疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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第7話:誰にとって

荒れた町並み、配給の直前までの平穏は【悪】によって崩された。

 

ベルが敵の主力を捕らえた事で、被害は最小のものになったものの、犠牲者が出た事は間違いなかった。

 

その町並みの中で、今も忙しく動く人々を眺めながら、リューは先日のことを考えていた。

 

『もし答えられないのなら…君たちの言う正義は…悪よりも…醜悪なものだ。』

 

「…違う…違うはずなのに…」

 

『殺戮をもって正義を成した偉人は多くいる。僕は肯定しよう。』

 

「貴方が…どうして…そんな…」

 

身近に存在していた、正義の体現者だと勝手に期待していた人物は、リューの思想の正反対を是とした。

 

彼だけに背負わせるのではなく、自分たちも背負おうとしていたものは、彼が背負っているものは、こんなにも血に濡れているのだろうか。

 

「正義とは…私の…私だけの、答え…」

 

あの日、彼に手を引かれながら言われた言葉が、頭を悩ませていた。彼はどんな思想も否定しない。きっと、輝夜が言っていた、【大義名分の正義】も肯定するのだろう。

 

(そうだ…善悪は視点の違いに過ぎない…彼の言葉は、間違い、ではない…けれど、それでも…!)

 

認められなかった。いいや、認めたくなかった。

 

今まで掲げてきたものが、彼と全く違うものであったのが。

 

自分をよく知る彼。

 

自分に触れることができる彼。

 

自分とは真逆の正義を語る彼の背中に、初めて誰かのその背中に、本物の正義の翼を見た気がした。

 

それは、彼が自身の理想(想い)を貫く覚悟があったからなのだろうか。

 

神の言葉にすら動じず、己が正義だと疑わない彼は、誰よりも正義を体現しているように見えた。

 

リューには、その覚悟が足りないのだろうか。

 

「リオーン!!やっと見つけた!!」

 

そう考え俯くリューの背中に、優しく遠慮のない突進をかまして、てへっとあざとく笑う銀髪の少女。

 

「───アーディ!?いきなり抱きつかないでください、危険だ…!」

 

「ごめんごめん!つい抱きつきたくなっちゃって!」

 

アーディ・ヴァルマ、レベル3。ガネーシャ・ファミリアに所属しているリューの知人だ。

 

「今は一人?」

 

「ええ…作戦を気取られないように、いつも通りにしようと…」

 

「そうなんだ…そうだ!リューとアルクメネ君が見つけたダークマーケットの仕分けやっと終わったよー!その中に君の里の大聖樹が……なにか、あったの?」

 

そんな彼女は嬉しそうに報告しようとして、リューの様子が沈んでいることに気がついた。

 

「いいえ…特に何も…少し、考え事をしていただけで…」

 

「そーいうのはいいから!リオンは嘘つくのも下手なんだからさ!」

 

「ア、アーディ…」

 

「話してみて。それで、一緒に悩もう?」

 

そう手を握られれば、リューの中に話さないという選択肢は消え去った。

 

神エレンとの問答。ベルの答えも、今の自分の心境も。彼女にはどうしてか語ることができた。話を聞き終えたアーディは、う~んと悩みながら腕を組んだ。

 

「炊き出しがあった日に…そんなことが…被害もそれほどだったしアルクメネ君が幹部を捕らえてくれたからそんな事があったなんて思わなかった…ごめんね、手伝えなくて…」

 

「いえ…勇者の指示で別拠点を叩いていたのでしょう…仕方ありません。それに、結局は彼が場を収めてくれました。」

 

「うーん、アルクメネ君ね。初めて会ったとき彼は倒れてたけど…聞いてたとおり!リオンのナイトだね!」

 

「ち、違う!か、彼と私はそんなでは…!」

 

「でも、触れられても嫌じゃないんでしょう?ホームでは愛でられてるって聞いたし。」

 

「どど、どこでそれを…!?」

 

「本当なんだぁ!良いと思うよ!彼結構可愛い顔してるけど、リューはああいう子がタイプなの?」

 

「あ、アーディ…!!」

 

顔を赤く染めながら、嘘が下手なリューはアーディにからかわれている。そうしていると、アーディはまた腕を組んだ。

 

「でも、彼は強者の考えなんだね…なんだか、見た目と人物像が全然違うなぁ。」

 

「それは…けれど、彼はこうも言っていた。『君だけの答えを見つけろ』と。」

 

「ふんふん…なるほど…アルクメネ君には彼なりの正義がもうあるのかな。」

 

「あれは…彼の物は確固たるもので…正義とはまた違って…すみません、私には…分からない。」

 

「実際とんでもない強者だし…彼がその理論を語ってもおかしくないと思う。正義は、背負ってもいけない、押し付けてもいけない。秘めているだけでも、意味はない。難しいし、彼の言ったように答えのないものだと思うんだけど…」

 

「結局私は…彼に正義を押し付けてしまっていた…私の理想を彼に押し付けて…」

 

「別に、そう感じたことはなかったけど。」

 

「って、本人は言ってるけど?」

 

「───アルクメネ!?い、いつからそこに!?」

 

「さっき。僕はアルクメネ、初めましてだね。」

 

「うんよろしく、私はアーディ!アルクメネって、天の精霊だよね?英雄譚が好きなの?」

 

「うん、前はよく読んでた。この名前は、代々続くものなんだ。」

 

いつの間にかリューの真後ろで腕を組んで離しを聞いていたらしい。リューの返答がてらにアーディと握手を交わして、言葉を続けた。

 

「君の理想を重ねられてるなんて思わなかった…僕、割と手荒だし。元々君は、僕の事を少し…怖がってるでしょう?」

 

「こ、怖がってはいません!本当です!けれど…どうして、貴方が敵にあそこまで冷酷であれるのか…私には、わからない…」

 

「君を否定するわけじゃないし助かってる。けど、君のやり方は被害は出ない分、余りにも強引すぎる。恩恵なしの信者にも、君は容赦がない。私にも、どうしてか教えて欲しいな。」

 

リューは、冷酷なベルと普段のベルの温度差について行くことが出来なかった。それは、輝夜やアリーゼよりも未熟なリューにとっては当たり前の事で、優しい彼を知っている分困惑が勝っていた。

 

そんなリューとアーディに、ベルは真剣に返す。

 

「もう何も失わない為に、失ったものを、無駄にしないために。」

 

「それは、どういう…?」

 

「少し前に、僕は仲間を目の前で殺された。大切な人を、僕の甘さで殺しかけた。」

 

「…!」

 

「僕は、戦いが嫌いだ。けど、大切なものを失うのなら、僕は立ち塞がる敵の全てを滅ぼす。そこに優しさは…甘さはただの命取りにしかならない。戦場に立った時点で、その者は否応なく戦士だ。」

 

「でも、それは強者の理論。私たちが強いから言える事。それは、正義なのかな?」

 

アーディの正義という単語に、反応したベルはあまり変わらない表情を変えて、口をへの字にした。

 

「……またそれ…?」

 

「うわ、すっごい嫌そうな顔。」

 

「そ、そう言わずに…アルクメネ、貴方が思う物でいい…私の答えを出す手がかりにしたい。」

 

露骨に嫌そうな顔をしたベルだったが、リューの言葉に仕方ないと口を開く。

 

そんなベルに対して、リオンに甘いなぁ。とアーディは呟いた。

 

「……そうなんじゃない?正義なんてもの、人の形だけ存在するものだ。それが、愛から生まれたものであれ、憎しみであれ、殺戮であったとしても、僕はその全てを肯定する。そこに、揺るがぬ想いがあるのならね。」

 

「なるほど…意志の力が君の重要なポイントって事?」

 

「そうだね。」

 

「そうなっても、結局は君のような力があることが前提だ。力ない者たちは君のように強くなれない。そうしたら?」

 

「それは前提が間違ってる。この神時代、強くなろうとする意志があれば、誰でも等しく恩恵を授かり、強くなることができる。身体的に恵まれずとも、【勇者】は立ち上がり、知恵と勇気で成り上がった。ただ守られるだけで、力を持とうともせず、諦め、挙げ句戦う者に噛み付く。意志のない言葉に力は宿らないように、意志のない行動にも、力は宿らない。」

 

「それは…」

 

「現状を変えたいと叫びながら、ただ守られるだけの民衆…ほら、戦うものが孤独を強いられる。それが今のオラリオだ。」

 

惰弱、脆弱。それが今のオラリオの現状。希望を見出すことができなくなっていることを加味しても、明らかに弱い。あの神が言っていたことも間違いではないのだ。

 

「…リュー、あの神が言っていたのはこういうことだ。性格はどうあれ、言っていたことは間違いじゃない。ただ闇雲に動くだけじゃ、ほんとうの意味で孤独になってしまう。だからこそ、自分の中で確立させる必要がある。」

 

「自分の、中で…」

 

「誰に何を言われたって、君の想いは君だけのものだ。誰がどう理解したかじゃない、君がどう理解しているかだ。揺るぎない想いを心に刻め、その思いを貫け。思想とか正義って、そういうものでしょう?」

 

彼の言葉は、何者にも変えられない強さを秘めていた。誰よりも強く、残酷で、そして寛容だった。

 

ベルの言葉は、路頭に迷うリューにより正義というものが孤独であることを思い知らされた。

 

「結局は…正義というものは孤独なのですね…」

 

「矛盾するようだけど、それは違う。」

 

リューの結論に、即座にベルは否と答えた。

 

「え…?ですが、貴方の言葉では…」

 

「確かに、想いだけならね。アーディ、君が想う正義は?」

 

「へっ、私?もう、急だなぁ…」

 

仕方ないなぁと、腕を組んだアーディは誰かのように語り始めた。

 

「【巡るもの】」

 

「その心は?」

 

「たとえ、真の答えじゃなくても、間違っていたとしても、姿形を変えて…それでも、私達が伝えた正義はきっと違う花になって咲く。私達が助けた誰かが、他の誰かを助けてくれる。今日の優しさが、明日の笑顔をもたらしてくれる。私はそう信じてる!だから、私は何度だって言える。【正義は巡る】!」

 

「アーディ…」

 

アーディの正義はベルのものとは違い、人が脈々と繋いできた軌跡そのものと言っても良いもの。

 

託し、信じること。

 

間違えても良い、笑われたって構わない。けれど、ベルと変わらない思いだけは、そこにあった。

 

「人は忘れゆく生き物だ。残酷なようで、忘却が救いになることもある。君の正義を忘れ去られるかもしれない。」

 

「それが人だよ。形は常に変わる、人の思いはすぐに変わる。でも、それで良い、それが良い!私が掲げる正義は、きっと誰もが笑顔になることだから!だから、忘れ去られて風化したとしても、きっとまた誰かがその正義を受け継いでくれる!」

 

「馬鹿にされるかもしれない。夢物語だと笑われるかもしれない……それでも?」

 

「それでも───それでも、『私』は笑うよ。」

 

彼女の正義は巡り巡る誰かの笑顔。それは、どこかの道化の英雄を思い出す。どこまでも滑稽で、どこまでも優しい英雄。

 

微笑んだアーディの背中には、いつか始まりと言われた英雄の影があった。泥臭く、騙され、罵られ、嘲られ、それでも笑った英雄の意志が、彼女には受け継がれていた。

 

「そうか…昔日の英雄が織り成した物語は、君のような【語り部()】によって受け継がれるのかもしれない。」

 

「どうかな、私の正義は?」

 

「勿論、それも立派な正義だ。君が貫く想いに他ならない。」

 

「ふふん、ありがとう!それで?これがリオンの話とどう関係するの?」

 

もうすでに、アーディは答えを得ているのだろう。ニンマリとした笑みで、ベルの言葉を急かした。悟ったのか、ベルは呆れながらリューに視線を移した。

 

「大きくは違わないけど、君たちの正義は異なるものだ。過程も結果も、また違う。」

 

「はい…そう、ですね。」

 

「アリーゼや輝夜とも全く違うものだろう。だが、君たちは道を共にする仲間だ…この意味が、わかる?」

 

そのベルの問いかけに、ようやくリューは合点がいったらしい。

 

「…なるほど、違う想い、違う正義であっても共存ができる…そう言いたいのですね。」

 

「そういうこと。すべての人と同じものを共有するのは不可能だ。だが、道を同じくする者たちなら、孤独を、傷を分け合うことができる。だから、本当に迷ってしまったら、頼ればいい。きっと、みんな力になってくれる。」

 

「そう…でしょうか…」

 

「もちろん。でも、もし本当に…自分が孤独になってしまったと感じたときは、この言葉を思い出して欲しい。」

 

そう言ったベルは、リューの両手を包みこんだ。あの日あの場所で、自分を救った君の言葉。

 

これは、いつかの恩返し。

 

彼女がベルを見捨てなかったように、ベルもリューに返すのだ。

 

「それでも、君は決してひとりじゃない、僕がいる。君のそばにいなくとも、僕の心は、君にずっと寄り添っている。今度は(・・・)僕が、君を一人にはしない。」

 

「────」

 

まるで、告白のようなそれは、リューにとって初めての経験だった。メイン街道のど真ん中で、衆目に晒されたそれは、その場にいたすべての人が見入る程の盛大な告白。

 

公開プロポーズに等しかった。

 

「わぁお、凄いね君。」

 

「……なにが?」

 

「うーん、全くの無自覚!リオンに触れられる理由が少しわかった気がする。」

 

あまりにも堂々と話すベルに、アーディはもはや呆れも何もなく尊敬の念を送っていた。

 

そんな中、リューはそれどころではなかった。

 

これほどまでに異性に、誰かに寄り添われたことはない。

 

早まる鼓動を抑える術を知らなかった。熱に赤くなる顔を冷ます方法を知らなかった。

 

完全にフリーズしたリューをみて、ベルは仕方ないとアーディにすべてを丸投げした。

 

「……治ったら、すぐに帰ってくるように言ってね。」

 

「ちょっとっ、私に丸投げ!?さっきの言葉は!?」

 

「確かに、僕は彼女に寄り添おう。だけど、今は君が寄り添うべきだ。リューがこの調子だし…それに、君もまだ話し足りないんだろう?」

 

「まぁ、それはそうだけど…はぁ…たしかに君じゃ余計な混乱起こしそう。もういいや、任せて!」

 

「じゃあ、またね、アーディ。」

 

やけくそ気味に胸を張ったアーディに微笑みを返して、ベルは最後に立ち止まった。

 

感じる予感。この少女は、きっと近いうちに死んでしまう。

 

余計な忠告かもしれない、お節介だったかもしれない。けれど、ベルはしなかった事の後悔は、もうしたくなかった。

 

「アーディ、君の心情を無視して言わせてもらう。優しさと、甘さを履き違えないで。きっと…その選択が君を殺すし、生かす。」

 

「……どういう意味?」

 

アーディのような人間は、きっとこれからの時代に必要な人物だ。けれど、だからこそ、アーディ優しすぎる。それが、戦場では命取りであることを、ベルは理解していた。

 

「どうか、リューを悲しませないでほしい。」

 

「……うん、わかった。」

 

「シャクティに…よろしく。」

 

本来シャクティとは、オラリオに来た時からの知り合いだし、顔を合わせれば世間話くらいはする。しかし、妹がいるという話は聞いたことがなかった。彼女がベルを撫でるときに感じた後悔のようなモノは、彼女への気持ちだったのかもしれない。

 

ここは過去の世界。確実にどこかで死んでしまう彼女の運命は、どこで尽きるのだろうか。次の作戦か、それとも案外未来の話なのかもしれない。けれどきっと、運命は彼女から何かを奪うのだろうか。

 

恩恵を貰った時。ロキに、話された事を思い出す。

 

『過去を変えたとして、未来は変わらへん。そーゆーもん(スキル)を望んどったみたいやけど。変わった所は何処かでしわ寄せが来る…もし過去へ飛んで変えたとしても…ただの延命に過ぎひんかもしれん。』

 

過去を変えることは出来ない。だから、前に進め。

 

あれはきっと、現実的に見た、ロキなりの厳しさに包んだ優しさだったのだろうと、今になって思う。

 

今だからこそ、そう受け入れられるものの、当時はただなんの感情もなくその言葉を聞き流していた。

 

けれどまさか、こんな状況に自分がなるなんて思いもしなかった。

 

どちらを、選ぶ?

 

母との約束か?愛する女の笑顔か?

 

囁くように浮かび上がった選択肢を握り潰して、ベルは大きく息を吸った。

 

「……馬鹿野郎…どっちもだ。」

 

考えることはまだある。決定機は明日。先の事は分からない。なら、今だけでも幸せな明日が欲しい。

 

「どっちも捨てない。約束は、必ず守るから。」

 

今は亡き母との最後の約束を果たし、リューの願いも叶える。

 

手の内に黄昏を閉じ込めて、ベルは変わらぬ決意を漲らせる。

 

 




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