疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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第4話:(ソラ)の香り

「終わったね。後はガネーシャ・ファミリアに任せればいいのかな。」

 

「え、えぇ…本当に…人質を取られていたのに…一瞬で鎮圧…被害もゼロ…私がいる意味が…」

 

「ちゃんと戦ってくれてるし、背中は任せてる。」

 

あれから1週間が経った。警邏にも、ベルも慣れてきた頃。近くでまた信者が暴れていた所を、ベルが上空から強襲。一瞬で制圧。手腕は見事の一言だが、やはり少々手荒だ。死ぬ1歩手前の半死半生、放っておけば死に至るだろう。そのギリギリのラインに、敵を敢えて叩き落としている。

 

(……彼は、本当に何者なんだ?)

 

強さもそうだが、彼ほど特徴的であれば有名にならないはずがない。美しい白髪に、閉じられた翡翠と朱のオッドアイ。ひと目見れば忘れない容姿に、冒険者らしくない少年らしさ。

 

それに、自分との関係も全く覚えがない。

 

リューは、ベルが少し苦手だ。嫌悪の類ではなく、好意を真っ直ぐに向けてくる事が、と言った方がいいだろう。他の誰にも向けないその優しい愛を孕んだ眼差しが、嫌でも自分を特別に思っていることが分かる。そんなこんなで、今彼女の心の中はぐちゃぐちゃだった。満更でもないと思ってしまうのが、また彼女の心を揺らがせた。

ここまで純粋な好意、というか愛は、親にだって向けられたことがない。どうしていいかわからず、ただ流されるしかなかった。

 

当初心配していた彼の行動も杞憂だった。接する距離は異様に近いが、誰に対しても似たようなもので不埒なものでは無いし、リューにはとても紳士的だ。些か常識のズレを感じるが、問題になるほどでは無い。

 

というか、枯れているのかと思う程に他の異性に対して興味が薄い。

 

証拠に、先日の事。輝夜がほぼ全裸で歩き回っていたことがあった。

 

『ん、ベルか。』

 

『輝夜、おはよう。朝風呂?』

 

『……貴様不能か?』

 

『失礼な。ちゃんと機能する。』

 

『…女として魅力がないということでございますか?悲しゅうございます…よよよ…』

 

『そうは言わないけど、単純に好みじゃない。』

 

『…あのクソ雑魚妖精に劣ると?割といい体だと思うんだがな。』

 

『わかってないね。あの恥じらいがいいんだ。君はあけすけ過ぎ。発育の問題じゃない。』

 

『なんだ、ただの処女厨か。』

 

『…品性の問題だって言ってるんだけど、わからない?』

 

という会話をファミリア全員の前でして、余計団員に問い詰められるようになった。

 

こんな事があり、嫌でも特別視されていることを理解してしまっているのだ。

 

しかし、反面で少しベルが怖くもあった。

敵には、本当に容赦がない。女でも、子供でも、老人でも、敵であるなら完膚無きまでに潰す。彼のスタンスとして、悪は許さない。と言うよりも、敵と認めた者を叩き潰すに近い。高位の冒険者であったなら、殺すことを気に病むタイプでは無い。

 

戦闘を行う時の彼は、なんの感情も持たず、機械的に敵を潰す。

 

そこには、怒りも悲しみも、憎しみすらない。どこか人らしからぬその姿とは裏腹に、戦闘が終わればそんな事は無かったかのように、少年らしい言動をする。

 

その日常とのギャップが、より歪に見えてしまった。

 

「…クラネルさ────っ!?」

 

「シー…リュー、アルクメネ。そう呼んで?」

 

人差し指を唇に添えて、シーっと微笑んだ。どこか、少年らしからぬ色気にリューはまた顔を赤くして、コクコクと頷いた。

 

「アルクメネ……その、輝夜とアリーゼは…強かったですか?」

 

「…うん、強いよ。」

 

そこで、気になってしまうのが人の性なのか。ベルの本気、と言うものを聞いてみたくなった。

 

「…もし、貴方が本気で私たちを下すとしたら…」

 

「1秒もいらない。そんな事は起きないけど。君が居て、僕の仲間である限りは、ね。」

 

ゾッとしたリューは、本能とは裏腹にその言葉に希望を見いだした。

 

ベルの戦闘とも言えない、もはや蹂躙とも呼べるそれを見て、確信がある。ベルの本気はこんなものでは無いこと。

 

けれど、その力を今後起こるであろう掃討作戦で発揮してくれたなら。

 

そんな淡い希望は、ベルの微笑みで消え去った。

 

「…ごめんね、リュー。君が期待するようなことは…今の僕には出来ない。いや…それでいいのかって、思っちゃうんだ。」

 

「…っな、何故…!貴方の力があれば平和を取り戻せる!」

 

「できるだろうね。いとも容易く、今日中にでも、やろうと思えばね。」

 

「では!」

 

「けど、僕は余所者だ。いま、僕は戦うべきなのかすら迷ってるんだ…それに…どこまで持つか分からない…まだその時じゃない。」

 

儚く、申し訳なさそうに微笑むベルに、思わず黙り込んでしまった。

 

そんな、困らせたかったわけじゃなかった。

 

会った時からだが、彼には悪意という物が存在しない。初めて自分に触れられる少年は、まっさらな印象を抱かせた。だから、彼が力を出さない理由も、何かしらのしがらみがあるのだろうと、反省した。

 

「申し訳ありません…無神経な、事を…」

 

「気にしないで……でも、そうやって謝るの、凄く君らしい。」

 

「私、らしい…ですか…」

 

心底嬉しそうに、知らぬ筈の自身の性質をらしいと言って笑う。

 

彼には、本当に自分の全てを知られている。

 

事実、おかしな程にベルと共に戦うと連携が取れる。実際にはベルがそう動いているのだが、それにしても派閥の面々と比べても、初めて背を合わせたリューとの連携は、異様なまでに研ぎ澄まされていた。

 

けれど、戦えば戦うほど、ベルの顔には、剣には迷いが生まれていた。

 

「少し…休んでもいいかな。」

 

「はい…っアルクメネ…?顔色が…!」

 

「…平気。」

 

そう言って、俯いたベルは青ざめた顔で、バックパックの水筒を取り出してチビチビ飲みはじめた。苦いのか顔を顰めている。

 

すこしだけ、ベルの顔色に血色が戻った。

 

飲み干したのか、1つため息を吐いたと同時に、ベルが立ち上がる。

 

「少し…付き合ってくれないか。」

 

「へっ!?」

 

「あ、まだ警邏する?少し、行きたい場所があって…君と行きたい場所なんだ。」

 

「あ、あぁ…いえ、行きましょう。」

 

何に勘違いしたのか、リューは声を上げて顔を朱に染めて、ベルの提案を承諾。

 

 

 

 

「ここは……?」

 

ベルの背中に従って路地を抜ければ、町外れの廃教会に辿り着く。

 

「ここ、お気に入りの場所なんだ。」

 

「そうなのですか…それにしては…随分と…」

 

オンボロ。というよりも崩れかけの教会だ。思い入れがあるようには思えないが、愛着とはそういうものなのだろう。

 

「ここが…私を連れてきたかった場所ですか…?」

 

「うん…君のことを、聞かせて欲しい。どうしてオラリオに来たのか、どうして今のファミリアにいるのか。とかね。」

 

「……私の、こと…ですがあなたは…」

 

「…君のことを深く知っているわけじゃないんだ。」

 

「そう、ですか。」

 

なにか訳ありだろう。彼はあまり話したがらずに俯いて、教会の大扉に手を掛けた。

 

「話せるところだけでいい。だから───」

 

「………アルクメネ…?」

 

また、人差し指でリューの言葉を止めた。

 

「…微かだけど、血の匂いがする…武器を構えて。」

 

「…!わかりました。」

 

ゆっくりと扉を開けば、最近良く見る白装束が数人倒れている。死んではないが失神しているようだ。

 

「───また来訪者…この場所では、静寂に微睡むこともできないか…嘆かわしい。」

 

教会の最奥、ステンドグラスの光を受けながら、黒いドレスを身に纏うフードを深く被った女が、こちらに背を向けたまま、煙たそうに零した。

 

一歩前に出ようとしたリューを手で制して、ベルはいつものように目の前の女を見ていた。

 

ベルの行動に感心したように女が呟く。

 

「…ほう、良い判断だ。その小娘が一歩前に出ていたら…いや、この場所を汚すわけにはいかない…だが、お前は有象無象とは違うようだ。」

 

「僕の後ろから絶対に出ないで。怪我はさせたくない。」

 

そういったベルを見れば、日常生活、戦闘中ですら開けることを見るのは稀な右眼を開き、警戒している。

 

そこでようやく、目の前の人物がただ者では無いことを理解したリューは、大人しくベルの背中に身を寄せた。

 

「少年、派閥はどこだ?」

 

「…ワケあって言えない。けど、今はアストレアという神の元にいる。」

 

「……そうか。」

 

「…今度は、僕が聞く番だ。これは、君がやったのか。」

 

「そうだ。ここは妹が気に入っていた場所でな。穢されるのは耐えられん。」

 

当たり前のように語った女は、さながら女王のような風格と威厳のようなものがあった。

 

「地下にある物資も好きにするといい。あとはお前たちで片付けろ。」

 

「リュー…ガネーシャ・ファミリアに連絡して来て。」

 

「アルクメネ、しかし…!」

 

「───アルクメネ?」

 

リューの声に、女がピクリと反応し、ようやくこちらに目を向けて、一歩一歩ベルに近づいた。

 

「何故…君がその名を名乗っている。」

 

「……言う必要が?」

 

「教えなさい。」

 

どこか、子供を叱り付けるように語った女の威圧感は、どこかで感じたことのある物で。ベルは戸惑いつつも、リューを離れさせる。

 

「……リュー、早く行くんだ。この人とは、僕だけのほうが都合がいい。わかるね?」

 

「……はい、すぐに戻ります。」

 

しっかりとリューが離れた事を確認して、ゆっくりと前の女を見た。

 

「…この名は、母の名だ。僕が名を使っても、誰に咎められるいわれはない。」

 

「……嘘、では無いか…名を、教えてくれないか。」

 

「…アルクメネ。」

 

「違う、お前自身の名だ。」

 

どうやら、この女、とてつもなく勘が効くようだ。

 

観念したベルは、渋々と言ったふうに口を開く。

 

「…ベル・クラネル。母メーテリアが名付けた、僕だけの名だ。」

 

「────────そうか、ベル・クラネル…ベル、か。」

 

「……?」

 

そうして、反芻するように口にする己の名が、いやに愛おし気に聞こえる。いや、違う。この感覚は、ずっと前に1度だけ────

 

そこで己も気付かぬうちにその女は目の前に迫って、ベルの頬に手を添えていた。油断していた、とか、目の前の女が自分よりも強者であるなんて理由ではなく。

 

女には、全くの敵意がなかった。

 

むしろ、その手には慈愛のような物が込められていた。

 

「目を、よく見せておくれ。」

 

「…なに、を…」

 

「…あぁ…その右眼…真っ白なお前は本当にそっくりだ…だが、この赤い目だけはくり抜いてやりたくなる。」

 

「!?」

 

なんの恨みがあるんだと驚愕するベルに、女はふわりと口元だけ微笑んだ。

 

「…嗚呼…後悔は残すまいとしていたんだが…いや、これも…罰か。」

 

こうして、手を頬に添えて、慈しむように笑う。こんな最後を迎えた、最愛の人を知っている。余りにも、今この瞬間に重なった。

 

「────嘘だ……全然違う、のに。」

 

「……すぐに、この街は絶望に包まれるだろう。今なら、まだ間に合う。逃げなさい。」

 

「嘘だ、嘘だっ…!だって、だって…っ!」

 

ここが7年前のオラリオであったとして、もう居ないはずなのだ。

 

その香りが、その温もりが、あるはずがないのに。

 

「……愛しい子。お前が、戦わずにすむ未来を…私達が礎となろう────さらばだ。」

 

そうして背中を向けた、貴女から。

 

「────かあ、さん……?」

 

母と、同じ香りがした。

 

呆然としたまま、ベルはただ徐に手を伸ばす。

 

「まって…待って…待って!母さん…いや、違う…貴女は、母さんの────ぁ……」

 

そこまで言ったところで、ベルは自身が血を吐き出していることに気がついた。

 

(マズイ…動き、過ぎた…薬が…)

 

急いでバックの水筒を取り出すも、霞む視界のせいで、水筒を取り落とし、そのまま力なく倒れ込む。

 

(……ぁ…空っ、ぽ…)

 

もう動くこともないだろうと、水を汲む事も忘れていた。空っぽの水筒が、虚しく転がった。

 

「────ヵ…ぁさ……」

 

手を伸ばしても届かないその背中。ブラックアウトする視界の後、優しく抱き上げられる感覚と、優しい声が聞こえた。

 

『ゆっくりと息を吸え…1、2…そうだ……ベル、どうか、逃げ延びてくれ。』

 

ふわりと掛けられた布から香る、懐かしい香り。そして、薄らと見える銀の髪と、いつか見た灰と翡翠のオッドアイ。

 

その声を最後に、ベルの意識が途絶えた。

 

その後、教会にガネーシャ・ファミリアとアストレア・ファミリアのメンバー連れてきたリュー達が見たものは、血濡れになったベルと、気遣うように掛けられた、(ソラ)の香りを遺した黒いローブだけだった。

 

 

 




時系列は輝夜とライラ、リューが揃ってエレボスに出会った時期より少し後です。

ごめんなさい。ミスがありました。
ライラとリュー、輝夜が揃ってエレボスに出会う少し前です。

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