃の表情を消し、5年前────嘗ての復讐者としての顔を彷彿とさせるものだった。

 

「…勝手におし、バカ娘…」

 

「…ごめんなさい、ミア母さん。」

 

リューは、生への未練を完全にここで捨て去る。

 

ここが、私の最後の幸せの場所。

 

これでいい、これで…漸く皆の元に、行ける。

 

 

探す者は、ここに復讐を誓い

 

探される者は、ここに墓場を決めた

 

 

 

しかし、まだ気づかない。

 

 

 

 

これが、2人の運命を左右する出会いだと気づくのは

 

 

 

 

 

 

 

もう少し先の話。

 


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