旅のとき、そこでしか食べれないものが食べたくなって   作:鳥頭堂正太郎

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夏コミ原稿


フランスパンの謎を…追わない(前段) 横須賀ベーカリー

初めてその店でパンを食べたのは、2018年の9月の事だ。

その時、同人誌用に岩松の天丼の画像などが欲しかったから、横須賀に行っていたのだけれど、朝食を食べに行こうとあてにしていた店が開店前だったり、休業日だったりして、フラれまくっていた時に、ふと見かけたパン屋が横須賀ベーカリーであった。

 

ベーカリーというより、むしろ、街のパン屋と呼ぶ方が似つかわしい気がするような、どこか昔懐かしいレトロな雰囲気のベーカリーである。

それを裏付けるように、店の入り口には、創業昭和3年「元祖フランスパン」の看板を掲げている。

らしいから、

昭和3年といえば、西暦になおすと1928年で91年前になり、艦娘では

1928年3月20日が進水日の白雪と同期という事になる。

 

店内に入ると棚には、丸くてふんわりとしたパンがところ狭しと、びっしりと並んでいる。

これが、ソフトフランスパンなのだが、それにジャムから揚げ物までさまざまな具が挟まれて売られている。

あまりにその種類がありすぎて、選ぶのに悩むくらいだ。

 

この時は、横須賀ベーカリーがそんな歴史ある店だとは思わずにいたから、適当に腹がふくれるような惣菜パンを買って食べている。

 

その後、コミケ前にディスプレイ用に横須賀の物品を購入しようと昨年末に、その時に年始は元日から営業と聞いていたので、元日に訪れており、年末にはポテチパンを、元日にはソフトフランスパン以外に甘食とシベリアを食べている。

ちなみに通常、7時からの営業だが、9時からの営業と開店時間は遅かった。

来年も元日営業する予定らしい。

 

ポテチパン、甘食、シベリアについては後述するとして、まずはフランスパンについて書くとしようか。

 

フランスパンというと、だいたいの人は固くて細長いバゲットくを連想するに違いない。

だが、バゲットはフランスパンの中の一種類にすぎず、実際はバゲット(杖、棒)、プティ・パン(小さいパン)、バタール(折衷の)、パリジャン(パリっ子)、ドゥ・リーヴル(2リーブル)、フルート(楽器のフルート)、フィセル(紐)、ブール(玉、ボール)、パン・ド・カンパーニュ(田舎パン)、エピ(穂)、シャンピニョン(マッシュルーム)、ファンデュ(双子または、スリットが入った)、クロワッサン(三日月)と、たくさんの種類があるらしい。

我ながらびっくりした。

むろん、バゲットのように長細いパンばかりではなく、円形だったりと様々な形状があるようで、調べた私自身がびっくりした。

クロワッサンがフランスパンになるという認識さえなかった。

だがまぁ、考えてみれば、米だっていろいろな種類があるんだから、フランスパンにだって、いろいろな種類があるのは当然の事ではないか。

 

さて、調べてみたら、日本におけるフランスパンの歴史は、幕末の開国から始まるのだそうだ。

記録に残る最古のフランスパンの職人は、築地居留地に開いた精養軒ホテルに雇われた料理長、カール・ヘス氏だそうである。

 

ところが、同ホテルが開業初日に大火に見舞われ、ヘス氏は失業してしまった。

そこで、パン職人としても優れた腕を持っていたヘス氏が、明治7(1874)年、築地に開いたのが、「チャリ舎」というパン屋なのだという。

だが、現在、築地にチャリ舎は存在しておらず、現存する最古のフランスパンの店は、文京区関口にある「関口フランスパン」だそうだ。

関口フランスパンは、小石川関口教会(現カトリック関口教会)が経営する孤児院が、子どもたちに手に職をつけさせようと発足した製パン部が出発点なのだそうである。

 

さて、横須賀である。

横須賀におけるフランスパンというと、広く知られている細長く固いバゲットではなく、丸く柔らかなソフトフランスと呼ばれるもなのだそうである。

 

なぜなのかというと、これまた話は幕末の昔に戻る事になるのだが、1865年慶応元(1865)年、江戸幕府の勘定奉行小栗忠順の進言により、横須賀に製鉄所を開設させるため、ヴェルニー公園の名の由来となった、レオンス・ヴェルニーを初めとする達海軍造船技師60人の技術者が招かれて横須賀に来着し、明治10年(1877)までの12年間建設作業が行われたのだという。

 

人間は食わねば生きていけない。

そのフランス人技師たちにパンを食べさせるため、横須賀製鉄所内に直径2メートルもある石造のパン焼き釜がつくられ、フランス人製パン技術者が指導をしたのだという。

 

無論、伝えられたフランスパンは、現在と同じ細長いバケットのフランスパンであったが、そのままだと焼き上がりまで40分もかかってしまう為、大量に焼くことができなかったのだそうな。

それで、当時の横須賀のパン職人さんが、パンの型を丸くし、焼き上がり時間を15分程度に短縮したフランスパンを作り出した。

それが広がって横須賀では、丸いフランスパンが主流になっているのだという。

 

それが横須賀ベーカリーで売られていたソフトフランスパンであったというわけだ。

 

さらに、横須賀ベーカリーでは、丸いフランスパンにバターと砂糖を加え、柔らかく食べやすいパンにしたそうである。

実際に何もトッピングしていないパンを食べてみたが、充分にうまかった。

 

なお、追加料金(50円くらい)を払えばジャム、バター、ピーナッツバターをトッピングとして、挟んで食べることも出来るらしいが、わざわざトッピングしてもらわなくても選ぶのに困るほど、具入りのパンがあるから、私は頼んだ事がないけれど。

 

さて、先述した甘食、シベリアについても書こうか。

ポテチパンについては、もう一軒行っているから、その後にしよう。

 

甘食とは、バターに砂糖、全卵、牛乳、重曹、小麦粉(薄力粉)とベーキングパウダーを合わせてふるったものを順番に混ぜては、入れて、また混ぜて、オーブンで焼いたものらしい。

ヤマザキやミニストップ、街のパン屋さん(もちろん売ってない店もある)などで売っているらしい。

 

直径5~6センチほどの平たく、ふんわりした半球形をしており、色合いは薄く白っぽい。

明治時代に南蛮菓子のマフィンの影響を受けて、新橋か代官山あたりで誕生したようである

 

個人経営のパン屋のほか、大手製パンメーカーでも3〜5個程度の単位で袋詰めした製品を販売しているようだ。

 

ちなみに、横須賀ベーカリーでは、二個で120円ぐらいで売っていたけれど、一個でも大丈夫?と聞いたら、いいよ。と言われたから一個だけ買って食べた。

 

1894年(翌年という記録もあるらしい)に、東京市芝区田村町にあった清新堂というパン屋が発売した「イカリ印のまき甘食」という製品が元祖と言われるが、詳細は不明のようだ。

1955年(昭和30年)頃には菓子の甘食が「絞り甘食」、渦巻き型のロールパンの甘食が「甘食」と称され、それぞれ販売されていた時期があるが、具体的な経緯はこれまた不明な模様。

 

とまあ、調べてみても詳しい事はよくわからん、謎めいた食べ物であるようだ。

ただ、確かな事は、生まれた東京を中心とした東日本(というよりも、福島から静岡までの関東近隣)において、知名度が高い(というよりそれ以外では著しく知名度が低い)食べ物であるということだ。

 

事実、筆者の住む愛知県でも甘食なんて滅多に見かける事がない。

 

なお、パン屋で売っているにも関わらず食感はパンのようではなく。

ふんわりとした軽い食感があり、口の中でハラハラと崩れてゆくようであった。

甘食とあるように、甘いのだが、控えめで素朴な味わいの、古めかしくも懐かしいような、そんな食べ物であった。

 

シベリア。

羊羹をカステラに挟み込んだような洋式とも、和式とも知れないレトロな菓子。

このシベリアもまた、謎に満ちた不思議な菓子なのであった。

なんと、発祥地から考案者、名称由来、食品分類に至るまで未だ正式な解明がなされていないというのだ。

ただ、その歴史はかなり古い古く、1916年(大正5年)創業の横浜のコテイベーカリーによれば、誕生は明治後半から大正初期頃で、当時はどこのパン屋でも製造していたとの記録があるようだが、他にもミルクホールなどでも出されていたようで、大正時代の古川ロッパの著書、『ロッパの悲食記』の一節、『甘話休題』に、ミルクホールの硝子器に入っているケーキは、シベリヤと称する、カステラの間に白い羊羹を挿んだ、三角形のもの。と書かれているので、その時代にはかなり人気があったとわかる。

 

ところで、カステラで羊羹を挟んだような形状と書いたけれども、よく見ると羊羹とカステラが癒着しているので、実際はトレーにカステラを敷いてから融けた状態で羊羹を流し込み、さらにその上にカステラを被せる方式で作っているのだ。

これはサンドイッチのように、挟めば良いというわけにはいかず、大変に手間と時間がかかるらしい。

 

となると、ブーム中の大人気で、作った先から売れていた時代であれば、手間と時間がかかろうとも、優先して作り売ったであろうが、人気が衰えていくと、朝からたくさんの種類のパンを作り焼かねばならないパン屋にとって、シベリアにばかり手を割いてはいられないのは自明の理であるから、だんだんと作られなくなり、幻の菓子とも呼ばれるようになっていったのであろう。

 

ところで、小豆の餡子を使っているため、ロシアのシベリア地方が発祥ではない事は明確で。

おそらくナポリタンスパゲッティと同様に日本生まれの菓子であろう。

 

名称の由来に関しては諸説あるが、羊羹をシベリアの永久凍土に見立てたという説。

カステラの部分を氷原に、羊羹の部分をシベリア鉄道の線路に見立てたという説。

シベリア出兵にちなんだものだからという説。

日露戦争に従軍していた菓子職人が考案した説等があるようだが、それも定かではないらしい。

 

なお、作中に赤城が出た事で、提督には有名なアニメーション映画『風立ちぬ』の劇中にシベリアが登場したことで、「昔懐かしい菓子」として注目を集めたそうである。

 

他の店ではいざ知らず、横須賀ベーカリーでは、シベリアは長い一本(一棹?)で売られており、それを、半分にカットしたのがハーフ、さらに一人分に切り分けたのがミニとなる。

私はこのミニを買ってきて食べたのだけれど、カステラは気泡が細かく、ふっくらとしていて、口当たりも滑らか。

真ん中の羊羹は水ようかんのような柔い質感でいながらもみずみずしい羊羹で、カステラと羊羹、どちらも甘すぎずに食べやすく、非常にうまかった。

結果として、横須賀ベーカリーで食べたもので不味かったなどという事は一度もなかった。

 

ちなみに、横須賀ベーカリーでは店頭に置かれている椅子に座って買い求めたパンを食べる事ができ、その際には店内に置かれているドリンクサーバーの飲み物を飲んでいいそうである。

 

ただ、元日の朝の9時に吹きっさらしの道端で食べるのはさすがにちょいと寒かったが。

 

だが、パンの味だけでなく、開店時の忙しい時間帯でありながら、接客は丁寧で、とても良い店だなと思った。

近場にあったら、毎日でも通いたいほどだ。

 

さて、話が長くなったので、次の店の話は後段でするとしようか。

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