『カラカラ! ホネこんぼう!』
スクールのバトルフィールドではイエローちゃんが同い年くらいの少女とポケモンバトルをしていた。いや、あの子は少々幼く見えるのでもしかしたら年下なのかもしれない。
俺はそれを先生と遠くから一緒に見ていた。
そうだ。俺は母校のタマムシトレーナーズスクールへとイエローを短期入学させた。俺は通学の年月こそ違うが一般的な学校のような就学形態で通ったが、既にトレーナーになった者にも別の形で門戸を開いているのだ。
まあ本来ならそれでも色々と入学には手間がかかるのだが、手続きなどの面倒は先生が全て引き受けてくれた。前回のあれとこれで帳尻を合わせようというわけだ。うーんギブ&テイクってやっぱり素敵だ。
「ねえエイジュ君? 君が新しく作った内容に沿って授業をやりはじめて三日で、教師たちがもれなく筋肉痛になったんだけど? あれは本当に必要なのかい?」
「ええ。意外とトレーナー自身が鍛えるのって強くなるにはいいんですよ。ポケモンってこっちのこともよく見てて、トレーナーが弱いと自分の技に巻き込まれない様に手加減しちゃうんです」
これはマジな話だ。例をあげるとカイリューのたつまきとかぼうふうとかのような技は近くにいたら常人では立ってられないレベルの影響がある。
「初耳だけど……なるほど。理屈はわかる。いやしかし、このままだと我が校の教師たちが筋肉講師陣になってしまうのだが……」
「それの何が問題で?」
まるでわからない。こんな世界こそ俺は自分自身を鍛える事を推奨する。イシツブテ合戦くらいはできないとダメだよね。嗜みだよ?マサラでは子供だって笑顔でやってるよ?
「そんなに筋肉に傾倒していたかい!? むしろ君は身体細いくらいだったよね!? その服の下どうなってるの!?」
「そりゃもうアレですよ。旅の後で目的があって鍛えたんですよ。おかげで今は風邪すら引きませんし、毎朝早く起きれるし、ポケモンバトルは強くなるし、IDくじも当たるし、自販機でもう一本出るし、きっと女の子にもモテる」
「運は知らないけどキミはスクールの頃から無遅刻無欠席の健康優良児だったよ!?」
そんな恩師と生徒の掛け合いをした後、俺がここに来た本題へと入った。
「こほん。エイジュ君。君が連れてきた少女イエロー君はがんばっている。バトルの腕やポケモンの知識なんかはまだまだだけど、ポケモンとのコミュニケーション能力は類を見ないよ。一体、彼女をどこで見つけて来たんだい?」
「内緒……というほどでもありません。渡した書類通りに彼女はトキワの森出身者ですので。幼い日からポケモンと過ごしてきたのでしょう。あとは強いて言うなら優しさですね。才能とも言えるかもしれませんが」
「ふむふむ」
俺の言葉に先生は頷く。
「しかし、君らのような生徒は現れないね。あの年はすごかった。名家の才女と既に噂だったエリカ君が入学して来るのだけでも教師陣は戦々恐々としていたのに、それを上回った君までいたんだから。二人に影響されてか他の生徒たちも最終的には他の代なら首席クラスでもおかしくない逸材がごろごろいた」
確かに在野のトレーナーと旅の中で戦うことも多かったが、ポケモンは鍛えててもトレーナーの方の力量は同級生の方が強いかな?って思う時があった。流石は難関と言ったところか。ああすばらしきわが母校。
「そういえばタマムシジムに配達に行った時に、スクールの後輩がいましたよ。今ではジムトレーナーだそうです。彼女も優秀でしたよね。覚えてますか?」
「ああ。タマムシならアコ君だったかな? 彼女のように君たちを先輩として仰いだ子も、また優秀な世代だった。やはり身近な目標となる人物は良い影響を与えてくれるものらしい」
先生はよきかなよきかなと頷いた。
実際にジムトレーナーは数あるポケモントレーナーの仕事の中でも現実的なレベルで最高に近いものとなっている。ジムリーダーや四天王にチャンピオンはほんの一握りにのみ許された立場なのだ。
「それぞれが頑張っただけですよ。それに先生方の熱意もありました。環境が良かったんです」
「そう言ってくれると……私たちも誇らしいね。私は教師としては今でもあんまり自信がないね」
「板書汚かったですし、教科書は間違えるし、でもバトルはかなり得意でしたよね? そういう意味では結構人気あったと思いますよ? それにしても俺が知ってる教師も減りましたね。もう先生しかいないとは」
このスクールはそれなりに大きいので昔からもっと多くの先生がいたが、まさかこんなに知った顔が少なくなっているとは思わなかった。
「ああ……それは君たちに原因があると言ってもいいかもしれない。悪い意味じゃあないんだけどね」
「俺たちに?」
「そうだね。このトレーナーズスクールは基本的に私の様にポケモン協会から派遣された者と各スクールで雇った者が教師として教鞭を振るっているというのは知ってるね?」
「はい。でも先生が協会の人だと言うのは知りませんでした」
本当に知らなかった。というか協会から派遣される人こそ十年近く赴任していたら転勤などでいなくなっているのではと思うのだが。
「言わなかったからね。君を驚かせられたのだから言わなかった甲斐があるという物だよ。さて、本来なら私はもう協会に戻っているか、もしくは他校へと移っているはずだと察していると思うが、このスクールではある問題があってね。古株になった私が移る訳には行かなくなったんだよ」
「問題ですか? ……そんなことは聞いたことがないですけど」
逆にここは優良校として全国的に名が通っている方だ。入試ではカントーのみならず、お隣のジョウト、他の地方からだって受験生が集まってくるほど。おかげで入試には相応の苦労をした。
「スクールで雇われた人は名門を謳うだけあって優秀だ。ただ教師らがある程度勤めたら出ていったのさ。みんな君らを見て、教師になった頃の熱意が湧き出たのか、自分の故郷や思い出の場所でがんばると出ていくんだよね。当時、君たちが在籍していた時の先生はみんな余所に転勤していったよ。最後の方まで残っていてくれたジョバンニ先生も資金が集まったからとジョウトに私塾を開きに行っちゃったしね」
「それは……なんとも」
なんとも言えない。ごめんなさいと言うには先生は嬉しそうだったからだ。
「あの日は悪かった。まあ生徒にアンケートを取った結果からエリカ君がやるというのはほぼ決まっていたのは事実だがね……ただ君がもしも本心から教師になりたいと思っているのなら、明日からでもこの校で働かないかい? あの頃の環境の中心であった君なら今からでも立派な教師になれると思うよ」
「いいえ先生。この前のことを気にしているのならもうチャラです。それにたまーのOB講師くらいならともかく、そこまでできる自信はないです。今のショップ店員の立場も自分で驚くほど似合っています」
天職はこれだ。これは譲らない。
「いいや。なにも根拠なく誘っているわけじゃない。イエロー君に君なりのトレーナーとしてあり方を教えただろう? 彼女はかつての君たち世代の生徒と同じような光を目に宿している」
(いやあの子は元からお目目きらっきらだったよ)
俺は心の中で呟いた。
そのまま問答が続くかと思ったが、先に手を引いたのは先生だった。
「……すまないね。今の君にこれを頼むのをどうかと思う私もいる。エイジュ君。君がシルフカンパニーの一員としてロケット団に対抗するメンバーの一人として動いているのは知っているんだ」
「知ってたんですか?」
これにはちょっと驚いた。
「当然だろう。社長さんへ君のスクール時代の資料を用意したのは私だ。今も随分と頑張っているとも聞いている。あの連絡も実のところ君ら卒業生からちゃんと返事が来るかという確認のものでもあった。本来ならエリカ君以外は必要ないのにも関わらずに君を呼び出したのはただ顔が見たかったからだ」
「そうでしたか。生存確認と……ありがたいお話ですが、ならばこそはっきりとお断りさせてもらいます。俺はこのまま事件が解決するまで戦うつもりです」
俺の心はもう決まっている。それ以上の言葉はない。
「そうか……そうだろうね。君はなんだかんだで正義感も強い子だった。それに私自身も君が立つのならそれが良いのではという思いもある。……教え子に危険な目にあってほしくはないから誘ったのだけどね。一つ聞くが親御さんにはちゃんと伝えたのかい?」
「それは……いいえ。すいません、伝えてないです。あまりにも何も聞かれないのでもう気づかれているのかもしれませんけど」
怒られている訳でもないのに、なんとなく謝ってしまった。どうにも生徒だった頃の感覚はぬぐえないようだ。
「はは、相変わらずだなぁ。だが敵は大きい。卑劣にも家族を狙って来ないとも限らない。用心しておくことだ。ご両親は私の方でも気にしておくよ。だから行きなさい。君ならうまく解決してくれるんじゃないかなんて予感もある。それに、きっともう君の心は決まっているのだろうからね」
「ええ。きっちりと解決します。大船に乗ったつもりで待っていてください」
俺は船乗れないけどね!
「いいかい? これだけは忘れてはいけないよ。シルフカンパニーがロケット団の手に落ちたら、確かに僕たちトレーナーとポケモンの暮らしは大いに被害を被るだろう。でもだからと言ってそれを防ぐために君が犠牲になって良い訳じゃないんだよ」
先生はそう仰った。ありがたい言葉だ。
(でも俺はこの在り方を守りたいんですよ)
「肝に銘じておきます」
「元気に帰ってきなさい。君とまた会えるのを楽しみにしているよ。そういえば君はそろそろ誕生日になるのかな」
「はい……もうそろそろ十九歳になります」
「君が最初のバッジを取ってから八年か……早いものだ」
本当に早い物だ。しかしまあ十九歳の誕生日が近いと言うのは本当に神様の作為を感じるなぁ。神様がアルセウスならきっと個性はイタズラ好きだ。
「ああ! もうこんな時間だ! 随分と長話してしまったね。年を取るとこれだからいけない。朝礼でも気を付けているんだけどね」
「あっ! おーいエイジュさーん! 校長先生もこんにちは!」
こちらに気付いたイエローがこちらに駆け寄ってきた。後ろからは彼女の学友も着いてきていたのでそちらには会釈する。
「やあイエローちゃん。頑張っているかい?」
「はい! えへへ、お友達もできました! お友達のポケモンとのバトルもとっても楽しいです!」
そう言ったイエローの顔は眩ゆい笑顔だ。そのまま彼女は無我夢中とばかりに話す。
「ポケモンバトルってすごいですね! 今まではポケモンが傷つくことばかり考えていましたけど一緒に頑張ってバトルをしていると今までは見えなかった良いところも見えてくるというか……ちょっとだけジム戦やってみようかなーなんて思っちゃいました」
「えへへ。イエローちゃん。コラッタがラッタに進化した時にビックリして泣いちゃったって言わなくていいのー?」
「もー! それは言わないでよー!」
顔を真っ赤にしてイエローは年相応に可愛らしく怒る。
イエローは上手くやれているようだ。この際実力などは考えずにこの学校を存分に楽しんでほしい。先生改め校長もそれを満足そうに眺めている。
(ああ……俺にもこうしてただただその日を楽しんで、それでよりよい明日が待っていることを信じて疑わない日もあった。でもそんな日が来ないかもしれないのが今なんだ……)
そんなじゃれあう二人に、俺は尋ねた。
「なあ二人とも。ポケモンと一緒にいるのは楽しいかい?」
「「はい!」」
「そうか…そうだよな。これからも楽しんでくれよ。ずっとな」
「? はい」
「エイジュさん……」
「…………やはり行くのかい?」
友人の少女は頭に疑問符を浮かべ、事情を知る二人は心配そうに俺を見た。
大丈夫だ。前に大口を叩いてダメだった俺が言うのもなんだが、めげずにまたデカい口を開こう。俺は負けることは心配していない。こちらの敗北条件は俺が参加しないことだけだと断言しよう。だから参加する。絶対に。
「はい。俺は行きます。先生、やっぱり教師の話はなしです。この子だって十分輝いてますよ、それに俺たちを育ててくれたのは先生じゃないですか。その実績を誇ってください。それと……この子を頼みます。……イエローちゃん。俺はやるよ。だから無理せず今を楽しんでいい。君が無茶をする必要はない。みんなの未来はちゃんと守るさ」
「……はい。お気をつけて」
そして耳元でぼそぼそと。
「後、レッドの事頑張れよ。めちゃくちゃ応援してるぞ。いざとなったら押し倒せ。抵抗されたら引き倒せ」
「そそそ! そんなんじゃないですよ! そうなれたらいいですけど……もう!」
俺はお別れとばかりにイエローちゃんを抱きしめて頭をくしゃくしゃと乱暴に撫で、決意の元にこの学び舎を去ろうとした。
その時。
「あ、エリカさんだー!」
イエローの友達の少女が声を上げた。先生が前に言っていた通りに有名らしい。やっぱ知名度って大事だな。
俺とイエローちゃんも抱き合ったまま少女が見ている方向に首を回す。
「…………!」
確かにそこには何かを明言できないが、確かな凄みを放つエリカがいた。彼女の放つ無言のプレッシャーに耐えかねた先生がエリカに声を掛けた。
「や……やあやあエリカ君! 今日はどうしたんだい!? ジムはいいのかい!?」
「ええ。少し近くに寄ったので。ところで……そちらの可愛らしいお嬢さんはどちら様ですか? この前の講義では見なかった気がするのですが?」
あんだけいた生徒の顔全部覚えたのか?できない……とは言いきれないな。
「あ、ああ! イエロー君だね! この子はエイジュ君が連れてきた子さ! 中々良いセンスの持ち主だよ!」
それを聞いたエリカは表情を変えた。そして状況は悪化した。
「エイジュさんの……子供!? 貴女……母親は誰ですか?」
「ええ!? あっ! 違います! 私はエイジュさんとは……!」
エリカは幽鬼のようにふらふらとイエローちゃんへと歩み寄って肩に手を置く。
(というか言ってない! 誰も俺の子供とは言ってない! 連れて来ただけだし!)
心の中で叫びながら俺はなんとかエリカをイエローちゃんから引き離そうとする。
「おい待て! 何言ってんだジムリーダー!」
「止めないでくださいまし! 私よりもご自分の子がそんなに大事ですか!」
仮に自分の子だったらかつてのクラスメイトよりは大事だと思うけど、それはややこしくなるので言わなかった。
「俺の子供とか誰も言ってないから! というかこの子はこう見えても10歳だぞ! どう考えてもお前と同い年の俺の子供なわけがないだろ! 普通8歳じゃ父親にはなれんわ!」
この世界は一般的に大人扱いされるのが十歳。なので結婚年齢もそこそこ早い。俺やエリカの歳なら既に子持ちになっていてもおかしいことはないが十歳の子は無理。まぢむり。だって流石に一桁歳ではそもそも生理学的に不可能である。俺は特殊事例じゃないから。
「でも同じ金髪じゃないですか! それにさっき抱き合っていたのも見ていたんですからね!!」
「それだけで!? ふざけんな俺はまだ童貞だ! あれはイッシュ流のちょっとしたお別れの挨拶だ! とにかくちょっと離れろ!」
確かに俺は金髪だがこの世界では地毛が金髪とかその辺に普通にいる。イエローちゃんもそうだし。
エリカを俺のマッスルによっては羽交い締めにし、なんとかイエローちゃんから離れさせた。やっぱり鍛えた甲斐あるわ。
そして今度は急に機嫌良さそうに「失礼しました。後日なにかお詫びしますね。ではごきげんよう」とか言ってエリカはそのまま踵を返して去って行った。
「え? なんだったのあいつ? ……何しに来たの? イエローちゃん大丈夫かい?」
「はい。ボクは大丈夫です。それと……あんまりあの人のこと怒ったり嫌いにならないであげてください」
「いや。そっちがなんともないなら特には……俺の方があいつのこと知ってるくらいだし。でもなんで?」
「あはは……」
イエローちゃんは俺の質問笑って誤魔化した。そのまま改めて俺たちはその場で別れたのだった。
少し離れたら後ろで少女たちが先生にドウテイってなぁにと聞いていた。後は任せたぞ先生。俺はかっこいい別れは無理だと察したのでにげだした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は再び社長と密会をしていた。
今度はタマムシシティにある一軒の飲食店で会っている。本当ならバーとかがかっこいいけど俺はお酒飲めないし。今のタマムシはどこも厳戒態勢なので近場では最も安全だ。無論警戒は怠っていない。
「エイジュ君。本当にやるのかね? こう言っては何だが君がそこまでやる必要があるとは……」
社長は引き止めるが俺の心は決まっていた。引き止めてもらえるのは当然嬉しい。だが多分このタイミングがベストだ。
「いいえ。やります。正直言うとずっとこのままで乗り越えれたらいいと思っていました。今もそうです。でもやっぱり無理なんです。それは二足のわらじで行けるほど俺は器用ではなかったというだけです」
今のままではこの苦難を越えられないかもしれない。だけどその現状さえ捨てれば、戦いの準備を整える時間もできる。勝つためならその手を選ばない選択肢はないだろう。
「俺の夢は終わってしまいましたけれど、今も夢に向かって進む子供たちが大勢います。やっぱり俺はそれを守りたいんです。例え…………大好きな仕事をやめても」
俺はその次の出勤日。タマムシデパートの人事へと辞表を提出した。
人員が余っていた事や、社長がこっそりと手を回してくれたおかげであれよあれよと事が進み、わずか三日で辞意は聞き届けられた。
…………俺はフレンドリィショップを退職した。
主人公エイジュくんのグレンへの移動方法模索エピソードを早めるかについて(3~5はネタ選択肢ですが結果は考慮します)
-
1 本来の想定の時期で!
-
2 いいよ早くこいよ!
-
3 そんなことよりヒロインだ!
-
4 そんなことよりポケモンだ!
-
5 そんなことより労働だ!