疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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第10話:絶対悪(英雄)顕現

アストレア・ファミリアが施設を脱出する数分前。

 

ロキ・ファミリア幹部、リヴェリアとガレスは、導かれるようにその場所に足を運んでいた。

 

「これは…」

 

「…酷い有様じゃな。」

 

死屍累々

 

その言葉しか浮かばない現場には、鏖殺の痕跡だけが残っていて、まったく荒れていないその場の状況から、戦闘が極わずかの時間で行われたことがわかった。

 

(辛うじて、生きている…のか…なぜ、闇派閥の者まで…?)

 

地面に倒れる冒険者達をよくみれば、手足があらぬ方向に曲がっている者もいるが、倒れている者全て、息はあった。そして、無差別に攻撃されたのか、倒れているものの中には、闇派閥の信者と思われるものまで倒れていた。

 

「リヴェリア…」

 

「あぁ……いるな。」

 

揺らめく焔の先、屍と化す冒険者達を見下ろし、悠然と立っている影。

 

ローブを纏う影、身長と体格からして恐らく青年。いや、ギリギリ少年と言ったところだろう人物は、ただその場に立っていた。

 

その人物に、リヴェリアは声をかけた。

 

「……何を、している。」

 

「強き者を待っている。私は、この都市が約定を果たせるのか…それを見極めねばならない。コレ(・・)は、蛮勇の成れ果てだ。」

 

地面に転がる人々を見ながら、青年は淡々と語った。

 

「わからんな…お前はこちら側の人間だ、行いが物語っている。」

 

「ただ、君たちと方針が合わなかったに過ぎない。」

 

「…冒険者を生かしている理由は、それか?」

 

「勇敢か、蛮勇か…はたまた実力差すらも分からないほどの愚図かは分からないが、私に剣を向けたことへの賞賛。その報酬故の生だ。」

 

ビリッと肌を焼くような威圧。何もしていないはずの少年から感じるソレは、階層主に匹敵するだろう。

 

自然と握りしめる杖が軋み、緊張の汗が吹き出す。

 

「ふーむ…闇派閥の信者達を生かす道理は無いはずじゃが?」

 

「気分。餌に群がる蟻を眺めているだけだ…いうなら、酔狂だ。」

 

その言葉は、いつでも殺せる物に対する興味を失ったそれ。あまりにも機械的で、人から逸脱した言葉に、ガレスは拳に力を込めた。

 

「なるほど…理解したわい。お前は、敵じゃ。」

 

1歩前に出たガレスは、拳を鳴らし斧を豪快に担いだ。

 

「そうだ戦士よ、来るんだ。その剛力をもってして私を打ち砕いて見せろ。」

 

武器すら持たない少年は、いっそ慈愛の篭もる声音で、ゆったりと受け入れるように、ガレスをフード越しに射抜いた。

 

「指名とあらば受けん訳には行かんなぁッ!」

 

「おいガレス!相手は得体の知れない者だぞ!?無策で相対するのは…!」

 

「止めてくれるなリヴェリア……儂がこのオラリオに来た理由を忘れたか?それに、この道から逃げて来た住民を先導したのも、恐らくこやつじゃ。紛れもなく高潔な戦士…それだけで十分じゃ。」

 

「…それは…!」

 

そう、リヴェリアとガレスは指示があってこの場に来たのではない。

 

市民の避難誘導の際、市民が口々に「少年が戦っているから援護に行ってあげてくれ。」「彼が拳を振るっただけで瓦礫と炎を吹き飛ばしてくれた。」「赤髪の少年がここまで逃がしてくれた。」と証言した。

 

覚えのなかった2人は独断でここまで様子を見に来たのだ。

 

「もう御託はいいじゃろう!さぁ、やろうか坊主…儂はガレス。ガレス・ランドロック!誇り高きドワーフの戦士!!」

 

名乗りをあげるガレスを前に、少年がローブに手をかけた。

 

「ふむ名乗られたのならば…偽りと言えど、名乗ろう。それこそ無作法という物だ。」

 

ローブを脱ぎ捨てれば、少年の姿が顕になった。

 

燃えるような赤髪、美しいほどに無駄のない上体を晒し、獅子革のコートを羽織っていた。

 

何よりも特徴的なのは、その瞳。

 

赤い瞳に包まれた黄金の瞳孔は縦に伸び、竜を思わせる鋭さを持っていた。

 

「アルクメネ。今は、そう名乗っている。」

 

「アルクメネ…まさか、アストレア派閥にいた少年か…っ!」

 

「ほぅ…活きのいい小童か…この一週間で、オラリオ最速を欲しいままにした、都市外の埒外(イレギュラー)!」

 

「さぁ、来い。」

 

その言葉を言い切る寸前、ガレスが突貫。斧を振り下ろす。その剛力は、現オラリオでも随一の力。

 

「ふむ、良い。英傑に至らんとする武人…しかし、いささか弱い。」

 

「────」

 

生まれる沈黙、そして驚愕。

 

オラリオ最高峰の力が、オラリオきっての武人の一撃が、ピンっと立てられた少年の指先に、受け止められていた。

 

(なんという力ッ!?これ以上、斧がミリも進まん!?)

 

「ガレスッ!?何をしている!本気を出せ!!」

 

「生意気なエルフめ…好き勝手言ってくれるわい…!」

 

「そら、お返しだ。」

 

トンッ、と軽く押しのけるように斧を押し、刃を握り直すと、そのまま斧を握りつぶした。

 

「なッ…!?」

 

「さぁ、男同士だ。拳でやろう。」

 

拳を構えたアルクメネに、ガレスはニィッと、無理やりに笑った。

 

「オォォォォォォォォッッ!!!」

 

「さぁ、どうした。本気で来るんだ。」

 

組み合ったガレスとアルクメネはそのまま力比べに入る。

 

「ぬ、オォッ…!!?ふんッ、ガアァァァ!!!!」

 

「そらどうした。私はまだまだ力をだしきっていないぞ────…そうか、これが今の限界か。」

 

(動かん…!!ステータスをフルに使ってこれか!?)

 

組み合ったまま、青筋を浮かべ力むガレスに比べ、アルクメネは涼しい顔のまま。

 

ただ淡々と力の差を見せつけられた。当たり前のように、それが当然であるかのように、少年は勝ち誇る事もなく、ガレスの積み上げてきた自信を砕いた。

 

「そろそろ、次に行こう。」

 

均衡を保っていた状況が、紙を握り潰すように、いとも容易く崩れた。

 

「よっと。」

 

「────っ!?」

 

軽く零された言葉の後、ガレスの視界は一瞬で切り替わり、瓦礫に埋もれた。

 

殴られたと認識することも無く、ガレスは沈んだのだ。

 

「………ガレス?」

 

「さぁ、リヴェ………魔道士、魔法を撃ってこい。」

 

チョイチョイっと、指先で煽るように魔法を催促する。

 

吹き飛ばされたガレスの安否を確認する間もなく、リヴェリアは戦闘に入らざるを得なかった。

 

「────っ貴様…後悔するなよ…!」

 

余裕か、はたまた侮っているのか。しかし、その言葉は確かにリヴェリアの琴線に触れた。

 

「【終末の前触れよ────】」

 

「……」

 

(…本当に、魔法を撃たせるつもりか…!?)

 

ただリヴェリアの詠唱を待つ少年は腕を組み、目を瞑りながら詠唱に耳を傾けていた。

 

「【吹雪け、三度の厳冬――我が名はアールヴ】!!」

 

遂に完結した詠唱。しかし、少年の様子は変わらず腕を組み、目を瞑るだけだった。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

魔法陣から襲いかかる氷の濁流を眺め、少年はただ拳を構えた。

 

リヴェリアには、その動きがスローモーションの様に見えていた。

 

ゆったりとした姿勢から構え、拳を溜めてただ正面に突き出す。

 

それだけで、リヴェリアまでも吹き飛ばす程の衝撃が氷を砕いた。

 

「───────」

 

「…底は、見えたな。」

 

驚愕のまま少年を見ていたリヴェリアだった。過去、リヴェリアの魔法を耐える者はいた。魔法によって掻き消す者もいた。

 

しかし、単純な力のみで自身の魔法を吹き飛ばした者など、いた事がない。

 

アストレア・ファミリア団員曰く、Lv4にして滅茶苦茶なスピードとパワー。極秘情報だったが、重い病を抱えていてこれだ。

 

その片鱗を垣間見た。

 

そう呆然としていると、遠くの方角から、爆発の比にならぬ轟音が響いた。

 

「なんだ…?」

 

「…向こうはもう終わったのか。こちらも時間はかけていられないか。」

 

「なにを…」

 

「…時間もそうない…僕は、フィンのところに行かなきゃだから。」

 

彼の言葉を聞いたリヴェリアの全身に、脂汗が浮き出た。嫌な予感、いや、既にそれは確定事項となる。

 

ぶれたアルクメネの姿にピクリと体が反応した瞬間に、リヴェリアは意識を飛ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「───リヴェリア達がやられた…?」

 

「赤髪の青年にやられたと報告が…!!」

 

その報告を受けたフィンは、広場で逃げてきた市民を受け入れながら、思考する。

 

(赤髪の青年…まさか、件のアルクメネか…?)

 

聞いていた情報と特徴は一致しないが、最近突如として現れた正体不明の少年、アルクメネ。彼で間違いないだろうと推測する中で、二人の安否を確保することと、混沌としたこの戦況をひっくり返す策を考えなければならない。勇者の腕の見せ所なのだが、骨が折れることに変わりはない。

 

苦笑したフィンはそれでも、これこそが勇者たろうとする自分の試練だと、気を引き締めた。

 

「二人を直ちに回収────」

 

「その必要は無い。」

 

そんなおり、突如真上から響く声に、誰もが上を見上げた。

 

そこには、絶望があった(・・)

 

悠然と、立つように浮遊する少年は不遜なまでにすべてを見下ろし、深紅の髪を風に揺らしていた。両脇に抱える影が、リヴェリアとガレスと気が付いたのは、フィンだけだろう。

 

「土産だ。」

 

「リヴェリア…ガレス!?」

 

二人を上空から投げ、必死に救うさまを眺めている。その眼には興味も何も無く、ただ目の前の風景を眺めているだけで、自分たちとは次元の違う生物の視点を感じた。

 

それこそ、神の視点に近い。

 

「…なるほど、二人がやられたと聞いていたが…君がそうか、アルクメネ。」

 

「流石…わかってしまうか。一度も会っていないのに。」

 

そんな会話がされる中でも、フィンはわからなかった。彼の真意が。

 

彼に殺気はなく、殺すつもりがないこともわかる。チラホラと聞こえる民衆の声から、逃げてきた民主を助けたのがこの少年だということも理解できた。

 

故に、理解できなかった。彼に、フィン達(オラリオ)と敵対する理由を探すことができなかった。

 

「さて…目的を果たすとしよう。」

 

地上に降り立った瞬間、アルクメネから放たれた威圧は広場を容易に飲み込み、未熟な冒険者はその恐怖にあてられ、意識を飛ばした。

 

(なんて威圧…!本能が理解してしまった────勝てない…!)

 

ビリビリと肌を焼く様な、けれど殺意など暗い感情を見せない、純粋な闘争意欲は、本来人が感じることの無い威圧を感じさせ、敗北を確信させた。

 

存在の格が違う。

 

虫と恐竜。アリと人間。

 

それほどの力の差を、フィンは聡いが故に見破ってしまった。撤退の二文字が過ったフィンを知ってか、アルクメネはフィンの逃げ道を吹き飛ばした。

 

「【勇者(ブレイバー)】…他ならない君に、勇気を問おう。」

 

「……っ…!」

 

「フィン・ディムナ。君に決闘を申し込む。」

 

絶望が問うは、絶望に立ち向かう『勇気』。

 

「この場で、もし私にかすり傷1つでもつけられたのなら…君の偉業を認め、直ちに闇派閥の半分を壊滅させよう。」

 

「……聞いていた性格と随分違う。舐めた条件…侮り、傲慢とも取れる。」

 

「当然のこと。君と、私の間にはそれだけの差がある。この2人では私にかすり傷ひとつつけることは叶わなかった…だから君には、期待してるんだ。」

 

このアルクメネには傲慢など無い。侮りなどない。

 

事実として、それだけの自力の差が存在する。戦う前であり、しっかりとアルクメネの実力を確かめたわけでもないが、歴戦のフィンの経験が、そしてフィンを今まで助けていた、(親指)が目の前の男の実力を告げていた。

 

しかし、この場で逃げればファミリアも救えず、今までの名声すらも捨ててしまう。

 

故に

 

「────受けよう。」

 

フィンは、利を取る。

 

ニィッ、と笑った少年の顔は分かりきっていたような、何度も見た事があるような感情が宿っていた。

 

まるで、フィンならば必ず応じる。という自信があるようだった。

 

「嬉しいよ…さぁ、始めようか。」

 

「……総員衝撃に備え、市民を守れ。」

 

「団長!?何言ってるんすか!?」

 

背後で自分を止めるラウルに視線を送り、またアルクメネに集中させる。

 

「本気で来るんだ。魔法、騙し討ち、魔剣…なんだろうが、全てを使って僕に傷をつけてみろ、勇者。」

 

「言われずとも……【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】

 

【ヘル・フィネガス】!!」

 

フィンの扱う最強の魔法。フィンの最強の武器である理性、知性を代償に、ステータスの高補正。狂気と本能のみが同居するフィンの頭は一気に沸騰。

 

「────ッッ!!!!」

 

激上した感情とステータスを振り回し、フィンはアルクメネへと突貫。二槍を本能の赴くままに振りかざし、ステータスの暴力で責め立てる。並の冒険者、これがヴァレッタであったのなら、勝負は数分後にフィンの勝利で終わっていた。

 

しかし、僅かに残った理性がこの戦いの結末を予知していた。

 

「その程度か、君の最大の武器を代償にして、私に勝てるとでも思っているのか。」

 

攻撃のさなか、かする事すら叶わぬ事が本能でわかった。

 

呼吸をする余裕もないほどに降り注ぐ槍の雨を悠々と躱し、尚も失望を口にした。

 

「……あの二人も弱かった。君も、その程度か。小人族(パルゥム)の希望と呼ばれる君が…弱い、弱すぎる。君が……君たちがこの程度か。」

 

「───────」

 

今までの期待を含むようなその声音は、失望に変わった。彼の真意を理解することはできないが、今までの言葉に、期待があったのは間違いなかった。

 

彼は、自分たち(ロキ・ファミリア)に、期待をしていた。

 

野性的な勘でアルクメネの攻撃を避けていたフィンも、次の瞬間には敗北を悟った。

 

なんの詠唱もなく吹き上がる、リヴェリアを優に超える圧倒的な魔力。フィンは、過去の英傑(ゼウス・ヘラ)を思い起こした。

 

「────ならば、夢を抱いたまま寝ていろ。その程度の君が、誰かの希望になどなれるものか。」

 

耳元でアルクメネの言葉が聞こえた次の瞬間には、フィンは数百メートル離れた場所の家屋に叩きつけられていた。

 

「弱者に、理想を語る権利などありはしない。」

 

叩きつけられてから遅れてくる痛みは、容易にフィンの意識を刈り取った。

 

そのさまを見届けて、アルクメネはフィンを担ぎ、ロキ・ファミリアの元に下ろした。

 

自身達の絶対。負けることがないと、そう思っていた、フィンが敗北した。それも、あんなにも容易に。

 

その衝撃と絶望が、団員の戦意を根こそぎ削り、そして更なる絶望に叩き落とす。

 

「聞け、冒険者共。その弱さは罪だ、その脆弱さは悪だ。私は、期待し過ぎた。人に期待し、時を経た。だが、変わらず人は弱いまま……もはや、我慢の限界だ。」

 

人類に対する宣戦布告。しかしその宣戦布告が、絶望を加速させる。

 

「もしこの言葉に、腹を立て…或いは奮起する者がいるのなら…立ち上がり、我が前に立つといい。」

 

どうか、彼らがこの言葉を聞いて、立ち上がる事を願う。

 

「────我が名は、アルケイデス。抗え、人よ。」

 

ザワつく広場には、疑念や驚愕が浮かび上がるが、誰もがこの言葉を疑う事をやめた。

 

目の前で見せつけられた強さ、伝承通りの容姿。

 

誰もが、本物であることを疑わなかった。

 

それだけ言ったアルケイデスは、冒険者を一瞥して、背を向けた。

 

その中に、見知った顔を見た気がしたが、『ベル』は見ない振りをして、その場から離れた。

 

「派手にやったな、アルクメネ────いや…アルケイデス。」

 

「………」

 

「おや、ククっ…見事素敵最高(コングラッチュレーションズ)アストレア…君自身の献身と眷属に感謝しろ。」

 

町中を散歩するように歩いていたエレボスと合流したベルは、視線の先にいたアストレア達を何となく眺めた。

 

そこには、リュー、アリーゼ、アストレアが居た。

 

自然と彼女に視線を寄越す。

 

すると、彼女からは見えていないはずなのに、目が合った。

 

「クラネル…さん…?」

 

「──────」

 

リューがつぶやいた。

 

姿も変えた、髪色も正反対の真っ赤。目の色も変わっている。

 

雰囲気だって数週間一緒にいたくらいではわかるはずがない。

 

それなのに、彼女ははっきりと、その名前を口にした。

 

縋るような眼をしていた彼女は、思っていたほどに絶望していない。きっと、何かを防げたのだろう。

 

それだけで今は十分だ。

 

何も言わず、ベルはエレボスの後を追った。

 

「さぁ…始まるぞ…覚悟はいいな、ベル。」

 

「愚問。」

 

「それでこそ。」

 

背後から追ってくるアストレアたちの足音をかき消すように、光の柱が打ちあがった。

 

一つ、二つ、三つ。徐々に増える光の柱。絶望に染まる声が、都市から徐々に溢れ出した。

 

スキルを常に発動しているベルの良すぎる耳は、都市中の断末魔を、醜い嗤い声を拾う。発狂しそうな感情を殺すつもりだったが、ベルはやめた。

 

己の感情に蓋をして、この罪から逃れるのは、卑怯だと思った。自分から手を掛けたわけではないが、間接的に罪のない人を殺している。

 

故に、彼は冷酷に、冷淡に、その事実を受け入れることにした。

 

彼女たちが、人々を救うことが正義だというのなら、血と罪をもって、英雄を証明しなければならない。

 

悪に徹する事こそが、このオラリオを引き上げるキッカケになると信じて。

 

「……壮観だな。」

 

「景色だけは、な。」

 

失望と諦観を孕んだ二人の言葉を聞きながら、アルケイデスはただその景色を眺めていた。

 

再起する、冒険者達への期待をひた隠しながら、アルケイデス(ベル)は、その景色から目も、耳も背けることはなかった。

 

「────聞け、オラリオ。」

 

そして、悪が執行される。

 

「聞け、創設神(ウラヌス)。時代が名乗りし暗黒の元、下界の希望の芽を摘みに来た。」

 

誰もが聞いた、誰もが見上げた。天上にいる神を見上げるが如く、誰もが悪を見上げた。

 

「『約定』は待たず、『誓い』は果たされず。この大地が結びし契約は、我が一存で握りつぶす。」

 

もう、十分に待っただろう。

 

「すべては神さえ見通せぬ最高の『未知』…純然たる混沌へ導くため。」

 

不遜、傲慢、身勝手。期待と失望の同居の末に出した結論。

 

「諸君らの憎悪と怨嗟、大いに結構。それこそ邪悪にとっての至福。多いに怒り、大いに泣き、大いに我が惨禍を受け入れろ。」

 

その、悪の根源は語る。

 

「我が名はエレボス。原初の幽冥にして、地下世界の神なり。」

 

誰もが、その名を聞いた。誰もがその名を覚えた。名も知らぬ神から、最も邪悪な神に名乗りを上げたエレボスは、すべてを見下した。

 

「冒険者は蹂躙された、より強大な(英雄)によって!神々は多くが還った!」

 

冒険者が、市民が、神が。膝をつく。

 

「貴様らが巨正をもって混沌を退けるのなら……我らもまた、血と殺戮をもって巨悪を証明しよう!」

 

誰か、誰かこの絶望を覆す英雄はいないのか。

 

もし、白き英雄がすべてを救うと決めていたなら。

 

「英雄は堕ちた!!貴様らに希望はない。原初の英雄は、人類(貴様ら)を見限った。」

 

もし、あの時に彼が未来を顧みず、混沌を退ける決断をしたのなら。

 

もし、そこに英雄(ベル・クラネル)がいたのなら。

 

 

 

「英雄は!もう、いない。」

 

 

 

きっと、そんな希望は食い尽くされた。

 

「告げてやろう、今の貴様らに相応しき言葉を。」

 

だって彼は、救うのではなく、「押し上げる」ことを決めてしまったのだ。

 

「───脆き者よ…汝の名は、『正義』なり。」

 

絶望に屈した者たちに願う。

 

 

 

 

 

「我らこそが、『絶対悪』!!」

 

 

 

 

 

どうか、再起を。

 

 

 

どうか、奮闘を。

 

 

 

どうか、私を殺して見せてくれ。

 

 

 

英雄は、ただそれだけを願っている。

 

 

フィン、リヴェリア、ガレス…どうか、僕を超えてくれ。

 

 

正義の使徒よ、折れてくれるな。

 

 

地獄はまだ、始まったばかりなのだから。

 

 

 




10月から12月までの三か月間。アストレアレコードが3巻連続で書籍化されて発売します。
冬には本編も発売。直近ではアニメも始まります。みんなで見ましょう。

感想、高評価、良ければよろしくお願いします。モチベーションにつながります。
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