「では……まずは小手調べだ」
「っ!」
槍を水平に構えてこちらへ突撃してくるカルナを迎え撃つべく、頼光さんが前に飛び出る。二人が振るった刀と槍がぶつかり合って止り、次の瞬間に二人を中心に凄まじい衝撃波が発生した。
「うおおっ!?」
俺はとっさに両腕を顔の前に構えて、衝撃波とそれによって吹き飛ばされた砂や石から目を守った。そしてそんな俺の前では、頼光さんとカルナによる戦闘が行われていた。
カルナが黄金の槍を神速の速さで突き、時には縦に横にと振るい、それを頼光さんが刀で受けて弾くのと同時に切り返す。その度に爆弾が爆発したような衝撃波と爆音が、大気と地面を震わせる。
頼光さんもカルナもまだ全然本気ではなく小手調べなのに、それでも音速の戦いとか頭がおかしいだろ? 強化魔術で身体能力を強化して踏み止まっていなかったら、今頃吹き飛ばされているぞ?
……でもこれこそが聖杯戦争だ。
武芸、魔術、学問、芸術、冒険……。何らかの形で「人間の可能性」を極めて人類史に刻み込まれた英雄、偉人が「英雄とは人間を超えた存在である」という全人類が古代から積み上げ続けている幻想によって昇華された英霊。
その英霊同士が戦い合う、尋常ならざる戦いこそが聖杯戦争。
前の戦闘ではモードレッドは頼光さんに任せて、アタランテは不意打ちからの固有結界で行動を起こす前に倒したから自覚はなかったが、こうして目の前の頼光さんとカルナの戦いを見てようやく自覚できた。あの亜種聖杯戦争、剣の戦争からなんとか生き残ってから三年。俺は再びこの地獄のような聖杯戦争の戦場に帰ってきたのだ。
……正直、またこんな怖い思いをしない、もっと安全な解決策はないのかと今でも思う。だけど前世の記憶を取り戻してから今まで散々考えた結論が、こうして戦うことだったのだ。
ここでカルナに俺が転生者である事、原作知識によるこの聖杯大戦の流れと結末、そして「赤」のマスターの状況を話せば、恐ろしいくらいの精度で嘘を見抜く彼は、高い確率で仲間になってくれるかもしれない。……しかしこの行動には、一つの最悪の可能性があった。
現在、獅子劫さんを除く「赤」のマスターの全員は、この物語の最後の敵となる「赤」のアサシンのマスターに毒を盛られていて、彼の操り人形となっている。つまり「赤」のアサシンのマスターは、その気になればいつでも他の「赤」のマスター達からマスター権を奪う事ができて、しかも彼には厄介な能力がある。
それは令呪。しかも他のマスターのように三画ではなく、最低でも十画はある大量の令呪。
「赤」のアサシンのマスターの正体は、ダーニックが冬木から大聖杯を奪った第三次聖杯戦争で召喚され、そのまま受肉して現世に残り続けた「ルーラー」のサーヴァント。その真名は天草四郎時貞。
天草四郎は恐らく、何らかの手段でこの戦いを監視しているだろう。そんな中で俺が全てを話してカルナを仲間にすることに成功したら、天草四郎は強硬手段に出る可能性がある。
強硬手段とはカルナとアキレウスのマスターからマスター権を奪い、その大量の令呪を使って二人を自分の操り人形にしてしまうという事。これがもし成功してしまったら、カルナとアキレウスは意志を持たない、天草四郎命令に逆らうことのない、これ以上なく強力な兵器と化すだろう。
これが俺の考える最悪の可能性。カルナとアキレウス程の強い意志を持つ大英雄が、いくら令呪とはいえ、そう簡単に操られるとは思えないが、それでももし俺が考えた最悪の自体が起こってしまったら、その後はどうなるか考えるだけでも恐ろしい。
だから戦う。どれだけ怖くて危険でも、これが一番自分が生き残って「黒」の陣営が勝利する確率が高いのだと、信じて戦うしかないのだ。
「はっ!」
頼光さんがカルナの黄金の槍を弾くと同時に刀を振るい、彼女の刀がカルナの鎧で被われていない胸を斬る。しかし傷は浅く血は全く出ておらず、傷はすぐに塞がると痕も残さずに消えてしまった。
スピードはカルナの方が上だけど、パワーは頼光さんの方が上。武器の扱いだって負けていない。
だけどあの厄介な黄金の鎧のせいで、思うようにダメージを与えられない上に即座に回復してしまう。
インドの二大叙事詩「マハーバーラタ」に登場するカルナは太陽神スーリヤの子供であり、父であるスーリヤから黄金の耳輪と鎧を身につけた姿で産まれたとされている。そしてその黄金の鎧は太陽の光そのものを形にしたもので、神々ですら破壊は困難な上に身に付けている者を不死身にする力もあり、黄金の鎧を身に付けているカルナは誰にも殺せないと言われていたそうだ。
そんな伝説が防御宝具となったのがカルナの黄金の鎧だ。黄金の鎧を身に付けているカルナは、受けるダメージが十分の一以下になるだけでなく、不死身かと思うくらいの回復能力を得ている。
だからカルナを倒すには、まずあの厄介な黄金の鎧をなんとかする必要があるのだ。
一応、あの黄金の鎧を貫く策はある。……まぁ、
俺はポケットに入れていた勾玉と、首にかけていた首飾りの勾玉を手に取った。この二つの勾玉が俺の二つの切り札。
ポケットから取り出した勾玉は、俺の固有結界「
そして首飾りの勾玉は、以前の戦いで獅子劫さんの魔弾から俺を守ってくれたもので、その中に秘められた「力」は俺以外誰も知らない、正真正銘、俺の奥の手中の奥の手だ。
切り札である二つの勾玉を見てから俺は、自分の左手の甲に刻まれた、ユグドミレニア一族の紋章と同じデザインをした令呪を見る。さて、これを使うにしても一体どのタイミングで使え……ば……?
「………」
「カルナさん? 貴方、どういうつもりですか?」
俺がどのタイミングで切り札を使い、カルナの黄金の鎧を貫く策を実行しようかと考えていると、当の本人であるカルナはいつの間にか槍を下ろして俺の方に視線を向けており、そんなカルナを見て頼光さんが怪訝な顔をする。
「何か俺を倒す策があるのだろう? 早く使ったらどうだ?」
「な、何?」
カルナの言葉に俺が思わず聞き返すと、施しの英雄は何でもないように言葉を続ける。
「俺とバーサーカーの戦いが始まっても、お前がここから離れようとしない時点で、お前には俺に対抗する策があるのは理解した。ならば試してみるがいい。それとも実行に時間が必要ならば待ってやろうか?」
「「………」」
俺と頼光さんはカルナの言葉に、思わず何とも言えない微妙な表情となる。
多分カルナは「俺は逃げも隠れもしない。お前達の必勝の策も力も全て受け止め、そして勝利する」みたいな感じで言ったのだろうが、この言い方はカルナがどんな人物か知っている俺でさえ、聞きようによっては嫌味に聞こえるぞ?
……だけどまぁ? 策を実行するチャンスと時間をくれると言うのなら、ありがたくそれを使わせてもらおうか。
「バーサーカー! 例の作戦、いきますよ!」
「はい!」
「くるか……」
俺が叫ぶと頼光さんが頷き、カルナが興味深かそうに俺達を見てくる。
そして俺は二つある勾玉の一つの力を解放させて、固有結界「