『────それで、私にそのような茶番をしろと?』
『そう。姉さんには、オラリオを救う英雄たちの一人になってもらう。』
イラつきを隠すこともなく、アルフィアはベルを無言で睨みつけた。けれどベルはそんなことを気にする様子もなく、話をつづけた。
『必要なことか?それは……』
『正直、今のオラリオに勝ち目はない。手を抜けばいいんだけど……まぁ、少しは助けがないとダメかなって。』
『その言い草……私がいても少しの戦力向上にしかならないと言いたげだな?』
『うん。だって姉さんが入っても、言わなきゃ絶対単独で動くから意味ないもん。だから、作戦の時だけでいいから彼らと行動して欲しい。』
馬鹿にしているわけではないのだろうが、一言足りないし多い甥っ子に苦笑して、仕方がないとその役を受けたのが、昨日のことだった。
そして、今その甥っ子と相対している。
(しっかりやってお願いだから。)
そう言ってくるような目線に、アルフィアはわかったわかったと呆れた。
「言葉は必要ないな、アルケイデス。」
無言で構えたベルは、アルフィアと話せば役がばれる気がして内心ビクビクだ。それを知っているアルフィアは、周りのシリアスな空気との乖離に、少し笑いそうだった。
嘘が苦手なベルにとって、今までの悪役は本当に花丸をあげたいくらいには満点の演技。逆になぜそこまで悪役が堂に入っているのかわからないが、ベルの計画は今のところ順調のようだ。
「【
たったの一言で、ベルを除く周囲の建物が吹き飛び、地区一帯が更地になる。
「これで周囲を気にする必要はあるまい……どこかの誰かが、熱心に避難誘導をしたおかげで、周囲に人の気配もないしな。」
「………」
「やるぞ。」
消えるほどの速度で飛び出したアルフィアの姿を目端で追って、ベルは周囲に注意を向けていた。
アルフィアの手刀とベルの腕が激突し、突風が巻き起こる。
その姿に、リヴェリアはありえないと口を開いた。
「なぜ……あいつはあれ程までに動ける…?」
「どういうことだ?静寂と言えば、有名なLv7だろ?あんだけ動けても不思議じゃねぇはずだ。」
「いや……確かに、ポテンシャルの話だけをすればそうなのだが…奴には、不治の病があるはずなんだ。こんなに動けば…もう立ってはいられないはずだ。」
そう、リヴェリアがおかしいと言ったのは何も彼女の能力についてでは無い。彼女の体には、圧倒的なステイタスを制限してしまうほどの病が巣食っているはず。自分たちを蹴散らす程度なんら造作もないだろうが、アルケイデスとの戦闘はありえないものだった。
「ハハハッ!ここまで体が軽いのはいつぶりだ!もしかすると人生で初めてかもしれん!」
「そう……何よりだ。この地を守る英雄がまだ居たか。」
「なに、あまりにも情けない小娘共に喝を入れてくれと……さる人物に頼まれたのでな?」
そうおどけてみせるアルフィアをジトッと睨んで、わざとらしく咳払いをするアルケイデス。
「オホン……私の血族は存外お喋りなようだ。」
「私も驚いている。もう居ないと思っていた血縁の前では、この私すらも饒舌になるらしい。」
ふんっ、と鼻を鳴らしたアルフィアは再度ベルに手を翳す。
「【
「─────ッ!!!!!」
容赦のない破壊の音がアルケイデスを襲う。しかし、アルケイデスはそれを余裕で腕を組み強い風を感じた時のような反応だけを見せた。
「やっぱり耳がキンキンするな……」
「……やはり、鎧越しの魔法では騒音程度か。」
全く応えていない様子に、その手を下ろしてため息をこぼした。
「……まともに戦う気のないお前相手に馬鹿馬鹿しい。どうせ本気を出してもかき消されるか弾かれるのが落ちだ。」
「そうでも無い。ダメージとは言えないが私に響く攻撃だ、誇っていいとも。」
彼女特有の
そんな余裕の相手と、今戦おうとする事が既に馬鹿馬鹿しい。
「この私が、片腕で遊ばれているか…クククッ……あのファミリアにいた当時ですら、ここまで手を抜かれたことはなかったか。」
「当然だろう?赤子相手に本気で喧嘩する大人がどこにいる?」
「私が赤子か……もしかすると、お前は既にこの世界の理の外にいる存在なのかもしれんな。それこそ、神に近しい物か。」
「……フフッ…それで、随分悩んだ。」
「これは驚いた…英雄にも悩みなどあるのだな。」
「私とて人だ。悩みくらいはあった。けれどその悩みを、世界は待ってくれない。否応無しに、この下界は力を求めている。迷う暇など、なかったんだ。」
目を閉じたアルケイデスは会話を切り上げて背を向け、ふわりと浮かび上がっていく。
「私の本来の役目も果たされた。ここらで撤退しよう。無駄な争いは嫌いなんだ。」
せいぜい励んでくれ、と言葉を残してアルケイデスは掻き消えた。
その姿を見届けて、アルフィアは未だ息を荒らす小娘共を見やる。
警戒の眼差しを向けるリヴェリアは、意を決して問いかけた。
「……味方と、思っていいのか。」
「少なくとも、狂信者共とは反りが合わないことくらいわかるだろう?とは言え、貴様のその目で見極めろ。もっとも、その耄碌した審美眼ではたかが知れているがな。」
「なっ!?この……っ…!!」
「!?」
ぐぬぬっ、と顔を歪ませるリヴェリアに、抱きかかえられていたアイズはギョッとした。ガチでキレてた。
「そら、さっさとあの
失望させるな、とつけ加えたアルフィアの顔は、いつものように凪いだ水面のような無表情だった。
その時、僅かに大地が揺れた。
気がついた者は極わずかだっただろう。けれど、その地震が何を意味するのかを、その場にいる人間が理解することは無い。
アルフィアただひとりを除いて。
深い微睡みから目を覚まし、自室の天井を眺める。これを、もう数日繰り返している。
アーディは折れてしまった。
義務である警邏も、大好きだった英雄譚にだって、手をつける気力が湧かなかった。
その原因が、ただひとりの少女による、アーディの全否定だったのか、それとも救えなかった後悔なのか。もう彼女にはわからないが、ほとんど完治した今ですら、なんら動く気が起きない。
毎日来てくれていた姉のシャクティの面会すらも断り、既に戦う意思すらも折られていた。
そんな彼女でも、腹は減る。恐る恐る開けた扉の前にある夜ご飯のプレートを音をたてずに取って、部屋の机でご飯を食べる。
「………」
とても、虚しい時間だけが過ぎていく。
今日も凄い戦闘があったようで地区一帯が吹き飛んだりしたみたいだけど、負傷者はいなかったらしい。
その事実にホッとしつつ、不思議なこともあるものだと首を捻った。
それと同時に、このままでいいのかという疑問も浮かんでくるのは、当然の事ではあった。
けれど、救えなかったあの小さな手を思い出すと、自分の正義が分からなくなってしまった。
未だひりつく火傷の痕を撫で、何度目かわからない溜息をする。
そんな彼女は、突然入り込んだ夜風に目を瞑った。
「─────こんばんは、アーディ。」
何事かと窓を見遣れば、白髪だった彼がその窓辺に腰掛け、こちらを見ていた。
人相は鋭く、人を食ってしまいそうな圧迫感はあるが、その奥にある優しさを隠しきれないその気配は、間違いなくあの日会った彼だった。
「………アルクメネ…君…だよね?」
「……アルケイデス、そう呼ぶといい。」
「アルケイデスって……本物…?」
「それは、君が判断することだ。」
聞いていた。敵方に、全てをひっくり返してしまう英雄が現れたと。それが、彼なのだろうか。
赤髪に、竜のような瞳に、最強の名を当たり前に振りかざして、全てを薙ぎ払ったと。
いなくなった彼が敵になったと言われても、それほど不思議はないが、どうしても完璧な敵と思える材料がなかった。
「……君は、私達の敵なの?」
「そうだ。」
嘘だ。
「彼女に……リューに言った言葉は、全部嘘なの?」
「……そうだ。」
嘘だ。
「君は…本当に、闇派閥の仲間なの?」
「……世間から見れば、そう見えるだろう。」
濁した様な回答、隠すつもりもないのか、不満が見える。つまり、彼は闇派閥に与した訳では無いという事だ。
数度繰り返された問答は、彼の僅かな嘘を見抜くアーディの直感に看破される。
そしてもう一度、彼に問いかける。
「……君は……本当に、アルケイデスなの?」
「…君に隠す必要も無いか……限りなく近い存在。そう言っておく。」
驚く事に、真実。
アルケイデスを騙る輩かと思えば、本当に近しい存在らしい。つまりは、直系の血族か何かだろう。
「どうして……アルケイデスを名乗ってるの?」
「わかりやすいだろう?敵にアルケイデスがいるという絶望は。」
確かに、と納得ができた。
直接見たのは1度だけだが、彼の強さは異常だ。アルケイデスと言われても、正直疑問は無い。
「……こんな問答をしたくて来たわけじゃないんだけど?」
「あ、そっか……えっと…何か、用があったんだよね?」
どうぞ?という言葉と共に出された椅子に、アルケイデスは呆れたように溜息をして座った。
「どうしたの?」
「なんか、緊張感がないと思って。この都市に住む民は、全て僕を畏怖の対象として目を向けるのに。」
「だって……君は私を殺すために来たわけじゃないんでしょ?いつでもこの都市を滅ぼせる〜なんて人が、私程度を気にするとは思えないし……」
その言葉に、へぇ…と少し苦笑したようなアルケイデスは話を続ける。
「まぁ、それはいい。警邏の部隊をみてて、君を見なかった。死んだかと思えば、こんな所に閉じこもってるときた。」
「………!」
何してるの?と純粋な疑問を投げ掛けられ、少し返答に困ってしまった。けれど、彼は指を突きつけ、彼女を詰める。
「君に怠惰は許されない。このオラリオの若年層の中で、君は成熟している。その心は、アストレアの派閥の誰よりもだ。そんな君が、彼女たちを導かずにこうしている暇は無い筈だ。」
彼の言っていることは、何も間違っていない。自分の思想がまだ確立していないリューやアリーゼたちとは違うことも。それを導くこともまた義務として考えてはいた。
しかし、その正義を目の前で否定され、アーディは己の正義を見失ってしまった。
巡る正義など、ありはしないと。
元々確立してなかったリューたちよりも、既に土台の出来上がっていたアーディのショックは大きなものだった。
少し詰めすぎたか、と冷静になったベルは、彼女の返答を待つことにした。
一分、二分と過ぎていく中、彼女は漸く口を開く。
「……わかっては、いるんだ。私がやらなきゃいけないことも……私が、折れちゃいけないことも。」
けど、とアーディは震える唇を嚙みながら、怯え切った目を見せた。
瞼を下したアルケイデスは、ようやくアーディという人間を理解した。
「怖いんだ……また、否定されることが……!また、目の前で失うことが…っ!」
彼女も、未だ確立などできていない。その手前に立つ人間だった。彼女の正義は、疑問と希望という薄氷の上に成り立っていたのだ。
それでも、アーディが最も成熟していることは間違いない。今は、何かによって疑問が割合の多くを占めているだけ。背中を押してやれば、きっとすぐにでも本当の意味で確立できるだろう。
少し考えこんで、アルケイデスは何が彼女に必要かを考える。
叱咤激励?違うだろう。きっと既に、嫌という程聞いたはずだ。
慰めか?これも違う。言葉を尽くしても、意味はない。
簡単だ。今彼女に必要なものは、あの程度の否定を吹き飛ばす、
先日の冒険者に対する仕打ちを見ても絶望的ではあるが、博打も悪くないだろうと自嘲する。それに、悪すぎる賭けという訳でもない。
しばらくして、アルケイデスはその手を彼女に差し出した。
「なら、今を見にいこう。正義の側でも、悪の側でもなく。あくまで、君の視点で。この都市が否定に満ち、導くにも値しない物かの判断は、君自身がするべきだ。」
「………私の、視点で……今を……」
慰めは聞き飽きた。 叱咤激励なんて、聞きたくもない。けれど、彼はそんな言葉ではなく、今を見に行こうと手を差し出してくれた。
誰とも違うアプローチに、アーディは迷いを見せる碧銀の瞳で、アルケイデスを見つめた。
「今は……どうなってるの?」
「ダメだ。僕の視点が入れば、それは余計なフィルターにしかならない。」
あくまで、自分の目で見て感じろという彼のスタンスに、どこか優しさが見える。
絶望を突きつける訳でも無く、希望を見出させる訳でもない。
寄り添う訳でも無く、突き放す訳でもない。
きっと、
完全な敵とは言えないけれど、そんな曖昧な立場の彼だからだ。
ある意味で中立的な立場からの言葉は、今のアーディにとって心地よいものだった。
今を、これからを見てみたいと。そう思えた。
だから、その手を取った。
「─────怖いけど、行くよ……私の、視点で……見なきゃ行けないのは、わかってたから…私の正義を否定した……今を、ちゃんと見る。」
「………いい返事だ。」
最初よりもずっとマシになった目を見て、
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