疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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第3話:薪

「シッ!!」

 

「やはりLv1にして速い。ですが、奴を相手にするにはまだ遅い。」

 

リューは、容赦なくベルに木刀を振り、アドバイスを送る。何とかリューの木刀を防いだベルは、衝撃で痺れた手を振ってから、愚痴をこぼす。

 

「────化け物め…」

 

「貴方のファミリアには私以上…そして、奴以上の化け物が勢揃いです。」

 

「これより強いのか…ますます人間じゃないな。」

 

新参者(ルーキー)としては、貴方も十分化け物だ。」

 

「……そりゃどうもッ!」

 

「今の不意打ちは良かった。」

 

2週間前から始まったこの鍛錬は、リューによる人との戦い方を叩き込むものだ。

人と怪物(モンスター)とでは、戦い方がだいぶ変わってくる。モンスターには必要ない技術が人間相手には必要になってくる。

 

こと駆け引きや奇襲。搦手を良しとするならば、リュー程適任の教師はいなかった。

 

(よくやる…いや、復讐の炎が、彼をそうさせているのか…)

 

リューは手加減が下手だ。鍛錬となると、手加減を忘れて相手を吹き飛ばしてしまう程に。そんなリューと、早朝から昼、多い時は夕方までダンジョンの広い場所で打ち合う。しかし、ベルはボロボロになりながらもしっかりと喰らい付いてくる。単純に耐久がステータスとして高いのか。それとも、彼の意思力がそうさせているのか…リューには分からなかったが、ベルは日毎に強くなっていた。それだけは実感ができていた。

 

「今日はこれで終わりです。お疲れ様でした、クラネルさん。」

 

「……うん、ありがとう。」

 

嫌いな種族にも、なんだかんだ言ってぶっきらぼうでも挨拶するところは、若干可愛かったりする訳だが、リューにそれを愛でる権利はない。

 

ベルはそう言うと、早々にそのままダンジョン探索に向かう。

 

リューは、フゥと息を吐く。

その時に思い出したのは、数日前にシルにだけはこの特訓の詳細を話した時だ。

 

「ねぇ!どういう事!?リュー!ねぇってば!」

 

「…ごめんなさい、シル。私はもう、決めてしまった。」

 

あの夜、シルは烈火の如く怒った。それもそうだろう。大切な友人がいきなり、なんの相談もなしにベルが自分を殺せるまでに鍛え上げる事を決めていたのだ。

 

「なんで私に相談してくれないの!ベルさんなら、話せばわかってくれるかもしれないじゃない!」

 

まず話してみる。それは確かに有効なことだ。リューはベルと仲がいいわけでもなければ、勝手知ったる仲でもない。だから、まず話してみることは考えた。しかし、リューにはある確信があった。

 

「…いいえ、彼は…彼だけは話してもわからない。わかるはずがない。彼は…私と同じだから(・・・・・・・)

 

「で、でも!話す前から決めるなんて!」

 

「いいえ…これは貴女は知らなくていいことではあります。ですが、私にはわかってしまう。理不尽に家族を奪われた苦しみが。…まぁ、私になどわかって欲しくはないでしょうが。」

 

リューの眼は、既に覚悟を決めていた。生への未練が吹き飛び、深い後悔と悲しみが見て取れた。

 

「でも、でもっ…!リューは頑張ったんだよ…!?」

 

「彼にそんな事は知ったことでは無い。ただ、私が彼の平和を…家族を、彼の未来を奪ってしまった事実だけしかない…私は、彼に裁かれる義務がある。」

 

「そんな…!こんなの、酷いよ…!酷すぎるよ…!!」

 

「…シル、私は貴女には感謝しているのです。私に、償いのタイミングを作ってくれた。…本当に、貴女には感謝しかない。」

 

「嫌だよ!私っ、償いをさせる為にリューといた訳じゃない!」

 

涙を流しながら止める恩人の姿に、リューは心が痛む。だが、この痛みは、あの少年に比べたら────月とすっぽん程の差がある。と、自分を抑える。

 

だから、リューは冷酷に、淡々とシルに事実を告げたのだ。それが、彼女を泣かすことになったとしても、これはリュー自身の手で終わらせなければならない。

 

リューは、涙を流すシルに背を向けて、ベルとの約束の場所に赴く。

 

 

「…ごめんなさい…シル────」

 

 

────これがきっと、最後の我儘だから。

 

 

 

 

 

「…今なんて言ったの?」

 

「今日は一人で12階層まで足を伸ばした。結構余裕だった。」

 

「ほら!やっぱりこの子凄いんだってば!」

 

「ありがと。」

 

「ありがと。じゃないの!」

 

現在、ベルはギルドにて担当のアドバイザーと話していた。ベルの担当のアドバイザーは、ミィシャ・フロット。ピンク色の特徴的な髪型の小柄な人種(ヒューマン)だ。

 

ミィシャには、初めて会った時からこうしたフレンドリーな対応を取られている。見た目でいえばミィシャの方が小さいのに。

 

「ふっふっーん!ベル君に振られたからって妬んでるなぁ?」

 

「なっ!振られてません〜!と言うか!ベル君は単にエルフが嫌いなだけじゃない!」

 

「エイナは、うるさい…」

 

「なぁに、ベル君。」

 

「……なんでも。」

 

ベルは、目の前の少女が苦手なのだ。

エイナ・チュール。敏腕の職員ではあるが、どうにも冒険者の男を勘違いさせるような行動が目立つ。ベルが観察しているだけでも6人は惚れている。本当に、男とは何なのだろうかと、心の中で呆れた。

 

閑話休題

 

そう、ベルがこの少女を苦手な理由は、ただただ煩いのだ。やれ、ここにはまだ行くな、やれ冒険者は冒険するなと、矛盾したことばかりを言っている。全く持って理解に苦しむ。

 

「いい?ベル君。君は危機感が圧倒的に足りないの。それがまったくわかってない!」

 

「はぁ…うるさっ……」

 

ボソッと呟いたことも、すぐに聞き取られゲンコツを落とされる。

痛い。まだLv1とは言え、冒険者に痛みを与えるゲンコツとはなんだ。この女、もしや高位の冒険者なのか?

そんな疑問がベルに浮かんだ。

 

「…痛い………エイナは僕の担当アドバイザーじゃない…!」

 

「何かな?」

 

「…うるさいババア(エルフ)「な・に・か・な?」………僕の担当はミィシャだ…」

 

「ふっふーん!あたしとベル君は仲良しだから!ねー!」

 

「………ねー」

 

「間が凄い」

 

「ベル君いつもこんな感じじゃん。」

 

この3人は、ギルドでは仲良し認定されている。しかし、エイナは無理やりここに入っているだけであって、別にベルに好かれている訳では無い。

しかし、それを抜いてもベルのことが心配なのだ。なんだか弟のような感じがして、つい世話を焼いてしまう。

 

「…ベル君。私たちは君の目的はわからないし、詳しく聞くこともないよ。でも、穏やかじゃないことだけはわかるよ?」

 

「…………」

 

「私達ギルドは冒険者に対価を求める。そのかわりに、サポートやら何やらをこっちでやるの。ここまで言えばわかるでしょ?死んでもらわれると、ギルドにも、ファミリアにも迷惑がかかる(・・・・・・)んだよ?」

 

ベルは、この言葉に弱い。

だが、ベルにもここだけは譲れなかった。

 

「……僕の目的のためにも、僕は冒険しないといけない。命なんて惜しくない。終わればどうせ死ぬ(・・・・・)。」

 

ベルは、逃げるようにその場を後にする。

 

優しさから、逃げるように。

 

「あっ、ベル君!…行っちゃった…エイナ、なんだか必死だね。何かあったの?」

 

ミィシャの質問に、エイナは言葉を濁す。

 

「…ううん。ただ、あんな瞳をした子を、放って置けないだけかな…」

 

悲しそうに笑ったエイナは、ミィシャに背中を見せて仕事に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

ベルは、ホームにて一人で夕食をとっていた。昼間のリューとの訓練を頭の中で思い出し、何度も再生させてイメージトレーニングを繰り返す。どうすればリューに勝てるのか。どう動くべきか。その記憶の反芻が着実にベルを強くしていた。

 

そんなベルの隣に、ある人物が腰を下ろした。

 

「隣、空いてるか?」

 

「……空いてる。」

 

「座っても?」

 

「……好きにして。」

 

ぶっきらぼうにも答えるベルに、やれやれと首を振りながら席についたのは、副団長であるリヴェリアだった。

リヴェリアは、ついこの前から、毎日ベルの隣の席で食事をとっている。それは、新しく入った少年を気にかけた行動であり、唯一ベルと会話ができるエルフとして、ベルの世話を見ることをロキに言われたからだ。

 

「今日は何をしていた?また無茶をしていないだろうな?」

 

「…今日は12階層まで行って、お金と経験値稼ぎしてた。」

 

「入って3週間足らずでもうそこまで行っているのか…12階層のモンスターは覚えたか?地形は?」

 

「ハードアーマード、シルバーバック、インファントドラゴン。平原地帯で霧が立ち込めてる。」

 

「よく勉強しているな。偉いぞ。」

 

「……ん…」

 

困った顔をしながらも、ベルはリヴェリアの手を受け入れ、大人しく撫でられる。

このファミリアのエルフは、リヴェリア以外ベルによりつかない。というよりも、話しかけてもベルが無視する。ベルがこのファミリアで喋るのは、ティオナを筆頭にアイズやベートなどの幹部ばかり。周囲は当然それを面白く思うはずもなく、ベルは半ば省かれている、しかし、ベルは好都合と取り、団員とは距離をおいている。

 

「ベル…友達はできたか?」

 

「…ティオナとは、定期的にダンジョンに行ってる。アイズは許可もなく頭をなでてくるけど、仲は悪くない。シルは…最近よそよそしい。ミィシャは相変わらず。」

 

「そうか、なら良かった。」

 

リヴェリアは、優しく微笑む。ベルには、その微笑みが本当の優しさだとわかっているのに、偽りの仮面に見えて仕方がなかった。そんな自分を嫌悪した。感情の起伏がほぼないベルとて、優しさを忘れたわけではない。でも、割り切れないのだ。

 

その微笑み方が、忌々しくて仕方が無かった。

 

「リヴェリア、やめて。」

 

「……何をだ?」

 

「その、顔。僕に、向ける、優しさなんていらない…」

 

だから、拒絶する。優しさを向けてくれる人物にこんな事を言いたい訳では無い。エルフにだっていい人がいるのはわかっている。だが、村の皆を切り刻み、祖父を殺したエルフのせいで、エルフその物が憎い。

 

それに、どうせ居なくなる自分なんかを気にしても時間の無駄にしかならない。

 

だから、その優しい瞳(祖父と同じ瞳)をやめろ

 

ベルは、顔を伏せた。

 

「…僕は…1人で平気だから…無理、しなくていい…」

 

「別に、無理をしてお前とこうしているわけじゃない。私は単に、お前といたいだけだ。」

 

「…そっか…」

 

また、ベルの頭を撫でる。

 

だいぶ警戒しなくなってくれた。リヴェリアは、心の中でそう感想を漏らす。本当に当初は借りてきた兎のように殆どのエルフの団員を警戒して、いつでも反撃出来るようにしていた。だが、今ではだいぶ表情も柔らかくなって、寝坊する日もある程気が抜けている。

 

「ご馳走様。」

 

「…ご馳走様。」

 

無愛想に言っても、リヴェリアが食べ終わるまで待ってると言うのも、なんだかんだ言って可愛らしくて。

独りは寂しいはずなのに、無理に独りになろうとする飼いたての兎のような。そんな可愛さがあった。

 

「ベル」

 

「…なに?」

 

「────いや、おやすみ。」

 

少し話さないか。そう言おうとしたリヴェリアだが、ただ困らせてしまうだろうと、切り上げた。

ベルは、少し困惑した様子を見せてから、ボソッと返す。

 

「…おやすみ…」

 

ベルは食器を片付けて自室に戻って行った。

リヴェリアは、長い溜息の後に頭を抱える。

 

「……アイズよりも難しいな。」

 

それは、単純に種族的な問題だ。ベルはエルフ嫌いなだけあって、どれ程の美貌を持っていようとも、エルフと言うだけで、武器に手をかける程に警戒する。逆に、他の種族であれば、さして苦労もせずにベルの警戒を解ける。ティオナがその最たる例だ。しかし、リヴェリアはそこまで警戒されていない。ほんの数日で本質を見抜いたベルは、このエルフは平気だと思ったのかはたまた興味が無いのか。リヴェリアにはどちらかは分からなかったが、とにかく進展はしている。

 

リヴェリアは、ただ悩むのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい!ベルベル!」

 

「…ティオナ。どうしたの?」

 

完全装備を整えて、玄関を出ようとしたベルをティオナが呼び止める。

 

「ベルさ、今日暇?」

 

「…いまから、ダンジョン。」

 

「じゃあさじゃあさ!今日は探索お休みにして、私達と怪物祭行こうよ!」

 

「……怪物祭?」

 

ティオナが言ったそれは、数年前から開催された、ガネーシャ・ファミリア主導で行われるモンスターの調教を催し物にした祭りだ。

しかし、ベルは全く知らなかった。そして、興味もなかった。

 

「…僕が行っても邪魔だよ。行かない。」

 

「えぇー!邪魔じゃないよ!行こうよ!」

 

「いい…僕、別にティオナ以外とあんまり仲良くないし…」

 

「じゃあ、今日仲良くなっちゃおう!」

 

「でも────」

 

「良いから良いから!行こう!」

 

そう言うと、ほぼ無理矢理に手を引っ張ってベルを拉致していった。

相変わらずベルは無表情に近い表情のまま、集合場所に引っ張られていった。

 

 

 

 

 

ベルの目の前には、腕を組み不満を顕にするエルフが睨みを効かせていた。

 

「ティオナ…僕、だから行きたくなかったんだけど。」

 

「…あ、あはは~…ごめんごめん!」

 

「はぁ…ごめんなさいね、ベル。無理やり連れてこられたんでしょ?」

 

「…怒ってはいない。」

 

「そう?それならいいんだけど。」

 

ティオネが呆れながら、ティオナにゲンコツを落とし、反省させる。

若干顔を渋らせたベルは、そのままレフィーヤに顔を移す。

 

「心配するなエルフ。すぐにここから居なくなる。」

 

「ですから!私にはレフィーヤという名前がちゃんとあります!!いい加減覚えなさい!まったく…なんでこんな子にリヴェリア様は…!」

 

レフィーヤは、ブチブチと文句を垂れながら、ベルを睨み続ける。そんなレフィーヤを気にもとめず、その場を去ろうとしたベルを止めるために、ティオナはロキに教わった魔法の言葉を口にする。

 

「あー、折角ベルのチケットがあるのに、一つ余っちゃうなぁ!これ、私のお金だから私に迷惑かかっちゃう(・・・・・・・・)なぁ!」

 

「………」

 

ベルは、その言葉に敏感に反応した。

ロキとの恩恵を貰う際に自身で誓い立てたこと。

 

これは、ベルが家族と言う概念を永遠に刻み込む為の言葉。

 

『他人』に迷惑をかけない。

 

ベルの中にある復讐心に火をともし続けるための言葉。

だからベルは、この言葉を無視できなかった。

 

「……分かった。チケットが余ってるなら、行く。」

 

「やった!行こ行こ!」

 

「なっ、どういう事ですか!?」

 

「行こうティオナ。あれがもっとうるさくなる前に早く用を済ませる。」

 

「あれってなんですか!!待ちなさい!私の方が1歳上なんですからね!」

 

「────」

 

「なに、え?って顔してるんですか?」

 

「エルフだからもっとババアだと思ってた。」

 

「あったまに来ました!蒸発させてやります!」

 

「はーい、レフィーヤは落ち着きなさいねぇー」

 

そんなことをしながら、4人はわちゃわちゃと人混みに消えていった。

 

 

 

 

「クラネルさん。少しよろしいですか?」

 

4人が大通りを歩いていると、ベルはリューに声を掛けられた。

 

「…なに?リュー。」

 

「突然すみません。これをシルに届けては貰えませんか?」

 

そう言うと、リューは小銭入れを取り出してベルに差し出す。

 

「…シルの忘れ物?怪物祭に行ってるの?」

 

「はい。シルに会ったら届けて欲しい。チケットだけ持って出ていってしまったので、恐らくは会場で困っているかと。」

 

「わかった。届ける。」

 

「えぇ、頼みました────クラネルさん。肩にゴミがついています。」

 

リューは自身の肩に指を当て、ベルに指摘する。

しかし、ベルは反対の肩をパサパサと叩いた。リューは仕方ないと、ベルの肩に手を置き、少し高いベルの肩に背伸びをして、反対の肩にあるゴミを指で摘んだ。

 

「────こっちです」

 

「…ありがとう。」

 

「はい。では、また。」

 

コクリと頷いたベルを見送り、リューもくるりと回って店の中に入っていく。

ベルは、それを見ることも無く3人と合流すると、何故かティオナとティオネがやけに上機嫌で、レフィーヤの不機嫌度合いが上がっていた。

 

「…なに?」

 

「いやいやぁ〜!ベルにもエルフで仲良い人いたんだなぁーって!」

 

「なによ!結構いい感じの雰囲気じゃない?」

 

「なんであの人は名前で呼んでるんですか!?私は!?」

 

「リューは無害だし…お前は最初の印象が最悪だった。」

 

それを言われるとなんとも言えないが、やはり納得がいかなかった。しかし、一概にエルフだから。と判断している訳では無いことを知れた。

 

この子は、決して外面だけで判断している訳では無いのだ。

 

少し可愛いところもあるではないか。そんな風に思ったレフィーヤだった。

 

「おい、エルフ。早くしろ。2人とも先行ってる。」

 

ほら、ぶっきらぼうにも、気にかけているのだ。

 

「────だから!私はレフィーヤです!」

 

口は悪いが、優しい子ではあるようだ。

レフィーヤは、心の中で『絶対仲良くなってやります!』と意気込んでから、3人の元に走った。

 

 

 

 

シルを探すために、一時的に別れたベルは、闘技場の外で小腹を満たすためにクレープを食べていた時に、薄鈍色がベルの視界の端に映った。

 

「お財布忘れちゃった…どうしよう…!」

 

「おいおい、嬢ちゃん!早くしてくれ!後ろがつっかえてるぞ!」

 

「す、すいません!すぐ────」

 

「おじさん。これで足りる?」

 

ベルが横から入り、自分の財布から金を取り出して屋台のおじさんに渡す。

 

「ベルさん!」

 

「おぉ!坊主の連れか?その年でやるなぁ!」

 

「別に。お金使う機会ないし。」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて。」

 

シルはいつもの様にニッコリと笑ってから、ベルの後ろをトコトコと着いてきた。

 

「これ、リューから届けてって。」

 

「あっ!わざわざありがとうございます!」

 

「いや、別にいい。じゃあ、約束があるから。」

 

「あっ!ベルさん!」

 

去ろうとするベルを呼び止め、シルが手を掴んで上目遣いであるお願いをする。

 

「あの…少し、お話しませんか?時間は取らせません。」

 

「…なら、構わない。」

 

ベルは、シルの必殺技すらも華麗にスルーして無表情のままシルについて行き、ベンチに腰かけた。

 

「ねぇ、ベルさん。貴方のお話はロキ様に聞かせてもらいました。」

 

「…そう。」

 

「もし、その人に出会ったらどうしますか?」

 

「殺す。どんな手を使ってでも、奴は殺す。」

 

ベルは、シルの質問に一切の躊躇も無く答える。それ程までに、ベルは自身の平穏を奪ったエルフを憎んでいた。

 

「…でも、もし…!その人が苦しんでいたら!その人と話しをしようとは、思いませんか?」

 

「思わない。」

 

「どうして、ですか?」

 

「僕がそうされたから。」

 

「────」

 

シルは、絶句した。

最近昼食のほとんどを店で食べてくれている、新しく出来た、可愛いけど無愛想な常連さん。位の認識しかなかったシルは、初めて恐怖した。

 

 

 

 

「苦しんでいるから、何?話したから、何?村の皆が戻ってくるの?今苦しんでる僕の気持ちはどうなるの?おじいちゃんが戻ってくるの?それが出来るなら、幾らでも話し合ってやる。復讐なんて辞めてやる。でも、そんな事はありえない。確かに、復讐なんてただの自己満足だよ。おじいちゃんはきっと望まない。でも、僕の気が済まない。皆と同じ苦しみを与えてやる。それで、僕は────漸くみんなのところに行ける。」

 

 

 

 

 

 

こんなにも、人は人を憎めるのか。

 

 

シルは、人の心を読むのが得意だ。ベルは比較的わかりやすい。パターンさえ掴めば、大抵の事が理解出来る。無表情の中にも、普段は優しさや気遣い等を感じ取れる。しかし、今この少年の瞳にある感情は、ドス黒い復讐心に染まっていた。

 

シルは言葉を失って、漸くリューの言っていたことに気づいた。

 

この少年の世界は、無くなってしまった家族だけなのだ。この少年には今も先も無い。だから、こんなにも復讐に燃えられる────燃えてしまっている。

 

なんて、残酷なのだろうか。なんて、過酷なのだろうか。世界はこの少年に何を見いだし、何を背負わせたのか。

 

シルは、胸の痛みを抑えながら、ベルの手を柔らかく握る。

 

この少年を止めることは、もう無理だ。ならば、せめて2人の幸せくらい願わせて欲しい。

 

 

「ベルさん…でも、知って欲しいんです。貴方を思う人がいる事を。今の貴方は…復讐の炎に、命という薪を焚べ続けていて、燃え続けられます。でも、その炎はいずれなくなってしまう…その時に、貴方の周りにいる人を…どうか、頼ってください。私だって構わないんですよ?」

 

 

シルの、どうか叶って欲しい願い。ベルの復讐が遂げられようと遂げられまいと、彼の周りには、彼を思う人物が必ずいる。それを知って欲しかった。

 

「………じゃあ、頼る。」

 

ベルは、困惑しながらも、シルの瞳を見つめたまま、コクりと頷いた。

シルは、その瞳に嘘が無いことを確かめて、ニッコリと笑った。

 

「じゃあ、行きましょうか!」

 

「……うん…────シルッ!」

 

「え?キャァッ!?」

 

急に、ベルが珍しく叫んだと思えば、シルの視界が急にブレた。

 

「「オォォォォォォォ────ッ!」」

 

「…シルバーバック、オーク…なんでこんな所に。平気?」

 

シルの背後から、モンスターが手を伸ばしていた。

 

横抱きにしたシルを離さないようにギュッと抱きしめる。シルは、意外にも筋肉質なベルの体に包まれて、ほんの少しだけ頬を染めるが、目の前のモンスターを見て、顔を青ざめさせた。

 

「え、えぇ…平気です…じゃなくて!早く逃げないと!あれって確か、結構下のモンスターですよ!」

 

「平気、いつも狩ってる。そこに居て。」

 

「え!?ちょっと、ベルさん!」

 

シルを下ろして、ベルは大剣を引き抜き、地面に振り下ろす。

 

「…ティオナ達のところに遅れたくないんだ。だから、一瞬で終わらせる。」

 

ベルは、大剣を後ろに構えながら駆け出す。

先頭のシルバーバックが、手に付けられている鎖を振りまわし、ベルを襲う。しかし、このモンスターの狩り方は心得ている。

 

壁を蹴ってシルバーバックの頭上に飛び上がり、大剣を下に思い切り蹴り落とす。

大剣はその自重と蹴りの勢いも相まって、シルバーバックの頭をするりと貫通して絶命させる。

次に、未だ上空にいるベルを掴もうと、オークが手を伸ばす。それと同時に、ベルが大剣に向かって手を伸ばした。

 

「────来い!」

 

ベルが声を上げると、大剣が紅黒く輝き、ベルの手に向かって回転しながら吸い込まれるように戻る。

 

「────ウラァッ!!」

 

その向かってきた勢いを利用して、横に高速で回転しながらオークを切り刻む。

 

着地したベルに向かって、切り刻まれ倒れ込むオークに、ベルは無慈悲に剣を突き刺し、灰に帰す。

 

「────997…」

 

シルは、その戦いに見惚れた。

ガネーシャ・ファミリアの催し物で何度か見たことがある、冒険者の戦い。しかし、ベルの戦いはそのどれとも違った。駆け抜け、躱し、流れ、急激な変化。

 

 

それは、ベルも実感していた。

 

確実に強くなっている。

 

リューとの鍛錬は無駄ではなかった。

そして、リューとの訓練に明け暮れていたせいか、自然とリューの戦い方に似てきている。

 

シルは、リューが戦っているところを見たことはない。しかし、シルは感じた。

 

ベルが、一陣の疾風(リオン)になったことを。

 

惚けているシルに、ベルは無感情に告げる。

 

「…残念だけど、今日はもう帰ったほうが良い。送る────必要はないみたい。念のために…気をつけて。」

 

「えッ、ベルさん!?…行っちゃった…」

 

シルは、礼を言う前に去ってしまったベルの背中を見ながら、しばらくその場に立ち尽くしてしまった。

 

ベルは、壁を蹴って屋根に登り、辺りを見回す。すると、それほど離れていない場所から、土煙が上がっているのを見つけて、そこに一直線に走る。そのスピードは、既にLv1を逸脱した物で、Lv2の上位と言われてもおかしくはなかった。

 

ベルは、ただ目の前の敵を叩き潰す為に、疾風の如く走り続ける。

 

 

 

 

 

その日は、別段厄日でもなかった。

ただ、憧れのあの人と出かけられないのが少し寂しかっただけ。そこに、無愛想な後輩が来たのだって、別に嫌では無かったし、彼のことを少しだけ知れた気がした。だから、むしろちょっといい日になった気がしていた。

 

しかし、少女────レフィーヤは血を吐き、涙を流す。

 

「レフィーヤ!!起きて!」

 

「起きなさい!レフィーヤッ!」

 

自身の名を叫ぶ先達の声が、やけに遠く聞こえた。脇腹を貫かれ、妙に寒くなって来た。目の前の新種のモンスターが、その姿を露わにして大口を開く。

 

「────ッア"ァ"ァァァァァァァ!!!」

 

死にたくない。まだ、誰にも追いついていないのに。まだ、みんなの役に立っていないのに。

レフィーヤは、ゆっくりと近づく花のようなモンスターから逃げる様に、地面を這いながら吠える。

その頭には、ただ生への渇望があっただけ。

 

「レフィーヤ!」

 

「レフィーヤ!!」

 

2人の声が聞こえた。

とうとう、自分が死ぬ。死神の足音が聞こえた。

 

目の前には、モンスターの口。

終わった。

 

ギュゥッと、目を瞑った時。確かに聞こえたのだ。あの、無愛想な後輩の声が

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ィーヤ…フィ────────────レフィーヤ(・・・・・)ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声と同時に、激しい衝撃音が響いた。土煙が巻き上がる。

 

 

数秒すると、土煙が晴れ始めて顕になる。

モンスターは、口を真上から黒い大剣に貫かれ地面に縫い付けられている。

 

その人物は、荒くなった息を整えながら、大剣を引き抜き肩に担ぎ、焦った様にレフィーヤに走っていく。

 

「レフィーヤ!これ飲んで!早く!」

 

「────べ、る…?」

 

ベルはレフィーヤを優しく抱き上げ、一つだけ持っていた、上級回復薬をレフィーヤの口に流し込む。

 

余りにも普段とは違う様子に、驚くレフィーヤだったが、半分無理矢理に流された回復薬が効いたのか、痛みが引いていく。

 

表情が楽そうになったレフィーヤに、ベルは優しく微笑む。

 

 

「────よかった…」

 

 

「────」

 

 

ベルはそれだけ言うと、また大剣を手にモンスターに向かっていく。

 

「ティオナ、ティオネ。そいつは僕がやる。」

 

「はぁ!?」

 

「待ちなさい!Lv1のあんたが相手にできるモンスターじゃないのよ!」

 

「やらせたりぃ。」

 

2人がベルを止める。しかし、その静止はある人物の声で意味がなくなった。

 

「ロキ!?何言ってんの!ベルまだLv1だよ!止めないと「ええんや。」

 

ティオナの静止を遮り、ロキは続ける。

 

「ベル、そろそろステータスも頭打ちや。ここでドカンと1発偉業打ち立てなアカンで?」

 

「…コイツを倒せば、奴も殺せる様になる?」

 

「直ぐには無理や。でも、確実に、1歩近づく。」

 

「────上等。」

 

「あと、魔石1個残せるか?」

 

「わかった。」

 

ロキは、ベルの肩に手を乗せて、背中をポンと押す。

 

「ヨシっ!ぶっ飛ばしたり!」

 

「────うん…!」

 

ベルは剣を担ぎ、モンスターに向かって弾けるように駆け出す。

 

「ロキ!ベルを殺すつもり!?確かに、Lv1の中では飛び抜けて強いよ!でも、あのモンスターは絶対Lv2の上位だよ!?」

 

「ティオナ。見ててみぃ。ベルの初めての冒険。それに、ベルは負けん。あのスキルもあるしなぁ。」

 

ロキがボソッと呟いた瞬間に、ベルが動く。

 

駆けるベルに向かって、花形のモンスター────食人花は容赦無く食いついてくる。

 

ベルはそれを大剣で弾き、上手く威力を殺し、また駆け出す。それが、都度3度。三体の食人花が襲いかかってくる。

 

リューの教えを思い出す。

 

『対人を想定するのなら、常に考えながら戦いなさい。相手を見て、対処を考え、実行する。その思考スピードに慣れなさい。貴方は感覚で動く癖がある。それを止めて、考える事を強制しなさい。』

 

横からの薙ぎ払い、上空から2つの刺突。順に見て、考え、実行する。

 

横薙ぎに払われた鞭のような体を、渾身の力で上に弾き飛ばし、2つの口に衝突させて軌道を逸らす。

 

地面に激突したモンスターの一体を縦に両断。

 

「────998…」

 

しかし、それと同時に地面から6本の触手がベルを襲う。

 

ベルは、咄嗟に4本を軽業で躱すが、2本がベルの脇腹と腕に突き刺さる。

 

「────ッ!」

 

しかし、痛みを怒りに変えて、触手を力のみで引きちぎり、暴風の様に駆け出す。

 

その様子を見て、ティオナ達はその異常性を理解すると同時に、ロキの言葉を理解した。

 

「なにあれ…!Lv1の動きじゃないよ!」

 

「ベルのLvって1ですよね…?」

 

「…確かに、洗練されすぎてるわ。でも、それにしても…」

 

「基礎能力がおかしい…やろ?」

 

ロキの言葉に、3人が頷く。

Lv5のティオナ達が、素手とはいえ攻撃してもビクともしなかったあのモンスターを、いとも容易く引きちぎり、切り裂いている。

 

おかしい。何故なのか?

 

それは、ベルのスキルにあった。

 

「このメンツやから言うけどなぁ…ベルのスキルに関係しとる。ティオナなら知っとるやろ?ベルが強くなる理由。」

 

「え…うん。復讐って聞いたよ。」

 

「それが、ベルの運命を決めてもうた。」

 

家族の仇をとる。

 

ただ復讐に燃える少年に、恩恵を刻んだ時。その時既に、そのスキル達は発現していた。

 

「余りにも強い復讐心。余りにも強い怨念が、ベルの背中に刻まれてもうた。」

 

ロキは、後悔した。

 

なんて物を刻んでしまったのか。

この幼い少年に、最後(・・)を押し付けてしまった。

 

だから、ロキはベルの無茶や要求を黙認し、自由にさせている。その中で楽しんでいるならばいい。その程度────いや、それだけしか願えないから。

 

「ベルのスキルは…ベルそのものなんや。」

 

ダメージのチャージ。それによる、力、俊敏、身体能力諸々のブースト。それに加え、ダメージを倍にして返す。それはまさに、ベル(復讐者)を象徴するスキル。

 

リィン、リィン、と鈴の音が響いた。

よく見ると、ベルの体と大剣には、黒い雷が迸っていた。それが、徐々に大剣に集まっていき、小さな鈴の音が、徐々に大鐘(おおがね)の音に変わる。

 

「────起きろ、黒竜(ラース)…報復の時だ。」

 

大鐘の音が、うるさい程に鳴り響き、辺り一帯に反響する。

 

2体の食人花が、ベルに飛びかかる。

ベルは焦らず、大剣を下に構え、モンスターがもうベルに触れる瞬間。

 

 

 

 

剣を、振り上げる。

 

 

 

 

これは、ベルのベル自身の、復讐のためのスキル。

 

名を

 

 

「────無慈悲な復讐(グリム・リベンジ)────」

 

 

瞬間。

 

紅黒い雷が、黒竜を彷彿(ほうふつ)とさせる咆哮を轟かせながら、モンスターごと、天を穿(うが)つ。

 

 

ベル・クラネルのスキル達。

 

その両方が、復讐の為のスキルであり、ベルの唯一無二の強力な力。

 

 

 

 

ベルの最後は、決まっていた。

 

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

力  :SS1200

 

耐久 :SSS1680

 

器用 :B700

 

俊敏 :SSS1698

 

魔力 :I0

 

《魔法》

 

【】

 

《スキル》

 

無慈悲な復讐(グリム・リベンジ)

 

・能動的なダメージ・チャージorマジック・チャージ実行権

・溜め込んだダメージを魔力に転換し、身体能力を向上させる

・ダメージを倍にして任意の方向に跳ね返す

 

復讐者(クリフトー)

 

・パッシブスキル

・早熟する

・復讐心を持ち続ける限り効果持続

・復讐心を無くした時点で効果を失う

・復讐を遂げると死亡する

 

 

ベルは、上を向いて青い空を仰ぐ。

 

 

 

 

「──────1000…嗚呼…まだ、まだ足りない…」

 

 

 

どうしてか、過去の情景が頭をよぎった。祖父が誇らしげに語った、偉人達。こと更に憧れた、大英雄と呼ばれる男の話。

 

けれど、今のベルはもう、昔には戻ることは出来ない。

 

 

「必要…ない…もう僕に、憧憬はいらない。」

 

 

少年は復讐の炎に────過去の夢すら、薪として焚べ続ける。

 

 

 

 




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