旅のとき、そこでしか食べれないものが食べたくなって 作:鳥頭堂正太郎
今年は食べに行けなくて辛い。
夏にうまい食べ物というと、そうめんだ。
茹だるような暑さの中、きりりと冷たく冷やされたそうめんをすすりこみ、喉を流れ落ちていく快味と言ったらない。
同じ小麦粉を使った麺にひやむぎや饂飩があるが、これらに製法上の違いはなく、現在は麺の太さのみが違いであり、直径1.3mm以上1.7mm未満のものがひやむぎ、直径1.3mm未満がそうめん、逆に直径1.7mm以上はうどんと分類されるそうである。
日本を代表するそうめんと言えば、兵庫県の「揖保乃糸」、香川県の「小豆島そうめん」、そして、奈良県の「三輪そうめん」の3つであり、中でも三輪そうめんは日本のそうめん文化の源流なのだそうで、そうめんの歴史は古く奈良時代にまで遡れるのだそうだ。
そして、三輪山から流れてくる豊富で良質な水と夏暑く冬寒いという、盆地特有の寒暖の激しい気候などというそうめん作りに適した地理的好条件のため、三輪では長くそうめん作りが続いてきたそうである。
そんな訳で、三輪にはたくさんのそうめんを商う店が数多くあるのだが、私が三輪でそうめんを食べに行くのがそうめん處 森正 である。
前に京都の祇園祭の宵山を見物に行き、あまりの暑さに耐えかねて、わざわざ、三輪の森正までそうめんを食べに行った事があるほど、森正のそうめんはうまい。
森正は大神神社二の鳥居のすぐ近くにあって、立派な門がまえに、奈良麻ののれんがかけられている。
この門は、近松門左衛門の「冥土の飛脚」で、忠兵衛と梅川が一泊したが、現在は閉業している宿屋の「三輪茶屋」の門を移設したものなのだそうだ。
なるほど立派なわけである。
麻といえば、奈良には中川政七商店という有名な麻の老舗があって、よく活用させてもらっていたが、麻ののれんはいかにも涼しげでよく似合っていると思う。
中に入ると、古民家の庭に
重厚な米松の机が並んでいて、そこでそうめんを食べる事になる。
庭だから、当然、冷房もなければ暖房もない。
頭上にはよしずが掛けてあるから、直射日光は遮られるも、夏には暑く、冬寒いのは変わらない。
だが、それがいい。
冷房で寒いくらいの部屋で冷たいそうめんを食べたってさほどにうまくはない。
暑くてダラダラ汗をかいた身体で、つめたく冷やしたそうめんをすすりこむからうまいのだし、冷えきった寒い身体に熱い釜揚げのにゅうめんを食べるからうまいのだ。
他のそうめんの店ではみんな、エアコンの効いた店内でそうめんを喰わせるがそんな店には足を向ける気にもならない。
三輪の駅から商店街を歩いて、すっかり茹でダコのようになった身体に、透明な氷の浮いているような冷たいそうめんを食べるからうまいのだ。
冷房で冷えた身体に冷たいそうめんなんて食べてうまいものか!
そんな訳で、私は森正を贔屓にしているのである。
ところで、森正では、そうめんのメニューが少ない。
春から秋の
暑い期間だけの冷やし。
それとは逆の秋から春の寒い期間だけの釜揚げ。
そして、通年メニューのにゅうめんだけだ。
後は柿の葉寿司や甘味だけで、そうめんに関しては二種類しかない。
だが、そもそも、夏には冷たい冷やしそうめん、冬には温かい釜揚げそうめんを口に出来れば良いわけだし、天ぷらだの煮物だのが加わったところで、おそらく一番うまいのはそうめんなのだから、そんなものを付属させる必要が無いと思うので、これで良いと思う。
そして、届くそうめんもまた、シンプルなもので、透明な氷の塊が入った器に1束のそうめん。
それに、やや甘めのシイタケ、エビ、錦糸卵がのっているだけ。
にうめんには、三つ葉、しめじ、天かす。
釜揚げにいたっては三つ葉と胡麻のみである。
だが、これがいい。
このシンプルさがいい。
シンプルであるほと、そうめんの旨味をより味わえるのだから。
ともかく、届いた器と箸を手にして、そうめんを一口すすりこむと、もう食べ終わるまでそうめんをすするのが止まらなくなる、そうめんを手繰る箸を動かす手が止められなくなる。
盆地特有の奈良の暑さの中で、つめたく冷えたそうめんのうまいこと、うまいこと。
そうして、そうめんをすべて食べきり、汁や水まで飲み干してから、私は卓上に置かれているセルフサービスの冷たいお茶を飲む。
いくら暑くても、先に冷茶を飲んでしまっては、冷えたそうめんを最も味わえぬからだ。
夏場の暑い時期に食べる森正の冷やしそうめんは本当にうまい。
次は奈良のかき氷にしようかな?