疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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すまん。遅くなった。


第12話:静寂の女王(オウ)

アルケイデスの襲撃の後日、リューは、ただ一人アーディの病室にいた。

 

「……アーディ…」

 

彼女の焼け爛れ包帯に包まれた左手を柔く握り、包帯で包み隠せていない顔の火傷跡から目を背けるように目を閉じた。

 

彼女は自身の甘さゆえにこの状況を生み出してしまった。人間爆弾など予想もできないことではあったし、優しい彼女は子供が兵器として使われることをよしとする人ではない、それは彼女の美徳だ。

 

ただ、それは戦場でなければ。という前提のもとに成り立つものでしかない。

 

アルケイデス─────あの時のベルが残した言葉は忠告であり、予言でもあった。

 

「醜い、正義…」

 

エレボスの言葉を、アルケイデスの言葉をまた頭の中で反芻する。

 

己の信じた正義は、醜悪なものであるかもしれない。民衆を命がけで守り、戦い、疲弊した結果が、あの不満の爆発だ。

 

アルケイデスがいなければ、もっと酷い状況になっていたかもしれない。

 

彼の思惑はわからないが、結果的に民衆の不満を一時的にでも鎮圧させた。

 

アーディは、彼の言葉を『強者の理論』と口にしていたが、今もあの場でも、彼の言葉を否定できる材料は誰もが持ち合わせていなかった。

 

「強さ…何なのでしょうか…私は…何のために力を使うべきなのでしょう」

 

リューでさえ、あの民衆の言葉を聞いて、誰のために戦うことが正しいのかわからなくなっていた。

 

あの日、あの場にアーディがいれば。もっと違う今日があったのだろうか。

 

(私達に…なんと声をかけただろう。)

 

ありもしないもしもを想像しても、痼は消えなかった。

 

けれど、リューの脳裏には彼の去り際に見せた少年(ベル)としての顔が、どうしても離れなかった。

 

「……リ、ォン…?」

 

そんな折に、彼女が目を覚ました。

 

「アーディ!?目が覚めたのですね!今、医者を────」

 

「……………あの、女の子、は…?」

 

しかしその虚ろな瞳は、リューを写していた訳ではなかった。

 

救えなかった少女の影を追っていた。

 

「……そ、れは…」

 

言い淀むリューの顔色から、全てを悟ったのだろう。

 

「…いい、もう…救え、なかったんだね…」

 

ギュウッと、シーツを握る音が静かな空間に響き、やけに耳に残った。

 

数秒してから、ぽとっ、ぽとっ、と白いシーツを濡らし、彼女は静かに泣いていた。

 

「……救え、ながった…っ、小さな、女の子一人すらっ…!」

 

「違います!殺したのは─────」

 

「違うっ!私だ…っ、早く気絶でもさせてれば……()の言う通りだ…私の正義は、ただの甘さだった…!誰も救えない、誰も守れない私の想いなんて…っ、ただの自己満足だったっ!!」

 

動かすだけで激痛を齎すだろうことも気にせず、アーディは左腕を握り締めた。

 

「バカみたいだよ…っ!あんな小さい子も救えなくて…っ…何が…何が英雄の船になるだぁ…っ!」

 

そこで、リューは悟った。あれほどに眩しく、輝いていた彼女は、折れた(沈没した)のだと。

 

「…違う、あなたは船だ。」

 

けれど、リューは迷わずに言えた。

 

「貴方が生きてくれているから…私は折れなかった。今、あなたが目覚めてくれたから、私は……まだ、戦える。」

 

「…………」

 

「…今は…休んでください…また時間を見つけて見舞いに来ます。」

 

総言葉を残して、リューは病室を去った。

 

『……強いね…リオンは……私は…もう……』

 

扉越しに聞こえた言葉は、ずっと心の深くにまで刻まれた。

 

 

正義の答えは、まだわからない

 

 

 

 

 

 

 

「失格」

 

荒廃した街並みをバックに、悪が正義に問答する。あくまで暴力の免罪符に名前をつけたに過ぎない正義を掲げる輝夜を、エレボスは失格を叩きつける。

 

「なっ!」

 

「何を達観した振りをしている、それは自分を偽るための鎧か?いや、未練か。どうしても振り払いきれない理想の風化…悲しいな、お前をそうしてしまった環境が。」

 

「────っ」

 

「そして、何も話さないお前…少しでも会話を引き伸ばし俺から情報を得ようとしているな?お前の『正義』は毒…と見せかけた『知恵』。あるいは、劣等感を隠す為の隠れ蓑か?」

 

「これだから神は嫌いなんだ…!何でもかんでも見抜きやがって…!」

 

図星。2人の掲げていた正義の奥底────もっと根底を覗かれた輝夜とライラは、心の底から身震いした。

 

「……こうなると…お前達の団長…あとは、リオンの正義が気にかかるな?」

 

2人に手を伸ばそうとしている事を理解したライラと輝夜は、武器を握った。その数瞬後に、怒気など生易しい程の殺意が降り注いだ。

 

「契約違反だと言ったはずだぞ、エレボス。1回目だ。」

 

その声が響いた瞬間、雷鳴と共に遠くの位置で爆音が都市を揺らした。

 

『────っ!?』

 

降り注いだ声は、威厳と共に怒りを孕んだ、少年のものだった。

 

「アルケイデス…!?」

 

「マジかよ…ッ!あたし達だけで遭遇するなんて…!」

 

突然の遭遇(エンカウント)に、2人は狼狽えながら武器を構える。しかし、絶対強者は二人を一瞥することもなく、ただエレボスを睨みつけた。

 

「…おいおい、お前なぁ…これくらいただの戯れだ。今、消した……いや、拠点吹き飛ばしたな?」

 

「契約だ。お前が違えば計画諸共貴様ら闇派閥を消し飛ばすと言ったな?カオナシ、お前もだ。彼女たちに手を出すのならば消す。」

 

「これは怖い…数多いる英雄の中から、あなたを敵に回す程の愚を犯す訳には行きませんからねぇ。」

 

「……はいはい。ほんと、お気に入りだなお前は。」

 

「貴様はただふんぞり返っていればいい。遊びも、戯れも、許した覚えは無い。」

 

「くくっ…だが、俺が問わねば誰が問う?」

 

「この下界を守り、進まねばならないのは人だ。故に、私が問わねばならない。後にも先にも進めぬ貴様ら神如きが、絶対を語るな。」

 

頑として譲らぬアルケイデスの瞳は、何よりも固い意思を見せていた。冷たい瞳からは想像も出来ぬほどに熱い希望を宿すその眼差しは、エレボスをもってしても揺るがない。

 

エレボスは、清々しく笑った

 

「くっ、ハハハハハッ!!そうだな、お前のようなヤツがいる…ならば俺たちが手を出すのも野暮、というものか。既に俺はお前から答え(・・)を得ている。計画を進めるのが俺の仕事、束の間のお遊びもおしまいか。」

 

行くぞ、ヴィトー。と踵を返したエレボスを追いかけようとした輝夜達は、だよなぁと愚痴った。

 

「行かせないよ。」

 

「どけ、アルケイデス。先の会話からも読めた。お前は、望んでこの状況になっている訳では無いのだろう。やつを捕えれば、闇派閥の中枢が崩れる。契約とやらも反故となるはずだ」

 

「そうなりゃ、お前がそっちにいる必要もねぇ…そうだろ?」

 

2人の言葉に、アルケイデスは表情も変えることなくただ2人の言葉を聞いていた。

 

「……ベル、頼む。どいてくれ。」

 

「リオンにも話をつけてやる、謝りゃ許してくれる…だから、そこをどけ。」

 

2人は、今まで過ごしてきた、ベルとして声をかけた。ここでベルを落とせれば、後は消化試合。契約の内容をこちらで解決してしまえば、ベルの戦力があればものの数分で片がつく。

 

そう、思っていた。

 

 

 

「────────ダメだね」

 

 

 

見えた未来は、死

 

『………ッ!?』

 

とてつもない威圧感(プレッシャー)が2人を襲い、思わず膝を着いた。

 

「それじゃ、解決しない。根本から……君たちはわかっていない!」

 

「…っ!お前は、何がしたいんだ!」

 

「……まだ、その時じゃない。それに、増援も来たようだしね。」

 

上を向くでもなく、アルケイデスは1歩下がると同時に、その場を銀の線が横切った。

 

「……っ!?」

 

「殺気を殺せない奇襲は、ただ相対している攻防と変わらない。」

 

「アイズ!」

 

アルケイデスの視線を受けて、止まっていた金髪の幼女は、親のような人の声で正気を取り戻し、一気に距離をとった。

 

「……いい判断だ。もし、次攻撃に動いていたのなら…腕を吹き飛ばしていた。」

 

金髪の幼女【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインは、初めて人間に心の底から恐怖した。

 

こんなにも強く、抗いがたい。もはや、自然と相対しているような感覚。

 

それはアイズの【血】によるものなのかはわからないが、アイズはすぐさま自分の心の枷を弾き飛ばした。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

瞬間、荒れ狂う暴風が少女を中心に巻き起こり、風が鎧のように纏った。

 

それにすら、目の前のアルケイデスはただ目を細めるだけだった。

 

 

「ああああああああぁぁぁ!!!!」

 

 

恐怖と怒りを叫びで誤魔化して、爆発的な突進と共に、アイズは剣を振るった。

 

この風に耐えられた者はいままでで限られている。だから、これで倒せる。

 

そのような慢心が、彼女を驚愕に突き落とした。

 

「────この程度か?風の娘。」

 

アイズの魔法は触れるだけで物を破壊しかねない、破壊の風だ。

 

けれどその風を、表情も変えず剣を掴みながらのうのうと喋りかけてくる。

 

「ふむ……その黒い炎、なぜ使わない?宝の持ち腐れ…いや、止められているのか。」

 

「────なんで、知ってるの…!?」

 

「その目……私はよく知っている。相手はヒトか?それとも怪物……後者か。」

 

つらつらとアイズの根源に触れるアルケイデスに、アイズにヒヤリと汗が流れる。

 

少女と共に援軍に来たリヴェリアは、あの日の傷跡と相対した。

 

「貴様!余計な真似を…!」

 

「静かにしてくれよ、魔道士。この距離からでもお前を殺せる事はよくわかっているだろう?今は、この娘と話しているんだ。」

 

「…っ……!」

 

ギリッ、と音が鳴るほどに奥歯を噛んだリヴェリアは、それでも動けずにいた。

 

相手の速さを、規格外さを身をもって経験しているが故に。

 

だからこそ、今は可能性にかけるしか無かった。

 

(あの時……私達は死んでいた。いや、今この時でさえ、私たちの命は奴の気分次第……だからこそ、フィンの仮説に……賭けるしかない…!)

 

「さぁ、解放しろ。心を解き放て⋯でなければ、後ろの魔導師を殺す。」

 

「っ!?イヤっ!」

 

「ならば解放しろ、お前の風は、そんなもんじゃないだろう!恐れるな!」

 

「っ!!!もう、知らない⋯!」

 

追い詰められたアイズは、スキルを魔法と接続。纏っていた風は漆黒に染まり、金の瞳に黒い欠片が飛ぶ。

 

バチッ!とアルケイデスの手から逃れたアイズは、そのまま暴風を振りかざした。

 

「っ!!」

 

「なるほど、初めて見た。怪物の血に反応するタイプのスキルか⋯感情に起因して能力の幅が増減するのかな⋯⋯なら────これで、どう?」

 

その瞬間。アイズの視界に映ったのは、あの日あの時母と父を奪った、暴竜の面影。

 

有り得るはずがない、人の手足が竜の甲殻を纏い、背中にはあるはずの無い竜の翼。そして、その瞳は、あの日見た竜のソレだった。

 

ブツッ、と何かが切れたアイズの風は、建物を飲み込むハリケーンとなり、彼女の心の荒れ具合を表した。

 

「アイズっ!やめろ!?お前が壊れてしまう!!アイズっ!!!」

 

叫ぶリヴェリアの声などもはや届かない。今は、目の前の仇だけがアイズの全てだった。

 

「ああああああああぁぁぁっ!!!」

 

「⋯⋯なるほど、Lv3でこれ程か。期待はできる⋯だが、ただ剣を振り回しているだけでは意味が無い。」

 

「ガッ!?」

 

甲殻でその暴風を防ぎ、片手を掴めば、ミシミシとアイズの細腕が軋む。

 

「使い方がなっちゃいない。激情に呑まれたその力は怪物のソレと何も変わらない。思いも何も無いその剣に、重さがあるとでも?今のお前は、災害と変わらない怪物だ。」

 

「違う!私は怪物なんかじゃない!!」

 

「じゃあ、この周囲の惨状を起こしたのは誰だ?目をそらすな、自分の力だろう。」

 

「っ!」

 

「この黒い力すら、己のものとしろ。そうしなければ、お前はこの力で、いつか仲間を殺す。」

 

「いや、だ⋯⋯嫌っ!」

 

嫌だと駄々をこねるアイズに、アルケイデスは見ろと仲間の方を向ける。

 

「お前は、まずあの女を殺す。」

 

「嫌だっ、リヴェリアを殺すわけない!」

 

「いいや、お前は殺すよ。お前のせいであの女は死ぬ。」

 

「死なない!リヴェリアは、私が守る⋯!」

 

「⋯⋯そうか、なら────守ってみろ。」

 

そういったアルケイデスは、リヴェリアに指を向けると、とてつもない怖気が襲った。

 

「────────危ないッ⋯!?」

 

リヴェリアが即座に反応し、輝夜とライラを抱えて転身。何とか回避したが、余波で吹き飛ばされて壁に激突。なんとか起き上がった

 

「くぅ⋯っ!?なにが⋯起きた!?」

 

「ってぇ⋯!今の、なんなんだ!!」

 

「⋯⋯⋯見ろ。」

 

「あん?何が────────は?」

 

リヴェリアが指さした方向を見れば、ライラと輝夜は絶句した。

 

そこには、どこまで続くかも分からない奈落が広がっていた。

 

とてつもない爆音は感知できた。だが、何が起こってこうなったのかは誰にも理解できなかった。

 

「なんだ…この穴は…!?」

 

「あの一瞬……とんでもない魔力の放出が起きた…それなのだろう。奴の魔法だ…!!」

 

「おいおい…いつ詠唱してた…こんなバカげた威力の魔法を…!」

 

「何を悠長に話している…?今のは挨拶だ、次は外さない。」

 

「やめてぇぇッっ!!!」

 

叫ぶアイズの顔を見ながら、再度魔力の放出を感じたリヴェリアは、ここまでかと眼を瞑った。

 

 

 

 

 

 

「──────魂の平穏(アタラクシア)

 

 

 

 

 

 

瞬間、降り注ぐはずだったとてつもない魔力は消え失せ、代わりにヒールが地面を叩く音が響いた。

 

「噂を聞きつけ遠路遥々ここまで来てみたら……何たる無様を晒しているんだ、年増エルフ。」

 

「………まさか…そんなはず…!生きていたのかッ!?【最凶の眷属(ヘラ・ファミリア)】!?」

 

「ヘラ…!?過去の英傑か!!」

 

「なんにせよ…助かったってことでいいのか…?」

 

リヴェリアの言葉に、二人は目を見開いたが、とりあえずの命の猶予ができたことに安堵の息を漏らした。

 

目の前まで来た黒いドレスの女は、アイズを掴んだままのアルケイデスを一心に見ていた。

 

「随分と趣味が悪いな。同族に手を出すのか?私の血族にそんな変態先祖はいらんぞ。」

 

「………そうか、君は、私の血を引いているのか。」

 

「ハァ!?アルケイデスの血を引いてる!?」

 

驚愕するライラに、妙に納得した様子のリヴェリアは、乾いた笑いを漏らした。

 

傲慢、不遜、美貌、力。この4つを凝縮し擬人化したような眼の前の女は、白銀の長髪を揺らし、英雄の前に堂々と立ちふさがった。英雄と同じ、翡翠色の瞳を鋭く細め、己も英雄と呼ばれたものとして、過去の英雄を見上げた。

 

「なるほど…合点がいった……お前のその出鱈目さ、英雄の血筋だったか。最強に最も近かった、才能に愛された女──────【静寂】のアルフィア。」

 

リヴェリア、ひいてはロキ・ファミリアのトラウマといっても過言ではない、化け物だ。訳のわからない強さの原因を知ればなんてことはなかったのだ。

 

目の前の大英雄の強さを見てから考えれば、アルフィアの強さには、なおさらに筋が通る。

 

掴んでいたアイズをリヴェリアに放り投げ、アルケイデスは笑った。

 

「……随分と好き勝手暴れてくれたらしい。先祖のしりぬぐいをするのも、子孫の務めか。」

 

「……血族とやるのは、これで二度目か⋯いい気はしないな、やっぱり。」

 

大英雄が、静寂とぶつかる。

 

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