旅のとき、そこでしか食べれないものが食べたくなって 作:鳥頭堂正太郎
昔、私は牡蠣が嫌いだった。
はじめて食べた牡蠣が口の中でぐちゃっと潰れる感触が気持ち悪くて、二度と食べないと思った。
それから、永い年月が過ぎ、ひょいと嫌いな牡蠣を克服しようと思った。
なぜそう思ったか、今では覚えていないが、三重県で牡蠣の食べ放題があったかなんかだった気がする。
それでまぁ、なんとか克服した。
別に牡蠣にあたったとかではなく、潰れる感触が気持ち悪かっただけだから、注意して食べたらいけるものである。
それからは牡蠣を普通に喰えるようになった。
ある時、金沢の方へ旅をする事にしたのだが、なんでも石川県の珠洲には黄金岩牡蠣という特別な岩牡蠣があるのだそうだ。
だが、私が行くより前には、珠洲以外でも食べられたらしいが、量が減ったのか、珠洲から外へは出さなくなってしまい、しかも、コミケ前の8月前半で終了してしまい、さらに店に事前予約しなければならなくなっていた。
そこでレストラン浜中という店へ電話をし、岩牡蠣を予約したのだが、サイズによって値段が違い、M、L、LLとあって、Lを頼んだが2280円ほどした。
そうしてやっと、金沢から珠洲へと向かったのであるが、だがもう、その大変な事と言ったらなかったのである。
というのも、珠洲は能登半島の先端にあり、そこに行く電車は既に廃線となっており、途中からバスで行くしかないのだが、
金沢を6時30分発のIRいしかわ鉄道線七尾行に乗って7時57分に七尾に着くと、今度は8時17分発のJR七尾線穴水行に乗り、9時4分に穴水に着く。
電車はここまでしかないから、穴水で下車して、駅前のバス停から9時11分発の北鉄奥能登バス 穴水宇出津B 能登町役場前行に乗る。
このバスは3時間おきぐらいしか便がなく、これに乗り損ねてしまうと、次は12時29分発になってしまうのだ。
1時間20分して、10時34分に能登町役場前に到着する、それから26分待って、11時10分発の北鉄奥能登バス 宇出津珠洲A すずなり館前行に乗る。
また、1時間もかかって、12時15分に竹中橋というバス停で下車する。
めざすレストラン浜中はそこから徒歩1分の距離である。
帰りもまた、同じ道を通って金沢まで戻るのだが、
レストラン浜中を13時15分に出て、金沢に着くのは17時25分である。
さすがに1時間では食事をするのみで観光なんて出来ない。
つまり、金沢から1日かけて、電車とバスを乗り継いで珠洲まで来て、観光もせずに、岩牡蠣だけを食べて戻った訳である。
我ながら酔狂な話である。
ちなみに、バスは廃線の跡を通っていく為、何度か◯◯駅前というバス停に停まった。
そこには、駅舎が残っていたが、もはや、そこに電車が停まる事は無いのが切なかった。
そんな思いをしてまでたどり着いたレストラン浜中は、道沿いにある大きな看板が目印の店であった。
奥の方には団体客ようの広間があるらしいが、一人の私は手前の席に通された。
黄金岩牡蠣というのは、輪島市、珠洲市、穴水町、能登町の石川県奥能登地区で提供されている、ご当地グルメの能登丼として提供されているもので、能登丼の定義というのが、
【食材】
奥能登産のコシヒカリ(米)を使用している
奥能登の水を使用している
メイン食材に地場でとれた旬の魚介類、能登で育まれた肉類・野菜等または
地元産の伝統保存食を使用している
【食器】
能登産の器を使用している
能登産の箸を使用している
箸はお客様にプレゼント
【調理】
健康、長寿、ヘルシーにこだわっている
オリジナリティ、奥能登らしい、店独特のものが溢れる丼
奥能登地域内で調理し、提供している
というモノで、どんな丼かは、店独自となっている。
その能登丼の夏場のみのメニューとして、レストラン浜中が出しているのが、黄金岩牡蠣石焼丼なのである。
珠洲産の黄金岩ガキを、付け合わせの野菜と共に、客が自ら石盤で焼いて丼に移して、秘伝のタレをかけて食べるいうものであった。
牡蠣というものは、冬場の養殖される牡蠣と、夏場に海女さんが昔ながらの素潜りでもって採ってくる岩牡蠣の二種類あって、黄金岩牡蠣とは、一般的な岩牡蠣が水深5mくらいの所に生息しているのに対して、黄金岩牡蠣はより水深の深い所に生息しており、水深15〜20mくらいの所に生息しているのだという。
しかも、海底の潮の流れが速く、殻が砂に洗われながら育つ為、藻が付かずに、太陽の光を反射して黄金色に輝いて見えるのが、その名の由来なのだそうである。
無論、その黄金色に輝いている姿を見れるのは、潜って採りに行く海女さんたちだけであって、料理に提供される岩牡蠣の殻が光っている訳ではない。
だが、なるほど、通常の牡蠣の殻がびっしりと藻が付き、いかにも手を切りそうなくらいガサガサしているのに対して、黄金岩牡蠣はまったく藻がついていなくて、つるりとしている。
Lサイズという事もあってか、殻の大きさもかなり大きく、添えてあるくし切りのレモンの倍ほどの大きさがあり、その殻のベッドの中にでろんと大ぶりの丸々としたな牡蠣が横たわっている。
黄金岩牡蠣の石焼丼はその岩牡蠣とカボチャや芋などの野菜と一緒に熱した石板に乗せて焼き、それをタレに付けて食べるというものだが、むろん、その岩牡蠣は生でも食べられるので、まず、一口、生で食べてみたが、他の岩牡蠣とは比較できないほどに磯の香が強く、ちょっと閉口してしまった。
その後は焼いてタレに付けて食べてみたが、まったくもって、他所の牡蠣とは違っていたし、このタレがまたうまかった。
店を出る時に、店主にタレが非常にうまくて、これは何のタレなんですかと聞いたが、はぐらかされてしまい答えてくれなかったが、この店独自のタレだったのかもしれない。
なんでも、この黄金岩牡蠣を食べてから、他所の牡蠣を食べれなくなってしまい、毎年、他県から遠征してくるような客もいるらしい。
その気持ちもわからぬはないが、岩牡蠣一つと少なめの野菜と飯と汁で、この値段はなかなか出せるものではないし、なんといっても金沢から行って戻るだけで1日かかるとあってはなかなかに難しい。
それでも、今後、チャンスがあって、もし、今度行ける時は、ちゃんと珠洲で宿泊して、岩牡蠣を喰いたいものである。
ところで、珠洲というと、夏から秋に行われ能登を彩るキリコ祭という祭が有名で、キリコとは直方体の切子灯籠のことで、そのキリコが担ぎ出される活気に溢れた祭なのであるが、ほとんどが9月に行われるのに対して、
飯田町燈籠山祭りは7月20日・21日に、
宝立七夕キリコまつりは8月7日に行われているそうで、可能であれば、そのどちらかに合わせて、珠洲を訪れる事ができれば、黄金岩牡蠣をまた喰えるなぁと思う私なのであった。