「終わったね。後はガネーシャ・ファミリアに任せればいいのかな。」
「え、えぇ…本当に…人質を取られていたのに…一瞬で鎮圧…被害もゼロ…私がいる意味が…」
「ちゃんと戦ってくれてるし、背中は任せてる。」
あれから1週間が経った。警邏にも、ベルも慣れてきた頃。近くでまた信者が暴れていた所を、ベルが上空から強襲。一瞬で制圧。手腕は見事の一言だが、やはり少々手荒だ。死ぬ1歩手前の半死半生、放っておけば死に至るだろう。そのギリギリのラインに、敵を敢えて叩き落としている。
(……彼は、本当に何者なんだ?)
強さもそうだが、彼ほど特徴的であれば有名にならないはずがない。美しい白髪に、閉じられた翡翠と朱のオッドアイ。ひと目見れば忘れない容姿に、冒険者らしくない少年らしさ。
それに、自分との関係も全く覚えがない。
リューは、ベルが少し苦手だ。嫌悪の類ではなく、好意を真っ直ぐに向けてくる事が、と言った方がいいだろう。他の誰にも向けないその優しい愛を孕んだ眼差しが、嫌でも自分を特別に思っていることが分かる。そんなこんなで、今彼女の心の中はぐちゃぐちゃだった。満更でもないと思ってしまうのが、また彼女の心を揺らがせた。
ここまで純粋な好意、というか愛は、親にだって向けられたことがない。どうしていいかわからず、ただ流されるしかなかった。
当初心配していた彼の行動も杞憂だった。接する距離は異様に近いが、誰に対しても似たようなもので不埒なものでは無いし、リューにはとても紳士的だ。些か常識のズレを感じるが、問題になるほどでは無い。
というか、枯れているのかと思う程に他の異性に対して興味が薄い。
証拠に、先日の事。輝夜がほぼ全裸で歩き回っていたことがあった。
『ん、ベルか。』
『輝夜、おはよう。朝風呂?』
『……貴様不能か?』
『失礼な。ちゃんと機能する。』
『…女として魅力がないということでございますか?悲しゅうございます…よよよ…』
『そうは言わないけど、単純に好みじゃない。』
『…あのクソ雑魚妖精に劣ると?割といい体だと思うんだがな。』
『わかってないね。あの恥じらいがいいんだ。君はあけすけ過ぎ。発育の問題じゃない。』
『なんだ、ただの処女厨か。』
『…品性の問題だって言ってるんだけど、わからない?』
という会話をファミリア全員の前でして、余計団員に問い詰められるようになった。
こんな事があり、嫌でも特別視されていることを理解してしまっているのだ。
しかし、反面で少しベルが怖くもあった。
敵には、本当に容赦がない。女でも、子供でも、老人でも、敵であるなら完膚無きまでに潰す。彼のスタンスとして、悪は許さない。と言うよりも、敵と認めた者を叩き潰すに近い。高位の冒険者であったなら、殺すことを気に病むタイプでは無い。
戦闘を行う時の彼は、なんの感情も持たず、機械的に敵を潰す。
そこには、怒りも悲しみも、憎しみすらない。どこか人らしからぬその姿とは裏腹に、戦闘が終わればそんな事は無かったかのように、少年らしい言動をする。
その日常とのギャップが、より歪に見えてしまった。
「…クラネルさ────っ!?」
「シー…リュー、アルクメネ。そう呼んで?」
人差し指を唇に添えて、シーっと微笑んだ。どこか、少年らしからぬ色気にリューはまた顔を赤くして、コクコクと頷いた。
「アルクメネ……その、輝夜とアリーゼは…強かったですか?」
「…うん、強いよ。」
そこで、気になってしまうのが人の性なのか。ベルの本気、と言うものを聞いてみたくなった。
「…もし、貴方が本気で私たちを下すとしたら…」
「1秒もいらない。そんな事は起きないけど。君が居て、僕の仲間である限りは、ね。」
ゾッとしたリューは、本能とは裏腹にその言葉に希望を見いだした。
ベルの戦闘とも言えない、もはや蹂躙とも呼べるそれを見て、確信がある。ベルの本気はこんなものでは無いこと。
けれど、その力を今後起こるであろう掃討作戦で発揮してくれたなら。
そんな淡い希望は、ベルの微笑みで消え去った。
「…ごめんね、リュー。君が期待するようなことは…今の僕には出来ない。いや…それでいいのかって、思っちゃうんだ。」
「…っな、何故…!貴方の力があれば平和を取り戻せる!」
「できるだろうね。いとも容易く、今日中にでも、やろうと思えばね。」
「では!」
「けど、僕は余所者だ。いま、僕は戦うべきなのかすら迷ってるんだ…それに…どこまで持つか分からない…まだその時じゃない。」
儚く、申し訳なさそうに微笑むベルに、思わず黙り込んでしまった。
そんな、困らせたかったわけじゃなかった。
会った時からだが、彼には悪意という物が存在しない。初めて自分に触れられる少年は、まっさらな印象を抱かせた。だから、彼が力を出さない理由も、何かしらのしがらみがあるのだろうと、反省した。
「申し訳ありません…無神経な、事を…」
「気にしないで……でも、そうやって謝るの、凄く君らしい。」
「私、らしい…ですか…」
心底嬉しそうに、知らぬ筈の自身の性質をらしいと言って笑う。
彼には、本当に自分の全てを知られている。
事実、おかしな程にベルと共に戦うと連携が取れる。実際にはベルがそう動いているのだが、それにしても派閥の面々と比べても、初めて背を合わせたリューとの連携は、異様なまでに研ぎ澄まされていた。
けれど、戦えば戦うほど、ベルの顔には、剣には迷いが生まれていた。
「少し…休んでもいいかな。」
「はい…っアルクメネ…?顔色が…!」
「…平気。」
そう言って、俯いたベルは青ざめた顔で、バックパックの水筒を取り出してチビチビ飲みはじめた。苦いのか顔を顰めている。
すこしだけ、ベルの顔色に血色が戻った。
飲み干したのか、1つため息を吐いたと同時に、ベルが立ち上がる。
「少し…付き合ってくれないか。」
「へっ!?」
「あ、まだ警邏する?少し、行きたい場所があって…君と行きたい場所なんだ。」
「あ、あぁ…いえ、行きましょう。」
何に勘違いしたのか、リューは声を上げて顔を朱に染めて、ベルの提案を承諾。
「ここは……?」
ベルの背中に従って路地を抜ければ、町外れの廃教会に辿り着く。
「ここ、お気に入りの場所なんだ。」
「そうなのですか…それにしては…随分と…」
オンボロ。というよりも崩れかけの教会だ。思い入れがあるようには思えないが、愛着とはそういうものなのだろう。
「ここが…私を連れてきたかった場所ですか…?」
「うん…君のことを、聞かせて欲しい。どうしてオラリオに来たのか、どうして今のファミリアにいるのか。とかね。」
「……私の、こと…ですがあなたは…」
「…君のことを深く知っているわけじゃないんだ。」
「そう、ですか。」
なにか訳ありだろう。彼はあまり話したがらずに俯いて、教会の大扉に手を掛けた。
「話せるところだけでいい。だから───」
「………アルクメネ…?」
また、人差し指でリューの言葉を止めた。
「…微かだけど、血の匂いがする…武器を構えて。」
「…!わかりました。」
ゆっくりと扉を開けば、最近良く見る白装束が数人倒れている。死んではないが失神しているようだ。
「───また来訪者…この場所では、静寂に微睡むこともできないか…嘆かわしい。」
教会の最奥、ステンドグラスの光を受けながら、黒いドレスを身に纏うフードを深く被った女が、こちらに背を向けたまま、煙たそうに零した。
一歩前に出ようとしたリューを手で制して、ベルはいつものように目の前の女を見ていた。
ベルの行動に感心したように女が呟く。
「…ほう、良い判断だ。その小娘が一歩前に出ていたら…いや、この場所を汚すわけにはいかない…だが、お前は有象無象とは違うようだ。」
「僕の後ろから絶対に出ないで。怪我はさせたくない。」
そういったベルを見れば、日常生活、戦闘中ですら開けることを見るのは稀な右眼を開き、警戒している。
そこでようやく、目の前の人物がただ者では無いことを理解したリューは、大人しくベルの背中に身を寄せた。
「少年、派閥はどこだ?」
「…ワケあって言えない。けど、今はアストレアという神の元にいる。」
「……そうか。」
「…今度は、僕が聞く番だ。これは、君がやったのか。」
「そうだ。ここは妹が気に入っていた場所でな。穢されるのは耐えられん。」
当たり前のように語った女は、さながら女王のような風格と威厳のようなものがあった。
「地下にある物資も好きにするといい。あとはお前たちで片付けろ。」
「リュー…ガネーシャ・ファミリアに連絡して来て。」
「アルクメネ、しかし…!」
「───アルクメネ?」
リューの声に、女がピクリと反応し、ようやくこちらに目を向けて、一歩一歩ベルに近づいた。
「何故…君がその名を名乗っている。」
「……言う必要が?」
「教えなさい。」
どこか、子供を叱り付けるように語った女の威圧感は、どこかで感じたことのある物で。ベルは戸惑いつつも、リューを離れさせる。
「……リュー、早く行くんだ。この人とは、僕だけのほうが都合がいい。わかるね?」
「……はい、すぐに戻ります。」
しっかりとリューが離れた事を確認して、ゆっくりと前の女を見た。
「…この名は、母の名だ。僕が名を使っても、誰に咎められるいわれはない。」
「……嘘、では無いか…名を、教えてくれないか。」
「…アルクメネ。」
「違う、お前自身の名だ。」
どうやら、この女、とてつもなく勘が効くようだ。
観念したベルは、渋々と言ったふうに口を開く。
「…ベル・クラネル。母メーテリアが名付けた、僕だけの名だ。」
「────────そうか、ベル・クラネル…ベル、か。」
「……?」
そうして、反芻するように口にする己の名が、いやに愛おし気に聞こえる。いや、違う。この感覚は、ずっと前に1度だけ────
そこで己も気付かぬうちにその女は目の前に迫って、ベルの頬に手を添えていた。油断していた、とか、目の前の女が自分よりも強者であるなんて理由ではなく。
女には、全くの敵意がなかった。
むしろ、その手には慈愛のような物が込められていた。
「目を、よく見せておくれ。」
「…なに、を…」
「…あぁ…その右眼…真っ白なお前は本当にそっくりだ…だが、この赤い目だけはくり抜いてやりたくなる。」
「!?」
なんの恨みがあるんだと驚愕するベルに、女はふわりと口元だけ微笑んだ。
「…嗚呼…後悔は残すまいとしていたんだが…いや、これも…罰か。」
こうして、手を頬に添えて、慈しむように笑う。こんな最後を迎えた、最愛の人を知っている。余りにも、今この瞬間に重なった。
「────嘘だ……全然違う、のに。」
「……すぐに、この街は絶望に包まれるだろう。今なら、まだ間に合う。逃げなさい。」
「嘘だ、嘘だっ…!だって、だって…っ!」
ここが7年前のオラリオであったとして、もう居ないはずなのだ。
その香りが、その温もりが、あるはずがないのに。
「……愛しい子。お前が、戦わずにすむ未来を…私達が礎となろう────さらばだ。」
そうして背中を向けた、貴女から。
「────かあ、さん……?」
母と、同じ香りがした。
呆然としたまま、ベルはただ徐に手を伸ばす。
「まって…待って…待って!母さん…いや、違う…貴女は、母さんの────ぁ……」
そこまで言ったところで、ベルは自身が血を吐き出していることに気がついた。
(マズイ…動き、過ぎた…薬が…)
急いでバックの水筒を取り出すも、霞む視界のせいで、水筒を取り落とし、そのまま力なく倒れ込む。
(……ぁ…空っ、ぽ…)
もう動くこともないだろうと、水を汲む事も忘れていた。空っぽの水筒が、虚しく転がった。
「────ヵ…ぁさ……」
手を伸ばしても届かないその背中。ブラックアウトする視界の後、優しく抱き上げられる感覚と、優しい声が聞こえた。
『ゆっくりと息を吸え…1、2…そうだ……ベル、どうか、逃げ延びてくれ。』
ふわりと掛けられた布から香る、懐かしい香り。そして、薄らと見える銀の髪と、いつか見た灰と翡翠のオッドアイ。
その声を最後に、ベルの意識が途絶えた。
その後、教会にガネーシャ・ファミリアとアストレア・ファミリアのメンバー連れてきたリュー達が見たものは、血濡れになったベルと、気遣うように掛けられた、
時系列は輝夜とライラ、リューが揃ってエレボスに出会った時期より少し後です。
ごめんなさい。ミスがありました。
ライラとリュー、輝夜が揃ってエレボスに出会う少し前です。