「マスター? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……。聖杯大戦で生き残って、それでいて自陣を勝たせる方法を考えると、あまりにもその道筋が困難だったもので……」
「聖杯、大戦? 自陣?」
俺に気遣って声をかけてくれた頼光さんに答えると、それを聞いて彼女は首を傾げた。ああ、そうか、頼光さんは知らないのか。
「そういえば説明していませんでしたね。これから起こるのは七騎のサーヴァントが戦い合う聖杯戦争じゃなくて、『黒』と『赤』の二つの陣営がそれぞれ七騎のサーヴァントを召喚して計十四騎のサーヴァントが参加する聖杯大戦なんです。それで俺が所属しているのはユグドミレニアという一族の魔術師だけの『黒』の陣営。だけど俺が知っている物語では『黒』の陣営のサーヴァントとそのマスターは、その大半がロクな結末じゃないんですよ」
そこまで説明して俺は、物語で「黒」の陣営のサーヴァントとマスターがどの様な結末を迎えるのかを話した。
セイバー組。
セイバーは知名度も実力も非常に高く「黒」の陣営の主戦力で、マスターも一流の魔術師。しかしマスターはサーヴァントを単なる使い魔としか見ておらず、セイバーが大人しく従ってくれているお陰で何とか、辛うじて主従の関係を保てている状態。
最後は脱走した一人のホムンクルス(後の主人公)を捕縛する任務で、マスターがホムンクルスを殺しかけて、それを救おうとセイバーが自分の心臓をホムンクルスに捧げ、聖杯大戦最初の脱落者となる。
アーチャー組。
アーチャーは神話の時代の英霊でマスターは若いながらも一流の魔術師。その上、アーチャーもマスターも互いを理解して尊重し合う理想的な関係で、その事もあってアーチャー組は戦いの面でも事務的な面でも「黒」の陣営を支えてくれた。
最後は「赤」の陣営が召喚した「赤」のライダーに敗北したが、アーチャーが遺してくれたものは大きく、アーチャー組がいなければユグドミレニアの一族は早々と敗北していただろう。
ランサー組。
ランサーのマスターは「黒」の陣営、ユグドミレニア一族のトップであるダーニック。ランサーは生前は王であった英霊であったため、ランサーが主でダーニックが従の関係であったが、それでも表面上は上手くいっており、最初はランサー組が「黒」の陣営をまとめていた。
しかしダーニックは内心でランサーのことを使い魔と見下しており、聖杯大戦の途中で不利な戦況を覆す為にランサーが「決して使用しない」と言っていた宝具を令呪で無理矢理使用させる。それによって暴走したランサーはダーニックを殺して吸収してしまう。
宝具を使ったランサーは確かに強力な力を得たが、敵側に宝具を使った状態のランサーにとって天敵と言える存在がいて、ランサーはその天敵によってあっさりと倒されるという最期を迎える。
更に言えばダーニックが聖杯大戦で自滅してしまったせいで、最後の戦いの後に指導者を失ったユグドミレニア一族は魔術協会によって解体され、ユグドミレニアの歴史に幕を引いたのはダーニック自身であった。
ライダー組。
ライダーは自身の戦闘能力こそ低いが、その人格で周りのムードメーカーとなって、他にも複数の宝具を所有していることから不利な戦況を覆す可能性を持つ。実際、世界の危機を救う最後の戦いではライダーの宝具は大きな助けとなった。
最後の戦いが終るとライダーは受肉して現世を気ままに旅をすることになり、結果から見ればライダーはこの物語で一番の勝ち組と思われる。
しかしライダーは召喚した最初のマスターが、重度のサディスト……どころかサイコパスの殺人者とも言える人物で悪すぎた。ライダーのマスターは、ライダーを苦しめるためだけに聖杯大戦の最中にもかかわらず令呪で無茶な命令を出そうとして、その隙を突かれて「赤」のセイバーに首をはねられて死んでしまう。
キャスター組。
キャスターはゴーレムの製造に長けた魔術師の英霊で、多くのゴーレムを製造してユグドミレニアの戦力を揃えたりと、聖杯大戦が始まる前からユグドミレニアを支えてくれている。マスターもゴーレムの製造を得意とする魔術師で、キャスターとマスターの関係は主従では無く師弟関係と言った感じ。
キャスターとそのマスターは、表向きは師弟として良い関係を築けているように見えたが、実際はお互いの事を見ておらず、その理解不足と信頼の歪みは最悪の形で表れる事に。
キャスターの望みは自身の宝具である究極のゴーレムを製造することなのだが、その製造は困難を極めた。「黒」の陣営では究極のゴーレムを製造できないと判断したキャスターは敵に寝返り、更には自分のマスターを部品として使い、ついに究極のゴーレムを完成させるのだが、その直後にかつての仲間だった「黒」のサーヴァントに殺されてしまう。
アサシン組。
アサシンは怨念の集合体という反英霊で、マスターはユグドミレニアの魔術師がなるはずだったのだがアサシンの召喚直後、魔術師が召喚の生け贄用に儀式の場に捕らえていた一般人の女性にマスター権を奪われてしまう。
その後、アサシンと新たなマスターとなった女性は「黒」でも「赤」でもない第三の勢力となり、自分達の思うままに聖杯大戦を荒らし、最終的には最後の戦いの前に倒されてしまう。
また、アサシンは「黒」の陣営の本拠地にも攻撃を仕掛けたことがあって、その際に「黒」の陣営は決して少なくない被害に遭うことになる。
バーサーカー組。
今回は俺と頼光さんがバーサーカー組だが、本来の物語では別のサーヴァントとマスターだった。
本来のバーサーカー組はサーヴァントもマスターもとても一流とは言えなかったが、それでもとても良い信頼関係を築いていて、安定した戦いぶりをみせていた。
聖杯大戦時、「赤」のセイバーを倒すためにバーサーカーは最大出力の宝具を使い自爆してしまう。だがこの時の宝具の余波がその場にいた主人公に影響を与え、最後の戦いで大きな助けとなる。
「……それは、なんと言いますか……その……」
俺が「黒」の陣営の結末を話すと頼光さんは何とも言えない表情となって言葉を濁す。
うん。気持ちは分かる。だってこうして説明することで俺も「黒」の陣営の酷さが再認識できたから。
頼光さんが、バーサーカーが呆れるくらい酷いサーヴァントとマスターの信頼関係なんてそう多くな……いや、結構あるかな? とにかく「黒」の陣営はもう少しだけ信頼とか慎重さとかがあったら、もう少しマシな結末があった気がする。
特に酷いのがランサー組だ。ダーニックは生粋の魔術師だから内心でランサーを見下しているのも一応納得できるが、それにしても聖杯大戦ではもっとやり様があったんじゃないかと思う。前世の小説やアニメで知ったダーニックの戦いは焦りのあまりの失敗が目立って、もっと落ち着いて戦いに挑めばあんな自爆としかいえない結末にならなかったはずだ。
というか「黒」の陣営で真面目に聖杯大戦をやっていたのってアーチャー組とバーサーカー組だけじゃない? しかもそのバーサーカー組は俺と頼光さんが乗っ取っちゃったし……。
これ、本当に大丈夫? 俺ってば生き残れるの? 何だか他のサーヴァントかマスターの自滅巻き込まれて死んでしまうフラグ乱立している様に見えるんだけど?
今回の話を書いてみて、作者もユグドミレニアを勝たせるのは並大抵な苦労ではないと痛感しました。
……やっぱり続かない?