疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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第8話:分岐点

ベルは1人夜中の市壁に登り、月を眺めながら考えを巡らせていた。

 

これからの事、目的もそうだが、行動方針に迷いを感じ始めている。

 

「母さん……」

 

あの日、叔母が残したローブを纏えば、僅かに香る天の香りが、母を思い出させた。

 

冷えた風が頭を冷やし、思考に集中するにはもってこいだった。

 

未来にアーディがいなかったこと。アリーゼ達やアストレアがオラリオにいなかった理由はわからないが、リュー・リオンが最後に選んだあの場所が全てを物語っているのだろう。

 

(あの剣塚は…君たちのなのか…だとしたら惜しい、本当に惜しい。)

 

きっと、自分がいた7年後に彼女たちが存在したなら、第1級冒険者として名を馳せていただろう。 才能や胆力は十分だし、ベルにはない想いを持っている彼女たちならば、もしかしたらロキ・ファミリアと肩を並べていたかもしれない。

 

違う未来があったなら、彼女達と共に正義の旗を掲げていたかもしれない。

 

(今みんなはLv3…この先でLv4に上がるとしたら…明日か、その先くらい…なら、僕は…。)

 

彼女たちの成長に、自分という不純物は不要なのだろう。それに、過去を改変したことの皺寄せの事も気になる。

 

アストレア曰く、未来という不定形の事象はいくらでも変えることが出来るが、既に決まった事象を防ぐ、又は変えてしまうことは、因果に矛盾を生み出し、大きな皺寄せを産む可能性があるという。

 

事実、ホームに帰った途端にベルが捕らえたヴァレッタが逃げ出した報告が入った。牢を破り見張りの冒険者たちを殺して逃げたそうだ。ベルは間違いなくあの場でヴァレッタを殺すつもりだったが、死ぬはずの出力でもあの女は死ななかった。

 

因果の力を侮っていたベルは、反省とともに、あるべき今の自分の立ち位置を見直した。

 

傍観し、行く末を見届けること。

 

それが、ベルに取れる最善の選択である事は間違いが無かった。

 

全てを救うために、あらゆる事をするつもりだった。自分でなくとも誰かに働き掛ける事も考えた。だが、それは自分のすべきことなのか、足が止まってしまった。

 

1つため息を吐き出して、ベルはあの教会に向かう事にした。ヘスティアとリリが将来住む場所である、それもあってかベルはあの場所が気に入っていた。

 

相も変わらず寂れたその佇まいに、よくあの神は住めたものだと改めて感心する。

 

扉を開けて中に入ると、暗がりに2つの影が待ち構えるようにこちらを見ていた。

 

「─────これは驚いた…いや、運命のイタズラか…だが、面白いことに変わりはない。」

 

「誰かと思えば、お前だったか。エレボス、これも予想通りか?」

 

「ザルドに、変態…!?なんでここに…?」

 

予想外の2人に驚くベルと、ベルの呼称に呆れたエレボス。

 

「変態って…少年、俺にはちゃんとエレボスって名前があってだな…」

 

「アイツが言ってた変態神ってお前の事か…余計なことしかしないなほんとに…」

 

「なに、ちょっとエルフの少女に手を出しただけだ。」

 

「手を出したの?彼女に?消すね。」

 

「おいこいつ過激過ぎんだろ!?嘘じゃないしマジで消される!?」

 

「────煩いぞエレボス。何事、だ……」

 

敵意を剥き出しにするベルの視線は、地下から上がってきた女の姿を見て霧散した。

 

「…貴女は…!」

 

「君か…いや、ベル。お前は私の忠告なんぞ気にもせず、まだこの都市に居座る気らしいな。」

 

「……お母さんに貴女を頼まれた。だから、僕は貴女を死なせたくない。」

 

「ふん… 余計な事を……あの子の最後は…苦しんでいたか?そこに居なかった私を恨んでいたか?」

 

「いいや。最後は安らかだった。最後まで…貴女を、僕を愛していた。」

 

「…あの子らしい。」

 

悔いるような、呆れるような彼女の声音は、力が抜け、どこにでもいる妹を思う姉の表情をしていた。

 

「…貴女も十分だと思う。」

 

「何か言ったか?」

 

「…なんでもない。」

 

「……ああ、くそ…全く、決意が鈍る…」

 

「決意…?あの、えっと…おば…じゃなくて…」

 

その言葉に首を傾げ、問いただそうとするも、彼女の名前を母から聞いていないことを思い出し、言葉に詰まっていると、彼女は呆れたように続けた。

 

「…あの子に聞いていないのか?全く…どうにかしろと言った姉の名前を言い忘れるか普通…」

 

「それは、その…お母さんふわふわしてるから…思考とか…」

 

「はぁ…知っているさ。私はアルフィア、叔母さん意外なら、好きに呼んで構わん。」

 

「じゃあ…姉さん…?いや、でも…」

 

「いいさ…実際、歳もそこまで変わるまい。私はまだ24だからな。」

 

「そうなんだ。じゃあ…姉さんって呼ぶ…でも、まさかこんな形で会えるなんて思わなかった。」

 

「あぁ…そうだな、ベル。私としても予想外だ。」

 

少し場が和み、ベルは再度問いかける。

 

「ねぇ、さっきの決心って…何?」

 

「それは……」

 

「いいだろ、言っても。」

 

「エレボス…だが、この子は…」

 

闇派閥の計画の根幹にも関わる内容を、あっけらかんとした様子でベルに伝えて構わないと、エレンこと、エレボスは言った。

 

「いいや?俺達と敵対する事は、絶対にありえない。なぁ、少年。お前もうこの戦いを傍観する気でいるだろ?」

 

「────な、なんで…知ってるの…?」

 

エレボスの言葉に、ベルは驚き目を見開く。

 

「本来のお前はまだ7歳…しかし、目の前にいるお前は14かそこらだ。下界は面白い可能性に満ちている、時間遡行者が居ても不思議じゃない。となれば、過去の改変による皺寄せに気がつく時が必ず来る。それが、今だったんだろう?お前は何もしない事で悲劇を回避しようとしている。賢明な判断だ。」

 

自分の現状から考えまで全部当てられたベルは、嫌そうな顔でエレボスを見た。

 

「おいおい、そんな顔するなって…俺はお前に素晴らしい提案をしてやろうってのに。」

 

「素晴らしい提案…?」

 

「そうだ。お前、俺達と来い。そうすれば、お前の願いは叶うぜ?」

 

そう語るエレボスは、どうも嘘を言ってるようには聞こえなかった。この現状を少しでも変えられるのなら、聞く価値があるのではないかと考えた。元々、ベル自身頭が回る方ではない。ならばこの神の話を聞いてからでも、どうにかできるだろうと結論付けた。

 

「……聞こう。」

 

「よし、話が出来るやつは好きだぜ?」

 

「僕はお前、嫌い。」

 

「ははは、お前の血族ほんとに可愛くないな。」

 

呆れ気味に笑ったエレボスは、ベルに計画を語り出す。

 

「まぁ、俺たちの目的は闇派閥とはまた少し違う。オラリオの崩壊までは共通だが、その先が違う。」

 

「その先…?」

 

「そう…俺達の目的はお前たちの祖先のような英雄を作ること。英雄時代を、もう一度この下界に齎す事だ。」

 

「は…?」

 

非現実的な計画に、ベルは自分でもこんな馬鹿げた計画は立てないと考えたが、そこで例外的な2人の存在が浮かび上がった。

 

「……まさか、姉さんとザルドを使ってオラリオを滅ぼして…ダンジョンを解放するってこと?」

 

「御明答。お前を除いて、オラリオにはこの2人に対抗出来る駒はない。もしお前が初めからその気なら、俺達の計画は3日前に既に頓挫している。それに、お前もこのオラリオに失望しかけている…違うか?」

 

否────そう強く否定することができなかった。

 

未来においては、ベルという存在に押され、英雄候補達が次々に階段を駆け上がっている。だが、過去のオラリオは、ここまで弱かったのかと、失望を隠す余裕がなくなっていた。

 

「……万が一計画が阻止されれば、未来に期待…遂行されれば…英雄時代を祈る…そういう事?」

 

「そうだ。だが、未来においてお前という絶対英雄が誕生しても、絶望の先延ばしくらいにしかならないだろう。」

 

「…僕が所属するロキ・ファミリア幹部は、全員Lv7になる。」

 

「7か…あの糞ガキ共がな…因みにお前は?」

 

「理由あってLv4で止めてる。」

 

「…なるほど、血が濃すぎるのか。」

 

「どういう事だ?」

 

ただ1人、理由を悟ったアルフィアは忌々しそうに語る。

 

「我々アルクメネ家は、代々双子を産む。片方に精霊の血、もう片方に英雄の血を引き継いでな。片方は病弱に、片方は呪いを引き継ぐ。だが、ベルはあの子が産んだ、ただ1人の子だ。器が完璧に育っていなければ、人外の色が濃いその血に呑まれることになる。」

 

「なるほど…つまりその引き継ぐはずのリソースが全部少年に入ってるわけだ。」

 

「…まさか、『原初の怪物(テュポーン)』の性質まで引き継いでいるとは思わなかったがな。才禍の怪物と呼ばれ、『戦士の系譜(アルケイダイ)』を引き継いだ私ですら、ここまで力を引き出せなかった…才能だけではどうにかならない…確実な経験と蓄積だろう」

 

「…わかるんだ、そういうの。」

 

「わかるさ、血が騒ぐからな。」

 

まだこちらに来て誰にも見せていない、竜の因子すらも感じ取られているらしいことに、ベルは驚きながら、この人物が本当に自分の血族なのだと、心底安心もした。

 

「まぁ、とにかくそういう事でこの計画を遂行させるのが俺たちの役目だ。」

 

「…それが僕にとってどう素晴らしいのか分からない。確かに、みんなが強くなるのはいい事だけど…」

 

「まぁ聞けよ。お前がこっちにつくなら、アルフィアを手放そう。」

 

「なに?」

 

「…本当に?」

 

その発言に眉をひそめたアルフィアは、少しエレボスに怒気を飛ばす。それすらも躱して、エレボスは続けた。

 

「少年、お前はアルフィアを生かしたい。だが、アルフィアがいなければ計画を遂行できん。だから代わりにお前が働け。なに…民間人を殺せとかそんな指示はしないさ、アルフィアに殺されかねん。露払い程度で構わん。」

 

「……彼女達を…裏切れと?」

 

「そうだ。だが、お前にとってはメリットの方が大きい筈だ。彼女達を守る意味でもな。」

 

「どういう事?」

 

更に聞き出そうとするベルに、エレボスは話を切りあげる。

 

「これ以上は、お前がこちらに来ると確約しなければ、言えないな。少年、これは契約だ…なにもお前にとって悪いばかりの話じゃないぜ?それにお前も焦っているんだろう?アルフィアの体の事を。」

 

「…っ」

 

「余計な事を…」

 

ベルも、アルフィアから漂う呪われた血の匂いに焦っていた。彼女の体は治療が遅れれば、もう数週間ももたない。なんならこの場で暴れてアルフィアを攫うまで考えていた。

 

「今すぐに治療をすれば生きることは出来るだろう。だが、伸ばせば伸ばすほどに手遅れになる色々な意味でな……さぁ、少年…選べ。」

 

「……この場で、決めろと?」

 

「もちろん。この場で決めるんだ。」

 

震える声で尋ねれば、予想通りの答えが返ってきた。

 

ベルの頭をあらゆる考えが巡る。

 

リューとの約束。未来への願いも、全てがベルに対して押し寄せてきた。

 

だが、ベルはもう諦めることをやめた。

 

このオラリオが、自分を、絶望を乗り越えてくれると信じる。

 

それが、唯一今の自分に出来ることなのだろうと。

 

どうせ自分にはもう何も出来ないと考えていたベルにとって、なにか手があると言うだけでも、縋るべきではあったのだ。

 

「────1時間後に戻ってくる。」

 

「それは、いい返事だと思っていいのかな?」

 

「……姉さんと皺寄せの件…嘘だったらその神核ごと消し飛ばすからな。」

 

「ああ、契約だ。皺寄せも裏技があってな…任せろ。」

 

「姉さん…」

 

「分かっているさ…お前の、あの子の願いを無駄にはしない…もう私は何もしない…だから、行ってこい。」

 

睨みつけるベルに、エレボスは飄々と返す。その態度に気に食わないと鼻を鳴らし、ベルは風のように掻き消えた。

 

 

 

 

草木も寝静まる深夜。コンコンっという控えめなノックに、リューは目を覚ます。

 

「────…ん……誰、でしょうか…?」

 

『僕だ、リュー。起こしてごめんね。少し話がしたい。いいかな?』

 

「…クラネルさん…?ど、どうぞ…」

 

聞き返せば、どうもそれはベルだった。夕方に、あんな事があったから、少しドギマギしてしまうが、それを押し殺して部屋に入れる。

 

「どうしたのですか?貴方がこんな時間に、珍しいですね。」

 

「少し、話したいことがあって。すぐ終わるから。」

 

「話したいこと…?」

 

「そう…もう君達に協力はできない。理由も言わないし、言えない。」

 

突然、協力ができないと突きつけられたリューは、慌てながら自身達の落ち度を疑わなかった。

 

「え…な、何故ですか…?な、何か私達が…!」

 

「いや、そうじゃない。君達にはなんの落ち度もない。」

 

「では、なぜ!」

 

「…僕は、僕が成すべきことを成す。その為には、ここにいるわけには行かない。」

 

「そんな…では…」

 

「…今は…さよならを言いに来た。君には、どうしても直接伝えておきたかったから。」

 

沈黙が重くのしかかり、リューは言葉が出なかった。カラカラに乾いた喉からは、ただ浅く呼吸をする音だけが木霊する。

 

彼の瞳に嘘は微塵もない。もう彼は何をしても動かないだろう。

 

そうして俯くリューに、ベルは優しく微笑み、包むように抱き締めた。

 

身近に感じる彼の体温と、優しく包むような天の香りが、リューの鼓動を早める。

 

「……これからきっと、君たちを絶望が覆うだろう。だけど挫けないで。正義を謳う君達が折れてはいけない。がむしゃらでいい、盲目でもいい。だから、想いを掲げ続けるんだ。それはきっと、本当に綺麗な想いになるから。」

 

そう語って、力がいっそう強くなったそれは、ゆっくりと離れた。名残惜しむように、温もりを忘れぬ様に。それはまるで、贖罪のようでもあった。

 

「────あ…や、ま、待って…待ってください…行かないでくださいっ…!」

 

そうして、リューはベルの手を掴む。普段ならば突き飛ばしている、抱かれた事すらも忘れて。この手を離してしまえば、もうきっと彼は戻れないと、本能が叫んでいた。

 

「……ぁっ…ダメ、です…貴方が何を考えているのか…わからない…でも…っ目を見れば、分かります…あなたが選んだ道は戻って来れない…!だから、私の…私たちの傍で…!」

 

そう声を上げても、ベルは困ったように頭を掻いて苦笑しただけだった。

 

「困ったな…決心が鈍る……でも、もうこれしかないんだ。」

 

柔く頬を撫でたベルはリューの項に手を当てて、彼女の意識を弱い電気を流し刈り取る。

 

「─────クラ、ね、る…さ……」

 

止められなかった。その後悔と共に、意識を明滅させるリューは柔らかな温もりに包まれ、最後の言葉を聞いた。

 

『君たちの…君の正義を知っても尚、僕は言うよ…仲間を救いたいなら…戸惑うな。考えるな、迷うな。運命に抗い、友を救いたいと、その傲慢な迄の願いを抱くなら…強くなれ。』

 

その言葉を最後に、温もりと、彼の気配が消えて、リューの意識も暗闇に落とされた。

 

 

 

 

約束通り、1時間で教会に戻ると、ザルドだけがそこにいた。

 

戦う動機を問うたザルドは、ベルのことが気掛かりだったのだ。

 

「いいのか、ベル。守りたい女がいるんだろう。」

 

「いい。きっとこれが最善…なに、悪役もやってみたかったところだしね。」

 

「…そうかよ…そら、さっさと姿を変えろ。」

 

そう言って、変装用の髪染め剤を手渡す。

 

血のように真っ赤な液体を桶に注いで、手を浸し染液を手に馴染ませて、髪を梳く様に髪に馴染ませる。

 

ベル・クラネルと言う個人を殺し、少年は悪に染まり、可能性と願いに全てを賭けた。

 

この英雄すらも乗り越えてみせる、オラリオはこんなものじゃないと、力を見せてくれると。

 

髪を総髪(オールバック)に固めて、瞳も竜のものに変えれば、誰もベルだとは考えまい。

 

「…似合うじゃないか、これでこの時代のお前には迷惑をかけなくて済むか。」

 

「うん…今から僕は─────いや、私はアルケイデス。下界の行く末を見定める全ての英雄の祖。」

 

赤いその髪は、伝説の通りの英雄の威容を示す。血塗れた戦士は、英雄を待望する。己の隣に立つ英雄を待っている。

 

「私の期待に答えてくれ…オラリオ。」

 

懇願のようなそれは、ただ虚空に消えた。

 

後日、昨晩の事を思い出し、リビングに駆けたリューを待っていたのは、困惑したファミリアのメンバーと、1枚の紙切れだった。

 

 

『強くなり、強くあれ。この英雄すらも砕く程に。』

 

 

置き手紙を残し、ベルの痕跡は全て消えていた。

 




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