疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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第37話︰残留思念(恐怖)

白い轍が宙を舞い、嘶く雷霆と怪物が激突する。

 

このシーンを切り取れば、神話の物語に匹敵する戦いだろう。

 

実物を上からとはいえ、実際に見ていたアルテミスは、ベルがアルケイデスの子孫であることを思い知らされた。英雄然としたその背中は、かつての英雄(初恋)の面影を感じた。

 

その感情を知らなかったあの時を思い出して、苦笑したアルテミスは、隣で騒ぎ散らす自身の眷属に目を向けた。

 

「う、嘘でしょ!?べ、ベルってこんな異次元レベルで強かったの!?」

 

「さすがは彼の英雄直系の…いいえ、これは侮辱ですね…」

 

「……」

 

そんな中、リューだけは浮かない顔でその闘いを見つめていた。

 

彼は、闘いが好きではない。己がその道に引きずり込んだだけで、本来は温厚で闘いを望まない、穏やかな少年だ。

 

もし、何も関係がなければデメテル・ファミリアで畑仕事をしているのが似合う少年だったろう。

 

ましてや、今は病魔に侵されているのが現状だ。そんなベルを、事実上の妻であるリューはより戦わせたくないのだ。

 

彼があれ程に望むことだから尊重したが、やはり不安は残る。

 

胸の前でギュッと両手を握ったリューは、ただ祈ることしかできなかった。

 

その瞬間、激しい轟音と共にアンタレスが吹き飛び壁に衝突。同時にリューの頭にポン、と彼の手が置かれていた。

 

「大丈夫、君が心配することは何も無い。」

 

いつの間にか目の前に降り立っていたベルが、リューの頭をフワリと撫でて、大丈夫と微笑んだ。

 

「ベル……」

 

「確かに強い。というか、しぶとい。けど、勝てない相手じゃない。君はただ僕の勝利を見届ければいい。」

 

真っ直ぐとリューを射抜く瞳が、絶対の勝利を確信していた。

 

「……はい、待っています。」

 

その温もりを抱き締めるように、リューは手を取って頬を染めた。これが、夫の帰りを待つ妻の気持ちか、と、呑気なことを考える程度には余裕が出来た。

 

そんなリューに微笑んで、ベルは怒りを隠さないアンタレスを一瞥。

 

「そろそろかな…」

 

アンタレスは、普通の怪物とは大きく違う。知性があり、記憶があり、憎しみがある。

 

ふと、アステリオス達異端児を思い出した。

 

(彼らとは…全くの別物…でも、ダンジョンのモンスターにそんな知性はない…殺す意志だけが詰め込まれたただの器…いや、前提が違う…?なら本来は…異端児のように作られるはずだった…?)

 

人類の永劫の敵とされる怪物たち。しかし、その中には融和を求めこの地上にて生活したいと願う者たちが存在する。

 

しかし、今考えることではないと考えを振り払い、目の前の現実を直視した。

 

「ともあれ、お前は彼らとは違う。精霊を喰らった貴様を放置するつもりもない。」

 

この少しの時間でも戦闘による体への負荷は無視できるものではない。故に、ベルはここらで決着をつけたいのだ。

 

いくら切り札を用意しているとはいえ、迷惑をかけるのは良くない。きっと彼女はこう言ったら呆れるのだろうが。

 

とにかく、ベルも余裕があるわけではない。だから、枷を外す。

 

閉ざされた遺跡に英雄の雷槌が目を覚まし、怪物がそのさまを眺めていた。

 

逆立つ白髪、迸る稲妻、纏う竜の気配。すべてがアンタレスにあの敗北を思い出させた。

 

「───今度こそ、お前に真の敗北を。」

 

切っ先を向けたベルは、予備動作もなく飛び立ち、アンタレスの大鋏を切り落とし、細切れに吹き飛ばす。続けて拳を大きな目玉に突き刺し、握りつぶす。

 

絶叫し暴れるアンタレスから飛び退いて、一つ呼吸を落ち着かせた。

 

「今、楽にしてやる。」

 

そして、ゆったりと剣を地面に突き刺し、手を翳した。

 

きっと、この怪物もこの一撃で沈むだろう。

 

その確信と落胆を吐き出して、終わりを告げた。

 

「【雷霆(ケラウノス)】」

 

その場にいる全員の髪の毛が静電気で浮き上がった瞬間。閃光がアンタレスを引き裂いた。ヘルセの再生の権能をも無視して、ベルの雷槌は数千年の因縁と共に魂ごと消滅させた。

 

その威力はもう、リューの知るものではなく明らかに人智を超えたものだった。

 

衝撃と音が知覚の壁を超え、全員が認識した時には、既にアンタレスの残骸とその威力を物語るクレーターだけが残っていた。

 

「……やはり、あの力は…父様の…」

 

そして、小さく零されたアルテミスの言葉を、リューだけが聞いていた。

 

「…っ…!」

 

しかし、それよりも先に、胸を抑え膝を着いたベルの元に駆けていた。

 

「ベル!!」

 

「リュー…」

 

「クラネルさん、こちらを。試作ですが濃縮した薬水です。今までのものよりも効果は見込めるでしょう。」

 

「ありがとうございます…!さぁ、ベルこれを…!」

 

息を切らしながら、何とか特性の薬水を飲みきったベルは、何とか発作を起こさずに済ませた。

 

「にっがい…けど…だいぶ、マシになったよ…流石だね、アミッド。」

 

「いえ…それでも、完全に苦しみを無くすことは出来ていません。」

 

「厳しいね…自分に。」

 

「命を救う事は、生易しいものではありませんから。」

 

その聖女然とした態度は、彼女の2つ名を象徴するものなのだろう。そう考えて苦笑したベルは、未だ心配そうに見つめるリューの額にキスをして笑った。

 

「終わったよ。」

 

「……心配、しました…」

 

「もう、平気。」

 

そうして抱き合う2人を微笑ましげに眺めた一行は、灰と化していくアンタレスを一瞥した。

 

「あんなにも…呆気なく……」

 

「…今のベルは、あの時のオリオンを超えたという事だろう。善し悪しは別としても、今の彼は、間違いなく英雄と呼ばれるに値する力がある。」

 

「成程。俺たちは今、新たな英雄譚の誕生を目にしたと…いやぁ、こんな偉業にお目にかかれるなんて、運が回ってきたなぁ!」

 

賞賛するヘルメスを他所に、アルテミスだけは複雑な表情を浮かべていた。

 

「ネメア……約束は、果たせそうにない…また、お前を裏切ってしまった。」

 

「アルテミス様…?」

 

その言葉を聞いていたランテは、今までにない悲しい表情の主神に、どう反応するべきなのか分からなかった。

 

そんなアルテミスを見ていたリューは、やはり疑いだけが強く残った。

 

(ベルの魔法が父様の…?父様とは誰だ…月神の父親…いや、聞いたことがない…やはり、神ヘスティアに聞くのが手っ取り早いか…神アルテミスとも旧友といっていたはず…)

 

「リュー、どうしたの?」

 

「い、いえ…少し考え事を…それよりも、体の方は?」

 

「問題ないよ…アミッドの薬が効いてるのかな。」

 

「一安心なのでしょうか…とにかく、休みましょう。」

 

ベルに寄り添ったリュー達は一行に合流する。ヘルメスは嬉しそうにベルを眺めているが何かを言うこともなく撤退の準備に取り掛かった。

 

「あ、アルテミス様…」

 

「どうした、ランテ?」

 

「その…さっきの言葉は…?」

 

「…聞かれていたか…なに…私はつくづく愚かだと思ってな…血を分けた子供との約束さえ守れない…愚かな神だ。」

 

そうやって月を見上げ自嘲するアルテミスの横顔は、今まで見たことのないもので。それに異を唱えようとする自分と、何を言っても意味がないと確信する自分が居た。

 

何も言えないでいると、苦笑したようにアルテミスが続けた。

 

「…すまない。感傷的になってしまった…忘れてくれ、ランテ。」

 

けれど、アルテミスに笑顔で居て欲しい為に道化を演じるランテは、その悲しそうな横顔に耐えられなかった。

 

「そっ、そんなことないです!アルテミス様はすっごい綺麗で…私達を導いてくれる立派なお母さんなんです!愚かなんてことっ、ありえません!!」

 

「…ランテ……そうか…私はお前たちの母として…立派にできているか…」

 

「はい!断言します!」

 

そのどこから来るかも分からない自信満々の断言に、アルテミス口角を上げた。

 

「ふふっ…ハハハ!そうか…悪くない。うん…この気分は…悪くないな…ありがとう、我が子(ランテ)。」

 

そうして、初めて笑ったアルテミスを見たランテは、この世の何よりも美しいものをこの日初めて知った。

きっと生涯、ランテはこの主神の笑顔を忘れることはないだろう。そう思うほどに鮮烈に脳裏に焼き付いた。

 

その二人を見ながら、やはりリューは怪訝にアルテミスを睨みつけていた。

 

「…リュー?」

 

「…いえ、すぐに帰りましょう。私はやはり…あの神が信用できない。」

 

「…わかった。すぐに帰ろう。君が其処まで言う理由はわからないけど、きっと何かあるんだろう。」

 

「すみません…貴方の知り合いだというのに…」

 

「いいさ、どちらにしろアルテミスが何かを隠しているのは事実だろう。僕は、腹芸ができるわけじゃないから…その点君は聡い。こんな状態だし、君が不信感を抱いてるのなら、何かあるって考えておくべきだ。」

 

「…私を信じてくれるのは嬉しいですが…いいんでしょうか。」

 

寄せられた全幅の信頼は、リューには少し重いものではあったが、少しでも戦いの場に居させたくない気持ちが働いたリューは、その信頼に甘えることにした。

 

足早にその場を去ろうとしたとき、僅かな、本当に僅かな予感がベルの体を動かした。

 

「────リューッ!!」

 

隣りにいたリューを突き飛ばし、飛来した影に剣を叩きつけた。

 

(重いッ!?)

 

響いた剣戟と共に、ベルの体が徐々に沈む。それが新たな刺客の強さを示唆していた。

 

「っ…!ぐ、あああぁァァァァァッッ!!!」

 

沈んだ足に力を入れ、思い切り踏み込み剣を振り抜き、影を吹き飛ばす。

 

誰も、ベルでさえも、予期していなかった。確実に殺したはず。アンタレスの命の奔流とも言える核は、絶った筈だった。

 

「野郎ッ!!─────え…?」

 

それは、アルテミスだけが知っている権能。ヘルセでも、ネメアでもない。誰よりも臆病で、英雄譚にもその名を残すものは少ない、彼女の特異な権能。

 

「あれ、は……!」

 

「なぜ今になって!?アンタレスは倒したはずだろう!?」

 

アンタレスの消滅後。それは残留思念とも言えるものだろう。数千年に渡る怨念が、憎しみが、怒りが具現化されたとでも言うのか。

 

いいや違う。この数千年。恐怖など、恐れなどなかったアンタレスに初めて宿った恐怖に、臆病だった彼女の権能が息を吹き返したのだ。

 

彼女が持つ、最大最強の防衛機能が死後に発動したのだ。

 

「………ベル?」

 

アンタレスの傍らに存在したのは、紛れもないベルだった。

 

その気配も、佇まいも、すべてがベルそのものだった。

 

ただ決定的に違う所は、無機質にこちらを眺めている瞳だけ。それだけが、異質さを漂わせていた。

 

誰もがベルと疑わなかった目の前の敵に、アルテミスだけが否定した。

 

「違う…あれは…っ…ベルじゃない…」

 

「どういうことですか、神アルテミス。あれは紛れもなく…!」

 

「違う!あんなものが…あんな、システム(・・・・)がっ、ベルなわけ無いだろう!?」

 

アルテミスだけが、その存在に思い至った。

 

パンディアの権能は虚像。しかしその実態はただ虚像を生み出すにとどまらない。

 

それは、擬似的な魂の創造に程近い。

 

故に、虚像のモデルとなる者の魂に刻み込んだ神の恩恵すらも模倣する。

 

今、目の前にいるのはどんなモンスターよりも恐ろしい、現代最強の英雄。

 

しかし、そんな現状を無視するように、ベルは構えた。

 

「…リュー、みんなを連れてできるだけこの地域から離れるんだ。」

 

「ベル…!」

 

「君を死なせたくない。速く、行け。」

 

「────全員、直ちに撤退します。荷物も全て捨てて、この遺跡…いいえ、この森から離れます。」

 

悔しそうに拳を握ったリューから視線を外し、こちらの様子を伺うように佇む己の虚像に目を向けた。

 

その姿は、余りにも精霊に偏った彼の姿を暗示するようだったのだ。

 

無機質に目の前の物質を見るような目は、ともすれば虫のような冷徹さを孕んでいた。

 

ベルには確信があるのだ。

 

今、ベルは力を2割ほどに抑えている。その状態でアンタレスを屠れる程にはベルは人間を辞めている。

 

だが、目の前の虚像は自身のように病に苦しむ素振りは見えない。そして、放たれる圧は自身のものと遜色ない。

 

つまり、目の前にいる虚像は、ベル自身出したことの無い全力を出せるという事だ。

 

「…皮肉だな。僕自身が最大の敵って事か。」

 

なんの感情も抱いていない、無表情の虚像に向かって呟いても、返事は当然ない。

 

皮肉ったように苦笑して、ベルは閉じていた瞳を開いた。

 

「やるしかない…か。」

 

体に巡る魔力全てを放出。それに倣うように、虚像のベルも魔力を放出した。

 

そして、互いに己の枷を取り払った。

 

 

『【英雄よ(テンペスト)】』

 

 

剣を握り、同じ構えで相対する。

 

今宵、最強と最強が激突する。

 

 




次話、バトル回。すっごい激しくしたい。

良ければ感想、評価宜しくお願いします。
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