疾風に想いを乗せて   作:イベリ

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第6話:目覚めよ【後】

数多の稲妻が18階層に降り注いだ。

 

その衝撃は、Lv5相当の実力を持つ3人が吹き飛ばされる程の衝撃だった。

 

「グッ!?なんだ!!」

 

「なんだと言うのだ!?」

 

「くぅ…!?」

 

大きなクレーターが、黒い稲妻が落ちた場所にできていた。

 

土煙が、晴れる。

 

クレーターの中心、そこには─────ベルがいた。

 

いいや、その表現は正しくはない。

 

ベルだった者がいた。

 

「なに…アレ…」

 

クレーターの中心、そこにはベルがいた筈なのだ。しかし、姿がどう見ても違う。

 

アルビノ特有の白い肌は、首から頬にかけて黒い鱗に覆われ、脚は完全に人外と化していた。そして、背中には稲妻を集め具現化させた、翼のような物が2つ。そして、何よりの変化は、ベルの目だ。

 

白目の部分が完全に黒くなり、赤い瞳は黄金の色に、瞳孔は縦に伸び────まるで、龍のような。そんな姿へと変貌していた。

 

その姿を見ていたアイズは、あることに気づいた。

 

自然と、自分の体が震えている。

 

なんだ、この震えは、止まらない、止まらない。

 

あれはベルだ、ベルな筈なんだ。なのに、なのに────

 

 

どうしてアイツ(・・・)の気配を感じるのか

 

 

 

驚愕しているアイズをよそに、ベルは無言のまま頭を人差し指でポリポリと掻いた後に、首を傾げて周囲をキョロキョロと見回している。そして、ある者に目が向いた。

 

レフィーヤだ。

 

ゆっくりと近づいて、レフィーヤを抱き寄せる。まるで、壊れ物でも扱うかのように。

 

そして、哭いた

 

 

「⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸──────ッ!!!!!!!」

 

 

咆哮だけで、衝撃がまた訪れる。

 

その咆哮に同調する様に、ベルに稲妻が降り注いだ。悲しみの咆哮。動物が仲間の死を弔う様に、自身を戒めるように。距離があるアイズでもわかる程に、ベルは悲しんで激怒していた。

 

ベルが哭き止んだあとに、クレーターの中心にある自身の大剣に手を伸ばすと、大剣が紅く輝き、ベルに一直線に吸い込まれていく。

 

向かってきた大剣を片手で掴むと、ベルはレフィーヤの亡骸の背後に大剣を突き刺す。

 

そして、その大剣にレフィーヤを寄りかからせる。

 

ここで見ていて

 

そういう様に。

 

次にベルは地面にへたり込むアイズを見ていた。そう、見ていたのだ。なのに、アイズが瞬きをした瞬間、ベルが目の前にいた。目の前に立っていた。

 

 

呆然としているアイズを横抱きにして、ベルはレフィーヤの元に戻る。

 

「べ、ベル…?」

 

「────」

 

ベルは、目で反応はした。しかし、何も喋らない。そのままレフィーヤの隣にアイズを下ろして、ベルは後方を睨んだ。

 

「フンっ…スキルかなにかで生き返ったか…まぁいい、もう一度殺すだけだ。」

 

男は、油断していた。しかし、赤髪の女────レヴィス────だけは、油断の欠片もなかった。

 

「…構えろ、アレ(・・)は私たちでかからねばならん…!」

 

「…らしくないな、レヴィス。貴様はそんな質だったか?」

 

「黙れッ…その油断は────」

 

そこで、レヴィスの言葉は途切れた。

 

 

ベルが、殴り飛ばしたのだ。

 

 

呆然とする男、その男をギッ!と睨みつけ、ベルは男の頭を鷲掴み、地面に叩き付けた。

 

「────グギッ!?」

 

男が呻いた瞬間に、また咆哮を上げ雷をその男に落とす。痺れながら、男が呻いた瞬間、吹き飛ばされた方向からレヴィスが高速でベルに近づき、その拳を放った。

 

しかし、ベルは首を前に傾け、その拳を避ける。そして、目一杯に遠心力を使った裏拳をレヴィスの顔面に叩き込んで吹き飛ばして、また男を踏みつけ、手で頭を掴み上に持ち上げ、下からのアッパーカットで男を打ち上げる。

 

ベルがそれを見届けると、屈みこんだ。瞬間、背中の雷の翼で飛び上がり、飛翔しながら男を嬲り、地面にまた叩き落とす。

 

「グゴォッ!?き、貴様────」

 

ベルは、男に喋らせることは無い、叩き落とした上空から急降下、異形の脚で突き刺す様に胴体に落下する。

 

男は、血反吐を泡と共に口から逆流させ、痙攣を起こし失神した。

 

ベルが、無言でその男の頭をつかみ、地面に叩き付けて、思い切り拳を腹に叩き込み、男を強制的に目覚めさせる。

 

そして、意味不明な言葉…いいや、言葉と言って良いのかすらわからないものを発した。

 

『⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴』

 

「なに、を────」

 

 

男が苦しそうに呟いた瞬間。

 

ブチ、ブチィ

 

ベルが、男の両手を持ちながら男の胴を踏み付け、腕を引きちぎる。

 

「ああああああああぁぁぁあブグァッ────!」

 

『⿴⿻⿸⿴』

 

まるで、黙れとでも言うように、叫ぶ男の頭を踏み抜き、強制的に叫び声を停止させる。

 

ベルの瞳は、もはや喜哀楽を無くし、ただ怒りだけが存在していた。

 

「mあd⿴⿻⿸⿴ま⿴⿻⿸レ⿴⿻⿸⿴』

 

ベルの声と同時に、低い声が重なる。

 

ベルが、怒りを燃やす。ベルの頬を覆っていた鱗が、徐々に徐々に広がって行く。

 

腕に、胴体に、広がっていく。まるで、ベルの怒りと同調する様に体が異形の姿に変化していく。

 

「ぐァ…き、さまぁ…!」

 

その言葉にもまったくの興味を見せずに、ベルは淡々と男を嬲る。頭を蹴り抜き、胴に拳を沈め、脚を持ち自身の怪力でもって地面に叩きつけながら振り回す。

 

苛烈なまでの暴力が男を襲うが、男も黙ってはいなかった。

 

「な、めるナァァァァァッッッッッッ!!!!!!」

 

 

男が体を回転させ、ベルの手から逃れ、その瞬間にベルの顔面に蹴りを入れる。人の首を片手で折れるような膂力を持った男の蹴りだ。威力は想像に難くない。しかし、ベルは顔色一つ変えずに男を睨み返した。

 

距離をあけた男は、肩を揺らし息を荒らげながら、腕に力を入れる。すると、腕が泡立ち蒸気を発しながら再生していく。ほかの切り傷や骨折も、ボキボキと音を立てながら修復していく。まるで、深層のモンスターのように。

 

「クッ…!なんなのだ貴様は…!なんなのだその姿は!?」

 

男がベルを指さし、声を荒らげる中。服がボロボロになって、こちらも傷を自動的に回復させるレヴィスが、男の隣に立つ。

 

「だから言ったのだ…アイツは、2人でやらねばならないと。あの男は…本物だ…何をするかわからんぞ…」

 

男は悔しそうに口元を歪めた後に、ボロボロになり、ほとんどが破壊された骨仮面を脱ぎ捨てた。

 

男の顔は、頬が痩せこけ、目の下には濃い隈が。ボサボサの白髪は乱雑に伸ばされている。

 

ベルの、怒りが再び燃え上がる。

 

この男が、レフィーヤを殺したのだ。腕を千切れるまでボロボロにし、彼女の尊厳を全て奪い、挙句殺したのだ。そうだ、忘れまい、忘れない。

 

ベルの体が、更に変化。尾骶骨から地面にかけて黒い尻尾がビキビキと不快な音をたてながら生えてくる。そして、腕が完全に竜のそれに変わり、三本の指に鋭い爪が輝く。ベルが吼える口元には、人の歯ではなく鋭い牙が生え揃っていた。

 

ベルはグッと身を屈め、2人に向かって駆け出す。

 

「来るぞッ!!」

 

「わかっている…!」

 

レヴィスと男が、同時にベルに向かって駆け出す。

 

蹴りと拳、蹴りと刃が、ベルに迫る。しかし、その尽くを避け、雷の翼で蜻蛉のように飛び回る。

 

レヴィスの嵐のような猛攻の間を縫って、男のみにターゲットを絞る。

 

ドリルの様に回転しながら、両爪を前に出し、男の胴体に突っ込む。

 

「グボガァあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!?!?」

 

肉を掘削するように、男の胴体を抉り、削る。

 

男はダメージに身を捩り、動くことすら叶わない。

 

そこに、レヴィスが攻撃を加えようとするが、ベルの尻尾がレヴィスに刺突。ギリギリで避けたレヴィスは、追撃が叶わず、ベルが男と共に上空に飛ぶ様を見届けるしかなかった。

 

「⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸────────────────ッ!!!!」

 

吼える、怒る。この男を嬲り殺すことしか、今のベルの頭にはない。

 

ボロボロになった男を上空から地面に叩き付ける。

 

空中に浮かぶベルが、何かを呟き始める。

 

『────⿴⿻遠き⿴空。無窮の⿴⿻に鏤む⿴⿻⿸ 愚かな我が声に応じ 今一度⿴⿻⿸⿴⿻⿸ 我を⿴⿻⿸者に暗闇の抱擁を』

 

ベルの周囲に、黒い風が纒わり付く。

 

それは、詠唱。

 

言葉にならない、何語なのかもわからない言葉と低い声が、ベルの声変わり前の若干高い声に混じって響く。

 

この魔法は、ベルが発現させたもう1つの魔法。

 

従来ならば、魔導書は魔法を1つ発現させる効果がある。しかし、ベルは2つの感情が強く入り交じっていたために、イレギュラー的に2つ、発現してしまった。

 

『 来れ、⿴⿻嵐、⿴⿻⿸の使徒。空を渡り 死地を駆け 何物よりも疾く走れ ⿴⿻の雷霆を⿴⿻⿸、敵を討て────!!!!』

 

ベルの身体に纒わり付いた黒い風が、複数の嵐の塊に変わり、周囲に展開される。

 

そして、ベルが詠唱を完結させる。

 

『ル⿴⿻⿸・ウィンドッッッ!!!!!』

 

瞬間、黒い風が嵐を巻き起こしながら、地面にいる男に向かって放たれる。

 

「がアァァァァァァァァァァァァァァっぁッ────────!?」

 

男の断末魔にも取れる叫び声を上げながら、その嵐に巻き込まれ、絶叫も掻き消される。

 

その嵐の威力は、ダンジョンが揺れ動き、まるで悲鳴を上げているような地響きを鳴らす。

 

舞い上がる

 

爆煙の中、2つの影が揺れ動いた。

 

「ガヒュっ…」

 

「…分が悪いか…」

 

土煙から飛び出したのは、四肢が欠損した男を抱えた、ボロボロのレヴィスだった。

 

ベルは、二人を視認するとゆっくりと地表に降り立つ。

 

その姿は、まるで黒竜の再臨の様に写った。

 

「…逃してはくれないか…」

 

レヴィスがそう呟いたと同時に、ベルがゆっくりと二人に歩み寄る。

 

もう、追う必要はない。既に手負いの獲物を追い詰める肉食獣の様に、ゆっくりと。

 

動けなかったアイズですらも、この戦いの終わりを予期していた。

 

 

 

────しかし、運命は残酷にも、レヴィス達に微笑んだ。

 

 

 

「────────っ!?」

 

 

ベルが膝から崩れ落ち、全身を覆っていた鱗が、サーッと消えていく。

 

「っ!今だ!」

 

「───────ど、こにいぐ…?』

 

今しかないと言わんばかりに、レヴィスと男は逃げていく。ベルが、執念深くしがみ付くように立ち上がるが、膝から下の力が抜けて、一切立てない。

 

「ベル…!」

 

アイズが苦しむベルの傍に寄るが、ベルは心配するアイズを押しのけて、手を伸ばす。

 

「待、てぇぇぇぇぇぇえぇぇぇえぇぇぇっ!!!!!!!!!!!』

 

瞳の半分が龍のようになった状態のまま、ベルは叫ぶ。

 

今逃げられれば、もう見つけられないかもしれない。今殺さねければ、レフィーヤの仇が取れない。その一心で、ベルは力の入らない体にムチを打って、体を動かす。

 

しかし、無情にもベルの体には力が入らず、追うことは叶わない。

 

「…小僧…!」

 

そんな時に、男が叫んだ。

 

「────貴様は必ず殺してやる!!!!もう一生、貴様に安息の時など無い!!!寝るときも、食事の時も、入浴のときも、貴様が心安らぐ時間など与えない、死の恐怖に震えながら、私に殺されるのを待っていろ!!!」

 

 

最後っ屁、そんな言葉が似合う捨て台詞を吐いてから、男はレヴィスに連れられたまま、下層に繋がる崖を飛び降りた。

 

ベルの体から、ふっと力が抜けた。逃げられた。

 

なんて情けないのか、なんてみっともないのだろうか。

 

結局は、自分はいつまで経っても弱いまま。強くなったと思えば、すぐに仲間を失った。

 

レフィーヤの亡骸に、ベルは手を伸ばした。

 

(ごめん、なさい…れふぃ、ーや…ごめ、ん…なさい…)

 

その謝罪は、何に対しての物だったのか。気を失っていくベルにすら、それはわからなかった。

 

そして、ベルは思い出したのだ。

 

呆気ない、壮絶とか、華々しいとか、そんな物が一切ない。

 

 

 

これこそが、『死』なのだと。

 

 

 

そうして、たった数分の激戦は、呆気なく終わった。

 

 

 

 

 

 

 

「───────ここ、は…」

 

ロキが言っていた、てんぷれとか言う目覚め方をしたベルは、全身に巻かれている包帯を見て、事の次第を察した。

 

右隣を見ると、自分のベッドに寄り掛かり寝ている、アイズとティオナが目に入った。

 

看病をしてくれていたであろう2人を、起こさないようにベッドに寝かせて、ボロボロの体を引き摺り、フラフラと歩きながら、一抹の希望を想像して、部屋を出る。

 

 

すると

 

 

「…どこに行くつもりだ?」

 

「────リヴェリア…」

 

そこには、まるで分かっていた。そういう様に立っている、リヴェリアがいた。ベルは、ただリヴェリアの目の前で止まり、尋ねた。

 

「レフィーヤ、は……?」

 

「………………」

 

恐る恐ると言った様子で、ベルはリヴェリアに尋ねる。しかし、リヴェリアは何も語らず、ベルを優しく、涙を堪えながら見つめるだけだった。

 

 

 

「…なにか、言ってよ…ッ」

 

 

 

先程と変わらず、リヴェリアの表情が崩れることは無かった。

 

ベルは、あれが夢では無いことを、リヴェリアの表情から読み取った。

 

 

 

読み取ってしまったのだ

 

 

 

「夢、だって、言ってよ…!レフィーヤは生きてるって言ってくれよッ!」

 

 

 

「………ベル…」

 

 

 

リヴェリアはそっと、本当にそっと。ベルを抱き寄せる。その母の様な温もりは、初めてベルが体験した物。

 

無意識に、ボロボロと涙と謝罪が零れ落ちる。

 

「ごめん、なさい…!ごめ、んなさい…ごめんなさいっ…!」

 

「…お前のせいじゃない…」

 

「僕が、いたから…!僕が…っいる、から…!」

 

「違う…違うんだベル…お前は悪くない…悪くないんだっ…!」

 

その言葉を言うリヴェリアのベルを抱きしめる力が、ギュッと強まる。

 

(レフィーヤ…ベルが、お前の為に泣いたぞ…お前だけの為に…)

 

そのままベルは、縋るようにリヴェリアに抱き着いて、子供の様にわんわんと泣いた。

 

その日初めて、ベルは嫌いな種族エルフのために涙を流した。

 

 

 

それから2週間。

 

 

 

「ベル…Lv3や…」

 

「…………」

 

ロキが重々しく口を開き、ランクアップの宣言をした。

 

しかし、ベルは全く反応せず、ロキに頭を下げるだけで部屋から出ていった。

 

異例のランクアップを果たし、今ではLv3に昇華した。レフィーヤと同じレベルになった。

 

だが、ベルは今までよりも更に人を寄せつけなくなり、全てに対して無気力になった。

 

初めて仲間を知り、そして失った。幼いベルの精神は、容赦無く叩き壊された。

 

 

 

そばに居る人間は決まっていて、ティオナ、アイズ、リヴェリア。そして、偶にベートだった。

 

そして、ベルは無気力に街や館を徘徊する日が続いた。なんの目的もなく、レフィーヤが良く行っていたという店に行ってみたり、館中を探し回ったりしていたり。

 

 

 

信じたくなかった、レフィーヤが死んだという事を。

 

 

 

日に日に窶れていくベルに対して、会う人会う人が心配した。食事や睡眠は極限まで短く、少なくなった。リヴェリアが、無理やり寝かせようとした時には、赤子のようにぐずって泣き、結局その晩を寝ないなどはしょっちゅうだった。

 

 

 

しかし、今日その日。限界が来た。

 

 

 

フラフラと昼下がりの街を歩いていると、気づけばしばらく行っていなかった【豊穣の女主人】の前にいた。

 

(そう言えば、ここで初めて…レフィーヤに会ったっけ…)

 

もしかしたら、ここにいるかもしれない。

 

何かに導かられる様に、ベルが中に入ると、目の前にはいつからか見慣れたエルフがいた。

 

「いらっしゃ────クラネル、さん…?」

 

「…あぁ……リュー…」

 

リューは、ベルの変わり様に驚いていた。目の下には濃い隈、痩せこけた頬、虚ろな瞳、髪もボサボサ。2週間前に会った日とは、別人だった。

 

「何があったのです!」

 

「レフィーヤを、探してて…」

 

「────っ」

 

リューは、言葉に詰まった。2週間前に、オラリオに走った衝撃のニュース【千の妖精(サウザンド・エルフ)の死亡】と言う、ロキ・ファミリアにとって大打撃になるニュースだった。しかしリューは、特にそのニュースに関しては気にしていなかった。特に仲がよかったわけでもなければ、彼女は冒険者だったのだから、死ぬ覚悟くらいは出来ているだろう。それに、ベルもエルフと言う事から特に気にはしていないだろう。そう思っていた。しかし、現実は全くの逆。聞けば、目の前で死体を見せつけられ、漸く彼女が大切な仲間だったことを理解したと。

 

リューは、力なく倒れかけるベルに、既視感を覚える。それは、過去の自分。仲間を失い、失意に暮れたあの日の事を、思い出した。

 

「…レフィーヤは…本当に、死んじゃったの…?」

 

「クラネルさん…」

 

「なんで…僕の周りで、人が死ぬの…?」

 

「────っ、それは…」

 

ベルに、その意識はない。しかし、無意識にリューの心を殴りつける。どうして殺したの?なんで逃げたの?そう問い詰める様に聞き取った。

 

しかし、リューはその考えを振り切って、ベルの手を取る。

 

「ミア母さん…」

 

「…今日は混んでもいない、あがりな。」

 

「…ありがとうございます。」

 

許可を貰ってから、リューはフラフラのベルに肩を貸して、階段を上がり備え付けの部屋────リューの自室────にベルを入れて、丁寧に寝かせる。

 

グスグスと泣きじゃくるベルの手を、ただ握ることしか出来ない。いいや、それ以上をやる資格が、リューには無かった。

 

リューが、ベルの手を握ると、ベルが手を握り返した。

 

「……リュー……どこにも…行かないで……」

 

トクッ、と。胸が鳴った。

 

その言葉は、ただそこにいて欲しい。いつも通りの彼ならば、そういう意味で言うだろう。だが、今のベルの発言は、違って聞こえた。

 

「────はい…私は、ずっといます。」

 

リューは自然とこの言葉をベルに告げた。キュッと手を握り、久々の眠りに落ちるベルを見て、リューは今までに無い優しさを孕んだ表情で、微笑んだ。

 

 

 

その夜、冷たい夜風に揺られて、ベルは覚醒した。

 

瞬間、その場から飛び退き、窓辺に攻撃的な視線を向ける。

 

現在、3月の初頭。まだ、時期的に寒い。なのに窓が開いているのだ。

 

そう、ベルが寝た時には窓など開いていなかった。

 

窓辺には、月明かりで本を読む黒ローブの人物が窓枠に腰かけていた。

 

ベルが起きた事を感知したのか、パタンと本を閉じてベルに見えない顔を向けた。

 

「────ベル・クラネルだな?」

 

男か女かもわからない、少しエコーのかかった声がベルの鼓膜に届いた。

 

「…だったらなんだ。」

 

「あぁ、なに。私は敵ではない。」

 

「…怪しいやつは、みんなそう言うって、おじいちゃんが言ってた…」

 

「ムッ…いや、確かにその通りかもしれん。」

 

怪しいやつは皆そういうのだ。ベルが祖父に教わった事の一つ。ベルは油断なく構える。唯一惜しむべきは武器が手元にないことか。

 

「君には正直に話そう。まず、私はフェルズ…しがない魔法使い(マジックユーザー)だ。今はギルドでウラヌスの私兵をしている。傭兵のような者さ。」

 

そう言って、フェルズと名乗った人物は、正規のギルドの紋様を見せつける。ベルは、それに見覚えがあった。いつだったか、ベルが受付で指導を受けていた時に、太ったエルフがミィシャに文句を言いに来た。その胸元に、これと同じ紋様があった。

 

ベルは警戒を緩めず、話を聞くことにした。

 

「…そのギルドの私兵が、僕に何の用だ。」

 

「何、ギルドが君に指名で依頼を出したいのだよ。瞬く間にLvを上げ、今やたったの一月半でレベル3に上り詰めた超新星。君とは、私個人も仲良くして起きたいのさ。」

 

「…僕が…今それを受けるとでも?」

 

確かにそうだ、今、ベルは失意の中全てに対して無気力になっている。自身の復讐のことすら、まともに手が付けられない。

 

しかし、フェルズは断言した。

 

「────あぁ、君は絶対にこの依頼を受けるだろう。」

 

「……何故?」

 

フェルズは、内容を語り出す。

 

「最近、下層の状況が芳しくなくてね。ちょうど1週間前からだ。…あぁ、君はギルドにすら行っていなから知らなかったね。悪く思わないでくれ、前から君とはお近付きになりたかったのさ。」

 

「別に、いい…それで?」

 

「あぁ、モンスターが大量発生していてね。それの調査に赴いてもらいたい。」

 

ベルは、話を聞いて拍子抜けした。こんな内容、他の冒険者に任せてしまえばいい。自分が行く必要は無いのだから。

 

断ろうと手を振った瞬間に、フェルズは、あぁそうだ、と呟いた。

 

「24階層に赤髪の女と白髪の男(・・・・)が目撃されてね。」

 

ベルの髪が、逆立った。感情を昂らせ、黒雷を迸らせる。

 

「…興味を持っていただけたかな?」

 

「…受けよう。」

 

「罠かもしれないぞ?」

 

「叩き潰すだけだ。」

 

「私の言う事を信じるのか?」

 

ベルは、なんでも良かった。あの男を殺せるならば、嘘の情報だろうと踊らされてもよかった。

 

「嘘でも構わない。藁にもすがるってやつだ。────レフィーヤの仇を取れるなら、それで構わない。それに、罠だとしたら僕が寝てる間に僕を殺せた筈。それをしなかった時点で、お前は敵じゃない。」

 

「そうか…」

 

フェルズは、憐れんだような視線を向けて、ベルに向かい3つ指を立てた。

 

「明日から三日後…18階層のある場所に向かって欲しい。そこに協力者がいる。」

 

「わかった。」

 

ベルは踵を返し、準備のために部屋を出ようとした時、フェルズがベルにあることを教えた。

 

「そうだ、君が殺すべき相手の名を教えておこう────称号を【白髪鬼(ヴェンデッタ)】名を、オリヴァス・アクトだ。」

 

その言葉を、ベルはしっかりと噛み締め、忘れまいと頭で何度も繰り返す。

 

「………オリヴァス・アクト────覚えたぞ」

 

(ごめん…おじいちゃん…もう、忘れさせて欲しい。)

 

ただ、あの男を殺す為に。

 

ベルは、自身の復讐を捨て、他者のために復讐を決意する。

 

 

パチッ、パチッ

 

 

 

炎が、また燃え始めた。

 

 

尽きかけていたベルの焚き火に、ベルはまた、()を焚べる。

 

 




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