いつか、過去にあったその問答。
その日々は絶望。その日々は血に彩られ、涙を流す人々が空に叫ぶ事が日常だった。
正義と、悪が対立していたその時代。絶望の時代。その時代に、英雄は存在しなかった。
人々は、願う。
人々は、想う。
英雄を、あの絶望の日々に救いを。
その願いが、その想いが、何も知らぬ英雄を呼び覚ました。
第1話:ハロー、ストレンジャー①
その日、別に何か変わった事があった訳ではなかった。体調が久々にいい日が続き、小遣い稼ぎと、ちょっと体を動かさないとマズいと考えたベルは、散歩気分で18階層に赴いていた。
その帰り、数分でバベルまで登ったベルは、欠伸をひとつして、久々に子供たちに会おうとリリルカのいるホームに向かった。そして、子供と遊んで、ご飯を食べて…そのまま子供達と寝たはずだ。
ここまでははっきりしている。はっきりしているのだ。
「────ここ、どこ…?」
しかし、気づけば見知らぬ路地裏に倒れていた。
急いで飛び起きて装備を確認する。ヴェルフが作ったコートも、軽装も、装備していたが、リオンだけがない。バックパックには、ちゃんとアスフィ謹製の薬が入った水筒もあるのに。
普段なら焦るところだが、どうしてかその焦りはなく、ないのが当然と、そんな風な感情が湧き上がってきた。
不思議なことに、体の調子も悪くない。今なら、全力とは行かないが半分くらいは常に力を出せるだろう。
そう当たりをつけて、屋根に上り辺りを見渡す。
その光景は、見慣れたようだけどそうでなくて、どこか汚いと言うか、寂れている雰囲気を出している。
間違いないのは、ここがオラリオであると言うこと。
「…とにかく、ファミリアに行こう。フィンに何があったか聞いてみないと…」
結果は、惨敗だった。
「……なんで、入れないの…なんで僕のこと知らないの…」
ホームに行けば、見慣れない門番とやけに厳重な警備。門番に、ファミリアの証であるコインを見せたのに、何故か入れて貰えなかった。名前を言っても、知らないと追い出され、挙句拘束されそうになった。
やむ無く逃げ帰ったのだが、どこに行こうにも居場所がない。リリのホームに行けば、何故か廃墟に逆戻りしてるし、何が何だかわかりゃしない。
街もいつもの活気がなく、どこか暗鬱としている。見た事ない店や、人に、見たことも無い静けさの中、空腹を我慢して街道をキョロキョロ歩いていると、ようやく見慣れた通りに出た。
「豊穣の女主人…!」
懐の財布を確認すると、800ヴァリス。昨日子供たちと遊んでお菓子を買ってみんなで食べた時の金額そのまま。どうしてこれだけは引き継がれてんだ。
若干のイラつきを感じたが、やっと見慣れた店に辿り着いたと、泣きそうになりながら店の扉を開けると、相も変わらずデカいミアが、仁王立ちしていた。
「いらっしゃい、見ない顔だね。」
その言葉で、心の中にあった、もしかしたらリューがいるかもしれないという希望は泡のように消え去った。
「…ミア、まで…僕のこと知らないの?」
「あん?見た事ないねぇ。あたしの知り合いにいたら、アンタみたいなオッドアイの坊主を忘れるわけないね。」
「…そう。」
現状が理解できない。なぜ、みんな知らないフリをするのだろう。自分がなにか悪い事をしただろうか?
塞ぎ込みそうになるが、ベルはいいや、と首を振った。
自分の周囲にいる人間は、意味もなくそんなことをする人達ではない。それに、何だかみんなベル・クラネルと言う存在を知らない様な言い草をする。
何かそういう効果を持った呪詛を考えたが、自分にそんなものは効きやしない。その考えを排除して、取り敢えず腹が減ったと激しく訴える腹の虫を沈めるため、席についた。
「…これで、食べられるやつ。」
「ステーキとサラダでいいかい?」
「それで。」
兎に角、今のこの現状を整理しなければならない。
・何故か皆が自分を知らない。
・街の雰囲気が全然違う。
・知ってる人物が居ない。
大まかに纏めてこのくらい。考えられる自体は、街全体が何かの呪詛にかかっているか。それとも、ロキに聞いた神フレイヤの魅了だかなんだかの力。
「ねぇ……フレイヤ・ファミリアは、今何してる?」
「ああん?坊主、あんなところに入りたいのかい?やめときな。まともな奴なら一日で違うファミリアに行きたくなるのが関の山だ。」
「……そ、そう。」
なんだか、ここまでボロクソに言われるのも、なんだかなぁ。と思い、美神の線はない。となると、呪詛な訳だが…さすがにそれに気が付かないほどアホではない。
「むむむ…」
「はい、お待ち!ステーキとサラダ大盛りだよ!」
「あっ…ありがと…」
そんな風に、早朝から昼過ぎまで走り回っていたベルの空きっ腹に、野菜の旨みが染み渡った。速攻でサラダを食べ終えて、ホクホク顔でステーキに手を出した瞬間。背後で突如魔力が炸裂した。
「───────あっ」
別に、そんなもので驚きゃしないし、ダメージもない。しかし、吹っ飛んできた扉がステーキに直撃。無惨にも壁にぶち当たり、時間を置いて地面にベチャリと落下した。
『大人しく投降しなさい!!』
『我が邪神に忠誠を!我らが悲願を!』
恐る恐る懐に入った財布を見れば、5ヴァリスが寂しそうに1枚入っていた。ここに来て、久々に経験する金欠。レベルが上がってからは、忘れていた物だった。
外から聞こえる叫び声に、やけに聞きなれたものがある。つまりは、またあの
つぐづく、奴らは僕を怒らせるのが好きらしい。
「ふ、ふふふふふ……────ぶっ飛ばすッ!!」
一気に店から躍り出れば、外には白いローブを纏った10人程の集団と、見慣れない少女2人が対峙していた。
しかし、そんな事はお構い無しに、ベルは集団に突撃。
「僕の、ご飯中に、騒ぐなッッ!!!」
『ちょっ!?』
『はぇ!?』
稲妻を纏った拳骨がローブの集団の頭を貫き、全員の頭を地面にめり込ませた。
全員が意識を飛ばしている。恐らく、痛みすら感じる間もなく気絶しただろう。もれなく綺麗に地面から特大のたんこぶが突き出しているが、そんな事はお構い無しにベルは纏った雷を振り払った。
「これは、ステーキの分だ……二度と僕のご飯を邪魔するな。」
どこか清々しい表情で、ベルは集団を鎮圧させた。周囲が沈黙を貫く中、自然な動きでベルは集団の手荷物を物色。
「…1ヴァリスも持ってないこいつら…使えな…」
ゲシッと男を蹴ってから店の中に戻って、無惨な姿と化したステーキの元に歩み寄った。
「うぅ…洗えば食べれるか…」
「…んなみっともないことするんじゃないよ。金はいいから、食ってきな。」
「ほ、ほんと!ありがとう、ミア!」
「まったく…さっきの雰囲気から随分とまぁ。」
そう呟いてから、ミアは厨房にエプロンを結びながら入っていった。
ミアもあの集団を潰そうと考えていたようだが、ベルの様子に怒りが霧散したようだ。
自分より怒ってる人がいると、逆に冷静になるアレだ。
とにかく、特急で焼いてくれたステーキを切り分けて、空腹に流し込む。
すると、両隣に同時に人が座った。
左に着物を着た極東の少女、右に赤髪の少女だった。
「こんにちは!さっきの凄かったわね!何か、とてつもない怒りを感じたわ!」
「ん……食べ物の恨みを思い知っただろう。」
「とんでもない速度でございましたからねぇ。」
「僕、オラリオでも1番速いんだ。」
フフン、とステーキを頬張りながら胸を張ればあははっと赤髪の少女が笑った。
「貴方面白いわね!私は、アリーゼ・ローヴェル!新進気鋭のアストレア・ファミリア団長よ!」
「僕はベル。ベル・クラネル。」
「私は、ゴジョウノ・輝夜。どうぞよろしゅうお願いします。クラネル殿?」
「ベルでいい。歳変わらないでしょ。」
「じゃあ、ベル!さっきは助かったわ!とんでもない力技だったけれど早期解決に繋がったもの!」
「気にしないで。」
んー、と間延びした返事をして、そのままベルは食事を続けた。このご飯を食べたら取り敢えずどうにか考えなければならない。
先程ポッケをまさぐったところ、家の鍵があった。とにかく家に帰って、リューと話し合わなければ。
ご馳走様ー、と店を出て1つ体を伸ばす。
さて、リューは今何をしているだろうか。
そんなことを考えた矢先に、アリーゼがベルに再び語り掛けた。
「とんでもなく速かったけど、貴方のこと聞いたことないわ?今日来た都市外の高レベルホルダー?」
「いや、違う。オラリオに来たのは…3ヶ月くらい前で恩恵も同じ時期。Lv4なのに、なんでかみんな僕のこと知らないし。昨日まで知ってた人からも知らないって言われるし…こんな街中で暴れ回る人も初めて見た。」
「3ヶ月前ね………え?今なんて言ったかしら? 」
「え?街中で暴れ回る人も初めて見た…?」
「もっと前よ!来た時期の話!」
「え、えっと…3ヶ月前に来て、ちょうどその時期に恩恵をもらった?」
何故か付いてくる2人は、ヒソヒソと話を始めた。
『どう考えてもおかしくない?早すぎでしょ!?』
『だがあの速度は…それに、嘘をついている感じもない。敵ではないだろうが…』
(聞こえてるんだよなぁ…)
しかし、特に言うことはなく、ベルは家への道を辿る。どこか違う街並みもここまで来ればもう安心だ。
「……ねぇ、ベルはどこに向かってるの?」
「え?家だけど…?」
「あら、お家を持ってらしたんどすねぇ。」
「うん、妻もいる。」
『はぁ!?』
「…さっきから何さ?」
「はっ、つ、妻がいるの!?14よね!?」
何に驚いてるんだこいつと思いながら、ベルは我が家の目の前に立った。
「ここ、僕の家…というか、妻が持ってたって言ってたかな?」
「……ねぇ、ベル…貴方ここ…」
アリーゼがそういう前に、ベルは自分の鍵でガチャりと扉を開ける。その状況に、背後ではまた驚きが聞こえた。
家に入ると、なんだか知らない匂いが複数混じっている。しかし、その中に確実にリューのものがあり、ベルはそれを正しく辿り、リビングにいたリューを背後から抱きしめた。
「ただいま、リュー。」
「────はぇ?」
間の抜けた声を上げて硬直するリューと、それを取り巻く少女たち。そして、驚いたように固まる見知らぬ女神がいた。
「えっ、誰君たち?」
『お前がだよ!!』