時はカウレス達四人のマスターがそれぞれサーヴァントを召喚して、「黒」の陣営の戦力が揃った日から数日前に遡る。
ユグドミレニア一族が魔術協会へ宣戦布告を行なってから数日後。ロンドンにある魔術協会の総本山、時計塔にある召喚科学部長ロッコ・ベルフェバンの部屋に一人の魔術師が呼ばれていた。
魔術師の名前は獅子劫界離。フリーランスの
そして今日、獅子劫が呼ばれたのも仕事を依頼されたからなのだが、今回の依頼はこれまでのとは毛色が違うものであった。
「聖杯大戦に『赤』の陣営、ね……」
ロッコから依頼の内容と、それに関する情報を聞いて獅子劫は小さく呟いた。
時計塔に呼び出された獅子劫は、先日魔術協会から離反したユグドミレニア一族が、魔術師達が「赤」と「黒」の二つの陣営に別れてそれぞれ七騎のサーヴァントを召喚する前代未聞の聖杯戦争、聖杯大戦を行うことを聞かされた。そして依頼というのはその聖杯大戦にユグドミレニア一族、つまり「黒」の陣営に敵対する「赤」の陣営の一人として参加せよというものであった。
「それで? 俺以外で『赤』の陣営に参加する奴は決まっているのか?」
獅子劫の質問にロッコは一つ頷いてから答えた。
「当然だ。他の者達もお前に負けず劣らず凄腕ばかりだ。
まずは時計塔の一級講師フィーンド・ヴォル・センベルン。
『
『
『疾風車輪』ジーン・ラム」
「なるほど」
ロッコの言葉に獅子劫は納得したように頷く。今話に出た魔術師でフィーンド・ヴォル・センベルン以外は全員フリーランスで、獅子劫は過去にその全員と敵、あるいは味方として戦ったことがあり、その実力が本物であることを知っていたからだ。
「それで最後の一人は?」
「最後の一人は聖堂教会からの監督役だ。今回ばかりは教会も我々の味方というわけだ」
「そうか。……アイツは選ばれなかったのか?」
獅子劫はロッコにそう返事をした後、一人の青年の顔を思い出して自分にしか聞こえない声で呟いた。
「? どうした?」
「いいや、何でもない。……分かった。依頼は引き受けよう。その代わり一つ頼みがある。時計塔の魔術師を一人、サポート役に貸してほしい」
「お前さんが助手だと? ……それは構わんが、今の時計塔には余分に動かせる人材は少ないぞ。さっきも言っただろ? ユグドミレニアが宣戦布告をしてすぐ懲罰部隊を編成して送り込んだが『半数はサーヴァントに殺され、半数は行方不明』。生き残ったのは大聖杯の緊急システムを起動させた一名のみだと」
獅子劫に依頼をする時に話した情報をもう一度口にするロッコ。ちなみに懲罰部隊の唯一の生き残りが大聖杯の緊急システムを起動させたというのは、大聖杯を起動させて願いを叶えるには一定数のサーヴァントを倒す必要があるダーニックが流した偽情報なのだが、それにロッコを初めとする時計塔の人間は気づいていなかった。
「分かっているよ。だが安心してくれ。俺が貸してほしいのは一級講師とかじゃなくて、一人の学生だ。孔雀原留人って名前で、確か鉱石科に在籍をしているはずだ」
「鉱石科の学生? そんなのが役に立つのか?」
眉をひそめて聞いてくるロッコだったが、それに対して獅子劫は口元に笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、それは間違いない。アイツとは去年知り合ったんだが……ほら、あれだ? 田舎の魔術結社同士の抗争にケリをつけてこいって依頼を受けただろ?」
獅子劫の言葉にロッコは頷く。
確かに一年程前、とある地方で小さな魔術結社同士の抗争が起った。そしてその抗争が大きくなって人目につく前に、時計塔は獅子劫に、双方の魔術結社の指導者を始末するように依頼を出し、その時彼と交渉したのがロッコであった。
「アイツはその抗争の場に運悪く巻き込まれただけだったんだが、中々に場馴れしていた。……それに、あんたらは知っているかは知らんが、アイツはあの剣の戦争の優勝者なんだぜ?」
「何だと!?」
獅子劫の口から剣の戦争の名前が出た瞬間、ロッコは驚愕の表情を浮かべ、それを見て死霊魔術師は悪戯が成功したような笑みを浮かべる。
「その様子だと知らなかったようだな?」
「……知っておったらどんな手を使ってでも、召喚科に引き抜いておったわ」
獅子劫の言葉にロッコは疲れきった表情でそう答える。
ロッコが専門とする召喚術は、術式の精密さや聖遺物や生贄といった触媒の質はもちろん大事だが、それと同等以上に「召喚者の霊や異界の者を呼び寄せる性質」を重要視している。
この性質は「
そしてそこまで考えたところでロッコは何かを思い出し、手元の資料を調べ始めた。
「どうしたんだ?」
「……残念だが、孔雀原留人を助手につけることは無理だ」
首を傾げる獅子劫に、目当ての資料を見つけたロッコはその資料を流し読みした後でそう告げた。
「ダーニックは魔術協会に宣戦布告をすると、それと同時にユグドミレニアに所属することを決めた魔術師達のリストを送ってきた。そしてその中に例の孔雀原留人の名前があった」
「何だと!? ……ああ、クソ! これでアイツが『黒』のマスターにでもなったら最悪だぞ」
ロッコの言葉に、今度は獅子劫が驚愕の表情を浮かべた後に呟いた。
「最悪、だと? 確かに剣の戦争で生き残った魔術師がマスターになったら確かに厄介だが……」
「それだけじゃねぇよ」
獅子劫はロッコの言葉を一蹴すると右手の指を三つ立てた。
「アイツがマスターになったら厄介な理由はそれ以外に三つある。まず一つ目はアイツの家に伝わっている魔術で、あれは一種の『宝石魔術』だ」
宝石や貴金属には特別な力が宿るというのは、古今東西に伝わる魔術の概念である。そしてその概念を利用した魔術が宝石魔術だ。
宝石魔術には事前に魔術を封じ込めておくことで、必要な時に本来のよりもはるかに少ない魔力で封じていた魔術を発現させるという希少な特性がある。
聖杯戦争では、マスターはサーヴァントに保有する魔力のほとんどを与えており、サーヴァントに満足な動きをさせながら魔術で援護できる魔術師なぞ数えるくらいしかいない。だが宝石魔術の使い手なら、サーヴァントに魔力を供給しながらの援護も比較的容易だろう。
「そして二つ目は……」
続けて獅子劫は留人が「黒」のマスターになったら厄介な理由の二つ目と三つ目を言い、それを聞いたロッコは、長い時を生きた魔術師は顔色を青くして絶句する。
「そ、それ本当なのか……!?」
「ああ、本当だ。……はぁ、こうなったらアイツが『黒』のマスターに選ばれないことを祈るしかないな」
獅子劫は大粒の汗を流しながら聞いてくるロッコにそう答えると、自分でも信じていない神に気休めの祈りを捧げる。
……しかしその願いは当然ながら届くことはなかった。
獅子劫が言おうとした留人がマスターになったら厄介な理由、その二と三は後日に語ります。
何故ならここで書いたらタグに「主人公はチート」をつけないといけなくなりますから。