「あの……? どうかしましたか? どこか具合でも悪いのですか?」
俺が予想外の出来事に固まっていると、目の前にいる頼光さんが心配そうな表情を浮かべて話しかけてきた。
「え? い、いや、何でもない。そういえば自己紹介がまだでしたね。俺は孔雀原留人。貴女を召喚したマスターだ。よろしくお願いします」
「孔雀原留人……いいお名前ですね」
俺が自己紹介をすると頼光さんは心配そうな表情を笑顔に変えてそう言ってくれた。その声は前世で遊んだ「Fate/Grand Order」で何度でも聞いた頼光さんの声と全く同じだった。
最初は俺がカウレスの立ち位置だったバーサーカーのマスターになった事に驚いたが、こうして考えてみると頼光さんを召喚できたのは幸運なのかもしれない。
頼光さんは「Fate/Grand Order」でも屈指の戦闘系サーヴァントで、人格も一部不安なところはあるが、それでもクセが強いサーヴァント達の中では話が通じる部類だ。
元々俺が黒の陣営のマスターに選ばれた時点で原作との「ズレ」が生じているんだ。それだったら頼光さんのような強力で協力的なサーヴァントがいてくれた方が不測の事態が起きたときに助かる確率が高いだろう。
前世の記憶を取り戻した俺はこの世界が物語の世界だと気づいたが、だからといってゲーム感覚で楽しめるような呑気な性格はしていない。俺はこれから起こる聖杯大戦を生き残って、この世界で生きていく。そのためには彼女の、バーサーカーのサーヴァントである源頼光の協力が必要不可欠だ。
そう結論を出した俺は早速頼光さんとコミュニケーションをとることにした。
聖杯戦争で生き抜くのに大事なことは自分のサーヴァントと良好な関係を築くことだ。前世で見てきた「Fate/」シリーズでは、自分のサーヴァントと信頼関係を築けなかったマスターは必ずと言っていいほど何らかの形で自滅している。
幸いというか頼光さんとコミュニケーションをとることは苦ではなかった。俺としては「Fate/Grand Order」でお気に入りのキャラクターであった頼光さんと話すことは苦になるどころかむしろ楽しかったし、頼光さんの方も俺との会話を楽しんでくれているみたいだった。
それからしばらくの間、俺は頼光さんと談笑した後、いよいよ核心に迫る質問を彼女にすることにした。
「あの、頼光さん? 頼光さんは聖杯を手に入れたら一体何を願うのですか?」
「聖杯への願い、ですか。やはり、母と子の愛に満ちた、平穏な世が一番ですね」
「………」
俺の質問に対する頼光さんの答えは「Fate/Grand Order」で聞いた聖杯に対する願いと全く同じもので、それを聞いた俺は自分の頬に冷や汗が流れたのを感じた。
聖杯大戦に召喚されるサーヴァントの一体にアタランテというサーヴァントがいて、彼女の聖杯に対する願いは「子供が永遠に愛される世界」という、今さっき頼光さんが言った願いとよく似ているものであった。
子供が愛され続ける世界。それだけを聞くと理想的な願いに思われるが、現実的に考えるとその願いは不可能だ。人の心程不確かなものはなく、世界の子供達が愛され続ける世界だなんて、それこそ聖杯の力で世界中の人達の意識を上書きするくらいの荒業を使わないと実現不可能だと言える。
だからこそアタランテは最後まで聖杯を求め、最終的に彼女はこの物語の主人公とも言える者達と敵対することになったのだ。
もし頼光さんの願いもアタランテと同じものだったら彼女も最後にはこの物語の敵となるだろう。そうなったら頼光さんのマスターである俺も危ない。そうなる前に……いや。
「マスター? どうしました?」
「いや、その……。頼光さん? 母と子の愛情に満ちた世界とはどういう意味ですか? 世界中の親子を聖杯の力で愛し合わせるという事ですか?」
俺は早まった結論を出そうとする思考に待ったをかけて頼光さんに確認を取る。すると頼光さんは少し考えた後、少し悲しそうな表情を浮かべて首を横に振った。
「いいえ。聖杯の力で親子の間に愛情を抱かせてもそれは所詮まやかし。私は以前、愛に飢えた哀れな者が人の心を操る妖術を手に入れたところを見た事があります。その結果は実に悲しいものでした。やはり真実の愛とは自分自身で気づくもの。聖杯の力は親子が愛に気づく一助になればいいと思います」
「そ、そうですか……」
頼光さんの言葉を聞いて俺は内心で胸をなでおろした。どうやら頼光さんはアタランテとは違い、現実的な願いの持ち主のようだ。
これなら頼光さんと敵対する事はないだろうと安心していると、今度は彼女の方から俺に質問をしてきた。
「それでマスター? マスターは聖杯にどのような願いを願うのですか?」
「俺ですか? 聖杯の願いはまだないですけど、今のところの目標は『この世界で生き残ること』ですね」
「この世界?」
俺は首を傾げる頼光さんに自分の秘密を明かす事にした。これから起こる聖杯大戦で生き残るには彼女の協力が必要不可欠である為、頼光さんにだけは俺の事を全て知ってもらおうと思ったからだ。
俺が転生者で前世の記憶を持っていること。
この世界が前世で読んだ物語の世界であること。
そしてその前世で読んだ物語によれば、これから起こる聖杯大戦は非常に危険な上に最終的には世界の危機にまで発展すること。
その全てを話し終えた頃には流石の頼光さんも驚いた表情となって口元を隠していた。
「そんな……まさかそのような事が起こるだなんて……」
「信じられないと思いますが事実です。俺はどんな事があっても生き残りたい。ですからそのためには頼光さんの協力が……うぷ?」
言葉の途中で俺は頼光さんに抱きしめられて、顔を彼女の胸元に埋もれさせていた。突然のことに俺が混乱させていると頼光さんの声が聞こえてきた。
「なんと可哀想に……そんな重すぎる事実を今まで一人で抱えていただなんて……。でも大丈夫ですよ。これからはこの母がいますからね。もうマスター一人だけで悩まなくてもいいのですよ」
「………」
頼光さんの言葉を聞いて俺は自分の心が少し軽くなった気がした。
そう、今の俺には源頼光という心強い味方がいる。そして原作知識という未来の知識だって、多少の「ズレ」が生じてはいるがまだ有効に使えるはずだ。これを上手く使えばこの聖杯大戦も生き抜くことが……生き……抜く……。
………。
……………。
…………………。
「………!」
「どうしたのですか、マスター!? 心が折れたような顔となって床に手をつけて!?」
これからの聖杯大戦、どのように生き抜こうかと考えた俺は、まずユグドミレニアが敗北した原因を見つめ直すことにしたのだが……ユグドミレニアが敗北した理由ってほとんど自滅じゃないか!? こんなのいくら原作知識と頼光さんの協力があってもどうしようもないぞ!
……この聖杯大戦、俺は生きのびることができるのか?
やっぱり続かない?